22.その瞳は宝石のよう(1)
部屋を替えてから2日たった現在、私は落ち込んでいた。なぜって?
悪役さよなら計画のために自己肯定感をあげよう、エミリア褒めよう。そう決めた私であったが、ぜんっぜん褒めることができていなかったのだ。
友達としての仲は好調だと思う。
毎日、友人として楽しくおしゃべりをするからね。
だがこの楽しいおしゃべりのせいで、褒めるということをついつい忘れてしまうのだ。で、あとになって今日もほめられなかったと反省をする。でもおしゃべりが楽しいとまた褒めることを忘れてしまう。で、気づいて落ち込む。負のループだ。
そしてもう1つ、落ち込む理由があって。
それは……
「お前こんなこともわからないのか?」
「予想を裏切らないよな、リディアって」
「うっせー!計算問題ならできるわぁ!ムキャー!」
「いや、計算ができたとしてもこの国の歴史を知らないほうがやばいから」
「なんだよ、サルのまねか?ちょ、引っ掻くな!」
私の学力のこと。
孤児院では週に2回のペースで、勉強をする時間が設けられている。
今まで取り組んできた勉強内容は主に計算問題。あとは漢字の読み書きなど。ちなみに「いつ君」は日本で作られたゲームなので、この世界の言語は共通して日本語である。
お忘れかもしれないが私の精神年齢は20歳だ。前世は現役大学生だ。つまり計算問題も漢字の読み書きもおちゃのこさいさい。アルトやソラ、ジーク、エミリアの王族チームと同じく、私は頭がいいチームとして勉強が少し苦手な子供たちに小さな先生として教えていた。
しかし今日から勉強する科目が変わった。
その科目は、歴史。
私は当然、この国っていうか世界の歴史なんて知るはずもなく。結論から言っていっきに落ちぶれた。先生が学年最下位の生徒になりました。
「せめてここはわかるだろ?歌で覚えるところだ。知らない奴なんているわけがない。え。ほんとうにわからないのか?お前以外のやつ全員わかるんだぞ?とりあえず歌ってみろ…うわ、すごい音痴だな。大丈夫か?」
ソラは不思議な顔を通り越して心配そうに私を見る。
「ううううわぁーん、バカぁ!音痴じゃないわ!」
「いたた!思いっきり殴るなよ!」
ここで重大なことを、カミングアウトする。さきほどソラは知らない奴なんているわけがないと言った。しかし私は知らない!
だって、無いんだもん。
前世の記憶が戻ったとき以降の記憶――6歳以前の記憶が、私には無いんだもん!!
頭抱えますよねぇ。大泣きしますよねぇ。
つまり現在の私は、純安未果なのだ。
リディアの両親の顔もわからないし(わかるのは安未果のときの親)、一番古い記憶もわからない(安未果の時の一番古い記憶は3歳の記憶だ。悪ガキに人形をとられたので殴ったら怒られた記憶)。
どうしてこの孤児院にいるのかもわからない。
なぜ今までこのことに気が付かなかったのか不思議でならないよ。ていうか前世の記憶を取り戻したことで今世の記憶を失うとか。ため息しか出ない。
今のところ歴史がわからないことくらいしか困ったことはないから記憶がなくてもいいのだけれど、なんか思うところはあるよね。
「だから私に歴史の話をするなぁ!お前らのやっていることは、傷口に塩を刷り込ませているようなものなんだよ!」
「だから殴るな!八つ当たり反対!」
「おいおれまで殴るな!八つ当たり反対!」
私はソラとジークに向かってぐるぐる腕を振り回しぶつける。が、その手を止める人がいた。アルトとエミリアだ。
「リディア落ち着いて。歴史が全く分からないのと音痴だってことはわかったから。一緒に勉強していこう?」
猫かぶり笑顔でアルトは私を励ます。
言っとくけどその言葉で元気づけられる私でもないし、奮い立たせられる私でもないからな!?むしろ火に油だ。
「歴史はわからないけど、音痴ではないわ!」
「おっと」
アルトに肩パンする。躱された。ムキー!ウキャ―!
怒りのせいでもはや半分サルと化しはじめた。なになに?アルトが何か言っているよ?サルになったリディアもかわいいって?嘘こけ~っ!
