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17.本当にあった怖い話




 え~、みなさんこんにちは。天才美少女ヒロインことリディアです。

 季節はほぼ夏ですね。汗で服が体に張り付いてほんと嫌になっちゃうこの時期。そこで本日はみなさんに、私の身におこった本当にあった怖い話をしたいと思います。

 みなさん、こんな言葉はご存知ですか?


 フラグ


 えぇ、フラグです。フラグが立っちまったよ!ってやつです。私はこの言葉を聞くだけで壁に頭を打ち付けたい衝動にかられます。

 もうこの時点で私がどんな目にあったのか、大体の予想がついている方もいるのではないでしょうか。ですがまあ、後生ですので聞いてください。


 それは静かな静かな、嵐の前の静けさと言っても過言ではないほどに静かな夜のことでした。

 すぴーすぴーというかわいいソラの寝息を聞きながら私は考えていました。

 

 もうすぐ夏の国の攻略対象と悪役、来そうじゃね?と。

 ソラのイベントはすべて終わりアオ兄ちゃんも登場した。アルトとソラの孤児院さよならイベントが終わったら、すぐにでも夏の国チーム来そうだな~って思っちゃったんです。フラグです。

 

 そこで私はひらめきました。

 今のうちに夏の国チームの対策を練っておいたら後の自分が楽じゃね?そうだ、そうしよう。アオ兄ちゃんのときのような不意打ちパンチを食らうのはごめんだぜ、と。フラグです。


 そうして私は夏の国チームの対策を考え付き、「やば。リディアちゃん天才すぎ~。これなら明日夏の国チームが来ても余裕だわ」と就寝。超フラグです。

 その翌日の朝のことでした。



 「女の子に失礼なことを言うやつ!女の子に暴力振るうやつ!そして、俺様なやつ!この3つは重罪なのよ!覚えとけぇ!」


 

 赤く腫れた鼻から血を流している赤髪の少年――夏の国の王子であり攻略対象でもある彼、ジークに私は啖呵を切っていました。


 ちなみに私の背後には尻もちついた夏の国の悪役であるエミリアがおりまして。

 視界の端ではアルトとアオ兄ちゃんが肩を震わせていて、ソラはあちゃーと頭を抱えています。

 

 怖いですねぇ。フラグが回収されてしまったんですよ。これが本当の怖い話!

 背筋も凍るどころか、リディアちゃんは現在青ざめ震えています!


 なぜこんなことになってしまったのか。

 それは今から、10分ほど前に遡る。




////////☆


 「リディア起きて。朝ごはんの時間だよ」

 「ほが?」


 頬を引っ張られる痛みで目を開けてみれば、目の前にアルトがいた。

 寝起きは頭がまわらないよね。私はぼへーと回らない脳みそで昨日の夜のことを思い出す。私はなにか考え事をしていて、そして寝落ちしてしまったと思うのだけれど、うん。なにを考えていたか思い出せない。

 まあとりあえず言えることは、


 「いひゃいんだけど」


 私はいまだに私の頬をつねるアルトをにらんだ。

 するとアルト君、ムスッと頬をふくらませる。

 

 「愛の鞭だよ」

 「いや、なにが!?」


 朝からツッコミさせないでよ。いい加減手を放せとアルトの手を叩けば彼はようやく頬から手を離した。


 「頬がのびたらどうしてくれんのよ」

 「大丈夫、責任はとるから」

 「あっそ。そういえばソラはどこ?」

 「……。」


 目の笑っていない笑顔でこっちを見てくるアルトは無視して私はソラを探す。

 いつもならアルトに起こされる私を見て、「兄様の手を煩わせるな!まさかお前、結婚後もそうやって起こしてもらおうと…いや、認めない!認めないからな!?」とわけのわからない長文を言ってくるところなのに。


