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109.セイラ・ノルディー(12)

誤字報告ありがとうございます!



 エルトを人間界へ逃がしてから2年。

 私はあの日からずっと部屋に閉じ込められていた。


 エリアスは私が自分の寿命を代償にしてまで、エルトを…自分の息子を救ったことを、すべて春の王のせいにした。春の王が私を攫ったから、私がアルトを生んだから、すべてが変わったと。

 責任転換もいいところだわ。


 彼は今、春の王へ復讐することに熱を上げている。しかも闇の化身を使って。

 燃えてなくなったと言っていたあの魔導書は残っていたのだ。他の書物は灰になったというのに、あれだけが奇跡的に無事だった。

 運命は変わった。

 だけど闇の化身を復活させるという未来は変わらない。


 「…強制力のようなものが働いているのかしら」


 強制力で頭に浮かぶのは、この世界の運命(シナリオ)を創ると言われている神とその運命に従う光の巫女だ。舌打ちをする。忌々しい。


 リカルド・アトラステヌは愛する者――光の巫女の死の運命を変えるために時を遡った。

 馬鹿みたいだと私は思う。彼が時を遡ってくれたおかげで2回目の世界が作り出された。アルトとエルトの運命を変えるチャンスが与えられた。そのことには感謝しているけれど、私は彼を愚か者だと笑うわ。


 だって彼の愛する者は神の傀儡。光の巫女を死の運命から解放したくても、当の本人がそれを望まないことは明白。やり直したところで運命は変わらない。

 ……そう、変わらないのよ。光の巫女が運命通りに生きれば、私がアルトとエルトの未来を変えても修正されていく可能性がある。

 エリアスが闇の化身を復活させるために動き出した今このときのように。くそっ。


 「でも私は諦めないわ。絶対に運命を変える」


 残った1年で運命を変える。閉じ込められていたって関係ない。最後まであがいてやる。

 拳を握り締めたときだった。勢いよく扉が開いた。

 入って来たのは、いいえ、ここに入出することができるのは、

 

 「セイラ!これを飲め。寿命が延びると…」

 「……エリアス、無駄よ。私の寿命はあと1年。それに変わりはないわ」

 

