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41.さよならの日


 「ところでさっきからなにをつくっているの?」

 

 アリスの視線は私の手元に向けられていた。

 実は私、アリスと話しながら、とあるものを作っていたのだ。

 彼女は不思議そうに首を傾げている。

 

 「これはねぇ、さみしいけどもうすぐ時期だと思ってさ」


 なんのためのものかは言わず意味ありげに笑えば、彼女はますます首を傾げる。

 どうせ近いうちにこれの正体がわかるのだ。私は言わない。


 「エミリアとジークってばわかりやすいんだよ。まあ、数日後にはわかるから。私がなにか作ってたってことは2人には内緒ね?」

 「なにか事情があるのね。わかったわ、黙ってる」

 「ありがとう、アリス!」

 「…でも金魚の糞のようにあなたについて回る彼らに秘密にするのは、なかなか骨が折れそうね」

 

 アリスの言葉に苦笑する。

 金魚の糞って。もうちょっといい表現あったんじゃないの?


 「まあねぇ、大変だよ。だから今こうして2人がいない間につくってるわけ」

 「なるほど」


 最近のエミリアとジークは、なにをするにも私のそばにいるのだ。ぴったりとくっついて離れない。いつかのアルトとソラみたい。

 だから2人の目をかいくぐって、これをつくるのは中々に難しい。

 こう言えば、察しのいい人は私がなにを作っているのかわかるんじゃない?


 「特にジークが私と遊びたいってうるさくってさー」


 いつもなら恋愛相談を受けるところだが、最近のジークは私と普通に遊んでいる。

 恋愛のアドバイスは手紙でもできるけど、一緒に遊ぶ時間は今しかないと気づいたらしい。

 かわいいやつめとは思うものの、こっちも時間がないからちょっと困っている。


 そんな私の複雑な心境を察してか、アリスがやれやれと微笑する。


 「…仕方がないわね。友達のよしみで、特別にこれをかしてあげるわ」

 「え?」

 

 アリスは自身の懐からなにかを取り出し、それを私に渡した。


 ずっしりとした重み。光沢のある黒。手にフィットするグリップに、しなやかな紐。

 手渡されたのはアリス御用達の鞭だった。


 「……。」


 うん、ありがとう。だけどなぜ?

 真意がわからずアリスを見てみれば、彼女は不思議そうに首を傾げる。

 

 「遠慮することないわ。早く、これでジークを打ちなさい」

 「うん、どうして!?私、ジークのことうるさいとはいったけど嫌いじゃないよ!?好きだよ!?」

 

 こ、怖い。

 アリスは今の話を聞いて、なぜ私がジークを嫌いだと勘違いしたのだろうか。

 するとアリスは焦ったように首をふる。

 

 「ち、違うわよ!」

 

 なにが!?


 「あなたが友人として彼を好いているのは知ってるわ。嫌いだから鞭で攻撃しろってことじゃなくて、静かにしてもらうために鞭で打つのよ」

 「私アルトみたいにジークにトラウマ植え付ける趣味ないからね!?」 


 おかしい。どうにもアリスと話がかみ合わない。

 私もアリスも首を傾げるばかりだ。

 

 「…もしかして、あなた知らないの?鞭で叩かれた人はみんな幸せな気持ちになるから、言うことを聞いてくれるのよ?」

 「……。」


 そしてアリスはすばらしい笑顔で、とんでもなく恐ろしいことを言った。

 ヒュっと喉が震えたよ。


 「…え、あの…グラディス家では、そういう教育方針なの?」


 震える声で問えば、アリスは困ったように首をふる。


 「いいえ、ちがうわ。むしろお父様にもお母様にも鞭を多用することは止められているの。グラディス家のみんなは、私に打たれてとても幸せそうな顔をしていたのに、どうしてかしら?」

 「……うん、いろいろツッコミたいところはあるけど、じゃあその鞭で叩かれた人はみんな幸せっていう考えは、前世で培われたものなわけ?」

 「ええ」

 「…アリスって、前世はいいところのお嬢さんって言ってたよね」

 「そうよ」

 「……そっか」

 

