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38.転生したら悪役令嬢になっていた(アリス視点)

午前中に更新する予定が、昼になってしまいました。


 前世の私は21歳の大学生だった。

 普通の人よりちょっと裕福な家で育った普通の女子大生。名は結子という平凡なもの。

 最後の記憶は、ない。


 心臓の痛みを感じつつも眠りにつき、いつものように朝、目覚めた。

 そうしたら私は前世ではまっていた乙女ゲーム「いつ君」の悪役、アリス・グラヴィス、5歳10か月へと転生していたのだ。


 絶句…するわよね。

 

 前世の結子の記憶と今世のアリスの記憶。

 2つが混ざり合って混乱し、体の内も外も一気に熱くなった。


 なんてことのない、数え年6歳児の脳の許容量を大幅に超えてしまったことと精神的ショックによって引き起こされた、ただの知恵熱である。


 それから私は三日三晩、寝込んだ。


 血液の代わりにマグマが流れているのではないかと錯覚するほどに熱い体内と、熱した石のごとく汗を蒸発させる身体。

 苦しかった。心も体も。涙が出た。


 自分が死んでしまったこと。

 「いつ君」の悪役令嬢アリスに転生していたこと。

 近い将来、死ぬ可能性があるということ。


 すべてが苦しい。

 精神年齢が21歳だとしても、6歳児には刺激が強すぎた。

 

 記憶が戻ってから4日たった、その日の朝。

 熱はようやくひいた。


 今世のアリスも前世の結子も、受け入れることには慣れていた。

 特段、取り乱しはしなかった。

 高熱にうなされた3日間は、いろんな感情がこみ上げて涙を流したが、今はなにもでない。


 そもそもの話、病み上がりだしずっと熱やら前世やらでうなされたのもあって、取り乱し暴れる気力もなかった。

 だから私は冷静に判断できた。

 これから自分がどうするべきか。

 

 5歳10か月ということは、今年の秋に孤児院に行くことは決定している。アリスはヒロインと同じ6歳のとき、リカ様が7歳のときに出会うのだ。

 そこでリカ様とヒロインが恋に落ち、10年後本編が開始されることも、同じく決定事項。


 ならば、私は悪役としての職務を放棄しよう。

 そしてリカ様とヒロインがハッピーエンドを迎えられるように、全力で応援するのだ。

 

 結子の時から最推しはリカ様だった。

 悪役に転生したことに絶望するものの、それほどショックを受けなかったのは、おそらく転生先が推し(リカ様)の幼なじみだったからだ。

 考えようによってはこの転生は私にとって最高の贈り物かもしれない。だって間近でリカ様とヒロインの恋愛劇を見れるのだ。…うん、すごくいいわ。

 

 正直、私ことアリスはリカ様に恋心を持っていない。

 幸運なことに私も、結子の記憶が戻る以前のアリスも、リカ様を敬愛していただけで、彼に恋愛感情は抱いていなかった。


 主従を抜きにして考えるのであっても、家族という目でリカ様のことを見ていた。

 大変恐れ多いことだが、主と従者という関係ながら私は彼のことを兄のように思い慕っていた。

 なので未練もなにもなく、リカ様をあきらめられる。…いや、あきらめるもなにもないのだが。


 ならばもうリカ様とヒロインの恋を応援するに決まっている。

 目の前でリカ様200%好感度のウルトラハッピーエンドを見ることができるかもしれない。この機会を逃してなるものか。


 死にたくないので、悪役としての職務は放棄させていただくとして、アリスの妨害でリカ様とヒロインの中が進展する分のサポートは陰ながらさせていただくつもりだ。

 最初の出会いだけは、ヒロイン自らが動きリカ様と親しくなる必要があるので手は出せないが、2人が仲良くなれば私はそっと身を引き、時にはアドバイスをし、とにかく全力で応援する。


