8.世話焼き委員長、好き
お色気いじわる魔窟から脱出した私は現在、むすむす頬を膨らませながら廊下を歩いていた。
「アオ兄ちゃんめ~!」
当然の如く私はアオ兄ちゃんに怒り狂っている。
だってせっかく仲直りしたのにお色気攻撃をしてくるなんてずるい。私が色気に弱いことを知っているアオ兄ちゃんは昔からこうやって私を揶揄って遊ぶのだ。怒るの当然!
「うー。アオ兄ちゃんのせいでまだ顔赤いの治らないぃ」
両手で顔を覆えばじわりとした熱を手のひらに感じる。
こんな状態で教室に戻れるわけがない!
というわけで、私は顔面発火が治まるまでの時間つぶしに薬草畑を訪れた。
もともと興味があったしね。
薬草畑は1階左通路の裏口を出た先にある。
対してアオ兄ちゃんの保健室は天組校舎の1階にあった為、目と鼻の距離とまでは言えないけどすぐに到着した。
薬草畑はとにかく広かった。植物園並の規模だった。
私は前世小学校でじゃがいもを育てたときの畑を想像していたから、かなり驚いたし一気に気分が高揚した。
見渡す限りの緑に胸いっぱいに広がる青くさい香り。
そこには加護の森に負けず劣らずの多種多様の草花が種類別に整理され植えられていた。
小指の爪ほどの大きさの草から私の背丈を優に超える巨大な花、希少なものからありふれたものまで、弾む足取りで右へ左へ行ったり来たり。赤いタイルの足場は私の靴跡だらけだ。
「やった!家猫の尻尾もある~!笑い薬の材料はこれでコンプリートね」
そうして見て回っているうちに私は薬草畑の中腹まで来ていた。
にししと笑いながら猫の尻尾の形をした桃色の草を3枚ほど採取する。
適切な剪定をされた植物たちは生き生きとしていて眺めているだけで元気を貰えるが、それはそれ、これはこれ。きちんと薬草畑の職務を全うしていただきます。
笑い薬が完成したらアオ兄ちゃんと生徒会長と副会長に投げてやるんだ。
今の私は気絶の原因をばっちり思い出したのでねぇ、ええ。副会長め、覚悟しろ。某神官長をゲラゲラに笑い狂わせた薬の威力を見せてやる。
「さーて、これからどうするかな~」
顔のほてりもアオ兄ちゃんへの怒りもひとまず治まった。
教室に戻ってもいいのだが、実は私この薬草畑の奥に温室があることに気づいてしまったのだ。
自分の背丈ほどある草花をかき分けちらりと顔を覗かせれば、前方に見えるのは全面ガラス張りの建物。まさしく温室。
ごくりと私は生唾を飲み込む。
おそらく薬草畑は上から見下ろすと「くの字」になっている。だからここに来た当初は温室の存在に気づけなかったのだが、私は今「く」の角のところにいるから見えちゃったのよ、ええ。
行きたい。温室を探検したい。だけど…
「ガブちゃん達が私のことを心配してる気がするのよね~」
脳裏に浮かぶのは、リディア大丈夫かな?副会長め殺すと殺気立っているみんなの顔(希望的観測)。
そう考えると私は戻った方がいいのだが…
「好奇心には勝てないよね!」
私はらんらんスキップで温室を目指した。
だって気になるから~!ガブちゃん達にはあとで謝ればおっけー!
もちろん温室に長時間居座るつもりはない。ガブちゃん達に心配をかけたくない気持ちは本物だ。
だから5分以内に温室を見て回り、後ろ髪引かれようとも私は即行で教室に戻るのだ。
「そうと決まれば急いで見…」
「ヒメ?」
「ぎゃあああああ!?」
私は飛び上がって驚き転倒した。膝打った、痛い…。
言っとくけど私はまぬけじゃないぞ。この場には自分一人しかいないと思っているときに背後から声をかけられたら誰だって驚くからね!
私を驚かした者は一体何やつ。相手次第では許さん。
私は勢いよく振り向き、そこにいた人物を見てもう一度飛び跳ねた。
「ロキー!?」
「やっぱりヒメね」
微笑を浮かべる彼女は4年前に夏の国で出会った委員長のロキだった!
