32.それまでが恐怖すぎて、攫われても怖くなかった悲しい現実。
イベント発生から5日経った本日、ソラから速達で手紙が届いた。
内容は短く、『この前の手紙が来て以来、兄様の落ち着きがない。孤児院に行こうとしているから、これ以上無茶はやめてくれ。できることなら、アオ兄ちゃんとルーってやつと距離をとってくれ』だけ。
さっぱり意味が分からない。
ソラからの手紙はうれしいけど、私は目の前のことで手一杯なので解読は後回しにさせていただく。
まあ正確には、目の前のことじゃなくて、目の後ろのことなんだけど。
現在進行形で今もそうだ。
目の後ろ――背後をちらりと見て、私は項垂れた。
やっぱり今日もいる~!!
私は教室に向かうべく廊下を歩いているのだが、そこから5歩ほど後ろに桃色・黒髪コンビがいるのだ。リカとアリスである。
…実はあのイベントの日以降、私は彼らに尾行されはじめたのだ。部屋とトイレを除けば、どこへいくにも私の後をついてくるんだよ!怖いよ~!でもトイレにまでついてこようとしたアルトの異常さを思い出して懐かしい気持ちに…いや、やっぱり怖いよ~!
私はもう一度振り返った。
「……。」
「……。」
リカとばっちり目が合うが、本当に目が合うだけ。相変わらずの無表情の無口。
だから私はこめかみを抑えながら正面を向いて、歩き始める。
でもってしばらく歩いたところで、立ち止まる。
で、後ろを振り返れば、私と同様に彼らも立ち止まっていた。
「……。」
「……。」
お互いなにも言わず、私はまた正面を向き歩き始める。彼らも私の後をついてくる。
エンドレスだ。
頭が痛い。
オブラートで包めば、アヒルのお母さんになった気分。
オブラートをはがせば、ストーカーされている気分。
しばらく歩いて私はエミリアとジークが待つ、教室へたどり着いた。
教室に入った私とその後ろにいる2人を見て、エミリアとジークも項垂れる。2人ともこの場で言葉にはしないものの、「今日もですの?」「やばくね?」と雰囲気で語っている。
返事の代わりにヘドバン並の激しい首肯を返し、私は定位置――エミリアとジークの間に座った。
今日は2人と一緒に、この前の授業の復習をする約束をしていたのだ。
でもって、そんな私の背後には当然のようにリカとアリスが座る。うん、なんでだろうなぁ。泣いてもいい?
別に私だって、いつかのソラやジークのように、遊び目当てで追いかけ回されるのであればいいのだ。いや困るけどさ、まだいいの!
だけどリカは何をするでもなく話しかけるもなく、ただ私の後をついてきて、そばにいるだけ!!
怖くない?お願いだから、惚れましたとか言い出さないでよ。フラグ折れていてくれ~!
エミリアとジークも彼らの真意がわからないので、今は様子見状態。
2人いわく、リカたちが私に対して表立った動きを示さないから、なにも言えないらしい。
思えば、アルトとかアオ兄ちゃんに物申すときは、たいてい物申される方が行動を起こしていた気がする。
…ん、いや、ちょっと待て。
私をストーキングしている時点で、十分表だって動いてると思うんだけど!?
なんか腑に落ちないけど、とりあえず今はいいや。
ともかく私はどうにかして、リカが私に近づく理由を知りたいのだ!
友達として興味を持っているのか、ただの嫌がらせか、私に惚れちゃったのか。(勘弁してー)
今までは表情や態度である程度考えていることがわかった。
だが!リカをご覧ください。無表情である!
何を考えているのかさっぱり分からない。
まあ私をバカにしているってことだけはわかるけど。ケッ。
だから私は声高に主張したい。
寡黙とミステリアスは、絶対に掛け合わせてはいけない属性だと!
社会不適合者になるよ、これ!人に恐怖を与えるよ!
これでも私は頑張ってリカに聞いたのだ。「どうしてついてくるの?」って!
なぜかわからないが、私はリカと一緒にいると「いつ君」の設定を忘れて、ふつうにおしゃべりを楽しんでしまう傾向にある。
ストーキングする理由を聞くはずだったのに、いつのまにか楽しく会話している~なんてことは何度もあり…
その謎現象を打ち破り、昨日、私はついにリカに聞いた!
そしたら何て答えたと思う?
「ついてきたいから」
これよ。
いや、たしかに答えだけどぉ!ふざけてんのかー!?って思っただけで言わなかった私をほめてほしい。
あと心の中で叫びながらも、エミリアたちと授業の復習をする私のハイスペックさも褒めてほしい!