 少し荒れた手でエリアスが小瓶に入った液体を私に飲ませようとする。けれど、私はそれを拒否する。


 春の王への復讐に熱を上げる一方で、エリアスは私の延命方法をこの2年間ずっと探していた。

 質素な部屋の片隅にはエリアスが持って来た延命薬やら指輪やらが置かれている。


 「それよりも私を解放し…」

 「俺は、認めない」


 私の言葉を遮って、エリアスは震える手で私の肩を掴む。

 その灰色の瞳に映る私は、どんな顔をしていたのかしら。


 「絶対に、認めない」


 エリアスは言い放つと、部屋を出て行った。

 扉が閉まる。

 鍵は閉められた。


 「私も、認めないわ」


 ドンッ。開かない扉を殴る。

 アルトとエルトの運命を絶対に認めない。私の命が尽きる、そのときまでは。



//////★


 「……これは、禁術の気配?」


 空の色が濃紺に染まり始めたときのことだった。

 精霊界よりもずっと遠く、遥か彼方で禁術を発動しようとしている気配を感じた。


 知の一族は他の精霊に比べて魔力の気配察知能力に長けている。だから気づけた。

 私は思った。


 「見ないと…」


 この魔法を、禁術を見届けなくてはならないと、思った。漠然と。

 この部屋では魔法は使えない。エリアスがそういう結界を張っているから。

 だけど、


 「天の涙と、アメジストの水溶液、泣きうさぎの花っ。これで…見えたわ!」


 魔法道具なら使える。

 エリアスの持って来た延命の薬や指輪をあさり、魔法道具を作り出す。


 そうして完成した手のひらほどの大きさしかない水たまりに映ったのは、黄緑色の髪の男性と金髪の幼女――幼いころの光の巫女だった。

 光の巫女は顔を青ざめさせ、男性に掴みかかっていた。


 『リディア、運命を受け入れてはだめよ。絶対に何か方法がある』

 『父さん、やめて!運命を変えたら厄災が訪れるって何度も言ったでしょ!?私のことはいいからっ』

 『そうよね。あんたならそう言うと思ったわ。大丈夫よ。あんたの記憶は消す。光の巫女の使命なんて忘れて、あんたは生きなさい』

 『ダ、ダメ。お父さっ…』

 『あんたに…お前に憎まれてもいい。父さんがリディアの死の運命を絶対に変えてやるからな』


 そうして男は禁術を発動させた。

 光の巫女は意識を失い、男の胸元へ倒れ込む。そして男の方も力尽きたのか光の巫女を抱きしめながら倒れた。


 その男が発動させた魔法は、『対象の人物の6歳以前の記憶を消し、その人物の並行世界での姿を見せる』という内容のものだった。

 本来不可能であるはずの魔法を、空間魔法の応用と禁術を用いることで男は完成させ……


 「いえ、完成していないわ」


 唇を噛む。

 その魔法はまだ、完成していなかった。


 魔法とは精霊にとってパズルのようなものだ。

 ピース(魔力)がそろっていれば、フレームを(精霊が)はめることで(力を貸すことで)パズル(魔法)が完成する。

 ピース(魔力)が足りなければ当然パズル(魔法)は完成しない。

 

 その男の魔法は、フレームはできているのに、ピース(魔力)の種類が足りなかった。

 並行世界のifを見せるには、空間魔法と時の魔法が必要だ。男が発動させようとしていた魔法は時空間に干渉するもの。禁術を使っても時の魔法(ピース)が欠けていれば、完成しない。


 「いいわ。力を貸してあげる」


 水たまりに映った我が子を抱く父親に向けて、私は手を伸ばした。


 諦めないと口では言うものの、私はここから逃げ出す方法を考え付けなかった。ここに閉じ込められ、私はただ死を待つことしかできなかった。

 このままでは運命を変えることができないとわかっていた。

 でも、この魔法が成功して、光の巫女が6歳以前の記憶を…自分の使命を忘れるのであれば。光の巫女が並行世界の映像(自分の可能性)を知ることができたなら。

 きっと運命は大きく変わる。


 『私の命だけじゃ足りない。体を、血も肉も骨も、全てあげる!だからッ!』


 お願い、成功してっ。

 私の祈りに呼応するように。

 カッと私の体は銀色と紫色の光に包まれた。


 エリアスがこの部屋に張っていた結界は魔法を阻む。だけど禁術を阻むことはできなかった。

 私が発動した禁術と、その禁術に混ぜ込ませた時の魔力は、光の巫女の父の創った魔法と合わさって…



 『…あれ?』



 気が付けば、私は横たわる自分の体を見下ろしていた。

 青白い顔と色のない唇。銀色の長い髪が床に散らばっていて……

 

 『ああ。死んだのね、私』


 唐突に理解した。

 今の私の足は地面につくことはなくふわふわと浮かび上がっていて、おまけに体は半透明だ。禁術の代償として、寿命、体、血、肉、骨…と全部差し出してしまったのだから、当然の結果ね。


 『そうよ!魔法は完成し……チッ』


 それはまだ完成していなかった。

 ほんの少し。わずかに時の魔力が足りなかったのだ。


 『2人も禁術を使ったのよ!?それなのに完成しないだなんてっ。神が妨害しているとしか思えないわ!』


 壁を殴れば私の拳は壁を透過した。

 …自分が幽体であることを忘れていた。手首から先が壁の向こう側にある。顔が引き攣った。

 幽霊は壁を通り抜けることができるのね。気持ちが悪い、わ…?

 

 『いえ、気持ち悪くない。これなら私、自由に動けるわ!』


 私は壁をすり抜け部屋を出た。

 エリアスに囚われていた、どうやっても出ることができなかった部屋を容易に抜け出せた。喜びに体が震える。

 この身体ならアルトとエルトをそばで見守れる。早く2人に会いたい!