 私は心の中で頷いた。

 この話は聞かなかったことにしよう。前世でも今世でも、金持ち社会の闇は見たくない。

 そして学んだ。

 まともの仮面を被ったやばいやつはいるのだと。しかも無自覚。


 「アリス、一つだけ言わせて」

 「なに?」

 「鞭で打たれればみんな幸せになれるって考えは、誰にも話さない方がいいよ」

 「…よくわからないけれど、わかったわ」



///////☆


 エミリアとジークのためにつくっていた例の物が完成した日の夜のことだった。

 布団を敷いてさあ寝ようとしたとき、エミリアが私の裾をきゅっとつかんできた。


 「どうしたの?」


 エミリアはジークのラストイベント以来すっかり変わった。いい意味で。しっかりと自分の意見を言うようになり、ジークに至らないところがあれば叱るようになった。

 その彼女が、はじめてあったときと同じように、おろおろとした様子で私の裾をつかんでいるのだ。

 ものっすごくめずらしい。


 「エミリア、大丈夫だよ。ゆっくりでいいから私に教えて」

 「……おねえさまにお願いがあるのです」

 

 もう一度やさしく彼女に問えば、エミリアは上目遣いに私を見た。

 かわいすぎて赤面しかける。ものっすごい破壊力だよ。私の隣にいるジークもエミリアのかわいさに顔を真っ赤にさせているもの。

 エミリアはそれからはずかしいのか口をもごもごさせ、たっぷり時間をかけ、ようやく言った。


 「おねえさま。今日は一緒のお布団で寝てもいいですか?」

 「うん、もちろん!」

 「やっぱりダメ…え!いいんですか!」

 「うん!」


 力強くうなずけば彼女のオッドアイの瞳がキラキラと輝く。

 でもキラキラ輝いて見えるのはきっと彼女の全身から発せられる喜びだけが理由ではないだろう。エミリアの瞳にはうっすらと透明な水の膜が張っていた。


 なんとなく悟ったよね。

 横目でジークを見れば、いつもなら「ずるいぞ!」と私をにらんでくるところが、エミリアと同じように瞳に水の膜を張らせている。

 あのジークが涙目…もうこれ決定的。


 おそらく、今日がエミリアとジークと過ごす最後の夜になる。

 今日のうちにあれが完成してよかった。

 さみしい気持ちを悟られないよう私は2人に笑顔を向けた。


 ぽんぽんと自分の布団をたたいて、エミリアにおいでと促す。

 とたんエミリアの顔が明るくなり私の布団の中へと入り込んだ。

 

 「ジークもおいで」

 「え、はあ!?」


 ジークにも言えば、彼はぶわっと赤面する。

 6歳児のくせになに照れてるんだか。


 「おねえさまっ。私たちは同姓だからまだ外聞も気になりませんが、ジーク様は…」

 「大丈夫だよ。外聞とか関係ない。ジークも大切な友達だし、私たちは子供だから一緒の布団で寝るくらいなんてことないでしょ?」

 「おねえさまがそう言うのであれば」

 

 少し狭いけれどギリギリ私の右隣はまだ空いている。

 エミリアの時と同じように布団を叩けば、ジークは少し逡巡してから私の布団の中へと入ってきた。


 「狭い」

 「ジーク様がご遠慮なさらないからです」

 「うぐっ」

 「2人とも子供体温だから、あったかい~」

 「お前だって子供だろ」


 楽しく笑いあいながら、私は布団の中で2人の手をきゅっと握りしめる。

 そうしたら驚いたように両サイドから見られた。なによ。なんか照れるじゃないの。

 でも、照れる気持ちよりも、今私の心をしめている感情はさみしさだった。

 そんな気持ちを悟られないよう、私はいつもと同じ口調で2人に話す。

 

 「ねぇ2人とも、私たちずっと友達だからね」


 2人がはっと息をのんだのがわかった。

 私たちはヒロインと悪役と攻略対象だ。

 身分も違うし、立場も違うし、その身に降りかかる責任の重さも違う。

 だけど、それ以前に私たちは友達なのだ。それはずっと変わらない。

 もう今後一生会えなくても、私たちは友達だ。


 「どんなに離れてても、私が友達だってこと忘れないで」

 「もちろんですっ」

 「当たり前だろ」


 力強く握り返された両手があたたかくて、私の心にじんわりと溶け込む。

 こうして夜は更けていった。



 そして朝。

 

 「エミリアとジークが今日孤児院を去る」

 

