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20.幸せとはなにげない日常。


 「おい待て!」


 もうすぐ花壇に着く。そんなときにその声は後方から聞こえた。

 足を止め声の主を見て驚いた。


 「え。ジークっ!?」

 「なんでそんなに驚いてんだよ。ほら、ん」


 ジークがこちらへ歩いてくると、その手に持っていたクッキーの入った袋を私に押し付けた。ん。ってお前はカ〇タか。


 「なに?毒見しろってこと?後でもいい?」

 「ちがうわ!」


 怒られた。かわいそうなリディアちゃん。

 ジークは苛立ったように自分の頭をかく。なんなんだ、こいつは。とりあえず押し付けられたクッキーを見てみるが、うん。ふつうのクッキーだ。にんじんの形のかわいいクッキー。


 「お前がエミリアのところに行くってアオ兄ちゃんから聞いたんだよ。で、エミリアの好物はそのニンジンクッキー」

 「へー。そうなんだ」

 「これを餌にエミリアを釣れ。お前にやる……なんだよ、その顔は」


 私のあんぐりと口を開けた顔を見て、ジークは怪訝に眉を顰めた。

 いや、だってふつうに驚くでしょ。


 「ジークって気を遣えたんだ」

 「おまっ、おれをなんだと思って。やっぱり返せそれ!」

 「うわわ、ダメダメ!」


 クッキーを奪われそうになったので、私は急いでクッキーを自分の胸に抱きこむよ。

 そんな私を見てジークはふんっと鼻を鳴らす。


 「お前にはそのクッキーでエミリアを元に戻してもらわないと困るからな」

 「元に戻すって?」

 「あいつ、最近様子がおかしいんだよ。部屋でもどこでも申し訳なさそうにしている。どうしたんだ?っておれが聞いてやってもはぐらかす。あいつの調子がおかしいとおれの調子までおかしくなるんだよ」

 「エミリアの様子がおかしいってどういう…」

 「一度エミリアにお前のことが嫌いかって聞いたことがある」

 「え!?」

 「あいつはお前のことを嫌ってはいないと思う。だから胸を張れ、堂々としろ。それであいつを元に戻せ」 


 悪い意味で心拍数をあげていた私だったけど、彼の口から放たれた言葉は意外なもので…


 「もしかして、励ましてくれてるの?」

 「そうだ」

 「いいところあるじゃない」


 ポロッと口から出た言葉を聞いてジークがドヤ顔で笑う。


 「当たり前だろ?おれにはいいところしかない」

 「あんたのそういうところ嫌いじゃないよ」

 「わざわざ言わなくたって、お前がおれのこと大好きだってことはわかってる」

 「ハハハ。全くわかってないよ?」

 「いいから。さっさといけ」


 ジークは思い切り私の背中をはたいた。

 うん、人の話を聞かないところとその遠慮のないバカ力は嫌いだよ。でも、


 「ありがとね!」


 ヒリヒリする背中をさすりながら私は花壇へと向かった。

 そして彼女を見つけた。


 そよそよとやさしい風が吹く中で、エミリアは真っ白なマーガレットを見つめていた。

 いつもならすぐに見つかって逃げられているところだが、不思議なことにエミリアは私の存在に気づいていない。4人のエールのおかげかな?


 「エ、エミリア。ちょっといいかな?」

 「リ、リディア様!?」


 私の姿をとらえるとエミリアは背を向け走り出そうとした。ちょ、エミリアぁああ!?

 に、逃がしてなるものか!私の体は勝手に動いていた。


 「待ってエミリアぁぁぁ!」


 ジークからもらったクッキーを手に取り、走り去ろうとするエミリアに向かって投げる。咄嗟の自分の行動に驚いたときにはもう、クッキーは宙を舞っていた。

 な、なにやってんだ自分~。

 投げたクッキーがエミリアの頭にぶつかってしまう。青ざめたときだ。


 「はっ。ニンジンクッキー!」


 エミリアがすさまじい勢いで振り返り、クッキーをキャッチしたのだ。

 は?

