86.分断
深夜。作戦決行時刻。
「じゃあリディ…ヒメ、お願いし、ますね」
ダンデライオン号のみんなや兵士さんたちが見守る中、いろいろと不安が残るギルの声に私はうなずく。
私の手を掴むのは6つの手。
エル、アイ、アース、ギル、ミルク、トラムだ。
集中して豚のお守り人形の位置を探ると、それは意外にも近くで感知できた。
「みんな行くよ!」
声をかけ瞬間移動をする。
瞬きをして目を開ければ、そこはダンデライオン号ではなく薄暗い部屋の中。
倉庫のような広めな部屋で、辺りを見回せばそこにいたのは、違法な植物に珍しい動物、宝飾品、そして…
「た、助けが来た…」
檻の中に囚われている数多くの身目麗しい男女だった。
私たちの姿に安堵して泣き出す人たちを見て、ブラッド海賊団への怒りが急上昇だ。よく見れば幼子もいる。
青筋立てて深く息を吸う。
「さ…もごご」
さあブラッド海賊団をぶっ潰しに行こうじゃない!
声高らかにそう言おうとした私の口は、6人全員にふさがれまして、ええ。全員の顔に書いてあるね。でかい声出して敵にばれたらどうするんだ馬鹿!と。
みんなの息の合った動きにリディアちゃん一人のけ者で、少し嫉妬しちゃうぞ。すみません、ふざけました。……ごめんなさい。
////////☆
私たちの作戦はこうだ。
まず私、エル、アイ、アース、ギル、ミルク、トラムでブラッド海賊団の元へ瞬間移動。
ブラッド海賊団の海賊船内に無事移動できたら信号弾をあげて海洋軍船とトラムの船に来てもらう。
到着するまでの間エル、ミルク、トラム、アースの陽動チームが海賊の注意を引いて、そのすきに私、アイ、ギルで囚われている人たちをギルの海洋軍船に瞬間移動して保護。
で、保護した人や物を連れて海洋軍船に瞬間移動した私は兵士たちを連れてまた海賊船へ瞬間移動。その繰り返し。
そしてある程度兵士さんを海賊船へと運べたら、集まった兵士を連れてギルが陽動チームと合流。
陽動チームはギル率いる兵士たちと合流後、即制圧に取り掛かる。
捕縛した海賊団員たちは海洋軍船に備えてある牢屋へと収容。
その間、私とアイは囚われている人と物を瞬間移動で運び続ける。
という手筈だ!
実際順調に進んだ。
瞬間移動先がブラッド海賊団の商品置き場だったのが幸運だった。囚われの人たちを探す手間が省け次々と海洋軍船に運び保護することができた。トラムたちの陽動もうまくいっているようだし。
そう。ほんとうに驚くくらいに順調に進んだのだ。
逆に嫌な予感がしてくるくらい順調に、ね。
最後の商品を運び終えたところで私はため息を吐いた。
「なんか、嫌な感じだ」
私と行動を共にしているアイも同じ気持ちらしい。
アイは私の言葉にうなずき、眉間にしわを寄せる。
「はい。とても嫌な感じです。殿下、ヒメに馴れ馴れしすぎませんか?急にどうしたんですか、あいつ」
「……。」
アイは通常運転だった。
私だけが嫌な予感を感じているとかむかつくので軽くアイの頬を軽くつねりました。
そのときだった。
「リディアおねえちゃん!」
「ギル!」
ギルがミルクを連れて私たちの元へと戻ってきた。
数分前、ギルは当初の計画通り兵士を連れてブラッド海賊団の制圧に向かった。そのギルがこの場に帰ってきたということは、制圧を終えたか、もしくは不測の事態が起きたかのどちらかだ。
ちなみにギルが私をリディアおねえちゃんと呼ぶのはもうこの際気にしません。ミルクの視線も痛いです。けど、気にしてなんかいられません。
「制圧はほぼ完了したよ。リディアおねえちゃんの方は?」
「私の方もちょうど終わったところ。でも不老不死の薬がまだ見つかっていなくて…」
「不老不死の薬?」
そうなのだ。てっきりこの商品保管部屋の中にあると思ったのに、不老不死の薬はまだ見つかっていなかった。アイと手分けして探したけれどやっぱり見つからない。
「…ここの他に商品を隠している部屋はなかったと思うんだけど」
ギルの言葉に唇を噛む。
もうすでに不老不死の薬はこの海賊船内にはないのだろうか。でもトラムは不老不死の薬も商品リストにあると言っていたから、この海賊船の中にあるはずなのだ。
