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26.黒いヒヨコ



 

 最近、気付いたことがある。

 

 「リディア!エミリア!危ないっ」


 ちなみに現在、私はエミリアを巻き込んでバカをやってしまい、アオ兄ちゃんに救出され、子猫よろしく首根っこをつかまれ宙に浮いている状態だ。

 が、これは最近気づいたことではない。毎日のように行われていることだし。アオ兄ちゃんの自分を犠牲にしてでも子供たちを守るっていうこの行動は、最近気づいたことではなく、最近の悩みだから違う。


 「アオ兄ちゃんさん、ありがとうございます」

 「アオ兄ちゃん、エミリアを助けたのはナイスだけど、私は助けちゃだめだよ。自業自得なんだから、痛い目見て当たり前なの。だから助けちゃダメ!」

 「エミリアのことはおれが助けるんだから、アオ兄ちゃんは余計なことすんなよ!」

 

 あ、この場にはちゃんとジークもいるからね、仲間はずれじゃないよ。3人で遊んでたわけ。

 エミリアはため息をつきながら頬を膨らませるジークを見下ろした。


 「ジーク様、素直になってください。ジーク様が助けたいのはおねえさまでしょう?ちゃんと言ってください!」

 「いや、おれ素直に言ったんだけど…」

 

 いつものようにジークが消えそうな声で玉砕しているけど、これも最近気づいたことではない。まあ最近憐れに思っていることではあるが。


 「うん。みんな一斉にしゃべるからなにを言ったか聞き取れなかったけど、とりあえず。リディア、俺に自分を助けるなって言うなら、まず危険なことをやめようか?」

 

 聞き取れなかったって言ったくせに私の発言はしっかり聞き取ってない!?と思うけれど、いまはそんなことどうでもいい。

 首根っこをつかまれていることでいつもより距離が近いアオ兄ちゃんの顔を私はじっと見つめる。どうしても訂正したいことがあるのだ。

 

 「アオ兄ちゃん、勘違いしてる!私、危険なことはしてないよ!ただ……」


 私は涙を堪えて叫んだ。


 「異常なくらい動物に嫌われちゃうから、危険な目にあっちゃうだけだもんっ」

 「あぁ…」


 ぐすんっと私は鼻をすするが、みんなはしみじみと頷く。

 あれれ~?なんか思ってた反応と違うな~?


 「ちょ、3人ともどうしてそんな憐れみの目で私を見るの!?否定しようよ!おい、そこの赤髪短髪男、目をそらすな!」

 

 だれかが「そんなことはないよ」と否定してくれると思っていたのに、なぜ全員私の言葉を受け入れてるの!?いつもは私の発言を8割否定もしくは注意してくるくせに!

 救いを求めていつも私を褒めてくれるエミリアを見たが、彼女は申し訳なさそうに顔を伏せた。


 「…おねえさま、ごめんなさい。真実は…否定できませんっ」

 「ちょ、エミリア!?」

 「…うん。真実は否定できないよね」

 「アオ兄ちゃん!?」

 「前々から思ってたけど。最近は特に輪にかけて動物に嫌われてるよな。アオ兄ちゃんに助けてもらうのも大抵動物がらみだし。今日だってそうだろ」

 「ジ、ジークまでっ!」


 そう。最近気づいたこと。

 それは…

 私、動物にめっちゃ嫌われてない?ってことだった。


 ちなみに今さっき、私とエミリアがアオ兄ちゃんに救出されたのは、ジークの言った通り牙犬に噛まれそうになっていたからだ。まただよ、ハハハ。

 

 いや、だけどね。どうか弁明させてください。

 今回の私は、いつかの牙犬アオ兄ちゃん噛まれた事件のようなバカはやっていないのだ!


