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25.別れの日なのに、いろいろありすぎて涙止まる。

 はじめが、リディア視点。次に、ソラ視点。最後にまた、リディア視点になっています。

 ソラ視点は短いです。



 「大事なことを忘れていたわ。ジーク、エミリアのことが好きならあんた私とあまりしゃべるんじゃないわよ」

 「あ?どうしてだ?いや、ていうかおれ、あ…あいつのこと好きじゃないしっ」


 顔を真っ赤にさせて否定するジークはほっといて。

 さて私がこんなアドバイスをジークにしたのは、彼に師事をされるようになった翌日のことだ。私はさっそく彼に助言をしてあげたというわけ。


 なぜって?

 嫌な予感がしたからだ。

 

 私もエミリアに迷惑をかけたくないし、できるかぎりジークにはアドバイスをせず、自力で頑張ってもらおうと思っていた。のだが…嫌な予感がするのだ!

 しかしジークはエミリアを好きというワードだけに注目するばかりで、肝心の私とあまりしゃべるなという言葉を聞いていない。この恋愛バカが!


 「わかった。エミリア好きじゃないのね。わかりましたから」

 「そ、そうだ!好きじゃない!」

 「はいはい。じゃ、あんたはこれから私とあまりしゃべるんじゃないわよ」

 「なんでお前と話しちゃいけないんだよ」

 「エミリアが勘違いするかもでしょ」


 世話が焼けるとため息交じりに言えば、彼は目を瞠る。


 「勘違い?…お前がおれを好きだって勘違いするってことか?」


 おい。なにがどうなったらそういう解釈になるんだよ。なんで私がジークに恋してる女の子にならなくちゃいけないんだ。


 「ちがうから。ジークが私を好きだってエミリアが勘違いするかもでしょ!?」

 

 ジークはこれまで私にかまいっぱなし。さらに今もこうしてエミリアの目を盗み2人で話している。…ジークの恋の応援をするわけだから、エミリアの目の前で恋のアドバイスはできないでしょ?

 でさ、こうやって人目を憚って会うとさ、誤解されそうじゃない?そして万が一、これをエミリアに見られたら……

 いろんな意味でゾッとしてきた。


 だけれども危機感が全くないジークは鼻で笑っている。

 能天気でうらやましい。私も笑いたいよ。だけどこれが笑えないんだよ。

 

 「おれがお前を?はっ。そんなバカな勘違いするエミリアじゃないだろ?」

 「私も大丈夫だとは思うけどさぁ」

 

 「いつ君」の設定でいうと、一応私はヒロインで、エミリアは悪役だ。

 ゲームの神様の力かなにかで軌道修正されて、エミリアが変な勘違いをして、悪役に返り咲く、そして本編が始まって…なんてことがあったら、もう恐ろしいじゃないっ。私は友達と争いたくないし、なにより誰にも死んでほしくないんだよっ。

 

 「だからとにかく、私には極力近づかないこと!」

 「なんでおれがお前の命令に従わなきゃならねーんだよ」

 

 こいつ。アドバイスを受ける分際で… 

 苛立ちをそのまま拳に変えて放とうとする。が、その怒りは背後から聞こえたかわいらしい声で、驚きへと変換された。


 「ジーク様!未来の奥方にむかってその口のきき方はなんですか!」


 背後にいたのは腰に手を当てて怒るエミリア。

 だけどそのかわいらしい口から発せられた言葉が、言葉だけに、私たちは目が点。

 

 「ミライの…」

 「オクガタ?」


 困ったな。脳みそが付いていかないぞ?

 私とジークは顔を寄せ合い相談を始める。


 「オクガタって、クワガタの一種か?」

 「たぶんそうだね。ミライ型のオクガタっていう、クワガタなんだよ」

 「いえ、妻のことです」

 「「はぁぁぁあぁぁあ!?」」


 なんで私がジークの未来の妻になっている?

 眼でジークに問うが、彼は被害者のような顔で私を見ていた。おい、なんでだよ。私も被害者だぞ。ていうか私だけが被害者だよ。


 「あんたのせいでしょ絶対!このバカ!ちょうどいいから今告白しなさいよ!ノリで行け!」

 「だぁぁぁ!おまっ、なんてこと言うんだよ!」

 

 私はジークの背中を押してエミリアに突きだそうとするが、この男も生意気にも抵抗してくるのだ。ジーク君、私に恋の助言を求めましたよね?てことは私はジークの恋の先生(アドバイザー)ってことだよね?先生(アドバイザー)の言うこと聞けや!

 そんな私たちをエミリアはおだやかな表情で見ていた。リディアちゃん恐怖に体が震えました。絶対私たちにとって都合の悪い解釈をしてるよね!?


 「あの…エミリア、そもそもどうして、私がジークの未来の妻って話になったの?」

 「まあ!そんなの出会ったときからからですわ!」

 「で、出会ったときぃ!?自己紹介の時から!?」

 

 エミリアが笑顔でうなずいた。

 こ、怖い。本気で怖いっ。エミリアに対して初めて恐怖を感じた。今まで彼女に対して悪役要素を全く感じなかったけれど、この思い込みの強さこそエミリアが悪役になった由縁なのかもしれない。

 というかなぜに自己紹介の時から私を妻にしようとしてたの?そのときはまだ、エミリアはジークのことが好きだったはずでは!?


 「考えた結果ですわ。ジーク様を支える奥様におねえさま以上にふさわし人はいません!ジーク様の見てくれに騙されず、はっきりと自分の意見を言い、彼を尻にひくことができる。そんな人しかジーク様の妻にはなれないのです!」

 

 エミリアは両手に力を込めて私に詰め寄る。待って。ほんとうにエミリアが怖いよ。

 「お前のせいじゃねーかよ」とジークは私をにらむけど、これって結局ジークがふがいないから妻になるための条件がつくられたんでしょ?お前のせいやんけ!


 「エ、エミリア?ちょーっと考えてほしいんだけど。この条件、私の他にもう1人。もっと近くにこれ以上ないってほど、適任の人がいるよね?」


 エからはじまってアで終わる、ジークが惚れた美少女さんなんですけど。

 しかしエミリアは難問を出されたかのように険しい表情をして首を傾げている。

 かわいけど、そんなに難しい問題じゃないよ?鏡を見たら答えがわかるよ?


 しばらく考えた後で、ハッとエミリアが瞳を輝かせた。

 もしかしてわかってくれた?


