11.体育祭
心華やぐ桜も散り、青々とした木々の枝葉に心安らぐ今日この頃。
入学式から1ヶ月が経ち、季節は5月になった。
「体育祭で優勝するのは僕たち春組だよ。リディアは春組の生徒になるんだから」
「いいえ!夏組ですわ!おねえさまはどの組にも渡しません!」
「秋組だ」
「皆さん、冗談がお上手ですね。リディアおねえちゃんは冬組です」
「勝つのは冬組なんだから~!」
「ふざけたことをぬかすな。リディア様は永遠に天組だ。さっさと我々の教室から出て行け!」
アルト、エミリア、リカ、ギル、ミルク、シグレが教室のど真ん中で喧嘩を繰り広げている。
私はひんやりと冷たい氷の中からその光景を眺めていた。
…うん、言い間違いじゃないよ。私は今氷の檻の中にいる。どこぞのブラコンヤンデレ王子が私を閉じ込めたからだ。春なのに一人だけ極寒。本当にさぁ、アルト君さぁ、いい加減にしなよ?
「ご丁寧に氷の足枷までつくっちゃって。動きづらいったらありゃしない。ソラを閉じ込めるための練習に私を使うなっての」
「ここまでされて気づかないお前はある意味幸せかもしれないな」
疲れ切った表情で氷の檻を炎で溶かすのはソラだ。
頑張ってくれてはいるが格子は子供の腕ほどの太さなので全然溶けない。脱出するにはまだまだ時間がかかりそうだ。
ちなみにソラの隣ではジークとアリスとサラとエリックも魔法で氷を溶かしている。
ガブちゃんはアオ兄ちゃんを呼びに行った。アルト関連でなにかあればアオ兄ちゃんに押しつければいいという考えらしい。
どうしてこんなことになったのやら。
私はつい15分ほど前の出来事を思い返していた。
//////////☆
「5月末に体育祭がある」
そんな重要報告をガブちゃんがさらっと発表したのは、帰りのホームルームのときだった。
教科書を鞄に詰めていた私たちの動きはぴたりと止まる。
「ねぇガブちゃん、今日5月15日なんだけど。報告遅すぎない?」
懐が広いことで有名な私もこれにはさすがに文句を言う。
いやだって、遅すぎるからね。せめて1ヶ月前に教えようよ。
するとガブちゃん、険しい顔で私を睨む。
「黙れ。こちらにも事情がある」
それはどんな事情だと問いたいところだが、腕をひねられる未来しか見えないのでやめた。
「とにかく気を引き締めて挑むように。この体育祭の別名は、五体満足死ななきゃセーフの魔法乱用祭だからな」
「なんじゃそりゃあ!?」
そんなわけでガブちゃんが淡々と説明した体育祭の内容はこうだ。
競技内容は徒競走や玉入れ、借り物競走、障害物競走等の一般的なもの。
だがしかし、さすが魔法学園と言うべきか。
競技出場者は相手チームへの魔法妨害が認められていた。
簡単にいうと勝利のためなら相手を魔法で攻撃してOK。
風魔法で吹っ飛ばしてもいいし、雷魔法で気絶させてもいい。死なない限りなにをしてもいい。狂ってるとしか思えないルールだ。
もちろん結界魔法等で攻撃を防御される可能性はあるので、それらを考慮して作戦を立てる頭脳や臨機応変な対応が求められるとのこと。変なところで頭の良さを求めてくるのやめてほしい。
「質問です。参加しなくても良いですか?」
「阿呆か。全員強制参加だ」
ぱこんと軽く頭をはたかれた。
ジト目でガブちゃんを睨むが、彼は冷ややかな眼差しで私を一瞥するとすぐに説明を再開する。
「では出場する競技を決める。競技は全部で…」
などとガブちゃんが話しているが、私は全然話を聞いていなかった。というか聞く気がなかった。
だって私、体育祭好きじゃないんだもん。
そもそも私は遊びじゃない運動が大嫌いなのだ。制限時間が決まっていたり、ボールを投げるフォームが決まっていたりと息が詰まる。
おまけに体育祭はチーム戦。私がへまをすれば他のみんなにしわ寄せが行く。そういうのが苦手。もちろん私を責める人はこの場にはいないけど、私が気にするから嫌だ。
それに加えて魔法妨害ありのとんでもルールまで付け加えられて、こんなの絶対に風邪を引いて休むしかない。
そんな気持ちが顔に出ていたらしい。
「はぁ。なんだその化け物みたいな顔は。安心しろ、優勝は狙っていない。最下位で構わん。怪我にだけ気をつけろ」
ガブちゃんは呆れたようにため息をついた。
「ガブちゃん…」
私の安全を願ってくれるガブちゃんにじんわりと心が温まる。が、ちょっと待て。こいつ私のことを化け物みたいな顔って言わなかったか?