 「いつ君」は、すべての主要キャラクターに平等に死ぬ可能性がある。

 私だけではなく、リカ様やヒロインも死ぬ確率は高い。

 2人がバッドエンドを迎えないように頑張って導こう。

 敬愛する主兼前世の最推しとヒロインは絶対に守る。そして、幸せにしてみせる。

 私は心に決めた。

 

 が、しかし。

 そんな私の決心は、孤児院の自己紹介の場に足を踏み入れた時点で、ガラガラと音を立てて崩れ去った。



 時は過ぎ、秋。

 ようやくリカ様とヒロインが対面する日のこと。

 自己紹介。痛いほどに刺さる子供たちの好奇心からくる視線。


 目の前の光景を見て言葉を失った。

 それは、驚愕。

 その言葉一つで足りた。


 どういうこと?


 まず1つめに驚いたのは夏の国の攻略対象と悪役がまだ孤児院にいたことだった。


 見覚えのある赤色頭が2つあった。

 まさかと思いながら赤髪の持ち主を見て、次の瞬間ポーカーフェイスを崩さないことに全力を注いでいた。

 そこには夏の国の攻略対象、ジークとエミリア?がいた。

 条件反射で叫びそうになったので、首を掻くふりをしながら喉を潰した。痛かったわ。


 それにしても、なぜ彼らがここに?

 ゲームでは私たち秋の国の攻略対象と悪役が来る前に、孤児院を去っていた。

 頭の中は疑問符でいっぱい。

 

 しかも、2人はヒロインと親し気に話していた。


 もう一度言おう。

 ジークレインはともかく、悪役であるエミリア(あれってエミリアよね…?)も、ヒロインと談笑していたのだ。

 しかもジーク・ヒロイン・エミリアの順番で、まさかのヒロインが真ん中という席順で座っていた。あの…エミリア、あなたの位置はジークの隣ではなかったかしら。

 それに、なぜ攻略対象よりも悪役であるエミリアの方が、ヒロインと親し気に見えるの?

 

 そう、2つ目に驚いたこと。

 それは、エミリアだ。

 私は自分の視界に映るエミリアを2度見…いや、10度見くらいした。


 だって私の目に映ったエミリアは、別人だったから。


 彼女特有の赤い髪の色でわかったものの、特徴的だった顔を覆い隠すほど長い前髪は、眉毛より高い位置で切りそろえられ、緑と金の瞳が輝いていた。

 オッドアイだったのね。神秘的でとても美しい、とは思うが、問題はそこじゃない。もちろん、外見の変化も大きな問題・疑問ではあるのだが。


 実は私、普段は見えないエミリアの素顔は、孤児院時代での性格から推察するに弱弱しい顔つきをしていると考えていた。

 しかし現実はまったくもって逆であったのだ。

 彼女は意志のある強く美しい女性の顔をしていた。

 性格も全く根暗そうに見えない。


 そしてなにより、彼女はなぜか、ヒロインを「おねえさま」と慕っていた。

 そんなエミリアに、ヒロインは笑いかける。

 ……ヒロインとエミリアの背景にユリの花が見えた気がした。


 3つ目に驚いたこと。それは、ジークレイン・ラフィエル。

 彼は…というか、彼もエミリアと同じくらいにおかしかった。


 なにがおかしいのかと聞かれると、少し困る。エミリアのように見た目が変わっているわけではない。強気な俺様の雰囲気に、男の子らしい美しい顔。ここは「いつ君」と同じ。

 ……彼の場合、中身がたぶんおかしい。ゲームと全く違う。


 だって、なぜか彼はヒロインではなく、ヒロインの隣に座るエミリアに熱い視線をおくっていたのだ。

 完璧、おかしいわよね。

 ヒロインではなくて、なぜに悪役へ?


 だが何度見ても観察しても、ジークがエミリアを見る目は、確実に愛する人を見る目だった。

 彼、絶対にエミリアのことが好きよね?

