12.アイシテさん
納得のいくものができなくて書き直していたら、更新がかなり遅くなってしまいました!
すみません!
太陽の熱がじりじりと皮膚を焼く中、私は茂みの中を匍匐前進していた。
気分はケバブの肉。全身汗まみれだが止まるわけにはいかなかった。
なぜならば止まったら最後、私は色黒バイオレンスに見つかり恐怖のスパルタ特訓へ連れ戻されてしまうから。
さて、おまけイベントを思い出して早一週間。
あの後ガブちゃんをなんとか言いくるめて、翌日から体育祭優勝を目指した特訓が始まった。
特訓は早朝5時から放課後9時まで。甘えは決して許されない。失神したら水をかけられ、「今のままでは優勝できないが?」と見下ろされ拷問レベルで扱かれる。
シグレ、サラ、エリックも一緒に特訓を受けているのに明らかに私に対してだけ指導が厳しい。え? 私がすぐにさぼろうとするからだって? ハハハ。
そんなわけで私は現在、ガブちゃんのスパルタ特訓から逃走していた。
いや、うん。言い訳はしないよ。私が悪い。
ガブちゃん含めた天組のみんなは私に巻き込まれたようなものなのに、言い出しっぺの私が逃げる。人として最低なことをしていますね、はい。
だがしかし、私は言いたい。
このままじゃ死ぬと。
だってガブちゃん、全然休ませてくれないから。
ガブちゃんは指導者としてこの上なく優秀だ。
私よりも私のこと(魔力・体力面)を理解しているので、私がもう無理ですって言っても嘘つくなーって休ませてくれないのだ。鬼だ。
限界を迎えるまで私は休憩を与えられない。しかし私は持って生まれた魔力量のせいで限界がなかなか訪れない。結果、私に休憩はない。
となるともう、逃走するしかないじゃないか。
むしろ1週間も頑張った私を誰か褒めて欲しい。
「今日だけ。今日ちょこっと休んだら、また明日から頑張るから」
などとこの場にはいないガブちゃん達に許しを請い私は匍匐前進を続ける。
だけどこれが想像以上にキツくて、これなら大人しく稽古をしていた方がマシな気がしてきた。
「…ていうか今日、暑すぎ」
季節は春なのに天空学園が上空にあるせいか、ここは通常より日差しが強いのだ。
そして今日は一段と暑い。喉が渇いて今にも干からびてしまいそう。でも飲み物は教室…。
「終わった…」
絶望にその場に突っ伏す。すると頭上から楽しそうな声が聞こえた。
顔を上げれば、近くにおしゃれな猫足のテーブルと女子生徒らしき足が見える。どうやら逃げているうちにカフェテラスまで来ていたようだ。店内の冷房が風に乗って私の元まで届く。て、天国。
「ねぇ、知ってる?またアイシテさんの被害に遭った子がいるんだって」
「え~。怖いわぁ」
そんな話と共に飲み物を飲む音が聞こえてきて。
私はもう、我慢できなかった。
「す、すみません。1口でいいので、お恵みをぉ~」
「キャー! 足下からミイラ!?」
「あらぁ。大丈夫ぅ?」
絶叫されたり微笑まれたりしつつ、最終的に私は心優しき女子生徒さん達に飲み物を恵んで貰った。
「うぅ、ありがとう。このご恩は一生忘れません」
「回復したら超絶美少女だった。それなのに親しみを感じる」
「ギル様やミルク様と同じくらい美形なのに緊張しないわぁ」
はてさて喉の渇きから解放された私は命の恩人たちと同席していた。
私を見て絶叫した女の子がショートヘアが素敵なマスカットちゃん。ふわふわの髪がかわいい、おっとりした女の子がプラムちゃんで、2人とも冬組の生徒なのだそうだ。
「ヒメはどうしてここで倒れていたの?」
「え~っと。趣味です」
「まあ、うふふ。ヒメって変わっているのね~」