 「わかりました!おねえさまですね!」

 「うん、わかってなかったね。ちがうよエミリア。私の他にもう1人いるって言ってるのに、どうして私なのかな?」

 

 私がもう一人いるってこと?ドッペルゲンガー?

 キョトンと首を傾げるエミリアもかわいいけど、ダメですから。


 「もう鏡を見…」


 言いかけた私は言葉を止める。否、言葉を止めたというよりかは、止めるほかなかったというほうが正しい。

 だって背後から口をふさがれたから。しゃべれないでしょ?

 それでもって、なんだか不穏な気配を背後に感じまして…


 「妻ってさぁ、どういうこと?」


 私の背後にはアルトとソラがいた。

 もちろん私の口を手でふさいでいるのはアルト。ご機嫌そうにニコニコと笑っているが、なぜかその眼は笑っていない。季節は夏本番。気温が上昇しまくる時期なのだが、辺りはひんやりとしていた。


 「リディア、お前ほんとやめてくれ…」

 「やはり来ましたわね!」


 ちなみにソラはエミリアににらまれている。

 ソラ、なにやったの?エミリアが敵意むき出しだなんて始めて見たよ。


 「ていうか妻ってどういうこと?」

 

 うおうお。ソラに気をとられていたら、アルトがすごい剣幕で私に詰め寄ってきていた。

 なぜに私に詰め寄ってくるんだよ。

 

 「詰め寄るなら、ジークでしょ!」

 「おいぃぃ!おれを巻き込むなぁ!」

 「いや、待ちなさいよ。それ私のセリフ!先に巻き込まれたの私だから!?」

 「わ~。2人ともずいぶん仲良くなったんだね…」

 「ぎゃぁぁあぁ!怖い、おれ、こいつ怖い!無理!」

 「ちょ、ジークっ。私の後ろに隠れるなぁ!」

 

 私とジークは氷の微笑みを浮かべるアルトから逃げる。

 もちろんアルトは全力で追いかけてくるよね。そんなアルトから私たちを守るように立ちふさがる人がいた。


 「言葉の通りです」


 エミリアだ。仁王立ちでアルトの前に立ちふさがったエミリアだ!かっこいいけど、そのセリフには不安しか感じない!!


 「言葉の通り…なにが?」

 「先ほどアルト君は、妻とはなにかと聞きました。おねえさまはジーク様の妻になるお方です」

 「へぇ~」

 

 なぜだろう。よくわからないけれど、その瞬間、アルトとエミリアの間で火花が散ったように見えた。

 そしてさらによくわからないけれど、ソラが「だぁぁぁああ!ほんとにっ、だぁぁあ!もうやだ!?」と頭を抱えている。なぜにあんたがその反応する?

 ふつう勝手に夫婦にされた私かジークがその反応をするのではないか?ソラが叫ぶから出遅れちゃったじゃないか。

 

 「ちょっとソラ。私のセリフをとらないでよ。ちゃんとこの空気を悟って~」

 「お前がな!?今のお前の発言こそ、一言一句すべておれのセリフなんだけど!?」

 「はあ?意味わかんない。ていうか、結局ソラもアルトもどうしてここにいんのよ?」

 

 話がありえない展開にねじ曲がったから忘れていたけれど、今私たち5人がこの場にいるのは、5人仲良くおしゃべりをしていたわけではなくて、私とジークがしゃべっていたところにエミリアが乱入して、そこにさらにアルトとソラが乱入したからだ。


 エミリアはきっと私とジークを探してここに来たのだろうと思う。

 でもアルトとソラの2人はどうしてここに?

 

 「あぁ。そうだった。リディアを探してたんだった。兄様やることあったでしょ?時間がもったいないし、さっさとすませちゃおう」

 「うん、そうだね」


 エミリアもジークも2人が何の用でこちらに来たのか興味があるようで、静かになる。

 狙ったわけではないが、妻話からうまい具合に話を逸らす作戦は成功した。やったね。さすが私!

 と安堵したのも束の間。


 私はくるりとアルトに体を回転させられ、体の向きを変えられた。ちょうど目の前にアルトがいる感じ。それでもって私がそちらを向いたのを確認し、アルトはその場にひざまずく。いつぞやのエミリアのようだ。アルトは騎士のような体勢のまま、私の手を取り握りしめた。

 そして私を熱のこもった瞳で見る。

 え。なにこの展開?


 「リディア、お願いがあるんだ。3日間だけでいいから。また僕らと同じ部屋になって?」

 「ん?あ、そんなこと?いいよー」

 「断られることはわかってたけど、無理やりにでも……え。いいの?」

 「うん」


 口をポカンとあけるアルトに対し、私はにこりと笑いかける。

 エミリアの悪役さよなら計画もジークのフラグも完全に終わったわけだし、もうそろそろ2人と同じ部屋に戻りたいなと思っていたのだ。

 だから同じ部屋になるのは全然オッケー。


 「もしかしてこれのために、私を探してたの?」

 「うん」

 

 あらあらそれは悪いことをしたな。

 こんなことならジークへの助言を優先させずに、先に2人に話しておくべきだった。


 「お前はいいのかよ?」


 ソラが訝し気に見るのはエミリアだ。

 エミリアはしょんぼりと肩をすくめる。


 「仕方がないのです。おねえさまにお願いされてしまいましたし。それに3日間だけなら、我慢いたします」

 

 実はエミリアには昨日のうちにお願いをしていたのだ。同室だからね、エミリアに了承を得ないことには2人と同じ部屋に戻ることはできない。

 それにしても今日自分から同じ部屋に戻ろうと2人には言おうと思っていたのだが、まさか2人のほうから先に言いに来てくれるとはね。タイミングがいい。


 ちなみにエミリアはその間、ジークと同じ部屋になる。

 ジークは「3日間だけなのでお互いに我慢しましょう、ジーク様」という励ましの言葉に泣いていた。つけがまわったと思え。フハハ。


 「ていうかなんで2人はそんなに驚いてるの?」

 「いや…もっと、ごねられるかと思って」

 「もともと私のわがままで部屋変えてもらったわけだし、3日間くらい全然いいよ?」

 

 それになんとなく、この提案をした理由がわかるからね。

 アルトの私を握る手に少し力が込められたように思えた。


 その日から、まわりに人がいないときはアルトは私にべったり、どこへでもついてくるようになったというか元に戻ったというか。(言っておくが、さすがにトイレにはついてこさせない)。ソラもめずらしく私のそばにいる。

