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28.私の大好きな友達(2)

途中でアオ兄ちゃん視点が入ります。



 翌日は朝から天気が悪かった。

 雨は降り止むことを知らず、窓は常に強風でガタガタ揺れている。


 それでも午前中はまだ、そこまでひどくなかった。これくらいなら外でも遊べるね、なーんて笑い合えるくらいの小さな嵐だ。

 だけどそんな私をあざ笑うかのように天気は徐々に悪化し、夜寝る頃には孤児院が崩壊するんじゃないかと思うくらい激しい暴風雨になっていた。


 ルーは大丈夫かな。


 荒れ狂う外の景色に泣き出す子もいて、ほとんどの子供達はみんなで神父様の部屋で寝ている。

 それほどひどい嵐なのだ。

 ルーがいる洞窟は頑丈だから、嵐からルーを守ってくれていると思うけど…それでも不安な気持ちは消えない。


 本日何度目かもわからない寝返りを打って、浅く息を吐いた。


 「…水でも飲もう」


 どれだけ心配したところで、結局私はルーの様子を見に行くことはできない。ルーが無事でありますようにと神様に祈るしかないのだ。

 

 「でもやっぱり心配~。いや考えても仕方ないから!神様に祈れ、私!…水じゃなくて、ホットミルクにしようかな。冷蔵庫にあったはず…」


 エミリアたちはぐっすり眠っている。起こさないように、蟻でも聞き取れないくらい小さな声でぶつぶつ言いながら、私はドアノブに手をかけた。そのとき、


 「おねえさま、どこに行かれるのですか?」


 背後というより耳元で聞こえたのは、エミリアの声。


 「ぎょっ…もごご!?」

 「ばか、叫ぶな。みんなが起きたらどうすんだよ」


 当然私は条件反射で叫ぶんだけど、寸前でジークに口をふさがれてなんとか免れた。

 いや、免れるって言い方はなんか癪に障るな。ていうか、驚きからの驚きで頭がパニックなんだけど!?

 

 私がもう叫ばないとわかったからだろうか、ジークが私の口から手を離したところで、体をくるりと半回転。

 後ろを向けば、やっぱりそこにはエミリアとジークがいた!

 

 「2人とも寝てたんじゃないの?」

 「寝てたけど起きた」

 「え!ごめん、私のせいだよね」

 「いいえ!おねえさまが気に病む必要は一切ございませんわ!私たちは、どんなに熟睡していても、普段と異なる気配を感じれば目覚めるよう訓練されているだけなので」

 

 エミリアはいつものようにふんわりと笑う。

 すごいな。さすが王族としか言いようがない。

 だけどここは深掘りしませんよ、ええ。普通の子供はそんな訓練しないからね。だから「そうなんだ~」て相槌を打ちつつ話をそらすよ!

 

 「実は全然眠れなくてさ。食堂に行って水かホットミルクでも飲もうかなって…」


 そうしたら眠たそうにぼんやりしていたジークの目がきらんと光った。

 

 「ホットミルクか。いいな、おれも行く」


 眠気より食欲が勝ったみたいだ。いつものジーク降臨。食い意地張ってるなぁ。


 「太るよ?」

 「うるせー。それをいうならお前もデブるだろ」


 ピカッ ゴロゴロガシャーン


 私の気持ちを代弁するようにちょうど雷が鳴ったね~。


 「いだだ、無言で耳を引っ張るな!」

 「うるせっバーカ!女の子に体重の話をするな!エミリアに軽蔑されろ!」

 「なん…」

 「でしたら私もご一緒します。この嵐の中、建物の中とはいえ、おねえさまとジーク様だけで動かれるのは心配ですから」

 「「…?」」

 

 情けない顔で慌てたジークの言葉を遮るように早口で言い放ったのはエミリアだ。

 私とジークはそんなエミリアを見て首をかしげる。


 なんかいつもと様子が違う気がするんだよね。気のせいかな?

 ジークに目で問えば、おれも様子がおかしいと思うと頷いた。


 エミリアはにこにこ笑顔で、一緒に行きますを連呼し続けていた。壊れた人形みたいで、すごく心配なんだけど。え、大丈夫?

 だけどエミリアの異変の答えはすぐにわかった。


 ピカッ


 空が光った瞬間、エミリアの体が縦に揺れて


 ゴロゴロガシャーン


 で、少しの間の後で鳴った破壊音と同時に、エミリアの体はもう一度縦に揺れた。


 察するよね~。そういえばさっき雷が落ちたときも視界の端でなにかが縦揺れしてた気がする。あれはエミリアだったのか。


 「そういえば、エミリアは雷が苦手だったな」


 私でも気づいたのだ。エミリアに絶賛片思い中のジークが気づかないわけがない。

 にやにやと楽しそうにジークは笑ってた。なーんか嫌な予感がするなぁ。


 「まだ克服してなかったのかよ。怖いなら素直に言えよなぁ」

 

 あちゃー。予感的中。

 エミリアは真っ赤な顔でぷるぷる震えてる。雷が苦手なことについて触れられたくないんだって見ればわかるでしょ!

 ちなみに私はジークに恋のアドバイスとして、女の子に意地悪をするなと伝えてある。しかも初期の方に!

 こら、ジーク!忘れたのか!それとも気づいてないのか!?気づいてなさそうだな、この馬鹿は!


 私は馬鹿の口を塞ぐべく手を伸ばした。今のジークはさらにエミリアを傷つける可能性があるからね。けど、それよりも先にジークがしゃべったー!この馬鹿ぁー!


 「ほら手繋いでやるから、行くぞ」


 …あれ?

 ジークはカラッとした笑顔でエミリアに手を差し出していた。

 なんか想像と違う。伸ばしてた手を慌てて仕舞うよね。


 「ジ、ジーク様」


 一方のエミリアも、戸惑う様子はあるけど、その顔は誰がどう見てもうれしそうで。

 あれ?あれれ~?予想に反して良い感じ~!

 心の中の私は野球観戦ならぬジーク観戦で、最高潮の盛り上がりを見せている!…けど、まあ。良い感じで終わらないのが、ジークでして…


 「でもお前は水飲むなよ。びびって漏らすかもしれないからな!」

 

 これよ。

 この一言よ。笑顔で、これよ!


 「この馬鹿ぁ!」

 「いだっ!?」


 せっかくホームラン打てそうだったのに!

 もうっ容赦なく頭を殴るよね。ジークがはあ?って顔で私を見てくるけど、はあ!?したいのは私とエミリアだから!?


 エミリアを見ろ。うれしそうだった桃色ほっぺが今は真っ赤だ!噴火直前のマグマ!髪なんか逆立っちゃってるからね!


