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19.目的地は花壇です。


 今回の功労者ながらジークにまったく感謝されなかったエミリアの悪役さよなら計画に取り掛かれたのは、お昼寝時間のときだった。

 アルトの悪役さよなら計画以来、習慣として昼寝をするようになった私だが今日はたまたま寝付けなかった。私は繊細だからね、朝のジークのことで相当疲れたらしい。


 だから寝たふりをしながら、朝の時間にはできなかったエミリアの悪役さよなら計画について考えていこうと思う。


 さて今日のことからわかるように、エミリアはとってもいい子だ。

 そんな彼女がどうして悪役に落ちてしまうのか。

 それには大きく2つの要因がある。


 1つめは、ヒロインに対する嫉妬心。

 エミリアはなぜかわからないがジークのことが好きなのである。恋をする女の子は好きな相手が、自分以外の異性と仲良くしていると嫉妬してしまうよね。それはエミリアも例外ではなく、ジークと仲良くなるヒロインに嫉妬してしまう。

 エミリアはそんな自分を責めてしまうのだ。自分によくしてくれるヒロインに対して嫉妬してしまうなんて、自分はなんて悪い子なのだろうかと。


 「いつ君」の中でジークはエミリアに対し「ブス」だの「邪魔だ」だのの暴言を吐いていた。そんなジークに対しヒロインは怒り「エミリアはブスじゃないよ、邪魔じゃないよ」とエミリアを励ましていた。エミリアは自分を庇ってくれるヒロインに感謝していたのだ。

 だけどねエミリア、これ好感度上げるためのイベントなんだよ。ヒロイン、全然いい子じゃないんだよ。自分のためにやってるだけなんだよ。リディア泣く。

 

 このようにエミリアはヒロインに対して嫉妬と罪悪感の入り混じった状態で生活していた。相反する想いがぐつぐつと心の中で煮え、もういつ爆発してもおかしくない状態を彼女はキープしていた。しかし、ジークのラストイベントでこれが爆発してしまうのだ。


 それが要因2つめの、ジークのラストイベントである。

 このイベントでジークはヒロインへの恋を自覚するのに対し、エミリアは悪役へと落ちてしまう。ほんとうにかわいそう。


 このラストイベントは、ジークのヒロインへの興味・関心がマックスになったときに発動する。

 内容はこうだ。

 ある日のこと。ヒロインの使っていた教科書が無くなってしまう。ジークは勉強部屋からエミリアが一人で出てきた姿を見たという理由から、行方不明の教科書を彼女が盗んだと決めつけてしまう。だがエミリアは教科書を盗んだりしていない。教科書を盗んだのは森に住む野鳥だった。

 しかしそうとは知らないジークはエミリアを一人勉強部屋へと呼び出しひどい罵声をあびせるのだ。


 「お前はそんなことをするから、見た目も心もブスなんだ!」と。


 そのとき偶然勉強部屋を通りかかっていたヒロインがエミリアを庇う。

 「そんなひどいこと言っちゃダメ!ブスだなんて、ひどいよ!」

 これでジークはコロンと恋に落ちる。エミリアにいじわるされたのにエミリアを庇うなんて、お前はほんとうにいい子すぎるっ。好きだ!という具合に。この馬鹿がっ!チョロ助がっ!


 その一方でエミリアはショックを受ける。

 いつも口の悪いジークから自分を庇い、不細工じゃないよと励ましてくれたヒロインが「ひどいことを言ったらだめ」と発言した。つまりジークの言葉を否定しなかった。

 エミリアは自分の容姿をブスだとヒロインが肯定したと勘違いをしてしまう。今まで自分に言ってくれた「ブスじゃない」という言葉は嘘だったのだと。

 さらに自分が教科書を隠したわけではないのにヒロインにそのことを否定してもらえなかったことから、ヒロインも自分が犯人だと考えていると思い、彼女は信じていた人たちからの裏切りを感じる。

 なにより好きな人に自分が犯人だと決めつけられたことにショックを受けた。


 ここでヒロインに対する、ずっと押し込めていた嫉妬心が溢れ出してしまう。


 ヒロインみたいにかわいかったらジーク様にこんなこと言われなかったのに。ヒロインがうらやましい。ヒロインは私を庇ってくれていたけど、実は陰で私のことを不細工だと笑っていたのではないか?と。ひどい、ひどすぎる。みんな大嫌い!っと。