 なんとなく、最初に会ったときを思い出す。

 アルトの態度は最初のころとはまるで違うけれど、ソラが私の行くところにひっついてきて、3人で行動する辺りはまさしくあの頃と同じ。


 これは絶対に私の予想当たっているに違いない。

 そうとなれば…うん。私も動きださなければ。



///////★


 リディアがまたなにかやらかしたらしい。


 おれの視界に映るのは、にこにこ笑顔の神父様に自分の部屋に来るようにに言い渡されている(ようするに説教するから部屋に来いってこと)リディアの姿だった。きのうと合わせてこれで何回目だろうか。


 同室に戻ってから、今日で2日目。

 ほぼいっしょに行動しているのに、目を離したすきになにかをやらかすらしいリディアは、かなりの頻度で神父様に怒られていた。それでもって神父様の部屋につれていかれる。

 一度、おれたちも一緒に叱られてやるから神父様の部屋について行く(それほどまでにリディアと一緒にいる時間がほしいのだ)と言ったのだが、神父様に断られてしまった。


 神父様にダメだと言われてしまえば、おれたちにはなすすべがない。仕方がないのでおれたたちはあきらめた。兄様はかなり不服そうだったけれど。


 兄様は苛立っている。

 まあリディアはやらかしてしまう人間だから仕方がないのだが。兄様の気持ちはわかる。

 おれたちにはもう時間がない。少しでもリディアと一緒にいたいのだ。次、いつ会えるのかもわからないし。今後一生会えないかもしれない。


 おれですらこんなにも離れがたく思ってしまうのだから、兄様のほうはおれの何倍もの寂寥を感じていることだろう。


 だからリディアにはできる限り、問題を起こして欲しくないのだが…うーん。鈍いリディアに悟れというのも難しそうだ。

 鈍いくせに、鋭いところがあるリディアだから、もしかしておれたちのこの行動の意味を勘づいているかもしれない。そう思いもしたが……寂しそうなそぶりも見せずに、いつものように楽しそうにゲラゲラバカ笑いするリディアは、うん。確実に気づいていない。


 こちらも都合上、やらかしてほしくない…おれたちとこの3日間をそばで過ごしてほしいという理由を言えないから、余計にもどかしい。


 だからおれが願うのはただ一つ。

 やらかすのは仕方がないから、それ以外の時間はおれたちといっしょにいてくれ。

 それだけだ。


 あとは、そうだな。

 願うなら、兄様を嫉妬させるようなことはしでかさないでくれ。

 これだな。



///////☆

 

 さて私は今非常に困った状況にあった。


 「おい!エミリアに相手にされない!」

 

 アルトとソラに一緒の部屋に戻ってくれと言われてから、3日を過ぎた4日目の朝。

 なんのとはいわないが、とにかくラストスパートを終え、例の物を完成させた私はその例の物を来るべき日まで秘密の場所に隠しておこうと持ち歩き、アルトとソラにばれないようにこっそりと移動していたのだが、見つかってしまったのだ。

 

 「ジーク、今忙しいから後にして」

 「やだ」

 

 仏頂面のジークに。


 うん。ジークに見つかった。

 アルトとソラではなく、ね。

 とりあえず見つかったのがジークでよかったと安堵する。いや安堵はするよ?でもさ、急いでいるときにこの俺様わがままには見つかりたくなかったとは思うよね。


 「そういうわけでジーク、後にして」

 「いや、どういうわけだよ?それよりおれの話を聞け!」


 ジークはムスッとした顔で私のそばの壁に手をつく。

 言うなれば、壁ドン。

 ……。

 

 「なんで恋愛対象私じゃないのに俺様技繰り出してんのよ。エミリアに使え」

 「なんだよ俺様技って。なんか体が勝手に動いたんだけど」

 「え。こわっ。無意識?乙女ゲームの世界こわっ」

 「よくわかんないけど、その顔めっちゃ腹立つな!」

 「……。」

 「……。」


 二言ほど言いあいをして、お互いになんともいえない間ができる。


 こんなにもなんの感情も湧き上がらない壁ドンなんて初めてなんですけど。

 いや、だからといってこれ以外にも壁ドンをされたことがあるわけじゃないので、初めてだもくそもないのだが。

 

 「どうでもいいけど、早くどいてくんない?」

 「まあいいや。エミリアなんだけど…おれと一緒にいればいいのに、最近ずっと神父様の部屋に遊びに行ってて。なんでも秘密の仕事があるとか。お前なんか知ってるか?」

 「いや私の話聞いてた!?どいてくれない?って言ったの!」


 なに頬を桃色に染めてエミリアの話をし始めてんだよ。ぶん殴るわよ。

 

 「うわっ。お前叫ぶな。つば飛んでくる。汚い!」

 「美少女のつばのどこが汚いっていうのよ!感謝しろ!」

 

 現在私とジークの距離はものすごく近いわけだが、はっきりいって、ドキドキもくそもない。だれだ、壁ドン最高とか言ったやつ!(たぶん安未果時代の友達の誰か)一度はされてみたいとか思ったやつ!?(これは私。興味本位で)こんなのただつばを相手にとばしあうだけの嫌がらせだぞ!?


 「ていうか、ここにエミリアが来たら、誤解され……」

 

 言いかけたときだった。

 スパンッ

 と、私とジークの間をなにかが通過する。

 

 「…は?」

 「…はい?」


 あの…目視できなかったんですけど。流れ星?

 通過したなにかはぽとんと音を立てて、遠くに転がった。それは、子供用の上靴だった。


 「……。」

 「……。」


 うーん?なんかやばい気がする。

 そのとき、私の第六感らしきものが警鐘を鳴らした。警鐘が鳴る先にいるのはまぬけな顔をしたジークだ。「あ?どうした?」とか言ってるけど、これは…あかん!