 攻略対象はヒロインに恋をするはずなのに、なぜ?

 余計に頭が混乱した。

 

 そして最後。

 極めつけは、ヒロイン…リディア。


 彼女はシャイなのだろうか?


 せっかく攻略対象であるリカ様が来たというのに、最初の事項紹介時の「よろしく」以降、全く近づいてこない。

 なぜ!?リカ様は他人に興味のない方だ。話しかけなければ、一生会話は成立しないのに。

 どうして彼女はリカ様に話しかけることはおろか、興味を持つ素振りすら見せないの?


 私はこんなにも協力する気まんまんだというのに。

 個人的につくった暗黙のルール上、リカ様とヒロインが親しくなってからではないと、サポートやアドバイスはしないと決めていた。

 まさかこれがあだとなるとは。こんなにもじれったい思いをすることになるなんて。


 リカ様は無関心もともとで、ヒロインはシャイ。

 頭を抱えた。


 でもヒロインはシャイなのだろうか。

 シャイな子はおとなしいイメージがある。

 なのに、彼女はいつも神父様に怒られていた。…主に、いたずらなどをして。

 まったくもっておとなしくない。

 いつも温厚なアオ兄ちゃんですら、彼女の行動には顔を引きつらせていた。…アオ兄ちゃんもだいぶキャラが変わっているわね。


 いったいこれはどういうことなのだろうか。

 ヒロインは人見知りが激しいだけなの?

 リカ様はシャイでも人見知りでもなく、他人に興味がなくて、動かないだけなんだけど。


 でもいくら2人が心配だからといって、ここで私が動くわけにもいかない。

 バグかしら?

 とりあえず今は様子を見よう。ヒロインが人見知りであれば、きっと過ごしていく中で少しずつリカ様に慣れて興味を持ち始めるはず。そして、リカ様に声をかけ…恋愛の始まりだ。 

 

 

 それから様子を見始めて、2週間と2日がたった。

 だが。

 一向に進展がない。


 ポーカーフェイスを務めつつ、私は心の中で絶叫していた。ムンクの叫びを想像していただければ、私の今の気持ちが伝わるだろう。


 なぜ?

 ただただ、疑問だけが脳内を回っている。


 だって、リカ様のルートはむずかしくない。

 むしろ話しかけさえすれば、確実に本編に行ける。

 もう200%を目指さなくてもいい。

 リカ様と話してさえしてくれれば、後は私がサポートして2人を幸せに導いてあげるからっ。

 最近そんなことばかり思ってしまう。


 どうしてかしら。

 ここまで関わってこないとなると、ヒロインの方がリカ様とフラグを立てないようにしているようにしか思えなくなってくる。

 そんなわけがないのに。じれったすぎて頭があり得ない仮説を立て始めている始末だ。


 朝ごはんを食べ終え、ため息を心の内で消化しながら部屋へと向かっていた。

 そんなときだ。

 ルルちゃんたちに話しかけられていた。

 考え事をしていたせいですぐには気づけなかったが、そこはリカ様がフォローしてくれていた。さすが我が主である。


 話しながら花壇付近まで移動し、当たり障りのないなにげない会話を嗜む。

 そうしたら視界の端にリディアが映った。

 彼女もこの会話の輪に入ってリカ様と談笑してくれたらいいのに。

 そんなことを思っていたら、ルルちゃんも彼女に気付いたようで突撃しに行っていた。

 ものすごい勢いで彼女はリディアの元へ行く。リディアは人気者らしい。

 周囲の女の子たちも同様にリディアのいる方向へと動き始めていた。

 そのため、私とリカ様も周囲に合わせ動く。

 

 いったいどういうことなんだろう。

 談笑こそできなくても、これを機にリカ様とリディアが言葉を交わせればいいな。

 半ばあきらめつつもそんなことを思っていたら、


 「リカちゃんかわいいよね!」


 唐突にイベントが発生していた。


 「……は!?」


 今、まさに私はヒロイン・リディアと同じ気持ちだ。


 驚いたことに、リカ様とリディアは親しくないがイベントは発生するらしい。

 ゲーム補正だろうか。

 