 で、むしゃむしゃ上品にクッキーを食べる。それはまるで猫じゃらしに食いつく猫のごとく。


 「……エミリアー。おいでー、クッキーここにまだまだあるよぉ」


 ガサガサとクッキーの入った袋を揺らせば、分厚い前髪の奥で見えないはずの目が光った気がした。ていうか、ふつう目は光らないよね!?

 そして次の瞬間には、エミリアが私の目の前にいた。はやっ。

 ジークはクッキーを餌にエミリアを捕まえろと言ったが…これ、ガチの餌だったんだ。

 とりあえず私は、近づいたエミリアの手を摑まえる。


 「つ、つっかまーえた」

 「あぁっ」


 エミリアは我にかえったようで青ざめた。

 さきほどの捕食者のような雰囲気はどこへやら。エミリアはいつものようにおろおろと震え始めていた。少し罪悪感。でもここで逃がしてあげるわけにはいかない。


 「あ、あのねエミリア。1つだけ質問に答えてほしいんだっ」


 答えてくれたら離してあげるから。そう懇願するとエミリアの震えはおさまった。


 「正直に答えてほしいの。……私、迷惑かな?」

 「へ?」

 

 いざ口に出すと怖くなってくる。

 だけどこれは聞かなければならないことだった。


 「私エミリアと友達になりたくて、ずっと追いかけてきた。でもエミリアずっと逃げてたよね。迷惑だったのかなって思ったの。私、自分では気づかないけど、わがままらしくって。こんな私が苦手な人も中にいるって教えてもらって、反省して。もし迷惑だったならもうエミリアには近づかない。だから教えてほし……」

 「迷惑だなんて、有り得ません!」


 私の言葉はエミリアによってさえぎられた。

 力強い意志を持った声。エミリアは首を横に振っていた。

 私が掴んでいたはずの手を、いつのまにかエミリアが力強く握りしめていた。


 「迷惑じゃないですっ。ほんとうに、迷惑なんかじゃなかったんです。うれしかったんですっ」

 「じゃあ、どうして逃げて…」

 「ごめんなさい。それは言えませんっ。でも、私の個人的な理由から、逃げてしまって…まさかリディア様をここまで傷つけているとは思いもしなくて…私は本当に、人様に迷惑をかけることしかできない…愚か者ですっ」

 

 震える声で、エミリアは言う。


 「……じゃあさ、弱みに付け込むような感じになるけど、私と友達になってくれる?」

 「も、もももちろんですっ。こんな私でよければ…むしろ、こんな私が友達でいいのでしょうか?」


 意外にもあっさりとエミリアは了承してくれた。


 「え。いや、エミリアと友達になりたかったからそれはいいんだけど」


 あんなに私から逃げていたのに、あっさり友達になっちゃっていいのだろうか。

 そんな私の疑問を読み取ったのかエミリアがうなずいた。


 「作戦を変更するので、大丈夫ですっ」

 「うん、まって。作戦ってなに?」

 「あの…友達になるにあたってリディア様のことを、お、おねえさまとお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 おろおろっとエミリアは私を見る。