 そして彼女は自分を卑下し周囲を恨み、悪役へと落ちてしまうのだ。

 ジークを奪ったヒロインに復讐してやる、と。

 

 

 というわけで。エミリアの悪役化を防ぐためには、この2つの要因をどうにかしなければならないのである。


 でも実際のところ要因1に対してはもう手は打てたと思う。

 要因1のエミリアの嫉妬は、ヒロインがジークと仲良くなる以前に常に一緒にいることによって引き起こされる。「いつ君」では、ヒロインが唯一の居場所だったからジークは彼女と行動を共にしていた。

 だがしかしジーク孤立イベントを防いだ今、彼の居場所は私だけじゃない。つまりジークは私と一緒に行動しないわけよ。なのでエミリアは私に嫉妬しないのだ!

 

 残るは、要因2だ。

 実はこれに関しても答えはもう出ている。

 ずばり!エミリアの自己肯定感をあげればいいのだと私は思うのだ!つまりほめればいい!


 ラストイベントの際に私がジークに対し「エミリアがそんなことやるわけないだろ、バーカ!」と言えば、ジークの恋愛フラグは確実に折ることができると思う。

 しかしエミリアの悪役フラグを折ることができるとは言いがたい。

 だってエミリアは根本的な部分が変わっていないから。


 ネガティブな彼女はヒロインの言動には傷つかないかもしれないが、少なくともジークの言葉には傷つき苦しんでしまう。そんな負の感情が彼女の身に巣くう想いを増大させ、悪役にしてしまうかもしれない。

 だからエミリアを褒めて自分に自信を持たせることが、一番の悪役さよならにつながると思うのだ。


 自分に自信を持てればジークにブスって言われたところで、私は美しいわ、ボケなす!って感じでエミリアは傷つかない。

 まあね。簡単にはエミリアの自分に対する考えを変えることはできないとわかっている。でもほんの少しでも、エミリアが自分に自信を持つことができれば運命は変わると思うのだ。


 それにね、私は純粋にエミリアに自信を持って欲しいって思うの。今日のジークの孤立イベントだってエミリアの発言がなければジークはひとりぼっちになっていた。あの空気の中でジークのために頭を下げられる人はそうそういない。

 彼女は自分を卑下しすぎている。エミリアはもっと自分に自信をもっていいのに。持つべきだと思うんだ。エミリアにはおどおどしていないで、まぶしいくらいの笑顔で笑ってほしい。きっと彼女は笑顔がとっても似合うから。笑った顔を見たいんだ。

 まあこれは私の個人的な意見だから、エミリアに私の考えを押し付けようとかは思ってないんだけどね。


 ちなみにだけど、「いつ君」ヒロインのように無責任にエミリアを褒めたり、励ましたりするつもりはないから。私がエミリアを褒めるのは真実に基づくものだけだ。

 それはたとえば、今日のジークのために一肌脱いだエミリアのことであったり、きのう私のためにジークの言論を指摘してくれたことだったり。


 そんなわけでエミリアをこれから褒めていくとを決めた私は、さっそく褒めるシュミレーションしてみる。はい、妄想開始10秒でさっそく問題が発生した。

 エミリアを褒めるにあたり邪魔者が3人もいることに気づいたのだ。


 まず1人目、アルト。

 シュミレーションの中の彼は甘えん坊がまだ治らず、なにかと私にかまってきてエミリアとしゃべれない。エミリアに話しかければ必ず会話にアルトが乱入してくる。エミリアを見ているだけなのに私の目の前に立って彼女の姿を隠してくる。おのれ、アルトめ…。


 そして2人目、ジーク。

 アルトが乱入してくるのと同じようにあいつも乱入してくる。問答無用でやつは来る。なぜって彼は私に興味を持っているから。つまりエミリアを褒めるための観察ができない。殴りたいわー。


 最後に3人目、ソラ。

 ソラはツッコミ役だからボケが発生するところには必ずやってくる。つまりアルトとジークが話に乱入してきたら確実にソラも来る。

 そう考えると同じくツッコミ役のアオ兄ちゃんも乱入してくる可能性がある。

 ようするにエミリアをほめるための観察すらできない。


 ジークはともかくとして、アルトやソラは寝る前に部屋でとことんおしゃべりができるでしょ。私のことはほっといてよ。

 そう思ったところで私は閃いた。

 これ、私とエミリアが同室になればすべて解決するんじゃね?ってね!