 「ぐっふ。おまっ…」


 私はとっさにジークの腹を足で押した。まあつまり、私から遠ざけた。

 私の攻撃に咄嗟に対応できなかったジークはそのまま間抜けな顔で尻から転び……


 ビュンと子供用の上靴が、先ほどまでジークがいた場所を、すごい勢いで通過していった。


 私がジークを蹴り飛ばさなければ、今頃ジークの顔面に2撃目の上靴が直撃していたことだろう。

 

 「あー…残念。当たらなかったー」

 

 ぽとんと、飛ばされた上靴が落ちた音と同時に、聞き覚えのある声がした。

 青ざめるジークと、頭を抱える私。

 気温が急に下がったので体を震わせながら私たちはその声の主を見た。

 

 「2人とも、こんな朝からなにやってるの?」

 「もうっ。アルト!あんたね~」

 

 そこには眼の笑っていないアルトがいた。

 ちなみに彼は上靴をはいていないよ、ええ、みなさんの予想通りです。どこにとばしちゃったんでしょうかね~。


 「お、おまっ。危ないだろう!なんでおれを狙って…」

 「は?僕が狙ったのは、君じゃないよ?リディアにまとわりついていた害虫だよ?」

 「え。私の近くに虫いたの?ありがと、アルト」

 「別に、お礼を言われるほどのことじゃないよ。虫も殺し損ねたし」

 「お前ら正気かーっ!?リディアはバカすぎるし、アルトに至ってはおれほんとトラウマ植え付けられそうなんだけど!?」

 

 ちょっと。私、ジークにだけは、バカって言われたくないよ。


 「それにアルトは私についてた虫をとろうとしてくれたんだから、ジークがトラウマに感じることないでしょ?」

 

 最初はアルトが故意にジークを狙ったと思った私であったが、そもそもジークを攻撃する動機が彼にはないよね。

 やれやれ、ジークってば思い込みがはげしいよ~と肩をすくめながらアルトの上靴を拾えば、彼は絶句していた。信じられないって目で見られてるし。

 

 「なぁ、お前本気で言ってるの?ガチで?やばくないか?」

 「はぁー?」

 

 私はなぜかジークに心配されている。意味がわからない。

 とりあえず上靴をすべて拾い終えたので、アルトに渡すが…

 

 「…リディア。その手提げ袋なに?ジークの?」


 不思議そうに私の持つ袋を指さすアルトの顔を見て、私は青ざめる。

 上靴がとんできたことですっかり忘れていたが、そうだ。私は例の物を持っていたのだった。たらたらと嫌な汗が全身から噴き出す。

 この手提げ袋の中身は、もちろんジークのものではなく、むしろアルトとソラへの物なのだが…今渡すわけにはいかなくて……。

 

 「あ…う、えっとぉー。ゴミだよ?」 

 「……。」


 困り果てた私は幼稚園児並みの嘘を繰り出す。

 やばい。嘘が嘘だけに、怖くてアルトの顔を見れない。視界の端でジークが爆笑しているが、ほんとお前あとで覚えとけよ。元凶はすべてお前なんだかんな?


 「ゴミなら頂戴」

 「ぬぅわぁー!ダメぇ!」

 

 手提げ袋に手を伸ばしたアルトの手を私はとっさにひっぱたく。

 …あ。さすがにやばいかも。

 おそるおそるアルトの顔を見ると、見なきゃよかったと思うくらいの恐怖を感じる無表情でした。ほんと、怖い。

 それでもってなにを思ったのか、アルトはジークのほうを向いて……

 

 「やっぱりこれジークのでしょ?殺す」

 「ちょ、なんでおれ…ぐはっ……」

 「だぁぁああぁ!アルト、ジークの首を絞めないの!」

 「ぁ…花畑でエミリアが手を振ってる」

 「ジークぅぅぅ!」

 

 ジークはぽてっとその場に倒れた。

 まあ大げさに叫んだところで、ジークは死んでいないんだけどね。気絶しているのも首を絞められたからではなくアルトへの恐怖によるものだ。

 アルトは遊びで首を絞めただけだから力は込めていない。安心してほしい。


 さてタイミングよくジークが気絶してくれたおかげで、手提げ袋の話がうやむやになった。このすきに話をそらそう。

 

 「ところでアルトはどうしてここに?」


 今は朝の6時だ。

 こんな朝から人が出歩いているなんて(ジークは例外だとして)、なにかあったとしか考えられない。アルトは思い出したようにうなずいた。


 「リディアを呼びに来たんだ。…だから、いっしょに来て?リディアだけじゃなくて、もう他の子たちも外で待ってるから」

 

 どうしていっしょに来てほしいのかは言わず、きゅっとアルトが私の手を握る。

 でも大丈夫。私はそれだけで悟ることができた。

 神父様の予定よりも早くにこの時が来たようだ。ある意味、手提げ袋を今持っておいてよかった。私はアルトの手を握り返した。

 

 「うん。行こう」

 

 アルトのさみしそうな顔をやさしく包み込むように、私は握る手に力を込めた。アルトは少し驚いたように目を瞠るが、にかっと笑った私を見たからなのかやわらかくほほえんだ。彼は聡いからもしかしたら私が気づいてるってわかったのかもしれない。

 

 私たちは歩き始めた。

 ……ジークを忘れて(このあと自力でジークはやってきました)。

 


//////☆


 外に出るとアルトの言った通り他の子供たちはもうすでにいた。

 神父様とアオ兄ちゃん、ソラが、みんなと向かい合っている。自己紹介のときみたいな。でもこれから行われることは自己紹介とは真逆のこと。

 彼らの背後には、黒塗りの馬車があった。

 うん。やはり、間違いないようだ。

 

 やってきた私たちに気づいたのか、神父様が手招きをする。

 すこし名残惜しそうにしたものの、アルトは私の手を離しソラの元へと走りその隣に立つ。そんな2人の肩を神父様は抱き、全員が来たことを確かめたうえで口を開いた。

 

 「実はアルトとソラの引き取り先が急遽決まったのじゃ」

 

 辺りがざわつく。

 そう。これはアルトとソラのお別れイベントだ。

 時期が時期だし、3日間でいいから一緒の部屋に戻ろうと言われたから、こうなると思っていたんだよね。

 

 私は辺りを見回す。

 全員寂しそうな顔をしていた。泣き出してしまった子も数多くいる。


 「今日で2人とはさようならだから、みんな別れの挨拶をしようね」


 アオ兄ちゃんがやさしくほほえんだ。

 アルトもソラも悲しそうに眉を下げていた。

 

 気づけば、私は手提げ袋をぎゅっと抱きしめていた。

 覚悟はしていたし、こうなることはわかっていた。けれど、いざお別れとなるとやっぱりさみしい。2人とも大切な友達だから。これから一生会えないとなると、ね。

 最初は早くいなくなれと思っていたのに。ほんとうに私も変わるものだ。


 子供たちは結局ほとんどの子が泣いていた。驚くはルルちゃんが泣いていないことだが。ああ見えて強い子だから涙は流さないのかも。

 

