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40.腐ってもヒロイン


 結局アリスと話ができたのは、人攫いイベントから3日ほど経ってからのことだった。


 攫われた疲労(疲労の理由はこれだけじゃないと思うけど)で昼まで寝て、起きたらリカやらアオ兄ちゃんやらエミリアやらと火花を散らすアルトを自国に返して、疲れてまた寝て、心配されて。


 みんなの目を掻い潜り、2人きりの状態でアリスと会えたときには、3日経っていたのだ。

 

 やっと2人きりになれたね~などと喜んでいる時間はない。

 アリスと2人きりで話しているところを見られたら、特に恋愛大好きガールたちに見られたら、面倒なことになりそうだからね。

 私たちはこれまでのことをお互いに話した。


 アリスはリカとヒロインのウルトラハッピーエンドを見るために陰ながらサポートしようとしていたら、主要キャラクターたちというか物語がだいぶ狂っていて驚いたこと。

 私はアリスにみんなの幸せな未来のために運命を変えまくっていることを伝えた。


 すべてを聞き終えたあとで、アリスは静かに頷く。


 「いいわ。私もあなたに協力する」

 「アリス!ありがとう~。でもいいの?私本編開始しないように動いているから、アリスの見たかったリカとヒロインのウルトラハッピーエンド見れないよ?」


 問えば、アリスはフッとほほえむ。

 幼いとはいえ、宝塚男役系美少女なのでほほえまれるとどきどきする。恐ろしい子っ。


 「リカ様のウルトラハッピーエンドより、命の方が大切に決まってるでしょ」

 「アリス…かっこいいこと言ってるけど、顔は素直だね」

 「うぐっ」


 現在のアリス嬢の瞳は悔しさで潤んでいる。

 きっとほんとうはリカのウルトラハッピーエンドを見たかったのだ。


 「ありがとう。アリス」


 心からの感謝を込めてほほえめば、彼女は苦笑した。


 「あなたが私たち主要キャラのために頑張っているのに、協力しないなんて言えないもの。そもそもリカ様と両思いになってと頼んだところで…」

 「ごめんなさい。諦めてください」

 「ほら。協力するしかないじゃない」

 

 言いながら彼女はため息をつく。


 「それにしても。アルト様が友人で、ソラ様がツッコミ天使、リディアをジーク様の妻にしようと模索するエミリア様に、そんなエミリア様に片思い中ジーク様、ドSアオ兄ちゃん様とストーカーリカ様……かなり変えたわね」

 「うん。めっちゃ頑張った」


 大変だったここ数か月の出来事。

 前世の記憶が戻ったら「いつ君」のヒロインに転生してて、アルトにはリディア木経由で腹に攻撃されて、ソラがツッコミ要員になって、アオ兄ちゃんがSっ気を隠し持ってて、エミリアがかっこよく進化して逆にジークがだめ男に退化して、ルーと仲良くなって、リカにストーカーされてアリスに観察される。


 うん、思い出すだけでどっと疲れてくるね。

 さきほど説明した私の身に起きた数か月の修羅をアリスも思い出したのだろう。顔が引きつっていた。あの…私の疲労の理由にアリスもいるってこと忘れてないよね?


 「まあでも、アリスが転生者でよかったよ。おかげでアリスの悪役さよなら計画を立てずに済んだし」

 「アリスもなかなかくせのある悪役だものね」

 

 本編に行けば、彼女は筆頭物理攻撃悪役だ。

 アリスが関わるリカのイベントのほとんどがバトル(なんでだよ!)なので、死ぬ可能性=バッドエンド率が大幅アップする。安未果時代はほんとうに泣いた。いや、泣くよりもキレたことのほうが多かったけど。


 鞭で打たれたり、殴られたり、刺されたり、首を絞められたり。

 アリスに関しては、いじめというよりガチでヒロインを殺しにかかっていた。いや、だからこそヒロイン死にまくってバッドエンドになったんだけどさ。


 ほんとうにアリスが転生者でよかった。

 アリスの悪役さよなら計画が成功しても、本編がはじまって(始めさせる気はないけど!)補正が入ってやっぱりヒロイン許さんー、殺!ってなったら、私は即天国に行っていただろうし。

