28.私の大好きな友達(1)
「でもダメって言われると外で遊びたくなるよな」
神父様の説教タイムが意外にも早く終わり、エミリアとジークに合流したときのことだった。
ちなみに早く終わったのは、マリアさんがアポなしで神父様に会いに来てくれたからである(マリアさん大好き!)。
現在ジークはテーブルに突っ伏しながら、拗ねたように唇をとがらせていた。
「外で遊びてぇ~。こんないい天気なのに」
「……。」
私は今のジークと同じ発言をして神父様に説教されたのに、なぜジークは説教されないのか。腑に落ちない。
まあ、理由は簡単で、それはこの場に神父様がいないからなのだが、ちょっとずるいよねー。
そんな私の怒りを汲み取ってくれたのか、違う理由からなのか、どちらにしても、ぶーたれるジークに頬を膨らませたのはエミリアだ。
「ジーク様、未来の統治者としてあるまじき発言ですよ!」
「うっ。すみません」
「わかっていただければいいのです」
かわいらしく頬を膨らませてはいるけど、ジークに向けるエミリアの眼差しは冷たい。ぷぷぷ、どーんまい。
溜飲はすっかり下がった。むしろ気分がいい。
むふふと笑いをこらえながら、私は窓枠に足をかけ……
「それで、おねえさまはどこへ向かおうとなさっているのですか?」
「ど、どへっ!?」
…たところで、エミリアに肩を掴まれた。
ギギギと振り返れば、案の定そこには笑顔のエミリアがいた。
いまもテーブルに伏したままのジークは、私とエミリアを見て驚いたように目を丸くさせていた。この様子から察するに、ジークは私の動きに気づいていなかったようですね、ええ。
…白状します。エミリアとジークがお互いに気をとられているすきに、外に出ようとしました。
ジークはともかく、聡いエミリアの目は欺けなかったかー。くっそ~!などとふざけてはいられない。
「それでおねえさまはどこへ行こうと?」
エミリアは穏やかな笑顔で聞いてくるのだが、圧が…すごいのだ。
天気が悪くならないうちに外に出たい。だからここは、どうにかごまかして……
「え、あ、いやぁ…ルーが心配で……。おねがい、エミリア!見逃して!」
と思ったけど、エミリアのつぶらな瞳を前にして、嘘なんてつけるわけがない!
私はエミリアの手を取って必死にお願いした。
「ルーに会いに行きたいの!」
「まあ!ルー君に…」
神父様は、1週間は嵐が続くと言っていた。
今はまだ天気がいいけどこれから悪化するかもしれないし、今ルーの様子を見に行かなかったら、次はいつ会えるかわからない。
ルーの怪我はほぼ治ったから手当に関しては心配ない。だけど食料については別だ。
ほぼ完治したとはいえ、今の怪我の状態でルーが自力で食糧を確保するのには無理があった。正直言ってかなり難しい。私がいないとルーは飢え死にしちゃうよ。
それに今日、ルーに会えたのは朝の1回だけ。いつもは一日に5回以上は会いに行ってるから、今頃寂しくて泣いているかも…と思いかけて、私の脳裏に浮かんだのは仏頂面で私たちを突く黒ヒヨコ。
…うん、ないな。ちょっと私の願望を押しつけすぎたな。
ともかく!私の気持ちはきちんとエミリアに伝わったようだ。
考えを整理するように目を瞬いていたエミリアは、数秒後にはしっかりと頷いてくれた。
「わかりましたわ」
「エミリアっ!大好き~!」
感極まって抱きつけば、エミリアは眉を下げおろおろ慌てた。その頬は桃色に染まっていて、と~ってもかわいい!
「わ、私も。大好き、です…」
「っ!!」
そしてこの一言の破壊力と言ったら、もうっ!
ジークが血の涙を流しながら私をにらんだくらい、かわいい爆弾だった!
