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2.春の国の攻略対象と悪役




 クエスチョン!神父様に手を引かれとてとて歩くリディアちゃんは今笑顔でしょうか?

 答えは~、真っ青です!


 はい。茶番はこのくらいにしよう。

 ついつい流れで歩き始めてしまったが、これはやばい。ものすごくやばい。


 みんなのところに行く。つまり自己紹介をする。つまりつまり、それは本当に孤児院時代編が始まるということを意味していた。


 待って。ウェイト。もう少し私に考える時間をください。

 フラグ立てないようにすればいいという解決策は出たものの、自分がどんな行動をすればいいか私はまだ考え付いていない。


 攻略対象5人のうちの1人である王子と悪役はもうすでにこの孤児院にいる。彼らはヒロインが孤児院に来る一週間前にこの孤児院にやってきたのだ。

 そしてその王子とヒロインが出会うことでイベントが発生する。

 つまりイベントはもう目の前!前世の記憶戻ったばかりだってのに、さっそくイベントとか、寝起きにかつ丼食えと言っているようなものだ!ようするに死にそう!


 私の行動一つで攻略対象の私に対する好感度は、上がりもするし下がりもする。当然それは私の未来に大きく影響するのだ。なんの戦略も立てずに対面だなんて…うわ。吐く。


 私はさりげなくと見せかけて思い切り足を踏ん張って歩くことを拒否した。のだが、なにぶん今の私は幼く体重が軽い。そのうえ神父様は意外と力が強い。びくともしませんね、ええ。この野郎!


 「あの、神父様ぁ!?」

 「はいはい、楽しいのぉ~」

 「ぬぅぅぅうう!」


 神父様も私が慎ましいリディアのままであれば、あのリディアちゃんが歩こうとしないなんてなにかあったのかな?と思ったのかもしれない。

 だがしかし今の私は完治の代償に慎ましさを奪われ窓から飛び降りようとした、やっべーリディアちゃんだ。 

 歩こうとせずひきずられることも私が考案した遊びの一つだとでも思っているのか、彼は一向に歩みをとめない。


 そうしているうちに目的地であったらしい食堂へ到着してしまう。


 ガラガラ


 扉が開く音と同じく私の顔色も真っ青のガラガラピー。

  

 神父様が扉を開けるとそれまで遊んでいた子どもたちが「わ~!」っと集まってきた。

 集まってくるとはいっても、子どもたちの人数はそれほど多いわけではない。集まってきてない子も合わせて十数人程度。


 もちろんのことながら子供たちの中には例の王子様と悪役様もいる。

 オウマイガー

 私はさらに青ざめる。

 だけれども天然なのかそれともわざとなのか。神父様はにこにこ笑顔で私の背を押しみんなの前に立たせた。わざとだとしたら許さん。


 「さあみんな、この前紹介できなかった新しい家族、リディアじゃよ~」

 「…よ、よろしくお願いします」

 「わーい。家族が増えた~」

 「おねーちゃんだぁ」

 「かわいい!」


 うっ。

 子どもたちのキラキラした目に心をえぐられる。


 かわいいけどそのみなぎる生命力が妬ましい。

 私も子どもだが精神年齢20歳だし、なにより将来死ぬかもしれないフラグという名の爆弾を抱えているのだ。若さみなぎる彼らを妬んだって許される。


 子どもたちが歓迎の眼差しで私を囲む一方で、少し距離を取って私を観察しているのは王子様と悪役様だ。

 あー。胃が痛くなってきた。


 「リディア、顔がひきつっているが大丈夫かの?」

 「うっ。大丈、夫…です」


 これからの展開が読めるから顔が引きつっていますとは言えない。心配そうにこちらを見る神父様には張り付けた笑顔を見せる。…あれ?もしかしてここで「はい。具合が悪くなってきちゃって」って言えば、イベントを回避できた!?