 

 だけどその気持ちは一度胸の中にしまう。

 

 『先に魔法を完成させてくれる時の魔法の使い手を探さないと…』


 私は秋の国の方角へと飛んだ。

 秋の国の王族の先祖は時の魔法の使い手だ。しかし時を重ね血を重ねるごとに時の魔法を顕現させる者は現れなくなった。よくある話だ。

 だけど今ここに、秋の国で数百年ぶりに時の魔法の使い手が現れた。しかも2人。

 1人は秋の国の第一王子、リカルド・アトラステヌ。 

 そしてもう1人は…


 『見つけたわ。アリス・クラヴィス』


 私が侵入した部屋の中には、男物の寝間着に身を包みベッドで眠る黒髪短髪の少女がいた。すやすやと眠る彼女の頬を私は平手で打つ。


 『目覚めなさい、アリス・クラヴィス!』

 「い、いったぁ~ッ!?」

 

 気合を入れれば生身の人間にも触れることができたとわかったところで、混乱しながら頬を抑える彼女の襟首を私はつかんだ。


 『アリス・クラヴィス。お前に2つの選択肢をやるわ』

 「え?は?誰?ていうか半透明!?」

 『魔力を失うか、ここで死ぬか。どちらか選びなさい!』

 「どっちも嫌です!?」


 涙目で震えるアリスに舌打ちをする。

 リカルド・アトラステヌよりも劣るが、彼女も申し分ない時の魔法の才を持っていた。だから彼女に声をかけたのだけれど、これならリカルドの方がよかったかもしれない。

 そう思って首を横に振る。


 ダメよ。彼に禁術を2回も使わせるわけにはいかない。きっとあの手の男は私と同様に再び寿命を代償にする。そのとき彼はあと何年生きられるか。自分と同じような目に合わせるわけにはいかない。


 『ちょっとお前、いつまで震えているつもり!?』

 「揺らさないでください~ッ。なんなのこの夢~っ」

 『これはお前の未来にも関係があることなのよ!早死にしたくなければ、魔力を寄こしなさい!』

 「わ、私が早死に!?」


 アリス・クラヴィスは10年後、闇の使者として光の巫女の前に立ちふさがる。光の巫女に浄化された彼女だったが、一歩間に合わず闇と同化して死んだ。

 

 『お前の運命だって変わるかもしれないのよ!』

 「わ、わかりました!私の魔力すべてあげますから、もうこんな夢早く終わって~っ!!!」


 アリスの叫びと同時に禁術と時の魔法が発動した。銀色の光が彼女の体から飛び出して散って消える。彼女の禁術の代償は、彼女の保有する魔力の8割。アリスは力尽きたのかベッドに横たわりそのまま眠りについた。


 私は安堵の息を吐く。

 足りなかったピース(魔力)が現れたことで、無事パズル(魔法)は完成した。

 

 「私は運命を変えることができ…」

 『やっほ~!わし、太陽神様じゃよ~』


 言いかけたところで、横から聞こえた声に飛びのく。

 そこにいたのは太陽の仮面をつけた金色の髪の男だった。


 「お前、なに?」

 『ちょい、ちょ~い。わし、さっき太陽神って言ったじゃーん』


 ゆるく三つ編みにされた金色の髪を振り回しながら、自称太陽神がぷんぷんと怒る。なんなの、こいつ。

 太陽神とは天界に住む神の名だ。だけどこんなふざけた者が神なわけがない。

 無視して私はアルトとエルトの元に向かおうとそいつに背を向けた。が、


 『ま、いいや。わしってばお礼を言いに来たんじゃよね~。あの魔法を完成させてくれてありがとう。そのおかげでリディアの記憶が…というよりも、光の巫女としてのリディアを封印することができたわい』

 「は?」


 振り返った。太陽の仮面の内にある金の瞳は、楽しそうに弧を描いていた。

 リディアは光の巫女の名だ。彼女をよく知る風に話す、この男の髪は金色で瞳の色も金。伝承において神は金髪金眼と記されていた。


 「お前、ほんとうに神なの?」

 『そうじゃよ~。この世界の運命(シナリオ)を創った太陽神様じゃよ~。ほんとありがとね~。お主のおかげで、リディアのリアル乙女ゲーム転生物語を見ることができる!リディアの記憶がなくなっちゃったのわしのせいじゃないから怒られないし~ぉっと、急に殴ろうとしてくるなんて怖いのぉ』