 私天才じゃん!エミリアと同室になれば日中どれだけ邪魔をされても、寝る前にエミリアと会話ができる。会話をしてエミリアすごい!と思ったところがあれば褒めることができる。なにより仲良くなれる!


 お忘れかもしれないが、私は昨日エミリアに友達申請をした。だがしかし、まだ返事をもらっていないのだ。エミリアとは悪役さよなら計画以前にふつうに友達になりたい。


 同じ部屋になれば、もっといっぱいお話ができる。

 お話ができたら、きっと友達になれる。

 友達になったら、ほめるところをいっぱい見つけられるようになれる。

 最高じゃないか!


 私は決めた。

 エミリアと同室になると!



////////☆


 昼寝時間が終わり、みんなが目覚めたところで私は早速提案した。


 「私、エミリアと同室がいい!」


 そしたら思い切り頭を叩かれた。

 誰かは言わなくてもわかるだろう。ツッコミのために力を加減して頭を殴れる人なんて、彼しかいない。


 「ちょっと、ソラ痛いんだけどっ」

 「寝ぼけてたから目覚めさせてやっただけだ。おはよう」


 ソラは世話がかかるなといわんばかりの顔だ。

 失礼してしまう。私、ソラが隣でぐーすか寝ているときも起きてたんですけどぉ。


 「寝ぼけてなんかないわよ。このぱっちりおめめを見なさい。私はエミリアと同じ部屋がいいの!」

 「うん。どうしてそういう考えに至ったんだ?お前の言葉一つで殺人事件が起きるんだからな?」


 殺人事件って、なにを言ってんの?寝ぼけているのはソラのほうじゃないか。


 「私がエミリアと同室になりたいのは、エミリアともっと仲良くなって友達になりたいからだよ!」


 言ったところで、アルトがにこやかに手を挙げた。


 「おれも、リディアともっと仲良くなりたいから同室がいい」


 アルトは笑顔だがその目は笑っていない。そしてアルトがこう来ると黙っていないやつがいる。


 「ならおれも、リディアと同じ部屋がいい。ていうか、もう決定したから」

 「うん、なに言ってるのかなー?」


 アルトとジークの間で火花が散ったのが見えた。


 「きれいな花火だなぁ」

 「いや、花火じゃねーよ。お前どうしてくれんだよ。さすがに人殺しはまずいんだけど!」

 「あんたさっきからなに言ってんのよ」

 「ならなら、ルルも同室がいいー」

 「それでもってお前はどっからわいてきたんだよ、ルル!」

 「じゃあ、アオ兄ちゃんも同室がいいなー」

 「アオ兄ちゃん、頼むから、さばききれないから、おれといっしょにツッコミに回ってっ。そこ、おもしろがるなっ!」


 私が提案したときには、私、アルト、ソラ、エミリア、ジークの合計5人しかいなかったはずなのに、いつのまにか2人増えて7人になっている。大所帯だ。


 「ちょっと、みんなダメだよ!私とエミリアの2人部屋なの!」

 「だめだ。決定事項だ。エミリアはともかく、おれとお前は絶対に同じ部屋だ!」


 朝ジークを迎えに行ったとき、頭をなでたのがいけなかったらしい。

 ジークは頬を膨らませて、私をにらむ。面倒くさいのに懐かれてしまったよ、おい。


 「って、痛いんだけど!?」

 「同じ部屋だからな!」

 「じっ、ジーク様っ。女性の髪を引っ張るなんて、ダメですっ」


 気が付けばジークに髪を引っ張られていた。

 視界の端でエミリアが顔を真っ青にさせながらあわあわしているのが見える。


 そういえばこいつ我儘の俺様だったな。俺様が髪をひっぱるのかはしらないけど、自分勝手な行動してくるのは忘れてたよ。

 気分は力加減のわからない幼稚園児の相手をする保育士だ。安未果時代のインターンシップは幼稚園だったから懐かしい。

 そんなことを思っていると痛みがなくなっていた。代わりに隣でくぐもった声が聞こえる。横を見るとそこにはアルトに腕をひねられるジークがいた。あらあらいつの間に。


 「くそ、離せ…イデデ」

 「女性にはやさしく接しないとダメなんだよ、知らないの?あ、これもマッサージだから」

 

