16.アから始まって、オで終わるお兄ちゃん。その人は、当て馬。(1)
ソラのイベントが一通り終わり、アルトの悪役さよなら計画もほぼ達成された現在。
物事が順調に進み、にこにこ花畑でスキップしているはずの私は……
真っ青な顔で森の中を走り逃げていた。
うわーん!!!
わかった、神父様から逃げてるんでしょ~って?
いいえ、ちがいます。最近の私はいい子なので、いたずらをして追いかけられているわけではありません。まあ3日前と、4日前と5日前は怒られたかもしれないけどね!てへっ。
じゃあ、ソラ?
いいえ、ちがいます。むしろ私がソラかわいいーと追いかけている立場です。
だってソラってば、最近は私と遊ばずに他の子と遊ぶんだもの。計画通りではあるけど、リディアさーみーしーいー。
ちなみにアルトと一緒にいると私はソラからにらまれる。なぜ?
じゃあじゃあ、アルト?
いいえ、ちがいます。たしかに最近のアルトは以前のソラ以上に私についてくるけれど、彼から逃げているわけではありません。アルトの話に関してはまた後程ということで。
では私は誰から逃げているのかというと、
「リディアー?どこにいるんだーい?」
後方から聞こえた声に、私はさっと木陰に隠れた。
しばらく息を潜めて隠れていると、私を探すその人はちょうど私が隠れている木の前を通過する。
紺色の長い髪を下の方で一本に束ねた、美しい顔立ちの17歳の青年。
そう。私は今、この美青年から逃げているのであった。
彼は「いつ君」にて登場する当て馬キャラ、その名もアオ兄ちゃん。
彼は5日前にこの孤児院へやってきたのであった。
この孤児院でヒロインが出会うのは、なにも攻略対象と悪役だけではないのだ。
そのことをすっかり忘れていたリディアちゃん。アオ兄ちゃんが孤児院へやって来て気絶したくなったよね、ハハハ。
アオ兄ちゃんは「いつ君」を円滑に動かす、名わき役ならぬ名当て馬だ。
孤児院時代編では、みんなから好かれるやさしいお兄さんとして登場し。
本編においては、ヒロイン達が通う学園の教師としてストーリーに関わってくる。
孤児院時代編においての彼はヒロインの初恋の人設定なので攻略対象たちに目の敵にされ、本編では逆にヒロインに恋をして攻略対象たちのヒロインへのラブアピールを妨害してくる。
そしてこの妨害が攻略対象の好感度を上げるイベントになったりするのだ。
ちなみにアオ兄ちゃんも主要キャラなので、一つ選択肢を間違えれば普通に死ぬ運命の上に立っている。攻略対象に刺されて死んでましたね~。当て馬なのに、かわいそう。
さてそんな哀れな彼からなぜ私は逃げているのかというと、それはぶっちゃけ本編を開始させないためだ。ええ、きちんとした理由です。
まあ正確にいえば、本編を開始させないためにするべき作戦を思いついていないから逃げているわけなんだけど。
いやだってアオ兄ちゃんってむずかしくない?
ソラはフラグを折って、アルトは悪役さよならさせればいいけど。当て馬に関してはなにをすれば本編開始を防げるわけ?
もう全然思いつかないから、アオ兄ちゃんが孤児院に初めてやってきた日、自己紹介の「みなさん、よろしくお願いし…」の時点で逃走しちゃったよね。えへっ。
神父様が逃げた私を見て「リディアってば、照れちゃって~。きっとアオ兄ちゃんに一目惚れしたんじゃな☆」と勘違いしてくれてほんとうに助かった。
おかげで私はアオ兄ちゃんがやって来て5日経った現在も、「きゃっ。アオ兄ちゃんかっこいい。リディア、はずかちい」を装い逃げることができている。
「おかしいな。リディアどこに行ったんだろう。こっちに走っていったと思ったんだけどなぁ」
チラリと木陰から覗いてアオ兄ちゃんがこの場から去っていったことを確認し、私はほっと安堵の息を吐いた。
アオ兄ちゃんの方も、自分を避ける生意気なガキなんかほっとけばいいのに。なぜか私を追いかけてくるんだよ。手のかかる子ほどかわいいってやつなのかね、やめてくれ。
まあ私もね、いつまでも逃げてはいられないとわかっている。アオ兄ちゃんは教師になるために、1年間この孤児院で研修をするのだ。さすがに1年間逃げっぱなしはしんどい。
それに神父様が《アオ兄ちゃんと仲良くなろうウィーク》という迷惑極まりない計画を立ててしまったから、逃げるわけにはいかなくなってしまったのだ。
そう。《アオ兄ちゃんと仲良くなろうウィーク》とは、食事の時間を使いアオ兄ちゃんと仲良くなろうという神父様の作戦。
アオ兄ちゃんはこれから1日置きに、ご飯を食べる席を移動する。そのときにアオ兄ちゃんと仲良くなろうぜ!というもの。
ご飯を食べるグループは同室のメンバーと決められている。私はソラとアルトだ。
でもって私たちのグループにアオ兄ちゃんが来るのは、明後日。いやいやいや、早すぎるよ、神父様。私全然、アオ兄ちゃん対策考え付いてないんですよ?だから逃げてるんですよ、わかってますー?
