18.皿洗いマスターに、おれはなる!(1)
おさらいしよう。
昨日私は怒りに身を任せジークを殴った。
そんな私と私が巻き込んだエミリアを除く2人は神父様に捕まり1日中説教&正座させられた。
私とソラの足は痺れ、アルトは足の痺れに震える私とソラを見て幸せそうに笑っていた。
はい。
それで、その結果はというと、
「お前は女の癖におれさまに歯向かってきたり、殴ってきたり、おもしろいやつだ。特別にジークと呼ぶことを許してやる。さあ、早く食い終われ。おれが遊んでやる」
興味を持たれましたー。はい、最悪。
朝食の時間。
食堂でちびちびとご飯を食べる私の真横には、仁王立ちで爛々と目を輝かせるジーク君。ジークの後ろにはおろおろと申し訳なさそうにしているエミリアがいた。
神は無情だわ。
もしかしたら興味もたれてないかもという私の考えは甘かった。
だが最悪はこれだけにとどまらない。
「ねぇ、君。リディアが困ってるの見て分からないのかな?」
「あ?なんだお前、おれさまに指図する気か?」
「指図?これは注意なんだけど。そんなこともわからないのかな?」
「ああ?」
面倒なことに、アルトとジークが喧嘩をしているのだ。やめてくれよぉ。
喧嘩腰であるのはジークだけで、猫かぶりアルトはやさしく注意をしている。という風を装っているだけで、やつの目は完全に笑っていない。
こういうときいつも喧嘩を止めてくれるソラとアオ兄ちゃんは、悲しいことに2人して花を摘みに行っている。リディアは泣いた。
だがしかし泣いている時間は私には無いのだ。興味を持たれない作戦が失敗に終わってしまったのだ。これからジークをどうするか、そしてエミリアの悪役さよなら計画をどうするか、作戦を練りなおさなければならない。
がんばれ私!活を入れて私は挙手をした。
「え、急にどうしたの!?」
「ちょっとお腹痛いので、お花を摘みに行ってきます!」
「ついて……」
言いかけるアルトを私は止める。
「私のお花摘みは、長くなる予定だから。レディーに恥をかかせたくないなら、付き添いはご遠慮いただきますっ」
「リディアがテキパキしてる。明日は雪でもふるんじゃないの?」
「うるせー!さようならー!」
アルトにパンチしたが躱されたのでやり返されないうちに私は逃げた。食堂を出てトイレへと走ったと見せかけて、私の体は孤児院の外に出る前に急カーブ。自分の部屋へ向かった。だって今後の作戦を立てるならトイレより部屋の方がいいじゃん。
まあトイレに行くといった手前、30分くらいたったら食堂に戻るつもりだ。アルトたちにリディア超トイレ長いって思われたくないからね。
さあ、そういうわけで私に残された時間は30分しかない。
部屋についたところで早急かつ迅速に今後のことを考えよう。
今1番に考えるべきはジークの今後の対応である。
作戦を立てるためにも孤児院編での「いつ君」ジークの今後の行動について、掘り下げていこう!
まずジークがヒロインに興味を持ってしまった今、これから始まるイベントは、「ジーク孤立イベント」だ。ええ、その名の通り、このイベントはジークが独りぼっちになるというイベントだ。イメージとしては、ジャ〇アンが子供たちから反旗をひるがされ、独りぼっちになる感じ。
ジークは少しでも自分の思い通りにならないと怒るタイプだ。さきほどのアルトとの衝突しかりである。そしてそんなジークを見て、周囲の子供たちは、だんだんと距離をとり始める。「ジークのやつ好き勝手やりすぎ」「怒ってやだ」「近くにいたくない」と。
最初のうちはソラやアルトとは違った雰囲気の美少年であるジークに、ぽーっとする女子たちだったが彼女たちもまたジークの我儘に反感を持つようになる。
そうした不満が積み重なり、ある出来事がきっかけでジークは孤立する。
そのときにジークから唯一離れていなかないのがヒロインだ。自分の性格のせいで子供たちと仲良くなれないジークのそばにずっといてあげて、彼の心の拠り所となる。
もちろんエミリアだってジークのそばにずっといるが、ジークにとってエミリアは自分の付属品。居て当たり前の存在なのでヒロインのような拠り所としては認識されない。
ヒロインはジークにとって唯一の居場所となり、必然的に一緒に行動をするようになる。それに伴いジークのヒロインへの好感度は上がっていくという仕組みだ。
でもここではまだジークはヒロインに恋をしていることを自覚していない。恋に似た友情のような感情だ。ジークのラストイベントを経て、彼はヒロインに恋していることを自覚する。
そしてこのラストイベントで、エミリアは完全に悪役へとなってしまうのだ。
つまりフラグを折るために私が今後とるべき行動は2つ!
