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23.オン・ザ・マユゲ



 「見つけたぞ!お前どうしてエミリアとばかり遊ぶんだ!」

 「オウマイガー」

 「オウ…マイガ?」


 いつにもまして不機嫌そうなやつに出会ったのは、廊下を歩いていたときだった。せめて誰かと一緒に行動しているときに会いたかったー。


 「だってジーク、エミリアに心無いこと言うじゃない」


 落ち込んでも仕方がない。

 自身の歩みは止めないまま私は彼の質問に答える。


 「心無い?」


 怪訝に顔をゆがめながらジークは私の後をついてくる。


 「ブスだのポンコツだの言ってるじゃない」

 「おれそんなこと言ったか?」

 「はぁー?」


 無意識が一番たち悪いと思う。

 今は時間がないから仕方がないが今度ジークには教育的指導をさせていただこう。無意識でも悪気がなくても人を傷つけるような言葉を使ってはいけません。全く幼稚園児か。いや年齢的には別に問題はないのか?

 とにかく。もうこうなったら悪役の教育だけでなく、攻略対象の性格改変もしてやる。


 「まあわかった。ようするにエミリアがいるからお前はおれと遊ばないわけだな?」

 「ぜんぜんわかってないけど!?」


 自信満々に笑うジークに絶句する。

 どうしてそういう考えに至った?


 「なんでだよ。おれがエミリアにポンコツとか言うから、お前はおれと遊ばないんだろ?エミリアのせいじゃん」

 「なんでだよ!?自分のせいでしょ!」

 「はあ?意味わかんね」

 「意味が分からないのはこっちのほうだよ」


 私は頭を抱える。

 ジークは不満そうに口をすぼめた。


 「エミリアのやつも、どうしておれじゃなくて、お前にべったり…」


 その言葉を聞き、ふと思う。


 「前から思ってたんだけどさ。ジークって、私と一緒に遊びたいのにエミリアが邪魔する!って怒ってるよりも、自分じゃなくて私を選んだエミリアに対して怒ってない?」


 一昨日の女子会乱入だったり、そのあとアルトやソラと話したエミリアロスだったり。昨日も、一昨日より以前のときも、そうだ。

 彼は私がエミリアにかまっていることに対しては怒っていない。エミリアがジークから離れたことに対して苛立っている。


 ゲームとかなり話が変わってきたな。

 そもそも「いつ君」では、ヒロインはエミリアではなくジークにかまいっぱなし。ジークもヒロインのそばにずっといる。そんな様子を見てエミリアはヒロインに嫉妬してしまう。という構図だった。

 今はその逆だ。


 「当たり前だろ。あいつはおれのものなんだから。それなのにお前とばかりいて…。あいつはおれがいないと、なにもできないのに。できないはずなのに…」


 自分がそばにいなくてもエミリアが楽しそうにしているからジークは怒ってる。

 つまりジークはエミリアに自分を必要としてほしいの?

 エミリアはジークに執着してしまう自分を変えたいからジークと距離を置くと言っていたけど。私には、むしろジークの方がエミリアに執着しているように見えた。


 「ていうか、お前どこにむかってるんだよ?」

 「え。あぁ、勉強部屋だよ」


 ジークの言葉で現実に引き戻された。

 あ。びっくりしたせいでなにを考えていたか忘れちゃったじゃん。まあきっとあとで思い出すでしょう。


 「なんで勉強部屋?今日勉強の日じゃないだろ」

 「神父様のせいよー」


 実は私が歴史を苦手だと言う情報をどこからともなく聞きつけた神父様が、小テストをすると言い出したのだ。覚えるには小テストが一番じゃ。とか言ってきやがってさ。禿げればいいのに。