もうほんとうに困ったよね。今まではご飯の時間、アオ兄ちゃんが一つの席に必ずいなくてはならないことをいいことに、ごはんを食べ終わり次第速やかに食堂を出て逃げていたのだが、明後日はそうもいかない。
「うぅ。早く対策を考えないと…」
ため息をついたときだった。
「リディア。あいつ、苦手なの?」
「うわぁぁぁああ!」
「ちょっと。僕に声かけられて驚くなんて、失礼じゃない?」
耳元で聞こえた声に急いで振り返ると、ああ思った通りだ。私の背後にはむすっと頬を膨らませたアルトが立っていた。
むすっとしたいのは、こっちなんですけど!?
「あ、あのねぇ。驚くの当たり前でしょ!気配消して背後に回るなって何度言ったらわかんのよ!」
「だって追いかけたら君、怒るでしょ?それなら気配消してついていくしかないじゃないか」
「私だってあんたが女子トイレにまで入ってこようとしなければ怒らないわよ!?」
「むぅ…」
私が怒るとアルトはしょげたように地面を見つめる。
むぅってなんだよ、むぅって。かわいいよ馬鹿!
アオ兄ちゃんの話からころっとかわるけど、最近、私はアルトについてわかってきたことがあった。
実はこいつ、気を許した相手にはどこまでも甘えん坊のかまってちゃんになるのよ。
現に私がそうだ。
私とアルトが正式な友達になってからというもの、アルトはどこへ行くにも私の後をついてくる。ごはんの時から遊びまで。気分は親鳥だ。
そして2日前はトイレにまでついて来ようとした。
もう一度言うよ。トイレだよ?
親鳥もこれには怒る。
そうしたらアルトは、「僕を置いていくの?友達なのに?君は友達の僕と離れても平気なの!?」とか言ってきましてね、はい。
正論を言おう。友達だからといって、異性のトイレにはついていきません!トイレの時間くらい離れていたって平気だ。同性ならまだしも…ハッ、まさかお前!私が女だってこと忘れてるな!?
「…ねえ、リディア。なにその目。なんか絶対勘違いしてるよね」
「まあいいよ。私たちは性別を超越した友達になった。そう捉えておくから」
「はあ?」
思うにアルトは今まで完璧兄を装ってきた反動が出たのだと考えられる。
完璧を目指してきたから、アルトは人に甘えられなかった。でも完璧でなくてもいいとわかった。だから今アルトは人に甘えたくなっている。大人びているとはいえ7歳ですしね。
で、そうなるとソラは弟だから甘えられないでしょ?
よって甘えられる存在は私だけとなり、彼は私に甘えてくるのだ。
「ちょっとリディア?僕の話聞いてる?」
ほら、見てください。今なんて私の腕に巻き付きながら上目遣いにこっちを見てくるんだよ。お前は甘えん坊の見本か!顔がいいから、超かわいいんだよ!顔がよければなんでも許せてしまうこの世の中の恐ろしいことよ!
「聞いてないわよ、こんにゃろう!」
「聞いてなかったのに態度でかくない?まぁ、そんなところも好きだけど」
ちなみにアルト、最近はこのようにそっぽを向いて好きと言ってくる。マイブーム?