 しかし後悔してももう遅い。

 そのときはすぐにやってきた。


 「そうじゃ。アルト、こちらへおいで」

 「はい。神父様」


 デデデデーン

 私を囲む子どもたちの輪の外から、その人物がやってきたとき、私の頭の中にベートーベンの運命が流れた。


 ああ。やっぱり、ゲームの通りだ。ゲームの通りに進むんだ。

 その人物が私の方にやってくると私を囲んでいた女の子全員が、ぽっと頬を桃色に染める。


 キラキラと輝く銀色の髪に淡い紫色の瞳。将来有望そうなとてもかわいらしい顔で、背は7歳の割に高め。


 くそ。やつの美しさはこのときから周囲の女の子の心をうばってきたようだ。

 気付けばその人物は私の目の前まで来ていた。

 


 「リディア、この子はアルト。リディアより1歳年上の7歳じゃ」

 「よろしくね」



 彼、アルト・ヴェルトレイアは、7歳児とは思えないほど落ち着いた様子で私に握手を求めてきた。

 一方の私はイケメンオーラに顔が引きつりすぎて握手どころではない。

 というか彼の正体を知ってるから怖くて握手できない。

 ていうかていうか、アルトの自己紹介が終わったということは次に来るのは私の運命が変わる分岐点、つまりイベント発生だ。怖くて握手どころじゃない!


 私は半ばキレ気味に神父様を見る。

 が、なにを勘違いしたのやら神父様はにやにやと笑い始めた。…殺。


 「ふむ?アルトがイケメン過ぎて、リディアは固まってしまっているようじゃの。このこの~。モテ男めぇ」

 「アハハ。やめてくださいよ。リディアが困ってますよ」

 「ええ、ええ神父様。ほんとうにリディアちゃん困ってるんですけど!?」

 「えーほんとにぃ?わしにはわかるぞー。リディアはアルトのことを嫌ってはおらんじゃろう」

 「……。」


 ええ、嫌ってはいませんけど恐れてはいますよ。

 神父様をにらむが、やつはすべてを見透かしたような目で私を見るだけ。もう殺意しかわかない。

 おませな女の子は困っちゃうのぉと笑う神父様を殴らなかった私を誰か褒めて。

 が直後、イライラなんかしないで神父様に必死に訴えておけばよかったと私は後悔することになる。


 

 「アルト、お主にリディアが孤児院に慣れるまでの世話を頼みたいのじゃが、いいかの?」



 何の前ぶれもなく発せられた神父様の言葉。


 「…っ!」

 「えーっと…」


 やはりこう来るか。

 神父様がにこにこ笑って、アルトは困り顔。この光景は何度も見てきた。

 私がイベントの開始を悟ったと同時に、ついに、やつが動いた。



 「ダメだ!神父様ダメ!おれの兄様だぞ!どうしてこいつのめんどうを兄様が見なくちゃいけないんだよ!」

 「ソラっ」

 「おれの兄様だもん!だからこいつの世話をするのはだめ!」



 やはり、イベントからは逃れられないか。


 私をにらみつける金髪短髪のかわいい男の子の名は、ソラ・ヴェルトレイア。


 ヴェルトレイア王国――通称「春の国」の第二王子であり、アルトの弟である彼は私と同い年の6歳。そして「いつ君」の攻略対象の一人だ。

 今は素性を隠し、ただのソラとして孤児院で暮らしている。


 さてみなさんおわかりかもしれないが、この生意気なソラが攻略対象なのだ。



 つまり悪役は一見まともなお兄さんに見えるアルトだ。

 