 案の定の言葉を神父様から頂いた。

 アルトやソラとさよならをしたときと同じように、私たちは外にいた。

 遠くで馬車が待っている。

 リカはいつも通りの無表情だが、アリスは少し驚いた顔をしていた。

 彼女も2人が去ることを忘れていたわけではないだろうが、まさか今日がその日だとは思いもしなかったのだろう。

 

 前回と同じように、子供たちはさみしくて泣いたり泣かないにしても悲しそうにしていたり、その場は騒然としていた。

 そんな中、私はきのう完成した例の物をこっそりと2人に渡した。

 

 「おねえさまっ。これは」

 「あいつらのときと同じ人形…」


 そう。ジークとエミリアに渡したのは、アルトとソラにプレゼントしたお守り人形だ。

 離れていても2人をこの子たちが守ってくれますように。そんな思いを込めて作った、世界に一つだけの代物だ!


 エミリアは涙をぽろぽろこぼしながら、ジークは少し顔を引きつらせながら(なんでソラと同じ反応なんだよ!)、人形を見ている。


 「エミリアは虎で、ジークはライオンの人形だよ」


 エミリアは強くてかっこいい女の子ってイメージだったから、虎。エミリアのためにこの子の目は黄色と緑にしておいたのだ。素敵でしょ?

 ジークは見た目だけは強そうな俺様男子だから、ライオン。でも意外とへっぽこだから、このライオンの人形の顔は少し情けなくしてあるの。ここ、ポイント。


 って感じで私は解説をしようとしたのだが、口を開いた直後目の前には紺色のワンピースがあった。

 そうして顔面というか全身に強い衝撃。なんだかデジャブだ。


 「おねえさまっ。さみしいです。離れたくないですっ」


 思った通りだった。

 突然の衝撃から我にかえればエミリアが私に抱き付いていた。


 「エミリア…」

 「うぅぅ。おねえさまっ。ずっといっしょがいいです」


 私は震えるその背中をなでる。

 エミリアにこんなになついてもらえるなんて、私とってもうれしいよ。


 「エミリア、きのう言ったこと覚えてる?」

 「私たちは…ずっと友達……離れていてもっ」


 耳元で聞こえた震える声に私はにんまりと笑い、エミリアを抱きしめる腕に力を込めた。


 「そうだよ!私たちはずーっと友達!会えないのはさみしい。けどね、離れ離れになるわけじゃないの。この人形は私の分身みたいなものだから、この子たちを2人がもっていてくれるかぎり、私たちはずっと一緒なんだよ!」


 ね?と笑いかければ、「さすがに無理があるだろ」とジーク。

 ぐふっ。たしかに無理やり感が否めないけれど、心はいつでも一緒よ!とか臭いセリフを言うよりはいいじゃない。


 目で訴えれば、意外なことにジークは苦笑していた。てっきりあきれた顔をされていると思っていたからびっくりだ。

 彼は楽し気に、でもどこか悲しそうに眉を下げて笑っていた。


 「お前のその考えは嫌いじゃない。リディア、お前のおかげで今まで楽しかった。友達になってくれてありがとう。この人形をお前の分身(笑)だと思って大切にするからな」


 ジークは私に握手を求めるように手を差し出した。

 最初に出会った頃のわがままジークとは思えない。いつのまに彼はこんなに成長したのだろう。お母さん、ちょっとさみしいわぁ。

 なーんて冗談を言いながら、エミリアを抱きしめていないほうの手を伸ばし、彼の手を握る。


 「ありがとう、ジーク。私も楽しかったよ」

 「おう…」

 「あ、分身(笑)じゃないから。私の分身と思ってっていったけど、このライオンあんたをイメージして作ったんだからね」

 「はあ!?おれ、こんな情けない顔してるか!?」 

 「ジーク様はいつもそんな感じです」

 「なっ!?」


 

 そうこうしている間に時間は過ぎていき、別れの挨拶を済ませたところで2人は神父様と共に馬車の元へと歩き始めた。

 …のだが、エミリアがなにかを思い出したように、猛ダッシュで私の方へと走ってきた。

 なんだなんだ、いったいどうした?


 なぜに私に向かって走ってくる!?目がガチで怖いよ!?

 混乱していれば、目を輝かせたエミリアが私の手をしっかりと握りしめていた。瞬間移動並みの速さだな!


 そして彼女は例の言葉を発した。

 

 「おねえさまっ。いつか、必ずお迎えにあがります。なのでその時まで待っていてください。お手紙待っていますわ」


 ……うん?