「か、かっわぃ~っ!」
「か、揶揄わないでくださいっ。そ、そのかわり、私たちもご一緒させていただきますからね!」
「うんうん、もちろん!ありが…っはぁぁぁ!?」
「おまっ、なに言って!?」
エミリアの予想だにしない発言に、私もジークも口をあんぐりと開ける。
もしかして冗談かな?と一縷の希望に縋ってエミリアを見るが、彼女は真面目な顔で深く頷いていた。オウ、ノー。
「関わった以上、ルー君の面倒を最後まで見る。危険を顧みず他者を守ろうとするそのお心。おねえさまの庇護精神には胸を打たれました!」
私とジークは絶句する。
…エミリアってときどき自分の世界に入るよね。そして思い込みが激しい。
「あの、エミリア?勘違いしているようだけど。庇護精神って言うか、これは私の我儘だよ?」
だからエミリアやジークは私に付き合う必要ないんだよ~、そう続ける私と一緒にジークも頷く。
「そうだ。おれたちがこいつと一緒に行く必要はないん…」
「ジーク様、なにをおっしゃるのですか!あなた様もルー君に関わった以上、彼を守る責任があるのですよ」
ピキッ パリンッ
…後方でなにかにひびが入って割れる音がした。
「あなたは多くの命を背負うお立場にあるのですよ。小さな動物の命一つ守れずして、民は守れません!」
「エミリア~?それとこれとは違うと思うけどなぁ?」
精神的ダメージが蓄積されていたのだろう。案の定、粉々に砕けていたジークに代わって私がエミリアをなだめる。が、エミリアは首を横に振る。
縦に振ろうよ~。エミリアは今冷静じゃないんだよ、だって多くの命を背負うとかグレーゾーンワード出しちゃってるし。
「いいえ、同じですわ!それにときには冒険も必要。危険な目に遭うことも必要なのです!」
「いやいやいやいや」
復活したジークが勢いよく首をふる…のを見て、唐突だけど私の考えは変わった。
私は笑顔で、エミリアの隣に立つ。
「…うん。やっぱり2人にはついてきてもらおうかな。大勢で行けば(神父様にばれて叱られるとき、1人じゃないから)怖くないし!」
「おねえさま!」
「いや待てぇ!エミリア、だまされるな!リディア、お前その心境の変化はどうした!?絶対になにか企んでるだろ!?わかるぞ、おれにはわかるぞ!」
わめくジークはほっといて、私はエミリアに「ジークってばビビリだねぇ」と笑いかける。エミリアが味方である以上、私には勝利しかないんだよ。フッ。
思った通り、エミリアは呆れ半分の困った顔でジークを見る。
「ジーク様、男が四の五の言わないでください。行きますよ?」
「ちょ、おまっ、おれが外で遊びたいって言ったときと全然態度が違うじゃねーか!」
「そうでしょうか?」
「そうだよ!?つーかダメだから!?神父様ダメって言ってただろ!あ~、クソっ。前まではおれとリディアが暴れて、窘められる立場だったのに~!どうしておれがお前らを止めてんだよ~っ!」
「ジーク、そんなに髪毟ってたらはげるよ?」
「誰のせいでこうなってると!?」
親切心で忠告してあげたのに、親の敵でも見るような眼差しを向けられてしまった。えー、人のせいにしないでほしいんですけどー。
私が頬を膨らませていると、エミリアが仕方ないとため息をついた。
「わかりました。ジーク様はこなくてもけっこうです」
「え…」
エミリアがそうでるとは思わず、私もジークも驚く。
ジークは、だいぶショックな顔している。かわいそう。わ、にらまれた。
「ルー君の元には、私とおねえさまで参ります」
毅然と言い放つエミリアだが、少し残念そうに目を伏せる。
「……将来、命令を無視する部下を持ったとき、自分が過去に命令に背いた経験があれば、彼らの行動理由について推察できる…いい経験になったでしょうに。残念ですわ」
「おまっ。よくそれっぽいことが言えるな!?さっきのおれに対しての発言と本当に真逆のこと言ってるぞ?で、でも、そんなずる賢いエミリアも、す、すすすす好きか嫌いかで言えば、嫌いではないんだけど…」
「そうですか。それでジーク様、結局行くのですか行かないのですか?」
「……行く」
消えそうな声だった。渾身のデレを披露したというのに、エミリアにはなんの効果もない。
…目の前が揺らぎはじめた。
「ジ、ジーク…」
「うぅ、そんな目でおれを見るなぁ!ほんとリディア、お前のせいだからな!?」
「ジーク様!おねえさまにあたらないでください。見苦しいです」
「理不尽の極みなんだけど!」
こうしてジークも一緒に孤児院を抜け出して、私たち3人はルーの無事を確認した。
ルーはいつも通り、元気に仏頂面で突いてきた。よかった、よかった。いや、突くのはよくないけど。
余談だが、孤児院を抜け出したことは誰にもバレなかった!神父様はもちろんアオ兄ちゃんにもだ。やはり私には忍者の素質があると思う!