かわいいけど、それ私以外の人に言わない方がいいと思う。言ったら絶対に勘違いされるもん。前も注意してあげたんだけどね、アルトは自虐的に笑っただけでした。
なんで私の親切心が自虐の笑みにつながるのか、意味が解りません。
「その顔、絶対また勘違いしてる。けど、いいよ。それよりも提案があるんだ」
提案?首をかしげる私を見てアルトがニヤリと笑う。
「リディア、あいつ苦手でしょ?」
「ゲッ」
アルトの言うあいつとは、絶対に一人しかいない。アから始まって、オで終わるお兄ちゃんだ。
ばれたら一番やっかいそうな相手にばれてしまったよ、おい。ここは早急かつ迅速に否定しましょう。
「ハハハー。アルト君なにを言っているんだい?別に苦手じゃないよ」
「おーい、アオ……」
「わぁぁぁぁあ!嘘です嘘です!」
この馬鹿!なにアオ兄ちゃん呼ぼうとしてんだよ!
アルトの口を急いで手でふさげば、彼の顔は真っ赤に染まる。
「もしかして窒息死!?」
「そんなわけないでしょ!手、放してよ、もうっ」
「冗談だってば~」
私の手はアルトにはがされた。…でもってはがされたら普通手は離れるんだろうけど、なぜか私たちは今手をつないでいる。アルトが私の手を離さないんですよね。うん、なんで?
アルトが話を戻すような雰囲気なのでツッコミを入れることができないが、私の頭の中は疑問符でいっぱいだよ?????
「でも、ふぅん、そっか。リディアもあいつ、苦手なんだ」
アルトはうれしそうに握っている手をぶんぶんと振る。
逃げているだけであって別に苦手ってわけじゃないんですけどね。
「僕もあいつ嫌い。うさんくさい笑顔を浮かべちゃって。ソラは純粋だから、さっそくあいつにだまされちゃった」
「あー。確かにソラ、アオ兄ちゃんに懐いたからね~」
胡散臭い笑顔云々はおいといて、私ってばどうしてアルトがアオ兄ちゃんのことを苦手なのかわかったよ。
ソラはだいぶ人見知りがなくなったようで、アオ兄ちゃんが孤児院にやってきたその日のうちに懐いた。いまやアオ兄ちゃんと一番遊んでいるのはソラともいえる。
つまり現在アルトは、アオ兄ちゃんにソラをとられちゃった状態。だからアオ兄ちゃんが嫌いなんだね。この件も重なってアルトはどこに行くにも私の後をついてくるのだろう。
うんうんとうなずいていると、なぜかアルトが諦めたような顔でこちらを見ていた。
「なに?」
「いや、別に。僕があいつを嫌いなのは、それだけが理由じゃないんだけどなって思って」
意味が解らなかった私はとりあえず笑ってごまかした。
「ちょっと絶対、意味わかってないでしょ」
「な、なぜバレた!?」
「顔に書いてあるんだよ!ま、いいや。リディアはあいつに懐柔されてなくてよかった」
私を握る手に、きゅっと力がこもった。
アルトは笑顔で私を見る。
つられて私も微笑み返す。
そして彼は言った。
「ね。だから、僕と一緒にあいつから逃げよ?」
「はい?」
微笑み返したことを後悔。
あの…私、アオ兄ちゃんから逃げるのやめようと決めたばかりなんですけど?
//////☆
私とアルトのアオ兄ちゃんから逃げる盟約が勝手に交わされた翌日の昼食時間のこと。
「リディアちゃん。はい、あーん」
「あ、ありがとう。でも、えっと…自分で食べれるよ?」
「ルル!お前、なんで席が違うのにこっち来てんだよっ」
「リディア。そこの席、蛾が飛んでるからこっちにおいで」
「え。蛾!?」
というふうに、ソラではなくなぜか最近よく私に話しかけるルルちゃんを交え、私たちはお昼ご飯を食べていた。
アルトの隣に座ると寒くなるからできれば座りたくないのだが、問答無用で彼は私を引っ張り自身の隣に座らせる。
でもねアルト君。あなたの隣に私が座ったら、寒い以前に狭いんですよ?
食堂の席は4人用の長方形型テーブルに、2人で1つの長椅子に座る形になっている。
さっきまでは私とルルちゃんが一緒に座り、向かいの席にアルトとソラが座る形でご飯を食べていた。しかし現在、アルトのバカが私を引っ張ってきたので、アルト、私、ソラの3人で2人掛けの椅子に座ることになったのだ。超狭い。
ソラも私と同じ意見だったらしい。
「兄様、おれ、ルルの隣でご飯食べ…もがが。なにすんだよ、リディア!?」
「お馬鹿!ソラの馬鹿野郎!」
自分の口をふさぐ私をソラは迷惑気な目で見るが、うるせー知ったことか。
親切心のつもりでソラは提案したのだろうが、逆効果なんだよ。アルトが宇宙一大切なソラをルルちゃんの隣に座らせるわけないでしょ!あんたのせいで私の右肩今、めっちゃ寒いんだからな!?
