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エピローグ2

クラウス視点です。


 壊れるほどの勢いで開いた扉の先にいたのは、無表情の桃色の髪の美青年だった。


 「クラウス、リディアは……」

 「ええ、消えたわ」


 望んでいた人物の登場ではなかったことに落胆しながら俺は息を吐く。

 リディアが消えてから早3時間。橙色の空に浮かんでいたはずの夕日は沈み始めていた。


 今日はリディアの運命が大きく変わる日だ。

 1回目の世界ではこの日、リカがリディアを迎えに行くことによってあの学園生活が…リディアの死のカウントダウンが始まる。

 それを防ぐべく、今日1日はどれだけ悪態をつかれようともリディアに張り付く。俺とアースはそう決めていたし、アイとエルもなにかを悟ってか片時もリディアから離れようとはしなかった。


 「え。なに?今日私の誕生日だからみんな私にべったりってこと?」

 「俺も今日が誕生日だ」

 「はいはい、エルも誕生日ね。知ってるから」

 

 なんて他愛もない会話をしていた、その直後にリディアは姿を消した。

 その場にいた4人全員が一瞬目を離したすきにリディアは消えたのだ。


 「それで、おれを呼んだと」

 「あんたがリディアを迎えに行きさえしなければ、学園生活ははじまらない。そうはわかっているけど不安で。悪いわね、呼び出して」

 

 急いで来たのだろう。リカの額には汗で髪が張り付いおり、息が整わず苦しいのか胸元を抑えていた。


 「気にするな。それよりも万が一に備え一刻も早くリディアを見つけ出したい…ところだが、その様子を見るにリディアはまだ見つからないようだな。神の力とやらの妨害か?」

 「えぇ」


 3時間前からずっと契約印を目印にリディアの現在位置を探っているが、白い靄に隠されて足跡すら見つからない。冬の国や精霊界でのときと同じだった。神の力による妨害だ。


 「エルト、アース、アイには足でリディアを探してもらってるわ。だけど今のところ見つかったという知らせは届いていない」

 「そうか…」

 「もうこの際、あんたがリディアを迎えに行けばいいような気がしてきたわ」

 「それでは運命通りに…」

 

 リディアの居場所が分からない今、運命通りにリカがリディアを探しに行けばすぐに見つかるのではないかと安易に考え口にしたが…、意外とこの作戦はうまくいくのではないか?

 なにせリカはリディアを見つけたところで、自身の城や学園に連れ去るつもりはない。

 リカも同じことを思ったようだ。俺とリカは互いに顔を見合わせる。


 「…そうだ。おれであればリディアの元にたどり着ける」

 「くそっ。なんで今までこのことに気づかなかったわけ!?リカ、さっさとリディアを迎えに…はぁ!?」

 「どうした、クラウス」


 俺は扉に向かってリカの背を押していた。が、靄が晴れリディアの居場所がわかったことによりその動きを止める。止めるどころか頭を抱えてその場にうずくまった。

 そんな俺を見てリカは怪訝に眉を顰める。

 言っておくがお前だって数秒後には俺みたいに、いや俺以上に動揺するからな。


 「リディアの居場所がわかったのか?その割にはうかない顔をしているな」

 「ああ。なんてったってリディアは今、春の国の第一王子アルト・ヴェルトレイアと一緒にいるからな…」

 「なんだと?」

 「しかもあの野郎リディアを連れて学園に向かっている」

 

 こんなときに女口調なんてしてられるか。ため息交じりに吐いた俺の言葉を聞いていたリカの眉間にしわがよる。

 …この映像は見せない方がよかったかもしれねーな。そう思ったときにはもう遅く。俺の手元にある水晶は、なぜか気絶しているリディアを横抱きにしたアルト・ヴェルトレイアが、真っ白な馬にのって学園に向かっている。そんな映像を映し出していた。

 つーか隠蔽の魔法をリディアにかけてあるのに、どうしてこいつはリディアを認識してるんだよ。まさかこれも神の仕業か?