 「ま、そんなわけで、教科書取りに行こうと思って」

 「ふーん。小テストの内容は?」

 「最初だから簡単にしてやるって言ってた。説話を5つ暗記して、それを紙に書く?だった気がする」


 さっそく5つ暗記させるとかどこが簡単なんだよって感じですけどね。


 「なんだよ、楽勝じゃないか」

 「あんたにとってはねー」


 私はベーと舌を出す。

 そしたら舌をつかまれて思い切り下に下げられた。

 ぎゃー。


 「お、乙女に何すんのよっ」

 「なんか腹立った。あとお前の舌がどこまでも伸びそうだったから、ひっぱった」

 「うん、ふつう思い立っても行動に起こさないようね!?倫理観をどこに捨ててきた!」

 「ところでお前、結局いくつ説話覚えたんだ?」


 こいつめ、話をそらしやがって。


 「…ふ、2つだよ」


 ジークは驚愕!と私を見た。

 腹立つな。そのオーバーリアクションが余計に腹立たしい。


 「ちなみになにを覚えたんだ?」

 「太陽説と、草説」

 「最初に覚えたやつとエミリアの説話かよ。お前ほんと簡単な2つしか覚えてないのな」

 「うるさいなぁ~!」


 しっしとジークを追い払おうとするが、虫ではなく人間であるジークを追い払うことはできず。逆にバカにした風に笑われた。キーッ!


 「ていうかエミリアの説話ってなによ…ん?」


 疑問を口に出したところで、私はなぜか「エミリアの説話」という言葉に既視感を感じた。そして思い出した。それ、前にエミリアが言ってたやつじゃん。

 ジークが昔、草説をエミリアの説話だと言った話。でもジークはもう覚えてないだろうなって、エミリアは言っていたけど…


 「なによ、覚えてるじゃない」


 ちょっとジークを見直した。

 一方で、見直されたジークは訝し気に眉をひそめていた。


 「お前さっきからボソボソなに言ってんだよ。つーかなんだよその生暖かい目は。勉強部屋ついたぞ」

 「あ。ほんとうだ」


 私は教科書を拝借するべく勉強部屋へと入り、いつも座っている自分の席の教科書入れをガサゴソとあさる。が、おかしい。

 探しても探しても、教科書が見つからないのだ。

 あれれ?


 「教科書持ってくるのにどんだけ時間かけてんだよ」

 「ぬぅわぁ!びっくりした」


 いつまでたっても勉強部屋から出てこない私の様子を見に来たのか、気が付けばジークが隣にいた。もちろん隣にいたなんてまったく気づかなかった私は驚き、近くにあったお道具箱にぶつかってしまうよね。ガシャガシャンとはさみやら鉛筆やらが落ちてしまった。


 「ジークのせいだかんね」

 「おれのせいじゃねーよ。お前がもたついてるからこうなったんだろ」

 「だって教科書が見つからないんだもーん」


 まるで誰かに奪われたかのように見つからないのだ。

 困っちゃうよー。頬を膨らませて、私はあり?と思う。


 ジークのラストイベントと同じことが起こってない?


 おそるおそるジークを見ると、彼は険しい顔である一つの席を見ていた。

 その席はいつもエミリアが座っている場所。

 サァーと血の気が引いていくのを感じた。

 すごく、すごく嫌な予感がする。


 「ジ、ジークっ。私、自分の教科書食べちゃったのかもぉ~?」

 「なにバカなこと言ってんだよ」


 私もそう思います。


 「おれ、実はお前に会う前に、エミリアがこの教室に入って行くのを見た」


 ジークは険しい表情、私は青い顔。

 間違いない。まさしくこれは、ジークのラストイベントだ。


 ゲーム内でヒロインが自分の教科書がないことに気づいたとき、ジークは隣にいなかった気がするけど、とか。ラストイベントに入るの早すぎないか?とか。いろいろ思うけどこの際どうでもいい 

 ジークラストイベントを防がなくては!


 「ジーク、ほら見て!勉強部屋、窓空いてるからきっと鳥がもってっちゃっ…」

 「くそっ。エミリアのやつ、おれとリディアの気を引きたくて教科書を盗むなんてっ。あのバカ」

 「……。」


 私の話は無視してジークはエミリアを探すべく勉強部屋から出て行ってしまった。私一人だけがその場に残される。


 「……夏の国の人たちは、みんな人の話を聞かないのかな?」


 エミリアといい、ジークといい。夏の国の人たちに対して変な先入観が植え付けられる。

 だがイラッとしている場合ではない。

 エミリアは犯人ではないのだから、そのことをジークに伝えなくては。


 「ジーク!待ちなさい~っ」


 もう豆粒くらいの大きさになってしまったジークを急いで追いかけた。



//////☆


 が、私は結局追いつけなかった。

 あの野郎、走るの早すぎるんだよ。

 言っておくが、運動不足とか鈍足とか、そういうのが理由で追いつけなかったわけではないからな!?