 だがこれはまたしてもない好機。

 このイベントが成功すれば、確実にリカ様はリディアに惚れる。


 リディアとルルちゃん、女の子たちは、ひそひそとなにか作戦を練っている。ゲームの補正が入ったからには、このイベント、悪い方向には進むまい。

 万が一イベントが失敗したとしても、いい。

 今、最も重要なのはリディアがリカ様と関わりを持つこと。

 話したことがない2人の中を取り持つことは不可能だが、一度でも会話をしたことがあれば私が間に立ちサポートすることができる。


 そんなことを考えて。

 気が付けば、リカ様のすぐ目の前にリディアがいた。

 こころなしかリディアの顔が青ざめて見える。が、気のせいだろう。


 さあ、彼女は何を言うのか。

 ポーカーフェイスで本心を隠し、期待に胸を膨らませる。

 そこぬけに明るい太陽のような性格で、攻略対象たちの心の闇を照らす少女。これがヒロインのキャラ設定だ。

 かっこいいと思う…という正解が言えなくても、きっと心にぐっとくることを言うに違いない。

 そして彼女は口を開いた。


 「リカって、おもしろいよね~。アハハハー」


 瞬間、辺りが静まり返る。

 リディアは顔を引きつらせながら笑っていた。冷や汗をかいて。


 混乱した。

 おもしろい?

 彼女はまだ一度もリカ様と話したことがないのに、なぜおもしろい?リカ様のどこを見ておもしろいと思った?

 普通に混乱し、疑問に思う。

 

 が、このあとさらに私は混乱することになる。

 

 「ぷふっ」

 

 隣で聞こえた吹き出す音。

 まさか…。

 おそるおそる右を向けば、そこにはおなかを抱えて笑うリカ様がいた。


 唖然とした。

 リカ様が笑っている…?

 いや、笑っていること自体に驚いているのではない。社交的な笑みを浮かべるリカ様はこれまで何回も見てきた。

 だが、こんなにも楽し気に。心の底から、本心から笑うリカ様を始めて見たのだ。

 「いつ君」でも見たことがないリカ様だった。

 

 これがヒロインの力なのだろうか。

 などと思っていたら、話題の矛先が今度は私に向けられていた。

 そういえばこのイベントでアリスの悪役転落が決まるはずだ。

 もちろんここでリディアがなにを言おうが、私は怒らないし悪役にもならない。


 さてそのリディアは、なぜか顔を引きつらせていた。

 どうしてこんなことに…というオーラが全身から出ている。

 まるでこの展開が来ることを恐れているような。そんな顔をしていた。


 まあ、ヒロインの天敵である悪役が、本編悪役に正式加入するイベントだから本能的に恐れているのかもしれない。…目の前の少女はそんなの知らないのでしょうけどね。


 そうして彼女は私にもおもしろいと言った。

 リカ様と同じように私に「おもしろい」。

 バグ?

 そう思った。が、次の瞬間衝撃を受ける。

 

 「うわぁぁん!私、まだ、死にたくないよぉ!」

 

 ……は?

 リディアが半べそをかきながら、森の中へと走り去っていったのだ。

 死にたくないだなんて、まるで今の一言のせいで自分が死ぬみたいな言い方をしている。

 なにかがひっかかった。

 

 のどに刺さった魚の骨のような、気になる何かだ。

 だから気づかなかった。

 リカ様がリディアを追って森の中へと消えたことに。



 騎士失格だ。

 リカ様が森に入った後で急いで探しに行ったが、結局見つけられなかった。

 リカ様だからきっと大丈夫だとは思う。

 けれど、この森には凶暴な野生動物もいると聞く。

 あの方は格闘術に優れ私より何倍も強い。動物の一匹や二匹倒せるだろうから、ここに不安は感じていない。

 私が心配なのは、彼が森でのサバイバル生活を気に入り、城に帰らないなんて言いださないだろうかということ。リカ様はたまに突拍子もないことをするから…。

 そしてなぜだめなんだ?と、ビー玉のような目で問うてくるから。そんなときのリカ様を諦めさせるのは骨が折れる。

 

