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27.嵐の前の静けさってやつ。



 

 さて前話で、私とルーの不思議な関係がはじまった。と語った私であったが、訂正します。まあ訂正ってほどのものじゃないんだけどさ。

 私とルーの不思議な関係は、はじまったには始まった…のだが、その関係はたったの2日で終わった。

 ええ、終わったんですよ。私とルーの()()()だけの、不思議な関係は、ね。

 


 「まあ!黒いヒヨコさん、はじめて見ました!」

 「うわっ。目つき悪いな。ペットは飼い主に似るって言うけど、本当だったんだな。この仏頂面とかリディアにそっくりじゃん」

 『ルー!』

 「いだだ!なんだこいつ、おれに攻撃するとか、ちょ…痛い!」

 


 はい。ルーと出会ってから3日目の本日。御覧の通り、不思議な関係が4人に増えたのだ。

 私の目の前にはルーをまじまじと見つめるエミリアとジークがいる。

 頭抱えちゃうよね。でも3人はそんな私に気づいていない。エミリアとジークは興味津々、ルーは警戒した面持ちで、2人と1匹はお互いを観察しあっていた。

 どうしてこうなった!?


 2人と遭遇…というか、エミリアとジークが私の前に現れたのはつい先程のこと。

 傷の手当てやご飯探しを経て、少しはルーとの心の距離が縮まったかと思いきや、仏頂面で突かれる日々。今日こそ懐いてもらう!と意気込む私をルーがいつも通りにらんだとき、背後の茂みががさごそ音をたてはじめたのだ。

 いつぞやのクマかとルーを抱きしめ(超突かれた)警戒していれば、茂みから転ぶように飛び出してきたのは、ジークとエミリアだったのだ。


 安心したけど、安心できない。

 だって私、2人にはルーのこと内緒にしていたから!

 ちなみにこの2人、「エミリアが押すからだぞ!」「ちがいます!ジーク様が屈まないからです」等々、言い合いをしながら現われました。仲良しだね~。


 「じゃなくて、2人ともどうしてここに!?」

 「いや、普通にお前の後をつけてきたんだよ」

 「おねえさまっ、申し訳ございません…」

 「な、なんだってぇ!?」

 

 リディアちゃん、衝撃すぎて仰け反る。

 これでも私、細心の注意を払ってルーの元に通ってたからね。気配を消して移動したり、周囲をよく確認して人がいないときに森に入ったり。忍者顔負けの隠密能力を発揮していたと自負できる。


 予定ではルーと仲良くなった後、エミリアとジークとアオ兄ちゃんに紹介して、ほら見ろ私を好いてくれる動物もいるんだぞ!とどや顔するつもりだったのだ。(無理かも知れないけど、ハハ)

 …ルーが私に懐いてくれる前に、エミリアたちと一瞬で仲良くなったら、私が動物に嫌われる体質だって証明されちゃうし、さ。想像しただけで精神的ダメージが…。


 「私、近くに誰もいないか、しっかり確認してから森に入ったのに!?」

 「確認…?」

 「もしかしてあの首振り運動のことか?」

 「首振り運動!?」」

 「キョロキョロって、森に入る前に首を振りまくってただろ?」

 

 ジークはキョトンとした顔で私を見る。

 うっ。いつものように私を馬鹿にしているわけではない純粋な言葉だからこそ、受けるダメージがでかい。

 

 「く、首振り運動じゃないから!ぬぅ、私の千里眼をかいくぐるとは。さては隠れてたな~!」


 なんてったって2人は王族だ。

 命を狙われることも多いから、なんか…こう、隠れる術みたいなのを教わっていたに違いない!私の辞書に、「見落とし」の言葉はない!

 どうだ、図星だろう。ドヤ顔をするが、ジークは首をふる。

 

 「いや別に隠れてないし、声かけようと思ったらお前が首振りはじめて、森の中に入ったから後を追っただけだから」

 「ぬぅおおおお!」


 私の辞書に、見落としの四文字が深く刻まれた…。

 忍者のスカウトくるんじゃない?とか思ってた自分が恥ずかしい。手で顔を覆っちゃうよ!