 軽く話をそらされたけど、今はそれよりおねえさまの衝撃がでかい。鼻血出そう。


 「いいけど…なんで、おねえさま?」

 「うれしいですっ。ところでおねえさま、そのクッキーなのですが……」

 「えっと、これはジークがエミリアのためにくれたんだよ?これをやるから、エミリアを元に戻してくれって。あいつがおかしいと調子が狂うって」

 「ジーク様が、ですか……?」


 信じられなかったらしい。エミリアは少し考えて、笑顔でうなずいた。


 「…わかりました。愚図で間抜けで救いようのない私のために、嘘をついてくださっているのですね。おねえさまはほんとうに聖母様のような方ですわ。ありがとうございます」


 最終的に彼女は私が嘘をついていると判断したようだ。

 ジーク、あんた日頃どんな態度でエミリアに接してるんだよ。全く信じてもらえないって相当だぞ。


 「でも友達……、失礼ですが、おねえさまにはルルさんたちがいらっしゃいますよね?私のような地味で自信のないゴミのような人間と友達になって本当によろしいのでしょうか?これはなにかの罰ゲームですか?私、おねえさまのことを尊敬しているのでたとえ罰ゲームであったとしても怒ったりしません。むしろお困りごとがあるのでしたらお手伝いいたします!遠慮なくお申し付けくださいっ」


 待って。私がジークに同情している間に、話がおかしな方向へと進んでいるぞ?リディアちゃん顔が引き攣りまくりです。


 「いやいやいや、罰ゲームじゃないよ!?私はエミリアと仲良くなりたくて…」


 だがエミリアはさらに勘違いをしたらしい。

 分厚い前髪の中に手を入れ涙を拭っている。私も泣きたいー。


 「おねえさまは、嘘がお上手ですね。おやさしい嘘…私、好きです」

 「うぅーん、ちがうよエミリアー?あのね、こう見えて、私エミリア以外の女子の友達初めてできたんだよ?」

 「え?」

 

 まさかこんなところでカミングアウトするはめになるとは思いもよらなかったが、言葉の通り私には女子の友達がいなかった。男友達はいるのにねぇ。なんでだろ、ヒロインだから男友達だけでいいだろ的なやつ!?

 もちろん、楽しくおしゃべりはする女の子はいっぱいいるよ。

 しかしおそらく孤児院の女の子たちと私は友達ではない。まあ友達の定義がなんなのか、私にはよくわからないのでどうにも言えないが、友達と言えるものではないなぁと思っていたのだ。


 「…ルルちゃんはね、最近私といっぱい遊んでくれるけど。たぶん私と仲良くしたいわけじゃないと思うんだよね。ソラに焼きもちを焼いてほしくって私のところに来るんだ」


 仮にも女子だからかな?なんか気が付くのだ。

 ルルちゃんは私に話しかけながらもいつも誰かの視線を気にしている。たぶんその誰かがソラなのだと思う。

 

 「な、なるほど。おねえさまは女子の友達が欲しい。しかしこの孤児院にはおねえさまをダシに使うような方々しかいない。消去法で私に白羽の矢がたったということですね!」


 エミリアは力強くうなずいているが、待て待て。ちがう、ちがうぞっ。


 「ここの子たち、私をダシにつかってるわけじゃないからっ。それに私は他でもないエミリアだから友達になりたいって思ったんだからね!?」

 「…な、なぜですか?」


 エミリアは理解できないというふうに、首を傾げた。


 「前さ、ジークがバカをやらかしたときに、エミリア一人だけがジークのために発言してたじゃない?私は自分の保身ばっかりだったっていうかさ…」

 「でもおねえさまは、あのとき私をフォローしてくださいましたっ」

 「それはエミリアの姿を見たからだよ。あなたのおかげで、私も行動できた。そのときのエミリアがさ、かっこよくって、友達になりたいって思ったの」


 言葉にすると照れ臭い。もちろん悪役さよなら計画もエミリアと友達になりたい理由の一つにある。が、やはり1番の友達になりたい理由は、エミリアがかっこよくて尊敬できるからだ。