 私は目をパチクリ。


 え。待って。なぜにエミリアがその台詞を言う?

 エミリアがかわいい声で発した言葉は、まさしく「いつ君」でジークが孤児院を去る時にヒロインに言ったもの。


 別にジークから言われたわけじゃないから問題はないんだけど。疑問は感じるよね。

 …そういえばアルトとソラのときも台詞が逆になってたよね!?なぜ!?


 物思いにふけっていればいつのまにやらエミリアは消えていて、目の前にはジークがいた。

 ジークは仏頂面だ。

 なによ?愛しのエミリアに迎えに行くって言われた私に嫉妬してるの?


 「……リディア忘れんじゃねーぞ。エミリアを惚れさせるためのアドバイス、待ってるからな」


 ちがった。

 いつものごとくのやつだった。

 ただの確認だった。

 ジークってほんとうにエミリアのこと好きだよねぇ。なのに自分の気持ちを認めず、あくまでエミリアを惚れさせてぎゃふんと言わせたいって思ってんだから困っちゃう。


 「アオ兄ちゃんさん、アリス君、おねえさまはジーク様の未来の奥方ですので!そこのところ、お忘れなく!」

 「えーどうしよっかなぁ。アオ兄ちゃん、最近忘れっぽいからなぁ」

 「道化のふりをしても騙されませんわ!」 

 「…いや、それ以前になぜ私まで?」

 

 あっちはあっちでいつもどおり、エミリアがなぜか私をジークの妻にしようとしてるし。

 いい感じの別れのシーンだったのに、どうしてこうしみじみとした雰囲気を壊すのか。

 とほほと私は肩を下げる。


 「楽しそうだな」

 「…へ?」


 肩を下げていたらいつのまにやら隣にいたリカが私の顔を覗き込んでいた。

 ほんといつのまに!


 「いや、あれは楽しそうっていうのかな?」


 リカが言ってる「楽しそう」って、エミリアたちのことでしょ?

 私的には、エミリアとアオ兄ちゃんの間に火花が見えるし、アリスが困惑してるから全然楽しそうには見えないんだけど。


 だけど彼は首を振る。違うってこと?

 たしかに、よ~く考えれば、リカは私の顔を見て楽しそうだと言った。

 それってつまり、


 「私が楽しそう?」

 「ああ」


 彼はうなずいた。リカには私が楽しんでいるように見えたらしい。

 いつものごとくリカは無表情でなにを考えているのかわからない。

 でもたしかに、言われてみれば口角が自然と上がっている。


 「きっと私、さみしいお別れより、いつもと変わらない楽しいばいばいの方が好きなんだ」


 リカに言われて気が付いた。

 悲しい気持ちで、大好きなエミリアとジークとお別れしたくなかったんだ。

 しみじみとした雰囲気を壊したいとか思っていたら、まさかの私が悲しい雰囲気が壊れることを望んでいたなんて、おかしくって笑ってしまう。


 そうしたらリカがやさしく私の頬に触れていた。

 突然の行動に驚くよね!?

 瞠目していると、彼はさらなる爆弾を落としてきた。


 「…お前は、笑っているほうがいい」

 「ぬぅあっ!?」


 その笑顔の破壊力たるや。

 い、いいい意義あり!いつも無表情もしくはバカにした笑顔しかしないのに、そんな色気むんむんの笑みはずるいと思います!

 なんか、心臓がばくばくうるさいんですけど!


 「あーあ。浮気してやんの。おれ知らねーぞ。とりあえずアルトにチクろ」

 「は!?ジーク、なに言ってんの!?」


 熱の冷めない頬を両手で押さえていると、ジークにジト目で見られていた。

 ていうかなんでそこでアルトが出てくるのよ!


 「神父様。おれとアリスは、今日からリディアと同じ部屋だ」

 「そして、リカー!あんた、なに勝手なこと言ってんのよぉ!」

 「同室がいいってことかの?うむ。おもしろうそうだからイイヨ!」

 「し、神父様!?アリス君!おねえさまと同室になりたいからって、リカちゃんに言わせるのは卑怯ですわ!」

 「……。」

 「アリス!?無言で私をにらむのやめて!?」

 


 さみしい…というか騒がしい中で、こうして2人は孤児院を去っていった。

 なぜだろう。どっと疲れた。




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