 だけどジークを探し回りながら言い訳をして、慌てていた気持ちが落ち着いたのかな。私は思い出した。ジークは勉強部屋でエミリアに罵声を浴びせていた。つまり私はジークを探さずとも、勉強部屋の前でジークもしくはエミリアが通りかかるのを待っていれば、ラストイベントを防ぐことができたのだ!


 「だぁぁああ!もう、反省は後!頑張れ私!」


 私は全力ダッシュで勉強部屋へと走り出した。どうか間に合ってくれ!そう願った。

 けれど、一足遅かった。

 やっとこさ勉強部屋が見えたとき、そこにはもうジークとエミリアがいて…


 「だからお前は顔も心もブスなんだよ!」

 

 ラストイベントでエミリアが悪役に落ちてしまうきっかけとなる言葉を彼はエミリアにぶつけていた。ダァアア、あの馬鹿がァッ!

 エミリアの顔が悲しそうにゆがむ。

 そんなエミリアを見てジーク動揺する。が、すぐに険しい表情に戻った。まさかさらにエミリアを傷つけるつもり!?


 「ジーク待ちなさい!エミリアは教科書を盗んだりなんかしてないわよ!それにブスなんかじゃ……」


 言いかけた私は言葉と途中で止める。だってジークが、なに言ってんだこいつは?的な目で私を見ていたから。はい?

 いやだって、ジークはエミリアが教科書を盗んだと思っているから怒っているわけでしょ。その誤解を訂正すればイベントは回避でき、エミリアも傷つかない、悪役にならない。そう思ったから言ったんだけど…


 「教科書盗んだの件は別にどうでもいい」

 「……へ?」


 え。なんかイベントの中身違くない!?

 唖然とする私を気に留めることなく、ジークは険しい表情で続ける。


 「おれが怒ってんのは、エミリアが自分の身の程もわきまえずに、周りのやつらと楽しそうにしゃべってるからだ。お前はブスのグズで、おれがいないと何もできないくせに、なんで楽しそうに笑ってんだよっ」


 ジークは顔を真っ赤にさせ逆上する。 


 結論。

 現在のジークはエミリアロスが積もり積もっての癇癪を起こしただけだった。私の心配を返せ!?


 「それなのにおれの気を引くためにリディアの教科書盗んだりして、なにやってんだ。お前がそんなやつだとは思わなかった。がっかりだ。幻滅した」


 とりあえず彼の中で、私の気を引くために盗んだという考えはきれいさっぱり抹消されたようだ。最初はおれとリディアの気を引きたいから盗んだんだとか言ってたのにね。ジークの気を引きたいのならふつうジークの教科書盗むだろ。


 おそらく本人は無意識なんでしょうね。

 エミリアに必要とされたいと思っていることも、そのために教科書がなくなったことを無理やり結び付けてまでエミリアを怒っていることも。


 でもだからってエミリアを傷つけていいわけがない。


 「ちょっと、ジー」

 「……ジ、ジーク様っ」


 叱ろうとした私の言葉を遮ったのはエミリアだった。

 私もジークも驚いて目を瞠る。


 緊張しているのか。エミリアは顔を真っ赤にさせ、震えていた。でもしっかりと彼女はその瞳にジークの姿を映していた。


 「ジーク様。わた…私は、ブスなんかじゃありませんっ。おねえさまは私をかわいいと言ってくれました!そ、それに教科書も、盗んでいません」


 まさか言い返されるとは思っても見なかったのだろう。

 ジークの顔がカッと赤くなる。


 「…っお前はおれがいなくちゃ、なんにもできないんじゃないのかよ!なんでおれに意見するんだよ!」


 苛立つジークは近くにあった定規を手に取り、怒りに任せて投げた。物に八つ当たり。まあ怒りに身を任せて人に危害を加えるよりかは、物に八つ当たりをするタイプでよかったなとは思う。


