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35.思いもよらない救世主


 でも、ずっと逃げ続けていればガタがくるもの。

 加えて私は体力がない。

 相手はバカだけど、大人。

 私の言いたいこと、わかるよね?

 

 「おらぁあ!待てぇ!」

 「うひゃぁっ」

 

 十数分前くらいは遠くで聴こえていた声が、今ではすぐ近くで聞こえる。

 怖いので振り返ることはせず、力を振り絞り私は走った。

 

 息はきれ、もう足を上げるのも、腕をふるのもつらい。

 しんどい。

 そう思うと同時に、よかったとも思う。


 だってもしアリスが囮役だったら、彼女が今、こんな辛い思いで走っていることになる。私なんて、体力ないし長距離が苦手だから、絶対に孤児院につくのが遅れて、アリスを今以上に苦しめていたに違いない。

 囮役が私で、ほんとうによかった。

 悔いはないよ。


 ……なーんて、捕まる直前みたいな台詞を吐いてるけど、私はまだ諦めたわけではないからな!

 

 私は振り返り、ポケットの中に隠しておいた砂利を、追手の2人の顔面に投げつけた。

 思っていた以上にやつらは私に迫っていたので、砂利は見事命中。

 学習しない茶色と灰色の頭は、顔面を抑え苦しんでいる。

 これでまた少し時間を稼げた。

 

 が、これ以上の時間稼ぎは無理だった。

 唇をかみしめる。


 ポケットの中に砂利はもうないし、ジークのために作ったトラップもすべて使い果たしてしまった。

 私の武器はもうなに一つない。


 そしてなにより…


 目の前の木々が色を失い始めていた。

 ようするに、貧血。

 私特有の、色がなくなりはじめる、憎いあんちきしょうだ。

 

 つまり体が限界を訴えているってわけ。

 ふらつく体に鞭を打ち、必死に体を動かす。

 けれど、体が先ほどよりも前に進んでいないのはわかっていた。

 

 神父様、アオ兄ちゃん、エミリア、ジーク、ルルちゃん、みんな…

 

 はじめて知ったけど、私は限界が近づくと、大好きなみんなの顔を思い浮かべるらしい。

 走馬灯みたいで、とてもじゃないが笑えない。

 

 「このやろう…」

 「やっと追いついたぞっ」

 

 すぐ近く、頭上で声がした。

 なぜだろう。まだ少し、あいつらとは距離が離れていたはずなのに。

 そう思って、私は自分の体がもう歩いてすらないことに気が付く。

 

 アリス、リカ、ソラ、ルー…

 

 足が震えて、立つこともままならない。

 

 「やっとつかまえ…」

 

 茶色頭か灰色頭が、どちらか片方が私の手をつかみ、限界を迎えた私の体は、その場に崩れ落ち、

 

 アルト……

 

 「その手を離せ、ゲスが」

 『ルー!』

 

 崩れ落ちたところを、誰かにキャッチされた。

 ……へ?

 私を力強く抱き留めるその腕は、私より少し大きいくらいの、子供の腕だった。


 直後に、スパンという何かの切れた音と、ぽんっとアニメとかの煙玉みたいな音が聞こえた。

 

 「…なに?こいつら、人間じゃなくて正体は木の枝と毛糸玉だったわけ?」 

 『ルー…』

 

 懐かしい声と、私を抱き留める力強い手。

 力を振り絞って、私は顔をあげた。

 

 そして、すぐ目の前にいる、その人を見て、息を呑む。

 夜の空に浮かんだ、月の光に照らされて輝く、銀色の髪。そして私を心配そうに見つめ揺れる淡い紫色の瞳。


 そこには、


 「大丈夫、リディア?」

 「ア、アルトぉぉぉ!」

 「うわっ。ちょ、リディア!」


 疲れなんて吹っ飛んだ。いや、たぶん吹っ飛んだと思い込んでいるだけで、疲れは蓄積しているのだろうが、とにかく私の体はハイテンションのおかげで通常運転へと戻った。


 思わず抱き付けば、彼はとたん顔を真っ赤にさせてたじろぐ。

 間違いない。間違いないよっ。アルトだ。

 

