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エピローグ

前半3人称の精霊王視点、後半エルト視点です




 淡い紫の薔薇が咲き誇る庭園。そこにいたのは白い軍服を身に纏った夕日色の髪の美丈夫――精霊王であった。


 あの日と同じ。先ほどまで空を明るく照らしていた月は分厚い雲に覆い隠され、濃紺の世界だけがそこにはあった。黄色い声で溢れかえっていた会場と違い辺りは静寂に包まれる。

 

 「あれが光の巫女か…」


 数刻前、己にぶつかってきた金の髪の娘。

 今回精霊王が光の巫女を賓客として誕生祭に招待した理由は他でもない近い未来、己の野望を打ち砕こうと動く娘の力量を見定めるためであった。


 セイラが語った1回目の世界で光の巫女は闇の化身を浄化した。セイラの話通りに運命が動き出した現在。精霊王は光の巫女の力を危惧していた。が、

 

 「拍子抜けだな」


 結界をすり抜け自身の体に触れたときは驚いた。だがそれだけ。それ以降はなにもなかった。本当にあの娘が闇の化身を浄化するほどの光魔法の使い手なのだろうか。光の巫女に接触したことは時間の無駄であったように感じる。が、しかし収穫はあった。

 口角が上へとあがる。

 

 脳裏に浮かぶは何年経とうとも色褪せることのない愛する女の姿。

 そして光の巫女が身につけていた守り石から感じた懐かしい気配。


 「セイラが、いる」


 肉体こそないが、魂はまだこの世に存在している。

 言葉では形容しきれないほどの喜びに体が震える。夜会の最中、この喜びを抑えるのに苦労した。面倒な儀式が終わりようやく一人の時間を得た精霊王はもう喜びを隠したりなどしない。


 早くセイラに会いたい。もう一度言葉を交わしたい。もう二度と離れたくない。光の巫女から守り石を奪わなければ。

 精霊王の足は自然と光の巫女がいるであろう場所へと動き…


 「…まあいい。時間はまだある」


 動き出そうとしたところで、止めた。


 感情のままに行動し結果として腹に穴を開けられたことは、今でも記憶に新しい。

 光の巫女は2年後に死ぬ。そのときに守り石を奪えばいい。セイラとの再会はすべてが終わってからだ。今は目先のことに集中しろ。

 精霊王は焦る気持ちを静めた。そのときだった。


 パチンッ

 精霊王の手の甲に夕日色の電気が走った。それは精霊王の張っていた結界内に何者かが侵入したことを指していた。気配は3つ、否4つ。


 「知の遺跡に誰が…。この気配は、エリックと……」

 「ほぅ。あの遺跡には知の一族、いまとなってはセイラが許した者しか足を踏み入れられないはずだ。だというのに遺跡の中へ入ることができたということは、やはりあの守り石の中にセイラの魂はあるのか」


 この庭園には特殊な結界が張られている。足を踏み入れることができるのは王家の血を引く者だけ。だというのに、声変わりを始めたその声は精霊王の背後から聞こえた。

 振り返らずともわかる。


 「何の用だ、春の王」

 「そう殺気だつな。俺までお前を殺したくなるだろう?」

 

 そこには金の髪の少年がいた。

 雲一つない空の下。暗い闇の中で金色だけが不気味に輝いていた。


 精霊王は舌打ちをする。この庭園に張られた結界以外にも自身には強固な結界を張っていた。結界を破られることがあれば確実に気づいたはずだ。でなければ精霊王は一人の時間を過ごすことを許されない。だというのに、自分は春の王の存在に声をかけられるまで気が付かなかった。


 クツクツと笑うそれは精霊王を見て楽しそうにアクアマリンの瞳を細める。だがその瞳は笑っていない。


 「…15年前とは違い随分とかわいらしい姿だな」

 「精霊王、貴様もすっかり変わってしまったな。腹に開けてやった穴が塞がっているじゃないか」


 もう一度穴を開けてやろうか?そう己に笑いかける春の王をにらめば、それは愉快そうに笑う。


 「冗談だ。今はまだ殺さない。今日は挨拶に来ただけだ」

 「挨拶だと?」

 「俺はな、精霊王。長々と続く戦争に飽きを感じている」


 春の王の瞳が弧を描く。

 そうして金の髪の少年は言葉を発する。2年後だ、と。


 「2年後に我ら4王国は和平を結ぼうと考えている」

 「……。」


 精霊王が生まれる前から続いていた4王国での戦争。それが終わりを迎える。

 このことを意味するのがなにかを悟れないほど精霊王も馬鹿ではない。


 「…だから?4王国で手を結び、精霊界を侵略するとでも言うつもりか?」

 「侵略?クハハッ」


 春の王は笑みを消した。


 「違う。俺は精霊界を亡ぼす」

 