「変わっているっていうか、答えになっていないような…」
「ハハハー。2人とも今日は暑いね、ハハハー!」
ちなみに私はいつもの癖でヒメと名乗った。
「ところでヒメは天組なのかしらぁ」
「ん?」
プラムちゃんが指さしたのは私のブレザーについている校章のバッチだった。
2人ともなにやら不安げな様子で私を見つめている。
「うん。天組だよ」
答えればマスカットちゃんとプラムちゃんは、ほっとしたように笑った。
「よかった。校章が白色だから、天組だとは思ったんだけどね」
「…あれ?もしかして校章の色って組によって違うの?」
たしかに言われてみれば、アルトとソラの校章は金色。ジークとエミリアは赤。リカとアリスは桃色。ギルとミルクは水色だった。
「校章の色は自国の王族の髪色と同じなの。だから私たち冬組は水色」
「なーんだって?」
入学から1ヶ月以上が経過した今、衝撃の新事実が発覚した。
まあ衝撃って程でもないけど。誰か教えてよ。私1人だけ知らなくて、かなり恥ずかしいのだが。
「2人とも誰から教えてもらったの?」
「入学式の翌日に担任の先生が説明してくれたわぁ」
違った。私が話を聞いていなかっただけだった。
ガブちゃんに文句言わなくて良かった。危うく腕をひねられるところだった。
「あ~、そういえばそうだったね。思い出したよ、うん。ハハハ」
笑って誤魔化したからか、どこか緊張した面持ちだった2人は安心したように笑った。かわいいね~、だけどちょっと傷つくよ?
おそらく2人は私を阿呆の子だと認識した為、リラックスしたのだ。泣いちゃうぞ~。
「ヒメが天組でよかったわぁ」
「他の国の人…特に春組の人と話すのは怖いもんね」
「……。」
違った。全く違った。
1ヶ月も経つとつい頭の片隅に追いやられてしまうが、この学園にいる人の中で戦争の被害に遭っていない人はほぼいない。
そう簡単に他国に対しての恐怖は拭えないし、戦争と関わりがない地域の出身者だと知って安心するのもまた当然のことだ。
「それなのに私は…すごく申し訳ない。被害妄想が激しい自分が恥ずかしくて仕方がない…」
「え、ヒメ。急に地面に正座してどうしたの?」
「いえ、あの。土下座をしようかと」
「どうしてぇ!?わゎ、頭を下げないで?顔を上げて~」
2人の困惑している声が聞こえるが、なんか、もう罪悪感がすごくて。お願いだから頭下げさせてください。
「「ヒ、ヒメ~!?」」
「あはは、君たち何をしてるんだい?」
そんなとき、半泣きの2人の声と一緒に聞こえたのは、少しSを感じる楽しそうな声だった。
まさかと思い顔を上げる前に、私の体は宙に浮いた。
その人が私を抱き上げたからだ。
彼のにこにこ笑顔を見て私の顔が引き攣ったのは言わずもがな。
「ア、アオ兄ちゃん」
「「アオ先生! …兄ちゃん?」」
…やらかした。
私たち3人は同時に言葉を発したのだが、私の言葉は2人の耳にしっかり聞こえていたようだ。
好奇心溢れるキラキラとした眼差しでマスカットちゃんとプラムちゃんが私を見る。
これはあれだ。外ではお母さんって呼んでるのに、普段通りにママって言ってしまって、しかもそれを友達に聞かれた時と同じ現象が今私に起きている。要するに恥ずかしい!
そんな私を見てアオ兄ちゃんは肩を震わせる。おい、怒るぞ。
「で? リディア、今度は何をしたの? 善良な生徒を巻き込んだらダメだろ」
「ちょっと、どうして私がやらかしたこと前提なのよ」
私がいつも厄介事に首を突っ込んで人を巻き込むみたいな言い方は止めていただきたい。どちらかと言えば私は巻き込まれる側だ。…7割くらいはね?