1つめは、これから起こるであろうジークの孤立イベントを防ぐこと。
2つめは、ジークのラストイベントを防ぐこと!
ジークが私に興味を持ってしまったことはもう仕方がない。だからジークには恋に似てない友情だけの感情を私に対して抱いてもらう。そしてラストイベントを回避する!そうすればジークは私に恋しない=本編開始時迎えに来ない=本編開始しない!イエスッ!
私ってばほんとうに天才。誰もいないので、おもいっきりガッツポーズをした。
「よーし次はエミリアの悪役さよなら計画を…」
「やだ。おれはやらない!」
「うるさーっ!?」
言いかけた私は、不機嫌極まりないジークの大声に鼓膜をやられた。リディアちゃん100のダメージなんだけど。生まれたての小鹿のようにぷるぷる震えちゃってるんだけど。
ちなみに食堂と私たちの部屋はだいぶ離れている。それなのに私の鼓膜を破るほどの破壊力とか、ジークどんだけ食堂でバカでかい声を披露したんだよ。
ていうか、おれはやらない!ってなにをやらないんだ!?
「今は一応、朝食の片付けの時間のはずだけど……オゥ、ノー」
1つだけ思い当たることがありまして。それに気づいてしまった瞬間、頭を抱えるよね。馬鹿ジークめぇえええ!
私は部屋から飛び出した。
「ジークの孤立イベント」は、当番の仕事をしたくないとジークが駄々をこねるシーンから始まる。
それは朝食の時間。ジークの班を含めた2つの班がお掃除当番のときのことだ。お掃除当番は食器を下げたり洗ったり、テーブルを拭いたりなどの簡単なお手伝いをする。孤児院のルールだから誰も文句は言わず、自分が当番のときはみんな真面目に片づけをしていた。
しかしその仕事にジークは不満を唱える。使用人みたいなことはしたくないってね。でもって駄々をこねるだけでなく、当番の仕事を他の子に押し付けてしまうのだ。「お前、おれ様の代わりにやれ」と。
これで子供たちの堪忍袋の緒が切れる。
普段からジークの横暴な態度に不満があったということも重なり、彼らはジークを無視し始める。もちろん当番なんて代わってあげるわけがない。
こうしてジークは孤立する。
通常このイベントはジークが孤児院に来てから1週間後に発動する。子供たちがジークの横暴に不満を募らせるためには時間が必要だからね。
だというのに、ジーク!お前は登場からイベント発生まで、せっかちすぎるぞ!
いつもならば食堂に近づくにつれ子供たちのわきあいあいとした声が聞こえてくるのに、今は聞こえない。恐ろしいほどの静寂だ。それは食堂の扉の前に立っても変わらない。
なぜ昨日来たばかりのジークに子供たちがもうすでに不満を募らせているのかはわからないが、イベントが発生していることは間違いないだろう。
そうして食堂の扉を開けて目に入った案の定の光景に頭を抱えた。
「ジーク。いやだいやだと言っても、そういうきまりなんだよ。君は今日片づけ当番なんだ。だからやらなきゃだめ」
「はっ。どうしておれが、使用人みたいなことをしなくちゃならいないんだよ。それはおれの仕事じゃない」
「うーん、だから……」
「大丈夫だ。エミリアが代わりにやる」
「いやエミリアも君と同じ部屋だから当番なの。だから君の代わりはできないから…」
食堂にはアオ兄ちゃんに諭され、不機嫌そうに眉間にしわを寄せるジークがいた。
そしてそんな2人から少し距離を置き、とりかこむように様子を見ている子供たちの姿。
うん。ジーク孤立イベント、そのまんまの光景だ。泣きたい。
このまま孤立イベントが起きていたことに気づかないふりをして、トイレにこもってしまおうか?私の頭は現実逃避をし始める。しかし残念!すぐに現実に戻されました。
戻ってきた私に気づいてアルトとソラが手招きをしてきたのだ。
ほんっと、ヴェルトレイア兄弟覚えとけよ!?