 そんな私を呆れた目で見るのはジークだ。


 「お前、一昨日から挙動不審だったけど…もしかして自覚なしか?」

 「え、うそ。私、いつも通りに過ごしてたでしょ!?」

 「いや、どこがだよ。いつも以上に落ち着きがなかったし、首振りまくってたし、どっか消えるし。不自然だらけだったぞ」


 なんか隠してるなと判断したジークとエミリアは、私を問いただそうと動いた結果、私が首を振りながら森に入っていったので後をつけて、今に至るそうだ。

 私はその場に崩れ落ちた。


 「細心の注意を払っての行動が、裏目に出ていた……」

 

 そんな私に同情の言葉一つすらないのがジークである。この野郎、そうやって気が利かないからエミリアが振り向かないんだぞっ。

 ちなみにそのエミリアは、なにやら目をキラキラと輝かせ青空を見上げているので、おそらく自分の世界に入ってる。おねえさまはジーク様の未来の奥方…云々の話を始めませんように、南無南無。


 「にしても、新しい遊びでも見つけて独占してるのかと思えば…」


 ジークはルーを見て落胆した。


 「ったくつまんねーの。凶暴なヒヨコの世話をしてただけかよ」


 ちょっとむっとしちゃうよね。


 「ルーは別に凶暴じゃないわよ。攻撃的なだけ!」

 「それを凶暴って言うんだよ。ほんとお前にそっくりだな」

 「私のどこが凶暴だっていうのよ!」

 「だぁー!首を絞めるな!そういうところだよ!!」


 おっと、ついやってしまった。前までは私より先にアルトが手を出してたし、仮に私が暴れてもソラが止めてくれたから、自分の手を汚すことはなかったのだ。

 

 「だからほら?やっぱり私は凶暴じゃない」

 「だからの意味分かってるか!?凶暴だろ!?」

 「はいはい、私がいなくて寂しかったのはわかったから、大きな声出さないの」

 「寂しくねーよ!どうしてそんな話になった!?」

 「あぁ、エミリアと2人きりは緊張するから私を探しに来たのね、勘違いしてごめんね」

 「ぬぅあ!?ち、ちがっ」


 ツッコミソラが消えたら、新たなツッコミジークが現われるのがこの世の摂理なんだなぁとぼんやり思いながらジークをいじめていて、気づいた。エミリア、静かじゃない?


 「おかしいと思ったんです。2日前、おねえさまはかわいらしくふてくされて森へと走り去っていったのに、帰ってきたらとっても上機嫌だったんですもの。ミイラごっこだなんて言って、8月中旬のこの暑い中、腕に包帯をまきはじめますし!」

 

 エミリアは瞳をキラキラ輝かせ、青空に向かって一人語っていた。

 忘れてた。エミリアは自分の世界に入ってたんだった。

 エミリアのことだから、「ジーク様はおねえさまと遊びたかったんですよ。素直になってください!」と怒って、ジークが粉々になると思ってたのに。

 結論、ジーク見向きもされない。なんかかわいそうになってきたな。

 

 「あの…エミリア、少しはジークに興味持ってあげて。一人で慌ててるジークが、かわいそうだから」

 

 ジークは、「別にエミリアと2人きりが緊張するってわけじゃなくてだな、むしろうれしいっていうか…」と一生懸命デレているのだ。見てて悲しくなるくらい、真っ赤になって慌てながら。

 あれれ。なんだか目の前がゆらいできて、鼻の奥がつんと痛くなってきた。


 「や、やめろぉ!同情するな!お前のその変な優しさがおれの心をえぐるんだよ!?」


 ジークは見向きもされていないことにようやく気づいたのか半泣きだ。私もつられて泣きそう。

 それでもってエミリアは私たちには気にせず話を続けている。気づいてあげて!?


 「腕に包帯を巻いていたのは、このヒヨコさんに腕を突かれて怪我をしたからだったんですね~」


 言いながらエミリアがルーに手を伸ばした時だった。

 ルーがいつもの仏頂面でエミリアの手を突いた。


 『ルーっ!』

 「ひゃあっ」


 驚きと痛さからか、エミリアがきゅっと目をつむった。


 「エミリア!大丈夫か!?」

 「ちょっと、ルー!ダメでしょ!」

 『ルー!!』


 急いでルーのくちばしを掴めば、彼は反抗的な目で私をにらむ。が、ダメなものはダメだ。


 「私やジークを突くのはいいけど、エミリアは傷つけちゃダメ!」

 「おれもダメだからな!?」

 「エミリア、ルーがごめんね?手、痛いよね?」

 