「お、おねえさま。中の下の実力しかない私ですが、おねえさまの歴史の勉強のお手伝いをさせてくださいっ」
サルと化してしまった哀れな人間を救うのは、純粋なお姫様のやさしさだ。
「うわーん。エミリア大好き。教えてー」
「ちょっと、僕は!?」
「アルトは純粋なお姫様じゃないからダメ。むしろ私をサルにした悪い魔女だ!」
「はあ?」
そんな目で見ないでください、アルト君。自分でも支離滅裂な日本語だということはわかっている。だが仕方がないじゃないか、それが私なのだ。
「それじゃあエミリア!さっそく教えてください!」
アルトはほどよく無視して、エミリアに教えを乞うことにした。
こういう時は速やかに話の流れを変えよう。時間ももったいないことですし。
「えぇっと、そ、それではまず、おねえさまがどれくらい歴史について知っているか確認をするために質問をさせてくださいっ。この世界の始まりの話は知っていますか?」
この世界の始まりの話。
これはゲームに出てきたから覚えている。
「うん。たしか…この世界は、神、精霊、人の3種族によってつくられた。神は人と精霊に命を与え、人と精霊は神に祈りを与え、人と精霊は互いに仕事を与えた、これによりこの世界は誕生した……だよね?」
「はい。その通りです!」
さすがですおねえさま!とエミリアが褒めたたえてくれるのに対し、「なんでこれはわかるのに、歌が分からないんだ?」とジークが首をかしげるので一発殴っておいた。
今は褒めて伸ばすブームなんだよ。一言余計はいつの時代も流行しません。
「今は文化の繁栄により精霊と人との間で仕事を与え合うことはなくなりましたが、このようにして世界は始まりました」
「で、この始まりの話に伴って、海がどうしてできたのかの海洋説、陸がどうしてできたのかの陸説とかもあるんだよね。リディア、それはわかる?」
復活したアルトも教師に加わった。
もちろんそんな細かいところまでゲームに出てくるわけがない。私は答える代わりに2人から目をそらす。
「うん、わかんないんだね。遊び歌でけっこう出てくると思うんだけど…」
「うぅぅ~っ」
「わー、待て待て殴るなよ!?殴るなよっ!?」
「ていうかなんで関係ないおれたちが殴られるんだよっ」
私が震えながら拳を向けたソラとジークを庇うように、アルトとエミリアが間に割り込む。
「だ、大丈夫ですよ、おねえさま!今から覚えればいいのですから!」
「太陽説だったら覚えやすいと思うよ?」
太陽説。なんだかかっこいいひびきだ。
私は単純なのですぐに機嫌がよくなる。
「太陽説ってどんなの?」
アルトに問うと彼はうれしそうに笑った。ちなみに彼はなぜかどや顔しながらエミリアを見ていた。
「よくわかんないけど、早く説明して」
「ん?あぁ、簡単だよ。『金の髪の者あらわりて、数多の光の願い受け、希望を作りたり』これが太陽説」
呪文かな?
「えっとぉ。もしかして、そういう説がいっぱいあるわけ?」
「ああ。百くらいはあるんじゃないのか?」
ひ、百?ソラの何とでもないような一言に、絶句する。
「もしかして、それ全部覚えるの?」
「当たり前だろ。この世界に生きる者なら義務として必ず覚えなくちゃいけない」
ソラは何言ってんだ?と私を見るが、いやいや、当たり前じゃないから。むしろ私の方が何言ってんだ?とソラを見たい。ていうか見てる。
そんなことしたら私確実に死ぬんですけど?
「私さっきの太陽説の意味もよくわからないのに、覚えられっこないよっ」
そしたらアルト、ソラ、ジークの3人からものすごい勢いで見られた。
な、なんだよ。
「え。本気で分からないの?」
「兄様が言った通りの意味だぞ?ほら、教科書にも書いてある」
ソラが指さすのは百人一首的なポジションで書かれている、太陽説とその他もろもろの説たち。もちろん解説なんて一切ない。そのため結局意味が分からない。意味が分からないから覚えられない。
「わかんないから!?」
「大丈夫かお前?」
締めにジークから心配されるという屈辱。
これだから天才どもはよぉ。おたくらより頭の出来が悪くてすみませんね!私は八つ当たりをするべく拳を握る。ソラとジークが怯える。そんな私…というかソラとジークを救ってくれたのは、
「お、おねえさま。私でよければ、解説します!」
「エミリアぁぁぁ~」
私の天使だ。
ソラは今日だけ私の天使、クビ!