 春の王の言う挨拶は済んだらしい。売られた喧嘩は買う主義だ、と笑いながらそれは姿を消した。

 今度こそ静寂に包まれた庭園で精霊王も笑う。


 「亡ぼすではなく、亡ぼされるの間違いだろう」


 セレの報告によれば春の王は闇の化身の復活に必要な闇を着々と集めおり、見込みではセイラが語った1回目の世界と同様に、2年後の学園生活の中で闇の化身の復活は果たせるとのことだった。


 「ほんとうに順調に進んでいるな。いっそ不気味なくらいだ」


 手の中に握っていた黒曜石を見て笑う。

 それはエリックが所持している闇の石――隷属の石と対になる主の石であった。主の石を持つ精霊王は2年後に闇の化身と化したエリックを意のままに操ることができる。


 「セレシア、お前は愚かだな。俺がお前の裏切りに気が付いていないとでも思ったか?」


 2年前、精霊王は闇の石を何者かに奪われた。そう、全部で2組あった闇の石のうちの1組を奪われたのだ。

 セレシアは闇の石が2組あることを知らない。これは裏切り者をあぶりだすための精霊王の罠だった。予想通り、セレは精霊王から闇の石を盗み春の王へ献上した。もともと疑惑は持っていたが、闇の石を盗まれたことでセレの裏切りは確信へと変わった。


 どこまでも哀れな娘だ。精霊王は笑う。いつの日か、愛する者がその腕に闇の石を身につけている姿を見たとき、あれはいったいどのような顔で絶望するのか。今から楽しみだ。


 精霊王は春の王を騙すことができるなど最初から思っていなかった。ただ春の王に自国を亡ぼすことになる闇を集めさせられればそれでいいと思っていた。


 闇の化身の器となる者はこの世界に2人いる。1人はエリック、もう1人はエルトだ。

 闇の装身具は破壊されると中にため込まれていた闇が放出され、闇の化身の器となる者の体内へと吸収される。そして器は闇の化身へと姿を変える。


 それでは闇の化身の器が2つあった場合、闇はどちらへ吸収されるのか。


 わかりきったことだ。闇に身をゆだねた者に、吸収される。

 闇は闇を呼ぶ。絶望し、この世界を憎んだ、この世界の崩壊を望んだ者を闇は選ぶだろう。


 「裏切り者には犠牲になってもらう」


 エリックはセレシアを好いている。セレシアもまたエリックを好いている。

 エリックの目の前でセレシアを殺せば、あれは否が応でも闇に落ちるだろう。

 そうして精霊王は闇の化身を手に入れ、春の国を亡ぼす。


 「まあ春の王の方も、俺があれの裏切りに気づいていることはわかっているだろうが、まあいい。最後に笑うのは俺だ」


 2年後が楽しみだな、セイラ。

 瞳を閉じた精霊王の脳裏に浮かぶのは、あのとき燃えさかる炎の中で見た幼い日のセイラの姿だ。

 

 セイラ。あの頃の俺とお前は全く同じだった。

 俺は、精霊が、人間が、動物が植物が空が海がこの世界すべてが嫌いだった。生きていてもなにも楽しくない。この地に生きる物すべてが醜く腐り果てている。この世に辟易していた。


 そんなときに出会ったのがお前だった。

 銀の髪の淡い紫の瞳の少女。美しいその顔を歪ませ、お前はいつも冷めた瞳でこの世を見下ろしていた。お前の瞳に映るものはなにもなかった。

 俺とお前は同じだ。そう思ったから、俺はお前を婚約者に選んだ。お前が俺の隣に立ち共に歩むことを望んだ。

 

 しかしお前は俺を置いていってしまった。

 お前に対する感情が変化したのは、お前が図書館に火を放ったからではない。俺を置いて死のうとしたからではない。


 お前がその瞳に自由を映したからだ。


 「セイラ、お前は俺がお前を救うために燃えさかる図書館に足を踏み入れたと思っているのだろうが、それは違う」


 俺はもとよりお前を救う気などなかった。

 俺とお前は同じだ。生きることに疲れ切ってしまったお前の気持ちは痛いほどにわかった。だからお前の遺体を回収するために、俺は一人図書館へとのりこんだ。


 「エリアス、許してよ…ね」


 俺がお前を見つけたのは、お前がそう謝罪して目を閉じたときよりも少し前のことだった。

 燃えさかる炎の中で横たわるお前の姿を、お前の顔を見て絶句した。俺はお前が言葉を発するそのときまで、その場から動けなかった。

 

 「なぜだ…?」


 セイラ、お前は幸せそうに笑っていた。

 もちろんお前は今まで大好きな書物を読んでいるときは楽しそうに、俺と議論をするときや嫌がらせをしてくる女どもを相手取ったときは不敵に笑っていた。

 だがこの炎の中で見せたお前のそれは、本心からの笑顔だった。

 

