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First world memory Ⅰ



 「はぁ、とうとうこの日が来ちゃったかぁ」


 女子寮を出てすぐに目に入ったのは…というか、目の前に広がっていたのは桃色の桜並木。「いつ君」本編スタート時のオープニングと同じだ。

 この世界にも桜ってあったんだなぁなんて思いながら歩いていれば、いつのまにか校門に到着していた。できるかぎりゆっくり歩いてきたつもりだったのに、たどり着くの早すぎじゃない?短すぎる通学路にため息が出る。

 目の前にあるのは赤レンガの小洒落た、だけれども重々しい威圧感を与える門。


 この門の先にあるのは、戦場だ。


 割り切っているし、自分の運命に恨みも後悔もないけれど…手が、春風を吸い込み吐き出す息が震える。学園に足を踏み入れるその一歩がどうしても踏み出せない。


 「通行の邪魔だな」

 

 そんな私を守るように、大きな影が太陽の日差しを遮る。

 頭上から聞こえたのは大好きな優しいテノールの声。

 この声を聞くだけでじんわりと心があたたかくなる。ほんとタイミングよく現れるんだから。

 

 「…ちょっと昨日言ったじゃない。運命では私が学園の敷地に入ってから3歩進んだところで、リカが私に話しかけるのよ。私まだ門の外なんだけど」

 「……。」


 顔をあげれば案の定リカが無表情~眉間のしわを添えて~で私を見下ろしていた。

 少しくらい運命通りでなくてもいいだろ、とか思ってんでしょ。あんたの考えていることなんてお見通しなんだから。


 「お前はともかくおれは学園内にいる」

 「そういう問題じゃないの」


 やれやれとため息をつきながらリカに自分の手を差し出す。

 気づけば手の震えは収まっていた。


 「なんだこの手は」

 「絶対わかって言ってるでしょ。手握って!」

 「プフッ」

 「笑うなー!!」

 「ふふ…わかったから、叩くな」


 笑いながらも私の手を包み込む大きくてあたたかな手に、怒っていたはずの私だけど気づけば笑っていた。…平和で、なんて幸せなんだろう。

 そうだよ。怖いことなんてなにもない。

 私は私の大好きな人が過ごす平和な未来のためにこの運命を生きる。

 リカが生きるこの世界を存続させるためなら死なんて恐れない。どんな犠牲も厭わない。


 私はあたたかな右手に引っ張られるようにして、門を背にした。

 さあ、ここから私の戦いは始まる。



/////////☆


 「リカ、わかってるでしょうね」

 「ああ。猫をかぶるお前を見ても吹き出さないように努力する」

 「……。」


 言いながらすでにリカはプフッと肩を震わせている。

 リディアちゃん、顔引き攣りまくりなんですけど。ねぇ、努力って言葉の意味知ってる?

 ともかく、片割れが使い物にならなくても私がやるべきことは変わらない。


 運命通りであれば、リカと共に学園内を歩き始めてすぐに彼が現れるのだ…と辺りを見まわせば、


 キャーッ


 黄色い歓声が耳を貫く。

 前方にある人集りには、遠目でもわかるほどピンク色の熱気に包まれていた。噂をすればというやつだ。


 「ジーク様、素敵ぃ」

 「私と結婚して~!」

 「今夜、お部屋で待ってまーす」


 はい、出たー。美女を引きつれ歩く赤髪短髪の俺様美男子は、夏の国の王子ジークレイン・ラフィエルだ。


 「ったく、かわいいやつらだな」

 

 言いながらジークはそばにいた美女Aの額にキスをおとす。キャ~という桃色の悲鳴に鼓膜が破れそうになったのは言わずもがな。

 

 ちなみにジークが女の子たちを侍らせているのは、孤児院時代に惚れた(ヒロイン)が探しても探しても見つからなくて拗ねたからである。

 お前が全然見つからないから、おれってば他の女に手を出しちゃうもんね。おれ、モテるから女には困らないんだぞー。いつか再会したときに女に囲まれているおれを見て嫉妬しろ~とこんな感じ。

 まあようするに行方不明の私への当てつけだ。小学生か。飛び蹴りを食らわせて教育的指導をしたいところだが、いかんせん私は運命通りに生きねばならない。だからこの憤りはそっと胸の奥深くにしまうしかないのだ。


 「…っ!お前、リディア!!」

 