「いやいや、エミリアには無理だろ。おれより頭悪いぞ?」
「いいのよ!エミリアはジークよりはやさしいんだから!」
それに頭が悪いと言っても、どうせジークに比べたらということだろう?少なくとも私よりは頭がいい。
「だからいいんですぅー。エミリア先生、お願いします」
「は、はいっ。えぇと、おねえさまは小説がお好きですよね?」
「うん、好き」
「それではこれらの説は、一つの物語だと思って覚えるのがよろしいかと存じます。そのほうがおねえさまは楽しいですし、きっと記憶に残ります」
「おぉぉ!」
その手があったのか。
私の普段の性格から覚え方まで教えてくれるとは、さすがである。
アルトがなぜかエミリアに対し黒いオーラを放っている気がするが、気にしないでおこう。なにかあってもきっとソラが止める。
「さっそく太陽説の解説をさせていただきますね。想像しながら聞いていてください。文献によりますと、最初の『金の髪の者』これは、太陽の神様のことです。『あらわりて』は、この世界に来たということ。『数多の光の願い受け』おそらく人間や精霊の方々の願いを受けて、『希望をつくりたり』彼らの希望である太陽をつくった…ということになります」
要約すると、太陽の神様がこの世界に来て、人間や精霊のお願い聞いて太陽を作ってくれたってことだ。
どうでしょうか?と、エミリアは不安そうに私を見る。どうでしょうかもなにも、現在進行形で、私は感嘆の息が漏れまくりだ。察してくれ。
「すごいとしか言いようがないよっ。すっごく、わかりやすい!エミリア天才。もっと胸を張って!絶対に歴史の先生になれる!」
「そ、そんな大げさですっ」
「大げさなんかじゃないよ!」
エミリアの説明はほんとうにわかりやすかった。
勉強が大嫌いな私だが、これなら覚えられると思った。
すると私の髪の毛をむんずりとつかみひっぱる手が。
「おい、おれの方が天才だ!」
思った通りジークだった。
「エミリア!お前、ポンコツなんだから、こいつに褒められたくらいで調子に乗るなよ」
「は、はい。それはもちろん、わわかっています」
謙遜するもどこかうれしそうだったエミリアだが、ジークの言葉を聞いてすっかり肩を落としてしまった。言葉にも覇気がない。
「ちょっと、あんたのせいでエミリア落ち込んじゃったじゃない!ポンコツじゃないのにどうして嘘言うのよ」
「はっ。真実を言ったまでだ。お前こそ、嘘を言ってエミリアをつけあがらせるな」
「はあ?なによそれ。嘘なんかついてないし!ていうか、いいかげん手を離せ!」
「やーだねっ」
実はジークのやつ、ずっと私の髪をひっぱったままなのだ。彼はいじめっ子よろしく、ニヤリと笑う。そんな彼を見て私はあきれ顔だ。
ジークってほんとうにバカだと思う。どうして学習しないのかな?まあ彼を見て呆れるというよりも、彼の後ろに立つ般若のような顔をした人を見たから呆れてるんだけど。
「なんだよその顔…いだだだっ。バカ野郎!」
「バカヤロウ?だれかな、それ?」
「お前だよ!バカアル…いだだだ!」
髪の毛を引っ張る痛みがなくなったと思ったら、般若…いえいえ、アルトがジークの腕をひねっていた。
いつか見た光景だ。前も私の髪をひっぱったときにジークはアルトから制裁を受けていたのに、それで学ばないとかほんとバカだな。私はアルトの友達ポジションだから、ソラの次にアルトに守ってもらえるんだよ?