だから明日もルーに会いに行く予定だ。
天気は全然悪くならないし。嵐が来る気配ゼロだからね。神父様が心配性なだけなのだ。
まあだけど、結局のところ嵐は来た。
嵐は嵐でも、私の中では一番達が悪い…叱責と言う名の嵐が……。
「君たち…」
「げっ。アオ兄ちゃん!?」
「なんでばれた!?」
それは神父様に外出禁止令が出されて2日目、ルーとの出会いから4日目の午後のこと。
予定通りルーの様子を見に行って、やっぱり嵐が心配だからルーを部屋に匿おうか。などと呑気に話していた、そんなときのことだった。
アオ兄ちゃんに見つかった。
「いつのまに…ハッ!まさかアオ兄ちゃん、忍者だったの!?」
「この状況でふざけるなんて、リディアは本当に図太いよね~」
アオ兄ちゃんは神父様の言いつけを破った私たちを見て怒る、のではなく呆れた様子でため息をついていた。
お?これはもしかして、見逃してもらえる…わけないよねー。ちょっと気を緩めた瞬間、アオ兄ちゃんが「怒ってるよ?」の笑顔で私を見てきたのだ。怖いね~。
「ていうか、なんでバレたの!?」
抜け出す際は細心の注意を払っていたし、こっちにはエミリアとジークがいる。私はともかく2人が勘づかれるようなミスするとは思えない。
そんな私の考えが伝わったのか、アオ兄ちゃんはため息をつく。
「君たちみたいな目立つ3人がいなくなればすぐにわかるよ」
まともな回答に私たち全員、うなる。
たしかに。1人ならともかく、私たち3人全員がいなくなれば…すぐにわかる。
ジークもエミリアも容姿・性格共に存在感に溢れてるし、私はいっつも孤児院で暴れてるから、ハハハ。
「君たちは昨日も孤児院を抜け出していたようだし。今日は朝からずっと監視してたんだよ。で、後をつけてみたら、全く…」
ぐったりと項垂れるアオ兄ちゃんの視線の先にいるのは、私の手を突くルーだ。
「まさかこっそり動物を飼っていたとはね~」
うーん、ごまかしようがない!
