37.密会(リカ視点)
34・35話あたりのときの話です。
それとはじめて出会った場所は、父である王に身を隠すよう命令を下された孤児院だった。
「こんにちは。私、リディアって言うの。よろしくね、リカ!」
おれに近づいてきたそれは、太陽の笑顔で、テンプレのような台詞を言った。
美しいその少女を見て、隣に立つアリスが思わず息をのんだのがわかった。
かわいいものが好きなアリスのことだ。生きる人形のようなこの少女を見て感動しているに違いない。
だが、おれの感想はアリスとは正反対だった。
あいつの第一印象は、
うす気味の悪い女。
ただそれだけだった。
それはいつもおれとアリス…というよりは、おれにつきまとってきた。
そっけない態度をとっても、無視しても、離れていかない。いっそ不気味だった。
「私はね、リカはかっこいいと思う」
そしてやつはおれの求めている言葉を口にする。
驚きよりも、うれしさよりも、気味の悪さが勝った。
だがそこでおれはあることに気づく。
彼女の翡翠色の瞳。
それはいつも太陽のように笑っている。
誰に対しても、なにがあっても、どんなにおれが無視しても。
それは笑顔を絶やさなかった。
だけど彼女の瞳だけは、ときおり沈むのだ。
翡翠色が輝きを失い少し暗くなる。なにかをあきらめたような憂いを含んだ、そんな色に変わる。
それはまるで夜空に沈められた月のようだった。
そのときだと思う。
おれははじめて、鬱陶しくつきまとうそれに興味を持った。
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外が騒がしい。
部屋の外から聞こえる騒々しい音におれは目を開けた。
いつのまにか寝ていたらしい。
完全に目が覚めるまで、おれは時間がかかる。
眼をこすり、ふわふわとした気分で、いつものように意識の覚醒を待つ。
が、今日はそうもいかなかった。
「リディアとアリスが攫われただと!?」
ジークの声だった。
一気に意識が覚醒する。
声は外から聞こえた。
窓のそばまでいけば、慌てた様子でアオがジークの口を手でふさいでいるのが見えた。
その2人のそばには自身の口を押え青ざめ震えるエミリア。エミリアの肩を支える神父様がいた。
おそらくリディアとアリスが攫われたことを知るのはこの4人。
……彼らは攫われたという事実を知るだけで、人攫いの詳細な情報も攫った理由も知らないのだろう。
「…チッ」
まさか今日、しかもリディアとアリスが攫われるとは思いもしなかった。
本来、攫われるのはリディアとおれだ。
だから油断をしていた。
2人を助けに行かなければ。
窓から離れ、部屋を飛び出そうとドアノブに手をかけた。
そこでおれはそれに気付く。
木製の扉にメッセージカードが突き刺さっていた。
あきらかに紙でできているそれは、どういう原理で刺さっているのかわからない。見るからに怪しいが、おれはそれを手に取り中身を見た。
「……クソが」
メッセージカードをスカートのポケットにつっこみ、おれは部屋を飛び出した。
目的地に行くにはあの面倒な4人がいる場所を通らなければいけない。
走っていると目の前に赤赤白紺の頭が見える。
いち早くに神父様が走るおれに気づき、声をかける。が、無視して彼らの脇を通り抜けた。
だが念のためだ。
通り過ぎる際、
「2人を探してくる」
アオに告げれば、やつは瞠目し森へと消えるおれに手を伸ばした。
止めようとしたのだろう。が、その手はおれに届くことなく空を切る。
「リカ!待て!」
「おい、あいつなんで森に走って…」
背後で騒音が聞こえるがあれらにかまっている暇はない。
森の中を走り、おれは目的地を目指した。
日の沈んだ藍色の空が森の木々と重なりおれの身を隠してくれたのか、あれらに追いつかれることはなかった。
走って走って、走って。
ようやくたどりついた目的地は、5日前にリディアと黒いヒヨコがいたくるみの木の前。
藍色だった空はすべてを覆い隠すような夜の帳へと姿を変えていた。
おれはポケットからメッセージカードを取り出し、読み上げる。
「くるみの木の下で待つ。運命に抗う者より。……おれは来た。姿を現せ」
するとくるみの木の影から鼻持ちならない笑みを浮かべる黄緑色の髪の男が現れた。
ザァーと風が吹き、木々が揺れる。
手の中のメッセージカードは、ろうそくの炎のように揺らぎ、消失した。
「あなたと会うのは6年と5か月と1日ぶり…で、あってるわよね。はじめまして」
口調こそ女だが、その声は低い男のものだ。
男は握手を求めてかおれに手を差し出す。
