18.皿洗いマスターに、おれはなる!(2)
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「ていうか、あいつどこにいんだよ」
アオ兄ちゃんに頼まれたから来たけど、どこにいるか全然わかんないじゃん!歩きながらソラがぼやいたのは食堂から出た直後のこと。
「やっぱりあいつ使えないね」
「もー、そう言ってやるなって。アオ兄ちゃん、かわいそうでしょ?」
するとアルトがキッと私をにらみました。えーなんでー。アオ兄ちゃん庇っただけじゃーん。
「じゃあリディアは、あのバカがどこにいるのかわかるの?」
「え、わかるけど」
「「え!?」」
え。どうしてそんなに驚いてるわけ?アルトなんて、「どうして居場所がわかるの?もしかしてリディア、ジークのことが好きなの?好きだから居場所がわかっちゃうの!?」とか言ってるし。頭大丈夫?
「お前のせいで兄様壊れちゃったじゃん!?」
「いや、アルトが壊れてるのは元からでしょ」
「う…否定はできない」
「ちょっとアルト。今の聞いた?最愛の弟に、壊れてること否定できないって言われたわよ。かわいそー」
「やめろ馬鹿!?つーか、ジークはどこにいるんだよ!」
「ここ」
私は到着したジークの部屋を指さすよね。
そしたらアルトが無言でドアを開けた。
「え。どうしてここがっ。なんの用だ…え、アルト!?なんでおれの腕を掴んで、イダダダダ!?」
そこにはジークがいた。さすがエミリア~。
そしてそんなジークにアルトは目の笑っていない笑顔で関節技を決める。流れるように関節技決めたからついつい止めそびれたよね。
「ギブギブ!ギブだって!!」
「ハッ!やばい!リディア、兄様止めろ!ジークが殺される!」
「え、どうやって!?」
「お前がどうしてジークの居場所を知ったのか言えばいいんだよ!」
「エ、エミリアに教えてもらいました!」
「なぁんだ。リディア、それを早く言ってよ。あ、ジーク。今のは関節技じゃなくてマッサージだから。勘違いしないでね?」
アルトから解放されたジークは、肩で息をしながらぷるぷる震えていた。少し同情する。けどまあ、アルトのおかげで彼もなんで自分がこの部屋で不貞腐れていたか忘れたでしょう。案外つれもどすのは簡単にいきそう。
私は彼に向かって手を差し伸べた。
「一緒に戻ろう?」
そしたら思い切り手をはねのけられた。
「誰が行くかよ、ブース」
で、あっかんべーをされる。
さっきまで関節技決められていたってのに随分と元気があるわね。ほほほ。
私は彼に興味を持たれているわけだが、だからといって他の人と違って態度が変わる、なーんてことはないようだ。むしろ他の人に対してよりあきらかに態度悪くない?
私はやれやれと肩をすくめる。
ソラが抑えろよ?と腕をつかんでくるが、失礼してしまう。不満は持つが私はこれくらいで怒ったりはしない。私はアルトとは違いますから。
「だって私、ブスじゃないし。美少女だし。キレる理由がないよね?」
「……。」
ソラがどん引きした目で私を見てくるが気にしない。私は再びジークに手を差し伸べた。
「ジーク、戻ろ?みんな待ってるよ?」
「はっ。何度も手を差し出してバカの一つ覚えか?」
手をはねのけられました。
「おれは絶対に戻らない!使用人みたいなマネ、だれがするか!まあ当番しなくていいってんなら戻ってやってもいいけど?」
私は菩薩だからね、偉そうに笑うジークに対してやさしくほほえみかけますよ。
「おーい、こいつ立ち直り早すぎるんですけど。もう元のジーク君なんですけど。誰かついさっき涙をこらえて食堂から逃げ出したジーク君を持ってきてくださーい。もしくはアルトに関節技を決められて涙目で震えてた小鹿ジークを持ってきてくださーい」
(大丈夫。私は心優しいリディアちゃんだから、ジークのバカクソな態度も許すよ?)