私は心の中で泣きながら壁際で事の成り行きを見守っている2人のもとへ向かった。
「ねぇ、泣いていい?」
「ああ、ジークのやつが当番の仕事をしたくないって駄々こね…いや、泣いていいってなんだよ!?」
「ナイスツッコミをありがとう、ソラ」
「なんか恥ずかしいからやめろ」
涙目で赤面するソラに癒されて少し回復したリディアちゃん、くそ~とうなだれるよね。私的には「ジーク孤立イベント」ではありませんでした~。ドッキリ大成功!でもよかったのだが、そんな都合のいい展開になるわけがない。
「具体的には?どうしてこんなことになってるの?」
「孤児院での生活に慣れるために、今日からジークとエミリアに当番の仕事をしてもらうことになったんだけど、ジークが文句言って今に至るって流れだよ」
今日から当番の仕事をしてもらうってのは、おそらく神父様の計画だ。わかった、夜中に神父様のひげを数本抜く。これ、決定事項ね。
「でもただジークが文句垂れただけにしては、この空気異様じゃない?」
出会ってまだ1日しか経過していない状態でジークが我儘を言ったところで、ここまで嫌な空気にはならないはずだ。まあ多少はヘイトがたまっているかもしれないけど。
2人だけに聞こえるようにこそっと問えばソラが苦笑い。リディアちゃん嫌な予感がしますよー。
「実はさ。おれたちきのう神父様に怒られて、夕食の時間がみんなと別々になったじゃん。ルルが言うにはさ、あいつきのうの夕食時間も我儘言いまくってたらしいんだよ」
「……。」
リディア、目を閉じ、泣く。
イベントが発生してるってことは、みんなの不満1週間分の文句をジークは昨日放出したってことだよね。ご親切にイベント発生の伏線を昨日のうちに張ってくれていたとは、ジーク殴りたい。
「ていうか待って、なにそれ初耳なんだけど」
するとアルトがクスリと笑う。
「初耳で当たり前でしょ。僕たち、誰かさんのせいで叱られてたからね」
「あんたは叱られて喜んでたんだからいいでしょ!」
あれはソラとリディアの叱られる、かわいい姿を見られたから喜んだだけで…と、アルトがボソボソ言っているが、そうじゃない。今はジークの話をしているんだよ。話を脱線させるな!
「ソラ!ジークがわがまま言った話、もっと詳しく!」
「えー。たしか、ごはんのおかずが気に入らないから作り直せとか。あと遊びの時間にもやらかしたって言ってたな……」
朝からなーんか子供たちの纏う空気が淀んでいると思っていたけど、こういうわけだったか。思い返せばきのうはあんなにきゃーきゃー桃色の雰囲気だった女子たちが、今日の朝は静かだった。そわそわしながらかっこいいジークを眺めているが、近寄ろうとはしない、そんな感じ。
きのうのことがあったからそんな態度だったのね。
リディアちゃんお手上げだよ。
ジークを孤立させなければいいとは思ったものの、どうすればいいのかは全然考えていなかった。ここ、私のダメなところだ。何をするかは決めたけど、具体的な計画は全然立ててないの。
「とにかくおれは、絶対に当番の仕事なんてしないからな!」
「ジークっ」
現在、アオ兄ちゃんからしつこく当番の仕事をするように諭され、困り果てていたジークは辺りを見回していた。
誰か自分の味方になるような人を探しているのだろう。「ジークは当番なんてしなくていいんだよ!」そう言ってくれる人間を探している。
だがそんな人はどこにもいない。
いないどころかジークとは目を合わせないように、子供たちはみんな顔を伏せている。
普段であれば周囲の人間…まあ主にジークの地位に頭があがらない人たちが、彼の望むように行動するものだが、あいにくここには地位というものを知らない子供と教育者しかいない。
何も考えつかない私も、他の子どもたちと同様に顔を伏せてしまった。