 私は突かれすぎてもう痛みに慣れてるけど、初めて突かれたエミリアは痛かっただろう。

 しかし彼女は大丈夫ですよとにこやかに笑う。ほんと、エンジェル。

 私に笑顔を向け、次いでエミリアはルーを静かに見た。


 「それにしても…そうですか。彼はルー君というのですね。…おねえさまだけを突いているようであれば、不届きものとして焼き鳥にしましたが、平等に攻撃しているのなら…ええ、許しましょう」

 「え、待って。今、焼き鳥って言った?」

 

 おかしいな。さきほどまで天使に見えていたエミリアの背後に黒い悪魔が見える。

 目をこすってもう一度エミリアを見る。うん、いつものエミリアだ。きっと私の見間違えだな。

 ルーに向かって手を伸ばしたのは、ルーが自分を攻撃するか確かめたかったから…?とか思いもしたけど、きっと勘違いだよね。天使なエミリアがアルトみたいなことを考えるわけがない。ハハハ。


 『ル、ルー…』

 

 だけどルーがめずらしく怯えているような警戒しているような声で鳴いてる…うん、深く考えないでおこう。大丈夫。気のせい、気のせい。

 まあルーのこの様子を見るに、今後エミリアを突くことはなさそうだから、いいってことにしよう!


 「おい、エミリアは許しても、おれは許さないからな。この野郎、よくもエミリアを突きやがって、焼き鳥にしてやる…いだっ、いでで!」

 『ルー!』

 「ジークのことはまったく怖くないみたいだね。よっ!さすが期待を裏切らない男!」

 「いや言ってないで、止めろ!」

 

 エミリアに良いところを見せたくて強気に出たのだろうけど、ルーは自分のほうがジークよりも立場が上だと認識したようだ。

 手の甲から二の腕まで満遍なく突かれてジークは半泣きだ。

 さすが私のルー。人間に屈しないその姿勢、かっこいいぞ!先程、ルーがエミリアに対し怯えたような警戒したような顔をしていたのは、女の子を傷つけてしまった罪悪感からだったんだろうね。えらいから撫でてあげよう!よしよ~し。

 

 「って、ほめてないで止めろってば!?」

 「ふふん。残念ながら、ルーは私の言うことをいっさい聞かないじゃじゃ馬さんなの!止めろっていわれても無理だよ!」

 『ルー!!』

 「それ胸張ることじゃないだろ!?え、ていうかお前、これをこっそり飼ってるわけじゃないのか?」

 「え、違うよ。飼ってないよ!」


 否定すればエミリアもジークも驚いたように目を瞬いた。

 うーん、そうか。端から見れば、私はルーをこっそり飼っているように見えるのか。ふむふむ頷く。


 「ルーとは怪我が治るまでの付き合いなの。私はルーの怪我の手当てをして、治った後、ちゃんと野生に戻って自給自足の生活ができるようにアドバイスをしている…いわば、ボランティア兼友人みたいな関係!」


 さすがに突かれ続けるのはかわいそうなので、ルーをジークから引き離す。

 本音を言えば、ルーを孤児院に連れ帰って一緒に暮らしたいよ?

 ルーは攻撃的だけどなんだか憎めなくて、この2日間でさらに愛着が湧いたし、ツンデレのデレの部分をものすごく見たいし、なによりいっしょにいて楽しいから!

 でもそれは私が思っているだけで、ルー自身は人の手は借りずに自力で生きていくつもりだ。現に彼は私を突くけど、私が教えた植物の知識を真剣に聞いて翌日にはしっかり身につけていた。そんな彼を狭い世界に閉じ込めるなんてできるわけがない。

 まあそれ以前に、今の私じゃ自分以外の命に責任を持てないから、ルーのことを飼うことなんてできないんだけどさ。


 私の言葉に納得したのか、エミリアとジークは頷く。


 「まあ飼ってるつもりもなく、ちゃんと野生に返すつもりなら、神父様の言いつけを破ってないな」

 「そうそう。私天才でしょ?」


 ふふんと胸を張ると、エミリアが瞳を輝かせながら「おねえさまは天才ですわ!」と頷く。もっとほめて~。


 「怪我を負った野生の動物との関わり方に、このような選択肢があるなんて、私では考えつきませんでした!私とジーク様にもおねえさまのお手伝いをさせてください!」

 「でしょでし…は!?」

 

 ジークの時と同じく、胸を張ろうとしていた私は、間抜けな声を出してしまう。

 でもそれは私だけではなくて、


 「え!?」

 『ル!?』


 エミリアの発言に2人と1匹の、つまりエミリア以外の全員が目を丸くした。

 え。待って。脳みそがついていかない。私とジーク様にも…えぇ!?