「彼女からさっさと手を離して。汚れる。ちなみにだけどリディア、ジークなんかより僕のほうが天才だから」
「もう手を離してるだろ!?」
「ああ。そういえばそんな話してたねー。アルト、天才天才~」
「あ、当たり前でしょ?」
「いや、なに自分からふっておいて照れてんだよ。ていうか、人の手をねじりながら照れんなよ!いいかげん手を離せぇ!」
「お前ただのバカかと思ってたけど、ツッコミできるんだな」
「感心する暇があるなら、自分の兄貴を止めろ!?」
騒がしくなってきたのでここらへんで私は会話から離脱し、ジークの言葉に今も落ち込んでいるエミリアの元へ駆け寄った。
ポンコツなんかじゃないのにね。こんなときのエミリアはいくらジークの言葉を否定しても聞く耳を持たないので、話を変えるのが一番だ。
「エミリアはなんの説が好きなの?次はエミリアが好きな説を覚えたいな~」
「えぇっと……」
「リディア。僕が好きな説は、太陽説なんだ。1番に覚えてくれてうれしい」
「はいはい。アルトー、ちょっと今は入ってこないで。もうちょっとジークと遊んでて」
「仕方ないな…」
「ちょ、やめ…ぎゃー」
「で、エミリアはなんの説が好きなの?」
ジークの叫び声が聞こえないように私は声を張る。
「私は……えっと、草説が、好きです」
エミリアが少し恥ずかしげに目を伏せた。
よほど草説が好きなんだね。大好きなジークのヘルプにも気づいていない。まあ私がジークのヘルプが見えない位置に座っているというのもあるんだろうけど。
「それでそれで?草説ってどんな内容なの?」
「は、はい。『精霊と人の祈りに応え、金色の獣、この地に舞い降りたり。遠吠えしたりて、若草の世界つくられり』……です」
エミリアの解説によると言葉の通り、……精霊と人の祈りに応えて、金色の獣が神の世界から、この世界に降りてきた、獣が遠吠えをすると、辺り一面に若草色の草が生い茂り、精霊と人はとても喜んだ……ってことらしい。
「かっこいいね」
「そう言っていただけて、う、うれしいです」
頬を染めるエミリアだが、なぜだろう。どこか心ここにあらずで、そわそわしているように見えた。そこで気が付いた。エミリアは私を見ているというより、私の後ろを見ていた。
ちらっと後ろを見ると、私の背後にはアルトにしぼられてぜぇぜぇ息を荒くしているジークがいた。あらら?もう一度エミリアを見ると、彼女は少し期待を込めた様子でジークを見ている。あららららん?
これはいったいどういうことだろうか?
もしかしてエミリアが草説を好きな理由にジークが関係しているとか?
首を傾げているとエミリアの視線に気づいたのかジークがこちらを見た。その目は疲れているものの、いつになく真剣で……
「お、おい。リディア、勉強飽きた。遊ぶぞ(アルトから逃げるぞ)!」
違った。真剣に助けを求めていただけだった。
「検討しておきます」
「なに言ってんだ?お前に拒否権なんかあるわけないだろ?」
「じゃあ誘うなよ!?」
私はジークにひきずられ、遊び場へと強制送還されてしまった。
「ちょっと。待ちなよ」
「ちょ、兄様っ」
そしてそのあとをアルトとソラが追いかける。
ジークに引きずられ勉強部屋を出る直前、しょんぼりと肩を落とすエミリアの姿が見えた。
////////☆
「エミリア!」
「ふわぁっ」
花壇で静かにお花を見ていたエミリアの背後に立ち、わ!と驚かすと彼女はかわいらしく悲鳴を上げた。驚かしたのが私であると気が付いて、エミリアはさらに驚く。
「え。おねえさまっ。ジーク様たちと遊んでいたのではないのですか?」
「撒いてきたっ!」
「えぇっ」
勉強の後、私は問答無用でジークに引きずられてしまったが、私たちに追いついたアルト(当然)がジークの腕をひねってくれたのだ。おかげで私は自由の身。しょんぼりしていたエミリアが心配だったため、エミリアを探しに来たという訳だ。
「どうして撒いたりしたのですか?私といるより、ジーク様たちと遊んでいたほうが絶対に楽しいのに…。私…ポンコツですし」
エミリアはまたそんなことを言う。
せっかく前よりネガティブなことを言わなくなっていたのに。ジークのせいだぞ。
「私はね、エミリアが心配だったから探しに来たんだよ。エミリア、落ち込んでたでしょ?」
エミリアは驚いたように縦揺れして、ゆっくりと諦めるようにうなずいた。
「さすがです、おねえさま。まさかお気づきになられていたなんて……」
「ふふん。もっと褒めてくれてかまわないのよ~。草説の解説終わったあとエミリア、ジークのことを期待した顔で見てたでしょ?」
「……そこまで見られていたなんてっ。その、草説は、私とジーク様の思い出というか。もうジーク様はお忘れになっているのでしょうけど、私にとってはすごく大切な思い出で…」
エミリアは恥ずかしいのか両手で顔を覆ってしまう。
ほう。あの草説が。
そのしぐさと発言が、私の中の内なるゴシップ魂をうずかせる。
「ほうほう、大切な思い出とは?」
「あ…ぅ、えっと」
「白状しちまえよ~。ほ~ら、ほら!」
「えぇっと、ジーク様は、私を…草説のようだと言ってくださったのですっ。エミリアの説話だな、と…」
エミリアはうれしそうに「きゃっ」と、頬染めた。
うん。かわいい。ほっこりとした気持ちになる。
だが残念なことに全く共感ができない。草説みたいって言われてどうして頬を染めるの?そもそも草説のどこがエミリアみたいなんだ?