 ただ、投げたものが悪かった。


 彼が投げたものはよくよく見ると定規ではなく、はさみ。ジークは目をつぶりながら物を投げたから、自分がはさみを投げたことには気づいていないのでしょうね。


 そしてそのはさみ、投げた方向が悪かった。


 リディアちゃん、こんなときですが天を仰ぎましたよ。

 マリアさんの計らいで新品のごとくきれいに研がれたはさみの刃は、まっすぐに私に向かって飛んできていたのだ。


 再度言うがジークのやつ、目をつぶった状態ではさみを投げた。

 本人としては定規を投げたと思っているから万が一、私かエミリアに当たっても問題ないと思ったのだろう。このバカ!お前が投げたのは、流血可能の凶器だわ!


 そうこうしている間にもはさみとの距離は近づいていき、いつのまにやら目の前に。ひぃぃぃ……直撃するっ。

 私は目をつむった。

 しかし痛みはいつまでたっても来ない。


 怪訝に思いおそるおそる目を開けると、私の目の前にはエミリアが立っていた。

 だがただ立っていたわけではない。

 私がエミリアを見たのは、彼女がちょうど飛んできたはさみを手で弾き飛ばした瞬間だった。

 弾かれたはさみは宙にきれいな弧を描き、カランっと乾いた音を立て床に転がる。

 …え。かっこよ。


 エミリアに惚れたと同時に思い出した。

 エミリアは婚約者候補兼のジークの護衛でもあった。だから彼女は武術を一通り習っており、ようするに強い。本編でもヒロインをその力でねじ伏せていた場面があったからね。

 あぁ~なるほどなるほど、惚れ直す。でも現実逃避をしているわけにはいかない。


 エミリアはたしかにはさみをはじいた。

 しかしはじくときに誤って手を切ってしまったらしい。エミリアの手からはどくどくと血が流れ出ていた。


 それを見てジークも私も青ざめる。

 ジークなんてあわあわと口を震わせている。


 「エミリア…そ、そんなところにいるのが悪いんだぞ!」


 謝るかと思いきや、こいつはバカか!

 私は叱ろうと、いやその前にエミリアのケガの手当てをしようと、大丈夫かと聞こうと、とにかく口を開いた。

 が、その前に言葉を発していた人がいた。


 「……ジーク様、なにをしているのですか?」


 冷たい声だった。

 本編でヒロインをいじめるときのエミリアの雰囲気が、今の彼女からは出ていた。私もジークも硬直する。

 だがさすが、ジーク。彼の俺様としてのプライドが勝ったのだろう。負けじと言い返す。


 「お、おれは悪くない!そこにいたリディアと、リディアを守ったお前が悪……」

 「おだまりなさい!」


 ぴぇっ。

 ジークに向けられた言葉だというのに、私もついついおだまってしまう。ジークはおだまるどころか涙目だ。

 エミリアは頭を抱えていた。


 「あなたはいつもいつも、自分勝手に行動してっ。ですが私だけに累が及ぶのであれば構わないと、思っていました。でも、ダメです。おねえさまに被害が及ぶのは我慢なりません。私は黙ってはいられません!」


 え。ちょっとガチで惚れそうなくらいに、エミリアがかっこいいんだけど。

 彼女は言い放つと、自分がはじきとばしたはさみを拾った。

 そして、そのはさみで、ばっさりと前髪を切る。


 え、えぇぇー。

 あまりの出来事に、私とジークは目を丸くするばかり。

 

 「私はもうあなたの知っている、泣き虫の引っ込み思案な、ジーク様に守ってもらうような女の子ではありません。あなたの指図は受けず、自分の意思で行動します」

 

 言い放ったエミリアの緑と金の瞳はキラキラと輝いていた。

 と、とってもかっこいい。


 さすがのジークも泣いているんじゃ?

 そう思い私は、ジークを見た。見たんだけど… あれ?