 「ソラなら食堂だよ。リディアがあんまりにも起きるのが遅いから、先に行っててもらったんだ」

 「あらら。それは悪いことしたね」


 アルトが先にソラを食堂に行かせるなんて、私はかなりの寝坊をしてしまったようだ。

 時計を見れば、朝の7時45分。朝ごはんは7時半から食べるから、私たちはいつも7時には起床してるんだよね。45分も遅い目覚めじゃないか。


 「平手打ちで起こしてくれてもよかったのに」

 「平手…女の子に、ましてや君にそんなことできるわけないでしょ!?僕を見損なわないでよ」

 

 平手打ちをする人間を見損なってもいいと言うのなら、女の子の頬を2日に1回のぺースでつねるアルトのことは、見損なっていいということになると思うのだけれど。


 「ねぇ、まだ寝ぼけてるの?早く着替えて。前よりはマシになったけど、ソラはあの女たちの中で一人で僕たちを待ってるんだよ。ほら、着て!」

 「ふごっ」


 ジト目で見ていただけなのにアルトは私が寝ぼけていると勘違いしたようだ。彼に投げつけられたワンピースは顔面にクリーンヒット。布だから痛くないけど、リディアちゃんキレていいっすか?


 「早くしてよ」

 「うわ、寒っ。着替えるから部屋の気温下げるなっての!」

 

 食堂にはアオ兄ちゃんもいるしソラは一人でも大丈夫だと思うけど、アルトの心配する気持ちもわかるからね、私は黙って着替えますよ。アルトの機嫌が悪くなって部屋の気温がさらに低下することを恐れたわけじゃないぞー。

 男女の友達がソラにできたからといって、ソラを狙う女の子たちがいなくなったわけではない。ソラ大好き筆頭のルルちゃんがソラへの熱烈アピールを止めたから、女の子たちの恋愛モードはおさまったものの気持ちを胸の奥でくすぶらせている子たちはまだ多い。アルトはそれを心配しているのだろう。


 そんなふうにソラのことを考えていたからなのか。

 ちょうど着替え終わったところでソラが勢いよく部屋に入ってきた。食堂にいたんじゃないのかよ。


 「兄様、リディア!遅い!早くきて!」


 にこにこ笑顔のソラは私たちの腕をひっぱり走り出した。

 寝起き早々に早着替えからのダッシュってどこの運動部?私まだ起床してから5分も経ってないんだけど。

 

 「説明を求めます」

 「説明はあと!見ればわかるから、早く食堂に行くぞ!」


 ソラはにこにこ笑顔で私の要望を却下した。今日のソラはずいぶんテンションが高いな。どうした?


 「私、歯を磨いてからご飯食べたいんだけど。肉食女子の目が怖いからって急かさないでよー」

 「寝坊したお前が悪いだろ。ていうか肉食女子ってなに?」

 「あれ?食堂でただ一人、女子の視線に耐えられないから私たちを呼びに来たわけじゃないの?」

 「お前はおれをなんだと思ってんだよ!?」

 「そうだよ、リディア。ソラは僕たちがいない間によってきた女たちが怖くて不快で、僕らを呼んだんだよ」

 「兄様も違うから!おれが2人を呼んだのは、もうすぐ自己紹介が始まるからだよ!」

 「「自己紹介?」」


 自己紹介と言われて思い出すのは、つい最近やってきたアオ兄ちゃんのこと。

 アオ兄ちゃんが現れてびっくらこいたリディアちゃんは、自己紹介の途中で脱走してしまいましたからね。今となっては懐かしい思い出だ。今回はきちんと最期まで自己紹介を聞きたいね。

 のほほんとそんなことを思って、あれ?と首をかしげる。


 そういえば、誰が自己紹介をするんだ?


 小さな疑問は食堂に近づくにつれ大きな疑問へと変わっていく。

 自己紹介、自己紹介……自己紹介!?そして私は昨夜、なにについて考えていて寝落ちしたのか思い出した。ま、ままままさか!?


 「うわ。どうしたんだよ、急に。女がよくそんな不細工な顔できるな?」

 「不細工な顔のリディアもかわいいよ」

 

 私の驚いた顔を見て2人とも顔お引きつらせたり、頬を桃色に染めながら思い思いの感想を述べるが、えぇい、今はそういうのいらない!