 いろんな意味もあり私は不安に胸を押しつぶされそうになっていた。

 そのときだ。

 

 「こいつがお前に話があるそうだ」

 

 リカ様の声がしたかと思い振り返れば、そこには仲良く手をつなぐリディアとリカ様がいた。


 今度は違う意味で胸を押しつぶされそうになった(尊い)。

 リカ様、なにをしてくれているのですか。ありがとうございます。

 陳謝していると、リディアが私の前へと押し出されていた。

 

 そういえばリカ様はさきほど、リディアが私に話があると言っていた。

 リカ様に話があるのならわかるが、なぜ私に?

 

 「あの、私になにか?」


 そう聞けば、リディアはかわいらしく「う…えぇ…っと……」とあたふたとする。

 そんな少女を見てリカ様はまた楽し気に笑った。驚いた。リカ様は1か月に1回、笑うか笑わないかの人なのに、今日だけでもうすでに2回も笑っている。

 そして、そんなリカ様を見て頬を膨らませるリディアがかわいい。

 なんでしょうか、このほほえましい方たちは。


 私がいない間になにが?見たかった。とてつもなく。

 とりあえず…尊いわ。

 心の中で胸を抑えた。


 結局のところ、リディアは私がおもしろいと言われたことに傷ついているのではないかと、不安に思っていたようだ。

 一ミリも傷ついていなかったから驚いた。

 そのことを伝えると、彼女はほっと胸をなでおろす。とてもかわいい。私の愛想のない顔のせいでだいぶ怯えていたようだ。


 思っていたら、リディアは私の顔を美人だとほめてくれた。

 この愛想のない少年のような顔を美人。またもや驚いたけれど、正直うれしかった。

 美人だなんて、今まで誰にも言われたことがなかったから。むずがゆい。


 リディアはヒロインとしてリカ様の好感度を上げていくはずなのに、さきほどから私の好感度があげられ、攻略されているように思える。

 

 「ちなみにリカも、おもしろいじゃなくて、方向音痴の性格悪い無表情バカって思ってるからー」


 今だってこの流れにのってリカ様へのおもしろい発言を訂正したが、悪化している。

 方向音痴の性格悪い無表情バカって、あきらかにケンカを売っているわよね。リカ様、いったいなにをしたんですか?


 まあ、


 「……フッ。お前はほんとうにおもしろい」


 リカ様がうれしそうにしていたからいいのかもしれないけど。



 今日のことで、私は確信した。

 「いつ君」という物語は、かなり変化している。


 今回のこともそうだし、エミリアの内面から外見まですべてが変わっていたことから、ジークがエミリアに熱い視線をおくっているのも、夏の国のメンバーと仲良く話すリディアも、ついでにアオ兄ちゃんが現段階でリディアを目で追っちゃっているところも…すべてがおかしい。

 あきらかに不自然。


 なにが鍵になっているのだろうか。

 数秒考えて、思い浮かんだのはリディアの顔。

 変化しているものには必ずリディアが関わっている。


 リディアはリカ様と全く関わろうとしなかった。フラグを立てないようにしているとしか思えないくらいに。

 もしこれが…わざとだとしたら?