 

 「エミリア、どうしたの急に?いっとくけど、ルーのやつ、びっくりするくらい人に懐かないよ!?」

 『ル~っ!』


 イタタ。ほら、突くし。

 私は現在進行形で私の手を連撃するルーを指さす。

 もしルーと仲良くなりたくてお手伝いを申し出てくれているのだとしたら、それは不可能だ。

 ルーと仲良しになって、うふふあははをしようとしていた私は、昨日と一昨日で絶対無理だと思い知ったからね。ツンのレパートリーと、ヒヨコの表情筋の柔軟さしか学べなかったよ!

 あ、だからといって、うふふあははを諦めたわけじゃないから!うん、矛盾してるな!


 だがエミリアは私とは違う考えで、手伝いを申し出てくれたようだ。やんわりと首を横に振っている。

 

 「ルー君はどうでもいいです」

 「え、いいの?」


 じゃあ、なぜに手伝いを申し出た?

 ルーも奇怪に思ったのか、顔を顰めている。

 エミリアは穏やかに続けた。


 「私とジーク様の時間は有限。ルー君のお世話でおねえさまの時間は奪われ、おねえさまと共にいられる時間が減ることは確実。ならばお手伝いをして少しでもおねえさまと一緒にいたいと考えましたの」

 「ほ、ほう?」

 

 やっぱり意味が分からなくて、首をひねっていると、ジークがなにか嫌な予感でもしたのか、眉間にしわを寄せていた。

 ジークがこんな顔するときはたいてい私も巻き込まれる…と思ったらその通りだった。

 エミリアが力強くジークに詰め寄っていたのだ。


 「それにこれはチャンスでもあります!ジーク様、ここで頼りになる男らしさをおねえさまにアピールするのです!」

 「…あ、だろうな。だと思ったさ…ハハハ。そういうことなら、おれ降りる」

 

 思った通り。いつも通りのエミリア考案の、(未来の奥方)へのアプローチ作戦だった。

 悲し気に帰路に立とうとするジークをエミリアは必死に止めている。


 「そんな、ジーク様!馬鹿を仰らないでください!せっかくのチャンスですよ!ジーク様は、今までポンコツな姿しかおねえさまに見せていないのですよ!今見せないで、いつ見せるのです!?」

 「ポンコツ…」


 エミリアが近づいてきたから、ちょっと期待したんだろうね。ジークは頬を桃色に染めていた。そのぶん、エミリアの言葉が突き刺さって、今は灰になって消えそうな様子。しかも必死に止めているのは私とジークのためだからね。余計にかわいそう。

 ジークからしてみれば、私に男らしさをアピールしたところで、なんのメリットもないし、なにより傷心なので帰ろうとするのは当たり前。


 でもここで帰すのはもったいない。にやりと笑ったことがばれないように、私は速やかに動いた。

 そして、「なんでおれのメンタルがやられてんだよ。はぁ、さっさと帰ろ」と、エミリアを振り切り私たちに背を向けたジークの耳元で囁く。


 「エミリアに男らしさをアピールすればいいんじゃない?」

 

 踵を返いしていたジークの体は、きれいに回れ右をしてエミリアの元へと向かった。

 

 「よし。おれも手伝ってやる。どうだ、エミリア、男らしいか?」

 「まあ!おねえさま、どうやってジーク様をやる気にさせたのです?」

 「ふふふ。企業秘密です。あー、ジークが単純でよかった」

 

 突かれジークを逃してなるものか、だからね。

 そんな邪悪な気持ちが漏れ出していたのか、ルーがジト目で私を見ている。


 『ルー…』

 「な、なによぉ。ルーが突かなければいい話なんだからね?」

 『ルー』

 「いだだ!なんで言ったそばから、突くのよ!突くならジークにして!」

 「なんでだァ!?」

 


///////☆


 「我々は生まれ落ちたときから運命が決まっておるのじゃ。神によって運命は創られ…」

 