 友達になりたい理由、重すぎるかな?今エミリアはどんな顔をしているのか。どうせ前髪で見えないけれど見てみたい。私はそう思いエミリアを見て、唖然とした。


 「な、なにやってんの!?」


 エミリアは私の目の前でひざまずいていた。


 「おねえさま、改めて私のほうからお願いさせてください」

 「へ?」


 彼女は慣れた手つきで私の手を取り握りしめた。

 ちょ、ちょい待って。エミリアは女の子だが、ドキドキしてきたぞ。


 「愚図でまぬけで自分に自信がない人様に不快しか与えることのできない私ですが。どうか、私と友達になってください」

 「はっ…はい!もももちろんですとも!」


 私が激しく首を縦に振ると、花が咲いたようにエミリアの顔がほころんだ。

 か、かわいい。

 しかし、一見プロポーズのように聞こえるこのセリフ。どこかで聞いたことがある。私はエミリアのかわいさに癒されながらそんなことを思って……思い出した。


 ジークのイベントだ。

 たしか今のエミリアみたいに、ジークがひざまずいてヒロインに友達になってくれるか聞くのだ。普段は俺様で腹立つジークからの不意打ちの攻撃は、恋というものがよくわからない安未果をはじめとしたすべての「いつ君」プレイヤーの胸を撃ち抜いた。


 なんでエミリアがジークのイベントと似たようなことしてるんだ?

 たしかゲーム内のジークはここで、


 「おねえさまとジーク様は、私が一生おそばで支えます!お友達として!」


 と現在のエミリアが放った言葉ではなく、「お前のことはおれが一生支えてやるよ!友達として!」と言う。うん、台詞がちょこっと違うから大丈夫だろう。なにが大丈夫かはわからないけど。


 「これからよろしくね、エミリア!」

 「はいっ」

 「あ、そうだ。部屋なんだけど私エミリアと同室になれたらいいなぁって思っているんだけど…嫌かな?」

 「こ、こんな不幸しか呼ばない私でよければっ。…私も、おねえさまと同じ部屋がいいです」

 「やったー!!」


 友達になるだけではなく同室でいいとのお許しももらい、私は今、最高に幸せ者だ。エミリアは不幸を呼ぶのではなく、幸せを呼ぶ!



 「というわけで、みなさんの応援のおかげでエミリアと友達になれたし同室の了承も得られました。だから部屋を交換してくださいっ」

 「うん、嫌だよ」


 笑顔でお願いをしたら、笑顔で断られた。


 現在食堂に、アルト、ソラ、アオ兄ちゃん、ジークを呼び、私はエミリアと一緒に部屋替えのお願いをしていた。ちなみに私はエミリアと手を繋いでいたのだが、食堂に入るや否やでアルトに手を離されて、なぜか私は今アルトと手をつながされていた。なんでだよ。


 ちなみにソラは頭を抱えている。「女だから大丈夫だと思ったのに…はぁぁ」といつものように意味不明なことを言っている。ため息ばっかりついてたら幸せが逃げるよ?