おれはその手を払い落とした。
「リディアとアリスを攫ったのはお前だな。あいつらは今どこだ?」
男はやれやれといった様子で首をふる。
「人聞きが悪いわね。あたし、攫ったんじゃなくてむしろ助けたんだけど」
「助けた、だと?」
怪訝に聞き返せば男は笑みを浮かべる。
何を考えているのかわからない、なにかをたくらんでいそうな、食えない顔だ。
この手の人間をおれは苦手とする。が、やつはおれと共通の願いを持つ味方であり、長い付き合いになることは、今日こいつと出会ったことでわかった。
慣れるしかない。静かにため息をつく。
「助けたとはどういうことだ」
「本来リディアたちを攫う予定だったマフィアたちは、あたしが片付けておいたわ」
得意げな顔をして、やつは胸を張る。
それは特段驚くことではない。
こいつならマフィアの2人くらい、いとも簡単に消し去ることができるだろう。
気になることは別にある。
「ならなぜ2人は今、攫われている?」
問えば、それはにこりと笑った。
「あたしが攫ったからよ」
「……。」
結局お前が攫ったのではないか。
意味の分からない言動と脳内花畑のような態度がリディアを彷彿とさせ苛立つ。
リディアはおもしろいからいいが、こいつはダメだ。不快にしかならない。
男はそんなおれを見てやれやれと首をふった。
「目つきが悪いわね。いいじゃない、攫うときに眠らせたこと以外の危害は加えていないわ。安全も保障する。あたしはお前と話がしたかった。お前1人と、話がしたかったのよ。そのためには周りにいる子たち…特に、アリスが邪魔だったわ。だから今だけ遠くに行ってもらったの」
お前だって密会しているところを誰かに見られるのはまずいでしょ?感謝しなさい。
男は不敵に笑う。
「お前もあたしと話をしたかったはずよ。未来を変えるために。……運命が、動き出してしまったから」
「……。」
肯定も否定もせず、おれはふーっと息を吐く。
そして一番気になっていたことを、口にする。
「…リディアは、記憶を失っているな」
やつは静かに目を伏せた。
それをおれは肯定と捉える。
「なに、その顔。あの子の記憶を消したこと怒ってるの?まあガキに怒られたところで、あたしは自分の選択を後悔しないけど」
後悔?
おれは鼻で笑った。
「いや、それでいい。お前の選択は間違っていない。あいつは…何も知らなくていい。今も、これからも、死ぬまで…知らなくていい」
「そう、ならよかっ…」
言いかけたときだった。
パチンッ
やつの左手の甲で、火花が散った。
「おい、どうした?」
やつは目を丸くしている。
「あらやだ。あたしの分身が倒されちゃった」
「は?」
「2人を攫っていたのはあたしの分身みたいなものなのよね~。古代の魔法よ、お前なら大体予想がつくでしょ。あたしは分身に人攫いの役割を与えたわ。お馬鹿だけど戦闘力はそこそこにしておいた。けど…倒されたか……」
ボソっとつぶやいたやつは、愉快そうに口の端をあげている。
「リディアたちは無事なんだろうな」
「さあ?」
「は?」
「あたしが知るのはあたしの分身が倒されたことだけ。まあ心配だし、分身の消滅地点を教えるから、探しに行きなさい」
それは暗に自分は探しに行かないと言っていた。
攫ったのは自分だというのに無責任なやつだ。
場所を伝えられたおれは、やつに背を向け走り出す。
が、その前に呼び止められた。
「また近いうちに会いましょう、憐れな王子」
夜の闇の中、声だけが届く。
「ああ、今はさよなら。古の魔法使い」
一言、それだけを言っておれは駆け出した。
おまけ
「そういえば、あなた方向音痴らしいけど大丈夫かしらー?」
走っていれば、遠くで声が聞こえた。
ハッと、それを鼻で笑う。
あんなのリディアを揶揄うための…いや素直になろう。
方向音痴というのは、会話のきっかけをつくるための演技だ。おれが道に迷うわけないだろう。
そのことをわかっているくせに、言うのだから…性格の悪い男だ。
リディア以外にも動いている人たちはいます。
…動いている人間は、この37話に出てくる2人だけ…というわけではありませんが。
その人たちの動きが、リディアにとって幸運を呼ぶか不幸を呼ぶかは、まだ誰にもわかりません。
ちなみにこの後、リカは教えてもらった分身の消滅地点に行くのですが、そこにリディアはいません。 ちょうどリディアとアルトとすれ違ったんですね。
でもって、結局リディアを探して森の中で道に迷います。
で、ガサゴソと歩いていたら、リディアとアルトに遭遇します。
そして36話のシーンへって感じですね。