 「それよりも、自己紹介ってどういうこと!?誰が自己紹介するの!?」

 「そんなの新しく増える孤児院のメンバーに決まってるだろ?」

 「……。」


 リディアちゃん、心の中で、天を仰ぎます。オウ、ジーザス。

 新しく増えるメンバーとか、絶対に夏の国の攻略対象と悪役じゃーん。



 「夏の国からやってきた。ジークレインだ」

 「な、夏の国から来ました。エミリアです」



 ほら、やっぱりー(泣)私は現実でも天を仰いだ。

 食堂に到着すれば赤髪の少年少女が自己紹介をしていた。


 ツンツンした赤髪短髪緑眼の美少年がラフィエル王国、通称夏の国の王子であるジークレイン・ラフィエル。

 そして分厚い前髪で目元が見えないけれど、おろおろしていてめっちゃかわいい女の子が、夏の国の悪役であるエミリア・ラフィエルだ。

 

 そんな2人の隣に立つアオ兄ちゃん(姿が見当たらない神父様の代役であろう)が、「座りなさい」と私たちに口パクで言ってくる。

 アオ兄ちゃん、今それどころじゃないんだぞ☆


 私はきれいな回れ右を披露しこの場を離れようとした。が、悲しいね。逃走の気配を察知したらしいヴェルトレイア兄弟2人に腕を捕まれ、私はいつもの席に座らされた。


 「ふー。ギリギリ間に合ったな」

 「リディア、顔色悪いけど大丈夫?」

 「大丈夫じゃないに決まってんでしょ!?」

 「え。大丈夫じゃないの!?」

 「兄様落ち着いて。リディアが大丈夫だったときなんて今まであった?これで正常なんだよ。ほっとこう」

 「あぁ、そうだね」


 おい、大丈夫じゃないが正常ってどういうことだよ!?アルトも納得するな!

 2人の胸倉つかんでゆさぶりたいところだが、私はぐっとこらえるよ。今はそんなことしている暇ないからね。逃げることはあきらめた。こうなったら昨日の作戦通りに進めるしかない。


 孤児院のみんながジークやエミリアに「好きな食べ物なにー?」とか質問している間に、私が昨日立てた作戦…の前に、まずはさらっとジークとエミリアの設定をお話しようと思う。


 はじめに。ジークは俺様攻略対象だ。ここ重要、テスト出るよ~。

 乙女ゲームには必ずいると言っても過言ではない?俺様キャラ。彼は自分が世界の中心にいると思っている系の男で、「俺に惚れさせてやるよ」とか言っちゃうイタイやつだ。

 そんなジークに振り回されるのが悪役エミリアだ。ちなみに彼女の父親は王弟殿下なので、ジークとエミリアは従妹の関係になる。彼女は孤児院時代では数多くいるジークの婚約者候補の1人で、本編ではジークの婚約者としてヒロインの前に立ちふさがる。


 しかし私は声高々に言いたいね!本編でこそヒロインをいじめる恐ろしい彼女であるが、孤児院時代のエミリアはとてもシャイでかわいらしい少女なのだ!と。

 彼女は以前私が言ったヒロインに出会いさえしなければ、悪役にはならなかったという言葉がまさしく当てはまる少女なのだ。ほんとうにいい子なの。小さいころから我儘放題のジークの尻拭いをして……と、語りたいところだけど今はジークのイベントを防ぐことが重要だ。


 話を戻しまして、ジークの最初のイベントは自己紹介のときだ。そうまさに、今!