 「うぅぅ怖かったよぉ。平気なふりしてたけど、実は怖かったんだからぁぁぁあ」

 「…助けるの、遅くなってごめん」


 ぎゅうっと抱きつけば、力強く私を抱きしめ返してくれる。

 そう。このレフェリーを呼ぶくらい苦しいハグだ。アルトだっ。

 この痛いハグが、今はとてつもなくうれしい。あったかい。


 耳元では『ルー!ルー!』と、不満そうな怒ったような声が聞こえる。

 右肩にわずかな重みを感じ、横を向けばそこにはルーがいた。

 

 「ルーっ。ルーも私を助けてくれたんだねっ」

 『ルー!』

 「ありがとう。大好きだよ2人ともっ」

 「ふーん、大好きね。でも2人とも、か…」

 『ル、ルーっ!』


 アルトは耳を赤くしながら頬を膨らませ、ルーは慌てた様子で羽をばたつかせる。黒くてよくわからないが、ルーの顔も心なしか赤く見えた気がした。

 そんな私の視線に気づいたからなのか、はたまた違う理由からなのか、ルーは『ルー!』と叫びながら、どこかへ飛んで行ってしまった。

 …くちばしに木の枝のようなものを加えていた気がするけど。

 

 「あの木の枝、なに?」

 「君を追いかけていた不届きものの正体だよ」

 

 瞬間、周辺の気温が著しく下がった。


 寒い、寒い。なつかしいけど、寒いよ。

 アルトは不愉快そうに顔をゆがめながら、近くに転がっていた灰色の毛糸玉を蹴る。あの木の枝が茶色頭だったとするならば、この毛糸玉は灰色頭か。


 アルトが茶色頭を護身用の剣でスパンと切り、ルーが鋭いくちばしで灰色頭の喉元を突き刺した結果(助けてくれてありがとうだけど、2人ともデンジャラスだな)、煙が出て、男たちがいた場所に木の枝と毛糸玉が落ちていたそうだ。

 

 「人じゃなかったんだ…」


 つぶやけば、アルトが頷いた。


 「古代の魔法だね。物に人格を与え、実体化させ、使役する。これをできる人間が…いや、魔法使いが生きていたとは……」

 

 魔法使いという言葉に思わず体が仰け反る。

 うわー。なんか嫌だな。そのアルトの言う魔法使いって、私を攫う予定の魔法使いじゃないだろうな?

 お忘れかもしれないが、私ことヒロインは孤児院ですべての攻略対象に出会った後、魔法使いに攫われるのだ。


 魔法使いなんてわんさかいるものじゃないとわかっているけど心配だ。

 私を攫う魔法使いさん、秋の国のマフィアと懇意にしてたりしないでしょうね?


 そんな私を見て、なにを勘違いしたのか、アルトが力強く私を抱きしめた。

 

 「大丈夫。怖がらないで。僕が君を守るから」

 「アルト…」

 「で、守るためにも、どうして君が古代魔法なんかに追われていたのか、教えてもらえる?」

 「……ぴぇ」

 

 耳元で聞こえる声は怒気を含んでいた。

 たぶん顔も笑ってるけど、目が笑ってないんだろうね。気温がさらに下がっているし。アハハ。


 自分が怒られているわけではないとわかっているが、怖い。ガチで怖い。アルトの悪役シーンを思い出してしまう。


 「……って、ん、待って!?アルト、そういえばどうしてここにいるの!?」

 「うわっ」

 

 恐怖に陥り一周回って落ち着いたのか、私は思い出した。

 なにをって?

 アルトは本来、春の国にいるってことだよ!


 でもって、驚きのあまり抱きしめてくれていたアルトを突きとばしてしまう。

 突き飛ばされるなんて思ってもいなかったであろうアルトは、突かれるままに、ストンとその場に尻から転んだ。

 心なしか彼の頬に青筋が浮かんだ気がした。


 「あー、ごめん」 

 「別に。いいよ」


 彼はいささか不満そうな顔をしたものの、許してくれた。立ち上がり、仕方がないと言った様子で私の手を握る。

 いや、なんで不満そうなの?そしてなぜ手を握った?