 「ふざけるな!」


 太陽神はひらりと私の拳を、蹴りを躱す。

 我慢の限界だった。怒りで体が震える。


 「っお前が!お前があんな運命を創ったのか!?私の、アルトとエルトを苦しめてッ!」

 

 へらへらと笑って、どこまでも私たちを弄んで。

 目の前の神に怒りが湧く。太陽神は楽しそうに私の攻撃を躱すから余計にだ。


 『もぉひどいの~。わしだって好きであんな運命を創ったわけじゃないのにぃ』

 「だったら創るな!」

 『それは、む・り~』

 「っ!?」

 

 太陽神が私の額をとんっと突いた瞬間、私の体は動かなくなった。


 『セイラ・ノルディー。1回目の世界にて運命を変えたことにより、神の呪いを受けた哀れな女よ。お主はこれから先、何度転生しようとも神の呪いから逃れることはできないじゃろう』

 「…構わないわ!アルトとエルトの運命を変えることができるのなら、神の呪いなんて怖くない!」

 

 叫ぶ私を見て、太陽神はわ~かっこい~と手を叩く。

 どこまでも癪に障る男だ。


 『そんなお主に、いいニュースと悪いニュースがあります!どっちを先に聞きたい?わしとしては、悪い方から先に聞いた方がいいと思うから、話すね~』

 「ちょっと!」


 じゃあなんで私に聞いたのよ。

 文句の言葉を続けようとした。が、その言葉は出なかった。


 『お主らが創った禁術3人分の巨大魔法。あれ、改造したから~』

 「は?」

 

 太陽神はクスリと笑う。


 『当たり前じゃーん。運命変えられようとしているのに、神様がなにもしないわけにはいかないじゃなーい?』


 太陽神は語った。

 禁術は神の干渉によってその特性を歪め変貌させられた。『6歳以前の記憶を消し、並行世界(可能性)を見せる術』から、『6歳以前の記憶を封印し、太陽神が創った乙女ゲーム「いつ君」を見せる術』へ変わった。

 これにより、リディアは自分が前世でプレイした「いつ君」の世界に転生したと思い込み、きゃー乙女ゲームの世界に転生しちゃったぁ☆とリアル乙女ゲーム転生物語が始まる。太陽神はうきうきわくわくがとまらない。


 つらつらと説明されて私が最初に思ったことは、これ。

 はあ?


 「いや、乙女ゲームってなによ」


 一周回って怒りがどこかへふっとんだ。

 ていうかこのクソ神、随分と自分の都合のいいように禁術をつくり替えたわね!?

 

 『もぉ、セイラさんってば世話が焼けるんじゃから~。これが乙女ゲームじゃぞ☆』


 太陽神の指から放たれた金の光が私の額を貫通する。


 そして私の脳内を駆け巡ったのは…

 『魔法使い見習いと五人の王子様 ~いつか君を迎えに行く~』という字と、1回目のリカルドの記憶で見た覚えのある面々とアルトとエルトが出てくるオープニング。

 

 はあ?

 部屋の気温を下げてしまったことは言うまでもないだろう。アリスが寒さに震えながら毛布をかぶっていた。


 その後も映像は流れ続け。最終的に全ルートとやらをコンプリート?したことでわかったのは、これがこの世界をモチーフにしたこれから起こりうる出来事を面白おかしく変色させたゲームで、光の巫女がクソビッチで、アルトとエルトが悪役とかマジふざけるな、ということだった。


 「光の巫女がエルトを攻略対象?に選ばなければ、エルトが最終的に死ぬってどういうことよ。殺すわよ?ていうかアルトが悪役ってなに?よっぽど死にたいようね」

 『ちょ、こわ~っ。そして寒いぃ。ゲームの話なんじゃからいいじゃろ!?』

 「現実の話じゃないからいいでしょって?ふっざけんじゃないわよ!現実では、エルトは闇の化身から解放されるけど苦しんで、アルトは最初っから最期まで苦しめられて死ぬのよ!まあそんな運命、私が変えるけど!」