 アルトをチラッと見れば目が合ったので急いで目をそらした。こっわ。

 言っとくけどアルトは全然、まともじゃないから。外見にだまされるな。こいつの中身は相当やばい。

 というかこの兄弟自体がやばい。


 はっきり言おう。

 このヴェルトレイア兄弟は相思相愛のブラコンだ。


 ええ、兄弟そろって互いを愛するブラコンなんですよ。

 そしてアルトはこのブラコンに加えて、ヤンデレという追加属性もある。ブラコンヤンデレ野郎なのだ。しんどい。やめてくれ。



 それでは「いつ君」においての彼らの設定について説明をしよう。

 悪役についての詳細な説明はゲーム内ではされないため、私の説明は少々、攻略対象のソラよりなのだが、まあご了承していただきたい。


 物心つくころからアルトとソラの二人はずっと一緒にいた。

 王様も母である王妃様も政務で忙しく、彼らに親や周囲からの愛情が向けられたことは一度もなかった。

 だがそれでも彼らは平気だった。

 寂しさはあったもののアルトにはソラがいてソラにはアルトがいた。

 お互いがお互いを必要とし支え合っていた。


 そんな中王様からの命令で身の安全のため、2人は孤児院で暮らすことになる。

 愛想だけはいいアルトと、人に懐かないソラ。

 2人は孤児院でもいつも2人でいた。2人一緒ならばどこででも生きていけた。


 しかしソラは孤児院にやってきたヒロインと出会い、彼女のやさしさに触れ心を開いていく。

 彼の世界には兄だけではなくヒロインも加わり、1人から2人、2人から3人とその数は増えていった。ソラの世界は広がっていった。

 一方でアルトは一人おいてけぼりにされた。


 あんなに自分を頼ってくれた弟が、いつも一緒にいた弟が、自分から離れていく。なぜ?どうして?

 そこで彼はヒロインという邪魔者に気づくのだ。


 全部あいつのせいだ!僕のかわいい弟を返せ!と。

 だが弟には嫌われたくないので本心を隠しながら彼は孤児院で生活をする。


 そして孤児院での別れの日、


 「いつか、君を迎えに行くから」


 ソラがヒロインに言った後で、


 「俺は君を認めないからね」


 彼はヒロインの耳元で言う。


 そして本編が始まるとアルトは自分に好意を持つ女性を利用してヒロインを貶めたり、部下の騎士を使ってヒロインをじわじわと追い詰め始める。


 ゲームの進め方によってはアルトの持つヤンデレ属性が大いに発揮されて、かわいい弟であるはずのソラを自分の部屋に閉じ込めるからね。監禁だよ、監禁。

 なんだっけ?かわいい弟であるからこそ、僕の目の届く場所にいなくてはいけないんだ。とか言ってた気がする。



 ……うん。こわいでしょ?

 そんな彼が今私の目の前にいるのだ。

 もう一度言うよ。怖いでしょ!?


 「あの、リディア?大丈夫?」


 気づいたらそんな怖いアルトに心配をされていた。

 もう心配されている段階で恐ろしいよ。

 私が青ざめる一方でソラは元気だ。


 「兄様騙されちゃダメだ。この女は兄様の気を引こうとしているだけ!おいお前!兄様はおれのものだからな!」


 ピーチクパーチクうるさい。あんたのお兄様なんていらないから。受け取り拒否だから。


 だが彼のおかげで現実を思い出すことができた。 

 そうだ。今はイベントの真っ最中だ。

 これからとる自分の行動で、私の運命は大きく変わっていくのだ。

 落ち着け。落ち着け。私ならできる…私なら……


 「こら、ソラ。わがままを言ってはいけないよ?」

 「でもぉでもぉ」

 「……。」


 私が必死に自分の心を落ち着かせているのに対して、相思相愛ブラコン兄弟は二人だけの世界に入っていた。


 リア充、爆発しろ!