 リカに『いつか君を迎えに行くよ…天国で、待っていて』って言われるところだった。


 「そういえばアリスって、前世の記憶が戻ったからリカをあきらめたの?」

 「リカ様?」


 ちょっと気になってたんだよね。

 お互いの今までの出来事を話したとき、アリスはリカが前世の最推しだったからリカのために(ウルトラハッピーエンド目当てで)、私とリカを応援しようと思ったと言っていた。

 そう!アリスはリカのことを好きだとは一度も言わなかったのだ。


 ルルちゃんたちに感化されたのかな。ちょーっと、女子としてはそこのところ気になるよね。

 私、友達大切派だから。アリスがリカに惚れてるなら応援するよ?

 ……本編開始の可能性を限りなくゼロにしたいから、好きな人がいるならくっついちゃえよ~という気持ちも、そりゃあありますけど。


 で?結局どうなのよ?

 にひひと笑う私を見てアリスはきょとんと眼を瞬いて、笑った。


 「まさか。あきらめるもなにも、私リカ様のこと恋愛的な意味で好きじゃないもの」

 「えぇー」


 まあなんとなくそんな気はしていたけど、おもしろくない。


 「リカ様のことは主君として敬愛しているけど、そこに恋愛感情は一切ないわ。これは前世が戻る前の私も同じ。リカ様のことは、主や兄のようにしか思えないの」

 「ふーん?「いつ君」では、リカはアリスに対して一人の女の子として接するから、アリスはリカに惚れるじゃない?だからてっきり記憶が戻る前のアリスはリカのことが好きだと思ってたのになぁ」 


 つまんないのー。

 頬をふくらませていると、アリスが私の頬をぐさぐさとつつきはじめる。

 おもちゃじゃないぞー!


 「そこのところはよくわからないけど、リカ様は出会ったときから私のことを女の子としてではなく、妹として接していたように思えるわ」

 「へー。「いつ君」では詳しく明かされなかった裏エピソードってやつなのかな?」


 そうかもねーといいながら、アリスは私の頬を突き刺しまくる。

 あの、アリス嬢?笑っているけど楽しいんですか?

 いたずらっ子のようなにやにやとした笑みに、背筋がゾッとする。嫌な予感がしてきたぞ。


 「さあ、今度は私の番よ?そういうあなたはどうなの?ソラ様やジーク様、リカ様っていう攻略対象たちと出会ったわけでしょ。なにか思うところはないの?ああでも、あなたの場合アルト様やアオ兄ちゃん様のほうがいいのかしら?」


 嫌な予感は的中した。 

 ゾッとしたから、なにかしら来るだろうとは思っていたけど。

 アリスは美しい藍色の瞳を、期待と言う名のエッセンスによっていつもの倍以上に、キラッキラと輝かせていた。


 私としたことが、アリスは「いつ君」を純粋に乙女ゲームとして楽しんでいた前世持ちだということを忘れていた。

 死なずにクリアするということを目的として「いつ君」をプレイしていた安未果の話をしたら、思い切り驚いた顔をしていたものね。

 ルルちゃんたち女子とすごく気が合いそう。


 「で?あなたはみんなのために本編開始を防ごうとしているけど、気になる人くらいはいるんでしょう?誰が相手でも応援するわ」

 

 目の前で恋愛劇場を見ることができるなんて素敵。どうやって2人の距離を縮めようかしら。あの2人に関してはリディアがデレさえすれば両想い…とアリスは頬をそめ妄想にふけっているが、待て待て待て。

 脳内で勝手に話を進めないで!


 「期待を壊すようで悪いけど、私気になる人とかいないから。そもそも恋とか前世でもしたことないし。どきどきって感覚もわかんないから!」


 いやそんな不満げな顔されても困るよ!


 「あなたヒロインでしょう。そうは言いつつ、ちょっとくらいは気になる人が…」

 「いません!」

 「からの?」

 「からのもない!」


 アリスは頬を膨らませる私を見て楽しそうだ。こっちはちっとも楽しくないよ!