 「どうしてダメなのよ。いいじゃーん」

 「リディア、バカなの?友達になることは許したけど、僕は部屋替えを許した覚えはないよ?」

 「なんで許可制なの」

 「リディア、部屋のメンバーを替えるには同室の人の了承は必要だよ。あと神父様か俺の許可も得なきゃいけないんだけど、わかってるー?」

 「そういうことだよ」

 「イタタ…頬を引っ張るなぁ!」


 アオ兄ちゃんが苦笑いをする中、私はいつものようにアルトに頬をつねられた。


 「エミリア、気を付けなさいっ。アルトがいいのは顔だけよ。気を許したら暴言を吐かれたり、今みたく頬をつねられるからね!決して関わっちゃダメ!」


 頬をつねられる私を見て震えているエミリアに対し私は助言をする。

 一方のアルトは顔を引きつらせている。猫かぶりアルトは自分の悪評を広められることにお怒りのようだ。


 「ちょっと勘違いしないでよ。僕が誰に対してもこんな態度をとるだなんて思わないで?僕は君だから、頬をつねったりいじめたいって思うんだからね?」

 「こ、こわい。変態…」

 「エミリアっ」


 よほど怖かったのか、エミリアは真っ青な顔で震えている。

 私はアルトの手を払うと急いでエミリアのもとに行き、彼女を抱きしめた。


 「大丈夫よ、エミリア。私があなたを守る!わかったでしょ?アルトには近づいたらダメ!」

 「おねえさまっ」


 「……ねぇ、君のつれ殺してもいい?」

 「ダメに決まってるだろ。ていうかお前変態だったのか」

 「兄様、ごめん。さすがにこれはフォローできない」

 「変態…アハハ。素直な言葉ほど……プッ」

 「……あんたのことをリディアとソラが慕ってなかったら、殺してるところだからね?本気で」

 「こっわー、アハハ」


 なぜか私がエミリアを抱きしめている間に不穏な雰囲気になっている。まあ不穏と言っても穏やかな様子ではないのはアルトだけなのだが。

 見られていることに気が付いたのか、アルトがキッと私をにらんだ。


 「とにかく僕は絶対に部屋を替えるなんて許さないから!」


 そう言ってエミリアを抱きしめる私の腕をひっぱり、自分の腕の中へ私を入れ込む。まあようするにアルトに背中からぎゅっと抱きしめられた。アルトってば、ほんとうに甘えん坊なんだから。


 「アル…」

 「やだから」


 そして人の話を聞こうとしない。

 どうしたものか。なにも私は個人的な理由だけで、エミリアと同室になりたいと言っているわけじゃないんだからね。彼女の悪役さよなら計画を実施するために同室になりたいのだ。

 しかしこの理由を言えるわけもないし。

 うーんと頭を抱える私に、意外な援護射撃がくる。


 「おれは部屋替え賛成だけどなー」


 それはジークだった。

 ちょっと今日1日で、ジークの株が上がりまくりなんだけど。


 「でもおれとリディアの2人部屋な。それ以外の部屋替えは許さない」


 否、今日あがった分の株は一気に下がった。


 チラッとソラを見るが、彼は助けないぞと言っている。アオ兄ちゃんは笑っている。

 エミリアにはこれ以上迷惑をかけたくないし私がどうにかするしかないのだ。

 しばらく考えて……よし、この作戦で行こう。


 「私たち5人でさ、2人と3人で部屋別れようよー。だめ?」


 かわいらしくお願いをする作戦だ。誰と誰が同じ部屋とか言わない辺りが、策士だと思う。全員が了承した後に、私とエミリア2人部屋決定!と言えばいいのだから、ふはは。


 そしたらソラに頭をはたかれた。


 「ダメに決まってるだろ!!考えてそれなのか!?お前頭ポンコツすぎるだろ!?」

 「えー。ケチー」


 むくれる私であるが、まあこの作戦がうまくいかないであろうことは薄々わかっていたよ。それじゃあどうしようか…。

 そんな私に意外な人物が賛同した。


 「やっぱり部屋、別れてもいいよ?」

 「え!やった~!」

 「え、兄様…なに考えてるの!?絶対に裏あるでしょ!?」


 素直に喜ぶ私に対して、疑ってかかるソラ。

 あんたの弟、本性知ってからけっこうひどいけど大丈夫?

 しかしアルトは大丈夫そうで、にこやかに笑っている。いつのまにか抱きしめていた手を緩めて私を開放してくれているし。

 アルトは笑顔のまま、私の手を取る。私もにこにこ笑うけど、なぜに?


 「2人と3人にわかれるなら、僕も許す。それじゃあリディア、僕たち2人の部屋に行こうか?」

 「策が裏目に出たぁ!」


 私は急いでアルトの手を叩き落とす。

 ていうか、おい。笑顔でこいつ、とんでも発言したぞ!?