まあいいよ。これもともかくとして。
実は私、こんな奇怪な行動をとるリカよりも、さらに困っていることがあった。
それは……
背中に視線を感じた私はバッと振り返り、彼女を見た。
すると彼女は素知らぬ顔でそっぽを向く。
逆にしばらくしてから、え?どうしたんですか?という目で私を見る。
……くっ。
どうしたと聞かれてもうまく応えれそうにないので、私はしぶしぶ正面を向き、エミリアたちとの勉強に戻る。表面上は平然とした様子でね。
それでもって内心は大暴れ。悔しくて駄々っ子みたいにジタバタしてるよ!だってまた躱されたんだもん!!
そう、私が今、一番困っているのはこれ。
私はリカにストーキングされ始めたと同時に、アリスにガン見されるようになったのだ!ほんと、秋の国の人たちなんなの!?
彼女はなにかを探るように、じーと私を観察してくる。もう、痛いくらいに!
「穴の開くほど~」って言葉があるけど、ほんとうに穴開いちゃいそうだよ!
だけど私、最初はアリスに観察されていることに気づいていなかった。
このことを教えてくれたのはエミリアだった。
「え、アリスが私を見てる!?」
「…はい。ご不安な気持ちにさせるようなことを言いたくはなかったのですが、なにかあってからでは遅いので。私とジーク様で必ずおねえさまをお守りいたしますが、どうかお気をつけください」
もう即エミリアを抱きしめたよね。思い出してもまだうれし涙が出てくる。
持つべき者は友!エミリアもジークも大好きだ!
だけどさ、観察されていると自覚すると、向けられる視線に気づくようになるし、気になり始めるよね。
だからどうして私を見ているのかなー?と聞こうと思って振り返るのだが、うまい具合に躱されてしまう5日間なのである。
私にとってはリカ以上に、アリスの方がミステリアスだ。
別に、アリスが「この野郎私のリカ様をとりやがって」の悪役面で私を見ているなら別にいいのだ。いや、よくはないけどさ、そうなれば悪役さよなら計画を立てればいいだけの話だし。
だがアリスは無言でじーっと私を観察しているだけ。
ここに少しでもリカ様にストーキングされて羨ましい的な嫉妬心を感じられればいいのだが、全くと言っていいほどに黒い感情を感じない。
ほんとうに、ただ純粋に観察されているだけから、怖いし、困るし、どうすればいいのかわからないのだ。
ちなみに考え込んでいたせいで、簡単な計算問題のはずなのに間違った。で、リカに笑われた。
……笑われたのは、気のせいなんかじゃないよ。
後ろから「プフッ」て、例のごとくの笑い声が聞こえたからね。計算はまちがったけど、これは間違いないよ!?
なんだ?あいつは私がバカをやらかすと笑うのか?あんた、無表情キャラでしょ!?表情筋をもっと固くしておけ!
心の中で文句を連射してこらえるのだが、小さな笑い声は止まらない。
よし、5秒あげよう。5秒後も笑ってたら、リディア怒り爆発頬つねりをお見舞いしてやる。5,4,3,2,1…(早口)
「はい、ゼロ!そのふわふわ頬を今日こそ抓ってやる!」
私はリカに向かって手を伸ばす。が、届かない!
「おねえさま!」
「だぁー!やっぱり今日も爆発したァ!」
当然のようにエミリアとジークが私を止めるからだ。
ちなみにこれ毎日必ず3回は行われてる。私はリカの奇怪行動に恐怖を感じるけど、それとこれとは別だからねー!普通に馬鹿にされれば怒るんだよ!
リカも慣れた様子で、いつも通り無表情に羽交い締めされる私を見ながら、フッと口の端をあげる。
「お前も懲りないな」
はーい。リディアちゃん、怒りぷっつーん。
「誰のせいで毎回羽交い締めされてると思ってんのよ!?」
「お前のせいだろう」
「あんたのせいよ!」
私の体を掴みながら、エミリアとジークが「おさえてくださいっ!」「今日はいつにも増して力が強いな、このゴリラァ!」とか言ってるけど、知ったことかァ!ジークはあとで覚えとけ!
「私は、限界を、越える!今日こそ、宿願を、果たすのだァ!」
「だぁぁ!やべぇ、振りほどかれ…あ、アオ兄ちゃん!こいつ止めるの手伝え!」
「え。リディアなにしてるの?楽しそうだね」
「楽しくないわー!?」
しかしたまたま通りかかったアオ兄ちゃんが肩を震わせながら、私を止める仲間に加わったせいで、今日も私はリカを抓り損ねる。
うぬぬ~っ。
「もうっ!なんでみんな止めるのよっ。この無表情バカが私を笑うのぉぉ!頬をつねらせ…いいや、一発殴らせろォ!」
「プフッ」
「むきゃ~っ!」
///////☆
さて、ところかわって現在、私はトイレ裏の森にいた。
夜へと移り変わる橙色の空は美しく、その暖かい光は私を照らし……ているのに、私の顔は真っ青。夕日に照らされたら、ふつうオレンジ色のはずなのにねぇ。ハハハ。
え?なぜ青ざめているのかって?
