98.悲しきかな、負けは確定している
「おれの兄様の方がすごい!」
「おれの兄の方がすごいのだ」
知の遺跡へと向かう道のりの中。
ソラはむくぅと頬を膨らませ、エリックはにこにこ笑顔で。2人は兄自慢合戦をしていた。ちなみに間に挟まれた私は、疲労感溢れる顔。
なんでこんなことになったかというと…、まあ発端は私の一言でしたよ。
ほんの15分前の話だ。
「そういえば市井に広まる寵妃と王のロマンスストーリーってなに?」
精霊王から私を助けてくれた?金髪の男の子が言っていた言葉を思い出した私はエリックに質問した。そしたらソラにスパンと頭を叩かれたのだ。
「…ソラ、大丈夫?私の頭、早押しボタンじゃないよ?」
「いや、誰もそんな勘違いしてねぇよ!?」
「あはは。リディア、違うのだ。ソラ王子はおれを気遣ってお前の頭を殴ったのだ」
「どうしてエリックを気遣った結果、私の頭が殴られるわけ?いじめ?泣いていい?」
どちらかといえば天才美少女ヒロインの頭を気遣ってほしいんですけど。
と冗談はさておき。
「なんでソラはエリックを気遣ったわけ?」
ソラはさきほどから、チラチラと窺うようにエリックを見ていた。
対するエリックは笑顔だ。逆にあんたが笑顔でない時を見たことがないわ。
「それはおれの母が寵妃――第二王妃ではなく、正妃だからだろうな」
「意味わからん」
「ソラ王子、気にすることないのだ。おれは正妃ではなく、セイラ…寵妃に育てられた。彼女のことは尊敬しているし大好きなのだ!」
「えっ」
「意味わからん」
もうなんなんですか!リディアちゃん、激おこだぞ!
私が意味わかりませんよ雰囲気だしているのに、両端の2人は会話が成立しているのだ!
「いいかげん、説明してくれないと拗ねるわよ!」
「うわ。お前が拗ねたら絶対面倒くさいことになるじゃん」
「それではリディアに、寵妃と王のロマンスストーリーの話をしてやるのだ~」
そうして始まったのは、精霊王が運命に翻弄されながらも己の愛を貫き幸せを掴んだ話。
精霊王がまだ王位を継いでいないただの王子様であったときのこと。彼には愛する婚約者がいたそうだ。その婚約者こそが、寵妃と言われるその人。さっきエリックがセイラって言った人のことだ。
7歳の時に婚約者となった2人は周囲が嫉妬するほどに仲が良かった。誰もが羨む理想のカップル。しかし寵妃が10歳の時に事件は起こった。彼女の家族がテロに巻き込まれ死に、彼女は天涯孤独の身となったのだ。さらに寵妃は図書館の火事に巻き込まれ死にかける。それを身の危険も顧みずに救い出したのが、精霊王だった。わー、かっこいい。
悲劇は尚も寵妃を襲う。婚姻を目の前に控えた20歳のとき、彼女は人間界の王に攫われてしまったのだ。どれだけ探しても寵妃は見つからない。周りの者達が諦める中、ただ一人精霊王だけは諦めずに探し続け、1年後、重傷を負いながらも寵妃を人間界の王の手から救い出した。そして第二王妃として彼女を迎え入れたのだ。
精霊王は幼き日の愛を貫き、正妃よりも第二王妃を愛したため、彼女は寵妃と呼ばれるようになった。
めでたし~、めでたし~。
ロマンスストーリーすべてを聞き終えたリディアちゃん、うなずきます。
なるほどね。ソラがエリックの顔色をうかがう訳だ。
エリックは正妃の子供だ。寵妃さんを敵視している可能性もある。それなのに私が寵妃と王の話を聞きたがったから、うん。ごめんね、ソラ。あとで胃薬をあげよう。
「セイラ…寵妃はおれの尊敬する女性なのだ。心の病を患ってしまった母上に変わって、おれを育ててくれた優しい女性なのだ」
エリックはほんとうに寵妃さんのことが大好きのようだ。にこにこ笑顔で寵妃さんの話をしてくれる。
エリックがこんなにふわふわ優しい性格になったのは、その寵妃さんの教育の賜物なのかもしれないね。
「寵妃さんに会ってみたいな。精霊界誕生祭には出席してるの?」
きっと淑やかでおっとりした精霊さんなんだろうなぁ。神器手に入れたら即帰るつもりだったけど、ちらっと夜会に顔を出してもいいかも。
そんなことを思って聞いたのだけれど、なぜかエリックは困ったように眉を下げて笑っていた。ソラにはため息をつかれるし。え、なに?