 ジークは泣いておらず、むしろ頬が桃色に染まっていて…… あれれ?


 不意に脳裏に浮かんだのは、「いつ君」で語られるジークの好きなタイプ。


 

 自分の意見をはっきりと言える、他人に流されない女。

 


 もう一度ジークを見る。彼は頬を染めて一人の少女、エミリアを見ていた。

 あれれれれー?



//////☆


 八つ当たりで凶器を投げたジーク。その凶器をお道具箱に仕舞うのを忘れていた私。

 神父様の鬼のような説教が終わったときにはもう日が暮れていた。日が暮れるどころかお星さまが出ていた。

 さっさとご飯食べて寝よう。

 そう思い私は食堂にむかい歩き出す。が、腕をつかまれた。


 「待て。話がある」


 この場で私の腕をつかむ人物なんて当然ジークしかいない。暗闇で美少女の腕をつかむな叫ぶぞ。とまあ、冗談はこれくらいにして。

 暗いせいでジークがどんな表情をしているかわからない。

 でもその声が真剣なのはわかった。

 彼に手を引かれるまま私たちは無人の部屋へと入る。


 「で、話って何よ?」


 言いながら私は部屋の照明をつける電気を探した。壁に触れて歩いていく。そうしていけば電気のスイッチに手が触れるからだ。


 「お前、おれの友達だよな」

 「そうねー。世話のかかる友達ねー」

 

 しばらく歩いたところで、手のひらに固くて小さなものが触れた。スイッチだ。

 私はカチッとそれを押した。


 「なら、エミリアをおれに惚れさせる方法を教えろ!力を貸せ!」


 電気が付いたとき、私の目の前にはジークの真剣な顔。

 ぎょっとするよね。だってまさか目の前にいるとは思わないじゃん。

 だから条件反射でその整った顔に鉄拳をぶち込んでしまった私は悪くないと思う。


 「いってぇぇぇ!おまっ、なにしやがる!?」

 「いやいや、だって目の前に顔あるし。それに、力を貸せって…はあ?」

 「なんだよ。文句あるのかよ」

 「いや、だって…」


 ジークって実はエミリアのことが好きなんじゃないかとは思っていた。だけれども、惚れさせる方法を教えろという言い方が引っかかったのだ。好きな女の子を振り向かせる手伝いをしてほしいって感じの雰囲気ではないよね?


 「えーと、ジークはエミリアのこと、好きなんだよね?」


 私はジークに確認した。が、


 「は、はあ?ちっ、ちがう!おれはな、負けっぱなしは嫌なんだよ。だからあいつをおれに惚れさせて、ぎゃふんと言わせるんだ!」


 そんな強気なことを言う彼の顔は髪の色よりも赤くて……うん。


 「エミリアに好いてもらいたいなら、まずはその性格どうにかしなさいよ」

 「なんでおれがあいつのために、自分の性格変えなくちゃならないんだよ」

 「ああ、はい。じゃああんたと友達やめるので、ちがう人にアドバイスもらってください」

 「なんでだ!?おれとお前は友人だ!決定事項だ!もう変えられない!」

 「変えれます。あんたの性格を変えれるように、変えれるんですぅ」


 話にならない。

 自分の気持ちを認められないようでは、エミリアは絶対に振り向いてくれない。

 私は食堂に行こうと部屋を出た。

 が、出る直前にジークに手をつかまれる。


 「もーしつこ…い!?」


 振り返った私はジークを見て驚きに声が出なかった。なんと彼は深々と頭を下げていたのだ。

 もう一度言おう。あの、俺様で、我儘で、プライドが高いジークが、私に頭を下げていたのだ。


 「頼む。協力してくれ」

 「…ガチで?」

 「ガチで、頼む」


 認めはしないものの、ジークが本気の本気でエミリアのことが好きだということはわかった。

 ケガの手当てのときもエミリアに対し申し訳なさそうにソワソワしていたし、終始エミリアのそばにいたし、神父様に怒られているときも頬を桃色に染めて上の空だったし(たぶんエミリアのこと考えていたんでしょうね)。