 私を助けてくれたことには感謝だが、私は思う。

 アルト、お前がそれを言うか?と。

 

 「あと、リディアの髪は僕のものだから。今度触ったら、殺すよ」

 「うん、アルトのじゃないし。あと、猫をかぶりなおそうね?」

 「ていうか、いいかげん、おれの手を離せぇええ!」


 あぁ。ジークの手がひねられているのをすっかり忘れていた。

 私はアルトに促して、手を離してもらう。ちなみにソラはため息をついていた。

 

 「お前さぁ、もうそれくらいにしておけよなー」


 その言葉からしてジークに向けられているはずなのだが、なぜか彼の視線は私に向けられている。なぜ?


 「いや、かわいらしく首かしげてもダメだから。アウトだから」

 「えー、どうしてよ。ていうかそれくらいにしておけってどういうこと?」

 「ジークもたいがいだけど、お前も相当の我儘自分勝手だからな?リディアの方がまだ、常識のある我儘なだけでマシだけど…まあなにを言いたいかと言うと、部屋替えしたいなんて言うなってこと」


 なんか怒られた。

 私は頬を膨らませる。


 「なんでよー、ケチー」

 「なんでもなにもお前の発言のせいで、こんなごったごたなことになってんだぞ?エミリアだって困ってるだろ」

 「困ってないよ!ね、エミリア?」


 同意を求めてエミリアを見るが…あれ、いない。

 するとアオ兄ちゃんがほほえんでいた。ただほほえんでいたのではない。なにか知っていそうな顔をして、ほほえんでいたのだ。ほのかにSを感じました。


 「……アオ兄ちゃん、もしかしてエミリアがどうしていないか知ってるの?」

 「ふふふ、知りたい?」

 「もったいぶらずに教えろ」


 リディアは時折口が悪くなるよね~とアオ兄ちゃんは笑った。


 「エミリアならね。さっき「同じ部屋にはなれません~」って青ざめて、どっかに行っちゃったよ?だいぶ困り果てた顔をしていたね~」


 私はぽかーん。


 「ちょ、さきに言ってよ!」

 「あいつ、子分のくせに、おれを置いていったのか!?」


 なんか言っているジークはほっといて。ええーどうしてっ!?

 なぜエミリアはいなくなってしまった?

 そんな私をやれやれと見るのは、アルトとソラ。


 「リディアが悪いね」

 「ああ。お前、押し付けすぎなんだよ」

 「それどういうこと?」

 「エミリアと仲良くなりたいのはわかるけどさ、本人の気持ちを無視してどうする?お前、エミリアに同じ部屋でいいか聞いてないだろ?」

 

 ソラの言葉に思わずうなっちまったよ。

 確かに私エミリアに了承を得ていなかった。エミリアなら喜んで私と同じ部屋になってくれると思っていたからだ。

 

 「大方、君のことだから。彼女のなにかに気が付いて、お節介にも救おうとしてるんでしょ?」

 

 私はさらにうなる。アルト、君エスパー?

 わかりやすっと、ソラとアルトが肩を下げた。さすが相思相愛の兄弟、息がぴったりだよ。


 「リディアみたいなやつだから救われる人もいるけど。そんな君が苦手な人もいるんだから、それを考えたうえで行動しないとだめだよ」

 「う。ごもっともです。じゃあ部屋の話は今度にして、とりあえず話しかけるだけにする」

 

 するとソラとアルト、ついでにアオ兄ちゃんがあきれ顔で私を見ていた。

 

 「なによ」

 「まだあきらめてなかったのかよ?ふつう今の流れであきらめるよな?」

 「え?頑張れって、エールを送ってくれたんじゃないの?」

 