「実はセイラはもういないのだ」
「え?離婚?」
「馬鹿!8年前にお亡くなりになられたんだよ…」
はい、リディアちゃん、やっちまったねー。
心の中で天を仰いだのは言わずもがな。
「ごめん。エリック」
「気にすることはないのだ」
エリックは朗らかに笑う。…あの、あんたほんとにラスボス攻略対象?陽のオーラしか感じないんですけど。
「セイラが死んでしまったことは悲しいが、おれは孤独ではない。セイラはおれに2つ宝物を残していってくれたのだ」
「「宝物?」」
ハモる私たちにエリックがウインクをする。
「1つはおれの大切な女性。もう1つはおれの兄なのだ。セイラがいたから、おれは2人に出会えたのだ」
「そ、そっか。じゃああとでその2人を紹介してほしいな!」
するとエリック、また困った笑顔。
私エリックの地雷踏みまくりじゃない!?ほんと、ごめんね!?
「2人とも今は異国に留学中だから会えないのだ。おれが4つの時に2人とも行ってしまった」
「リディア…」
「ほんっとに、ごめーん!!」
「リディア、やめるのだ!大丈夫なのだ!」
土下座の勢いで謝る私をエリックは焦った様子で止める。
もうソラとギルとエリックで天使なアイドルグループ作ってくれないかな?貢ぐよ?
「寂しい気持ちはある。だけどそれ以上におれは誇らしい。2人を自慢に思っているのだ。特に兄はおれと同じ年だというのに1人で頑張っている。ほんとうに尊敬するのだ」
「同い年?エリックって双子だっけ?」
「兄はセイラの子なのだ。おれと腹違いの兄弟」
「な、なるほど~。てことは私とも同い年か。4歳のときから異国に留学って、すごいね!」
「エルトは自慢の兄なのだ!」
エリックはえっへんと胸を張る。かわいいねー。かわいいけどさぁ、なんかエルトって既視感のある言葉だよねー。聞いたことないはずなんだけどねぇ。
リディアちゃん、嫌な汗が頬を伝います。でも守り石が熱くなってきたので思考を放棄しました。熱い思いはしたくないッ!
「ていうかソラ、さっきから黙ってるけど。どうしたの?ついにストレスで胃に穴でも開いた?」
「……おれの兄様の方が、頑張ってるし。尊敬できるし。カッコいい」
あ、ハイ。黙ってるからどうかしたのかと思いましたら、ただソラがブラコンを発病していただけでした。
ソラはムスッと頬を膨らませてエリックを睨んでいる。
いやいやソラ、なに張り合ってるんだい?お前の兄貴がエリックの兄と同じ土台に立てると思っているのかい?ブラコンのヤンデレの時点で、アルトの負けは確定しているんだよ?
「ふむ。だが、おれの兄のほうがソラ王子の兄上よりも強いと思うのだ」
「え、ちょっとエリック」
「はあ?」
黙っていればいいものを、エリックが笑顔で兄の自慢をしてきたためにソラのアルト自慢に火がついてしまった。もうソラ!現実を見ろ!?アルトは絶対に負けるから!
「おれの兄様の方が強いに決まってる!この前だって兄様が騎士たちに稽古つけてやったら、慈悲のない魔王って言われたんだぞ!」
「ソラ、それ自慢になってない」
「それはすごいのだ。おれの兄はどちらかと言えば魔王よりも勇者だからな!まああくまでおれの主観の話なのだが。魔王もかっこいいな!」
「なッ!」
「うわぁ。無自覚に煽ってるよ」
と、まあこんなふうに始まったのが、ソラとエリックの兄自慢合戦。
そして今に至ると言う訳よ。
もう、長い。知の遺跡へ向かう道中ずっと兄自慢しかしていないの。いい加減飽きた。
しかも2人とも兄自慢に私を巻き込みはじめるし。さっきなんて、「結婚するならどっちの兄がいい?」なんて聞かれて、当然私はエリックの兄を選ぶよね。そしたらソラに絶叫された。兄様には絶対に言うなよ!?国際問題になるから!?って胸倉つかまれてゆすられた。リディアちゃん、ボロボロ。
私はソラに言いたいよ。想像してごらんなさいと。仮に私がアルトを選んだら、私ってばアルトに「へぇ。僕とソラを引き離すつもり?」ってな感じで絶対に殺される。お忘れかもしれないが、あの男重度のブラコンヤンデレ野郎なのよ。友達にだって容赦しないわ。
もうここは話を変えよう。
私の目に留まったのはエリックが身につけているブレスレットだ。よし、君に決めた!
「エリック、そのブレスレットかっこいいね!」
それは蝶の模様が入った黒曜石のブレスレットだった。
エリックはブレスレットについて聞かれたのがとてもうれしかったのか、兄自慢なんか忘れてすぐに食いついた。ちなみにソラは兄自慢の熱が抜けないのか、ぷんすか頬を膨らませています。かわいいー。
「これは父上から賜ったものなのだ!肌身離さず身につけていると、いいことがあるらしい!」
「へ~、よかったね」
「うむ!」
エリックもかわいいね。頬を上気させながら私にブレスレットを見せてくるよ。
エリックは父親である精霊王のことを尊敬していたから、ほんとうにうれしかったんだろう。
エリックがものすごく笑顔だから、私は言おうと思っていた言葉を心の中に押しとどめた。
そのブレスレット、綺麗だけど怖い感じがするね。
なーんて言われたら、さすがのエリックも嫌だもんね。
次話からまたセイラさん視点に戻ります。