 ふと思った。私は悪役に転生したけど、もしヒロインに転生していたらどんな行動をとっただろうか。

 私はリカ様とヒロインのハッピーエンドが見たいし、死にたくないから、悪役の仕事を放棄しているけど……。

 そこまで考えたところで、のどに刺さっていた魚の骨が、ストンと落ちた気がした。


 ヒロインらしからぬ行動をとるリディア――言いかえれば、彼女はヒロインの仕事を放棄しているとも言える。

 そして変化している物語。

 リカ様にまったく興味を持たない、むしろ近づかないようにしているリディア。

 悪役の仕事を放棄した私。

 

 そこから導き出される、新しい仮説は。


 もしかして、リディアも転生者?




 あの日から、リカ様がリディアを追いかけまわすようになった。リカ様がよくわからない行動をとるのはいつものことだから、特段驚きはしない。

 本来であれば、リディアがリカ様の奇怪な行動をかなり迷惑がっているので、あの方を止めるべきなのだろう。

 だがしかし、リディアには申し訳ないが、私はこれ幸いと彼女を観察するようになった。


 だって、私と同じく転生者疑惑のある彼女だ。リディアの正体を見極めるためには、観察する必要があった。

 私の考えすぎということもあるし。

 もし彼女が私と同じように死を恐れ、ヒロインの職務を放棄しているのだとしたら…観察していけばきっとそれがわかる。


 現段階でヒロインの職務としてあげられるのは、リカ様の好感度上げ。それと、時期がだいぶずれているが、ジークの好感度上げも当てはまるかもしれない。

 観察していく中でリディアが、「いつ君」のヒロインと同じような行動もしくは好感度を上げるような態度・対応をしていなければ…彼女は、転生者の可能性が高い。


 そうして観察していくうちに、仮説は確信へと形を変えていった。

 

 おそらく、リディアは転生者だ。

 リディアを観察してきたこの5日間。

 リカ様やジークの好感度を上げようなんて行動を、彼女はただの一度もとっていなかった。

 むしろジークとは毎日のように喧嘩をしているし、自分のことを笑うリカ様には目を吊り上げて怒る。

 今日もリカ様に攻撃をしようと手を伸ばし、ジーク、エミリア、アオ兄ちゃんの3人がかりで止められていた。

 好感度上げるために攻略対象に攻撃しかけるヒロインなんて、いないわよね…。


 なにより、彼女はヒロインらしくなかった。

 私の勝手な想像だが、ヒロインはやはり設定通りの性格をしていると思う。

 リディアとはそれほど親しくない。だが、5日間観察してきた中で、彼女の性格はヒロインのそれではないと感じた。


 「いつ君」のヒロインは太陽のように明るい設定だ。

 でもヒロインのそれは、オゾン層の破壊された箇所から見える太陽。熱くて、まぶしくて、アリスのような悪役にはその太陽のまぶしさが、とても痛いのだ。

 他者を明るく照らす一方で、黒く焦がすこともできる、そんな太陽だ。


 でも目の前のリディアは、同じ太陽でも…やさしい太陽だと感じた。

 元気いっぱいで、温かくて、まぶしさに目を細めてしまうときはあるけれど、痛くはなく、逆に心地いい。


 とにかく確かめよう。

 私は勇気を振り絞り、「夕食の後一人でトイレの裏の森に来てくれ」と彼女を呼び出した。

 

 リカ様や他の方々にばれないように森を経由してきたことで遅くなってしまった。

 到着すれば、すでにリディアはいた。

 遅れたことを謝罪すれば彼女は「待ってない…だよ」と許してくれた。5日間観察してきたが、うん。やはりリディアはヒロインらしくない、不思議な少女だ。

 ゴクリと生唾を飲み込む。


 「あなたに聞きたいことがあります」

 「き、聞きたいこと!?」


 心臓が暴れている。

 手のひらが汗で湿っている。

 なぜかリディアの顔色が悪い。が、おそらく緊張が見せる幻覚だろう。


 万が一ということもある。

 ぬか喜びしないよう、決定的な証拠がほしい。

 私は期待を込めて困ったように眉を下げる彼女の瞳を見た。


 「では、単刀直入に聞きます。あなたは、魔法使い見習いと5人の……」


 言いかけたときだった。

 口元にハンカチを押し当てられていた。

 しまったと思うまもなく、目の前の景色がゆれた。強い薬だ。たったの一息すっただけで、意識が朦朧とする。


 目の前のことに気をとられ、気付かなかった。

 くそっ。騎士としてあるまじき失態である。

 私と同じようにリディアも捕らえられていた。

 なにがなんだかわからない。

 せめて、彼女だけでも逃がさなければ……

 思ったときだ。

 