ここで目があったりなんかしたら、お前助けろ!と絶対に言われる。面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだし、そもそもここでジークを助けてしまえばイベント突入となってしまう。視線を感じながらも、私は決してジークと顔を合わせないようにした。
でも、なにもしないのもちょっとな…って思う。
さすがに今のジークはかわいそうだ。そりゃあたしかに、我儘を言ったジークが悪いとは思うが、この空気はちょっと苦しい。
だからといって、「ジークは王子様だから我慢を知らないの。みんな諦めよう!私たちが我慢しよう」と言えるわけがないし。そもそもの話、これでは何の解決にもならない。みんながジークを見る目も変わらない。
うーん、うーんと悩んでいるときだった。
「もう、いい……」
小さな声が聞こえた。
思わず顔をあげて、偶然見てしまった彼の顔。息を呑んだ。
「くそっ。なんで誰もおれの言うことを聞かないんだよ。味方しないんだよっ。意味わかんねぇ!」
ジークは食堂から出て行ってしまった。
「なんだよ、怖いなぁ」「ジーク君が悪いのに…」「言うこと聞かないの当たり前だよ」ジークがいなくなったあとの食堂では、誰とも言えない小さな声が飛び交う。
たしかにジークの発言は横暴だ。みんながジークの言うことを聞かないのは当たり前だし。ジークが間違っている以上、味方をしないのも当然だ。
悪いのはジークだ。
アルトもソラもあきれた顔をしている。
でも…私は……
「リディア、どうしたの?苦しそうな顔してるよ」
私はただただ自己嫌悪に陥っていた。
きっと私も何も知らなければみんなのように、ジークのやつってばほんとうに意味が分からない、とつぶやいていただろう。
でも私は知っている。
ジークが我儘なのは、我儘を許される環境で育ったからだということ。今までだれも、親でさえジークの我儘を咎めることはしなかったこと。
それに私は見てしまったのだ。ジークが食堂を出て行く瞬間の、勢いよく私の目の前を横切り走り去った、ジークの横顔を。
彼は、怒ったような…でも、怒りよりもなによりも、涙をこらえたそんな顔をしていた。
その顔を見た瞬間、罪悪感が胸いっぱいに広がった。
私は聖人君子ではない。さきほどの彼を見て自業自得だよバーカと思う自分もいる。
でもいくらジークに腹が立つとはいえ、あんな泣きそうな顔をさせるのは間違っている。自分に絶対の自信がある俺様我儘野郎のジークだけど、いやだからこそ、彼は自分の行動に責任を持つ。自分の行動や言動に後悔もしない。それが孤児院時代でも本編でも変わらない彼の性格だ。
そんな彼が、泣きそうな顔をしていたのだ。
この状況や周囲の雰囲気が、苦しくて怖かったに違いない。
ヒロインとかそんなの関係なしに、私は人として、彼を知る者として、助けるまではいかなくてもなにか行動するべきだったのに。私、どうしたら……
「み、みなさんっ。ごごごごめんなさい!」
その声は、突然聞こえた。
聞きなれない声。声の主を見て瞠目する。
声の主がいる場所…さきほどまでジークとアオ兄ちゃんがいた場所にいたのは、エミリアだった。
全員の視線が彼女に集まる。
いつも自信なさげに震えているエミリアだが、今このときは、震えることなくその足でしっかりと立っていた。
私はまず、エミリアがこの場にいることに驚いた。
ジークのことでいっぱいいっぱいで、私は彼女の存在を不覚ながらも忘れていたのだ。
それにエミリアのことだからてっきりジークの後を追って食堂を出て行ったのだと思っていた。イベントでは「この空気嫌だ!」とヒロインがジークをつれて食堂を出て、そのあとをエミリアが追っていたから今回もそうだと無意識に思っていた。
しかしなぜ彼女は突然謝った?