「私、探す。アイ、ついてきて!」
「はいヒメ!」
「リディアおねえちゃん、おれも手伝う!」
「ちょ、ギル!」
不老不死の薬がどこに隠されているかなんて目星はつかないから、もう片っ端から目に留まった部屋の中を探していくしかない。
商品保管部屋を出た私はさっそく目の前にあった部屋に入ろうと通路を出て、
そして瞠目した。
「え…」
前方に見知った人物がいたのだ。時が止まったように動けなくなる。
それは相手も同じだった。
黒いマントに身を包んだ茶の髪の人物も、私たちを見て動きを止めた。
「「セス!?」」
そう。そこにいたのは夏の国の孤児院で出会い、そして姿を消したセスだった。
驚いたように目を見開くセスが動きを止めたのは一瞬のこと。彼はすぐに私たちに背を向け走り出してしまう。
「ちょ、待っ!」
彼を追いかけようと私は足を踏み出すが、
「待って、セス!セスだよね!?」
それよりも先に私の脇をミルクが走り抜けていった。
私もギルも瞠目する。
もうゴマ粒ほどの大きさになってしまったセスをミルクは全速力で追いかけた。
えーっと、えとえと…なぜに!?
「おいミルク!単独行動はっ」
「ごめんギル!すぐに戻るから!」
ふいに思い出す。そういえばミルクも私と同様にセスの名を呼んで驚いていた。
ということは、もしかしてミルクとセスって知り合い!?
ギルが私の隣で怒る一方で、私の脳内は疑問符まみれだ。
けれど…
「あー!!変装海賊!」
「え。リディア!?」
ミルクとセスは知り合い?な疑問は頭の隅へと追いやられた。
だってセスとすれ違うように、夏の国にいた不老不死の薬を盗んだ海賊がこちらに向かって走ってきたのだ。
なんという僥倖!
海賊は私の姿を見てぎょっと固まった。だがすぐに私から逃げるように回れ右して走り出してしまう。
距離があるにもかかわらず香ってくる独特の甘い香り。不老不死の薬の匂いで間違いない。きっとやつが薬を持っている。もしくはありかを知っている!
逃がしてなるものか!
「待ちなさい!」
鴨が葱を背負って来るとはまさにこのことだ!
私を見た途端慌てて逃げ出した海賊を全速力で追いかける。
「ヒメ!お待ちください!」
「あぁもうっ、リディア!」
そんな私をアイが追いかけてきて。
ギルも頬に青筋浮かべながら私とアイを追おうとして。
だけど、
「単独行動は……は?ッ蛇!?」
ギルは視界の端に見えた黒い影を追い、私たちとは反対方向へと走って行ってしまう。
私たちはみんな同じ目的を持って行動しているけれど、だけどそれよりももっと大事なことが各々あって。
それは、
かつての絆であったり。
自分に課した使命であったり。
復讐であったり。
今にして思えば、きっと私たちはそれを敵に利用されたのだ。
//////☆
「やっと捕まえた!」
私は海賊とのながーい追いかけっこの末にようやくそいつの肩を捕まえた。
そう。捕まえたと思ったのだが、
「へ?」
私の手はむなしくも空を切る。
正確には、肩を掴んだはずなのに私の手の中には肩の感触はなく、やつが身につけていた服しかなかった。
リディアちゃん真っ青です。
私はやつに飛び掛かるようにして肩を掴んだ。なのに掴んだはずの肩が無くなった。ということは飛び掛かった勢いのまま顔面から床にダイブということになる。
う、嘘だろぉおおお!?
気が付いたときにはもう遅い。床との距離はみるみると縮まる。私は痛みに備え目をつむった。が、痛みは一向に訪れない。というか誰かが私をキャッチした感触がする。
「ヒメ、大丈夫ですか?」
おそるおそる顔をあげて目に入ったのは、ドヤ顔のイケメン眼鏡!
アイだ!
「アイぃいいい。助かったよ。あとで眼鏡をピカピカに磨いてあげる、じゃない!海賊はどこ!?」
アイへの感謝もそこそこに、私が掴んだはずの海賊はどこへ消えやがった!と目の前をにらんで、そこにあった光景を見て、まぬけにも口をぽかーんと開けた。
そこにいたのは、床にぐしゃっと脱ぎ捨てられた海賊の服と、その服の中から出てきた黒い猫。否、真っ暗な闇を纏った猫だった。
え。海賊の正体は実はこの黒猫だった的な!?んなバカな!?