「驚かせてしまってごめんなさい。怪我は…」
「わ~!久しぶり!また会えてうれしいよ~!怪我ならしてないから気にしないで~!」
「ヒ、ヒメっ」
勢いよく抱きつけばロキは一歩二歩と後退しつつもしっかりと私を抱き留めてくれた。
私よりも少しだけ身長が高いっていうのも理由の一つだろうけど(背が伸びたんだね!)、なによりロキは女騎士を目指している。日々の鍛錬の成果を発揮して見事私を支えてくれたのだろう!
「…え。私、鍛錬の成果を発揮しないと支えれないくらい重いの!?ガーン」
「あなたは別に重くないと思うわ」
「ロ、ロキぃ。好きだぁ。結婚してくれ~!」
「それはちょっと…」
冗談でプロポーズしたのに困惑顔で断られたとき、人はどんな反応をするか。
答えは、泣く。
「ぐすん。まあロキはジークのことが好きだから仕方がないか」
「ち、ちちち違っ!」
ふてくされた気持ちで呟けば、ロキは真っ赤な顔であわあわと首を横に振った。
かわいいね、バレバレだよ。
私の心はほっこりと和む。フラれた悲しみなんて綺麗さっぱり忘れた。かわりにジークに対する怒りが湧き上がったけどね。
「いつ君」ヒロインは八つ裂きにされかけたり雷落とされり、かなり体を張っているってのに、元俺様へたれ馬鹿はちゃっかりラブコメを謳歌してるのだ。これが八つ当たりせずにいられるかァ!
「美女軍団ハーレムまでつくるし…ん?」
言いながら目の前にいるロキを見て私は首を傾げる。
なんか見覚えあるな…。
今日、今、このときに至るまで、私はロキと一度も再会しなかったはず。それなのになぜか、成長したロキの顔に見覚えがあった。
4年前はポニーテールにしていた紫髪は現在ゆるめの一本三つ編み。可憐な顔は変わらないけど女騎士を目指しているからかほんの少し凜々しい顔つきになった気がする。
うん、間違いない。この顔を私は見たことがある。
「ねえ、ロキ。私たち今日どこかであった?」
「さ、さあ。どうかしら」
言いながらロキはさりげなく俯いた。私から顔を隠すように。
隊長、この子クロです!
「でもどこで見た……ぁあああああ!」
そして私は唐突に思い出した。
そう、ジーク侍らせ美女軍団である!ジークの左後ろにいた委員長系美女!それはまさしく、ロキだ!
気づいた瞬間、私の頭の血管はぷっちん切れた。
「あぁんのぉ、馬鹿ジークがァ!私のかわいいロキになにさせてんのよっ!ぶん殴ってやる!」
「ヒメ、待って!落ち着いてっ」
般若と化した私をロキが必死に羽交い締めにする。が、おほほ、止めないでロキ。私はあの鈍感馬鹿男を一発殴らないと気が済まないのよっ!
「殺殺殺殺殺殺殺殺殺ぅ!」
「こ、怖いわ、ヒメ!」
ロキの怯えた声が耳元で聞こえるがそれに反応できる余裕は私にはない。
私の脳内にあるのはジークへの怒りのみ~!
おのれジーク、どうしてよりにもよってロキをハーレムにスカウトした!他にも人がいただろ!?
惚れた男が惚れた女の気を引く為に結成した美女軍団でジークの恋の成就の為に働くとかなんの拷問だァー!
「ロキはやさしいからあの馬鹿の無茶ぶりに付き合ってあげたんでしょ。大丈夫、私はジークになにも言わない。ただ殴るだけ」
「ま、待ってちょうだいっ」
ジークは鈍感だから仕方ないよね、なーんて誰が言うかァ!
私の怒りは誰にも止められないのだァァアアア!