 「も、漏らしたりなんかっ。しません~~~~っ!!!」

 「いだぁっ!?」


 はい、案の定、ジークが差し出していた手はエミリアに叩き落とされた。


 …今回のジークはさ、手を差し出したところは、ちょっとだけかっこよかったよ。

 これまで何度も雷に怯えるエミリアの手を握っていたんだろうなってわかるくらい、当然のように手を差し出してたし。(普段のジークなら絶対にエミリアの手握れないからねー。憫笑)


 でもさ、一言余計なんだよ!

 最初に揶揄ったのもよくないけど、最後の一言で全てが台無しなんだよ!


 「か、雷だって、こ、ここ怖くありません!」


 ほら見なよ。

 エミリアがかわいらしく強がっちゃった。

 でも真っ赤な顔でぷるぷる震えてるから絶対に本心じゃないってわかる。


 こういうときは「いや、怖がってるだろ」とかの否定はダメ!優しく寄り添うのだ。これもジークには伝えてある。これでも私、少しはジークに恋のアドバイスしてるんだから。


 さあ行け、ジーク!挽回のチャンスだ!これまでの学びの成果を見せるときが来たんだ!

 私はジークを見た!そして心の中で思いっきり舌打ちをした!チィッ。


 ジークの馬鹿は頬を桃色に染めてエミリアを見ていました。

 たぶん強がるエミリアかわいい~とか思ってる。

 私の「いまだ、行け!」という視線には一切気づいてない。そんなんじゃ一生エミリアに振り向いてもらえないぞ!?


 「エミリア、ここだけの話なんだけど、私雷の光がちょっと苦手なんだ」


 もう私がやるしかないよね。

 真っ赤な顔で震え続けるエミリアがかわいそうだもん。


 「苦手…なんですか?」


 エミリアが少しだけうれしそうに私を見た。うん、かわいい。


 「ピカッて突然光るから、びっくりするんだよね~」


 嘘は言ってない。雷は格好いいから好きだけど苦手。

 空が光ったらつい条件反射で体がびくってなるのだ。エミリアほど大きな動きではないから目立たないけどね。

 えへへと笑う私を見て、エミリアもつられたように笑った。


 「…私も、時々。びっくりしちゃいます」

 「一緒だね!」

 「は、はいっ」


 にこにこ笑い合う私たち。ジークのうらやましそうな視線を感じながら、私は穏やかに笑い続けた。

 ジーク、恨むなら一言余計な自分を恨むんだな。そして私から学べ!見て盗め!

 

 そんな私の心の声が伝わったのか、ジークはようやく自分の過ちに気づいたようで。絶望的な顔で慌て始めた。


 「い、いや。エミリア、おれは別に雷を怖がるお前を馬鹿にするつもりはなくて…」

 「か、雷は怖くありません!」

 「どうしてあんたは学ばないのよ」


 もういいよ。エミリア、水飲みに行こう。ジークはまた明日頑張れ。

 エミリアの手を握れば、彼女はうれしそうに手を握り返してくれたので、私たちはにっこにこ笑顔で部屋を出る。


 「ちょ、待て待て!おれを置いてくな!」

 

 そんな私たちの後を慌ててジークが追いかける。


 「ジーク様、静かにしてください」

 「ご、ごめん。じゃなくて、リディア!お前はおれの味方じゃないのかよ!?」

 「味方に決まってるでしょ。ほら私、かわいい子は谷から落とす派だから」

 「いや知らねーよ!?つーか谷から落とすなよ!旅させろよ!」

 「いえ、私は旅より谷に落とす派なので」

 「だぁあ~もういい!エミリア!おれとも手をつなげ!」

 「ジーク様、なにを言っているのですか。私ではなく、ここはおねえさまの手を握るところでしょう?」

 「うぬぬぬぬ、くそっ!」

 

 まあこうして、エミリア・私・ジークで、仲良く手を繋いで食堂に向かった。

 ……うん、待って。私ってばナチュラルにジークと手を繋いでるけど、なぜこうなった。ジーク、あんたこれでいいの?

 

//////////☆



 「それにしても、すごい嵐ですね」


 窓を殴る勢いで降る激しい雨を見て、エミリアが身震いをする。

 食堂に向かうときに通る廊下には大きなガラス張りの窓があって、嫌でも外の景色が目に入ってしまうのだ。

 

 「ルーのやつ、無事か…?」

 「ぶ、無事だよ!そうじゃないと、困るよ…」

 「そうですね…」

 

 自分でも驚くくらい情けない声が出て後悔した。言葉は自分にかえってくる。不安そうな自分の声は、私の心をざわつかせた。

 そんな私を気遣ってか、エミリアとジークが励ますように握った手に力をこめてくれる。


 驚いて2人を見れば、エミリアはいつものように優しくほほえみ、ジークは少し照れているのかそっぽを向いた。だけど手を離そうとはしない。

 …口角は自然とあがるよね。


 胸があったかいな。

 エミリアは雷が怖いのに、ジークはエミリアと手を繋げなくて悔しい思いをしてるのに。私を心配して手を握ってくれるのだ。

 ほんとうに、私にはもったいないくらい素敵な友達だよ。2人とも大好きだ。

 

 「も、もうすぐ食堂に着くぞ!」

 「そ、そうだね!」


 ちょっとジークが照れたまま言うから、私まで照れてきたじゃん。

 へへと笑いながら私は前を見て、首をかしげた。

 通路の奥が明るかったのだ。たぶん、食堂の明かりだと思うんだけど…。

 

 「なんで明かりがついているんだ?消し忘れか?」

 「ジーク様、お静かに」

 

 食堂からは黒い大きな影が三つ見えた。

 食堂に誰かいる。影の大きさから察するに、大人。考えられるのは神父様とアオ兄ちゃんとマリアさんだ。

 

 私たち3人とも青ざめるよね。

 夜中に盗み食いならぬ盗み飲みしようとしてここまで来ちゃったから、見つかったら絶対に朝まで神父様に説教される!

 昨日孤児院を抜け出したことを叱られたばっかりなのに!勘弁して~!


 予定変更!即刻撤退!


 私たちは回れ右して急いで部屋に戻…ろうとしたのだが、結論からいって戻れなかった。私の腕がちぎれかけたから。

 手を繋いでいた。これがよくなかったね。エミリアとジークは私の手を離さずに回れ右をした。なにが起るかというと、私の腕がねじれる。叫ばなかった私を誰かほめて。

 

 音は立てられないからミュートモードで急いで体を元に戻して、だけど慌てすぎて今度は足が絡まりはじめて、わたわたしていたら食堂に近づいてしまって、

 

 「それにしても、ひどい天気ですね」


 アオ兄ちゃんの声が聞こえた、今ココ。


 もうここまで来たらやけだよね!