 ソラはみんなにつられて目が潤んでいる。一方のアルトは私をじっと見つめていた。この孤児院の中で結局心を許せるくらい仲良くなったのは私だけだからね。

 そこにちょっぴり優越感を感じてしまうから、私は少し性格が悪いのかもしれない。いやだってふつうにうれしいでしょ?あの気難しいアルトと別れを惜しまれるくらい仲良くなれたのはさ。

 

 神父様が私を見て、にこりとうなずいた。

 口パクで「みんなは泣いていて気づいてないから、今のうちに渡しちゃいなさい」と言い、そっとアルトとソラを私の方へと押し出した。

 突然押し出されたアルトとソラが驚いて目を瞬く中、私はありがと神父様、とうなずきかえす。


 2人の目を盗んでつくってよかったよ。

 手提げ袋に手を突っ込み私は例の物を取り出した。

 

 「2人とも。プレゼント」

 

 きょとんとする2人に私はある物を押し付ける。

 1人、1つずつ。世界にオンリーワンの代物だ。

 押し付けられたものを見て、2人は瞠目する。アルトはうれしそうに、ソラは顔を引きつらせて。

 

 「リディア…これ……」

 「私からの餞別だよ。手作りのお守り人形」


 みんなには聞こえないように、こそっとささやく。

 そう私が2人にあげたのはお手製の手作り人形。

 手のひらよりちょっぴり大きなサイズだけれど、それはお子様が持つからであって単純な大きさ自体では小さい方に入る。持ち歩いてもかさばらない、ポケットにも入れられる、我ながら力作だ。


 アルトがうさぎさんで、ソラがリスの人形。


 アルトをうさぎにしたのは、動物に例えるならアルトはうさぎだろうと思ったから。さみしがりやだもんね。ぴったりだ。

 ソラをリスにしたのは、とくに理由はなくて。ただソラは私の親友でエンジェルだから、かわいい動物がいいなと思ったの。

 まあそのエンジェルは今、青ざめながらほおを引きつらせているわけど。


 「呪いの人形…」


 なんだか不穏な言葉が聞こえたので、とりあえず声の聞こえた方向に蹴りを入れておいた。ソラが少しうめいていたね、うん。


 「でもいつのまにこんなのつくって……」


 めずらしく口をポカンと開けて驚くアルトに満足しながら、私はむふふと笑った。


 「神父様とエミリアに協力していただきました~」

 「わしは場所提供~」

 「私はお人形の作り方について、僭越ながら教鞭をふるわせていただきました」

 「えー。なんの相談もされなかったのは俺だけ~?アオ兄ちゃんも頼ってくれてよかったのに~」

 「まあアオ兄ちゃんはともかく2人のおかげで作れたんだ~」


 声はひっそりと私は今回力を貸してくれた方々を紹介する。

 なぜひっそりなのかというと、みんなに不公平だと言われないために。他の子たちもアルトやソラになにか別れの贈り物をしたかったかもしれないが、2人が去ることは内緒にしなくてはいけなかったからね。

 本来であれば私も知らないはずだったんだけど、神父様が以前2人は半年もしないうちにこの孤児院を去っちゃうかもとか口を滑らしたり、アルトとソラの態度がわかりやすかったりを理由に挙げて、特別に餞別を用意していいことになった。


 「あ、でも安心して。デザインも作り上げたのも、全部私だから!愛情もたっぷりだよ!」

 「逆にそれが不安なんだけど」


 ちなみに私がここ最近神父様に怒られっぱなしで、よくお部屋で説教をされていたのは、カモフラージュだ。お説教をされていると見せかけて、実は神父様の部屋でずっと人形を作っていました~。日頃の問題児行動のおかげでまったく気づかれませんでしたね、ええ。うれしいような悲しいような、複雑な気持ち。


 その点で言えばジークがエミリアにかまってもらえなかったのは、私が原因だったりする。先ほどジークが言っていたエミリアの秘密のお仕事とは、私に人形づくりを教えることだったのだ。

 ごめんね、ジーク。今度親身になって恋愛相談にのってあげるから許して。

 

 「もう2度と会えないとなると、さみしくて…さ。私2人のことが大好きだから、なにか渡したくて。アルトとソラが元気で健康に、幸せに暮らせるように、願いを込めてお人形を作ったの」

 

 うっ。なんだか鼻の奥がツンとしてきた。私らしくない。


 「ちょ、ちょっと目にゴミが入った~アハハ」


 ごまかすように笑えば次の瞬間、目の前に白いシャツがあった。背中に回る力強い手があったりして、まあつまり私はアルトに抱きしめられていた。


 前のめりにアルトが抱き付いてきたから、勢い余って背中から転びそうになったけれど、そこはアルトがしっかりと腰を支えてつくれたので転ばずに済んだ。

 ほんとうに7歳児とは思えないほどにハイスペックだよね。ふつうの子供なら一緒に転んでるところだよ?

 

 「ていうか、みんないる前でいいの?イメージ総崩れだよ?」


 人形はもう渡し終えたからいいものの、こんなに勢いよく抱き付いたらさすがにみんなの眼にとまる。視線が痛いな~と笑っていると、


 「どうせ今日でさよならだから…いい」


 やれやれ。少し震える声を耳元に感じながら、私はぎゅっとアルトを抱きしめ返した。ほんとうにアルトは甘えん坊さんなんだから。

 だけど抱きしめ返して、失敗した。さらに強い力でアルトに抱きしめ返されたのだ。苦しい。ギ…ギブです。レフェリー!アルトに抱きしめられてレフェリー呼ぶの2回目なんですけど。


 一方でソラは複雑そうにこちらを見ていた。

 大丈夫。ソラがなにを考えているかくらいわかっているよ。ソラは今、大好きなお兄様を私にとられてちょっぴり嫉妬しているのだ。安心しなさい、アルトの一番は未来永劫ソラだ。今のアルトは唯一の友達と離れ離れになることと、ソラの話に共感してくれる仲間がいなくなることに寂寥感を感じているだけだから。すぐに脳内百パーセントソラに戻るからね?


