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101.セイラ・ノルディー(6)



 「神に抗い、運命を変えた。望んだ未来を手に入れた俺達3人は、神によって呪われた」

 「は?」


 春の王の感情の消えた瞳が眉を寄せる私を映す。

 嫌な汗が頬を伝った。


 なに馬鹿なこと言っているの?ふざけないで。

 そう言えたなら、どんなによかったことか。


 私は知の一族。この身に膨大な知識を有している。私が知らないことはほぼないと言っても過言ではない。そんな私だけど運命を変えたら神に呪われるなんて話、聞いたことがなかった。……でも、これは聞いたことがあった。

 

 運命を変えれば厄災が訪れる。運命を受け入れろ。

 それは古くから知の一族に言い伝えられてきた言葉。


 もし春の王の話が本当なのだとしたら。光の巫女が神の定めた運命通りに生きることにも納得がついてしまう。なにより春の王の瞳は嘘をついているものの目ではなかった。

 動揺に震える私を見て、春の王は笑う。


 「5000年経った今も尚、神の呪いは健在だ。俺達は一生、何度転生しても神の呪いからは逃れられない。まあ俺は生まれ変わるもなにも、ないのだがな」

 「どういうこと?」


 問えば春の王は目を細める。


 「お前なら見当がついているんじゃないのか?」


 その問いかけに私は言葉を詰まらせる。

 春の王の言う通りだった。春の王がかけられた神の呪いの正体については、だいたいの予想がついている。5000年前の写真に写っていた春の王。その写真のハルと今の春の王の姿は似ても似つかなくて。そもそも顔の作りからして違う。

 そこから導き出される答えはただ一つだけ。


 「俺はこの5000年間、一度も死んだことがない。肉体が死んでも魂は死ぬことを許されない。自分の血を受け継ぐ子々孫々の身体を奪い、醜く生き続けている」

 「……っ」

 

 黙ったままの私にしびれを切らしたのか、春の王が笑顔で言った。


 「だからセイラ、お前が言ったことは正しい。俺は人の皮を被った化け物だ。俺にはもう人の心はない。あるのは愉悦だけ。憎き神が作り上げたこの世界が崩壊していく様を見ることだけに俺の感情は動く。この世界を崩壊させることだけが俺を突き動かす」

 「だからお前は精霊界の王子の婚約者である私を孕ませ、アオの復讐に手を貸すの?」


 エリアスは私が春の王の子を孕んだと知れば必ず、春の国に戦争をしかけるだろう。あいつのことだ。すぐに春の国を襲うことはせず、綿密な計画を立て確実に春の国を亡ぼすに違いない。一方でアオは冬の国の王位継承者だ。アオの復讐が完遂されれば、いやたとえ為されなかったとしても、冬の国は崩壊するだろう。

 世界は混沌と化す。


 「そうだ。なんだ?傷ついたか?」


 春の王は楽しそうに笑う。

 だから私も笑い返してやる。


 「ハッ。まさか」


 私はもとよりこの世界が嫌いだ。アルト以外に大切なものも愛するものもいない。この世界が崩壊しようが、エリアスが春の国に戦争をふっかけようが、アオが復讐を完遂させようが、春の王が愉悦に笑おうが、どうでもいい。