アルトが孤児院で殺人事件を起こす前に元の席に戻ろう。私は立ち上がろうとしたが、結局立たなかった。
「じゃあ、おれがルルの隣でご飯を食べるよ」
だって私が移動する前にアルトがルルちゃんの隣に座ったんだもん。
まさかの提案と行動に私とソラの口はあんぐりと開く。
「2人して口を開けてどうしたの?」
「いや、だって…ねぇソラ?」
「おまっ、おれにふるなよ!」
ルルちゃんがいる前で驚いた理由を言えるわけないだろ。
発言権を譲り合う私たちの代わりに口を開いたのは、意外な人物だった。
「2人はアルト君が大嫌いな私の隣に移動してくれたことに、すっごーく驚いてるんだよ?アルト君は大好きな2人を私にとられたくない一心で、動いただけなのにねぇ」
うふふ。とルルちゃんは笑う。
あれ?ルルちゃんって、こんなキャラだった?
「おれが聞いた相手は君じゃないんだけど。どうして君に2人の考えていることがわかるわけ?」
「だって、ルル。ソラ君ともリディアちゃんとも大の仲良しだもん。大好きな友達の考えていることはぁ、わかるよね?」
バチバチッ
私とソラには目視できない火花が2人の間で散ったように見えた。
うーん、なんだこの状況。ソラは「今日は見えない日でよかった…」と、ぶつぶつ意味の分からないことを言っているし。
そんなことを思っていたら、ギッとアルトがすごい勢いでこっちを見てきたんですけどっ!?
「おれだって大好きな2人の考えていることくらいわかるよ」
まだ張り合っていたらしい。
「じゃあ、リディアちゃんは今なんて考えているの?」
そしてまさかの流れ弾。なんか2人も怖いんだけどぉ。
すると怯える私を見てアルトがフッと笑った。おい、なんだよ。
「わかったよ。リディアは今、おれがルルと話しているから嫉妬している」
「リディアちゃん、正解は?」
「嫉妬してません」
「はあ!?」
むしろどうしてそんな珍回答になったのか知りたい。私怯えてたの見たよね?
そう言いたいところだけど、ぐっとこらえるよ。
だって今のアルトかなり素が出てるから、教えてあげないと。やつは私とソラ以外にはいまだに猫かぶってますからね。フォローも友達の役目なのだよ、ワトソラ君。
私は口パクで「アルト、完璧が崩れてるよ」と伝えた。
が、何を思ったのか。
「うん。わかってるよ。本当は嫉妬してるけど、恥ずかしくて言えなかったんでしょ?」
やさしくほほえまれた。
なんでやねん。
「リディアも嫉妬するくらいなら気をつけてよね。ソラはいいけど、1番特別な友達である僕をさしおいて彼女と仲良くしすぎたら、だめだからね?」
そして笑顔で何を言っているんだ、この男は。
ていうか私アルトのこと、1番特別な友達だなんて言った覚えないんですけど。アルト、私の顔をしっかり見て。リディアちゃんの顔引きつりまくりだよ?