 『いや、変えるって。お主、死んでるから無理じゃろ』

 「~ッ!」


 体の動きさえ封じられていなければ、今すぐにでもこのクソ神を殺すのに。私は舌打ちしすることができない。

 

 『あ、そうそう。今お主が見た「いつ君」だけど。それをリディアは前世でプレイしたってことに記憶を塗り替えといたからぁ。これなら、お主らが創った「並行世界の可能性を見せる」って魔法とほぼ同じになるよね?問題ないよね?』

 「……まあ、いいんじゃない」


 なにか違う気はするけれど、どうでもいいわ。考えることもめんどうくさい。私としては光の巫女が神の創った運命通りに生きなければそれでいい。

 

 『じゃあ次は、いいニュースの番じゃな』

 「…すっかり忘れていたわ」

 『いいニュースはずばり!可能な範囲でセイラさんのお願い事を叶えちゃう、でーす☆』

 「は?」


 思いもよらなかった言葉に瞠目した。

 そんな私を見てか太陽神は焦ったように付け足す。


 『可能な範囲じゃからね!運命を変えろとかは無理じゃぞ!』

 「チッ。使えないわね」


 やはりそううまくはいかないらしい。しかしそうと決まれば私の願いは決まっている。


 「さっき見た「いつ君」?のラスボス攻略対象をエルトではなく、エリックに置き換えて頂戴」

 『つまりリディアは、ラスボス攻略対象をエルトではなくエリックだと勘違いするってことじゃな。そんなんでいいの?わかっているとは思うが、「いつ君」のラスボス攻略対象をエリックに変えたところで、エルトが闇の化身の器となる運命は変わらないぞ?』

 「いいわ」


 私はうなずく。

 エリアスや光の巫女はエリックが闇の化身の器になると思い込む。それだけで十分。認識が違うだけで話は大きく変わってくる。

 悪いわね、エリック。お前には世話になったし、感謝もしている。だけどやはり私はお前よりもエルトの方が大事なの。お前にはエルトの身代わりになって貰うわ。


 『ふむ。いいじゃろう。お主の願い聞き入れた』


 太陽神はそう言って指を回した。が、止めた。

 彼の視線の先にいるのはベッドで眠るアリスだ。


 『……ほぅ。前世の記憶は目覚めておらんが、アリスもリディアと同じ世界に住んでいたのじゃな。しかも乙女ゲーム好きじゃったのか!よーし、せっかくだから、アリスもリディアと同じように前世で「いつ君」をプレイしていたって記憶に書き換えちゃお~っと』

 「…そんなことしてもいいわけ?」

 

 呆れてため息が出てきた。


 『いいのいいの~。だってアリス、かわいそうじゃん。物騒な精霊の幽霊に脅されて魔力8割失っちゃったんじゃぞ?これは太陽神様からのご褒美~。あわよくば!悪役令嬢転生物語を見たーい!とか思ってないんじゃからな!』

 

 え!あなたも転生者だったの!は王道じゃよね~と太陽神は楽しそうに笑いながら指を振った。

 くるりと円を描いた指から金色の光が2つはじけ、1つはアリスの額に、もう1つはどこかへと飛んでいった。おそらく光の巫女の元だろう。


 『さて、共犯者どの』

 「共犯者?」

 

 太陽神はにやりと笑う。


 『わしとお主はリディアとアリスの記憶をいじった共犯者じゃろう』

 「物は言いようね」

 『まあよいわ。さあ、お別れの時間じゃ』


 太陽神が指さすのは今まさに日が昇ろうとしていた空だ。

 体がぽかぽかと温まり、空へ向かいたくなる。そんな衝動に戸惑った。


 「お前、私に何かしたわね!?」

 