 昼食の時間も終わり、私たち3人は森を散歩していた。そうしたらエミリアに甘えてきた野良の牙犬がいたのだ。おとなしくて、しっぽをふりまくって。エミリアの手をペロペロなめてジークが牙犬に嫉妬するくらいに懐いていた。(犬に嫉妬するなんて不憫すぎて、ちょっと涙が出そうになった)


 まあとにかく人懐こい子だったから、これなら私でも大丈夫でしょ!と頭を撫でさせてもらうべく手を伸ばした。そしたら顔が変形して牙むき出し状態。

 そんなことってある!?もうトラウマになりそうだ。

 で、噛まれそうになったところをたまたま居合わせたアオ兄ちゃんが助けてくれたのだ。


 「ね!?アオ兄ちゃん、私危険なことしてないよね!?ただ、なぜか動物に臨戦態勢をとられるだけでさ!」

 「う…ん。そうだね。たしかに危険なことはしてないね。俺の発言は不適切だった。じゃあ、こうしよう」

 

 アオ兄ちゃんはにこりと微笑んだ。

 つられて私もはにかむ。

 

 「今日からリディアは動物に近づくの禁止ね?」

 「笑顔で根本的解決に出やがったよ!」


 アオ兄ちゃんのむかつく笑顔に噛み付こうとしたけど、その前に私の体はゆるやかなカーブを描く形で宙を舞った。ようするにアオ兄ちゃんに、ぽーいと投げるように地面に下ろされたのだ。

 乱暴だが間違っても私が怪我をしない下ろし方なのがむかつく。

 余談だがエミリアは両手でやさしく地面に下ろしてもらっていた。なんだ?私は雑でいいってのか!?


 「じゃなくて、どうして動物に近づいたらだめなの!」

 「危険なことをしないでっていう指示はアバウトだから。危険なこと=動物に近づくことと考えて、明確な指示にしてみました」

 「いや、解説を求めているわけじゃないから!?」

 

 アオ兄ちゃんはキョトンとして目を瞬いているが、絶対に私の言わんとしていることをわかっているからね。彼はそういう人間だ!こんにゃろ!

 

 「やだよ!動物好きだもん!怯えられても、敵意むき出しにされても、噛まれても、私は動物に近づくことをやめない!」

 「言ってて悲しくならないのか、お前」

 「一方通行の愛でいいの!片思い仲間にジークがいるからさみしくないもん!」

 「鋼の心だな…って、おぉい!おれを巻き込むなァ!」


 吠えるジークはほっといて、アオ兄ちゃんは困ったように首を横にふる。

 

 「リディア。悲しい現実だけど、君は動物に嫌われちゃう体質なんだよ。このまま彼らに関わり続けたら君はいずれ大怪我をする。だから諦めて」

 「やだ!諦めない!絶対に私を好いてくれる動物はいるもん!」

 「虫には好かれてるんだから我慢しろよ~」

 「……エミリア、実はジークってエミリアのことが…」

 「だぁぁぁ!ごめん!すみません、もうからかいません、リディア様!」

 

 虫に嫌われないのはうれしいけど、それをバカにした感じで言われると腹立つよね。てことで、百倍返しにしました。

 

 「俺に危険な目にあってほしくないなら、動物には近づかないこと」

 

 しかしジークのこの野郎発言で動物に近づくな命令がうやむやになったかといえば、そういうわけではなく。アオ兄ちゃんは悠然と微笑みながら話を続けた。

 うぐぐ。

 そっちが大人の余裕でくるのなら、こちらは子供らしく抵抗するまでだ!


 「や、やだ!アオ兄ちゃんが私を助けなければいいだけの話でしょ?」

 

 そもそも私が動物に近づこうが、危険な目に遭おうが、アオ兄ちゃんが私を助けなければいいのだ。そうすればアオ兄ちゃんは危険な目に合わない。

 最初からそう言ってるのに!


 だがしかし、なぜだ?私の発言が悪かったのか、アオ兄ちゃんとジークには困ったものでも見るような視線を向けられ、エミリアには「おねえさま、男心というものをわかっておりませんね。いいのやら悪いのやら…」と悩ましげに首を振られてしまった。


 「あのね、リディア。君を助けない、なんてできるわけがないだろう?」

 「えー。できるよ」


 アオ兄ちゃんはなぜかため息交じりだが、簡単な話だ。見てみぬふりをすればいいのだ!あ、リディアピンチだな。自業自得だから、痛い目に遭えってね。

 なのに胸を張る私を3人は困ったように見る。なんで?


 「お前さぁ、おれたちが危険な目にあってたら、絶対に助けるだろ?」

 「そりゃもちろん」

 「それといっしょだから。他のやつらならともかく、お前のピンチをアオ兄ちゃんやアルトが無視するなんて選択肢ないんだよ」

 「むー。よくわかんない」

 

 だってみんなが危険な目に遭う場合は私みたいな自業自得じゃないだろう。助けるに決まってる。まあそうじゃなくても助けるけどさ。ていうかなんで今、アルトがでてきたんだ?