 私たちはアオ兄ちゃん達の会話を盗み聞くことにした。(落ち着いたからか、絡まっていた足は簡単に元に戻せた。うーん、複雑。)


 「こんなにも荒れる空はいつぶりか…。子供達がとても怖がっておったわ」

 「もう全員眠れましたか?」

 「うむ。さきほどようやくファナが寝ついてのぉ、全員が眠りについた」

 

 みんな眠れたんだ、よかった。

 嵐に怯えて眠れないなんて、かわいそうだからね。

 マリアさんも私と同意見だったようで(違う意見の人なんていないだろうけど)、心底ほっとした声色で「よかったです」と言った。


 「実は先程、森で土砂崩れがあったという連絡を受けたんです」


 だけどその後に続いた言葉は、全く予想していなかったもので…

 サァーと血の気が引いた。脳裏に浮かぶのは、仏頂面で私の腕を突く友達の姿。


 「なんと!」

 「このことを知れば子供達は不安に思うでしょうから、あの子達が眠っていてくれてよかったです」


 神父様達はなにやら話しているけれど、その声はどこか遠くに聞こえた。


 森で土砂崩れが起きただけだ。

 ルーのいる洞窟が被害に遭ったわけじゃない。

 それなのに体の震えは止まらない。頭がぐわんぐわん揺れる。


 落ち着け。落ち着け、私。

 自分に必死に言い聞かせるけど、…体が、全く言うことを聞かない。心臓はバクバクと嫌な音を立てて、目の前がくらくらしてきて、不安な気持ちが今にも喉から出そうでっ。

 だけど私の両手を力強く握ってくれる2人がいるから、なんとか保っていられる。


 保っていられる、はずだった。

 その言葉を聞くまでは。



//////★


 子供たちが全員眠りについてから始まった、大人だけの報告会。

 ひどい嵐だが、この孤児院にいる限りは安全だ。この報告会もすぐに終わる。そう考えていたが、マリアさんの話を聞いて俺も神父様も驚きに言葉を失った。


 想像以上に天気は荒れているようだ。

 嵐が今日でよかった。


 「土砂崩れとは…マリアさん、それはほんとうかの!?」

 「はい。この前の避難訓練で使用した洞窟付近で発生したようです」

 「なんと…では、新たな避難場所を考えねば…あれ?今、足音がせんかった?」

 

 神父様は年老いているが、耳がいい。

 俺は気づけたが、普通の人間なら足音だと判断することはおろか、物音すら聞き取れないだろう。

 

 それにしても、…足音。

 いつもなら「気のせいじゃないですか?」と神父様に言って終わる。

 だけど今回は、なぜか嫌な予感がして、足が出入り口へと向かう。


 脳裏に浮かんだのは、アオ兄ちゃんのバーカと自分をにらんだ少女の顔。

 早足になる自分に内心笑いながら、なぜ、にらまれたんだっけ?と自問して。あの子が黒いヒヨコを孤児院で匿おうとしていたことを思い出す。

 見るからに懐いてないのに、友達だと言うのだから…笑ってしまう。が、そこで最悪の想定が脳裏をよぎった。


 「…まさか!」

 

 廊下には部屋で寝ているはずのエミリアとジークが真っ青な顔で、「おねえさま!」「リディア!」と叫んでいた。


 そんな彼らの視線の先にはいるのは、暗闇の中でも美しく輝く金色の髪の少女。

 気付けば目で追ってしまう、昨日も叱りつけてしまったあの子だ。


 いつもの何倍もの速さで走る彼女が向かう先なんて、一つしか考えられない。


 「神父様、マリアさん、2人を頼みます」


 口早に言い捨てて、俺は走り出した。


 

 

 ///////☆


 避難場所が土砂崩れにあった。

 その言葉を聞いた瞬間、私は走りだしていた。

 心臓は暴れ、全身の血の気は引き、不安だからだろう手足が震える。

 そんな自分に対し、なんて自分本位な最低女なのだろうと、毒づく。


 今、ルーは恐怖に震えているのかもしれないのに。安全な場所にいる私はルーが心配だからという理由で震えているのだ。最悪っ。


 絶対に洞窟から出てはいけない。ルーにそう言った自分を殴ってやりたい。

 あのとき外に出ようとしたルーを止めていなければ、こんなことにはならなかったのに。

 唇を噛んだ、そのときだった。


 胸の辺りがほんのりあたたかくなった。


 まさかと、寝間着越しに守り石に触れると思った通り。

 石はあたたかな熱を発していた。


 「もしかして、ルーの場所がわかるの?」


 私の問いに答えるかのように、石は一瞬熱くなった。


 ……今は泣き言なんて言っていられない。


 ぐっと石を握り締め、私は頭を切り替える。

 ルーを見つける。

 大切な友達を絶対に保護して、誰になんと言われようが孤児院につれていく。不公平だとか、命に責任を持てないとか、運命に反するって言われたって、なにがなんでもつれていく!


 だって私は「いつ君」のヒロインで、運命を覆す、悪役を教育してみんなをハッピーエンドにするリディアちゃんだから!


 ぎゅうっと石を握り締めると、その気持ちに応えてくれるように石がぽかぽかとあたたかくなった。

アルト、遠くに行っても力になってくれてありがとう。あんたは最高の友達だよっ。


 やる気が出た。

 でも置いてきてしまった…心配そうに私を見ていたジークとエミリアが脳裏によぎり、少し罪悪感を抱く。私がルーを心配なのと同じように、きっと2人も突然走り出した私を心配してると思うから。

 だから私は言い訳ではなく、宣言する。


 2人とも、私はルーの様子を見に行くだけだからね。

 ルーの無事を確認したら、ちゃんとルーといっしょに孤児院に戻ってくるから。

 

 だからっ。

 玄関にたどり着いた私は、扉を押し開けた。

 が、扉は一瞬、冷たい風を孤児院の中に運んだだけで、すぐに閉じてしまった。

 なぜって。そんなの簡単な話だ。


 「リディア。行かせないよ」

 「アオ兄ちゃんっ」

 

 扉を開けた私の手を上から覆うように握る手があったのだ。

 大きなその手は私の手ごと取っ手を掴み、扉を引き閉じてしまう。


 振り返らずともわかる。むしろ、今彼がどんな顔をしているか、わかるから振り返りたくない。

 だけど私は体を持ち上げられ、無理やりアオ兄ちゃんの方へと体を向けさせられた。

 

 アオ兄ちゃんは真剣な表情で私をにらんでいた。

 そんな顔ははじめて見た気がして、途端に不安な気持ちになる。

 だけどこんなところで立ち止まっているわけにはいかない!