「おいっ、お前心の声と現実の声、逆になってるぞ!?」
ソラに言われて気が付く。
どうやら私、心の声を現実でしゃべっていたようだ。
そのことを証明するかのように、ジークの顔が真っ赤になっている。
「おいっ、おれは泣きそうになんかなってないからな!もう戻らない!絶対に戻らない!おれの命令きかないやつらのところになんか戻んない!」
私はやれやれと首を横にふった。
ジークがここまで困ったさんだとは思わなかった。
こうなったら奥の手を使うしかないようだ。
「殴ります☆」
「おいぃぃ。お前、笑顔でなに言ってんだよ!」
がんばちゃうぞぉと殴るポーズをしたら、ソラに羽交い締めされた。なんでだよ。
「私はただ、殴ってちょっとジークの記憶を飛ばして、都合の悪いことを忘れてもらってから、みんなのところに戻そうとしているだけで。この行動に私怨は1割くらいしかありませんから」
「いや、まてまてまて。殴って記憶飛ぶなんて成功確率相当低いからな!?つーか1割は私怨あるのかよっ」
「ていうかアルトは関節技決めたのに、どうして私がジークを殴るのは許されないのよ!」
「馬鹿っ!あ、あれは、マッサージだって兄様が言ってただろ!」
そんな感じで私とソラがわーぎゃわーぎゃしていると、ジークに対して動く人物がいた。この場にいる4人のなかで今動ける人物なんて1人しかいない。
アルトだ。
私とソラは青ざめる。だってアルトのやること、絶対にやばいよっ!
関節技どころの話じゃない!ジークが殺される!アルトを止めるべく私たちは手を伸ばした。しかし一歩遅かった。止める間もなく彼は、
「…ねぇ、みんなが君のこと皿洗いマスターが現れた!って期待してたんだけど。ほんとうに戻らないの?」
猫かぶりスマイルでジークにささやていた。
は?
焦ったことがバカらしくなるくらい、彼は意味のわからないことを発言していた。
うん、アルト何言ってるの?私とソラが怪訝に顔をゆがめるそんな中で、
「皿洗い…マスター。おれがか?」
唯一、ジークだけが、皿洗いマスターという響きに頬が染めていた。え、マジ?
アルトはうなずいた。
「そうだよ。君、ほんとうに食堂に戻らないつもり?みんなの期待裏切るの?みんな君の皿洗いテクニックを楽しみにしていたのに」
「え!楽しみにしてたのか!?でもあいつら、おれのテクニックが見たい割には冷たい視線をおれに向けていたような……」
「あれは君がせっかくのテクニックを見せようとしないからだよ。だからみんな不貞腐れたんだ。君だって自分の思い通りにならなくて不貞腐れたことがあるだろ?今回ばかりは皆の気持ちを推し量れなかった君が悪いよ」
「そうだったのか…」
息をするように嘘を吐く。
ジークは単純馬鹿だったんだね。すっかりアルトの言葉を信じていた。
「君は今不貞腐れているけど、他の人も同じ気持ちにさせていたんだよ。反省しないとね」
「そうだな。おれはあいつらの期待に気付いてやれなかった…反省だ」
よく考えれば自分が皿洗いマスターじゃないって気づくだろうに。ジークはマスターの響きがかっこよすぎて、自分の経歴をねつ造してしまったようだ。
しかしあのジークが自分の行いを反省するとは…。
ねぇ、これってマインドコントロールってやつ?ソラに目で尋ねる。
なにも考えるな今はとりあえずジークを連れて帰ることが先決だ。と目で答えられた。たしかにそのとおりだな。でも殴るよりこっちのほうがやばくない?
まあそれはさておき、私は今度こそジークに手を差し出した。
「じゃあ、ジーク。もどろ?」
だがジークは私の手を取らない。
なにか迷っているようだ。
そうこう彼が悩んでいるうちに、なぜか私の差し出した手にはアルトの手がのせられている。で、そのままお手て繋いだ状態にされてしまった。
あまりに自然すぎて抵抗もできなかったぞ?
怪訝にアルトを見てみると、彼はやれやれと言った様子でジークを見ていた。ソラもジークも私が手を握られていることについてはなにも言わない。え、もしかしてこれ私がおかしいの?