 私はソラにウインクするが、顔を顰められた。おい、なんでだよ。

 口パクで「お前、絶対勘違いしてる」とか言ってるし。


 「ああ、わかった。ソラも私にハグしてもらいたいのね」

 「いやちっげーよ!?」

 「順番だから、ちょっと待ってね」

 「人の話を聞け!?」


 かわいいやつめ。あとでハグしてあげるから、待ってなさい。

 ソラは赤くなったり青くなったりで首をふっている。照れてるんだろうね。

 

 「アルト、もうそろそろ離して。私ソラにもハグを……」


 言いかけたところで、アルトが小さな声で私に問いかけた。


 「ねえ、リディア。君の願いはなに?」

 「え?願い?それは将来の夢とか、そういう系の?」

 

 私の言葉をさえぎるように発せられた意味の分からない質問に首を傾げれば、アルトは私を抱きしめたままうなずいた。ちょうどアルトの頭が首あたりにあるから、うなずかれると髪が当たって少しこそばゆい。にしても願い、ねぇ。

 

 「うーん。私の周りの人、みんながにこにこ笑える世界にすることかな?」

 

 ほんとうは本編に入らないでみんなが幸せに生きることっていうのが、私の願いだ。でもそれをアルトに言っても意味が分からないだろうし。だからちょっと言葉を置き換えました。

 

 しかし私の説明はアルトにはあまり伝わらなかったらしい。

 抱きしめていた体を離したアルトの顔には理解しかねると書いてあった。

 

 「みんなが笑える世界って…不気味じゃない?」


 うん。私の説明が悪かったらしい。

 きっとアルトと私の想像していることはだいぶ違うぞ。


 「別にゲラゲラ人が笑う世界にしたいわけじゃないからね。うーんと、ようするに私は私の大切な人たちみんなが幸せになれる世界になってほしいのよ」

 「幸せに?」

 「そう。人って幸せな気持ちになったら自然と口角があがってにこにこ笑ってるでしょ?私の中では幸せ=笑顔なんだよね。だからみんなが笑える世界にするっていうのが私の夢であり、願いなの!」

 

 即興で考えたけれど、うん。これが私の願いで間違いない。


 「…ようするに、君の大切な人みんなが幸せになればいいってこと?」

 「うん。そういうこと」

 

 少し考えるように顔を伏せて、それからまっすぐな瞳でアルトは私を見た。

 なぜだろう。アルトからもらっていつも身につけているペンダントが、じんわりとあたたかくなった気がした。


 「じゃあ…君の願いを叶えたら、リディアは僕のものに……いや、いいや」


 言いかけてアルトは首を横に振る。え。ごめん。最後のほう小さな声すぎて聞こえなかったんだけど。だけれども怪訝な顔をする私の疑問には答えず、彼は私の手をやさしく握りしめた。

 

 「ねぇ、リディア。いつか君を必ず迎えに行くから。待っててね?」


 縋るような熱のこもった瞳に、私は一瞬たじろぐ。

 な、なんか…ぞわぞわするんだもん。

 困り果てた私はとりあえずアルトを見つめ返す。そしたらアルトはさらに、じりじりと身を焦がすような瞳で私を見てきた。うぇぇぇ?


 ちょ、調子が狂うっ。頭を切り替えよう!

 アルトは待っててねと言ったが、こ、これにはうなずけない。だってゲーム通りに行くと、攻略対象全員に会った後にヒロインである私は魔法使いにさらわれるのだ。だから待てない。


 ていうか、この必ず迎えに行くってソラが言う台詞じゃなかったっけ?

 乙女ゲーム「いつ君」は言葉の通り、攻略対象がヒロインに対して、「いつか君を必ず迎えに行く」とお別れの時に言うから「いつ君」なのだ。

 なんで悪役のアルトが言っている?まあソラが言ってないから別にいいんだけど。


 ちなみにそのソラだが、なぜだろう。真っ青な顔をしていた。

 まあ他全員は大人の余裕を持つアオ兄ちゃんを除き、全員顔を真っ赤にしているのだけれどね。アルトの発する熱にやられたのだろう。神父様も例外なく真っ赤。エミリアはくやしそうな顔をしているけど顔が赤い。ジークは真っ赤な顔をして気絶しそうだ。さっき気絶したばっかりなのに。


 たかだか手を握られていつか迎えに来るって言われただけなのに大げさだな。

 かくいう私もアルトの眼力に、やられましたけどっ。もう大丈夫だもん!


 ……ま、まあでも?それほど動じていない私も、相手がアルトで、友情の気持ちからこんなことを言ってくれたのだとわかっているから慌てないだけで、攻略対象のソラの口からそんな台詞を聞いたら…ね。真っ青になって発狂してたかもしれない。だって命に関わることだし。

 

 「ねぇ。リディアはやんちゃで破天荒だけど、意外と花を見るの好きでしょ?」

 「え、急に質問?」


 赤色の顔だったり青色の顔だったりする周囲の雰囲気に関係なく、話を進めるのがアルトである。

 なぜ突然花の話?そう思いながらも私はうなずく。


 「うん。いい匂いの花もきれいな花もかわいい花も好きだけど…」

 

 それを聞いてアルトは満足そうだ。

 

 「僕、リディアが好きそうな花畑持ってるんだ」

 

 静かな声だった。辺りが静かでどんな音でも聞こえそうだけれど、どういうわけか周囲には聞こえなさそうな小さな声。たぶん私と近くにいたソラしか聞こえないくらいの声量だ。

 アルトの言葉を聞いたからだろうけど、ソラがさらに真っ青になっているから、うん。確実にソラにはアルトの言葉が聞こえてるね。

 この別れ際に僕花畑持ってるんだーって話すってことは……

 

 「いつか見せてくれるってこと?」


 アルトに合わせて小さな声にしてみると、やんわりと首を横に振られた。

 え。どういうこと?


 「その花畑はいずれ君のものになるから…見せるって言う表現はちょっと違う」

 「ふーん。全然意味が解らん」

 「ちょ、兄様!本気で言ってるの!?」


 首を傾げていたら険しい表情のソラが乱入してきた。

 

 「はいはい。仲間に入れてもらえなくて拗ねてるのね~。ほら、リディアちゃんがお別れのハグをしてあげよう。おいで」

 「リディア、黙ってろ。兄様……本気の本気?」

 「本気だよ。僕はリディアを迎えに行くって決めたからね。で、そのために帰ったら掃除をしようと思ってるんだ。…ソラ、手伝ってくれる?」

 「うー…あ~……マジか」


 ソラに向かってハグをしたろうと両手を広げるが、悲しいことにガン無視されて、そのまま2人で話し始めやがった。

 なにしゃべってんだか。掃除の話だってのはわかるけど、その話は後でしててくれない?あんたたちどうせ帰ってもいちゃいちゃできるんだから、今は私との別れをおしみなさいよ。