あれは、獣が吠えて草生える話である。吠えて花畑になるとかならまだエミリアっぽいけど。草が生えるだけ。え?
怪訝な顔をする私に気が付かないくらい、エミリアはその思いでが大事なようだ。うっとりと自分の思い出に浸っている。まあエミリアが幸せそうだからいいか。
エミリアを落ち込ませるのも、立ち直らせるのも、結局はジークなのだ。友人としてはちょっとジークに嫉妬しちゃうねー。
少し心が荒んだ、そのときだった。
ブワァッと、大きな風が吹いた。強い風だ。
「きゃあっ」
「うわぁっ」
エミリアが女の子らしく叫ぶのに対して、私はなんて品のない叫び声。だってしょうがないじゃないか。私はヒロインじゃない。純安未果なんだもんっ。
風は意外にもまだ吹き止まない。むしろ先ほどよりも、どんどん強くなってきた。
「なんなのよこれ~」
「た、竜巻でしょうか!?」
ワンピースのスカートがめくりあがらないよう抑えるのに必死で、私たちの髪の毛はボサボサだ。女子にあるまじき屈辱。だが風が強すぎてとてもじゃないが髪にまで手が回らない。エミリアも私と同様にスカートを一生懸命抑えている。
「もう、最あ…」
が、次の瞬間、エミリアのスカートが大きくめくれ上がった。
「あ……」
「きゃあぁぁっ」
エミリアの叫び声にハッと我に返った。彼女に恥をかかせるわけにはいかない。
混乱しながらも急いで顔を上げる。見てませんよ。急いで顔上げたからね、絶対に見てない。桃色のパンツなんて見てません。
しかし私の煩悩は、顔を上げたことで見えたあるものにより、きれいさっぱり浄化された。
私が顔を上げた瞬間、ワックスで固められたの如く一度も乱れたことがなかったエミリアの分厚い前髪が、風で浮かびあがったのだ。
わ……。
当然、その前髪の奥に隠れていたものが姿を現す。
私の視界がとらえたのは、愛らしい、美しい女の子だった。
右が緑で左が金色のオッドアイ。恥ずかしさからかその美しい瞳を潤ませる。それがエミリアの素顔だった。
「わぁぁっ。きれいっ」
思わずこぼれた言葉に、エミリアが怯えるように青ざめた。
私は首を傾げる。どうしてそんな顔をするんだろう?きれいだって言われたら普通喜ばない?
意外な反応に驚いていると風はいつのまにやらやんでいた。さっきまでビュービューだったくせに!?