 「クラウス、転移」

 「わかってるから、落ち着け!」

 

 俺が思案している間にリカは喰い込むくらいに俺の肩を掴んでいた。普段は冷静なくせにあれが関わるとリカはどうにも平静を失う。そうだったわ。お前は動揺なんてかわいいもんはしないわな。数秒前の俺が間違っていた。

 ともかく俺は空間と空間をつなげて、リディアの元へと転移……

 

 「さっせませーんよぉ?」

 「っ!」

 「クラウス!」


 転移しようとしたところで、頭上から風魔法による攻撃を受けた。動揺したせいでせっかくつなげた空間が崩壊する。

 ご丁寧に煙幕まで投げてくれて、おかげで敵の姿をとらえることができない。


 「クラウス、無事か!」

 「ああ」


 風魔法で煙の通り道を作ったところでようやく視界が開けた。

 俺とリカしかいなかったはずの空間にいたのは栗色の髪のリディアと同年代ほどの少女だった。ただの少女ならまだよかったのだが、その背中からは白い翼が生えていた。チッ、嫌な予感がする。

 少女を見てリカは驚いたように瞠目していた。


 「お前、まさかルルか…?」

 「わぁ!リカちゃん、ルルのことを覚えててくれたんですねぇ~」

 

 ルル感激で涙が出そうですぅ。少女は目元をハンカチで拭くがその瞳から涙は1ミリたりとも出ていない。

 意味の分からない状況に苛立つが、今はそれよりもリディアだ。俺は転移するための魔力を練り直す。が、


 「あ。ダメですよぉ」

 「あ゛?」


 少女が微笑みながら風魔法で俺を攻撃してきた。

 完成しようとしていた空間転移の魔法はまたも崩壊する。

 ルルと呼ばれた少女は、青筋を浮かべる俺を見て楽しそうに笑っていた。


 「古の魔法使いさんって学習しないんですかぁ?それともぉ、ルルがあなたたちの妨害をしているって気づいていないんですかぁ?」

 「……。」


 なるほど。よくわかった。目の前にいるこの女は、俺達の敵だ。おそらくリディアにかけておいた隠蔽の魔法を解いたのもこの女。

 リカも腰に差していた剣をぬいた。


 「…1回目の世界で孤児院にルルと言う名の幼子はいなかった。ルル、お前は何者だ」

 

 無表情にしかし冷たい眼差しで問うリカを見て、ルルはにこりと微笑んだ。


 「ルルは神の遣い、もといクソ上司にこき使われている哀れな天使ですよぉ…ぉっとっと~。リカちゃん、ルル話の途中だったと思うのですがぁ~」


 神の遣い。その言葉を聞いた瞬間に、リカはルルに炎の魔法で攻撃を仕掛けた。

 ルルは慣れた様子で魔法を躱す。が、炎の魔法はフェイクだ。リカは時の魔法で女の体の時を止め、剣で切りかかる。しかしルルの風の魔法で剣は弾き飛ばされてしまう。


 「時の魔法って怖いですね~」

 「チッ。クラウス!おれがこいつを足止めしているすきに…」

 「言われなくてもわかってるっつーの!」


 背中に生えた白い翼で薄々勘づいてはいたが、まさかほんとうに天使だったとはな。舌打ちをする。

 天使とは運命の改変が行われたときに天界から遣わされるという神の遣いだ。リカはあの女と孤児院で出会ったと言っていた。つまり随分と前からリディアは神に監視されていたというわけだ。

 ともかくリカが足止めをしている間に俺は空間転移の魔法を完成させ、リディアの元へ転移……


 「は!?転移できないだと!?」

 「なんだと!?」


 転移はできなかった。

 移動しようとしてもなにかに跳ね返される。それは今までの比ではないくらいに強固な壁だった。

 リカと対峙する天使を睨めばそいつは冤罪ですよ~と俺に笑いかける。


 「これはクソ上司の仕業ですねぇ」


 ルルが動きを止めたことでリカも動きを止めた。一定の距離を保ちつつ相手の出方を探る。

 ルルはため息交じりに言葉を続けた。


 「リディアちゃんが学園に通わなければ、運命が変わっちゃいますからね~。…だからってこんな強固な妨害しなくてもいいのにぃ。ほんとーっに遊び心がない。大人げない。頭でっかちぃー」


 天に向かってべーっと舌を出す女。

 その間にリカが本当に転移できないのかと聞いてくるが、無理だ。俺は首を横に振る。力業で転移しようとしても、やはり壁に跳ね返されてしまう。魔法ではリディアの元にはたどり着けない。

 ルルを突破し、自らの足でリディアの元へ向かうしかない。人間の力で天使を負かすことができるのは俺くらいだろう。俺がルルの相手をする。リカに目配せをした、そのときだった。


 「そうだ。帰る前に忠告というか、警告?をしてあげまぁす」


 にこにこと笑みを浮かべながらルルが指さしたのは俺だった。

 帰る、いやそれよりも、警告だと?