 太陽神は首を横に振った。


 『わしはなにもしておらん』

 「じゃあこれはいったい…なぜ、空に行きたいと私は思って…」

 『それはお主が死んだからじゃ』

 「っ!」


 太陽神の静かな金の瞳が私をまっすぐにとらえる。


 『セイラ・ノルディー。本来お主は今日死ぬ運命ではなかった。しかし運命を変えたことにより、お前は死んだ。死者がこの世に留まり続けることは不可能。だから天がお前を迎えに来た』

 「……っ」


 なにも言えない私を見て、太陽神は仮面の下でにやりと口の端をあげた。


 『すべてはお主が選んだことじゃ』


 そうして太陽神は私の前から姿を消した。




 朝日が眩しい。だけどそんな朝日が心地いいと近づきたいと願っている自分に気づいて、唇を噛む。

 別に死んでもいいと思っていた。

 昔はこんな世界が大嫌いで、生きる意味を見出せなくてだから死にたいと思っていた。

 エリアスに閉じ込められているときも、あんな部屋でなにもできずに一生を終えるくらいなら、運命を変えるためなら、今死んでも構わないと思っていた。


 でも、


 「だめっ。死にたくないっ」


 まだ、だめ。まだ、死ねない。死ぬわけにはいかない。

 私は首を横に振る。それは誰に対する拒絶なのか。

 守るように自分の体を抱きしめる。それは誰から自分を守ろうとしているのか。


 生き返らせてくれだなんて思わない。

 ただ、私は。アルトとエルトの運命が変わったことを見届けてから死にたいの。


 だけど私の心とは裏腹に、体は空へ天へと引っ張られていく。

 青空が目の前にある。あたたかい。気持ちがいい。でも、


 「嫌だ!いやぁッ!」


 私は必至に抵抗する。が、あたたかい光は無情にも私を迎え入れる。

 否、迎え入れようとした、そのときだった。


 カクンッと体はその動きを止めた。

 なにかが天へとのぼる私の手を掴んだのだ。


 振り向いて、私の手を掴んだ人物を見て、瞠目した。


 「兄さん…?」


 それは死んだ兄だった。

 死んだ当時の年齢の15歳の兄は、やさしい笑顔を浮かべ私を下へ引っ張る。


 兄だけじゃない。

 次に私の手を掴んだのは父だ。

 父も情けない笑みを浮かべて、私を下へ引っ張る。

 その次は、おじい様。ひいおじい様。ひいひいおじい様。みんな死んだときの姿で私の腕を掴み、下へ下へと引っ張っていく。

 

 私の手を掴む人たちが全員、知の一族の当主であることに気づいたのは、私が孤児院で眠っていたアルトの枕元にその足をつけたときだった。

 私の目の前には、アルトがいた。愛しい息子の胸元で淡い紫色に輝くのは守り石だ。

 その守り石からは、かつて封印された私の気配と魔力を感じた。


 『ここにある魔力が尽きるそのときまで、お前はこの世界に留まることが許されるだろう』


 耳元で聞こえたその声は、兄か、父か。いや、きっと知の一族全員の声だ。

 私の手を掴んでいた手は消えた。だけど体が天へとのぼることは、もうなかった。



 「…ぅうぅぅっ、ぅ父さん、兄さっ。母さん。おじいさま、叔母様、みんなぁあああ」



 18年前。家族が死んだときに流れなかった涙が、今、瞳から溢れ出す。


 私はみんなのことが嫌いだった。一族のことが大嫌いだった。恨んでいた。憎んでいた。みんなが死んでも悲しいと思わなかった、逆に妬んだ。私は最悪な女だ。

 そんな私を助けるなんて、知の一族は、馬鹿の集まりだ。

 でも、私は。


 「そんな大馬鹿者のみんなのことが大好きだったなんてっ。今更っ…気づくなんて……」


 大馬鹿者なのは私。私だけが昔からずっとずっと救いようのない馬鹿なの。私は後悔してばかり。

 だから私は私が、大嫌い。


 「10年後、みんなの元へ私も行く。だから、そのときまで、私を待っていて」


 ぼやけゆがむ視界の中、淡い紫色の光に手を伸ばし。

 私の体は守り石の中に吸い込まれた。


 絶対に運命を変える。

 アルトとエルトを守る。幸せにしてみせる。

 そう誓った。






 セイラ視点はこれでおわりです。

 次はリディア視点です。精霊の国の寵妃と神器もあと残り2話か3話で終わりです!