 本編において彼のルートに入るためには、この自己紹介で彼に興味を持たれなければならない。逆に言えば、初回のイベントで彼に興味を持たれなければ本編で彼のルートに入ることはないのだ。


 「いつ君」においてヒロインは、自己紹介時にエミリアを邪魔だとか言って突き飛ばしたジークに対し怒り、

 「ジーク君そういうのよくないよ。女の子にはやさしくでしょ?反省した?そしたら一緒に孤児院の探検に行きましょう」

 って感じのお姉さん風を吹かせて彼に興味を持たれる。おれに面と向かって発言してきた女は初めてだ。おもしれぇ女じゃねーか、的な感じで。

 

 そんな俺様ジークの好きなタイプは、自分の意見をはっきり言える他人に流されない女。

 ゲーム中のヒロインのセリフと行動は、ジークに興味を持たせるどころか好きなタイプをドストライクなのである。


 そこで昨夜のリディアちゃんは考えました。

 「いつ君」でジークがヒロインに興味を持ったのは、今まで出会ってきた女の子たちと違う反応を彼女が示したからだ。つまり私は他の女の子たちと同様に、きゃージーク君かっこよ~とすればいいのではないかと!天才すぎるよ、自分!


 というわけで、すでにジークの俺様系フェロモンにメロメロになっている女子たちに混ざってリディアちゃんは頑張るよ!

 

 「きゃー。ジークくん、かっこいー(棒読み)」

 

 瞬間、アルトとソラがすごい勢いで私を見た。2人とも首からすごい音がしたぞ。


 「リディア、なにを拾い食いしたの。怒らないから教えて」

 「兄様大変だ。リディアがくねくね体を揺らしてる。絶対変なもの食べたんだよ!」


 なんだこの兄弟。そろいもそろって失礼すぎやしないだろうか。私がくねくねしてるのは、「きゃージークくん素敵ぃ」な女の子たちの真似だぞ。

 テーブルの下から蹴ってやる。私は呼び動作よろしくさらにくねくねと揺れた、そのときだった。


 「…お前、へんてこな顔だな。おもしれぇ」


 目の前ににやにやと私を見降ろす真っ赤な髪の男の子――ジークが立っていた。

 ……はい?


 「もっとおもしろい顔をしろ。命令だ」


 おかしいな。首を傾げちゃうよね。

 興味を持たれないためにジーク君にメロメロモブを演じていたのに、なぜか興味を持たれている。女の子たちは羨ましそうに私を見ているが、みなさん羨ましいならすぐさまにもこの場所交換しますよ?


 「早くしろ。おれを待たせるな。顔がおもしろければ、お前には特別におれさまをジークと呼ぶことを許してやる」


 ジークは腕を組み偉そうに私を見下ろしてくる。

 うわー。これが生の俺様かー。私俺様って嫌いなんだよね。高圧的で横柄でおれの命令を聞くのが当たり前だと思っている感じが、腹立つっていうか。鳥肌が立ってきた。

 心なしか肌寒くなってきた気もする。視界の片隅でソラが「兄様、抑えてっ」と慌てている姿が見えた気がしたけど、まあいいか。


 未来の自分とみんなの命ある平和のためだ。かなりイラつくがジークに興味を持たれては困るので、プライドなぐり捨てておもしろい顔をしてやろう。

 そう思い私は変顔をつくろうとして……瞠目した。だってエミリアが私を守るように、ジークの前に立ちふさがっていたから。


 「…じっ、ジーク様っ。女性の方に、おもしろい顔をしろなどというのは、失礼です」

 

 孤児院時代の悪役エミリアは引っ込み思案な女の子だ。ジークに意見することなんてほぼない。それなのに彼女は私のためにジークに反論してくれた。

 ……え、やば。かわいい、好き。惚れるわ。


 私がエミリアに心臓を撃ち抜かれている一方で、ジークは眉間にしわを寄せてエミリアをにらむ。それを見て思い出した。たしか幼少期のジークはエミリアのことを、召使のようにこき使っていた。

 てことは、やばいかもしれない!しかし気づいたときにはもう遅かった。

 

 「エミリアの分際で生意気だ」


 ジークがエミリアを突き飛ばしていた。


 「あぅっ」


 エミリアは私の足元で尻もちをつく。


 「……。」


 考えるよりも先に私の体は動いていた。

 椅子から立ち上がり、エミリアとジークの間に立ち、右手がこぶしをつくり、その手を後ろに一度引き、流れるように前へ突き出す。


 パッコーン


 私の右ストレートはキレイにジークの顔面に決まった。

 ジークは声も出せないほどに驚いて、その場に尻もちをつく。私のこぶしは彼の鼻に当たったらしい。鼻血が出ている。痛そうだね。私も手が痛いよ。

 でもね、エミリアの方がもっと痛いんだからな!