「私は天才美少女ヒロインだから、いつ何時どんな顔をしていてもかわいいんですけど?」
うれしい気持ちなんて吹っ飛んだ。怒ってますよの顔でガブちゃんを睨む。
そしたらサラに笑われた。はあ?
「鼻に皺を寄せて歯を剥き出しにして唸る女の子は、かわいいとは言えないんじゃないかな~?」
「なにを言ってる?リディア様がいつそんな顔をした?」
「大変なのだ。シグレの目がおかしくなったのだ!」
「喧しい騒ぐな慣れろ。どれだけあれが不細工な顔をしても、シグレはそれを認識できない。そういう呪いにかけられている」
「そんなっ。リディア、呪いを解いてくれなのだ!」
「シグレを除いた3人全員廊下に出ろやァ!」
なにはともあれ、私は体育祭に対して全くやる気がなかった。
その話を聞くまでは。
「この馬鹿のせいで話が脱線したが体育祭は団体戦だ。春組、夏組、秋組、冬組、天組の5組で競い合う。1位に輝いた組には優勝賞品があるそうだ」
「優勝賞品」その言葉を聞いたとき、私の中でなにかの蓋が開いた。
瞬間、頭に浮かんできたのは「いつ君」本編おまけイベントの映像。
「はぁ~!?」
「チッ」
うるさかったんでしょうね。ガブちゃんが顔をしかめて私の頭を鷲掴みにする。
哀れな私の頭はみしみしと嫌な音を立てるけれど、痛みにのたうち回っている余裕なんてない。
「ガガガガブちゃん、もしかして優勝賞品って舞踏会でファーストダンスを踊る権利だったりする!?」
「…それは最優秀個人賞の優勝賞品だ。なぜ貴様がそのことを知っている?」
「い、いやぁーーーー!最悪だぁーーーー!」
「チッ」
「先生、リディア様を解放してください!」
軋む頭蓋骨の音とシグレがガブちゃんを止めようとする声をどこか遠くで聞きながら、私は本編舞踏会イベントのことを思い出していた。
おまけイベントの舞踏会は体育祭の1週間後に開催される。
おまけと名がつくだけあってストーリーにはあまり関わりがない。ようするに闇の使者との戦闘はない。が、攻略対象の好感度が上がったりスチルを獲得できる重要なイベントだ。
内容としては、現時点で一番好感度が高い攻略対象が体育祭で優勝をする。→ 優勝賞品のファーストダンスを踊る権利でヒロインを指名(拒否権なし)する。→ みんなの視線を浴びながら会場の中央で踊る。→ 良い雰囲気になって好感度上昇&スチルゲット。こんな流れ。
図太い神経の持ち主にしかできない苦行だ。
余談だが、ここでいうファーストダンスは披露宴で新郎新婦が踊るものやデビュタントで踊るものとは異なる。
この世界の舞踏会はまず代表者の男女ペア1組が会場の中央で踊る。これをファーストダンスと言う。次に3~5組が踊りに加わり、3回目でようやく会場にいる人たちが踊り始める。
ファーストダンスは身分の高い人が踊るのが通例だ。王子とかね。
一般生徒がファーストダンスを踊ることはほぼない。夢のまた夢。
だから学園は優勝賞品をこれにしたのだろうが、ゲームではどう転んでも攻略対象が優勝するので無駄な試みとしか言いようがない。私としては余計なことしやがってと恨む気持ちしかない。
さて、これで私が叫んだ理由がわかったよね。
もし仮に攻略対象組の誰かが体育祭で個人優勝をして、絶対にあり得ないと思うが気が狂って私をファーストダンスの相手に指名して、その結果強制力が働いて悪役組が悪役化なんてことになったら、たまったもんじゃない。
絶対に阻止しなければならない。
では私はなにをするべきか。方法は一つだ。
「私、体育祭で個人優勝を目指す。ガブちゃん、私に修行をつけて!」
「……。」
さようなら無傷の体育祭。涙を拭った私は熱血主人公の如く瞳をメラメラ燃やしガブちゃんを見上げた。
対するガブちゃんは顔を顰めて私の額に手を押し当てる。なぜに?