 それは翌日の週に2回の授業の時間。

 私の歴史の教科書めっちゃボロボロだけども戻ってきたところで、神様と運命についての授業をしていた。


 神父様は、「神父様」と呼ばれるだけあって、神とかが関係してくる授業にはいつも熱が入る。敬虔な信者なのだ。


 神父様が言うには…というか、みんなの様子を見るに、この世界は「運命」というものが重要視されている。

 私たちは生まれたときから死ぬまでの一生の出来事を、この世界に誕生する前から神によって決められているそうで。それをこの世界に人たちは、「運命」と呼んでいた。

 私がこの孤児院に来たのも、アルトやソラ、アオ兄ちゃん、エミリア、ジークと出会い振り回されていることも、3日前にルーに出会ったことも、今朝窓ガラスを割って神父様に怒られたことも、すべて「運命」なのだと言う。

 生まれる前から…私が0歳のときから、決まっていたことらしいのだ。


 「我々は神が創りし運命のままに生きるのじゃ。そして……」


 そんな生まれる前から決まっているという「運命」に従うことは、この世界の人たちにとっては根底にある考え方で深く体に染みついている。

 生まれたときから当たり前である概念のような、宗教の思想のようなものだ。


 「いつ君」をプレイしているときは、ここまで詳しい用語解説はなかったから、ちょっと驚くよね。


 たとえば、山火事で死にそうな花があるとする。

 私たちは花が燃えるのを見ていることしかできない。

 それが花の運命だからだ。生を受ける前から決められていた運命なのだから、仕方がないと受け入れる。

 人間も精霊も神も草木に動物、虫たち皆、等しく、自分の身に起こった運命を受け入れて生きなければならない。

 運命に従い生きる。それがこの世界の築いてきた歴史であり文化であり、共通してある概念なのだ。


 

 まあ私は運命に従って生きるなんてごめんだけどね。



 だってこんなの馬鹿げてるもん。

 熱を込めて解説している神父様を横目にあくびをする。

 私は神父様を人として信頼しているし尊敬しているが、それとこれとは別だ。


 もちろんこの世界の人たち――神父様やみんなの考えを否定するつもりはない。

 だけどさ、運命なんて、後付けすればなんでも運命になるなんだよ?


 さきほど例に出した山火事で死ぬ運命の花だってそうだ。

 そもそも花に火が燃え移る前に、引っこ抜いて違う場所に植え替えればいいだけの話。


 火事で花が死にました、それが花の運命だったのです。

 火事で花が死にかけましたが、火が燃え移る寸前に土ごと引っこ抜き、鉢に入れたので今は生きています。これが花の運命だったのです。


 ほらね。「運命に従う」などと言ってはいるが、私たちは自分の運命なんて知らない。自分の一生なんてわかるはずがない。わかってれば、私は今日の朝、うっかり窓を割ったりしなかったし!

 

 そりゃあ神様なら、私たち人間や精霊やら草木花、動物の運命を知っているかもしれない。神父様の話というか昔からある言い伝えによれば、神様が私たちの一生…運命を創っているそうだから。

 でも私たちは知らない。

 つまり私たちからしてみれば、運命なんて結果論なのだ。


 ようするに行動次第。

 死ぬ運命だと言われた花も生きるかもしれないし、王族であるアルトやソラ、ジークやエミリアだって、王族として生きる以外の未来をつくれるかもしれない。

 現に私の行動によって、アルトとエミリアは悪役になる運命から抜け出してる。…ぬ、抜け出してるもんっ。

 

 私たちは、運命という言葉を言い訳にして、自分のやりたいことを諦めているのだ。

 私はそんなふうに思う。

 

 「…ディア」

 

 私は諦めたくない。

 諦めるのは、とにかく頑張って手を尽くした後だ。


 「リ…ア」

 「おねえ…ま」


 あのときこうしていれば、違った結果になったかもしれないっていう後悔もしたくな……


 「おい、リディア!」

 「おねえさま!」

 「うおっ?」


 両側から肩を揺さぶられたことで、私は現実に引き戻された。

 私の両隣にいるのは当然、ジークとエミリアだ。2人は心配そうに私を見ていた。

 おお、やばいやばい。私ってば、考え込んじゃって、神父様の話を全く聞いてなかった。


 「2人とも、神父様にばれる前に教えてくれてありがとう」

 

 声を潜めてお礼を言ったのだが…あれれー、おかしいなぁ。2人ともどうして私から目をそらすの?しかも申し訳なさそうな顔してるし。

 そんな私の不安な気持ちが影響したのか、なんだか辺りが暗くなった気がする。え?私の周りだけ?