 

 「まあいいわ。アルトが意味不明なのはいつものことだし。で、ほんとうにアルトはどうしてここに?」

 

 聞けばアルトは押し黙り、そっぽを向く。

 …おいおい、ソラが城で泣いている予感しかしないぞ。

 私はため息をついた。

 仕方がない。アルトがそう来るなら、持久戦と行こうじゃないか。

 そっぽを向くアルト。逆に私は彼の顔をじっと見つめた。

 白状するまで見続けるからね、という意思表示だ。


 勝負はすぐについた。


 「……君が心配で、こっそり会いに来たんだよ」

 

 じっと見つめる私の視線に耐えかねて、アルトがはいた。

 「君はずるい」とアルトは真っ赤な顔でうなっているけど、そこはほっといて。こっそり会いに来た。その言葉を聞き、私は今朝のソラの手紙を思い出していた。


 『この前の手紙が来て以来、兄様の落ち着きがない。孤児院に行こうとしているから、これ以上無茶はやめてくれ。できることなら、アオ兄ちゃんとルーってやつと距離をとってくれ』


 まさかあれがフラグだったとは、思いもしなかったなー。

 はぁぁ、頭を抱える。

 

 「こっそり会いに来たってことは…ソラにも言わずに来たってことだよね」

 「うっ…」

 「黒か」

 「リ、リディア。怒ってる?」


 うなだれる私の様子をアルトが伺うようにして見る。

 ……イケメンがやるだけに、かなりかわいいよ、うん。


 別に私は怒ってない。ただ、なんだか微妙な気持ちなだけだ。

 アルトが大好きソラよりも、ただの友達である私を心配して、わざわざ孤児院に来てくれたっていうのは、とてつもなくうれしい。

 疲れてるけど、今なら踊りだせるってくらいにうれしい。

 

 「でも、ダメでしょ?いくら私が心配とはいえ…私は大丈夫だから。今度からは勝手に孤児院に来たらダメ!」

 

 そんなショックを受けた顔をしてもダメだからね。

 私が知ってたらおかしいから言えないけど、あんた一国の王子でしょ!

 心を鬼にして腰に手を置き、私は怒ってますよのポーズを取る。

 

 そしたらアルトがボソッと言った。


 「…大丈夫って……さっき、ピンチだったくせに」

 「うぐっ」


 正論なので反論できない。

 アルトは仏頂面でつづけた。


 「手紙見たよ。君、遭難したんだって?」

 「ぐふっ」

 「それで、よりにもよってあいつに助けられたとか?溺れて気絶して、あのロリコンと密室で救助を待ってたんでしょ?」

 「うぐふっ」

 「僕に孤児院に来るなって言うなら、心配させないでよ」

 

 吐き捨てるように言って、彼は私を抱きしめた。


 レフェリーを呼ぶような強い力ではなく、やさしく、触れたら壊れてしまう割れ物のように私を抱きしめた。

 そこでやっと私は理解する。


 きっと、私が思っている以上に、私はアルトに心配をかけてしまったのだ。

 今のことだけじゃなくて、ずっと前から。

 じんわりと服の中で守り石があたたかくなった気がした。

 そばにいないからこそ、すぐに会いに行ける距離にいないからこそ、彼は私が心配なのだ。


 申し訳ないなと思うと同時に、うれしさも感じる。

 だって私はアルトにこんなにも心配してもらえているんだって、わかったから。

 

 「ありがとう、アルト」

 「…うん」

 「でも、これからも心配はさせちゃうかもしれない」

 

 私はヒロインである以上、幸せなみんなの未来を目指す以上、無茶をしない。なーんてことは言えないからね。

 笑い交じりにそう言えば、アルトもフッと笑う。


 「…じゃあ、またこっそり会いに行く」

 「いや、アハハ。アルトってば、それはダメだからね。笑えないからね」


 そうして私たちはお互いを抱きしめながら、楽しく笑った。

 久しぶりに、深夜ではないけれど夜の森の中で、2人きりで、笑った。



 「ていうかアルトって、たまたま私を見つけたわけ?」

 「いや、君の服を着た人間に会って、君のいる場所とここまでの経緯を簡単に教えてもらって、そこからリディアのいる場所を割り出して会いに行った。だから、たまたまではないね」

 「アリスに会ったってことね。でもよくアリスが着ているのが私の服ってわかったわね。孤児院の服はみんな一緒なのに」

 「は?服は一緒でも匂いは違うでしょ。バカにしないでくれる?僕がリディアの匂いを忘れるわけないでしょ?」

 「……は?」

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