 「女の子に失礼なことを言うやつ!女の子に暴力振るうやつ!そして、俺様なやつ!この3つは、重罪なのよ!覚えとけぇ!」



 私は唖然とするジークに啖呵を切ったのだ。

 先程とは立場が変わり守るように自分の目の前に立つ私を見てエミリアは目を丸くして、視界の端でアルトとアオ兄ちゃんが肩を震わせている。ソラはあちゃーと頭を抱えていた。


 そうして現在に至るというわけ。


 うん。我に返って冷静になりソラと同様にあちゃーと思う。やっちまったよって感じで全身震えが止まらない。けど、うん!もういいさ!ハハハ!

 起きてしまったことは(私が起こした)、もう仕方がない!心の中では大号泣だけど、切り替えるよ。


 私はジークに突き飛ばされて尻もちをついていたエミリアを立ち上がらせた。分厚い前髪の奥で、彼女は大きな瞳をさらに大きく見開いて私を見ているように感じる。かわいい。


 ちょうどいい。このタイミングで、エミリアと友達になってしまおう。

 アルトでの経験上、悪役さよなら計画を円滑に進めるには友達になったほうが楽だってわかったからね。ていうかそれがなくても普通にエミリアと友達になりたい!てなわけで


 「私の名前はリディア。さっきは助けてくれてありがとう」

 「そ、そんなっ。助けただなんて……」

 「早速だけど、私と友達になってください」

 「は、はい……えぇっ!?とっ、友達」


 ノリでいけるかなと思ったけれど、さすが悪役になる運命が待ち構えているだけはある。彼女は流されなかった。でもあうあうと困ったように震えているから、押せばなんとかなるかも。

 

 「ね!エミリア、私と友達に…」

 「ぬぅわ、ぬぅわんじゃこりゃぁぁぁああ!なんで、ジークが鼻血たらしとるんじゃ!?」

 「……。」

 

 私の声を遮った叫び声に、おのれ神父様…と首を垂れる。

 食堂の入り口付近で聞こえたその声の主は思った通り、神父様だった。両腕に抱えきれないほどのニンジンを持った彼は作業服姿でカタカタと震えている。あ。そういえば昨日マリアさんと収穫デートじゃ~って言っていた気がする。


 たかが自己紹介。なにも問題は起きないと考え、アオ兄ちゃんに仕事を任せてデートに行って今帰ってきたのだろう。

 残念、神父様☆

 問題、起きちゃった!


 なんてふざけている場合ではない。

 神父様の放心状態が解除される前に逃げなければ。

 今までの実績から、私は間違いなくジークを殴ったことを疑われる。孤児院でバカをやらかして怒られるのは私くらいしかいませんからね、ハハハ。

 殴ったことがばれれば一日説教ルートは確実だ。うん、絶対に嫌だ。


 「アオ兄ちゃん、後は頼んだ!うまくごまかしといて!エミリア、一緒に逃げよ!」

 「ふ、ふえっ!?」


 私はエミリアの手を取って、放心状態の神父様のわきを全速力で通り抜けた。

 第一関門突破だ。


 あ。ちなみにエミリアをつれていったのにはちゃんと理由があるぞ。別にエミリアが一緒なら神父様も私を追いかけまわさないだろうな、とかそういう打算があったわけではない。ちょ、ちょこっとは思ったけどぉ。

 でも一番の理由は、エミリアをこの場においておけば、我に返ったジークに八つ当たりされるかもしれないと思ったからだ!だからエミリアも道ずれ…ごほん、つれていった私ってば、ほんとうにできる女!