 下に余談というか補足説明のようなものがあります。ですが、長いので読まなくても大丈夫です。




 余談1.リディアがクラウスに禁術を使われた日は、孤児院に行く日でした。翌日からリディアの孤児院生活スタートというわけです。

 ですがリディアは禁術を使われ気を失ってしまいました。気を失った状態で孤児院に向かうことはできません。つまりこのままでは運命通りにいきません。なので太陽神様は気を失ったリディアを孤児院へと強制転移させました。

 目覚めたら孤児院だったので、リディア混乱。このときのリディアはまだ6歳以前の記憶があって、父さんの魔法失敗したんだなぁとか思いながら運命通りにぶりっ子自己紹介をしたら、時間差で魔法発動。

 高熱出してぶっ倒れて、2日間寝込んで、6歳以前の記憶なし&前世で「いつ君」プレイしたと思い込んでいるリディアが完成しました。


 余談2.禁術と空間魔法を使ったクラウスお父さん。孤児院出発当日にリディアに禁術使った計画班な彼ですから、当然リディアを運命通りに孤児院に行かせるつもりはありませんでした。

 ですが大きな魔法を使った+代償の影響で彼は気絶。そのまま半年くらい眠っていて。目が覚めたら季節秋になってるし、魔法成功したっぽいけどリディア孤児院にいるし、状況がよくわからないけれどとりあえずリカとコンタクト取ろうと思って、1章の秋の国の31話の流れになります。


 余談3.アルトの持つ守り石の中に入り、「さあ、これからそばでアルトを見守るわよ!」と意気込んでいたセイラお母さん。

 数カ月後くらいにアルトがリディアに守り石(母)をプレゼントしたので、セイラはいろんな意味で号泣しました。息子が母を好きな子にプレゼントした、息子が恋をした、恋をした相手がよりにもよって光の巫女…etc。


 余談4.知の一族はみんな守り石を持っています。そして当主となる人は、その守り石の中に当主の証=図書館の鍵が与えられます。当主の証は実体のない概念のようなものです。そしてその当主の証には先代たちの魂の一部が混ざっています。言うなれば、ご先祖様が守り石の中で見守っているよ~って感じですね。セイラさんはずっと見守られてきました。

 で、今回。先代たちの魂は、セイラさんをこの世に留まらせるために成仏します。セイラさんも当主だったので、魂の一部はこの守り石の中に留まるのですが、あくまで留まるだけで動くことはできないんですよね。セイラさんは動きたいだろうなと思って先代たちは場所をセイラさんに譲ってくれたわけです。その結果、先代たちは完全に成仏してしまいました。


 



 109話にて、リディアとクラウスのやり取りを簡略化したもの。


 クラウス「自分の運命、死の運命を受け入れないでもええんやで。並行世界にはこんな可能性があるんやで」

 リディア「いや、父よ。運命変えたら厄災が訪れるんやけど?わかっとるん?」

 クラウス「って言うと思ったぜ!だから6歳以前の記憶を消すぜ!光の巫女の使命とか忘れちゃえ!」

 リディア「おとーん!それはアカーン」

 ~禁術発動☆~

 セイラ 「いや、この魔法完成してへんで。阿保ちゃうん?時の魔力足らんで。力貸したるわ。あ、死んでもうた。そこのガキ、力貸せや」

 アリス 「ひぇー(一番の被害者)」

 太陽神様「神の力で干渉して魔法変えちゃった☆」

 セイラ 「怒!」 


 

 

 いろんなキャラクターの視点が交差しすぎて、ややこしいことになっています。

 3章始まる前に、「今取りあえずわかってること」なまとめをつくって活動報告かなにかに、載せたいと思います!いつも読んでくださってありがとうございます(´艸`*)


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