 「リカちゃんに関してはぁ、もう手遅れなんですけどぉ。クラウス君にはまだ情状酌量の余地がギリッギリあるので~。クラウス君、ずばり言いますね。運命を受け入れてください」

 「あ?」


 運命を受け入れろだと?この女は何を言っている。

 殺気を飛ばせばルルはいっそう笑みを深くした。


 「抗ったところでなにもいいことありませんよ。リカ君、1回目の世界でリディアちゃんに言われませんでしたか?運命を変えれば厄災が起こるって。その意味、ちゃんとわかってます?」

 「……どういうことだ」

 「言いませんよ。答えを教えたらおもしろくないじゃないですか。まあ一つ言えることは、運命を変えるなーんて恐ろしいこと、リディアちゃんは望みませんよ~ってことくらいですね」

 

 笑っていたルルの頬が切れた。

 リカの魔法だ。


 「…黙れ。リディアの気持ちを代弁するな。お前になにがわかる」

 「きゃ~。こわ~い」


 リカに殺気をむけられ、さらに魔法で攻撃されたにも関わらずルルは楽しそうに飛び跳ねていた。そんなルルは足先から徐々に消え始めた。


 「ああ時間ですね。ま、忠告はしたのでぇ、ルルはここでお暇しまぁす。学園ではルルに代わってルルのクソ上司が運命を正すべく動きますので。ようするにぃ、リカちゃんたちの邪魔をしまーす。せいぜい頑張って下さ~い」

 「おい、待て…!」

 

 そうしてルルの姿は完全に消えた。

 …あの女の言っていた上司とはおそらく神のことだ。神が直々に下界に降りて俺達の邪魔をするってか。


 「ハッ。上等だ、やってやる」


 これは俺達のエゴだ。あの女が言っていたように運命を変えることを…少なくとも記憶を失う前のリディアは望んでいなかった。だが、俺達がリディアの死の運命を受け入れられない、認められない。だから変える。絶対に。


 「クラウス、早くリディアの元へ行くぞ」

 「ああ、今ならまだ間に合う」


 俺とリカはアルト・ヴェルトレイアからリディアを取り戻すべく外に出た、否出ようとした。が、俺達が出る前に外へつながる扉が開かれたことによって俺達の足は止まった。


 「…おい、今の話どういうことだ」


 ゆっくりと開かれた扉から現れたのはエルだった。

 雨が降っていたらしい。全身がずぶ濡れで黒銀色の髪は顔に張り付いていた。

 タイミングが悪すぎるだろ。


 「お前に構っている暇は無い」


 リカはそう言い捨て、リディアの元へ向かおうとするが、


 「手を離せ」

 「…説明しろ」


 エルがリカの腕を掴む。

 紅色と牡丹の瞳が殺気を含み交差する。ほんと最悪だ。

 こうなったら最後エルトは梃子でも動かない。ここはリカにエルの相手をしてもらって俺一人でリディアの元へ急ぐか。リディアの現在位置を知るべく俺は千里眼を使い…ため息を吐いた。


 「リカ、作戦変更だ。リディアはもう学園に到着した」


 脳裏を巡るのは、アルト・ヴェルトレイアが幸せそうな顔でリディアを寮の自室のベッドに寝かせる映像だ。にこにこ笑いながらそいつは眠るリディアの頬をつついている。はぁ。こんな映像見たくねーんだけど。今すぐあの学園を爆破したい。

 リカにはこの映像を見せていないが、野生の勘か、無表情の顔が不機嫌そうに歪んでいた。一緒に学園爆破するか?