 「まあリディアだし、わかるわけないか」

 

 ジークはやれやれとため息交じりに首を横に振る。

 知能指数が私と同レベルであろうジークに、わかったようなことを言われるの腹立つんですけど。


 「おねえさま、男は自分の身の程や力量をわきまえず、女を守りたい、いいところを見せたいと思う哀れな生き物なのですよ」


 むすっと膨れる私に対し、エミリアがにこやかに解説してくれる。

 ふむ。なるほど、そうなるとジークはたいそう哀れな生き物ということになるな。さっき牙犬からエミリアを守ろうとしたけど反応が遅れて、アオ兄ちゃんにエミリア救出及びいい所見せる場を奪われてたからね。あのときのジークのしょんぼりした顔、私覚えてるよ。

 ほら、見て。哀れな生き物が、エミリアの言葉に顔を引きつらせている。


 「ま、まあようするに、だ!お前はアオ兄ちゃんを危険な目に遭わせたくないなら、動物に近づくな」

 「え。結局その話に戻るの!?」


 私はげっと一歩下がる。

 今度こそ、話がうやむやになったと思ったのに。


 「や、やだから!私、動物にアタックし続けるから!絶対に私を好いてくれる動物を見つけてやるんだからーっ!」

 

 こうなったら、私を好いてくれる動物をみんなの前に連れてきて、ほら見ろ!私は動物に嫌われてないんだからこれからも近づき続けるぞ!と言うしかない。

 

 「あ、おいリディア!」

 「おねえさま、どこへ!」

 「ちょ、リディア!アオ兄ちゃん、嫌な予感しかしないんだけどー!」

 

 ちょっとやけになってたんだと思う。

 絶対に私を好いてくれる動物を見つけてやる。

 そんなことを思いながら、私は私を心配する3人に向かってあっかんべーをして森の奥深くに向かって走り出した。


 この行動が5日後、嵐の中、川でおぼれてあげくに遭難する、なーんて出来事のきっかけになるとは、思いもせずに、ね。

 

 

///////☆


 調子こいて全速力で走ったのがいけなかった。

 

 「つ、つかれた」

 

 ゼーハーゼーハー、息切れしながら私は森の中を歩いていた。


 「……ていうか熱い」


 私はひーっと手で胸元付近を扇いだ。

 暑いじゃないよ。熱いの。さきほどからずっと胸が熱いのだ。

 いやね、全速力で走った後なわけだから、言い回し的には全身が熱いとかのほうが適切だとは思うよ?胸に着目するなら、アオ兄ちゃんたちの諦めろ発言に胸が痛むとかが日本語的に正しいと思う。

 

 でもほんとうに胸が熱いんだもん。

 だから私の日本語はおかしくないわけで……

 

 「ってあれ!?本当のほんとうに熱いんだけど!?」

 

 胸と言うより胸元が、日の光で熱せられた石を押し当てられているように熱い!熱はどんどん強くなる。


 「……ん?石?」

 

 自分の発言にハッと気づいて胸元から守り石のネックレスを取り出した。

 思った通り。取り出すと胸元を襲っていた痛いくらいの熱は消えた。ということはつまり、私の胸元を熱していたのはこれ。

 私は自分の視線を胸元から守り石へと移した。


 見た目的にはいつもと同じ色・形。アルトの瞳と同じ色の淡い紫色の石は、太陽の光を透かし美しく輝いている。

 だが触れてみると、やはり石は熱かった。

 熱いとはいってもさきほどのヒリヒリする焼石のような熱さではなく、今はじんわりとしたぬくいに近い熱を放っている。

 

 さて。胸の熱の原因は分かったものの、この石がなぜ発熱しているのかはわからない。現状、え。守り石さん、急にどうしたの?という感じだ。


 「うーん、どうしたものか…」


 参考になるかわからないけれど、守り石っぽいのが熱くなるときってアニメとか小説、漫画ではだいたい2パターンあるよね。

 パターン1は、不思議な力が発動するとき。きゃあっ、石が熱くなったと思ったら火が出た!瞬間移動しちゃった!異世界に来ちゃったぁぁ!とか。

 パターン2は、危険が近づいているとき。危険察知レーダー的な。石が熱い…敵が近くにいる!みたいな?