 ちなみに食堂から出るとき、アオ兄ちゃんの口から「リディアー。俺、ごまかさないからね~」という不思議な言葉が聞こえた気がしたけれど、きっとそれは私の聞き間違えだろう。

 アオ兄ちゃんは「俺がごまかしておくから、逃げな!」と言った。絶対そうだ。そうでないと困ります。人間ときには思い込みも必要です。

 私は廊下をダッシュだぜ!気分は風よ!


 「大丈夫、私にまかせて!」

 「え、えぇっと…」


 あうあうエミリアが困っているから安心させるように笑いかける。余裕だぜ的な顔でね!でもね、正直に言うよ、リディアちゃん汗だらだらです。

 流れに身を任せてここまで来てしまったが、これからどうしましょうかね。どこへ逃げましょうかねって感じ。そんな私の手を握る人がいた。エミリアと繋いでいる方の手ではない。


 「お困りですか?僕のお姫様」

 「イエスよ、アルト!お姫様は神父様に見つからない場所を所望するわ!」

 

 にかっと笑いその人物を見ると、やはりそうだ。私の手を握るのは楽しそうに目を細めるアルトだった。ありがとうアルトー!あんたなら来てくれると思っていたよ!


 「いや、神父様に見つからない場所って、絶対にないから」


 前方で聞こえた声。アルトから視線をずらすと、いつのまにやら私たちの前をソラが走っていた。この野郎ヴェルトレイア兄弟め。うれしくて泣きそうになるじゃないか。


 「ソラ、大好き!」

 「やめろー!!!」


 今度は違う意味で泣きそう。ソラに振られてリディアちゃん、ぐすん。ちなみに隣でアルトが、「僕は?僕のことも大好きだよね?ねえ、言ってよ」ってうるさい。私は今傷心中なんだよ!話しかけるな!


 「あの…みなさんは。というか、どうして私を連れて走っているのですか?」


 茶番を楽しんでいたら、おろおろとしたかわいい声が聞こえた。エミリアだ。

 こういうのは最初が肝心だからね、リディアちゃんは美少女フェイスを活かしてめちゃかわウインクを披露するよ。

 

 「そりゃあもちろん、エミリアと友達になりたいからだよ。一緒に危機を乗り越えたら(神父様から逃げたら)、友達になれると思ってさ」

 「え、えぇぇ…その、私……」


 めちゃかわウインクを受けてもなお、エミリアはイエスと言わなかった。くっ、なかなか手ごわいな!だがしかし、かわいいから許す!


 「押しに弱そうだからって巻き込むなよ。かわいそうだろ」

 「ねぇ、リディアの友達は僕とソラだけで十分じゃない?ねぇ?」


 ちなみに外野がうるさいのは無視だ。

 私はめげない!今日中にエミリアの友達になってみせる!


 「ねぇ、エミリ…」

 「リディアァァアアア!!!」

 

 そうしたら背後で神父様の声!おのれ神父様め。またしても私の邪魔をするのか!

 

 「神父様に捕まったら私の計画がおじゃんじゃない!みんな逃げるわよっ!」

 「いや、逃げるわよってお前しか名前呼ばれてないじゃん!」

 「僕はどこまでもリディアについていくよ。…逃げても追いかけるから」

 「え、あ……わ、私もついていきます!」

 「兄様はともかく、あんたまでついていくの!?ほんとにいいの!?適当な気持ちで言ったんなら、後悔することになるぞ!?」

 「ちょっとソラ!どういう意味よ!」


 ぎゃいぎゃいといいながらも私たちは逃げた。

 けどまあ、おわかりでしょうが、結局その後神父様に捕まって説教されましたよ、ええ、はい。

 





 おまけ

 リディア&ソラ


 「ていうかだまし討ちだと思うのよ」

 「なにがだよ」

 「アルトとソラが孤児院去る前に、夏の国チームが来ちゃったこと!」

 「これおれが聞いていい話?」

 「春の国の王位継承者と夏の国の王位継承者、顔合わせちゃったけど大丈夫なわけ!?お互い面識はないってことで、孤児院で戦争は起こらないと考えていいのよね!?」

 「わー!!!おれは、なにも、聞いてない!!!」




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