 とまあ冗談はともかく(8割方本気だが)。

 

 「学園生活が本格的に始まる前にリディアを逃がすのも手だが、まあ十中八九神に妨害されるだろうな。どうする、この10年間の俺たちの努力が無駄じゃなかったことを信じて俺達はなにも手出しせず、リディアに学園生活を送らせてやるか…」

 「なにを馬鹿なことを。神が絡んでいる。なにより闇の組織も動いている。楽観的には考えられない。お前もそう思っているだろ」

 「じゃあプランBだな。闇の装身具の回収だ」


 万が一にも学園生活が始まってしまった場合のことを俺達が考えていないわけがないだろ。

 ようするに闇の装身具を破壊されなければいいわけだ。

 闇の化身が復活するのは、闇の装身具が破壊されそこに保管されていた闇が闇の化身の器へと吸収されるからだ。7つすべての装身具が破壊されたとき闇の化身が復活する。そうしてリディアは闇の化身を浄化し命を落とした。

 ならば装身具が破壊される前にこちらで回収…闇の装身具を所持しているであろう闇の組織から奪えばいい。そうすれば闇の化身は復活しない。リディアは命を落とさない。

 俺とリカが話を進める中で、うろたえたように叫ぶ声があった。


 「っお前らはいったい何の話をしてるんだよ!」


 エルは眉間にしわを寄せ俺達を見ていた。

 ああ、こいつのことを忘れてたわ。さてエルには何をどこまで話していいものか。


 「エル、そもそもお前はいつから俺達の話を聞いていた」

 「…ルルが現れたときから。1回目の世界ってなんだよ。リディアはどこにいるんだよ?やっぱりリディアは死ぬ運命なのか!?俺に力があれば、運命を変えられるのか!?」


 めんどくせー。こいつだいぶ錯乱してるな。

 不安な気持ちに影響を受けてか、エルの体からは闇の精霊が大量に生み出されていた。っとに世話のかかる弟子だ。

 

 「落ち着け、エルト。そんな状態のお前に話せることはなにもない。なによりお前、まだ迷っているだろ」


 俺の言葉にエルトの体が動揺にゆれる。

 そうだ。お前は迷っている。俺達のリディアの死の運命を変えるという願いは、リディアの気持ちに反する。恨まれる。逆にアイのようにリディアについていけば、リディアの心は守れるが命は守れない。

 

 「…選べない」


 消えそうなくらいに小さな声だった。

 瞬間、先ほどとは比にならないほど大量の闇の精霊がエルトの体から放出される。


 「選べない。どうして選ばなきゃいけないんだよ!?リディアに嫌われたくない。でも死んでほしくないッ!おれはどうすればいいんだ!?」


 闇の精霊から身を守るために結界を張るが。くそっ。エルトのやつ結界を余裕でぶち壊してきやがるッ。

 闇の精霊を切り捨てながらリカは無表情にため息を吐く。


 「めんどうだが、このままではおれたちもあいつも危険だ」

 「チッ。そうだな。とりあえず一回目の世界の話をするか。おい、エルト!落ち着け!」

 「ぐっ…」


 師匠と弟子の契約印でエルの暴走を止める。エルはその場に倒れた。

 俺はこの操作が苦手だっつーのに。他者の魔力をいじるのは苦手なんだよ。


 平静を取り戻したらしいエルは床にへばりついたまま舌打ちをする。


 「……悪かったな」

 「ああ、ほんとうにな」


 誰か俺に休む暇を与えろって話だ。

 だが休んでなどいられない。こうなればお前が拒否しても絶対に仲間に引き込んでやる。


 「今から話すのは、1回……は!?」


 血の気が引いた。

 言葉を中途半端に止めた俺をリカとエルは眉を寄せて見る。が、そんなことよりも俺は…


 「1か…くそっ!」


 俺はテーブルを殴った。そのまま殴り続ける。木造のテーブルはもうはや原形をとどめていない。


 「おい、どうした」

 「…せねぇ」

 「なに言って…」

 「話すことができねぇんだよッ!」


 俺の言葉に血相を変えたのはリカだ。

 あいつも1回目の世界のことを話そうとしているのだろう。だがその口は開かない。1回目の世界について言葉を発しようとすると、糸で縫い付けられたかのように口が開かなくなる。俺の場合は言葉が出なくなった。


 脳裏に浮かんだのは、さきほどの天使が言っていた言葉。


 『学園ではルルに代わってルルのクソ上司が運命を正すべく動きますので。ようするにぃ、リカちゃんたちの邪魔をしまーす。せいぜい頑張って下さ~い』


 ああ、なるほど。そういうわけか。


 「早速邪魔をしてくれたってことな…」


 ルルに倣って俺は天を睨みつけた。  

 いいぜ、その喧嘩買ってやるよ。


エピローグはあと3つあります。

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