 私の自由とアルトの幸せさえ確約されていれば。


 ただし私の自由を奪い、アルトを傷つけるようなものがいれば容赦はしない。たとえそれが神であったとしても。神の呪いなんて、私は恐れないわ。

 私を見て春の王は目を細める。


 「やはり俺はお前を気に入っているよ、セイラ」

 「ちっともうれしくないわ…ちょっ!?」


 私は春の王に腕を捕まれ、彼の方へと引き寄せられた。

 脳裏に浮かびあがったのはエリアスの顔だ。熱のこもった瞳で、お前が私を抱きしめる姿。

 いやだッ。


 恐怖に目を瞑ってしまう。が、私は春の王に抱きしめられることはなかった。

 やつはただ私の耳に顔を近づけて、


 「だから忠告してやる。神の呪いは―――……する」


 と言っただけだった。

 私の耳元から顔を離した春の王は私を見て、はて?と首をかしげる。


 「お前、顔が真っ青だな。俺の忠告はそれほどまでに驚くようなことだったか?」

 「…私はお前が嫌い。お前は言ったわ。私を愛したりはしない、と。その言葉は今も変わらない?」


 春の王の瞳がキュッと楽しそうに弧を描く。

 その瞳に私は映っていない。


 「ああ。変わりない」

 「なら、いい」

 「まあ今はまだ、な」

 「っ……。」


 自分に都合の悪い言葉には耳をふさぎ、私は歩みを進めた。

 そんな私を見て春の王は笑う。


 「クハハッ。目的地もわからないくせに一人で歩くやつがあるか」

 「は?目的地なんてあったの?」

 「ああ。ちょうど今俺達がいるここが目的地だ」


 春の王は私にしゃがむように促して、ある一点を指さした。

 春の王の指す方には13歳くらいの金髪の少年と灰色の髪の少女がいた。2人は仲良く花冠をつくって遊んでいる。年の割に随分と幼稚な遊びをしているわね。


 「あの金髪のガキはこの身体の弟で、もうすぐ14になる」


 この身体、と春の王は自身を指さす。

 つまり王弟殿下だ。身体の弱い彼はこの森で療養生活をおくっているのだそうだ。


 「それを私に伝えてなんだっていうのよ」

 「次の器の紹介でもしておこうと思ってな。あのガキの身体が25になったときに、俺の魂はこの身体を出てあれにのりうつる」


 ああ、そうか。神の呪いか。

 一瞬、春の王がなにを言っているのかわからなかったけど。もうわかった。死を許されず、子孫の体を奪い永遠と生き続ける呪い。その被害者をわざわざ私に見せてくれたってわけね。


 「俺の魂が出て行けばこの身体はただの死体となる。驚いてひっくりかえるなよ」

 「驚きはしないけれど、そう。死体になるのね。お前がいなくなった後の身体は本来の体の持ち主に返されると思っていたわ」

 「クハハッ。返される、か。なるほどそういう発想か…」


 人を小ばかにするような笑みに気分を害される。


 「悪い?」

 「いいや、別に。だが、な。返されることはない。なぜなら俺の魂が体を奪った時点で、体の持ち主の魂は消滅するからだ」

 「え?」

 「当然だろう。一つの体に2つの魂が存在するのは不可能。追い出された方は消えるしかない。そして本来あるべき魂を失った身体は、成長を止める。俺がこの身体を奪ってもう10年経つが、この身体は老いることなく、ずっと25のまま止まっている」


 別に春の王の呪いなんてどうでもよかった。

 でももしこれがアルトの今後に関わってくるのなら話は別だ。


 「お前、私のアルトの身体も奪う気?」

 「は?アルト?」


 春の王は一瞬怪訝に眉を顰めたがすぐに、ああと納得する。


 「腹の子の名か。もう名付けたのか?早くないか?」

 「いいから答えなさい!」

 「クハハッ。そう取り乱すな。全く俺も好きで子孫の身体を奪っているわけではないというのに……奪わないさ。というよりも、奪えないだろう」

 「どういうこと?」


 にらめば春の王はおお怖いと両手を上げる。


 「俺の器となるには条件がある」

 「条件?」

 「俺は神の呪いにかけられていると同時に、神の力を奪った人間でもある」


 春の王の見かけの割にやわらかい金の髪が、風に舞いふわりと膨らんだ。


 「神は全知全能と言われている。真偽を見分けるのも神の力の一つだ。俺は人の嘘を見抜ける。オーラのような色で相手が嘘をついているか、どんな心情なのかがわかる。これは俺が奪った神の力の一つだ」


 私の色は、澄んだ海の青と気難しい紫の薔薇なのだそうだ。

 嫌いではないと春の王は私に笑いかける。どうせなら春の王が嫌がるような色がよかった。


 「そしてこの神の力は俺の子孫にも受け継がれた。神の力を持つ者は決まって金色の髪で誕生する。そして神に呪われながらも神の力を持つ俺は、同じく金色の髪を持つ…神の力を受け継ぐ者の体しか奪えない」


 春の王が私の腹を指さした。


 「セイラ、お前の腹の子はおそらく銀髪だ。俺の次の器になることはない」

 「なぜそんなことがわかるの?」


 己が神になったつもりで運命(シナリオ)を考えてみろ、と春の王は笑う。


 「知の一族の唯一の生き残りであるお前と、子孫の身体を奪う呪いをかけられた俺。ただし、もうすでに次の器を持っている俺が、交配する。俺が神ならば知の一族がお前一人では心許ないと考え、腹の子は知の一族の「時」と「記憶操作」の魔法を受け継ぐ銀髪の子にする」