 とまあ冗談はここまでにして。いつまでもとぼけていることはできないので、観念して私は顔を上げた。そうしたら目の前にいたのは思った通り、引きつり笑顔の神父様。暗く感じたのは、神父様の影が私に落ちていたからだったんだね~!


 「神父様、今日も笑顔が素敵だね☆」

 「ありがと☆じゃないわー!!」

 「あわわっ」


 褒めればうやむやになるかと思ったけど、そう簡単にはいかない。

 神父様はいつもの倍以上に目をつり上げて私を見下ろしていた。全身から怒っていますオーラを放っている!

 大好きな神様が関わる授業だったからね、真剣に聞いて欲しかったのだろう。


 「安心して、神父様!私、話聞いてたよ!」

 

 最初は話を聞いてたから、嘘は言ってない。

 私は神父様の怒りが収まるようににこりと微笑みかける。

 しかし神父様は私を信じてないのか、片方の眉をあげて「ほお?」と言うだけ。(これまでの積み重ねで今や私の信用は地に落ちすぎて、地下にまで潜っちゃってるから~。ハハハ)


 うぬぬ。どうしたものか。

 ちらっと時計を見ると、ちょうど授業が終わる時間。


 「…あ、あの、あれでしょ?もう授業は終わったから外で遊ぼうって神父様言ってたよね~?」


 神父様こういう提案よくするから、当たりますように!と願って言ってみたけれど…違ったようだ。神父様の眉間にはくっきり3本皺が出現していた。

 案の定。次の瞬間、私の頭めがけて雷が落ちた。


 「わしの言ったことと、真逆じゃわぁぁあ!」

 「えぇぇぇ、真逆!?」

 「おねえさま…」

 「お前、どうしてピンポイントで、真逆のことを言えるんだよ。ある意味すごいな」


 神父様はもう疲れたぁと、よぼよぼ座り込んでしまった。

 

 「神父様、大丈夫?私のことは気にしなくていいから、部屋で休もう?」

 「ありがと、リディア…じゃないわぁぁぁ!誰のせいで疲れとると思っとるんじゃ!」


 思うに、今のようにノリツッコミができるなら、神父様はまだまだ元気だ。

 嘘は泥棒のはじまりだぞ☆ウインクしたら神父様ににらまれたので、顔をそらしました、はい。

 神父様は疲れきった様子で頭を抱えた。


 「わしはぁ、嵐が来るから今日から1週間は外に出たらダメだと言ったのじゃ!」

 「あちゃー」

 「あちゃーじゃないわ!」

 

 怒る気力すらなく、ただのツッコミ役となった神父様を横目に私は頷く。まさかそんな話をしていたとは、私はほんとうに真逆のことを言っていたようだ。

 

 だがしかし、窓の外を見れば、快晴の空には太陽がまぶしいくらいに輝いていて。気持ちよさそうなそよ風に揺れる草花が、外においでよ~と誘ってくる。まさしく遊び日和と言える天気。

 それなのに、1週間は外に出てはいけない……

 

 「いやいや、今のうちに外で遊んでおくべきでしょ」

 「リディア、あとでわしの部屋に来なさい。いつもの倍、お話をしよう」

 「いぃぃ!?そんなっ」

 

 なぜだ。私はただ思ったことを言っただけなのにっ。

 青ざめる私の両隣では、ジークがあきれ顔で、エミリアはキラキラと瞳を輝かせていた。


 「お前、バカすぎるだろ」

 「私はおねえさまのちょっとおとぼけなところも魅力だと思いますわ!」

 「エミリア、それフォローになってないから!?」


 しかしいつもの倍、神父様から説教をされるとわかっていて黙っている私ではない。

 神父様は私の攻撃によってHPを削られ、今や尽きる寸前!普段の力は出せないと見た!