怪訝な視線にさらされながらもエミリアは全員が自分を見たことを確認して、深々と頭を下げた。私もそうだが、アルトもソラもアオ兄ちゃんも、子供たちも全員が驚いてどよめく。
「迷惑をかけてしまい、ほんとうにすみませんっ」
「ちょ、エミリア。顔をあげて?」
エミリアの1番近くにいたのはアオ兄ちゃんだ。
我に返ったアオ兄ちゃんが慌ててエミリアの顔をあげさせようとする。だが彼女は頑なに頭を下げたまま叫んだ。
「みなさんにお願いがあるんですっ。大変不躾なお願いなのですが、ジーク様を嫌いにならないでほしいんです」
その場にいたみんなが彼女に対しさらに驚いた。
それは内気そうでおどおどしているエミリアが、はっきりとしゃべっているからなのか、それともジークに対していい扱いを受けていなさそうな彼女が、ジークのために頭を下げたからなのか。
どちらなのかはわからない。エミリアは続けた。
「ジーク様は生まれてから一度も窘められたことがありません。いままで好き勝手していて、それを許されてきました。だから我儘なのは仕方がないというか…うぅ、全然仕方がなくはないのですが。とにかく、ジーク様の態度を許してもらいたいのですっ。彼のことを理解してほしいとは言いません。でもどうか受け入れてもらえないでしょうか」
まだ子供たちはどよめている。
私もみんなと同じでエミリアの言葉に驚いていた。
でも驚くよりもなによりも、私は素直にすごいと感動していた。
エミリアは自分のことになると、おどおどして慌ててばかりなのに、ジークのためならこんなにも自分の意思を想いを伝えることができるのだ。
私なんかより、「いつ君」のヒロインなんかより、ずっとすごい。
体は勝手に動いていた。
「エミリア。大丈夫だから、顔を上げて」
エミリアの肩にふれれば彼女は驚いたように顔を上げた。分厚い前髪に隠され、表情はやはり見えない。でも彼女がおそらく目を丸くしているであろうことは感じ取れた。
「大丈夫だよ。ジークが昔からああいう性格で、エミリアに迷惑かけっぱなしってのは伝わった」
「そんな私は迷惑だなんてっ…」
ああ。しまった。エミリアが別の言葉に反応してしまった。
これは私の言葉の選択が悪かった。
「えぇっと、そうじゃなくてね。とりあえず私が言いたいのは、ジークのこと嫌いじゃないよってこと。みんなもジークのこと嫌いじゃないよ?ね、アルト?」
私は目の笑っていないアルトに同意を求める。
通常のアルトであれば、「はあ?嫌いだけど?」と笑顔で言うだろう。
ただ今のアルトの周囲には、私とソラ以外の子供たちがいる。つまり猫かぶり状態。
完璧を演じる彼は……
「うん。多少困ってしまうところはあるけど、嫌いではないよ」
にこやかに、こう言うのだ。
アルトの王子様スマイルに、子供たち(主に女子)の雰囲気が変わる。
「ちょっとジーク君って困っちゃうよね」「嫌だなぁ」から、「困ったところがあるけど仕方がないか」「かっこいいし許しちゃう」の雰囲気に変わる。
よっしゃ!と心の中でガッツポーズ。
まあ喜んではいられないんだけどね。というのも、「兄様のことうまく利用して。おれ知らないからな?」とソラが私を見てきて、さらにアルトからの視線も痛いほど刺さってくるのだ。うん、怖い。
だがまあ未来の自分がどうにかしてくれる。
未来の自分に丸投げした現在の私は、おろおろするエミリアに微笑みかけた。
「ね、大丈夫でしょ。またジークが今日の当番のときみたく我儘言えば、アオ兄ちゃんみたく説明したり、場合によっては殴り合いの喧嘩だってすればいいのよ!」
「リディア、殴り合いの喧嘩はダメだからね?」
アから始まりオで終わるお兄さんからなんか言われた気がするけど、うん。聞かなかったことにして私は言葉を続ける。
「もしくはジークのやつ見た感じ単純そうだからさ、適当にほめていいように使っちゃえばいいのよ!さっきの当番のやつも、ジークってば絶対に皿洗い上手だよね~ってほめれば、当番するんじゃない?」
同意を求めるべくみんなを見るが…おかしいな、みんなクスクス笑いながら私を見ている。
「ちょっとこれどういうこと?」
「いや、そんな単純に行くかよって思ってみんな笑ってんだよ」
なんだって!?私の素晴らしい考えが単純だと!?