 「…そうね」


 春の王の推察は理にかなっていた。

 彼の次の器はもうすでにあるのだ。新たにつくる必要はない。

 一方で知の一族は現在私一人だけ。私が死ねば一族は滅びる。もし神が知の一族の滅びを望んでいないのだとすれば、アルトは知の一族の力を受け継いだ銀髪の子ということになる。

 …アルトは私と同じ銀色の髪。

 まだそうと決まったわけじゃないけれど、じわじわとうれしさがこみ上げてくる。


 「まあ次に俺との子を孕んだときにはどうなるかはわからんが」


 私の幸せな気持ちはその一言で霧散した。なぜお前の子をもう一人産まなければならないのよ。

 恨みを込めて春の王を見れば、彼はクツクツと笑っていた。


 「そんな日は一生来ない。私はアルト一人だけでいいわ」

 「つれないことを言うな。駒は多い方がいい」

 「駒?」


 嫌な言葉に眉を顰めれば、春の王が皺が寄っていると私の眉間をつつく。やめろ。


 「俺はもとより次の器を欲して、お前を孕ませたわけではない。今後のためにいい駒が欲しかった。この身体はなかなかに優秀だからな、子を生して損はないと思った」


 なるほど。春の王は私のアルトを道具として使うつもりのようだ。

 私はアルトを守るように腹を抱きしめた。


 「私の目の黒いうちは決してアルトをお前の駒にはさせないわ。アルトに手を出したら殺してやる」

 「お前が言うと冗談には聞こえないな」

 「冗談じゃないもの」


 私たちは互いに、しばらくの間にらみ合っていた。

 が、春の王が「飽きた」と笑ったので、それはあっけなく終わった。


 「さあ帰るぞ」


 夕日が沈んでいた。

 橙色の光を背に春の王が私に手を差し出す。

 夕日に透かされ赤い色が混ざった金の髪を見ながら、私はその手に自身の手をのせた。


 「神の呪いは、解けないの?」


 意味はない。ただ気になったから聞いた。


 「解けないだろうな。もし仮に俺の呪いが解ける日が来るとしたら、それは春の国が滅んだときだ」

 「……。」


 春の王は他人事のように淡々と答える。


 私は思う。

 私の目の前にいるこの男は、5000年前、なぜ運命を変えようと思ったのか。人の心を持っていたそのころのお前は、なにを望んで、なにを変えたのだろうか。

 私にわかるのは、目の前にいるこの男が厄災であるということだけだ。


 「同情してほしいならしてあげてもいいわよ」

 「ハッ。いらんわ。お前の同情は口だけだろう」

 「心から同情すると言ったら?」


 春の王のアイスブルーの瞳が、わずかに揺れた。


 「…まあ、してほしいな。俺は神に反抗して神の力まで奪ったから。あいつらとは違って、呪いの内容にはそこそこ私怨が混ぜられていて……いや、変わらないか。神の呪いはどれも残酷だ。5000年もたったのに、この苦しみからは逃れられない」


 ハルはそう言って笑う。


 「……と、悲劇の主人公ぶっているだけで、お前ちっとも同情して欲しいなんて思っていないわね」

 「クハハッ。なんだ、バレていたか?」


 私がにらめば、春の王はニヤリと口角を上げた。やっぱりね。

 同情なんてするわけがない。だってお前、運命を変えたことをこれっぽっちも後悔していないじゃない。それに…


 「お前、さっき自分が言ったこと忘れたの?俺は人の感情がない。愉悦しか感じない。って。愉悦しか感じない人間が、なぜ苦しみを感じるのよ」

 「やれやれ記憶力のいい女はこれだから嫌だ」

 「私だってお前みたいな男、嫌いよ」

 「実はお前のことが好きだと言ったら?」

 「私を好く人間はそんな瞳で私を見ないわ」

 「クハハッ。お前、なにを思い出した?すごい鳥肌が立っているぞ?」


 沈む夕日を背に、私たち2人は森の中を歩いて帰った。

 ……春の王の笑い方は嫌いだけど、この時間は別に嫌ではなかった。






 ソラ、やばいじゃーん。ということが判明した回でした。

 春の王と他2人の神の呪いについての詳細は、3章で~という感じですね。


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