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10.深夜2時8分のお茶会(??視点)


 

 人の心は脆い。

 きっかけさえあれば簡単に折れて壊れて砕けてしまうのだ。

 俺は5歳のときに、それを身をもって知った。







 「…どうして」


 日の当たる花畑に髪を二つ結びにした女の子がいた。

 その子の隣には水色の髪の王子様がいて、やさしそうな王妃様がいて、侍女や騎士が、みんながあたたかい眼差しであいつを見守っていた。


 「ギル大好き!王妃様も大好き!ミランダさんも、ロドさんも、ピーターさんもだぁい好き!」

 

 俺はその光景を薄暗い森の中から見ていた。たった一人で。


 どうにか保っていた心の均衡が崩れたのは間違いなくこのとき。

 ガラガラと音を立てて心が崩壊し、世界が色を失っていく。

 足下の地面が消えて真っ逆さまに転落する。そんな気持ちだった。


 「…裏切り者」


 小さく漏れた声。

 だけどあいつは気づかない。俺に気づかない。

 幸せそうに光の中で笑って、俺のことなんて見向きもしない。……俺はここにいるのに。


 「~っ」


 胸を潰されたように苦しかった。

 俺は走り出す。これ以上ここにいたら泣いてしまいそうだったからだ。

 あいつに泣き顔を見られるなんて、惨めな姿を見られるなんて、死んでも嫌だった。


 悔しくて、辛くて、悲しくて、寂しくて。

 喉に異物が詰まったように息が出来ない。目の前がにじんでぼやけていく。


 「ミルクの…馬鹿」




//////////★


 真夜中の保健室。深夜2時8分。

 窓から差し込む月の光を浴びて、どこにでもある平凡な保健室はその姿を変容させる。


 体温計や文房具が置いてある机は白いレースのテーブルクロスがおしゃれな丸テーブルへ、木製の椅子はかわいらしい猫足の椅子に。

 テーブルには三段スタンドがあり、サンドイッチやスコーン、焼き菓子などがのっている。

 豊かな紅茶の香りが広がる空間で俺たち家族は今日も楽しいお茶会をする。


 「アイシテ様、おいしいですか?」

 「うん!おいしいよ。ありがとう、お姉ちゃん」


 隣に座るお姉ちゃんに笑いかければ、彼女は心の底からうれしそうな顔をしてその胸から黒い蝶を出し、


 「アイシテ様、お口についていますよ?」

 「えへへ。ありがとう、お兄ちゃん」


 正面に座るお兄ちゃんが口元をハンカチで拭ってくれたのでお礼を言えば、彼は幸せそうに笑って胸から黒い蝶を出す。


 歪で完璧で、欠けていて満たされている。この時間が俺は大好きだ。


 だけどまだ、足りない。

 飢えた心は満たされない。


 俺は一人唇を噛む。


 脳裏に浮かぶのは忌々しいあいつの顔。

 胸に広がるのは言いようのない苛立ちと焦燥感。

 以前よりも増したこの乾きはきっとこの学園であいつらを見たことが関係している。


 4年前の屈辱を今でも覚えている。今更俺を追いかけてきたあいつの姿を今も覚えている。

 どいつもこいつも脳天気そうな顔で笑っていて心底腹が立った。俺から幸せを奪ったくせに、あいつらが幸せになるなんて許せるわけがない。

 

 「壊してやる」


 そのためにも、


 「お姉ちゃん、お兄ちゃん。俺もっと家族が欲しいなぁ」


 俺は右隣に座る姉にしなだれかかり、左隣に座る兄の腕をぎゅうっと掴む。

 目線は正面に座る兄と姉に向けて、甘えたように微笑みながら闇の力を放出させる。

 するとたちまち彼女らの瞳は濁ったガラス玉のようになる。


 「アイシテ様のためならなんでもします」

 「今度友達を連れてきますね」

 「私の幸せはアイシテ様の幸せだから」

 「俺たちは家族だから。家族のお願いを聞くのは当たり前だから…」


 感情をあまり感じられない空虚な口調だが、その顔は幸せに満ちた笑みを浮かべていた。

 心の中でほくそ笑み、それでも埋まらない心の穴に舌打ちをする。

 

 「…まあいいさ」


 時間はまだある。

 袖口につけている闇色のカフスを俺は睨む。


 入学式の前日のことだ。

 闇の組織の幹部、蛇、猫、鳥を招集した春の王は、まだまだ新入の俺もその場に呼びつけこのカフスを渡し、学園に入学するよう命じた。


 春の王は言った。この力を使えば俺の願いは叶うだろうと。

 任務の詳細については追って伝える。それまでは自由に過ごしていいというのが直近で受けた指示だった。

 おそらく俺が自由に動くことであいつらは何か得るものがあるのだろう。


 手のひらの上で転がされている自覚はある。

 だけどそれでも構わなかった。

 願いが叶うなら喜んで利用されてやる。


 これから俺の家族は増えていき、俺はさらに愛される。

 俺は愛に満たされ、溢れて、最後にはもうお腹いっぱいだと泣いて笑うのだ。

 それが俺の幸せで、俺の願い。


 それなのに脳裏に浮かんだのは忌々しいあいつの笑顔。

 腹立たしくて唇を噛み締める。



 「…ミルク、俺はお前よりも幸せになってやる。絶対にっ」



 黒い蝶たちが空を舞う。

 それらは優雅に羽ばたきながらカフスに吸い込まれる。まるでそこが自分たちの住処とでもいうように。






評価ありがとうございます!


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