 おい。待て。どうして全員が頭を抱えているんだよ。

 少しの間の後で復活したらしいアルトはジト目で私をらにむ。


 「部屋変えるって話、僕嫌なんだけど」

 「そもそもアオ兄ちゃん、部屋替えを許可した覚えないよ~?リディアこのこと神父様に話ししてないでしょ?」

 「ハハハ~」

 

 困ったときは笑ってごまかす、これ最強。

 ちなみに神父様は、今日1日不在である。きのうできなかった(私の説教で中止になった)、じゃがいもとたまねぎ掘りのデートを満喫中だ。話す時間があるどころかそれ以前に会えません。


 「部屋替えもエミリアと友達になるのも私は諦めない!私は行く!」

 「いや、そもそも部屋替え認めてないから!?」

 「アデューっ」

 「リ、リディアーーーー!」


 そう言って、エミリアを追いかけ……

 早、4日。


 見間違えではないぞ。

 エミリアを追いかけて、4日経ったのだ。


 私はその日以来、エミリアとまともに会話ができていなかった。

 うん、これも見間違えではないぞ。マジでエミリアと会話できていない。なぜかって?追いかけたら逃げられるから。

 私の姿を見た途端エミリアは去っていく。エミリアは私よりも足が速いため、追いかけてもすぐに撒かれる。私よりも頭がいいので隠れられたら最後見つけることはできない。

 

 「今ならあのときのアオ兄ちゃんの気持ちがわかる。避けられることがこんなにも辛いだなんて」


 うぅっと私は食堂のテーブルに突っ伏しすすり泣く…ふりをした。

 うん。泣き落とし作戦でエミリアが来ることにかけたが、彼女は来なかった。リアルに泣いていいっすか?


 「頭から湯気出てたよ」


 意気消沈の私の頭の上に氷嚢がのせられる。顔をあげればそこにはあきれ顔のアルトがいた。彼の隣にはソラもいる。


 「いつまで彼女を追いかけるつもり?」

 「お、追いつくまで……」


 そう言葉にするものの自分の声には覇気がない。

 自分を客観視してみる。うん、この様子じゃあ、追いつく前に私の心が折れて、追いかけることを止めるかもしれないね。ハハハと疲れたように笑う私を見て、アルトは眉を顰める。


 「よくわからない。逃げられるなら追わなければいいのに。なんであの子に執着するの?リディアはずっと僕たちと一緒にいればいいじゃん」

 「アルト……」

 「リディアだけがあの子に歩み寄ろうとして、バカみたいだ。彼女の方はちっとも君と仲良くなろうとしてないのに。ねぇ、もう諦めて僕たちと一緒にいてよ。僕の我儘、きいて?」


 アルトはしゃがみこみ上目遣いに私を見た。

 アルトはほんとうに自分の可愛さをよく理解しているな。そんなふうに見られては思わずうなずいて頭をなでてしまいたくなる。でもね、私癒されるよりも、驚きの方が勝ったんだよ。

 まさかいつも自分の要望を押し付けてくるアルトが、我儘という名のお願いをするなんて。思わず笑ってしまった。


 「ちょっと、なにがおかしいの?」


 笑う私を見てアルトが眉間にしわを寄せる。


 「アルトが素直じゃないなと思ってさ」

 「はあ?」


 先ほども言ったように、アルトは自分の要望があればこっちの気持ちに関係なくとにかく押し付けてくる。トイレに一緒に行くやら、手を繋ぐのは僕とだけとか。

 お願いをすることは滅多にないのだ。


 つまり何が言いたいのかと言うと…


 「アルト。我儘をきいてほしいっていうの、嘘でしょ?」

 「え。」

 「私がこれ以上傷つかないように、諦めさせるために、自分の我儘だからって言って追いかけるのをやめさせようとしてくれたんでしょ?」


 じーっとアルトを見つめれば、彼の顔は負けを認めたように真っ赤に染まった。


 「鈍感のくせに。どうしてこういうのは鋭いのさ」

 「…?」

 

 小さな声すぎてアルトがなんて言ってるかわからなかった。けど、まあいいか。


 「ありがとうね」


 私はアルトの頭をなでた。ちなみにソラは「…ピーチジュース濃いわぁ」と意味の分からないことを言っている。ソラってまともなくせにたまにおかしいよね。この兄あってこの弟ありってやつだ。