そのすきにエミリアは速やかに髪をセッティングし直し、顔を隠してしまった。
「そんな、隠そうとしな…」
「ご、ごごごめんなさいっ。お見苦しいものを見せてしまって…ほんとうに、こんな醜いものを、おねえさまに見せてしまうなんて。ごめんなさい!」
私の言葉をさえぎってエミリアが謝罪した。
今まで見たことがないくらに慌てた、今にも泣きそうなエミリアの様子に私は唖然とする。いつものかわいらしい慌て方じゃない。なにかを恐れているような、アルトがクモを見たときと同じくらいに切迫した病的な慌て方だった。
「えっ。ど…どうして?醜いだなんて、そんな…」
「気持ち悪いです。瞳の色が左右で違うなんて…この目は呪われているんです」
呪われている?少なくともジークルートでのエミリア悪役無双の際に、「呪いの瞳の災いを受けろ!」とか言われてバッドエンドを迎えたことは1度もない。だからエミリアの瞳は呪われているわけではないと思うのだけれど。
まあ、とりあえず…
「私はきれいだと思うよ?」
「嘘です」
もう一度言ったら即答された。
「ベリーキュートだよ?」
「嘘です」
自身の美をたたえる表現が気にくわないという訳でもなかったようだ。
ポンコツな私は彼女がどうしてそんなにも否定をするのかわからないが、エミリアは自分の顔が、特に瞳がひどく醜いと思い込んでいる。
美人さんだし、かわいいのに。
思い込んでしまっているのは仕方がないとして、せめて私がお世辞できれいだと言っているわけではないことを知ってもらいたい。
「うーんとね、私思うんだよね。人それぞれ相手のどこに魅力を感じるかは違うって。痩せている人を魅力的って思う人もいれば、ふくよかな人を素敵だって思う人がいるでしょ?」
突然意味の分からないことを言い始めた私に訝し気な眼を向けるものの、エミリアはうなずいた。
「私はエミリアの顔が…瞳が、とーっても素敵だなって思うの」
私の言葉にエミリアはピクッと反応する。
「きっとエミリアと考え方が違うんだと思う。エミリアからしてみれば、私は変わった人間だ」
変わった人間ってなんなんだろう。
自分で言っておいてなんだが、日本語がおかしい気がする。
「つまりえっと…なんていうかさ、私が言いたいのはね、エミリアが私には、すっごくきれいに見えるよってことなんだ。嘘をついてるとか、気を遣ってるとかじゃなくて。キラキラしてて、宝石みたい!」
しどろもどろになってしまった。だがエミリアなら私の言っていることをうまくくみ取ってくれているはず。き、きっと!
半ば懇願する気持ちで顔を上げた私は、唖然とする。
「……うぅっ…」
エミリアが泣いていた。
ホロホロと、輝く粒が零れ落ちる。
「え、えぇぇ!?どうしたの?なんで泣いてるの?私が自分の考えを押し付けちゃったから!?」
いつも慌てるのはエミリアなのに、私はひどく動揺してしまった。だってエミリアが泣く姿なんてはじめて見たんだもん。
慌てふためく私を落ち着かせるためなのか、エミリアがそっと私の手に触れた。
「ちがいますっ…謝らないで、くださいっ」
「でも…」
「……私はっ…やはり、自分の顔を気持ち悪いと、醜いと…思います。誰に何を言われても、これは…絶対に変わりません」
とぎれとぎれに彼女は言う。
そうか。やっぱりエミリアは自分の顔をきれいだと思えないんだね。なんだか少し落ち込んでしまう。が、
「でもっ」
エミリアの大きな声に、うつむきかけた顔を急いであげた。
彼女はまっすぐ私を見ていた。
「おねえさまが、私をきれいだと言ってくださって……嫌な気持ちにはならなかったんです。うれしかったです。おねえさまもやっぱり、変わった方なのですね。うふふ」
さっきと同じく、強い風が吹いた。
またエミリアの前髪が浮かび上がる。
だけど今度は隠さなかった。かといって慌てることもしない。
エミリアはまぶしいくらいの笑顔を浮かべていた。
結論。前髪で顔が隠れていても隠れてなくても、エミリアは、超絶かわいい。
私が男だったら惚れてるね!
更新が遅くなってしまい、申し訳ないです。当初書いていた22話のリディアが、女たらしのイケメンになってしまい(笑)、内容を大幅変更していたために遅れました。
ちなみにエミリアのスカートがめくれリディアは赤面しますが、別にパンツが見慣れてないわけではありません。お風呂なんて大浴場ですし、女の子のパンツなんて見飽きるほど見ています。ですがリディアはバカなのでなんか赤面しちゃうんですね。
※男の子のパンツを見たとしてもリディアは赤面しません。むしろ見られた男の子たちが赤面します。きっと見られたとき一番叫び声とリアクションが大きいのはソラです。