 そんなこんなでジークへの飛び蹴りを脳内シュミレーションしていれば、彼が満面の笑みを浮かべてこちらへ走ってくるではないか。

 ジークに置いてかれた取り巻き女子たちは憎々し気に私を睨む。運命通りの光景だ。

 だから私は運命通りにこう言う。


 「もしかして、ジーク!?嘘~!私…すっごく格好いい人がいるなって見惚れちゃって、それがまさかジークだったなんて!また会えてうれしい!」

 「お、おう!」


 私の笑顔にジークの顔は髪色と同じになる。

 あ”~。罪悪感~。ごめんね、ジーク。悪いのはすべて『逆ハールート目指したけど最終的にリカルート』な運命を創った太陽神様だから。


 心の中で謝りながら、私は目に涙を浮かべジークの手を取り握り締める。

 ほんと私、女優になれるよ。おい、リカ笑うな。肩震えてるの気づいてるからな。


 「リディア、おれっ…」

 「わ~!!リディアがいる~!!」


 さて、なにか言いかけるジークを押しのけて私に抱き付いてきたのは水色頭のかわいい男子生徒だ。これもまた運命通り。だから私は運命通りに驚く。


 「あなた…ギル!こんなに大きくなって。もっと顔をよく見せて」


 しばらく会っていない孫に言う台詞だよね、これ。太陽神様ほんとセンスない。

 そんなことを思いながら抱き付くギルの顔を覗き込む。ごめんなさい。私は運命に従っているだけなんです。

 微笑みかければギルは少し照れたように笑い、だけれども上目遣いに熱のこもった眼差しで私を見つめる。うっ、色気が…。リカという彼氏がいながら他の男を誘惑しなければならないという罪悪感×100。太陽神様マジで許さん。


 「近い…」

 「リカっ」


 ギルの色気にあてられた私を救出してくれたのはリカだ。

 少しむっとした顔で彼は私を背に隠す。かっ、かわいい。いますぐ抱きしめたいっ。

 

 「…おい。なんで秋と冬の国の王子サマがリディアと知り合いなんだよ」

 「別にそんなことどうでもいいよ~。それよりもぉ、リディア~。どうして秋の国の王子の背中に隠れてるの~?久しぶりにおれと遊ぼうよ~」

 「こいつはおれの女だ」

 「「はあ?」」


 なかなか不穏な雰囲気だがこれもまた運命通り。問題はない。

 リカの背後から事の成り行きを見守っていれば、チクリと刺さる刺さりまくるよ3つの痛いほどの視線。


 一人はジークの真後ろに控えるエミリア・ラフィエル。大好きな婚約者が孤児院時代に出会った平民女にメロメロで怒っています。分厚い前髪の奥にある2つの瞳が私を睨みつけているのがわかります。ちなみに私は始業式後にエミリアと侍らせ女子さんたちに囲まれ水をかけられるというイベントが待っています。ほんとマジ太陽神様(怒)


 二人目はギルの隣に立つツインテールがかわいいミルクだ。ギルがリディアにメロメロで怒です。ちなみに彼女の足元には灰色の砂の山ができている。彼女が近くにある石ころを感情のままにクラッシュしまくっているからです。私は明日ミルクにクラッシュされかける。なぜって太陽神様がそういう運命を創ったから。ほんとマジ…以下略。


 そして最後、木陰から私を睨むのはアリス・クラヴィス。彼女は大好きな主のためにコーヒー買って戻ってみれば、そこは修羅場と化していて、リカと私が相思相愛状態で怒り心頭です。始業式直前に校舎裏に呼び出されてアリスに腹パンされるのは言わずもがな。ごめんね、アリス。でも私はリカを愛する一人の女としてあんたにだけは負けないよ!そこに運命は関係ない!まあそれとは別に、ほんと…以下略。


 「おい、道のど真ん中でなにしてる。邪魔だ…リディア!?」


 さて夏、秋、冬の王子の間で紫電が走る中、遅れて現れたのはソラである。

 これもまた運命通りだから特に驚いたりはしないけれど、運命通りに驚きます。


 「まあ!あなた、ソラよね!うれしい!みんなにまた会えるなんてっ」


 私は目に涙を浮かべてソラに抱き付く。

 途端、辺り一帯が氷点下並に寒くなる。否、寒いと感じているのはおそらく私だけだろう。だってソラは震えていないし。

 顔をあげ、目があった人物に私は微笑みかける。

 ソラがいる場所に必ず彼はいる。

 

 「また会えてうれしいわ!アルト!」

 「おれもだよ、リディア・ミルキーウェイ」


 銀髪の彼、アルト・ヴェルトレイアはにこりと私に笑いかける。だけど彼のその瞳が笑っていたことは一度としてない。

 冷たい紫色の瞳にはソラに抱き付く私が映っていて…

 

 「…そういえばおれは君の先輩にあたるんだよね。今日からおれのことはヴェルトレイア先輩と呼ぶように。おれも君のことはミルキーウェイと呼ぶから」

 「え、あ…はい」

 「ソラ、彼女と話したいことはたくさんあるだろうけど始業式が終わってからにしなさい。ほら、行くよ」

 「うん、わかった。じゃあなリディア!」

 「え、ええ。またね、ソラ」


 アルトと共に去っていくソラに手を振りながら私は思う。

 おれのことはヴェルトレイア先輩と呼ぶように?こんなシーン、太陽神様に見せられた運命にあったっけ?

 まあ光の巫女が運命通りに生きていても、ごく稀に運命が変わることはあるし。たぶん今回はそれだったんだよなぁ…?

 私は心の中で首を傾げた。






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