 「アオ兄ちゃん、離して!」

 「ダメだ。離せば君はルーを探しに行くだろう」


 私はじたばたと体を揺らし藻掻く。が、アオ兄ちゃんにはなんの影響もない。

 強い力で私を掴んで離さない。


 「こんなにひどい嵐の中、君みたいな子供が外に出たらどうなると思う?死ぬかもしれないよ」

 「そ、そんなことわかってるよ!」

 

 私はこれでも精神年齢20歳だ。

 こんなチンチクリンな体、強い風が吹けば簡単に飛ばされる。最悪死ぬ。そんなこと十分わかっている。

 

 「でも、だからって、黙っていられるわけないじゃん!」

 「はぁ~。こんな君だから、さっきの話を聞かれたくなかったのに」

 

 アオ兄ちゃんは項垂れる。

 疲れさせてしまって大変申し訳ない。申し訳ないが、私は絶対にルーの無事を確かめに行く。そう決めたのだ。


 「悪いけど、絶対に外には出さないよ」

 「やだ!」


 だから私はアオ兄ちゃんの手に噛みついた。

 まさか噛みつかれるとは思っていなかったらしいアオ兄ちゃんは、驚きと痛みで、私を掴んでいた手を離す。


 いまだ!

 アオ兄ちゃんを突き飛ばして、私は扉を開けた。


 その瞬間、ゴッと強い風が孤児院の中に入り、正面からそれを受けた私は吹き飛ばされそうになる。

 風が強すぎて息をするのも苦しい。軽い子供の体が風に押し負けて、足が勝手に後ろに下がる。


 でも、でもでも、これくらい根性で乗り切る!

 私はルーが心配なんだもん。じっとなんかしてられない!

 エールを送るかのように熱を発する守り石を握り締め、私は台風の中、荒れ狂う森へ走り出した。

 

 「リディア!待て!」

 「ごめん、アオ兄ちゃん!ルーが無事なのを確認したら孤児院に戻るから!ごめん!」


 走りながらだし、風が強いから私の声は聞こえていないかもしれない。でも足を止めるわけにはいかないんだ。

 私はさらに走る速度を上げた。




 嫌な予感は的中した。

 

 『ルー!』

 「ルー!?」

 

 荒れ狂う景色の中、吹き飛ばされないように注意しながら森を走っていたときだった。

 守り石が一気に熱くなり、ルーの鳴き声が聞こえ始めた。声を頼りに走り続け、ようやく私はルーを発見した。

 だがルーの姿を見て、私は喜ぶ前に青ざめた。


 荒れ狂う川の中にルーはいた。

 小さな体はどす黒い川にのまれ、浮き沈みを繰り返し、絶望的な速さで流されていく。


 いくらケガが治ってきたとはいえ、川の中に、しかも台風で大荒れの川に落とされてしまえば、小さなルーは逃れることができない。

 

 「ルー!手を、頑張って伸ばして!」

 『ルーっ!』


 流されるルーを追って、必死に手を伸ばす。

 けど、ああ、くそっ。ギリギリのところで届かない。


 ルーに手を伸ばしながら走っているから、余計に届かない。体力も削られて、走るスピードもどんどん遅くなっていく。

 あとちょっとなのに。

 でもこのまま走り続けても、きっとルーを助けることはできない。


 「うぅっ、もう決めた!泳ぎは上手ってわけじゃないけど…えぇい!守り石、私を守ってよ!」

 

 これから私がなにをしようとしているのか見当がつかないのだろう。ルーは不安そうな顔をしている。


 「大丈夫だよ!絶対に助けてあげるからね!」


 だから私はルーを安心させるように、いつもみたいに元気に笑って…川へ飛び込んだ!


 簡単な話だ。手が届かないなら、届く距離まで行けばいい!

 ゴボボボと、勢い余り体は沈む。目の前が真っ暗になって、鼻がツンと痛む。怖い。…けど、こんなところで怖じ気づいていられるか!

 うおぉおおお!と伸ばした手は、確実になにかを掴んだ!手の中にはやわらかくてあたたかい感触がある。

 

 「プハッ。ルー!?」

 『ル、ルーっ』

 

 沈んでいた体がなんとか浮かんだところで、自分の手の中にあるものを確認すると、そこにはおろおろと困ったような顔をするルーがいた。

 

 「よ、よかったぁぁぁ」

 『ルーっ』

 

 ぎゅっとルーと抱きしめると、ルーは照れたように羽をばたつかせる。まちがいない。本物のルーだ。

よかった。夢じゃないよね!?いや夢だったら困るから、これは現実だ!


 「ルーは助けられた…あとは、どうにかしてもどらないと」

 

 冷静に話している私だけど、現在わりと大変な状況にあったりする。

 身動きがとれないのだ。


 川の勢いがすごすぎて体を浮かせることで精一杯。足はつかない。夏なのに恐ろしく冷たい川の水のせいで、どんどん体温は下がっていく。

 体が震えるせいでルーを抱きしめることもままならない。

 そしてなにより…


 目の前が、砂嵐のように色を失い始めていたのだ。

 これ、私特有の貧血の症状。

 目の前の景色がどんどん砂嵐のように粗くなり、色が消えていき、真っ暗になって…最悪、気絶する。

 この状況で気絶したら、さすがに死ぬ。

 

 「ぬぅおおお!限界を超えろ私!」

 

 だから抗うよね!こんなところで死んでたまるか!

 私は波に逆らい岸に向かって泳ぎ始めた。


 だけどさ、私がヒロインだからなのかな。神様はとにかく私に試練を与えたいようで、


 「う、うそぉ」


 目の前には強風に煽られてできた大きな波が、私とルーを飲み込もうと頭上に迫っていた。

 貧血関係なしに目の前が真っ暗になった。

 もうダメだって体が勝手に諦めて、どんどん力が抜けていく。感覚がなくなっていくのを感じる。でも…


 『ル、ルー!』


 私の両手の中は、まだ、確かにあたたかくて。

 だから、だからっ

 

 「っルー!大丈夫。私が守ってあげるからっ」

 『ルーッ!!!』

 

 無理矢理体を動かして、私はルーを守るように抱きしめた。

 絶対に、絶対に、ぜ~ったいに!こんなところで、終わらないんだからっ!