だがしかし、ふしゅーふしゅーと口から煙を出す私を止めたのは、ロキの思いもよらない一言だった。
「私は自分の意思であの方の恋を応援しているの!」
「え、そうなの!?」
驚愕し振り返れば、ロキは穏やかな瞳で頷いた。
「この想いに見返りは求めていない。身分の差があるから諦めているのではなく、彼がエミリア様を愛しているから身を引くわけでもない。お慕いしているだけで私は幸せ。影からあの方をお守りし支え力になることが私の恋の形なの」
そう言って微笑んだ彼女は嘘偽りなく幸せそうな女性の顔をしていた。
「辛い思いはしてないんだね?」
「ええ、ちっとも。……お慕いしているだけで満たされる私は、おかしいかしら?」
胸を張って答えたロキだけど、言葉が終わりに近づくにつれて彼女の言葉は小さくなっていった。
そんなロキの手を私はしっかりと握りしめる。
「おかしくない!絶対におかしくないよ!」
「ヒメ…」
私はまだ恋をしたことがないから想像することしかできない。だけど、恋にはきっとたくさんの形があると思う。
ジークのように好きな人との両思いを目指す恋もあるし、ロキのように好きでいるだけで幸せな恋もある。他にもたくさん、人の数だけ恋の形はあるのだろう。正しさも間違いも変もない。
「ロキの恋はやさしくて穏やかであったかくて、私はすごく好き!」
「っ!ふふ、ありがとう。ヒメ」
ロキは泣きそうな顔で、だけどうれしそうに笑った。ぎゅぅっと私の手を握りしめて。
そんなロキを私はとっても綺麗だなと思った。
//////////☆
「へ~!それじゃあロキは今、騎士見習いなんだ」
ところ変わらず、数分後。
私とロキはお互いの近状報告と言う名の雑談をしていた。
ロキは夏の国の騎士養成学校に通っていたのだが、天空学園から入学許可証が届いたため、ジークの護衛も兼ねてこの学校に転校してきたそうだ。
「本来の私は殿下の騎士を名乗ることはおろか、その視界に入ることすら許されない立場よ。でもあの方は私のことを覚えていてくれて、久しぶりだな。頼りにしてる。よろしくなって言ってくれたの」
ロキは照れくさそうに幸せそうに笑った。うん、かわいい。
でもそれとは別に、ちょぉっと気になることがあるんだ。
「護衛ってことは、遠くからジークのことを見守ってたりするの?」
「そうね。シフトがあるから毎日ではないけれど。今日の午前中は私も担当だったから、有事の際に動けるように木陰で待機していたわ」
「ってことは、私が八つ裂きにされかけてるの見た?」
「……。」
サッとロキは私から目をそらした。
それが答えだった。
「ロ、ロキぃ。助けてよぉ~!」
「ごめんなさい。でも職務の最中だったし、それにあなたを害そうとする人は誰もいなかったから…」
「え、いたよね!?私、害されまくってたよね!?」
「……。」
サッとロキは私から目をそらした。
うわぁああん。ロキぃ~っ。
「…悪意を持っていた人はいないわ」
「それはわかってるけどぉ」
「エルは大変ね。あんなにも敵がいるなんて。あなたは鈍感だし」
「う~ん!?どうしてこの話の流れでエル!?」
さっぱり意味がわからなくて私は首を傾げるけど、ロキに哀れみの目で見られただけだった。なぜ!?
「それじゃあ私はもう行くわ」
「そんでもって唐突!?もう行っちゃうの~!?」
「学園の構造把握のために立ち寄っただけだから。他にも見て回らないと」
言いながらロキは懐から取り出した学園の地図になにかを書き込む。
「オウ…」
それはもしかしなくてもジークの護衛任務を完遂するため自主的行動だろう。
さすがロキ、えらい。私よりも年下なのに真面目で仕事熱心だ。それに比べて私は…いえ、私は私で頑張ってるからいいんです。ロキはロキ。私は私だからね、うん。うんうん。
「そんなに首を振って大丈夫?具合が悪くなるんじゃ…まあそれがヒメよね。何も言わないわ」
「みんなことあるごとにそれが私って言うけど、全然褒められてる気がしないんだよね」
「また会いましょう、ヒメ」
「ロキまでもが私をスルーした!?」
うえーんと泣く私を横目で見つつロキは私に手を振り去って行った。
でも少し思うところがあったのか、駆け足で戻ってきて私の手にあめ玉を握らせ、また去って行った。
……世話焼き委員長、好き。
ロキがくれたあめは苺味だった。おいしい。
ジーク侍らせ美女軍団は、メンバー全員がジークのことを恋慕っています。そして彼の恋を本心から応援しています。
ジークは美女達の気持ちに全く気づいていませんが、エミリアは彼女達がジークに向ける感情に気づいています。