 ただ、問題はエミリアだ。


 今日の出来事のせいで?おかげで?エミリアはだいぶ変わった。

 まあ目に見えるところでは容姿が変わったよね。眉毛より上のラインに切ってしまった前髪のおかげで、愛らしい顔が見えるようになった。今の髪型では隠していた瞳が見えてしまうが、彼女は堂々としていた。その瞳からは強い意志を感じられ、かわいいよりも美しいが似合う女の子になった。アルトもソラも他のみんなも、変貌したエミリアにびっくりしてたよ。


 まあ性格は変わっていないエミリアはいつものように、おねえさまと私に笑いかけてくれて他のみんなにもやさしく穏やかに話しかけていた。むしろ以前より明るく笑うようになった感じ。神父様に連行されながら(説教のため)見たのよ。かわいかったなぁ。


 ただ、一人だけ。

 ジークに対してだけ、接し方が変わった。そりゃもうかなり変わったよ。


 けがの手当てをしてもらっているとき、申し訳なさそうにエミリアを見るジークに対し、「自分の非を認めて謝ってください」と一蹴。まだ謝っていなかったのかよ、ジーク。


 エミリアをじっと見つめるジークに対し、「なぜ私を見ているのですか?そういえばおねえさまを巻き込んだこと、謝ったのですか?」と一蹴。そういえばまだ謝られていなかったよ、ジーク。


 神父様に怒られていたジーク(神父様説教中だがジーク上の空)をたまたま目撃したのでしょう。「ジーク様!あなたは今神父様の貴重な時間を奪っているのですよ!おねえさままで巻き込んで…それだというのに、まぬけな顔をして、恥ずかしいです!しゃんとしてください!おねえさま、神父様、迷惑をかけてしまい申し訳ありませんっ」とロケットパンチ。ちょっとジークがかわいそうだから、もうやめてあげてエミリア…。

 

 あのときのジークの顔は忘れられない。正論なので言い返すこともできず、彼は静かに灰になった。神父様もさすがに同情してた。

 エミリアはとにかくジークに対して、厳しく接し、なにより叱るようになった。


 ジークがエミリアへの恋心をもっと早く自覚していればよかったのになと私は思う。そうすれば両想いだったのに。

 きっと今はもうエミリアはジークのこと好きじゃないと思う。だって好きな人に、ズバズバものを言える?自分本位な罵声を浴びせられて愛も冷めたんだろうね。だからジークへの態度が変わったんじゃないかな。

 

 でもジークは俺様な自分を捻じ曲げてまで、私にこうしてお願いをしている。本気でエミリアのことが好きなんだ。

 そう思うと、なんだかなぁって感じで。


 「う、うぅん…わかった。できる限り、力にはなるよ」

 

 少しくらい力を貸してもいいかも。なによりこの状況、断り切れない。だから顔をあげて?と私はジークの肩に手を置いた。

 そうしたら顔をあげたジークの満面の笑みにぎょっとする間もなく、私の目の前には紺色のシャツが。ぐへっ。


 「ありがとうっ。お前はやっぱりいいやつだな!」


 私は感極まったジークに抱きしめられていた。

 痛い。私を抱きしめる力が強すぎて、痛い。なんだよお前。心の友よとか言うキャラだったのか?

 ていうかこんなに喜ばれたら、困るんだけど。


 「ちょ、たしかに私はジークの力にはなるよ!でもエミリアの気持ちを捻じ曲げるような手伝いはしない!アドバイスするだけ!そこんところわかってる!?」

 「それでかまわない!ありがとうなっ!さすがリディアだ!」

 「ぐへっ」


 未来でのジークルートと、エミリア悪役のフラグは完全に折られたわけだけど…ジークのハグが強すぎて、バカ力すぎて、ここで死亡し…そ……う。


 「ん?リディア?目をつぶってどうした?眠ったのかー?」


 安請け合いはするもんじゃない。

 ジークの恋の手伝いを了承したせいで、近い未来も遠い未来も困ったことになるなんて、ていうかもうさっそく困ったことが起きてしまっているなんて気づかずに、私は意識を手放したのだった。




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