まあだけど、今はそんなことより、
「リディア?」
「それってギル様の婚約者で」
「でも夏の国の王子様の未来の奥方とも噂される」
「春の国の王子様が懸賞金5億かけて探している」
「秋の国の王子様が歩く災害って…」
とかなんとか、不穏な言葉が飛び交うマスカットちゃんとプラムちゃんをなんとかしなければ。
「も、もぉ。アオ兄…アオ先生、なに言ってるの?私はリディアじゃなくて、ヒメだよ?」
話を合わせてねと引き攣り笑顔を浮かべれば、アオ兄ちゃんプッと吹き出したので頭にチョップした。
「はい、先生に危害を加えた。現行犯で逮捕しまーす」
「え、ちょ。ぎゃ~!離せぇ~!」
そしたらアオ兄ちゃんにお姫様抱っこされた。なぜに!?
逃れようと暴れるが、アオ兄ちゃんはこう見えて脱いだらすごい筋肉男である。びくともしない。
「マスカットちゃん、プラムちゃ~ん。助けてぇ~」
学園で出来た新たな友にヘルプの手を伸ばせば、にこにこ笑顔でグッチョブされた。
え~と、なになに?ヒメはアオ先生と付き合ってたんだね。このことは誰にも話さないわぁ。応援しているわ~。…はいはい、びっくりするくらい勘違いしていることはわかった。
「2人とも! 私とアオ兄ちゃんは兄妹みたいな…」
「こぉら。リディア、暴れたら危ないよ」
「ぐぇ~っ」
アオ兄ちゃんはにこやかに微笑みながら、私の肩をぎゅっと抱き寄せた。私は勢い余り、アオ兄ちゃんの弾力のある胸に顔面を打ち付ける。後ろできゃ~!という楽しげな声が聞こえた。どんどん否定が難しくなるのだが!?
「だからロリコンって言われるんだぞー!」
「あはは」
「ぐ、ぐぇっ。苦じい~」
//////////☆
「はい、手当終了」
さて、場所は保健室。
私はベッドの端に座り、そんな私の足元に跪き絆創膏を貼り、アオ兄ちゃんは満足げに笑っていた。
どうしてこんなことになったのかというと、偏に私が怪我をしていたからであった。
カフェの時点で私は肘と膝が血まみれで、そのことに気づいたアオ兄ちゃんは手当をするために私をあの場から連れ去ったのだ。すみません、ロリコンとか言って。
「リディアは子供の頃から怪我が絶えなかったけど。なにをどうしたらこんなに怪我をするのかなぁ」
ため息をつくアオ兄ちゃんに、私はえへと愛らしく小首を傾げる。
「半袖短パンで匍匐前進をしたらかな?」
「どうしてそんな状況になったのかを俺は聞いてるんだけどねぇ~」
にこりと笑いつつもアオ兄ちゃんの目は笑っていなかった。
おお、怖いね。説教の予感をビシバシ感じる。
というわけで、私は十八番の話を逸らすの術を繰り出した。
「ところでアオ兄ちゃん、アイシテさんって知ってる?」
「ん~? どうかなぁ」
言いながらアオ兄ちゃんが目をそらしたのを私は見逃さなかった。
マスカットちゃんとプラムちゃんが話していたのを思い出して何気なく話題に出したのだが、まさかアオ兄ちゃんがこんな反応をするとは。
これは絶対になにかあるね! 俄然気になってきた。
「なんか知ってるんでしょ! おらおら吐けよ、楽になっちゃえよぉ」
肘で腕を突つく私にアオ兄ちゃんは苦笑する。
「え~、気になる?」
「気になる!」
ガブちゃんの鬼の特訓で今の私は娯楽に飢えていた。
そんなときにアオ兄ちゃんが誤魔化そうとするような話が現われたのだ。気にならないわけがない!
私のキラキラ期待の眼差し攻撃が効いたのか、アオ兄ちゃんは少し悩むように目を瞑った後、「仕方がないなぁ」と私の隣に座った。
「アイシテさんはね、夜の保健室に出るって言う噂の幽霊のことだよ」
「え。幽霊?」
ピシリと私の体は固まった。
皆さんご存じの通り、現在私がいるこの場所は保健室である。
そしてこの学園に保健室は一つしかない。
国ごとに校舎が5つもあるくせに、たった一つしかないのだ。つまり、保健室と言われて当てはまるのはこの場所のみ。そこに幽霊が出る?