 「え、どっち?どっちも嫌なんだけど!?でも普段はなんともない石が熱くなっている以上、絶対になにかアクションは起こるよね?ここ精霊とか魔法使いとかいる世界だし」


 とりあえず冷静になれ、自分。

 たぶんパターン1はない。たしかに本編に突入したらヒロインは光の魔法を使うけど、孤児院時代のヒロインは自分に魔力があることはおろか魔法という存在すら知らない。魔法使いに攫われてはじめてヒロインは魔法を知る。

 だから孤児院時代の現時点においてヒロインが魔法で不思議体験をすることはない。未知との遭遇をしてしまったら物語に差異が生じてしまうからね。

 魔法使いに攫われたあとに、これが魔法だ!ってドヤ顔で魔法を披露されても、ヒロインが「あ、知ってますー。見たことありますー」とか言ったら、魔法使い絶句しちゃうから。


 「てことは、パターン2の危険が近づいてるになるけど……えぇ!?どうしよ?今、私けっこう危険ってことじゃないの!?」

 

 いやまあ、危険が近づいたら石が熱くなるっていう仮説自体が間違ってる可能性があるから、慌てる必要はないかもしれないけど。でも不安!


 「うぅ~。こんなことなら守り石について詳しくアルトに聞いておくべきだった」


 とりあえず危険がないか、周囲を見回した。

 そのときだった。

 

 『ルー…ルー……ルー』

 

 前方からうっすらと動物の鳴き声が聞こえた。

 

 「…助けを、求めてる?」


 その声を聞いたとき、なぜだか胸がざわついた。

 この鳴き声の主は必死に助けを求めていて、私は今すぐそこに行かないといけないような、そんな気がしたのだ。うわ、こんなことってほんとうにあるんだ。ヒロインやヒーローがよく言う、「助けを求める声が聞こえる!」みたいなやつ。ちょっと恥ずかしいんだけど。

 

 「って、冷静に感想言ってる場合じゃない!」

 

 私は鳴き声のする方へ走った。

 聞いた感じ確実に動物の声だから、助けに行ったところで臨戦態勢とられるかもしれないけれど(泣)、助けを求めていると気づいてしまった以上、行かないなんて選択肢私にはない。

 走って、走って、息切れしてきて、また自分の体力も考えず全速力で走っちゃったと反省したとき。ようやく声の主を見つけた。

 

 『ルー、ルー』


 必死に鳴いていたのはボロボロの本の上に座る黒いヒヨコだった。赤い瞳がルビーみたいでとってもきれいだ。って話を脱線させるな自分!

 黒いヒヨコさんがが助けを求めていたのは悪い意味で正解だった。ヒヨコの目の前には大きなクマがいた。


 念願のクマ。ずっと会いたかったクマ。恐怖アルトと勘違いして結局会えなかったクマだ。

 でもここが乙女ゲームの世界であるとはいえ、やはりクマはリアルを追及されていた。ようするに私が想像していたつぶらな瞳のクマなんていません。

 黒いヒヨコの目の前にいるクマは、ザ・肉食って感じの血走った眼をした、目があったら確実に殺されるタイプの生物だった。超捕食者。オウマイガー。こんにちは、グリズリー君って感じ。


 たぶん、いや、確実にクマは黒いヒヨコを食べようとしている。

 や、やばい。助けなきゃ。

 

 クマと黒ヒヨコさんは高台の下にいる。ようするに私は上から2匹を見下ろしているのだ。つまりこの場所にいる限り、万が一クマに気づかれたとしても私は無事。

 

 「ヒヨコさんを助けるにはもってこいの場所にいるってわけね」

 

 よし。やってやるぞ。私は近くに落ちていた石を投げた。

 どこにって?もちろんクマには投げないよ。石ころ一つでクマを倒せるわけがありませんからね。

 私は頭脳派なのだ。クマがいる場所よりも少し奥の茂みに向かって石を投げた。

 投げた石は思い通りの位置に落下。草むらがガサゴソ揺れる。


 黒ヒヨコを食べようとしていたクマはその音に、ピタリと動きを止めた。

 

 「かかったわね~」

 

 私はそのままもう2、3個ほど先ほど茂みに石を投げる。

 ガサゴソゴソ。揺れる茂みに興味を示したのか、クマはヒヨコに背を向けた。

 作戦通りだ!


