95.セイラ・ノルディー(1)
セイラ視点です。かなり短いです!
時と記憶操作の魔法の使い手は古の時代から重宝されてきた。
「時」を巡り、眠る書物の「記憶」を見て記す、知の一族。私はその一族の当主に当たる人物の娘であった。
私は精霊が嫌い。人が嫌い。だって醜いから。
私は動物が嫌い。だって野蛮だから。
私は植物が嫌い。だって動けないから。
私は青空が嫌い。だって腹立つから。
私は雨が嫌い。だって体が濡れるから。
私は自分が嫌い。嫌いって思うことに、理由は必要?
嫌い。きらい。嫌い。だーっい嫌い。
この大嫌いなものが溢れかえった世界で私が唯一愛することができたのは、私たち一族が治める図書館に所蔵された膨大な書物だけだった。
紙に羅列された活字だけが私の癒し。生きている意味。彼らだけが私の心を満たしてくれる。
私は跡取りではないから図書館に入る鍵を与えられていない。
毎日父や兄に鍵を開けてほしいと頼むのは苦痛だったが、それでも私に本を読まないという選択肢はなかった。
幼い子供である今しか、私に自由はないと、わかっていたから。
私は跡取りじゃない。だけど私は知の一族の中で、先祖返りと言われるほどに膨大な魔力を有していた。一族はその血を後世へとつなげていく義務がある。私は優秀な母体として一族の全員から将来を期待されていた。
一族から逃れることはできない。
当主の許しがない限り外すことのできない、私の胸元で淡く輝く紫色の守り石。これがある限り、私の居場所は一族に筒抜けだ。逃げても逃げても、捕まって、連れ戻される。
私は知の一族が嫌い。だって私を縛り付けるから。
「そこのお前、さっきからずっと私を見ているわね。この魔導書に興味があるの?」
エリアスと出会ったのは私が7つのとき。
いつものように図書館で本を読んでいた時だった。
普段だったら話しかけなかった。
でも利用者の少ないこの図書館にめずらしく自分以外の者がいて、それも自分と同い年くらいの男の子だった。そして彼も私と同じ、なにもかも諦めたような退屈そうな目をしていたから、つい話しかけてしまったのだ。
「なぜ黙ったままなの。お前の顔についているその口は飾り?それとも口がきけないの?」
「…お前、おれを見たことないのか?」
その男の子はとても端正な顔をしていた。
夕日色の美しい髪に魅惑的な涙黒子。虚ろな灰色の瞳で見つめられてしまえば、女の子は皆卒倒してしまうだろう。私はしないけど。
ようするに私は勘違いをした。
大方、学校でカッコいいだの素敵だのともてはやされ、いい気になっている有名人様(笑)といったところね。
「あいにくだけど私本以外に興味はないの。学校ですれ違ったことはあるのかもしれないけど。お前のこと、見たことも聞いたこともないわ」
エリアスは表情一つ変えることなくうなずいた。
時間を無駄にしたわ。私は読書を再開させ…ようとしたところで、エリアスをにらみつける。
「邪魔よ。その手をどけろ」
エリアスが私の読んでいた本の上に手をのせ、読書を妨害してきたのだ。
エリアスは感情の読めない虚ろな瞳で私を見下ろす。
「おれの名はエリアスだ。お前の読んでいるその本が見たい。貸せ」
「それが人にものを頼む態度?腹が立つわ。あと私の名前はセイラ。お前じゃない。この本は今私が読んでいるから貸せない。でも明日なら貸せるわ」
「今日以外に空いている時間は無い」
「あっそ。なら諦めなさい」
「父から今日中にその本を読めと言われた」
どちらも譲らない。
そうしてしばらくの間私たちはにらみ合っていて……結局折れたのは私だった。
「よりにもよってこの本を読めだなんて。お前の父親、相当な変わり者ね。いいわ。それなら一緒にこの本を読みましょう」
私が読んでいたのは禁断の魔導書。
美しい赤い皮地の魔導書には、かつて禁忌とされ封印された魔法の数々が記されていた。
私の隣に座り本を覗き込んできたエリアスは怪訝に眉を顰める。
「…使用者の身を亡ぼす7つの装身具?」
私が読んでいたページに記されていたのは、禁忌の魔法の中で一番危惧され厳重に封印されている、闇の化身を呼び起こすための方法だった。
今回の章は、セイラさんがほぼメインです!