サァーと血の気が引いた。
「で、ででで? つ、続きは?」
私にはわかる。
アオ兄ちゃんは顔に出さないが、かなり怖がっている。
なので私はアオ兄ちゃんの体にぴったりと張り付いてあげた。私ってば、どうしてこんなに気が利くのだろう。あぁ、天才美少女ヒロインだから当たり前か。
「っふ、あはは」
「アオ兄ちゃん? なに笑ってるの?」
「いや、別に。っふ」
アオ兄ちゃんは素直じゃない。肩を震わせながら私から距離を取ったので、速やかに空いた分の距離を詰めてあげた。
いい大人が強がっちゃって、全く世話が焼ける。
「ていうか早く! 続きを、言えー!」
「あはは、わかったから。叩かないで?」
意地悪してごめんね~と笑いながらアオ兄ちゃんは私の頭を撫でた。
ふんっ。意地悪された覚えなんてないけど、仕方がないから許してあげる。
「ほんとリディアは単純だな~」
「あぁん? なんだって~?」
ガンを飛ばせば、それじゃあアイシテさんについて説明するね。とアオ兄ちゃんは微笑んだ。話逸らしたな。
「彼は深夜2時8分にこの保健室に現われる。アイシテさんに会えた人は、すごく幸せな気持ちになれるんだって」
「ん~?てことは、いい幽霊?」
問えばアオ兄ちゃんは意味深に目を細めた。
「それが、そうでもないんだなぁ。アイシテさんは出会った人を幸せな満ち足りた気持ちにしてくれる」
「だけど」とアオ兄ちゃんが言いながら私の耳元に顔を寄せ、
「それには、中毒性があるんだ」
色気と怪しさの混ざった低い声が耳元で囁いた。
が、正直私は肩透かしを食らった。
「…え。それだけ?」
首を傾げてアオ兄ちゃんを見れば、彼も同じように首を傾げる。
「あれ? 予想外の反応だね。怖がらないの?」
「いや、だって。相手は幽霊でしょ? もっと怖いこと言われると思ってたから」
私は「アイシテさんに出会った人は幸せな気持ちになるけれど、それは長くは続かない。なぜならすぐにアイシテさんに殺されてしまうからだー!」等の定番を想像していた。
だけど蓋を開けてみれば、ただ中毒性があるというだけ。
「殺されないなら、なーんにも怖くないわね」
「あはは、リディアはお子様だね~」
そしたらアオ兄ちゃんに目に涙を浮かべて笑われた。
当然の如く私の頬には青筋が立つ。
「ちょっと。それどういう意味よ」
ドスドスと軽く腕を殴れば、アオ兄ちゃんは困ったように苦笑した。
「うーん、そうだなぁ」
アオ兄ちゃんは考えるように親指の腹で自分の唇を撫でると、
「こういう意味」
「むっ!?」
あろうことか、その指を私の唇に押し当てたのだ。しかも! つーっと唇の端から端まで塗るように指を動かした。
当然の如く私の顔はゆでだこになる。そんな私を見てアオ兄ちゃんはケラケラ笑う。
うぬぬぬ~。絶対に誤魔化されたのに、私は唸ることしかできない。
なぜなら、私は、アオ兄ちゃんの、お色気攻撃に、勝・て・な・い・か・ら!
「やっぱりアオ兄ちゃんはロリコンだ! 馬鹿馬鹿!」
「いたた」
ぽかぽかアオ兄ちゃんを殴る。くそっ。ドSエロエロお色気お兄さんめ!
こういうときはあれだ。話を元に戻して流れを変えてやる!