 殴りたい。ものすごく殴りたい。だけど我慢する。

 後先考えずに暴走するのは得策ではない。

 これからどうするべきか。私はとりあえず前世でソラルートを攻略したときのことを思い出してみた。


 たしかソラを攻略していく場合、ここでゲームの中のヒロインは、

 『私はあなたのお兄ちゃんを奪ったりしないよ。道案内とかいろいろは、他の人に頼むから大丈夫』

 と言うのだ。いろいろってなんだよ、いろいろって。


 その言葉を聞いてソラはヒロインの(自分)を思いやる心に好感を抱き、初めて兄以外にも心を開くという展開になる。……ソラ、お前ちょろすぎだろ。


 その一方で悪役ブラコンヤンデレのアルトは、ソラの変化に気づき焦り、ヒロインを恨み始めるという悪役ルートへ落ちていくのだ。……アルト、悪役に落ちるの早すぎるだろ。



 さて何度も言っているように私はフラグを立てる気はない。むしろ折る気しかない。そして重度のブラコンとヤンデレを抱えるアルトも助けたいと思っている。

 彼もまた私の中ではかわいそうな悪役なのだ。…うん。ギリギリかわいそうな悪役ラインに引っかかっている。


 たしかにアルトは最初からやばいやつだった。けれど彼が悪役に落ちるのはヒロインと出会ったから。もともと持っていた属性に拍車がかかっただけと言える。


 ソラとヒロインがハッピーエンドで結ばれた場合、悪役であるアルトは自身の犯してきた罪を愛する弟の手で断罪され、国外追放もしくは処刑されてしまう。

 それはとてもかわいそうだ。だってアルトはソラが大好きで。ソラもアルトが大好きだったのだから。だから助けてあげたい。



 さあこの2つをかなえるために必要なこと。

 それはソラに好意的に思われないことだ!



 だってソラはやさしいヒロインに恋しちゃうのだ。ならやさしくしなければいい。

 なんなら嫌われるような態度をとればいい。

 なんだっけ?やさしいの対義語は、つめたいだっけ?つめたい人になればいいのか?

 私に気安く触らないでとでも言えばいいの?悪役令嬢みたいな…そう、高圧的な態度で人を見下すみたいな!


 しかし解決策が見えたというところで、私は思い出してしまったのだ。

 今回のイベントにおいて、ゲーム内では選択肢が3つあり…


 1つ、『私はあなたのお兄ちゃんを奪ったりはしないよ…etc』

 2つ、『そっかー。お兄さん大好きなんだね~』

 ラスト、『どうでもいいです。おなかが減りました』


 (最初のイベントだからなのかもしれないが、)この3つのどれを選択しても、ソラはヒロインに好印象を持つということを。


 「なんでだよ!?チョロインか!?」

 「うぐっ」

 「ソラ!?」

 

 結果、ソラのチョロ度合いにブチギレた私は、思わず目の前にいた実物をぶん殴ってしまったのであった。やらかしました。ええ、流れるような作業でやらかしました。

 今の私、汗もしたたるいい女☆なんちゃって。ハハハ…。

 

 だ、だって『おなか減りました』のどこに人を思いやる心があるんだよって思っちゃったんだもん。エクセレントな答えが選択肢1なのだから、2と3で好感度上げるなよ!?って思っちゃったんだもん。リディアは悪くないんだもんっ。ぷんぷん。


 と、まあ心の中での弁明はこれくらいにして。


 「……。」

 「……。」

 「……。」


 さあ急展開再びだ(自業自得)!どうしましょうかね!静まり返った食堂内に、生きた心地がしません。


 ソラは人生で初めて殴られたのだろう。驚いたのか涙が止まっている。

 神父様は遠い目で、「慎ましさ…代償…仕方ない」とぶつぶつ言っている。

 孤児院の子供たちは驚愕!と言った表情で私を見ていて、特にアルトは驚いている仮面をかぶりながらも闇しか感じられない瞳で私をじっと見ていた。やべー、殺される。


 一方でたくさんの視線を浴びる私は……ええ、腹をくくりました。


 ふんっとそっぽを向き、私は悪くないんだからね。と無理やり悪役令嬢を演じる。失敗も成功に変える。それが私だ。

 と恰好つけてるが、私は心の中で号泣していた。だって子供たちが完全に不審者を見る目で私を見ているんだもの。おわったな。さよなら、私の穏やかなセカンドライフ。


 ここまできたら最後までやってやる!

 私はキッとソラをにらみつけた。もうやけだ!