 そんなことを思っていたらアルトに手を握られていた。


 「わかったなら、僕たちと一緒にいよう。あの子に君との時間を奪われるのは嫌だ。ただでさえ、もう日数が……」

 「兄様、それ内緒のやつ」


 ソラに言われてアルトはしぶしぶ言葉と途中で止める。

 うん?何を言いかけたんだ?首を傾げていると今度はソラが私の手をつかんでいた。あら、めずらしい。


 「察しろ。おれも兄様もお前と一緒にいたいんだよ。だから、行くぞ」


 そう言って彼はアルトと同じように私の手を引っ張り、食堂から立ち去ろうとするが……


 「ちょちょ、ちょっとまって。よくわかんないけど、私はまだエミリアと友達になるのをあきらめたわけじゃないよ?」

 「「はぁー!?どうして!?」」


 うわ。ヴェルトレイア兄弟がハモった。おもしろ。

 じゃなくて!


 「だって、もったいないもん」

 「「もったいない?」」

 「エミリア、笑ったら絶対にかわいいって私思うんだよ。なのにエミリアが笑わないのはもったいない。まだ私エミリアの困った顔しか見てない。ていうか私が個人的にエミリアの笑った顔が見たいの!」


 ようするにと、支離滅裂な私の言葉をソラがまとめた。


 「お前はエミリアの笑顔が見たいから、友達になりたいと?あきらめないと?」

 「そうよ!」


 そうしたらアルトとソラが盛大なため息。なぜ?


 「意味わかんない。仮に友達になったところで、あの子の笑顔を見れるかなんてわからないじゃん。それなのに友達になるの?」

 「で、でもっ。アルトは笑ってくれたじゃない。友達になれたから今の私にアルトは心からの笑顔を見せてくれる。私、すっごくうれしかったの。だからエミリアの笑顔も見たいんだよ」

 「なっ……」


 アルトの顔がカッと赤くなる一方でソラは「酔う」と目を押さえていた。

 2人とも、大丈夫か?

 心配していると、アルトがボソリと言った。


 「君は、ほんとうにずるいよね」

 「へ?」


 アルトは無言で私の頭を乱暴になでた。うわわ、急になに!?


 「もう…わかったよっ。君がそういう子だっていうのはわかってるから。観念してあげる」

 「えーと、つまりこれは、アルトなりの激励?」

 「そうだよ!ただし今日中にエミリアと友達になってね。で、友達になれなかったらすっぱり諦めて今後は僕たちと一緒にいる。わかった?」

 「あ、あい。わかりましたっ!」


 突然設けられた時間制限にあたふたするものの、アルトの圧力に負けてうなずく。

 すると今度は背中に強い衝撃。


 「じゃあ、行ってこい!」

 「うあぁっ」


 ソラに思いきり背中を押されたようだ。ていうか蹴られた。物理的に。絶対にいつぞやの仕返しも入っていると思う。

 だがまあ気持ちは伝わったので、怒らずに背を押された勢いの食堂を出た。すると出た先にはアオ兄ちゃんがいるではないか。しかも得意そうに笑っている。


 「リディアたちの青春の1ページを盗み聞きしたおわびに、エミリアの居場所教えてあげよっか?」


 盗み聞きをしていたと言ってしまうあたりが、すがすがしい。大人って感じ。青春の1ページってところは、超ダサくって子供がかっこつけたみたいな台詞だけど。

 でも、今はそんなことより。


 「教えて!」

 「エミリアはね、花壇にいたよ」

 「ありがとう、アオ兄ちゃん!」


 私は花壇に向かって走った。

 と、その前に、アオ兄ちゃんに呼び止められる。


 「待って。先輩からのアドバイス、目的をエミリアにするから気づかれる。リディアの目当てはあくまで花壇の花。そう思って行ったら、きっとエミリアにばれないよ」


 アオ兄ちゃんはパチンと私にウインクをした。

 ほんと当て馬にしておくにはもったいないくらいのイケメンだよ、あんたは!


 「ありがとう、アオ兄ちゃん!」

 「ふふ。頑張ってね」


 よーし、今度こそ行くぞぉ!

 私の目的は花壇だ!花壇!花壇!脳内で復唱して私は走りだした。





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