 だけど現実は無情なもので、波にのまれるまえに体が限界を迎えた。

 目の前が黒一色になり、体の感覚が薄れていく。意識がどんどん遠ざかっていく。


 「リディア!」


 うっすらと声が聞こえた。

 ほぼない感覚でもわかるほど力強い腕が私の体を抱きすくめた。直後に、息が苦しくなり川にのまれたのだと、ぼんやりと認識し…私の意識は、薄れ……消えた。





 「…ディア。リ…ア」

 『ル……ルー』

 

 凍えるような寒さと、ヒリヒリと痛む頬の痛み。誰かの必死な声。


 体がだるくてまぶたを開けるのも億劫だけど、なんとなく今すぐ目覚めないといけない気がして、私は目を開けた。


 「ア…オ兄ちゃん?」

 「リディア!よかったっ」


 目の前には、青白い顔で安心したように眉を下げるアオ兄ちゃんがいた。

 そんな青い顔してどうしたの?風邪?大丈夫?

 そう声をかけるつもりで口を開いたのに、でてきたのは咳だった。


 風邪を引いたのは私みたいだ。

 寝たまま咳をするのは辛くて起き上がろうとすれば、アオ兄ちゃんが背中に手を添えて起こしてくれた。上体を起こした後も咳が止まるまで私の背中を優しく撫でてくれる。


 アオ兄ちゃんの手は温かいのに、すごく寒い。

 どうして寒いんだろうと思って、自分を見て納得した。

 体中がずぶぬれで、濡れた服がべっだりと体に張り付いてた。そこに強い風が吹いて容赦なく体温を奪うのだ。寒くて当然。

 ちなみに寝てた場所が土の上だったみたいで服は泥まみれ。


 それにしても、私はどうしてこんなところに…?

 

 ぼやーとそんなことを疑問に思ったときだった。


 『ルー!』


 ぬれそぼったルーが私の腕をやさしく突いた。

 ルーはひどく心配そうに私を見ていた。こんなルーはじめて見た。


 「ていうかルーも、どうして濡れて……」


 首をかしげたところで、強い風が吹いた。寒い。けど、それが合図かのように、だんだんと脳内に自分の身に起こった出来事が浮かび上がってくる。

 孤児院で避難場所が土砂崩れにあったと聞いて、私は孤児院を飛び出して、川に流されるルーを見つけて……

 

 「そうだ。私、ルーを助けるために川にっ!」

 「そうだよ。ほんとうにバカなことをした」

 

 鋭い痛みを頬に感じた。


 「これは俺の言いつけを守らなかった罰だよ」


 感情を押し殺した平坦な声。だけど声の端々に伝わる熱からアオ兄ちゃんの怒りを感じて、ようやく気づいた。


 私、アオ兄ちゃんに叩かれたんだ。

 自覚した途端、ビリビリと頬が痛みはじめる。

 アオ兄ちゃんが私を怒るのはわかる。叩くのもわかる。

 でも…でもっ!

 

 「どうして、私を探しにきたのよ!?助けたのよ!?」

 「は?」

 

 私はアオ兄ちゃんに掴みかかった。

 そうだ。全部思い出した。川で大きな波にのまれてもう駄目だと思ったときに、声が聞こえた。あれはアオ兄ちゃんだったんだ。

 怪訝に顔を歪ませるアオ兄ちゃんに怒りが湧いて仕方がない。

 

 「私はっ、ただの自業自得だから死んでもいいけど!もし私を助けたときに、アオ兄ちゃんが死んだら、どうするの!?」

 「なに言って…」

 

 絶句するアオ兄ちゃんの服は私と同じようにぐっしょりと濡れていた。

 顔も私と同じように真っ青で、唇は紫色になっていた。意識を失う寸前に誰かに抱きしめられた気がした。

 

 「私を助けるために川に入ったんでしょ?ほんとの…ほんとに、死んでたかもしれないじゃない!馬鹿!」

 

 アオ兄ちゃんの顔が険しくなった。


 「それを君が…鳥を助けるために自分の身を投げ出した、君が言うのか!?」

 「私は別にいいのよっ。ルーが心配だったからっ」

 「それなら俺だってリディアが心配で!」

 「意味わかんない!命張ってまで助けることじゃないでしょ!?」


 アオ兄ちゃんは私の言葉にまた絶句し、イラついた様子で自身の前髪をクシャリと握る。

 そして顔を上げたときには、彼の紺色の瞳は見たことがないくらい激しい怒りで燃えていた。


 「命張ってまで?…そんなの君が無茶ばかりしなければ、命なんて、張らない!」

 「そもそも私をほっとけばいいのよ!」

 「また、それか!?君はそれしか言わないな!」

 「誰に何を言われようと私は勝手に無茶しちゃうんだから、ほっとけばいいのよ!」


 どうしてだろう。寒くて、不安で、言葉がとまらない。別にこんなおと言うつもりはなかったのに、自分の命を簡単に投げ出すアオ兄ちゃんを見ていたら、悲しくてたまらなくなってっ。

 でも…


 「バカなのか!?ほっとけるわけないだろ!?」

 

 さきほどの声よりも、台風よりも大きな声に、私の体は反射的にビクッと震える。

 こんなに大きな声を出すアオ兄ちゃん、はじめてだから。体が勝手にびっくりしてしまったのだ。


 そんな私を見てアオ兄ちゃんは自分の今までの態度や言葉に気付いたのか、ばつが悪そうに顔をそらし、だけどすぐに縋るように私を見た。懇願するように、私に手を伸ばす。


 「君を守りたいんだ。だから頼むから…ほっといてくれだなんて、言わないでくれっ」


 背中に回された大きな手がぎゅうっと私の体を締め付ける。苦しいけど、温かくて、不快な気はしない。ほっとしたのかもしれない。涙が出た。

 私もアオ兄ちゃんの背中に手を伸ばしてぎゅっと抱きしめ返す。

 

 アオ兄ちゃんの体はかすかに震えていた。心配…させちゃったな。

 

 こんなときだけど、私はどうしてヒロインの初恋の相手がアオ兄ちゃんなのかわかった。

 だってさ、こんなに私のことを心配してくれて、しかも泣きそうな顔で「君を守りたいんだ」って言って抱きしめるんだよ。

 そんなことをされたら、どんな女の子でも惚れてしまう。


 あ、でもそれはあくまでヒロインが惚れるという話で、私は惚れないけど。


 ぽかぽかして、あたたかくて、でもちょっぴり寒くて。でも、アオ兄ちゃんには惚れないと言う、いつもの自分にほっとして笑えてきて、


 「リディア?おい、リディア!しっかりしろ!」

 『ル、ルー!?ルー!』


 必死なアオ兄ちゃんとルーの声は聞こえるけれど、なんだかぼやぼやして。

 私の意識は深い闇へと沈んでいった。

 

 