ソラの言葉に賛同するかのように子供たちのクスクスは大きくなる。
待て待て、そんなバカな。ソラの言うことは当てにならないぞ。同意を求めるようにアルトを見れば、彼はクスクス笑わないもののほほえみながら私を見ていた。そうでしたね。ブラコンヤンデレのアルトがソラの発言に賛同しないわけがないですものねぇ。
「まあでも…不思議だよね。リディアが言うからなのかな?あのバヵ…ジーク、単純そうに思えてくるよね。うまくほめれば扱いやすそう。ね、ソラ」
「うん。リディアはともかく、兄様ならうまくやれそう」
アルトが言うと恐怖を感じる。たぶん本気でやりそうだからですね、はい。
まあアルトの発言怖いはとりあえず置いといて、クラスの中心人物的な2人がジークに対して好意的な様子だからだろう。ジーク孤立の雰囲気はすっかりとなくなっていた。
このときばかりは2人がまだ孤児院を去っていなかったことに感謝だ。
2人がいてくれてほんとうに助かった。ジークはたしかに腹立つが、彼のあんな顔はもう見たくないからね。それにジーク孤立イベントも防ぐことができた。つまりジークのフラグ折るの第一段階が成功したのだ。
私はほっと胸をなでおろす。
そんなところで、私は自分の肩をツンツンとつつかれていることに気が付いた。私の肩をつついていたのはエミリアだった。
「どうしたの?」
「あ、ありがとうございますっ」
尋ねるとエミリアは勢いよく頭を下げた。
さっきのデジャブ。急いで彼女の顔をあげさせるよね。
「いやいや、顔あげて!ありがとうございますっていうか、こっちのほうこそ、ありがとうだよ?」
「な、なぜですか?」
困惑したようにエミリアが聞いてきた。
「私はなにもできませんでした。私はただ、自分の立場をわきまえず発言して、みなさんを困らせ、不快な気持ちにさせただけですっ」
思いもよらない言葉に驚くがそれはすべて彼女の本心のようだった。本気で自分のことを低評価している。エミリアがみんなの前でジークを許してやってほしいと頭を下げたから今のこの状況があるのに。
ゲーム内のエミリアはひどくネガティブで自分に自信がない性格だった。でもだからって、自己評価低すぎないか?
「リディア様がうまくまとめてくださったおかげです。私がリディア様に感謝するならまだしも、感謝されるだなんて」
有り得ません。とエミリアは断言する。リディアちゃん困っちゃうよ。
「うーんたしかに、私はうまくまとめたのかもしれないけど。エミリアがいなかったら私はなにもできなかったよ」
むしろ私はエミリアの功績を奪った形になってしまった。
唖然とするエミリアに対し、私は言葉を続ける。
「エミリアがきっかけをつくってくれたから、私は発言できたの。エミリアがいなかったら私は絶対、自己嫌悪に浸るだけでなにもできなかった。だからお礼を言うのはこっちのほうなんだよ」
「でもっ」
「エミリアがいなかったらジークは明日から孤立してた。ジークはエミリアにスライディング土下座をするべきだね」
「そ、そんなっ…」
うーん。エミリアの様子を見るに、今の彼女には何を言っても私のおかげだなんてありえないと否定されそうだ。ありがとうの気持ちは伝えたいけど、困らせたくはないよね。ちなみにスライディング土下座、ここは笑うところだったんだよ。しょぼん。
話を変えよう。
「ちなみになんだけど、どうしてエミリアはジークがいるときにフォローしなかったの?」
別にエミリアを責めるとかそういうわけではなく、あのときあの場でフォローをしたならば、ジークはきっとエミリアに感謝しただろうと思って聞いた。
泣きそうだったジークのことだ。誰も味方はいないと、絶望していたときに助けてもらったら嬉しかったと思う。エミリアへの態度だって改めただろうに。
するとエミリア、ぷるぷると震えながら思い切り首を横に振った。
つまり全力で否定している。かわいい。
「だ、ダメです!それは、すっごくダメなんですっ」
「どういうこと?」
「ジーク様は私のような、地味で人に害しか与えない人間にに庇われては、屈辱なんです」
「エミリアの考えすぎじゃ……」
言いかける私をさえぎり、エミリアは首をふりながら続ける。
「ジーク様は…すごいんです。いつも自分に自信を持っていて、意志が強くて、まっすぐで、私なんかよりずっとすごいんです。だからこそ、誰かに助けられることをひどく嫌がるんです。自分に自信があるから自分の力だけでどうにかできるのにって」
熱く語るエミリアは、おそらく私の言葉をさえぎったことに気づいてはいない。気づいていたら彼女の性格上、きっと土下座をして謝るだろうから。
孤児院時代の…というか通常のエミリアであれば、人の言葉をさえぎるなど到底ありえない。ていうか私はそう思っていた。
もしかして…エミリアって少しアルトに似ていて、大切な人のことになると周りが見えなくなる可能性が高いのか?