 拗ねているとそんな私の気持ちが伝わったのか、


 「アルト、ちょっとこっち~」


 といつのまにやら馬車のほうへと移動していた神父様が、アルトだけを手招きして呼んだ。そこで2人の話は一度止められる。


 するとアルトが神父様のもとへ行ったことを確認したソラが、ずんずか私の方へと詰め寄ってくるではないか。

 なんだ突然?一瞬怪訝に思うが、私は理解した。

 顔がだいぶ険しいけど、私にはわかる。


 「お別れがさみしいんだね。ほら、ぎゅってしてあげる」

 「あ。ありがと…ってちがーうっ!」

 

 一瞬ハグしただけで、すぐに押し返され拒否されてしまった。

 あらあら、かわいそうな私。ソラも素直になればいいのに。青ざめて近い将来を不安に思っているような演技までして。


 「どうしたの?役者志望?」

 「は?役者志望?…いや、いい。流されるな、おれ。リディアが意味の分からないことを言うのはいつものことだ」

 「おい」

 

 気を取り直したのかソラは私の肩に手をのせ、まじめな顔をする。

 おうおう、どうした。いつか迎えに行くからとか言ったらぶん殴るからね?


 「あのな。リディア、たしかにお前は友達だ。おれと兄様の恩人でもある。でもダメだ!ダメだから!お前がおれの国に来たら……ダメだ…やっぱり崩壊する」

 「うん、私は核兵器かなにか?」


 心配は杞憂に終わったけれど、まじめな顔してなに言ってんだこいつ。

 違う意味で私はソラに不安を抱き始める。


 「認めない。おれは断じてお前を認めないからな!?絶対にねえさまとか言わないからな!?」

 「いや、なにを認めないんだよ」


 ていうか私、ソラにねえさま呼びを強要した覚えないんですけど。

 エンジェル仲間のエミリアが私のことをおねえさまと言っているから、自分も言わなくちゃって思っちゃったのだろうか?別にそんなこだわりはないから安心して?

 

 「お前その顔絶対になにか勘違いしてるだろ!?」

 「いや、だって、ソラが詳しいことをなにも言わないから、勘違いもするでしょ」

 「詳しいこと…う、ぐ……ごめん。どうにか悟って?」

 「無茶言うなぁ」


 あのソラが私に縋ってくるのだから、よほどのことだとは思うのだけれど…無理です。悟れません。

 

 「とりあえず、私のこと、ねえさまとか言わなくていいからね?」


 青ざめるソラがあまりにも不憫で私はそう言葉を投げかけるが、なんか複雑そうな顔をしている。


 「う、うん。お前のやさしさはわかったよ…ありがと……」

 

 ソラが弱弱しくほほえんだ。

 そんなときだった。

 

 「ソラー、もう出発の時間じゃよ~」


 神父様が手を振ってソラを呼んでいた。

 アルトも神父様も黒い馬車の方にいる。さきほど神父様がアルトを呼んだのは、出発の時間を確かめるためのようだった。

 2人はソラが来るのを待っている。

 

 「今、行きます!」


 ソラは自身を待つ2人の元へ走り出した…が、方向転換して、私の手をがっしりと握りしめた。な、なんだ、突然?

 

 「……お前、気を付けろよ。自覚ないだろうけど、リディアは人を…っていうか、性格に難のあるやつを惹きつけやすいから。類は友を呼ぶんだ。お前がヘンテコである限り、なにかしら変な奴が集まってきて、さらにその変な奴が変な奴を呼ぶ。だから…まともになれ。わかったか?」

 「え。なんで私まじめな顔で、まともになれって諭されてるの?」

 

 私の問いに答えず、ソラはそのままアルトと神父様の方へと走って行ってしまった。

 あの…ほんとに、なぜにー?

 

 でもソラが向こうに到着して、神父様が2人を見送るためだろうか、馬車に乗り込んで、そのあとにソラが続いて…っていうのを見て、実感する。

 もう2人とは今後一生会えないんだろうな…って。

 

 目の前がゆらいだ。

 泣かないようにしてたけど、やっぱりさみしい。だって、たった数か月だけど仲良くなったんだもん。大変だったことも多かったけど、それよりも楽しかったんだもん。

 別れは来るって…本編に突入しない限り、もうアルトとソラと…というかこれから出会うみんなとは一生会わないだろうことはわかる。覚悟していた。


 鼻の奥がツンとする。

 泣かないように舌を噛んで、目元をごしごしこする。


 でも、でもでもでもでもっ。

 …さみしいよ。やっぱり。


 服越しにアルトからもらった守り石を握り締めた。

 そんなときだ。

 

 「……リディア、また会おうねの挨拶。最後にしにきた」


 頭上から聞こえた声にハッとして、私は顔を上げた。

 顔をあげれば、すぐ目の前にアルトの顔があった。…というか現在進行形で近づいてきている。

 ……は?

 馬車のほうにいたはずなのに?と驚く暇もなく。

 ていうか顔!?と、近づいてくる顔に驚く暇もなく。


 気が付けば、頬にやわらかいなにかが触れていた。


 「……へ?」


 頬にキスをされた。と、ようやく理解できたのは、アルトが私から離れ、潤んだ瞳で私をじっと見下ろしたとき。

 ぽろぽろこぼれていた涙なんて、驚きすぎて止まっていた。


 「ぬ、ぬぅわぁぁぁああぁ!」


 私は思わず後ずさる。

 アルトは意外そうな顔をしているが、いやいやいや、ふつうキスされたら驚くだろ!


 「へー。こんなかわいい反応が……。最初からキスしとけばよかった」

 「ぬ、ぬぅあに、うれしそうに笑ってんのよっ!?キキキ、キスっていうのはねぇ、そう簡単にするもんじゃないの!もっとこう…大切な人にするっていうか……」


 しどろもどろに説教をするが、アルトは少し残念そうに眉を下げただけだった。おい!


 「ふーん。君は照れるけど、あいかわらず鈍感なんだね。でも、まあいいや。僕は絶対に君を逃がさないから」

 「ていうかお前、女らしい反応できたんだなー」


 そこ、ソラ!馬車の中だから聞こえないと思っているんだろうけど、ばっちり声聞こえてますからっ!

 ギッと馬車から顔をのぞかせるソラをにらんだら、あの野郎、勢いよく窓を閉めやがった。ていうかアルトもソラも平然としすぎだ。


 アルトはともかく、いつものソラなら青ざめてるところだろ!?なんだ?兄の行動よりも、私が真っ赤になって慌てたことの方が驚きだったのか!?

 もしかして王族にとって頬にキスは挨拶みたいなものなの!?