 なにも映っていなかったその瞳には燃える炎が映っていた。自由が映っていた。


 「お前だけが自由を手に入れるのか?」


 俺は自由を手に入れられないのに。


 「俺とお前は同じだった…」


 だがお前は変わってしまった。



 「許さない」



 俺の声に反応したのか、セイラ、お前はあのとき目を開けたな。

 しかしその瞳に、俺の姿は映っていなかった。


 離せ離せと暴れるセイラを横抱きにし、俺は図書館を出た。

 許せなかった。俺とお前は同じだったはずなのに。お前一人が変わってしまう。逃げてしまう。俺を置いていってしまう。自由を手に入れてしまう。それが許せなかった。

 お前を憎んだ。


 だけど同時に、

 自分の願いのままに、思いのままに生きるお前に強く惹かれた。

 

 俺にはできなかったことを、諦めてしまったことを成そうとしたお前を俺は美しいと思った。そしてそんなお前を閉じ込めてしまいたいと思った。

 自由を願い羽ばたこうとするその羽を手折り、足枷をはめて、その瞳に俺だけを映してほしい。お前がその瞳に俺を映してくれたらどんなに幸せだろうかと思った。


 だから涙を流すお前に俺は愛を囁いた。


 「お前なんか、大嫌いだ」

 「構わない。俺はお前が好きだ」


 この気持ちは、今も尚、何年経とうとも、たとえ死んだとしても変わらないのだろう。

 セイラ、俺はお前が好きだ。

 お前を想い、一つの国を亡ぼそうとしてしまうくらいに。お前のことを愛している。


 「だから今度こそ。諦めて、俺を受け入れてくれ」




///////★



 「くそっ。どうしてリディアが…」


 月の光が暗く静まる森を照らす夜。おれは一人加護の森の中を走っていた。


 リディアに精霊界誕生祭の招待状が届いたのは1時間ほど前のこと。招待状の色は白だった。精霊界において白とは王の色。つまりあいつは賓客として招待されたのだ。

 そして封を切った瞬間、リディアは精霊界へと強制転移させられてしまった。

 クラウスはすぐにリディアを呼び戻そうとした。が、また例の神の力とやらに妨害され、あいつをこちら側へ転移させることは不可能だった。


 あのときのクラウスの青ざめた顔は今でも覚えている。

 アイはともかく、アースも焦った顔をしていた。

 

 「なんだよ、神の力って」


 まただ、またおれの知らないところでなにかが動いている。

 冬の国で自分の無力さを実感したあの日から、おれは何も変わっていない。変わることができていない。だから今回も、リディアを救えない。

 精霊の王族の血が流れているのに、おれにはなにもできない。

 

 無力なおれはわずかに残る精霊の気配を辿って、人間界と精霊界を繋ぐ抜け道を探すことしかできない。

 でも、精霊界への道を見つけたところで、おれはあの国に行くことはできない。それはおれを逃がしてくれた母の願いに反するから。あの国に行ったが最後、父に見つかり、おれはもう二度と精霊界から逃げ出すことはできないだろう。そうなればリディアに会えなくなる。

 だからリディアを迎えに行くことはできない。


 そうして想像してしまうのは、クラウスやアオ、リカルドやアルトとかいうやつらがリディアを救い出す姿。おれじゃない、誰かに救われて笑みを浮かべるリディアの姿だ。

 悔しい。唇を噛みしめる。

 リディアを守れるくらいに、父と渡り合えるくらいに強ければ、おれだって……


 「おれに力があれば…」

 『力が欲しいのなら、差し上げる。前も同じことを言ったわね』

 「…っ!」


 気が付けば目の前には猫の仮面をつけた少女がいた。

 そして今回は前回と違い逃げる間も無く、猫は手に持っていた黒い石をおれの腹に押し付けていた。


 「なっ!?」


 それは沼の中に沈むように、黒い石は抵抗もなくおれの体の中に吸い込まれてしまった。血の気が引く。

 

 「おれになにをした!?」


 捕らえようと伸ばすおれの手をひらりと躱し、猫は笑う。


 『力を欲するあなたに贈り物をしただけよ』

 「贈り物だと?」

 『安心なさい。それはあなたが力を求めれば応えてくれる。不安なら力を求めなければいい。まああなたは力を欲するでしょうね。あなたの大切な人の運命を変えるために』


 猫はくすりと笑うと消えた。

 

 

 それから数分後、リディアの気配を近くに感じ急いで家に帰ればあいつは戻ってきていた。

 クラウスに説教されているリディアは涙と鼻水で顔面がぐちゃぐちゃだった。だけど着飾った彼女はどこかの国のお姫様かと見間違うほどに美しくて…


 「は!エル様!兄弟子様ぁ!どこに行ってたのよ!師匠が私をいじめ…エル?どうしたの?」

 

 かけより思わず抱きしめれば、リディアはなにかを感じ取ったのか不安気におれに尋ねる。


 「…べつに」


 大切な人の運命を変えるために、俺は力を欲する。

 猫の言葉が頭から離れなかった。





これにて、精霊の国の寵妃と神器はおわりです!

次回からはエピローグ5話分と、おまけ2話です!

それが終わればとうとう第3章本編がはじまります!作者は震えが止まりません。

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