 「…っ、イベントぉ、忘れてたー!もががっ」


 リディアの言葉に、ああとうなずく。

 イベント。そうだ。これはリカ様とヒロインが攫われるイベントではないか。私とリディアはそれに巻き込まれてしまったようだ。

 ……は?


 「え!?イベントって…くっ」


 急いで顔をあげればリディアはもうぐったりと目を閉じていた。

 頭がぐらんとゆれる。

 その映像を最後にして、私の意識も途絶えた。




 目覚めれば、トラックの荷台の上で揺られていた。

 …運ばれている。

 かがされた薬の影響か意識はまだ朦朧としている。


 ふと隣を見れば、私と同じようにリディアが眠っていた。

 さきに言っておくが、これは意識が朦朧としていたせいだ。

 リディアを起こさなければならない。そう思い、私は彼女に頭突きをした。彼女は涙目で叫びながら起きた。

 

 やってしまった。

 手足が拘束されているため頭突きで起こしたのだが、自分の縄をほどいてから普通にゆすって起こしてあげればよかった。

 でもすでにやってしまったことは仕方がない。過去は変えられない。

 謝罪しながら自身の関節を外し、縄をはずした。リディアの縄はふつうに結びめからほどいた。


 さてこれからどうするかという話になる。

 私が敵を一掃するか…。

 思っていたら口に出ていたようだ。

 リディアが青ざめてく首を横に振っていた。

 

 「だめだよ!今、鞭もってないじゃん!危険だよ!」

 「…え?」

 

 私は彼女に鞭を使って戦うことを伝えていただろうか。

 ぼんやりする頭でそんなことを考えていれば、リディアはそのまま今回の事件の真相について話しはじめた。なぜそこまで詳しく知っているのか。でもどこか聞き覚えのある内容。

 

 そこで思い出した。

 薬の影響か、攫われる前後の記憶があやふやになっていたが、あのときリディアは今回のこれをイベントだと言ったのだ。

 

 ドッと心臓が飛び出しそうになる。

 まちがいないっ。

 気が付けば彼女の肩をつかんでいた。


 でも、万が一。もしかしたら、彼女は転生者ではない可能性もある。

 だから私は、心を落ち着かせ、震える声を殺し、上がりそうな口角を必死に下げ、ポーカーフェイスに努めて。

 そして問うた。


 「…魔法使い見習いと五人の王子様~いつか君を迎えに行く~通称「いつ君」知っていますか?」

 「……知ってる」


 うれしい。

 そう思ったが、喜びは一瞬。

 驚いて発狂しかけるリディアを止めるのい精一杯で、喜びはすぐに箱にしまわれた。

 だって、いくらうれしくても敵にばれたら大変。今はとにかく彼女をとめなければ。


 ……うん。やっぱりこの子はヒロインらしくない。

 彼女を押さえつけながら私は思う。

 でも、ポーカーフェイスの仮面の下で私の口角は少し上にあがっていた。

 



 ちなみにアリスの前世は、本人無自覚ですがけっこうなお嬢様です。

 でも普通の恋愛マンガやゲームが好きな女の子。しっかり者ですが、どこかぬけています。


 そんなアリスは人の恋愛を見るのは勿論好きです。

 しかし、忙しいときや疲れているときにイチャイチャを見せられたらイラつきます。

 なので、アルトとリカがリディアで綱引きしていた時は、けっこうイライラしていたと思います。


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