「で? アイシテさんの中毒性ってそんなにやばいの?」
私の中では中毒性と言えば、麻薬だ。その恐ろしさは授業やテレビで嫌って程知っている。
だけど幽霊の中毒性と言われても、いまいちピンとこない。なので説明を求めます。
「うん。やばいよ。簡単に言えば、満足できなくなるからね…ふっあはは」
「しつこいぞこの野郎ー! …む?」
飽きもせずアオ兄ちゃんがまだ体を震わせるのでチョップをする。が難なく躱され、逆に腰を掴まれた私はアオ兄ちゃんの膝の上にのせられてしまった。
なぜに?
そう思ったけれど、口に出したら負けな気がした。結論、私は童心に返りアオ兄ちゃんの膝を堪能することを決めた。
こうなったら筋肉むきむきの太ももも触ってやる。セクハラ? ちょっと何言ってるかわかりません。
「で? 満足できなくなるって具体的にはどうなるの?」
「そうだなぁ。リディアは単純だから、お菓子を食べただけでおいしい~幸せ~ってなるだろ?」
「一言余計だけど、否定はしない」
おいしいお菓子は私の癒やしだ。食べただけで、幸せ~生きてて良かった~って思う。
にこにこと頷く私の頭を撫でながら、アオ兄ちゃんは困ったように眉を下げた。
「それがね、幸せになれなくなるんだよ」
「なんだって?」
アイシテさんと出会った人は、幸せな満ち足りた気持ちになる。
だけど、なにかが欠けてしまう。
普段なら喜び、満たされていたはずのことなのに、足りなくなる。
なにをしても満たされない。心に穴が開いてしまったように。
その飢えを満たすことができるのは、アイシテさんだけ。彼といるときだけ幸せな気落ちになれる。だけどそれでも足りなくて、辛くて、精神が狂い始める。
日常的に飢餓感に苛まれ、その苛立ちから誰彼構わず人に当たり散らすようになる。
アイシテさんしか、彼ら彼女らを救えない。だからみんな、アイシテさんに絶対服従の人間になる。
「と、まあ。俺が知ってるのはこれくらいかな」
ご期待に添えなくてごめんねとアオ兄ちゃんは私にウインクする。が、いやそれ絶対にわざとだろ。
「すっごく詳しいじゃん。話すのめっちゃ上手だし」
アイシテさんの中毒性は想像を遙かに上回り恐ろしかった。
「ていうかアオ兄ちゃん、アイシテさんの話詳しいね。怪談話好きなの?」
Sっ気のある人は怖い話が好きなイメージがある。納得して頷いていれば額にデコピンされた。
「いったぁ。なぜに!?」
「怪談話は好きな方だけど、勝手に納得されるのは腹立つよね~」
言いながらアオ兄ちゃんが私の額を撫でる。
自分から攻撃しておいて傷を労るなんて、DV男みたいだな。
「あたっ。え、なんでまたデコピンしたの!?」
「リディアの泣き顔が見たかったからかな」
「アオ兄ちゃんはやっぱりドSだ!」
「うん。DV男よりはそっちの方がマシだね~」
そう言って微笑むアオ兄ちゃんの瞳には嗜虐の色が浮かんでいた。
おっとやってしまった。DV男発言をアオ兄ちゃんに聞かれていたらしい。
これ以上失言して痛めつけられるのもお色気攻撃をされるのもごめんだ。速やかに保健室を去る。決定!
「え~っと、それじゃあアオ兄ちゃん。傷の手当てありがとうね! ガブちゃんが待ってるから私はもう帰るよ! アイシテさんには気をつけてね!」
言いながら保健室の扉に直行する私を見てか、アオ兄ちゃんが吹き出した。
「ありがとう。リディアこそ、くれぐれも夜の保健室に行こうだなんて思わないでね」
「そんな怖いところ、言われなくても絶対に行きたくないんだからー!」
べーっと舌を出して私は保健室を飛び出した。
「…とは言いつつも、行くつもりではあるんだけど~」
なーんて小さく呟きながら、ね。
だってこの「アイシテさん」、私の読みが正しければ高確率で闇の使者である。
息抜きの娯楽を求めた結果、有力情報を得るとは。運が良いのか悪いのか。
体育祭の特訓だけでも大変だっていうのに。
私は心の中で泣いた。