「えぇっと、ルーは飼ってるんじゃなくて、お世話をしてるというか」
私はしどろもどろにアオ兄ちゃんに伝える。
だってルーがいつも以上に突いてくるんだもん。おれは飼育されてない、世話をさせてやってるんだ!って。
「野生に戻れるようにしていて…」
「でもリディアは彼を孤児院に連れて行こうとしてたよね。それは嵐の被害から守るためだろう?」
その言葉にうぐっとうなる。
うなるだけで答えられない私に代わって頷くのはエミリアとジークだ。
「そうです。おねえさまは野生の動物に手を貸した責任を全うしようと動いたのです」
「飼うつもりはなくて、ほんとうに野生に戻そうとしてたんだ。だから許してやれよ」
ジークぅ、エミリアぁ。2人のフォローにじんわりと胸が温かくなる。
だけどアオ兄ちゃんは静かな目で首を横にふった。
「ダメだよ。そういう問題じゃない。リディアは…君たちは、情を持って彼に接しているでしょう?」
その言葉に今度こそ私たちは押し黙ってしまった。
ルーに情が移ったのは否定しない。
だって、ルーと出会ったときから、きっと私はルーをただの野生動物とは思えていなかったから。種族は違うけれど、私はルーのことを友達だと思ってる。
だから悪あがきをする。
「い、いいじゃん!嵐の間だけでも、安全な場所に避難させたって…他の子には迷惑かけないし、避難させるのは私の部屋だから!2人も協力してくれるってっ…」
「ダメだ。彼は野生として俺たちとは違う世界で生きていく生き物だ。彼だけを特別扱いはできない」
「なっ。どうして!」
「なら聞くけど。彼だけを助けるのは不公平だと思わないのかい?」
「っ!」
言葉を詰まらせる私を見下ろしながら、アオ兄ちゃんは続けた。
「安易に動物を拾ってはいけない理由は、責任を持つことが求められるから。運命に反するから。そして、不公平だからだ」
いつもの子供達に甘いアオ兄ちゃんとは違う、諭すような眼差しが私に向けられる。
「なぜ彼は助けるのに他の動物は助けないの?嵐の被害から守る為に孤児院に匿うというなら、彼以外にも匿う理由がある動物はたくさんいる。なぜ、彼だけ?」
問われて、とっさに応えられない。
「リディア。だから俺たち人間は、野生の動物…野で生きる彼らの運命に介入するときには、その命に責任を持つんだ。その一生を背負う覚悟で関わるんだ。君は彼だけが特別だから、孤児院に避難させたいんだろう」
でも、それは許されないんだよ。
アオ兄ちゃんは静かに言った。
「特別にはね、責任が必要なんだ。でも君は子どもだ。責任を持てない。自分以外の命の責任は持ってはいけないんだ。リディアはなおさら、ね。君はいつも他人のことを心配してるから。なにかあれば、きっと君は自分の命よりも彼の命を優先させる」
「友達を助けるのは…ダメなの?」
「え?」
自分でもこれは屁理屈だとわかっている。
でも私はアオ兄ちゃんの言葉に納得したくなかった。
「友達が困ってたら助けてもいいんだよ。ルーは友達だから、私はルーの命に責任を持たないっ。だから孤児院に連れて行くのっ」
エミリアもジークも驚いたように私を見る。
ギッとアオ兄ちゃんをにらむと、彼は疲れたようにため息をついた。
「リディア、君だってわかってるでしょ。友達なのかもしれないけど、俺はそういうことを言ってるんじゃない」
「やだ!聞かない!」
「はぁ。じゃあもう一つ、理由をつけたすよ」
「もう一つ?」
怪訝に顔をゆがめる私、ジーク、エミリアを見て、アオ兄ちゃんは口を開いた。
「みんな忘れてるみたいだけど、これは大前提の話だよ。彼に――野生動物に、責任もなしに関わってはいけないのは、彼らの運命を変えてはいけないからだ」
きのうの神父様の授業が思い出された。
また運命だ。
アオ兄ちゃんは淡々と続ける。
「わかるよね?彼は自力で生きている。たとえ怪我をしてたとしても、俺たち第三者が介入して、彼らの運命を変えることは許されない」
この世界は運命に逆らうことを悪だとしている。私たちの創設者である神様が、生まれる前から与えてくれた運命に沿って生き、一生を終えることが義務であり当たり前だからだ。そもそも逆らうという概念すらあり得ないのだ。
でもそれはあくまでこの世界の価値観の話。
私には関係ない。
私は今、みんなが生きる未来のために運命に抗いまくってる、この世界では考えられない、異常な思考を持つ人間だ。
だけど、それが私。前世の記憶を持つリディアだ!
私は自分の考えを押しつけるつもりはない。けど、反論があるのに黙ってるつもりもない!