「なに迷ってるの?皿洗いマスターなら、みんなの期待に応えるべきでしょ?戻ろうよ」
「おれはあいつらの期待を裏切った。もどって…受け入れられると思うか?」
あ、やっぱり繋がれた手には誰もふれないんだなぁとか思いつつ、ジークのその言葉に私は少し驚く。理由はともかくとして、ジークは自身がみんなに受け入れてもらえるか不安に思っているのだ。やっぱりあのとき空気は彼に恐怖を植え付けたらしい。
俺様でも子供らしいかわいいところはあるのね。
そう思うと精神年齢20歳としては、ちょっと守ってあげたくなってしまう。
私はやれやれと思いながら、ジークの頭をなでた。
すると驚いたように彼は私を見る。まあきのう自分を殴ったり、今さっきも殴ろうとしていた相手にこういうことされたら、そりゃ驚くよね。
「私はこれでも、いい子ちゃんに対してはやさいんだからね。反省したなら頭をなでてあげる」
「反省……おれがか?」
困惑した顔で私を見られても困るものだ。
私はジークが反省したように見えたから、そう言っただけである。
「みんなに対してごめんなさいって思ったんでしょ?それならきっとみんな許してくれる。ジークをまた受け入れてくれるよ」
だから戻ろう。ね?と私はジークに笑いかけた。
ジークの性格上みんなに謝罪を入れることは無理だろう。ほんとうはするべきだけど、無理にさせるものではない。うちの子供たちはみんないい子で察しがいいから、ジークが申し訳なさそうにしているだけで、読み取って許してくれる。
だから私は彼を勇気づけるだけでいいのだ。
「…本物の皿洗いマスターなら、戻れるよね?」
そんな私の後押しをするようにアルトが言った。
するとやっとこさジークの瞳にいつもの爛々とした光がもどった。
「そ、そうだ!おれは皿洗いマスターだ!みんなに目にもの見せてやる!戻るぞ!」
言うや否やジークは部屋を飛び出して行ってしまった。
アルトがそんなジークの後ろ姿を見て造作もないと笑っている。
だが笑い事ではない。
「ジークがあのテンションのまま食堂に戻って、皿洗いマスターだなんて言い始めたら大変じゃん!みんなパニックだよ!急いで戻るわよ!」
「あ!たしかに!」
ソラが急いでジークを追いかけた。
私もそれに続こうとして、ふと自分の体が動かないことに気が付く。
金縛りにあったから動かないとかじゃなくて単純な理由で動かない。それは手をつないだ状態のアルトが一歩も動かないから、もれなく手をつないでいる私も動けないのだ。えーっと、アルトくぅん?
アルトは不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「僕以外の人間と手を握るのも、頭をなでるのも禁止なんだけど」
「うん、なにそのルール!?」
「今作った」
「作るな!?」
私に甘えるのもいいが最近のアルトはそれが目に余る。
不機嫌そうにこちらを見てくるが、折れるつもりはないぞ。なんで私がアルト以外の人と手を繋いじゃいけないのよ。ソラとエミリアの頭もなでなでしたい!
己は束縛激しい系彼氏か!友達まで束縛したい系だったのかお前!ソラに嫌われるぞ!
「アルト。これ以上わがまま言うと嫌いになっちゃうからね」
「じゃあ僕は今度からリディアを助けない」
「うそでーす。わー、アルトと手を繋げて私ってば本当に幸せ。さあジークを追いましょう!」
「そういう潔いところ、好きだよ」
こうして私たちは仲良く手を繋いだまま、ジークとソラを追いかけたのであった。
ちなみに私はアルトとしか手を繋がない、頭を撫でないとは言っていない。ただ幸せだと言っただけだ。これがほんとの策士です。フハハ。
ちなみにこのあと無事ジークに追いつき一緒に食堂に戻った私たち。「みんなー、皿洗いマスターが返ってきたよー」というアルトの言葉ですべてを察した子供たちの協力の元、ジークは皿洗いマスターとして歓迎され無事孤立を防ぐことができた。(うちの子たち、ほんとうに察しが良すぎる!ラブ!)
孤立イベント完全回避だ。
しかし皿洗いマスターというのは、所詮は勝手に作り上げたもの。
当然、皿洗いマスターどころか皿を洗ったことすらなかったジークは1枚2枚…10枚ほど皿を割り、後日アオ兄ちゃんがすべて自腹で買いなおした。
めでたしめでたし~。