そんな野暮なことを聞かないでくれよ。
私が恐怖に青ざめる理由なんて、ここ最近のことを考えたら一つしか思いつかないじゃないのぉ。
私はいま、アリスに呼び出されてこの場にいるのだ。
ハハハーと心の中で笑い、ぐったりと項垂れる。
ね!?怖いでしょ!?
あのアリスに呼び出されたら、そりゃ青ざめるでしょ!?
ていうか、アリス自分から呼び出しておいて、全然来ないしっ。
それは、最終的にアオ兄ちゃん・エミリア・ジークの3人がかりで止められた勉強会が終わったときのこと。
そのときの私はリカにぷんすかしながらも、尿意に襲われたので怒りを鎮めトイレに向かっていたのだ。
するとめずらしくアリスが1人で私の後を追ってきた。
当然私は混乱する。
でもって、混乱している私をいいことに彼女は「夕食の後一人でトイレの裏の森に来てください」と一方的に約束を取り付け去っていったのだ。
ひえ~って震えるよね。尿意もひっこんだよ。もちろん恐怖で。
恋に夢見る女子であれば、「かっこいいアリスに呼び出されちゃった。もしかして告白されちゃう!」と胸を高鳴らせるだろう。
だがあいにく私は彼女が女子であることを知っているし、むしろ将来悪役になるかもしれないし、なによりなぜか私を観察する未知の生物なので、総じて恐怖しか感じない。
鼓動が激しくなったとしても、それは恐れによるものだ。
私のリカさまに近づくな!とか言われたらどうしよう。黒い感情を向けられてる気はしないけど、万が一もあるし…え。本編始まってないのに、アリスさっそく悪役として目覚めちゃう?
あわばばば。体が自然に震えはじめたよ~。
そのときだった。
がさりと茂みがかきわけられ、アリスが現れた。
…え、え~。森からぁ?予想外にもほどがあるんだけどぉ~?
咄嗟にうまい反応をできずあわあわ口を開閉する私を見て、彼女は申し訳なさそうに眉を下げた。
「お待たせしました。リカ様や他の方々には知られたくなく、森を経由しまして…、そのせいで遅れてしまいました。すみません」
「あ、いえ…待ってない…だよ」
緊張してしゃべり方が変になった~。
というか、リカ様や他の方々にばれないようにってなに!?
誰にもばれないうちに、邪魔者の私を殺そうってこと!?
でもこれから人を天に召します…にしては、殺気を全く感じない。
青ざめながらも首をひねる私。
そんな私を見て、最初こそアリスは不思議そうな顔をしていたが、その顔は次第に真剣なものへと変わっていく。
その変化にはもちろん気づいた。
私はゴクリと唾液を飲み込む。
「あなたに聞きたいことがあります」
「き、聞きたいことぉ!?」
声が裏返ってしまった!
だって聞きたいことだよ!?アリスがヒロインに聞きたいことだっ。
そんなの絶対、「あなた、リカ様のこと好きなんですか!?」とかに決まっている。返答によっては、スプラッタな目にあわせられるのだっ。
あわばばばば~っ。
これは言い訳なのだが。
このときの私は、とてつもない恐怖に駆られていたのだ。
だから、忘れていた。
ゲームと全く違う展開だから忘れていたのだ。
イベントは、無理やりにでも発生するって。
「では、単刀直入に聞きます。あなたは、魔法使い見習いと5人の……」
アリスが言いかけたときだった。
ちなみに私は怯えて、彼女がなんて言ったか聞いていなかった。ごめんなさい。
背後から手が伸び、口元にハンカチが押し当てられた。
驚いて、思わずハンカチ越しに思い切り息を吸い込んだ、その瞬間に、頭がくらっとする。鼻がつーんとした。
な、なんなの!?
混乱する頭でアリスを見れば、彼女も私と同じような目にあっていた。
マスクで口を覆った謎の男性に、口元をハンカチで押さえつけられ、アリスと私は捕まった。
「つかまえたぞ!」
「こっちもだ!」
耳元で聞こえるのは、見知らぬ男性の声。
ふらつく意識の中。なにがカギになったのかはわからない。
でも、私は確実に、思い出していた。
あぁぁああああ!って感じでね。で驚きのまま、叫んでしまったのだ。
「…っ、イベントぉ、忘れてたー!もががっ」
「え!?イベントって…くっ」
いつかの嵐の夜のように、遠くの意識の中。
私の脳裏に浮かぶのは一つだけ。
リカルートの好感度大UPイベント。
リカルートでは、好感度がうなぎ上りにあがる最大イベントがあるのだ。
それは、吊り橋効果・絆確かめ合いイベント。
簡単に内容を説明すると…
ヒロインとリカは、秋の国のマフィアに身代金目的の人質として、
攫われるのだ。