 クマは遠くの茂みから聞こえた音に反応する。ガサゴソと結構大きな音。「この小さなヒヨコよりも大きな獲物が向こうにはいそうだクマ」そう考えたクマは音のした方へ歩き出す。そのすきに私はヒヨコさんを助ける。

 うん。私天才すぎる!

 

 作戦はうまくいった。

 クマは茂みのほうへと向かい、ヒヨコとの間にはかなりの距離ができた。この機を逃してなるものか!私は高台から飛び降り、黒ヒヨコの元へと走った。

 

 「今助けてあげるからね」


 ルビーの瞳を瞬かせる黒ヒヨコに私は笑いかけ、彼が座っている本ごと持ち上げるとダッシュで逃げた。だっていつクマが私に気づくかわからないじゃない?怖すぎ。だから猛スピードで逃げる。

 

 そんなこんなで私のミッションは成功し、無事クマから逃げ切ることができた。

 すごい、こんなにうまくいくとは思わなかった。いやまあ、うまくいかなかったら人生終わってたんだけどね。クマにガブリされて本編開始以前に人生バッドエンドだよ。


 守り石の熱ももう感じないし、危機は去ったということなのだろう。…なんかこの守り石、私よりも黒ヒヨコの危険を察知した気がするんだけど。ま、いっか。

 

 とりあえずほっとする。

 が……

 

 「イタタタ!?なに!?」

 

 連打されるような鋭い痛みを腕に感じ見てみれば、黒いヒヨコが私の腕を突いていた。ちょっとこの子、かなりふてぶてしい顔をしてるんですけど。

 

 「ヒヨコってこんな顔できるんだ。目つき悪っ。でもかわい…イダダ!」

 

 なにが気にくわなかったのかヒヨコはまた私の腕を連撃してきた。

 痛い!痛すぎるから一度黒いヒヨコは地面に置くよ、もう!


 「恐ろしい子だなぁ。そこはふつう、ありがとうございますじゃないの!?」


 助けたお礼を求めるタイプじゃないけど、ちょっとそれはないと思う。


 『ル~っ!』


 しかし黒ヒヨコは私をにらみつけるばかり。黒ヒヨコ…うーん。

 

 「黒ヒヨコって呼びづらいな。名前を付けよう!」

 『ルー!?』

 

 黒ヒヨコは私の言葉がわかるみたいで驚いたように目を見開いている。

 ルールー鳴いちゃって、かわいいなぁ。

 

 「あ!そうだ!ルーって名前にしよう!」

 『ル、ルー!?』


 ルーは自分の名前が気に入ったのか険しい表情でルールー鳴いている。かっわいい~。

 なぜだろう。ルーが信じられないという目で私を見ているような気がする。まあ気のせいでしょう。

 

 「よろしくね~、ルー」

 『ルーっ!』

 

 手のひらサイズのルーを持ち上げると勢いよく手を突かれた。

 痛い。でもこれツンデレだよね?ツンが9割の激しいタイプ。

 

 「ふふ…ハハハ!アオ兄ちゃん、ジーク、エミリア!私は見つけたぞ!私を好いてくれるであろうかわいい動物を!」

 『ル、ルー!?』


 ルーが「うわ。マジかよこいつ。頭おかしいんじゃね…?」みたいな顔でこちらを見てくるけど、たぶん気のせいだ。それにほら私を突くのをやめてくれた。絶対にこれって私のことを好意的に思ってくれたからだよね?ね?

 別にドン引きしすぎて突くのを忘れているわけじゃないよね!?

 

 「ていうかこれなんの本だろう?」

 『ルールー』

 

 ルーは開いた状態の本の上に座っていた。ルーが座るページに印字されていたのは、『精霊の国ルレーネ』の文字。どうやらルレーネという国についての情報が記載されているようだ。精霊の歴史が書いてあるみたいだし、歴史の本もしくは教科書ってところか。 

 

 「ルレーネか。うん、やっぱり君の名前はルーだね!ルレーネの頭文字から名前をとってもルーになるし」

 

 笑いかけたら思い切り突かれた。

 ツ、ツンデレだなぁ、もう。

 気持ちを切り替え私は本のページをめくる。


 「へー。しかもこれ、ちょうど私がなくした歴史の教科書そっくり…あれ?」

 

 ペラペラめくっていたら落書きされているページがあった。 

 それは偉い神様の絵に髪を足したり、足をはやしたり、いろいろと手が加えられたもので……、私が教科書に落書きしたものといっしょ。

 