「私、運命ってよくわからない」
だから訴える。
「なにをもって運命とするの?例えば、私とルーが大怪我をしたとして。みんなは私を助けてくれるでしょ?でも、ルーは助けないんでしょ?どうして?ここで死ぬのがルーの運命だっていうなら、私はどうして死ぬ運命じゃなかったの?どうして助けられたの?運命って言うのは名ばかりで、行動するか行動しないかの違いなんじゃないの!?」
ルーだけを助けるのは不公平だし、ルーをこのまま森に置いていくことが彼の運命なのかもしれないけどっ、私が彼を孤児院につれていき嵐から守ることも、運命といえるのだ。
だって私たちは、自分の運命を知らないから。
私たちにとっては、自身の行動の結果が運命になるから。
私の話を聞いて、エミリアとジークは考え込むように俯いた。
そんな中で、アオ兄ちゃんだけは静かに私を見つめている。
その瞳からは驚きも怒りも悲しみも、なにも感じられず、ただ私の言葉を受け止めているという事実だけが伝わった。
「…たしかに、リディアの言う通りかもしれないね。「それが運命だ」と簡単に人は言うけれど、俺たちは自分の運命も他人の運命もわからない。彼を助けることは運命なのかもしれないし、そうではないのかもしれない」
「そうでしょ!ならルーを…」
「でも」とアオ兄ちゃんは言った。
その眼は鋭く、暗かった。
「野生の動物は助けない。それがルールだ。運命という枠組みに当てはめられた、これが世界のルールなんだよ。生きる世界、住む世界が違うものに手を貸してはいけない。助けると言うのなら、こちら側の世界につれてこなければならない」
「意味が…わからないよ」
「君たちはまだ幼いからね。きっと大人になったらわかるよ。この世界の理不尽さや、自分の無力さがね」
アオ兄ちゃんは今に至るまでなにを経験してきたのだろう。
暗かったはずの瞳はいつのまにか穏やかに細められ、彼はいつもの笑顔を浮かべていた。
「……結局、アオ兄ちゃんさんはなにが言いたいのですか?」
「あぁ、肝心なことを言ってなかったね」
エミリアの問いに、アオ兄ちゃんは笑顔のまま頷いた。
「その黒いヒヨコを孤児院で匿うことは許可しないよ」
「そんなっ…」
言葉を失う私を、エミリアもジークも心配そうに見つめる。
ルーも今ばかりは私の手を突いてこなかった。
「リディア、俺は君の願いを聞き入れるつもりはない。これ以上の話合いは時間の無駄だ」
「っ!」
「そうやって俺をにらんでいても構わないけど、時間は有限だよ?天気が悪化する前に、ここよりも安全な場所に、彼を避難させてあげたほうがいいと思うけどなぁ」
アオ兄ちゃんはそう言って穏やかに私に笑いかけるけど、笑い返すことなんてできるわけがない。
きゅっとルーを抱きしめる。
「私、運命とかこの世界のルールとか…よくわからない。わかりたくない」
「でも俺になにを言っても現状は変わらない。これはわかるだろ?」
意地悪く笑う彼はいつものアオ兄ちゃんだけど、でも少し苦しそうに見えて、自分に言い聞かせているように見えて、私はなんだかよくわからなくなって…~っ。
アオ兄ちゃんに向かって叫んだ。
「アオ兄ちゃんのバーカ!エミリア、ジーク!ルーを安全な場所に隠すよ!」
「わかりましたわ、おねえさま」
「…安全な場所っつったら、この前の避難訓練で使った洞窟とかいいんじゃないか?」
私を肯定するようにエミリアとジークが続いてくれる。
ジークの提案した場所は最適に思えた。避難訓練で訪れた洞窟はかなり奥行きがあったし、なにより頑丈で嵐をしのぐにはもってこいだ。
「よし、そこに行こう!」
「なら案内するよ。天気が悪化する前に君たちを孤児院に連れて戻りたいからね」
「……うん」
私は申し出てくれたアオ兄ちゃんに対して、頷いた。でもそれはいつもより、かなりそっけない態度で…心がもやもやして息苦しい。
アオ兄ちゃんに対して、怒ってはいない。