 だけど楽しそうな割に目は据わっているのだから恐ろしい。 

 うぬぬ。アリスめ、ここまでひきさがらないやつだとは思わなかった。

 

 「そ、そうだ!本題に入ろう!」

 「本題?」

 

 ここはてっとりばやく話を変えよう。さすればすべてうまくいくであろう。私の脳内予言者がそう告げている!


 今まではなしていたことが本題だろう?アリスは目で訴えてくるが、ノンノン。私にとって、今から話すことこそが本題なのだ。…今咄嗟に考えついたことだけどね。

 ともかく、大事な話なので私はずいっと前かがみになってアリスに語る。


 「よくさ、悪役令嬢転生とかあるよね」


 転生したら悪役令嬢になっていたー。死にたくないー。奮闘してたら逆ハーレム的展開!ってやつだ。


 「……あるわね」


 恋愛大好きアリスが恋愛小説を読んでいないわけがない!私の予想は当たっていたようだ。

 アリスが同意したところで、力強くこぶしを握り、声高々に私は訴えた。


 「私、わかったの。これは私がヒロインの物語じゃない!アリスが悪役令嬢の運命を覆し、攻略対象と逆ハーレムを築いていく物語なのよ!」

 「…ええ、そうね。さあ冗談はここまでにして。リディアはいつ前世の記憶を思い出したの?」


 主人公の座をアリスにシフトチェンジすることで、「いつ君」という物語が一新されるという目論見は、転生悪役令嬢のスルースキルの高さの前に敗れた。


 いや、冗談じゃないんだけど。ガチでヒロインの座を譲ろうと思ったんだけど。

 今さっき話をそらすために考え付いた話題にしては、なかなか優れた案だと思ったくらい。

 だから恋愛大好きアリスちゃんなら、主人公交代を快く了承して…


 「いっておくけど私は恋愛を見るのが好きなだけであって、恋愛をしたいわけではないの」


 了承しない代わりに先手を打ってきた。

 薄々ながらもアリスは恋愛話は好きだけど、恋愛をしたいタイプの人間ではないということには感づいていた。でもでも、もしかしたらって思うじゃない!

 地団太を踏む私を見てアリスはため息をつく。


 「悪役令嬢ってだけでも死ぬ可能性が高いのに。私がヒロインになったら、死ぬ可能性がさらに高くなる。そんなのごめんよ」

 「うぅ。アリスおねえさま、目の前に死ぬ可能性がさらに高いかわいそうな美少女がいるんだけどぉ?」

 「そうね。私の目の前には確かにいるわね。死ぬ可能性の高い運命から逃れるために友達を身代わりにしようとした「いつ君」のヒロインが」

 「すみませんでしたーっ」


 

///////☆


 「で、あなたはオープニングのときに記憶を思い出したと言っていたけれど、詳しくはいつ前世の記憶を取り戻したの?」


 話は変わって記憶を取り戻した時のこと。

 うーん、と私は腕を組んで思い出す。


 「5か月前だけど…細かく言えば、5か月と4日前」

 「今日が9月11日だから…、4月7日に思い出したのね。…私と同じだわ」

 

 なんと驚いたことに、アリスも私と同じ日に記憶を思い出していた。

 

 「え、じゃあもしかして、前世を思い出したことで、6歳以前の記憶がなくなってたり…?」

 「?なくなってないけど?」

 「あれー?」

 

 前世の記憶を思い出したからといって、それ以前のこの世界での記憶を忘れることはないらしい。

たしかにアリスは前世が戻る前のアリスの記憶も持っているって言ってたよね。


 私の記憶がないのは、前世を思い出した影響だと思っていたのだが、うーむ。謎は深まるばかりだ。

首を傾げていると、アリスが険しい顔をしていた。

 

 「あなた、記憶がないの?」


 そういえばこれまでのことを説明したときに、記憶がないことは伝えていなかった。


 「うん。そうみたい。まあ別に気にしてないんだけどさ」

 「リディアが気にしないのなら、別にいいんだけど…なんだか釈然としないわ。私は前世を思い出しても、アリスとしての記憶がきちんとあるのに…」

 