 

 「なに?文句あるの?」

 「文句ありまくりだわ!?私、エミリアと2人部屋がいいって言ったよね!?なんでエミリア抜けて私とアルトになってんのよ!」


 アルトはやれやれと首をふる。


 「わかったよ。じゃあ、妥協して、僕、リディア、エミリアの部屋でいいよ。リディアはエミリアと同じ部屋がいいんでしょ?これで満足?」

 「いやたしかにエミリアと同じ部屋がいいけれどもさ!?」

 「兄様、嫌だから。おれ、ジークと同じ部屋とか嫌だからっ!」


 案の定、ソラが激しく首をふりながらジークを指さしている。ちょっとジークがかわいそうに思えてきた。そんなジークも負けじとソラを指さす。


 「おい!おれだって、こいつと同じ部屋なんて嫌だ!リディアと同じ部屋がいい!」


 あ。かわいそうって言ったの、やっぱり嘘です。ジーク、お前は口を開くな。

 あんたが発言をすると室温が一気に低下するんだよ!株はちょっとあげてあげるからこれ以上しゃべらないで。

 というかさぁ、私はアルトに耳うちする。


 「ソラ命のあんたがどうしたの?私と同じ部屋でいいわけ?」


 あと、顔が赤いけど大丈夫? 

 するとアルトは、「近い」と叫んで私を突き飛ばした。それほど近づいてませんけどー?


 「……いいんだよ。リディアと一緒なら、どこでも。それに僕もいいかげん弟離れしなくちゃいけないって思ってたからね。いい機会だと思ってさ」

 「アルト……」

 

 成長したアルトの姿に私は感動する。

 むこうでソラが口パクで「嘘だから、それ嘘だから!」と言っているように見えるが、うん。見間違いだろう。まさかアルトの口から、弟離れという言葉が聞ける日が来るとは。


 「わかったよ、アルト。じゃあソラ。ジークは頼んだわよ?」

 「いや、わかっちゃだめだから。お前はバカか」

 「あんたよりはバカじゃないわよ」

 「いーや、リディア自覚しろ!お前は、おれよりバカだっ!」


 なんでソラに自分がバカであることを力説されなければならないのだろう。

 あとソラの後ろでジークがバカ笑いをしているが、私はジークよりはバカじゃない自信があるぞ?

 ちなみに私、視界の端でアオ兄ちゃんが肩を震わせているのも気づいていますからね?全員後で覚えとけよ。


 「まあいいわ。冗談はさておき。アルト、気持ちはありがたいけどあんたはソラとジークの部屋に行くんだからね?」

 「はあ?」


 またアルトにガチギレされた。

 だがしかし、私はここでひくわけにはいかない。


 「ダメよアルト。私、エミリアと2人きりの一緒の部屋だけはゆずれない」

 「どうして?」

 

 ど、どうして?

 悪役さよなら計画を実行するためとは……言えない。

 

 「……女の子だけでしたい話とか…あるから」


 悩みに悩んだ私はこう言うだけで精いっぱいだった。

 だというのに、アルトはまた聞く。


 「例えばどんな話?」


 しつこいなぁ!


 「どんな話って……こ、恋バナとか?」

 「恋バナ!?」


 女子だけで話したいことというキーワードで思いついた言葉を言っただけだったのだが、意外にもアルトが反応を示した。なんかソワソワしてる?ゴシップ好きなの?意外だね。


 「ふぅーん、恋ねぇ。君、恋してるわけ?」

 「いや、してな……もごご」

 「気になってるやつくらいはいるんじゃないのか!?」

 

 否定しようと思ったらソラに口をふさがれた。

 こいつ、いつのまに私の方まで移動してきやがった!?あと、あの…圧がすごい。気になるやついるよな?な?って、めっちゃ目で訴えかけられている。

 結局私はソラの圧に負けて、うなずいた。

 

 「へー、そうなんだ。ふぅーん。ならリディアとエミリアが同じ部屋でもいいよ?」


 そうしたらなんとアルトが了承してくれたではないか!

 あんなにしぶっていたのに。私は頬までつねられたというのにっ。こんなにスムーズに話が進んでいいのかと思う気もするが、それよりもうれしい!


 「ほんとに!やったぁ!」

 「リディア、これ一個貸しだからな」

 「もちろんですよ、ソラさぁ~ん」

 

 もうその場で踊りだしそうな気分!