 次に目を覚ました時は大変だった。

 いろんな意味で。


 現在私は山小屋にいる。

 なんでも気絶した私とルーを連れてアオ兄ちゃんは孤児院に戻ろうとしたのだが、雨風が強く、しかも雷が連続で鳴り始めた。これは危険だと判断し、帰るのを諦めたそうで。

 そうして運良く見つけた山小屋で、雨宿りというか嵐宿りをすることにしたのだ。


 ここまではいい。

 ここまではいいのだが、次に問題がおこる。

 

 私が目覚めたとき、まず私は自分が下着姿であることに驚いて発狂する。(まあつるぺた幼児体型だから、恥ずかしいもくそもないけど)


 次にそんな自分がアオ兄ちゃんの膝の上で、背後から抱きしめられ毛布を一緒にかぶっていることに驚いて発狂する。


 最後に、アオ兄ちゃんも私と同じように(下は脱いでなかったよ!!)、上半身が裸であることに驚き、発狂する。


 なんでも、濡れた服を着ていたら冷えるので脱いで、こういうときは体を寄せ合い人肌を感じたほうが温まる、ということで自分も濡れた服を脱ぎ、私を自分の体と毛布とでくるんだ、とのこと。

 

 アオ兄ちゃんから私に対しての下心は全く感じなかったし(6歳児に下心って…あったら困る)、私は私で即座に思考を切り替えて、意外にも鍛えられたアオ兄ちゃんの体をぺたぺた触って堪能したからいいんだけど。


 どちらにしても、女の子としてどうなんだろうとは自分で自分に思ったね。

 切り替えたあたりとか、堂々と筋肉触り始めるあたりとか。

 そう考えつつも、今もアオ兄ちゃんの筋肉を触ることを止めないのが私だ。こんな機会、もうないだろうからね!

 

 ちなみに今は腕の筋肉を触っていて…ぎょっとした。

 

 「なにこの手!?」

 「え?」


 アオ兄ちゃんの腕にはなにかに突かれたような跡がたくさんあった。どこかで見たことがある気がするけど、とても痛々しい。

 かわいそうにと腕を撫でる私を見て、アオ兄ちゃんは弱り切ったように肩をすくめた。


 「それねぇ。小さな騎士がお姫様を守ろうと必死でさ。俺は敵じゃないって、彼に教えてくれないかな?」

 「え?」


 首をかしげたら頬にふんわりとやわらかいものが触れた。

 視界の端に見えたのは黒いふわふわ。

 

 「…もしかして、ルー?」

 『ルー』

 

 私の頬に必死に自分の体を擦りつけていたのはルーだった。

 でもどうして?

 そう思ったところで、アオ兄ちゃんがふんわりとほほえむ。


 「たぶん。リディアが震えていたから、温めようとしているんだよ」

 「っ!」

 

 アオ兄ちゃんのおかげで体温が戻りつつあるけど、それでも寒くて体は震えていた。

 ルーはそれを見ていたんだ。

 

 「そんなっ。ルー。あんた、かわいすぎっ」

 『ル~っ!』


 これがルーの隠していた1割のデレなのか!感動してきゅっと抱きしめると、ルーは不快そうに鳴いた。

 あ、やっぱり抱きしめられるのは嫌いなのね、はい。すみません。

 そんな私とルーのやり取りを見て、アオ兄ちゃんは愉快そうに笑ってる。


 「ちなみに俺の腕を傷だらけにしたの彼だよ」

 「えっ。ちょ、ルー!ダメでしょ!」

 『ルー』

 

 ばらしやがってとルーはアオ兄ちゃんをにらむけど、そもそも攻撃したあんたが悪いでしょ!

 今のルーはデレてくれて最高にかわいいけど、それとこれとは別!だめなものはダメっていうからね!

 

 「ルーが突いてもいいのは、私とジークだけって言ってるでしょ!」

 『ルー!』

 「あはは。ジークはいいんだ」


 笑いながらアオ兄ちゃんは、まあまあ怒らないでと私をなだめる。


 「彼は君を守ろうとして俺を攻撃したんだから、許してあげて」

 「え、そうなの?」

 

 問えば、ルーは照れたようにそっぽをむいた。

 …そうか。そうだよね。アオ兄ちゃんはルーのことを小さな騎士って言ってた。ルーはアオ兄ちゃんを敵だと思って、攻撃したのかも。


 それに気づいたら。こう、じわっと喜びが胸に広がるよね!

 もぅ、怒れないじゃん!えへへ。ルーに頬ずりしちゃう。イタタ、突かれた。調子に乗りました、すみません。下ろします。

 

 「リディアは…俺を含めてだけど、人も動物も関係なく懐柔するのが得意だよね」

 「え?」


 そんな一人コントをしていたから、思いもよらないアオ兄ちゃんの言葉には驚いた。

 なに言ってんの~?笑いながらアオ兄ちゃんを見て、固まる。


 アオ兄ちゃんはいつものように笑っていた。

 だけどその瞳からは、じりじりと私の体を焦がすような熱を感じまして…


 と、とりあえず、ルーで顔を隠すよね。

 アルトといい、なんだか最近の私は人の瞳から熱を感じる。なぜ?私の中で眠っているであろう魔力が、なにかを感じ取ってるのか?

 そわそわするから、これ困るんだけど~!


 ぬぅあ~とうなる私を見て、アオ兄ちゃんはくすりと笑う。誰のせいで、くすりと笑われるような状態になっていると思ってんのよ。この野郎。


 「わー。リディア、怒らないで?あ、そうだ。君が俺に噛みついてルーを探しに行ったとき、どうして俺がすぐに追いかけなかったか、わかる?」

 「……。」


 アオ兄ちゃん、無理矢理話を逸らしたってリディアちゃん、わかるからね。

 でもたしかにその理由は気になるから、私は話にのってあげることにした。

 アオ兄ちゃんがすぐに私を追いかけていたら、絶対に捕まっていた自信あるし!


 「わかった!私を一瞬でも見限ったからだ!痛い目見やがれ~って」

 「はい、ちがう」


 否定の速度が速すぎなんだけど。


 「言っただろう。俺に君を助けないなんて選択肢はないんだ。次、また同じことを言ったら…」

 「すみませんでした!どうしてですか!教えてください!」


 にこにこ笑うアオ兄ちゃんの目に嗜虐の色が浮かんだ気がしたからね!急いで言葉を遮らせていただいた。

 そうしたら残念そうに(残念そうに!?)、アオ兄ちゃんが肩を下げた。


 「捕まえに行かなかったんじゃなくて、行けなかったのさ」

 「行けなかった?」


 首をかしげる私の頭をアオ兄ちゃんが撫でる。

 えへへ。よくわかんないけど、頭撫でられるの好き…いだだ。なんでルー突くの!?