 なんとなく既視感を感じ、本をひっくり返す。

 本の裏には「リディア」としっかり名前が書いてあった。

 

 「あんたが私の教科書盗んだの!?」

 『ルー!』

 

 反省の色など全く見せずにルーは私の腕を突く。

 うぅ。痛い。絶対に明日、赤く腫れてる。一か所を集中攻撃ではなく、いろんな箇所を突いて広範囲を傷だらけにするあたりこの子の性格を表している。

 それにしてもまさかジークのラストイベントの犯人がこの黒ヒヨコだったとは。

 

 「で、でもいいもん。許してあげる。ルーは天邪鬼なのね。申し訳ないと思っているけど、突いちゃうんだよね!?そうだもんっ」


 涙をこらえてルーに笑いかけると、おかしいな。ルーがまた…っていうかさっきよりもかなりドン引きした顔をしていた。

 うっ。でも、いいもん。だってルーは、唯一私に怯えない、私から逃げなかった動物だから。私のことが嫌いであればきっと今頃逃げているだろうし。

 

 「ね、ルー?」


 痛い気持ちをこらえて、ギギギとさび付いた笑顔をむける。するとなぜだろう。ルーが羽をパタパタ動かし始めた。

 

 「え。ちょ、待って!?もしかして、逃げようとしてる?」

 

 心なしか、ルーの顔が青ざめて見える。えぇー、精神的ダメージがでかいんですけどー。

 やっぱり私は動物に嫌われているのか。こんな負けん気が強そうな動物にすら恐怖を抱かれ逃げられようとしている。

 さすがの私も落ち込んだ。そんなときだった。私はルーの動きに少し違和感を覚えた。

 ルーはかわいらしく小さな羽を上下に動かしているのだが…


 「左側の翼の動きが…鈍い?」

 

 突かれること覚悟で私はルーの左の翼に触れた。(超突かれた)

 

 「やっぱり、ケガしてる」

 『ル~っ!』

 

 思った通りだった。左の翼に三本。針のようなものが刺さっていて、そこから血が出ていた。

 触れただけでルーは痛そうに目をつぶる。

 

 「なにこれ、偶然?それとも誰かにやられたの?」


 もし誰かに故意に危害を加えられたのだとしたら、許せない。こんな小さな生き物を痛めつけるなんて。だからこんなに私を攻撃して…いえ、ルーの仏頂面を見るにこれはもともとの性格なんでしょうね。

 

 「大丈夫だよ。今助けてあげるから」

 『ルー』

 

 私は安心させるようにルーに笑いかけた。が、不安そうな目で見られました。私今日一日で即入院並の心の傷を負ってるよ。


 「ちょ、大丈夫だから。安心して。私、ちゃんとケガに効く薬草知ってるから」

 

 実はアルトとソラが孤児院を去る前に私に怪我に効く薬草を教えてくれたのだ。消毒の効果を持っていて擦り傷とかに効く。その名も三つ編み草。

 名前の通り三つ編みみたいな不思議な形の葉で非常に希少なものらしいのだが、なぜかこの森にはたくさん生えているそうで…あった!

 私は三つ編み草を3本ほど採取し、キョトンとするルーに見せてあげる。


 「ルー、覚えておきなさい。これが消毒の薬だから。今度ケガしたらこれを羽にくっつけるのよー」

 『ルー』

 「ほんとはあんたを孤児院に連れて行って、お世話してあげたいんだけどね。神父様が許してくれないだろうし、ルー自身が嫌がりそうだし」


 ここ最近、野良の牙犬やら猫やらを拾いすぎて、神父様じきじきに動物を拾ってくるなとお叱りを受けてしまったのだ。マリアさんの迷惑になるからって。……拾ってきた動物はすべてマリアさんが引き取ってくれている。ほんと、マリアさんありがとうございます。

 このような理由から、ルーを孤児院につれていく…まして私が飼うことはできない。


 ルーの場合、孤児院で飼うことを許してもらったとしても、おれさまを飼うなんて百年早いんだよ、人間に飼育されるなんてこっちから願い下げだと攻撃されそうだけどね。ハハハ。


 「でも安心して。ケガが治るまでは私が責任をもってルーのお世話をするから。でもってちゃんと野生で生きていけるように私がサポートしてあげる!」

 