 

 「逃げるが勝ち!」

 「おねえさま、頑張ってくださ~い」

 「あいつ毎日走ってるわりに、足が速くならないよな」

 「ぬぅおぁぁぁ!リディアぁぁぁああ!」

 

 私を捕まえるには確実に出遅れた神父様と、もはや恒例となった私の逃走劇を穏やかに見守る子供たち、そんな彼らを横目にドヤ顔をして、私は走る!ジークは後で覚えとけ。


 「運命は自分の手で切り開くのよ!」

 

 今の私、超格好いい!口角が上がるのを感じながら私は足を動かす…のだけれど、おかしいな。一向に進まない。私の足が遅いとかじゃなくて、ずっと空気を蹴っているような……

 

 「え、もしかして私、空を歩けるようになっちゃった!?」

 「そんなわけないでしょー」


 喜んだのもつかの間。

 聞き覚えというか、よく知る声が至近距離で聞こえた私はすべてを悟った。

 なにより神父様の焦り顔が、疲れ顔に戻り、みんなの顔も今日もどんまいって顔に変わったからさ、すぐにわかりました。

 ギギギと音を出しながら声のしたほうに顔を向ければ、…思った通り。


 私の眼下にはアオ兄ちゃんの笑顔が広がっていた。


 「リディア、また神父様の説教から逃げようとしたね?ちょうどここを通りかかってよかったよ」

 「……。」


 アオ兄ちゃんの言葉から察するに、たまたまここを通りかかった彼は、私の名前を叫ぶ神父様とドヤ顔で勉強部屋を飛び出した私を見て、私が神父様の説教から逃げたと悟り、手早く私を捕獲したのだろう。

 神父様やみんなの方…つまり後ろを見ながら走って、一切前を見てなかった私の負けだ。くそう!逃げきれると思ったのに!


 「うわぁ~ん!離してぇぇ~!!ていうか、いつのまに私を捕まえたの!?」


 高い高いするみたいに私を持ち上げているアオ兄ちゃんをにらめば、彼は困ったように笑う。


 「うーん。むしろ、リディアはどうして今まで気づかなかったの?」

 「神父様のほうに気をとられてたの!はっ、さてはアオ兄ちゃんそれを狙ったな!」

 「ふつう自分の体を持ち上げられたら気づくと思うんだけどなぁ」

 

 最近は神父様から高確率で逃げ切れるようになった私だが、逃げ切ったとしてもその先には必ずアオ兄ちゃんがいるので、結局私は捕まって神父様の説教を受けることになる。むーっ。

 年老いたおじいちゃんが相手なら、元気漲る生命体たる子供は逃げきれる。が、私たちの倍以上生きた…今が最盛期と言っても過言ではないアオ兄ちゃんが相手ではぼろ負けなのだ。

 

 「って、アオ兄ちゃ~ん!?ぬぅぁにナチュラルに私を神父様の部屋に運んでるの~!?」

 

 私はアオ兄ちゃんに抱えられたまま神父様の部屋もとい説教部屋へと連行されていた。てっきり勉強部屋で神父様(疲れきってる)に引き渡されると思ったのに!

 逃げようと暴れる私を見て、アオ兄ちゃんはとても楽しそうに笑っている。その顔には黒マジックで、無駄な抵抗してるなぁ(笑)の文字が書いてある。普通の人には見えないでしょうけど、私には見える!足掻く私がそんなに面白いってのか!?このドSめ!アオ兄ちゃんは絶対にドSだ!

 

 「だってあの状態の神父様にリディアを渡したら、君のことだからねぇ。隙をついて逃げるでしょ?」

 「うっ」

 

 過去にその方法で何度も脱走したことがあるので…否定できない。

 無言でたらたら汗を流す私を見て、アオ兄ちゃんが笑みを深めた。

 

 「だめだよ。逃がさないから」

 「…ひぇ」


 なんとなくアオ兄ちゃんの笑顔が、狙った獲物は逃がさない捕食者…そう動物に例えるならば蛇に見えて、どっと汗が噴き出した。

 別に蛇は嫌いじゃないし、好きな動物だけど、ダメ。ア、アオ蛇は危険だ!ていうか、そもそも説教されたくないよぉぉぉ!

 

 いつも以上に暴れる私を見てアオ兄ちゃんは楽しそうに笑って、だけど私を拘束する手は全く緩めずに、結局私はなすすべなく神父様の部屋へと放り込まれたのであった。ぬぅおおおお!



ルーの話が意外に長引いてしまいますが、次でラストです。

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