そんな私に助け船を出したのは、意外にもルルちゃん。
「アルト君、リディアちゃんが困ってるよ?友達なのにそんなこともわからないの?あ、そっかぁ。私がリディアちゃんにとって1番の友達だから、アルト君にはリディアちゃんの気持ちがわからないんだね!」
「…は?」
否、助け船ではなく、泥船を出された。
室温が一気に低下した。
「へ~。すごい自信だね。でも、君勘違いしてるよ?1番は、僕だよ?」
「違うよ?1番は、私だよ?」
笑顔と笑顔でにらみ合う2人。
2人のせいで変な日本語ができてしまったよ、ハッハッハー。
苦笑いはここまでにして、またさっきみたいに巻き込まれる前に逃げよう。私は急いで昼食をかきこんだ。が、時すでに遅し。
食べ終わった!と思ったところで、
「じゃあ、リディアに聞こうか」
「わー。ナイスアイディアだね」
「「ね、どっちが1番?」」
向かいに座る2人が、じろりと私を見ていた。
わー。圧がすごーい。
この場合どちらか片方の名前を言っても、間違いなく喧嘩になるだろう。私は頭がいいのでね。にっこり笑顔で、その人を指さします。
「じゃあ、ソラで」
私が指さしたのは、私と同じく速やかにこの場を去ろうとごはんをかきこんでいたソラ。2人の笑顔が固まり、ソラの頬に青筋が浮かぶ。
えへ。ソラ、ごめーん。
「この馬鹿!おれを巻き込むなぁ!」
案の定私はソラに襟首をつかまれた。
「まあまあソラ、落ち着いて。私だって悪いとは思ってるのよ。でも心の中で謝ったから謝らない」
「いや、なにその自分ルール!?お前、ほんとやめろ。リディアの何気ない一言のせいで、未来が大きく変わってくるんだぞ!?」
「あらあら、ソラくぅん。話が壮大ですね。もしかして私がこの前勧めたファンタジー小説、きのう寝る前に読んだ?」
「本気で怒るぞ!?」
まあまあ落ち着けって。そうカリカリするな。カルシウムが足りていないんじゃないかい?私はソラの口の中に牛乳を突っ込みました。殴られました。えーん。
「リ・ディ・ア~!!!!」
「わー!ごめんなさいって。ちょっと悪ふざけが過ぎました!ほんと困り果てていた時にソラの顔が頭に浮かんでですね、えへへ。ソラのお願い事一個聞いてあげるから、それで許して~!!」
「はァ?願い事?」
やべ。と思ったときにはもう遅かった。
顎に手を当てソラが本気で願い事を考え始めた。ソラの怒りを鎮めるためとはいえ、ちょっと失敗したかも。
なんでも言うことを聞きますから許してくださいって、いじめられっ子の常套句じゃん。そしていじめっ子は哀れないじめられっ子に無理難題をふっかけてくるのだ!
ソ、ソラのやつ私にどんな無理難題をっ!?
「じゃあお前の1番の友達を教えて。困っておれの名前を出したってことは、おれ以外のやつが1番なんだろ?」
だよね~。天使なソラが意地悪な願い事するわけないもんね~。リディアちゃんはほっこりしましたよ。
なんでその質問?それでええんか?と思う気もありますが、ソラの気が変わらないうちに答えてしまいましょう。
「今のところは、手がかかるって意味も含めて1番はアルトかなー」
アルトがいまも笑顔で固まっていることを確認して、私はソラに耳うちした。本人にこのことを聞かれるのはちょっとはずかしいからね。ドヤ顔されたても嫌だし。
「って、なによその笑顔」
なぜかソラは満面の笑みだ。
自分の兄様1番でそんなにうれしかったの?兄が兄なら、弟も弟だな。
「いや、これは…素直にうれしく…うん。まあいい、なんでもない。じゃあ、このことあとで兄様にも伝えてあげろよ。絶対だぞ!はぁ、おれ妨害するはずなのに、なんで兄様の応援をする形に……」
「え。やだよ。ドヤ顔される」
もうソラの願い事叶えたしアルトには言わないよと断れば、ソラは呆れ顔。
「兄様がドヤ顔なんてするわけないだろ。むしろキャパオーバーで鼻血出して倒れる。ティッシュ持ってけよ」
ハハハ、何言ってんだこいつ。
「わかった。じゃあ言わなくていいから、せめてルルと一定の距離を置いて」
「うん?なんで交換条件にルルちゃん接近禁止命令が出た?」
私はアルトの隣で、「そうきたか…うーん、どうしよう」とぶつぶつ言ってるルルちゃんを指さした。そしたらソラに私の指を仕舞われた。
その動きの速いことといったらもうっ。急にどうしたソラ!?大丈夫か!?
汗だらだらのソラは一言。
「ルルが1番やっかいだからだよ!」
意味が分かりませんね、ええ。
「ソラのお願いには応えられないよ。私、明日も明後日もルルちゃんと遊ぶ約束してるし」
「くそ。間に合わなかったかっ!ルルのやつ行動が早すぎるだろっ!」
「いや遊ぶ約束しただけだよね。ソラの中のルルちゃんっていったいどうなってるの?」
私のツッコミを無視しまくりのソラ君。青い顔で私の両肩に手を置きました。
「リディア、お前は意外と頭が良いからわかるよな?友達を殺されたくなければ、ルルと距離をとれ」
「なんで私、ソラに脅されてるの!?」
私が叫んだときだった。
「あーあ。ソラ君にルルの秘密教えるんじゃなかった」
ぷっくりと頬を膨らませながらルルちゃんはかわいらしくソラをにらんでいた。
私たちの話声が大きかったようで、ルルちゃんにはすべて聞こえていたらしい。
ていうか、待って。秘密!?