 ルーは目を丸くしていた。だがその顔はだんだんと、険しい訝し気な表情へと変わっていく。まるで私を疑っているような…

 

 「どうして私がルーを助けるのか、不信に思ってるわけね?」

 『ルー!』

 

 私の言葉を肯定するかのようにルーが高らかに鳴いた。

 まあ、当然だよね。もしこの羽の傷が悪意を持った人の手によって負わされたものなら、私のことなんて信じられるわけがないだろう。でも…

 

 「私はあんたの傷を見なかったことになんてできないのよ。だから助けるの」

 『ルー?』


 そんな痛々しい姿を見て、知らぬ存ぜぬでルーを放って帰るなんてことできないよ。

 ルーは信用できないのか眉間付近に皺を寄せている。それでいいよ。

 

 「とりあえずルーに危害を加えるつもりはないってことだけは信じて?飼う気もないし、恩を売るつもりもないから。ていうかそもそも飼えないし」


 マリアさんが困るからって言うのもあるけど、神父様にはもう一つ、野生の動物を安易に助けてはいけない理由を説明されていた。


 野生で生きる動物と、人に飼われる動物には大きな違いがある。それは自力で生きられるか、生きることができないか。

 例えば怪我を負った野生の動物を助け世話をする。このとき人間の手によって生かされることが当たり前になれば、彼らは野生としての能力・本能を失うことがあるのだ。

 だから動物を助ける――自分以外の命に関与する場合は、その命を自分が背負っていく覚悟と責任を持たなければならない。


 もし助けた野生の動物が、自力で生きられなくなったとき、助けた人間がその動物の生涯を背負うのがこの世界のルールだからね。そういうわけだから、余裕のある人以外はまず野生の動物が怪我をしていたとしても助けないし、そもそも助けられない。


 中には動物の命に責任を持つつもりはないけれど、傷の手当だけはしてあげる人もいる。

 だが手を貸すだけ貸して、野生に戻れなくなった彼らを「怪我が治ったのよかったね~」と見捨てるのは人間のエゴだ。

 自分以外の命に関わるとき、私たちは責任と覚悟を求められるのだ。

 

 そういうわけで子供である私たちは、自分以外の命に責任も覚悟も持てない。だから動物が怪我をしていても関わってはいけないと神父様には言われていた。


 神父様の言い分は、よくわかる。ちゃんと理解しているよ。

 いくら精神年齢20歳といえども、私はまだ金もろくに稼げない助けてもらわなければ1人では生きてけない無力な子どもで、大人の庇護下にある生き物だ。自分以外の命の責任は持てない。

 

 「でもさ、目の前で助けを求めているのを見ないふりなんてできないんだよ。自分にできることが…助ける力があるのに、命に責任が持てないのを理由に自分は関わらないなんてことしたくないんだ」

 『ルー…』

 

 だってその場で助けても、助けなくても、どちらにしても自力で治せないほどの怪我をした動物は死んでしまう。それなら私は助けたい。エゴかもしれないけど、助けたいのだ。

 

 「それに怪我の手当てをしながら、ちゃんと野生にもどれるように指導すればいいじゃない」

 

 人間が手を貸すことで野生に戻れなくなるかもしれないというのなら、戻れるように指導すればいい。まあ口で言うのは簡単で、実際それがうまくいくか保証はないのだけれど。

 

 「それにね、子供は我儘を言っても許されるの。だから助けるよ。私にできることがある限りはね」

 『ルー』


 なんて反応したらいいのかわからない。そんな顔で、ルーは私を見つめていた。

 人間の言葉は理解できるけど、むずかしい話は理解できないのかもしれない。

 とりあえず私は突かれる覚悟でルーの頭を撫でた。(突かれました)


 「てなわけでよろしくね、ルー!感謝なんてしなくていいから!あんたは自分のために私から知識を奪いなさい」

 『ルー!』

 「でもどうしても恩返しをしたいっていうのなら、私に超懐いて!ていうかお願いします。懐いてください!3人をあっと言わせてやりたいの!特にアオ兄ちゃんとジークね!」

 『ル、ルー!?』

 「いい返事だ!じゃあさっさとその羽に刺さった針を抜いちゃいますか」

 『ル、ル~!?』


 こうして私とルーの不思議な関係がはじまった。





ルーは、ルールー鳴いていますがルルちゃんとは一切関係ありません。

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