エピローグ5
3人称ですが、ほぼ春の王ですね!
加護の森の中心部に位置する孤児院。
1年前に孤児院で暮らしていた最後の子供が巣立って以降、住人がいなくなり廃墟と化したこの孤児院を停戦の場に選んだのは4王国の王全員の意思であった。
4王国のどの国にも有利とならない立地であり、かつ国のトップが訪れるはずのない場所を考えれば、この孤児院しか思い浮かばなかった。
しかし春の王は早々に孤児院を停戦の場として指定したことを後悔していた。
心の中でため息を吐く。
不快だ。
廃墟らしく孤児院は雑草に覆われ、室内では埃が舞い床がきしみ、辺りは腐った木の匂いで充満していた。不快でならない。しかし今の己は、春の王ではなく春の王の側近だ。その感情を顔に出すことはできない。さらに不快が増す。
こういうときばかりは影武者という存在が邪魔でならない。
自身の右斜め前にあるくすんだ金色を内心でにらみながら思う。
孤児院のかつて会議室と呼ばれていた場所では、金、赤、桃、水色の頭が円卓を囲んでいた。
「それではこちらに署名を願います」
そして王たちに魔法が付与された証書を配るのは2つの白。
今日この場に4王国の王たちが集まったのは他でもない。不毛な争いを終息させる4王国の和平協定を結ぶためであった。
そして、
「我ら4王国の力を持ってすれば精霊どもなど取るに足りん」
「精霊の分際で人間を使役しようなど、腹立たしいッ」
人間界を亡ぼし、人間を奴隷として使役しようと企んでいる精霊どもに対抗するべく王たちはこの地に集った。
ようは共通の敵が目の前にいると言うのに同族同士で争っているなど馬鹿らしい、一時的に手を組もうではないかという話だ。
「…はい、たしかに確認いたしました。サラ」
「わかってるよ、シグレ。こちらは天空神殿にて厳重に保管させていただきます」
4王全員の署名を確認したのは冷たい眼差しの長髪の神官だ。
そして証書を天空神殿へと転送したのは、やわらかい笑みを浮かべる神官。
和平協定において不正がないよう、わざわざ天空神殿に依頼し呼び寄せただけのことはある。2名の神官の仕事は無駄がなく、確実であった。ただ署名された紙を回収するだけの仕事だが、それゆえに失敗は許されない。
春の王はにこりと王の側近らしく愛嬌のある笑みを浮かべる。その笑顔の裏でクツクツと愉快気に春の王は笑うのだが、それを知るものはこの場においてはソラだけだ。
4王国の国王全員の署名がされた証書。和平協定とは名ばかりで実際はただの休戦協定なのだが、その誓約を破ろうものなら呪いが発動する。そういう紙を用意された。また、孤児院には周囲に存在を悟らせない強固な結界が張ってあった。実際この結界に気づいたのは春の王だけだった。
この若さでこれほどの実力とは、元々の素質もあるのだろうが、おそらく指導者の腕がよいのだ。が、
心ここに在らず、だな。
春の王が愉悦に笑ったのはそれが理由であった。
感情を顔に出さない優秀な神官。しかし色でわかる。上ずったような、喜色に溢れる色。しかしその色には不安も混ざっていた。
なぜそのような心理状態になっているのか、その理由を断言することはできないがやつらは神官だ、神が絡んでいることは確かだろう。
おもしろい。春の王は笑う。
実は数刻前から体内を巡る神の力がどうにも荒れて仕方がなかったのだ。十中八九やつがこの地にいる。
運命を正すためにわざわざ天界から降りてきたか。
まあやつらが足掻いたところで俺達のときのように、運命は改変されるだろうが。春の王の目が弧を描く。
なにせ今回運命を変えようとしている者は、春の王だけではないのだから。
春の王は自身の正面にいる水色を見る。
水色の髪に琥珀の瞳。眼鏡をかけた神経質そうな男が冬の国の王。アオの叔父だ。
それの背後に控えるは今年で15歳となる冬の国の王子、ギルバート・レヴィア。顔色一つ変えずに会議に臨むガキだが…、
随分と荒れた色だな。
クツクツと春の王の喉が鳴る。
まあ大方、惚れた女の行方が一向に掴めぬまま学園生活が始まることに焦りを感じているのだろう。
4年ほど前から冬の国の王子がリディアを行方不明の婚約者と称して大々的に捜索し始めたものだから、アルトとアオが荒れに荒れて実に愉快であったことは記憶に新しい。
冬の国はアオの獲物だ。
このガキの運命がアオの手によってどのように歪められるのか実に楽しみだ。
まあアオが手を下さずとも自ら破滅を選択するような危うさを感じるが、どちらにしても楽しみなことには変わりない。
次に春の王は左前を見る。
桃色の髪に空色の瞳。感情を表に出さない壮年の男が秋の国の王。それの背後に数分前まで控えていたのは今年で17歳となる秋の国の王子、リカルド・アトラステヌだ。
それはついさきほど無表情の顔のまま会議室から出て行った。その色は…言わずともわかるだろう。
ああ、本当に愉快だな。
運命を変えるべく、1回目の世界を否定し時を遡りこの2回目の世界を創った光の巫女の運命の相手。あれはもう手遅れだ。
神は願いを否定する。そのことを知らないであろうリカルド王子がどのような結末を迎えるのか、神を相手にどこまでやるのかこちらも楽しみである。
右前を見る。
赤髪に深緑色の瞳。虚勢を張ることしかできない哀れな高年の男が夏の国の王であった。それの背後に控えるは今年で16歳となる夏の国の王子、ジークレイン・ラフィエル。
冬の国の王子と違い、先ほどから顔を青くしたり白目をむいたり震えたり、「マジかよ…」などと言葉をこぼしたりと落ち着きがない。この時点で面白いのだから、学園生活がはじまればさらに面白いことをしでかしてくれそうだ。
そして最後に春の王はすぐ目の前にある2つの金を見る。
魔法で染め上げた金髪に茶色の瞳。横に長い体型の中年の男が春の国の王…の影武者。それの背後に控えるは今年で16歳となる春の国の王子、ソラ・ヴェルトレイア。
ソラは最初こそジーク王子を見て呆れた顔をしていたが、気持ちを切り替えたのかすぐに真剣な眼差しでこの会議に臨んでいた。つまらない。どこまでも模範的な息子にため息が出る。
5000年前の己と顔立ちが似ていた為、春の王は息子に対し少し期待をしていたのだが、これが常軌を逸した行動をとったことはただの一度もなかった。
まあいい。ソラは次の器としては優秀な部類に入る。無難に学園生活を送ってくれればそれでいい。
「それでは精霊界の動向がわかり次第、ご連絡いたします」
気が付けば会議は終わっていた。
話を聞いていなかった。が、まあどうでもいい。
春の王がすることは変わらない。この世界が崩壊する様を見る。ただそれだけだ。
エピローグはこれで終わりです!
あとはおまけ話2つ?です。それが終わったら、とうとう最終章に突入します!
更新も不定期の中ここまで読んでいただいて、ほんとうにありがとうござます!!これからもどうかリディア達をよろしくお願いいたします!