もちろん、ルーを見捨てるように言われてショックだったし、腹も立った。だけどさっきより少しだけ冷静になって、アオ兄ちゃんの言い分もわかるって思った。だから怒ってないのだ、ほんとうに。
運命を理由にされるのは納得できないけど、野生の動物の中でルーだけを特別扱いするのは確かに不公平だと思うから。…でも思うだけで、ルーを孤児院に匿うことを許可してくれるなら、今からでも迷わず連れて行くんだけど、さ。
私が今、もやもやしてるのは、自分が無力だから。
そしてそんな自分の感情を制御できなくて、アオ兄ちゃんに八つ当たりしてしまったから。
私の態度は予想していたのか、アオ兄ちゃんはいつものように笑うだけ。
もやもやが増えて、うまく息ができない。
ほんと最悪。こんな自分、大嫌いだ。
精神年齢はアオ兄ちゃんより上なのに、子供みたい。
『ルー』
無意識のうちにルーを抱きしめていたらしい。ルーの視線を感じた。
「ごめん!痛かっ、た…?」
慌ててルーを見て、首をかしげる。見間違いだろうか。
一瞬だが、ルーが心配そうな顔で私を見ていた気がした。
『ルー!』
だけど今私に抱かれているルーは仏頂面で不満げに鳴いている。
いつものルーで、それが逆に安心できた。ルーが私を心配するなんて天地がひっくり返っても、それこそ嵐でも起きない限りあり得ない。
さっきのは見間違いだと判断して、私は避難場所に向かって歩みを進めるアオ兄ちゃんたちを追った。
いつまでもうだうだ、ぐちゃぐちゃ考えるのは私らしくない!もう切り替える!ていうか切り替えた! ルーが嵐を乗り越えられるように洞窟へ急ぐぞ!!
「ここなら安全だからね、大人しくしてるんだよ」
『ルー』
洞窟の中でルーを下ろせば彼は不満そうな顔で鳴いた。
神父様が避難所にするだけあってこの洞窟は頑丈だ。奥行きがあるから風に吹き飛ばされることもないし、万が一嵐の影響で川が氾濫したとしても、高所にあるから川にのまれることもない。
ただ一つだけ、注意しなければいけないことがあった。
私はルーの包帯が巻かれた羽から目線を下げて、かわいいピンク色の健脚を見た。
そう。ルーは飛べないだけで歩ける。
自分から外に出てしまう可能性があるのだ!ルーは小さいから強風が吹いたら確実に飛ばされちゃうよ!
これはもう、しっかり念入りに伝えるしかない!
「絶対に外に出たらダメだからね!ごはん、ここにいっぱいおいとくから。これだけあれば一週間は余裕で過ごせるでしょ?退屈かもしれないけど、ここで待っててね!」
『ルー』
ルーは頭が良い。私の言葉をきちんと理解してくれたようで、力強く頷いてくれた。
「さすが…て、ちょ!言ったそばからなに外に出ようとしてんのよっ」
って感動してたら、この黒ヒヨコ、普通に私のわきを通り過ぎて出口に向かって歩き出す!
慌ててルーを捕まえて、出口よりもうんと遠い場所に下ろしたよ。
『ル~!』
ルーは眉を顰め、不満げに鳴いた。
「こ、こいつ~っ」
ルーの顔と態度からして、絶対に私の言葉を理解してる。だからたぶん、外に出ようとするのは私への反抗なのだ。
どうしたらわかってくれるんだろう。私は本当にルーのことが心配でお願いしてるのに…。
「お願いだよ、ルー。私のことは恨んでいいから、外には絶対に出ないで」
『ルー!』
「ほ、ほんとうに死んじゃうかもしれないんだよ!…私、ルーが死んだら嫌だよ」
『……ルー』
嵐に巻き込まれるルーを想像したら怖くなってきて、最後の方はほとんど声にならなかった気がする。
だけどそんな私を見てようやくルーは納得してくれたのか、少しふてくされた様子だったけど今度こそ頷いてくれた。よ、よかったぁ。
「それじゃあ嵐が去ったら…いや、一週間経ったら絶対に会いに行くから!それまでじっとしててね?」
『ルー…』
そうして私たちは、気怠げに鳴く黒ヒヨコを背に孤児院へと帰ったのであった。
今日ルーを孤児院に連れて行かなかったことを後悔するとはゆめにも思わずに。