 

 「外に出た君を追いかけようとしたらさ、後ろからすごい勢いでなにかがぶつかってきたんだよね。それがジークだったんだよ」

 「え!ジークが!?」

 「あはは、驚きすぎじゃない?リディアの知ってるジークは、ダメダメのへたれ君なんだね。でも彼は友情に熱い子だよ」


 なんでも神父様とマリアさんはエミリアが足止めをして、アオ兄ちゃんはジークが妨害しに来たそうで。

 アオ兄ちゃんは私に集中していたから、いつもは気づけるはずのジークの気配に気づけず、まんまと転倒させられたとのこと。

 

 「転んだところに上からのしかかられて、振りほどくのに結構時間がかかっちゃったんだよね~。悔しいな~…チッ」


 あー…、なんか今舌打ちが聞こえた気がしたけど、うん。アオ兄ちゃんはいつもの穏やかスマイルだからね、私の聞き間違いってことにしよう!


 「いい友達をもったね。ソラや特にアルトが、今日のエミリアやジークの立場だったら、むしろ俺と一緒に君を止めただろうから」


 …どうしてだろう。いつもは仲の悪いアルトとアオ兄ちゃんが結託して、ルーを探しに行こうとする私を止める姿が、ありありと想像できた。

 ジークとエミリアには後でお礼を言わないとね!

 にかにか笑えば、そんな私をアオ兄ちゃんとルーは疲れ切った目で見た。え、なんで?


 「ねえリディア?もう今日みたいな無茶はしないでほしいんだけど」

 「たぶん無理!」


 笑顔で言われたから、笑顔で首を横に振ったら、アオ兄ちゃんにため息をつかれた。

 ちなみにルーは怒った顔で私を突いた。

 アオ兄ちゃんはわかるけど、ルーは私の味方でしょ!?


 「まあそう言うと思ったよ。それがリディアだからね。じゃあ俺は何度だって君と敵対しようじゃないか」

 「ふふん!受けて立とう!勝つのはいつだって私だけどね!」


 諦めたように笑うアオ兄ちゃんに、私はどんと胸を張って頷く。


 もうアオ兄ちゃんに私を助けるなとは言わないよ!

 私が無茶するのと同じように、アオ兄ちゃんもどうしても私を助けちゃうみたいだし。

 だからその代わり、自分で危機回避できるように強くなるよ!そしたらアオ兄ちゃんが危険な目に遭うこともないからね!


 「なんだか不安だなぁ。…あ、ちなみに今俺たちは遭難してるんだけど」

 「急に話変えたね!?ていうか遭難!?」


 驚くが、よくよく考えれば確かに私たちは遭難している。

 ひどい嵐の中、身動きが全くとれない状況だし。もしこの山小屋に食料がなくて、嵐が数日続けば…最悪、餓死!


 サァーと青ざめる。

 そんな私を安心させるように、アオ兄ちゃんがぎゅっと抱きしめてくれた。ありがたい。ルーも対抗するように私の頬に体を摺り寄せてくれる。かわいいやつめ。


 「もし食料に困っても、ルーのことは絶対に食べないからね!」

 『ルー!?』


 いだだ。なんかルーがめっちゃ突いてくるんだけど。食べないって言ったのに!アオ兄ちゃんは爆笑してるし!


 「あははっ、くっふふ。だ、大丈夫だよ、リディア」

 「笑いながら言われても説得力ないんだけど。ていうかなにが大丈夫なのよ!」

 「この山小屋には1週間分の食料があったし、それにジークには3時間後に俺が戻ってこなかったら、遭難したと考えてって伝えておいたから。嵐が弱まれば、助けが来るよ」

 「……。」


 それを先に言え。

 リディアちゃん、頬に青筋ぴきぴきだよ。


 少しいじわるなアオ兄ちゃんのことだ。私が怯える姿を見て楽しみたかったのだろう!

 私は怒りを込めてアオ兄ちゃんの鳩尾を殴った。けど、アオ兄ちゃんは殴られても全くダメージがないようで、どうしたの?という顔で首をかしげている。

 でもその目は完全に笑ってるからね!わかってて首かしげてるよ、こいつ!

 

 「筋肉防御反対っ!」

 「リディアが非力なんじゃない?」

 「ひ、非力じゃないもん!……たぶん。…そ、それにしても?遭難したと考えて、ねぇ。死んだと思ってくれーとかは、言わなかったんだ?」


 じょ、状況が悪くなったから、話を逸らしたわけではないぞ。

 まあ言った後で、死んだと思ってくれって…普通そんなこと言わないよなとは思ったけど。


 思いもよらない質問だったのか、アオ兄ちゃんは目を瞬かせている。けど、ぴゅーぴゅー口笛を吹く私を見たからなのか、にやりと笑った。


 「死ぬつもりは無かったからね。俺にはやるべきことがあるし。それを遂行するまでは、死ねないんだ。死んでも死にきれない」


 顔は笑っているのに。軽い口調なのに。なぜかその言葉には重みを感じた。


 「…やるべきことって、それは願いとか?」


 なんとなくアルトが孤児院を去るときに私に聞いてきた、願いとか将来の夢とかそういうのを思い出した。

 アオ兄ちゃんは逡巡してから、静かにうなずいた。

 

 「願い、だね。切望…いや、これは呪いにも似た渇望なのかもしれない」

 「渇望?」


 いつもはきれいで澄んでいるアオ兄ちゃんの瞳に、暗い影が見えた気がした。少し不安で、私はぎゅっとアオ兄ちゃんの手を握り締める。

 そんな私に驚いたようにアオ兄ちゃんが私を見た気がした。けど、私は疲れて疲れて、子供な体は限界だったのかもしれない。

 眠るように、本日3度目の気絶をした。

 


///////☆


 「リディアあぁぁぁあ!この、大馬鹿者っ!」

 「ぬぅわ、神父様っ」

 

 昨日アオ兄ちゃんの腕の中で気絶した私は、目覚めるとふかふかやわらかなベッドにいた。素晴らしい筋肉の弾力があたたかいアオ兄ちゃんの体の上ではない。

 時刻は昼を回っていて、ぼーとしていたら、ちょうど様子を見に来た神父様が、私が目覚めていることに気づいたのだ。

 まだ寝ぼけてたからね。あれー神父様、わなわな震えてる?なーんて思ってたら、飛びつくように抱きしめられ、次いで怒られ、で今に至るわけだ。


 「ほんとうのほんとうにっ…無事でよかった」

 「…神父様」


 あたたかい言葉に私の胸はじんわりと温かくなる。

 が、

 