 いや、もう踊ってしまおう!

 私がダンスタイムにはいったときだ。アオ兄ちゃんが、ちょんちょんと私の肩をつつく。


 「リディア、まだ話は終わってないよ。ジークの了承を得てないでしょ?あと俺の了……」

 「あ。忘れてた」

 「俺、まだ言いかけてたんだけど。わざとかなぁ」


 見てみるとずっと蚊帳の外だったのが気に入らなかったのか、ジークは頬を膨らませて私を見ていた。むしろ自己中心的な彼がよく話に割り込んでこず我慢していたなと、今は感心してしまう。


 もしかしたら俺様度が高いのはゲーム内だけで、現実ではそれほど俺様じゃないとか?実は空気を読んで行動できたり…する?さっきのニンジンクッキーのときだって、ジークは私のために(まあ、エミリアの狂いが自分に影響があるっていう理由もあるけど)行動してくれたし。

 彼はむすっとした表情のまま口を開いた。


 「お前、自己中心的にもほどがあるぞ?」

 「うん、ごめん。それだけはジークに言われたくない」

 「あ?」


 俺様らしくジークは頬に青筋を浮かべる。

 そうだなぁ、ジークねぇ…。

 よし。私はうなずいた。


 「いいよ。じゃあ交換条件。ジークと友達になるから、代わりに部屋交換して」

 「よし。許そう」

 「はあ!?ちょっとリディア?エミリアも今となっては嫌だけど、この男とも友達になるの?」

 「まあ友達なんて何人いてもいいからねぇ」


 きのうまでの私であれば、俺様のジークと友達になるなど絶対に嫌だと思っていたが、今はちょっと違う。私、なんだかんだいって、俺様ジークのことを気にいっちゃったみたいなのだ。

 彼の我儘にはほんとうに腹立つこともあるけど、でも彼は清々しいほどに素直なのだ。自分の思ったように行動する。嫌いじゃない。


 「っていうわけで、部屋替えの了承を得ましたぁ!アオ兄ちゃん、お願い~」


 私はヒロインの愛嬌を最大限に生かし、きゅんきゅんかわいく、上目遣いにアオ兄ちゃんを見る。ずーっとずーっと見続けていると、観念したのかアオ兄ちゃんは苦笑した。


 「結局最後は俺ってわけね。いいよ。かわいいリディアのお願いに俺は弱いから。神父様に頼んでおいてあげる」

 「やったぁぁ!!アオ兄ちゃんだ大好き!」


 で、抱き付いたら勢いよくアルトに引きはがされた。

 ほんとなんなんだよ、お前。

 

 「ちょっとリディア、僕、部屋替えは許したけど、あのバカが君の友達になるのは許さないから」

 「あ?バカってもしかしておれのことか!?」

 

 私に詰め寄るアルトと、そんな私の後ろでアルトをにらむジーク。

 やれやれ、私めんどうごとは嫌いなのだ。


 「なので、逃げまーす!」

 「ひゃあっ」

 「うわっ」


 私はエミリアとソラの手をつかんでその場から逃げた。


 「お、おねえさまっ。さすがですっ!」

 「なんでおれまでっ」


 頬を染めるエミリアに対して、ソラの顔は真っ青だ。

 するとすぐ後ろから声がしてきた。


 「ちょ、リディアー!」

 「待て!おれを置いてくな!」

 「廊下は走っちゃだめだよー」


 振り向いてみれば、私たちを追いかける3つの影。

 なんだか楽しくなってきちゃって、笑みがこぼれる。


 「アハハ、かけっこだね~」

 「いや、この状況楽しんでるのお前だけだからなぁ!?巻き込まれたこっちの身にもなれ!」

 「さすがおねえさまっ」

 「そしてあんたはほんと、なに言ってんの!?」


 どうなることかと思った今日だけど、うん、すっごく楽しい!


 「私、今幸せだ!」

 「おれは、不幸せだよ!」




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