 私としたことがやってしまった。

 アリスの美しい顔を曇らせてしまった。

 記憶がないのは不思議だけど、私は別に困っているわけではない。だからアリスには悩まず笑っていてほしいのだが、どうしたものか。


 「えぇっと、そうだ!アリスに聞きたいことがあるんだけどぉ。ぶっちゃけリカって私に惚れてないよね!?」

 「リカ様?」


 突発的に思いついた話そらし作戦は成功した。

 もう話そらし術は私の十八番だね。

 曇っていた顔は晴れ、彼女はパチパチ目を瞬いている。


 「ソラとジークは確実に私のことを恋愛対象として見てないから、本編開始時には絶対に迎えに来ないってわかってるの!でも、何考えているかわからないリカだけがちょっと心配で。私前世も今も、誰かに恋愛的な好意を持たれたことがないからよくわからなくって…って何その顔?」


 アリスは微妙な顔で私を見ていた。

 「うわ。鈍感…」っていうアリスの心の声がなぜか聞こえるよ!?鈍感ってなに!?


 「たしかにソラ様とジーク様は、話を聞く限りではあなたに恋愛感情は持ってないでしょうね。でも、あなたに好意を寄せる人は確実に……」

 「ま、まさか。リカは私に興味があったり!?」


 私は青ざめるけど、アリスがにやにやし始めないからきっと問題ないな。

 そもそもリカが私に好意を持っていたら、その時点でアリスが大喜びの終始笑顔になるはずだ。


 「リカ様は…たぶん?問題ないわ」

 

 ほらやっぱり。

 実はアリスは昨日リカに聞いたのだそうだ。どうして私をストーカーするのか。リカが私を追いかけ回すから、気があるのかも!と期待したらしい。


 「そうしたらリカ様、ただ一言だけ。おもしろいから、ですって」

 「お、おもしろい?」


 なにその理由。

 相変わらず言葉が足りない。

 アリスは困ったように笑っていた。


 「リカ様の真意はずっとそばで仕える私でもわからないの。ただ、あなたに興味を持っているのは確かね。これってかなり珍しいのよ」

 「珍しくなくていいんだけど…」

 「まあおもしろいって言っているから、たぶん…惚れているわけではないと思うけど…?」

 「じゃ、じゃあ問題なしってことにする!ありがとう、アリス!」

 

 リカのストーカー行為について聞いてくれていたことと、記憶がないと言ったときに心配してくれたこと、両方の感謝の気持ちを込め、私はアリスに抱き付いた。


 ……なんの反応もない。まるで屍のようだ。

 おかしいな。抱きしめ返してくれると思ったのに?

 不思議に思い顔をあげると、彼女は目を見開いていた。ようするに驚いている。なぜ!?

 

 「…もしかして、あなたっていつもこんな感じなの?」

 「へ?いつもって?」


 少しの間の後で、おそるおそると言った様子でアリスが問う。


 「いつも距離が近いの?今みたく抱き付いたり…誰彼構わずしてる?」

 「いや、誰彼構わずって、仲のいい人にしか抱き付かないよ」


 そんな人を抱き付き魔みたく言わないでほしい。

 アリスは私の言葉を聞いて「そう…」と一言。

 

 「……あなたが腐ってもヒロインだということがわかったわ」

 「え。なにそれ!?」


 ようやく口を開いたアリスは頭を抱えているわりに、目が輝いているように見えた。気のせいだよね?おもしろいとか思ってないよね?

 いや、これは…捕食者される側(アリスの脳内恋愛劇場の役者)としてロックオンされたな。うん、怖いね。


 「……そうだわリディア。あなたは攻略対象以外にも目を向けたほうがいいわよ。まあ、もう手遅れだと思うけど」

 「は!?なにその不穏な言葉!?やめて、フラグが立った気がするよ!?」

 「いえ、もうフラグは回収されているでしょう」

 「はい!?」



 アリスの脳裏に浮かぶ恋愛フラグ回収済み人間は、アから始まる…

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