 「兄様兄様、うるさいのよ!アルトはあんただけのものじゃないんだから、我慢しなさい!」

 「へ?」

 「リ、リディア?ソラがかわいそうだから、そこらへんにして……」


 私をなだめてきたのはアルトだ。

 そこらへんにして…とやさしく私に言ってくるが、彼の顔は「お前マジでやめろ。ファックするぞ」と言っている。怖い。すこぶる怖い。


 だけど私はまだ止まれない!だって今私が引き下がったら、きっとソラの中には驚いた印象しか残らない!つーかここまで来て、やめられるかって話なんだよ!失うものがない人間は強いんだぜ、ハハハー。

 

 私は彼に完膚なきまでに嫌われてみせる!

 

 「ちょっとリディ…」

 「うっさいバカ!アルトは黙ってて」

 「ば、バカ?」


 …アルトがうざくて勝手に言葉が出てしまった。やっちまった。殺される。そう思ったが、これは意外にも私にとっていい風を吹かせた。

   

 バカと言われるとは思ってはいなかったらしく、アルトは唖然としていた。思考停止って感じ。彼は生まれて初めてバカだと言われたのかもしれない。

 そしてソラはそんなアルトを不安げな表情で見ている。


 …なるほど、ソラに嫌われる方法がわかったぞ。


 ソラの一番はアルトだ。ソラはアルトがぽかんとしているのを見て不安がっている。

 アルトの気持ちがソラによって変わるように、ソラの気持ちもアルトの行動によって変わる。

 

 つまり私がソラからアルトを奪えば、ソラに嫌われるのではないか?兄様とりやがって!ってさ。絶対に恋になんか落ちない!

 そうと決まれば私がとるべき行動は決まっていた。


 「アルト!」

 「え。なに?」


 私の声に驚きびくっと肩を震わせるアルトに対して、私はふんっと笑う。


 「なにぼーとしてんのよ!弟にかまってるひまなんて、あんたにはないんだからね!黙って私の世話をしなさい!神父様さまもそう言ってたでしょ。ね、神父様!」

 「う、うむ?」


 よし。アルトはこの展開についていけないのかあたふたしている。

 そのすきに神父様の言質はとれた。

 ソラの顔は見れないけどきっとさきほどよりも、もっと不安げな顔をしているだろう。


 作戦通りだ!

 私はアルトの腕をガッとつかんだ。


 「え!?」

 「アルト。手始めに、この孤児院を案内しなさい!」

 「は!?」


 アルトの返事は聞かずに孤児院を案内してもらうべく、私は彼を連れて歩き始めた。アルトは混乱しているのか私になされるがまま一緒に歩く。


 もう内心、心臓ばっくばくで恐怖しかないけど、よかった。

 これでいいのだ。私の作戦は成功した。


 ゲームの中でのアルトとソラは、ヒロインが来るまでいつも2人でいた。

 トイレの時以外いつでも2人いっしょ。

 でもヒロインが来たことで、ソラはヒロインと一緒に行動し始め、2人は別々の行動をとるようになる。アルトは一人おいてけぼり。アルトは私を恨む。


 私がいまやっているのはその反対だ。

 私が来たことでアルトはヒロインと一緒に行動するようになり、ソラがおいてけぼりにされる。ソラは私を恨む。


 完璧だ。私は絶対にソラに嫌われた。大好きなお兄ちゃんを奪った悪女として、私の存在は彼の脳に刻まれる。


 成功した。成功したはずだけど、やっぱり少し不安だった。

 絶対にないけどもしソラが平気そうな顔でこちらを見ていたとしたら私の作戦は失敗だ。

 だから私はつい食堂を出る直前にちらっとソラの方を見てしまった。


 見なければよかった。


 彼は今にも泣きだしそうな悲しそうな絶望した顔でこちらを見ていたのだ。

 良心が痛んだ。

 罪悪感が、波になってドッと私を飲み込んでくる。


 だって私わかるんだもん。


 「いつ君」を通して彼がどれだけお兄さんを慕っているか。大好きなのか。私は知っている。 

 たとえ自分の恋を反対していても、裏で大好きな人をいじめていたと知っても、それでも憎めなかった、それくらいお兄さんが大好きだって知っているから。


 エンディングでゲームの中のソラは、ヒロインや仲間たちがいたから、悪役として裁かれたお兄さんと離れることになっても平気だった。

 でも、いまは?