そう考えるとちょっと目の前が暗くなるよねー。
私のかわいいエミリアのイメージが…いや、もちろんそれを差し引いても十分かわいいけどさっ。
「私のような、自分に自信がないだめだめな、相手に不快な思いしか抱かさせることができない人間に助けられたら、より一層屈辱に感じてしまうんです。だから彼の目の前で助けてはいけないんです」
エミリアのジーク自慢が突然始まったと思っていたら、ジークは自分に庇われては屈辱に思うという話につながっていたようだ。
「まあたしかに、ジークは他人に助けられることを屈辱に感じるタイプっぽいよね」
自分の味方になるのは許可するが、助けてもらうのは嫌だ。だって俺様は助けを必要とするような弱者じゃないから。それなら味方なんていらないから、黙って俺様が勝つのを見てろ!
ジークならそう言いそう。
私がしみじみとうなずいていると、なぜだかエミリアから尊敬のまなざしで見られていた。今のどこに尊敬する要素が!?
「……でも、助けてもらう相手がリディア様なら、きっとジーク様も屈辱には感じないのかも」
「うん、待って。それはぜんぜんわからないぞ?」
エミリアは何かを決意したのか、ごくりと唾を飲み込んで私を見た。というか縋ってきた。
「おねがいします。リディア様に甘えてばかりでほんとうに申し訳ないのですが、どうかジーク様を呼び戻してはいただけないでしょうか?」
そういえばジーク、食堂を飛び出したんだった。てへ、リディアちゃん忘れてた。
「じゃあエミリアもいっしょに…」
「私ではだめです。私がいっしょでは戻ってきてくれません。不快に思いきっと部屋に閉じこもってしまいます」
えー。却下されたー。私が涙目になっているのは気づいていないのかエミリアは続ける。
「私の予想が正しければ、きっとジーク様は今部屋の中でいじけています。あの方はふてくされるといつも静かな落ち着ける場所に行くので」
「たしかに今ジークが落ち着けそうな場所っていったら、部屋くらいだもんね。じゃあエミリアもいっしょに…」
「私はいけません」
「……。」
孤児院時代でのエミリアのキャラ設定は、気が弱いネガティブな少女だ。まあ本編に入ると根暗な、陰湿いじめ悪役令嬢になるのだが。少なくとも現時点では、押しに弱い、そんな少女…のはずなんだけどさ。あれ?意外と、ゆずらなくない?
私が困っていると、援軍が来た。
「それなら、おれも行くよ」
「必然的におれも行くことになるなこれ…」
「アルト!ソラ!」
彼らは私の元へやってくると当たり前のように両脇に立つ。
ちょ、困ったときに駆け付けてくれるとか、めっちゃうれしいんだけど。私の友達、最高すぎる。
「え。お前、なに照れてんの?」
「ふーん、おれたちが来たから喜んでるんだ?」
ドン引きするソラに対し、うれしそうにいたずらっ子のように笑うアルト。
2人ともまったく違う反応だが、うん、なんか腹立つ。
「べ、別に、そんなんじゃないしっ。私、エミリアと2人でジークを迎えに行くからいいもーん」
「へー、そういうこと言っちゃうんだー…」
「ちょ、兄様。一応エミリアの前だから本性抑えて。ほらリディアも丸わかりの嘘はやめろ。3人で迎えに行くぞ!」
「あのっ…私、可能であれば、リディア様だけに迎えに行ってほしいのですが……」
「……は?」
「あんた、おれがせっかくまとめたのに、やめてくれない!?」
エミリアが私だけにジークを迎えに行ってほしいという発言にはほんとうに驚きだが、今はそれよりもこの収拾がつかなくなってきた状況の方が優先だ。
ジークを迎えに行くだけの話が、困ったことに混沌としてきている。
主にアルトがなぜかイライラしているのと、エミリアのなぞの発言のせいで。
私とソラは「どうにかしてよ」「なんかうまくまとめろよ」と互いに発言権を押し付け合う。
そんな私たちに救いの手を差し伸べたのは、ずっと私たちの会話を見守っていたアオ兄ちゃんだ。
「うん、じゃあ、3人でジークを迎えに行ってあげて。これ、今デート中(自称)でいない神父様代行の特権だから。反論は許さないよ?」
「…神父様め。いないと思ったらマリアさんとデートだったのか」
「はいはい、神父様のことはあとで煮るなり焼くなり好きにしていいから、ジークを迎えに行って」
エミリアが不満そうな顔をして、アルトがフッと勝ち誇ったように笑う。
あなたもたまには役に立つみたいだね。そう言わんばかりにアオ兄ちゃんを見るアルトともども私たちは、アオ兄ちゃんに背中を押されジークを迎えに行くことになった。