リディアちゃん、秘密というスパイシーな響きの言葉に、ついさっきまでソラに脅されていたことをきれいさっぱり忘れました。
「ちょっと、秘密ってなぁに~。あんたたち、いつのまに友達になったのぉ?お母さん、うれしいんだけど」
「違う!断じて、仲良くなんかなってない!!」
ソラをツンツンつつけば、彼はさらに顔を青ざめさせ首を横にふる。おかしいな、私のイメージでは赤面して「ち、ちがうんだから!」だったんだけど。
一方のルルちゃんは楽しそうに笑っていた。
「そうだよぉ。ルル、ソラ君と秘密を共有する友達になったの~」
「へー…秘密の共有ね。ソラ、あとでその秘密、おれに教えて?」
いつのまにやら回復したようでアルトも会話に加わってきた。
顔がめっちゃ怖いけどね。
そんなアルトの恐怖を倍増させるのが目的とでも言うように、ルルちゃんは立ち上がり、
「だーめ。私の秘密は仲良しのソラ君とリディアちゃんにしか教えないのぉ。アルト君には教えない。リディアちゃんにはあとで教えてあげるね?」
うふふ。と笑いながら、アルトに見せつけるように私とソラに抱き付いた。
なるほど。頭脳明晰リディアちゃん、彼女がどうして私にも懐き始めたのか悟りました。
「ルルちゃんもアルトと同じく甘えんぼさんだったってわけか!」
そしたらソラに勢いよく殴られた。
え。なぜ?しかもめっちゃ怒ってるし。
「アホか!?これがただの甘えんぼなわけないだろ!?あと、ルル。お前、ほんといいかげん死ぬぞ!?兄様に殺されるぞ!?」
私とルルちゃんをにらんだあとで、ソラは急いで顔をひきつらせているアルトの方を見る。
「兄様、ちがうから!おれ、こいつと仲良しじゃないから!だから人殺しはダメだよ!?」
ソラは大好きなお兄様に誤解されないよう必死にアルトに訴えていた。おうおう、おあついねぇ。
私はやれやれと笑ってしまうよ。私もルルちゃんも2人が相思相愛なことくらい知っている。誰も2人の邪魔をするわけはないのに。
「ルルちゃん、かわいい~」
「きゃー。リディアちゃん、大好き~」
2人のことはほっといて、私はかわいい女の子でも愛でよう。
よしよしとルルちゃんの頭を撫でれば、きゃーとルルちゃんはうれしそうに笑う。かわいい~。
「ぬぅあ~っ!?お前、おれがせっかく兄様の誤解を解こうとしてやってるのに、なにしてんだよ!?」
「わかった。殺そう」
「兄様、だめぇ!」
良いのか悪いのか、わいわい盛り上がっていた、その時だった。
「お昼ご飯も食べずに、どんな楽しいお話をしているのかな?俺も混ぜてほしいな~」
背後で聞こえた声。その主を確認する間もなく、ソラがうわずった声で言いました。
「アオ兄ちゃん!」
デデデデーン
ベートーヴェンの運命が頭の中で流れた。
私は青ざめた顔をしているのに対して、ソラとルルちゃんの顔は一気に紅潮する。
おいおい嘘だと言ってくれよパト〇ッシュ。
ソラもルルちゃんも、神父様をアオ兄ちゃんと呼び間違えたんだよね?ね?え、無理があるって?そもそも神父様を見て紅潮しないって?バカ野郎!神父様に失礼だぞ!
「いや、お前なにブツブツ言ってんだよ。アオ兄ちゃんだから」
無慈悲なソラが私の首をゴキッと回したので、悲しいかな私は背後にいるその人を見てしまった。
そこにいたのは紺色の髪のやさしい笑顔の美青年。はい、アオ兄ちゃんだね。
アンコールでもう一度ベートーヴェンの運命が流れた。
デデデデーン