 「話はアオから聞いたからの。あとで説教じゃぞ」


 この言葉は冷たかった。

 嵐のせいで今も体が冷えてるんだから、これ以上冷たいのは勘弁してよ~。

 ひぇーと震えたときだった。


 「おねえさま!目覚めたと聞きました!」

 「リディア、大丈夫か!?」


 勢いよく扉が開いたかと思うと、エミリアとジークが部屋の中へと飛び込んできたのだ。

 

 「エミリア、ジーク!心配かけてごめんね!私は元気だよっ」

 

 ベッドから飛び出して2人に抱き付けば、

 エミリアは満面の笑みで、ジークは少し恥ずかしそうにしてたけど、2人とも私を抱きしめ返してくれた。


 2人の友達の体温を感じて、実感する。

 私、ほんとうのほんとうに孤児院に戻ってこれたんだ。

 …そう安心したのがいけなかったのか。突如、鋭い連撃が私の額を襲った。

 

 「あたたた!?なに?」


 思いのほか痛くはないけど、慌てて顔を上げる。

 そしたらびっくり!

 

 『ルー!』

 「ル、ルー!!」

 

 ジークの頭の上にルーがいたのだ!

 きっと2人に抱き付いたときに、ジークの頭から私の額を突いたんでしょうね!

 ルーがいる。そのことにほっとするけど、でも同時に疑問にも思う。

 

 「ルーは孤児院に連れてきちゃダメじゃ?どうして…」


 神父様は目の前で私がルーに突かれる様子を見ても、何も言わない。

 首をかしげてると、扉の方から声がした。

 

 「俺に感謝しなよ。神父様に彼の滞在を掛け合ったのは俺だから」

 「アオ兄ちゃんっ!」

 

 そこにいたのは、いつものようにやさしく微笑むアオ兄ちゃんだった。

 私が今無事に孤児院にいるのだから当たり前だけど、アオ兄ちゃんの無事な姿を見て、ほっとする。よかった、私たち一人もかけることなく無事に孤児院に戻ってこれたんだ。

 だがそんな彼をエミリアとジークは不満そうににらむ。

 

 「アオ兄ちゃんさん。神父様にお願いしたのは私とジーク様も同じです」

 「お前だけの手柄みたいに言うんじゃねーよ」

 『ルーっ!』

 

 その言葉を理解するのに、少しだけ時間がかかった。

 だけど、ほんとうにそれは少しだけ。


 「…ルーも孤児院にいていいの?」


 言葉にして、じわじわと喜びが胸に広がる。

 エミリアはふんわり笑顔で、ジークはどや顔で、アオ兄ちゃんは穏やかな笑みで頷く。

 慌てて神父様を見れば、真っ白おひげのおじいちゃんは肩をすくめがら、でも笑顔で頷いた。


 「嵐が止むまでじゃぞ。3人が言ったのじゃ。この嵐の中でルーを森に戻せば、またリディアが探しに行くぞ!と。そう脅されては、了承するしかないじゃろう」

 「神父様~っ!」

 「なにより。その鳥は、リディアの友達だと言われてはな~」

 「っ!」

 

 っもう、うれしすぎて!気持ちを抑えきれなくて!

 私は突進するように一人ずつみんなに抱きついた。

 

 「神父様、アオ兄ちゃん、エミリア、ジーク、もぅみんな大好き!」

 「嵐の間だけだからの?」

 「もちろん、もちろんだよぉっ!」

 「説教はいつもの5倍するからの?」

 「5倍でも10倍でも、なんだっていいよ!ありがとう!神父様、みんな!」

 


 それから5日後。嵐が終わったと同時に、ルーの翼が治った。

 私はかなり寂しかったけど、ルーは特に別れを惜しむこともなく、早朝森へと帰って行った。


 夜、ルーのいない寂しさに打ちひしがれながら、私はため息をついていた。

 ルーってば、かなりあっさり帰っていったからさぁ。


 まあルーはドライな性格だから、こうなることは薄々わかってたよ。でも、もうちょっと別れを惜しむくらいしてくれても…

 

 と思っていたところで、コツン、コツンと不思議な音が聞こえはじめた。

 エミリアとジークはぐっすり眠っているので、2人は犯人じゃない。

 よく耳を澄ませれば、音は窓の方から聞こえてくる。…え、おばけ!?

 正直言って、めっちゃ怖い。怖いけど。黙ってても音は鳴り続けるから…えぇい!私は枕を片手に窓に突撃した!

 だけど、窓の外にいた子を見て、その枕はぽとりと床に落ちる。

 

 『ルー!』

 「え、ルー!?どうしたの、また怪我?お腹減った?」

 

 そこにいたのはルーだった!

 ルーは相変わらずの仏頂面で窓を突き続けている。

 急いで窓を開けると、ルーは部屋へ入り、私の肩へとストンと座った。まるでここが自分の定位置だとでもいうように。ちょ、にやけちゃうじゃーん。

 

 「また会えてうれしいよ!今日の朝ぶりだね。…でも、どうしたの?怪我はしてなさそうだし、やっぱり空腹で…」

 『ルーっ!』

 「あ、ちがいますね。その仏頂面は違うね。痛い痛い。突くのやめ~っ」


 肩にのってるルーが突くとなると、距離的に私の頬になる。突く力は遭難して以来、弱めてくれているようであまり痛くないけど、それでも少しは痛いんだから!


 「こっち!ここに移動して!」

 『ルー』


 自分の手のひらを指させば、ルーは仕方がねーなという風に手のひらにのった。

 相変わらずの暴力黒ヒヨコだな~。


 「結局、ルーはどうしてここに来たの?」


 紅の瞳を見て質問した。そのときだった。

 ほんのり守り石があたたかくなった気がした。


 『ルー…(友達に会いに来たらダメなのか?)』

 「えっ」


 ルーの言葉はわからない。わからないはずなのに、なぜか私はルーの言葉が分かった。

 どうして?守り石があたたかくなったのと関係がある?

 でもそんな疑問よりも、うれしい!

 

 「ダメじゃない!ダメじゃないよ!私たち、友達だもん!生きる世界が違っても、友達!だから会いに来てっ」

 『ルーっ!!』


 今度はルーが何を言っているのかわからなかった。でもこの笑顔を見るに、ルーも私と同じくらいうれしいみたい。

 私はぎゅうっとルーを抱きしめた。

 

 「ルー!大好き!」

 『ル、ル~っ』

 「いや、ルールーうるせぇぇぇ!」

 「おねえさま、遊びにきてもいいですが、夜はやめてくださいとお伝え願えますか?」

 「おれたちも部屋にいるって忘れるなよ!」

 「あ、ごめーん」

 『ルー…』




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