 今ってだれもソラのそばにいないよね。私がアルトを奪っちゃったら、たとえアルトが嫌々で私につれていかれたのだとしてもソラが一人なのは変わらない。


 彼は私を恨む。

 そんな彼は…今、どんな気持ち?


 その瞬間、ものすごい後悔が私を襲った。

 私、今すごくソラに対してひどいことをしている。


 未来の私やみんなの平和のためとはいえ、人を傷つけるのはまちがっている。

 でも、だからといって、これから「うっそ、ぴょーん。お兄さんはあなたのものだよ?」とか言っても遅い。

 ソラの傷ついた心はもとにはもどらないし、なにより、どうしてお前嘘ついたんだよってなる。めんどうなことになる。

 どうする?私はどうしたら……



 結果、私は悩むのをやめた。



 だって時間ないし。いつまでも立ち止まっているわけにはいかない。

 そろそろアルトが正気に戻って愛する弟のもとへ走って行くかもしれない。まあそれはそれでいいかもしれないけど、あ、無理そうだ。彼はまだ混乱しているままだ。やはり私がやるしかない。


 リディアちゃんはね、考えるのが苦手なんだ。苦手だから…本能で、動く!

 私はキッとソラを見た。


 「ソラ!」

 「な、なんだよっ!」

 

 私がソラに声をかけると、ソラはあからさまにびくっとした。

 驚いた顔をしているがまだ顔は泣きそうなままだ。うん。これでいい。この表情は絶対に私を嫌いになっている。計画通りだ。


 そう。計画通りに嫌われたのならこのあと私が何をしたって、彼の心はきっと私を嫌いなままに決まっている。

 だから私はこれからなにをしたっていいんだ!


 未来の私たちのためじゃない。

 私は目の前にいるソラのために行動する!


 私はふふんと、ソラに対して勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


 「ねぇソラ。私、アルトはあんただけのものじゃないとは言ったけど、別に()()()()()()とは言ってないのよ」

 「へ?」

 「独り占めはダメだけど。お兄ちゃんをとられたくないなら、道案内についてきてもいいのよ?」

 「……え?」


 これが私が本能的にとった行動。

 ソラに対しての償いだ。


 ようするに私は遠回しに、ソラもアルトと一緒に私の道案内をしてほしいと頼んでいるのだ。

 私はアルトを独り占めするつもりはないから。あなたもいっしょに来て私のお世話をしてくれていいんだよ?と。


 普通の6歳児ならきっと理解できない。

 でもソラは、第二王子で、なによりこのゲームの攻略対象だ。

 6歳児であろうとなかろうと攻略対象(ヒロインに恋する存在)が、ヒロインの発言を理解できないわけがない。


 少しの間をおいて言葉の意味を理解したのか、彼の瞳はキラキラと輝き始めた。

 それは兄をとられないという安心感からなのか、それとも自分は独りぼっちではないという喜びからなのかはわからない。


 が、とにかく彼はものすごい勢いでこちらに走ってきた。

 そして私とアルトの間に無理やり割り込むと、ふんっと笑った。


 「リディアが兄様に惚れて襲ったりしたら大変だからな。兄様を守るために、おれも一緒に道案内してやる」


 理由はかなりかわいくないが、ソラは私の思った通りちゃんと回復してくれた。

 ほっとした。ほんとうによかった。終わり良ければ総て良しだ。 


 べつに私だってソラにお兄さんに甘えるなとは言っていない。

 私を嫌いになって関わらないでいてくれたら、いくらでもいくつになってもブラコンでいいのだ。


 だから気づかなかった。

 ようやく正気に戻ったアルトが般若のような顔で私を見ていたことに。




 あ。ブラコンヤンデレ兄貴のこと忘れてた……。





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