 私だけ慌てふためいてバカみたいじゃないっ。これだからイケメンは~。


 「まあこれは喧伝みたいなものでもあるんだけどね…」


 目の笑っていない笑顔でつぶやくアルトの視線の先には、エミリアとルルちゃん。

 なんか不穏な雰囲気を感じる。ていうか喧伝ってどういう意味?おい。精神年齢20歳より7歳児のほうが難しい言葉を知ってるとかどういうことだよ。悲しくなってくるんですけど。


 「リディア。手紙おくるから。返事、ちゃんと書いてね?」

 「うひゃあっ」


 ちゅっと掌にキスを落とすとアルトは満足そうに微笑み馬車に乗り込んでいった。

 もう私の顔からは湯気が出まくりだよ!だって手の甲ならまだわかるけど、掌にキスされるとは思わないし…いや、もうとにかく、キスぅ!!!


 「……アルト君をへたれだと思っていた私が、愚かでしたわ」


 私が悶えている中、くやしげにつぶやいたのはエミリアだった。

 え?突然どうしたの?

 質問する間もなく、エミリアはキッとジークをにらみつけた。

 

 「ジーク様!なにをぼさっとしているのです。今すぐおねえさまにキスしてください!やられた分を取り返すのです!」

 「ちょ、エミリアほんとうにどうしたの!?」

 「え!?やだ、おれ絶対に嫌だっ!」


 普段のエミリアらしからぬ行動に私もジークも怯えて、アオ兄ちゃんの後ろに隠れる。な、なぜだろう。この前のおねえさまはジーク様の未来の奥方発言からエミリアがたまに怖い。いや、現在進行形で怖いっ。


 「ていうか、アオ兄ちゃん笑ってないでどうにかしてよ!」

 「…そうだなぁ。リディアが、俺の頬にキスしてくれたら、助けてあげるよ?」

 「ぬぅあっ!?」


 ぼんっと真っ赤になった私を見て、アオ兄ちゃんは腹を抱えて笑っている。

 く、くそぉ~。年上のイケメンお兄さんに「キス」なんて言われたら、赤面をしてしまうのなんて当たり前じゃないかっ。くやしいっ。恥ずかしい!


 「だからロリコンって言われんのよ、バカァー!」

 「いたた」


 アオ兄ちゃんのすねを思い切り蹴り、私は彼から距離をとる。くそっ。ロリコンに助けを求めた私がバカだった。だがいい、恥ずかしい気持ちにさせられた分はやりかえしたからっ。

 あのジークが、「ロリコン…」と、アオ兄ちゃんにどんびきしているのだ。いいもん。これでいいもんっ。やっぱ社会的に抹殺されてしまえ、アオ兄ちゃんのバァカ!

 ちなみに現在のエミリアは、幾千もの修羅を乗り越えたような戦士の顔をしている。


 「…敵はやはり手ごわいですわね」

 「なんか脳内で戦いがはじまってる!?」


 もうほんとうにこの子どうしたの!?


 「リディアちゃん。アルト君とソラ君、もう行っちゃうよ」


 どっと疲れてきたところで、私に声をかけたのはルルちゃんだった。

 彼女が指さすのは、動き始めた黒い馬車。

 窓からアルトとソラが顔を出している。


 「え。あ、いつのまに!?」

 

 エミリアとジークとアオ兄ちゃんとでわちゃっている間に、いつのまにやらほんとうにほんとうの別れの時間になっていたようだ。

 馬車の窓から顔を出す2人は私たちに向かって手を振っている。


 それを見て実感する。

 ああ、ほんとうに行っちゃうんだなって。

 恥ずかしかったりなんだりで、涙は出ないけれど、さみしい気持ちは変わらない。

 私も他の子供たちと同じように、2人に手を振った。


 「アルトー!ソラー!元気でね~!!!」


 声を張り上げる。そんな私の振ってないほうの手をなぜか握ったルルちゃんも馬車からこちらを見る2人に手を振った。


 「ばいばーい。アルト君、ソラ君。リディアちゃんは、私に任せてねぇ~」


 手を握られたことは、ちょっと驚いただけだから別にいいんだけど、私に任せてねってどういう意味だろう。

 もうだいぶ遠くに馬車は行ってしまったから、気のせいかもしれないけれど。アルトの顔がひきつって、ソラは青ざめていたような気がした。

 これもまた疑問。2人ともどうした?もしかして忘れ物?

 ともかく馬車が米粒ほどの大きさになったところで、私たちは手を振るのを止めた。


 ちらっと横を見ると、ルルちゃんが少しさみしそうに瞳をうるませていた。

 ああ。やっぱり、ソラと離れ離れになってさみし…


 「……残念。ルルの恋もこれでおしまい。あの人の絶望した顔、見たかったのになぁ」

 「は?え。ちょ、ルルちゃ…」


 呼び止める間もなく、ルルちゃんは静かにつぶやいてその場を去っていてしまった。

 残された私は、ただただポツンとその場にたたずむことしかできなくて…。

 絶望した顔が見たい…は?


 「決めましたわ。生半可な覚悟は捨てます。向こうが本気である以上、私も本気で頑張りましょう!この命にかえても、おねえさまは渡しません!戦争だってしてやりますわっ」

 「こっちはこっちで、物騒なことを言ってるし!?」


 ……拝啓、アルト様・ソラ様。

 アルトのおかげ?で、もう涙はでないけど、ほんとうに今日からもう会えないと思うとやっぱりさみしいです。私が孤児院にいるうちは手紙、ちゃんと出すからね。

 まあ寂しさやキスの衝撃やらよりも、今は両脇の女子が怖いっていう感情が脳内を占めています。



 頭が混乱しすぎて、即興で手紙を作ってしまった。

 なんとなく今一番安全で無害なジークの隣に私は立つ。

 ジークは友情に熱いタイプなので、私が隣に立つことを許してくれた。

 そして一言。


 「……お前、鈍いよな。おれ、ちょっとアルトに同情したぞ?」

 「うん。鈍いってなに?」

 「そういうところだよ。なぁ、おれもあいつくらい積極的になったほうがいいのか?エミリアにキスするべき?」

 「……キスしたらさ。翌日のジークの頬は尋常じゃないくらいに腫れあがっていると思うよ?」

 「…そうか」


 ジークは遠い目で空を見上げた。

 なぜだろう。アルトとソラのさよなら回のはずなのに、他がインパクト強すぎて別れの悲しみが薄れている。これでいいのか?





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