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108.セイラ・ノルディー(11)




 それは星も月もない、濃紺の世界が空を包み込む、そんな夜のことだった。


 「やっと…会えた」

 「え?」


 私の目の前には、黒銀色の髪に紅色の瞳の男の子がいた。エルトだ。


 エルトが生まれてから4年。

 私はやっとエルトと再会することができた。これはエリックのおかげだった。

 

 エリックはエリアスに次ぐ、いいえ将来的にはそれをしのぐほどに結界魔法に長けていた。その才能は3歳のときにはもう既に開花しており、彼はエリアスの結界を打ち破り偶然エルトと出会った。

 「セイラに似た雰囲気の黒銀色の髪の男の子に出会ったのだ~!」そうエリックが言ったときは、驚きに声も出なかった。しかもエリアスはエリックが自身の結界を打ち破ったことに気づいていなかったのだ。


 エリックはその後、もう一度エルトに会いに行ったがエリアスは気づかなかった。

 エリックの力を借りれば、私はエルトに会うことができる。希望が見えた瞬間だった。


 私はエルトを人間界へ逃がすことを決めた。


 私も一緒に逃げるという選択肢はなかった。私は常にエリアスに監視されている。そのうえ魔力を体力を奪われ続けたいせいで私は長距離の移動が困難な体となっていた。私がエルトを連れて逃げたとしても、捕まることは目に見えていた。

 エルトだけを精霊界へ逃がすこともできない。精霊界全域に結界を張っているエリアスなら容易にエルトを見つけ出してしまう。

 エルトをあの運命から守るには、彼一人だけを人間界へ逃がすことしか考えつかなかった。


 だけどいざ、エルトを目の前にすると気持ちが揺らいでしまう。


 このままあなたを連れて2人で逃げたい。アルトと家族3人で暮らしたい。それができたらどんなに幸せなことか。

 だけど、しない。私は逃れられないから。私も一緒に逃げたら、あなたまでエリアスに連れ戻されてしまうから。だからあなただけを人間界へと逃がす。

 すべては運命を変えるために。


 私はエルトの手を掴み、


 「はっ!?ちょ…」

 「黙って」

 「はあ!?」


 バルコニーから飛び降りた。

 恐怖に震えるエルトを抱きしめ、着地する。そしてそのまま走り出す。

 私は転移の魔法を使えない。だから精霊界と人間界を通じる穴を目指す。


 「ま、待て!あんたは誰だ?なんでおれの手をひっぱって走って…」

 「あとで説明する」

 

 不安げに私を見てくるエルトの手をぎゅっと握りしめた。

 ほんとうはさっきみたいに抱きしめたい。今まで会えなくてごめんねと謝って、大好きだと伝えて、お話がしたい。

 だけど、そんな時間ないから。許されないから。手をつないで走ることしかできない。


 

 「……セイラ。お前はどこまで私を困らせる。約束もやぶって……」


 私がエルトに人間界へ暮らすよう説得しているときに、エリアスは来た。

 これだけ時間が稼げれば上出来よ。なにからなにまでありがとう、エリック。心の中でエリックに礼を言う。エリアスに居場所がばれないよう、エリックには私に結界を張ってもらっていたのだ。


 「今もどってくるならこのことは不問にする。さあ、こちらへ来い」


 エリアスは怒りのこもった瞳で私に手を伸ばす。

 だけどね、エリアス。私はお前の手を取らない。絶対に。

 

 「大丈夫。私が、あんたを守るから」

 「え…?」


 私の後ろで震えている愛しい息子に笑いかければ、エルトは戸惑ったように眉を下げた。

 ええ、守るわ。あなたを絶対に守る。あんな運命認めない。


 『時の精霊、セイラの名のもとに』


 エリアスの目が驚きに見開かれた。

 当然ね。エリアスの前で詠唱は使ったことがないもの。


 『古の禁忌の名を持つ魔法よ、』


 魔法とは創造。

 詠唱とは創造では補えない分をカバーするために行う言葉の羅列だ。

 だけど私の場合は、


 『我が願いを』


 絶対に失敗できないときに、祈りを込めて言葉を紡ぐ。

 私の願いはエルトの運命を変えること。


 『聞き入れたまえ』


 私の体が淡い紫色の光に包まれた。と同時に、運命を変えるという抽象的な願いはエルトの体を黒い鳥の姿に変えたことで叶った。

 かわいらしい黒いヒヨコの姿。この姿であればエルトの気配も薄まる。そう簡単には見つけられないだろう。


 「元気でね。あなたを愛しているわ。……っ生きて!」

 『ル…!?』


 混乱に震えるエルトを抱きしめ、私は愛しい息子を人間界へと通じる穴へと落とした。

 私が使った魔法を見て唖然としていたエリアスは、我に返ると私の腕を掴んだ。


 「あれは禁術だ!なぜ!?いや、なにを代償にした!?」

 「寿命よ」

 「なっ!?」

 

 そう。私が先ほど使ったのは禁術。

 術者に代償を求める代わりにその願いを叶える禁断の魔法だ。

 私の気配と魔力の半分はいまだにアルトの持つ守り石の中に封印されている。そして私の魔力・体力はこの4年間指輪に奪われ続けていた。今の魔力量でエルトを逃がすための魔法をかける自信が私にはなかった。

 だから私は禁術を使った。

 

 「なぜ…?」


 青い顔でエリアスはつぶやく。

 笑ってしまうわね。エルトが生まれた次の日に、私はお前に言ったわ。


 「運命を変えるためよ!」

 「っ!?」

 「私はあんな未来認めないっ。どんなことをしてでも、あの子たちを救う。私が運命を変えてやるっ」


 そう叫んで、私は力尽きた。


 「セイラ!?」


 倒れる私をエリアスが抱きかかえる。

 今になって禁術を使った反動が出たようだ。

 いえ違うわね。禁術を()()も使ったことに、体が耐えられなかったのだ。

 2回目が今日。


 「……お前はあと何年生きられる?」

 

 震える声でエリアスが問う。

 1回目は、時を遡ったあの日。

 1回目の世界の私が、時の魔法と一緒に禁術を使った。


 「3年よ」


 2回とも寿命を代償にした。


 エリアスは悲痛に顔をゆがませる。そんな彼を見て、私は笑うわ。だっておかしいんだもの。

 馬鹿ね、エリアス。4年前、私の言葉を信じて…いいえ、私の願いを聞き入れてくれたならエルトを私に返してくれていれば、こんなことにはならなかったのに。

 これはお前が望んで招いた結末よ。







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 息抜きに短編を書いてみました。「ざまぁ屋」を営むやばい2人組のお話です。よろしければ読んでみてください。

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