「熱はないな」
「授業を逃げてばかりのリディアが先生に修行をねだるなんて…」
「せ、先生のせいで、リディア様がおかしくなってしまったっ。どうするんですか!」
「リディア頑張れなのだ~」
「……。」
みんなが私をどう思っているのかよくわかった。
「エリック以外のみんなはタンスの角に足ぶつけちゃえ」
「あ。いつものリディアだ」
「ほっとしました」
「チッ。無駄に心配させるな」
「これで安心されるの、すっごい複雑だなぁ!?」
叫んだときだった。
ガラリと教室の扉が開いた。
「こんにちは、リディア。僕たち来月から同じ校舎で過ごせるんだね。楽しみだなぁ」
「あー、どうも。おじゃまします」
アルトとソラだ。
放課後アルトたちが教室にやってくるのはいつものことなので特に驚いたりはしない。
慣れたものでサラなんて2人に出すためのお茶を用意しはじめている。シグレはお茶漬けを作っている。…一週間くらい前に生徒会長が私たちの教室の空きスペースをキッチンに改造したんだよね。意味不明。
「ていうかアルトはなに言ってんの?」
「今日は宣戦布告に来たんだ」
「私の質問はスルーかい!」
言いながらアルトは私を背後から抱きしめる。
ふんふふ~んと鼻歌まで歌ってかなり上機嫌だ。
「さっぱり意味がわからないんだけど」
お前の兄貴どうにかしろ。ソラを見ればため息をつかれた。なーぜーに?
「ほら、体育祭の優勝組は他クラスから好きな相手を引き抜けるだろ。で、兄様は春組の生徒を鍛えてたんだけど、これは勝てるなって確信したから…」
「体育祭で優勝するのは僕たち春組だ。そういうわけで来月からリディアは春組だから、今のうちにお別れ会でもしておけば?」
アルトは不敵な笑みを浮かべて宣言通りに宣戦布告をした。
なるほど。個人優勝は好きな人とファーストダンスを踊れる権利で、総合優勝は他組からの生徒引き抜き許可が優勝賞品というわけか。
初耳なんですけど。
ガブちゃんに目で訴えれば、説明しようとしたら貴様が騒ぎ出したんだろうと睨まれた。私のせいですね、すみません。
「でもアルトたちは勝てないと思うよ。だって優勝するのは私たちだから」
「「は?」」
アルトとガブちゃんの声がハモった。
珍しい組み合わせだ。そんなことを思っていたら他の面々もなにやらざわついていた。
「リディアは個人優勝を狙っているのではなかったか?」
「うん。そのはずだけど、いつの間にか天組が優勝する話になっていたみたいだね~」
「当然だ。リディア様を他の組に奪われるわけにはいかない」
「はぁ、やっぱりこうなるか」
項垂れるソラに心の中で答えよう。こうなります。
最初はおまけイベントを防ぐために個人優勝を狙っていた。だが、総合優勝の優勝賞品を聞いてはそうも言っていられない。
もしアルトたち春組が優勝して私が春組に行くことになったら、強制力が働いてソラルート突入し、アルトが悪役化する可能性がある。それはなんとしてでも防がなければならない。
「アルトのためにも、天組は絶対に優勝しなくちゃいけないの!」
「兄様のためを思うなら負けろよ」
「え!もしかしてリディア、僕を引き抜きたいから優勝を目指して…」
「いや、そういうわけではない。寒ぅ」
「へー。じゃあ僕以外の誰かを引き抜きたいってこと?誰それ?しかも個人優勝も狙ってるんだ。てことはファーストダンスを踊りたい相手がいるんだ。ねぇ、誰それ?」
言いながらアルトが私を締め上げる。
ぐぇええ。レフェリー助けて~。
まあそんな感じで寒さと抱きしめ攻撃に震えていたら、エミリアとジーク、リカとアリス、ギルとミルクも現われて体育祭で優勝して私を引き抜くとか言って教室がいつも通り騒がしくなり、気がつけば私は氷の檻に監禁されて現在に至るというわけだ。
「え、私かわいそうすぎない?」
「原因の半分はお前にあるから、かわいそうではない」