『にゃ~ん』
私と、そんな私につられてアイも絶賛混乱中な中、猫はのんきににゃ~んと鳴く。
するとどこからともなく黒い蝶――闇の精霊がたくさん現れまして、ええ。当然私たちに襲い掛かりますよねー。
ちょーっとまって。君が闇の精霊呼んだのかい、猫ちゃん!?
『ひ、光の蝶!』
慌てて光の蝶で闇の精霊を浄化するけれど、気を取られているすきに黒猫の姿はいなくなっていた。
なんだ。どういうことだ?むむ、解せぬ。
「ヒメ、不老不死の薬がありました」
「…あ。ほんとうだ」
うなっていたらアイが不老不死の薬を見つけて持ってきてくれた。黒猫がさきほどまでいた場所、海賊の服の下に不老不死の薬はあった。
とりあえず見つかってよかったけれど、不老不死の薬がこんなにあっけなく手に入るなんて。
「…うー。なんか、すごく嫌だな。嫌な感じがするー」
「ヒメ、ここどこでしょう」
「嫌だ…え?」
アイの言葉にハッとして辺りを見回して気づいた。
私たちは海賊を追うことに夢中で、何も考えずに走っていた。ここがどこだかなんてわからない。どうやったらギルたちと合流できるのか、はたまた外に出られるのかさえわからない。
「してやられたわね」
なるほど。嫌な感じの正体が分かったよ。
今この場においてのあいつらの目的は不老不死の薬を奪われないことではなかったのだ。
やつらの目的。それは私たちを分断することだ。
「はぁ~」
「ヒメ、大丈夫ですか?」
「…うん。大丈夫!」
後悔しても仕方がない。気持ちを切り替えて行こう。
目先の問題は、どうやってギルとミルクと合流するかだ。
考え始めたそのときだった。
「いだ!?」
頭に痛みが走る。
この痛みには覚えがあった。
「やっぱり君か、リス!」
『クスクス~』
振り向けば私の後ろにはどんぐりを持った栗毛のリスがいた。
このリスはあれだ!夏の国で私にドングリを投げてきたリスだ!なんでこんなところにいるの!?
私がリスを見て驚く一方で、アイもまた目をぱちくりさせていた。
「あれ?このリス、秋の国でマフィアをやっていたとき餌をねだりにきたやつじゃ…」
「あー!そうだよ。この子、私秋の国でも見た!春の国にもいたよ!」
アイの言葉でやっと思い出した。
このリスを最初に見かけたのは春の国。ルルちゃんがいた気がして振り向いたらこのリスがいて、秋の国ではアイと出会う直前と饅頭屋のおじさんのところで見た!
え。なにこのリス。私のストーカー!?
リスは『クスクス』と笑いながら、私にドングリを投げると走り出した。ちなみにドングリは私の顔面にクリーンヒットだよ。痛いよ。
ついでに「ヒメ!大丈夫ですか!?おのれリスめ!」とアイがうるさいよ。
『……。』
リスは私たちが追って来ないことに気づいてか、振り返りまたドングリを投げようとする動作をする。
いやいや、暴力に訴えるのやめましょうね、リスさん?
「リスめ!またヒメに危害を加えようと…」
「ちょっとアイ黙って。ねぇ。あんたもしかして、着いて来いって言ってるの?」
『クスクス~』
私の言葉を肯定するかのごとく、リスは楽しそうに笑う。
思えば夏の国の時もこの子を追いかけたら、不老不死の薬を盗んだ海賊と遭遇した。
この子、私を助けてくれてる?
不思議に思いながらも私はリスを追いかけることにした。
自分を追いかけてきたことに満足したのか、それ以降リスは足を止めることはなかった。ドングリはたまに投げてきましたけどね。痛かったよ。百発百中なんだよ、このリス。
そうしてしばらくの間、海賊船の幾度にも枝分かれした通路を右へ左へと曲がりながら走っていたときだった。
ドゴォンッ
前方の部屋から大きな爆発音が聞こえた。
なんだよ突然とびびるが、リスは『クスクス』笑いながらその部屋の中へと入ってしまう。えぇ~。ちょっとリスさぁん!?
しぶしぶ私とアイも灰色の煙が充満するその部屋に突入するよね。突入して驚いたよね。
「エル!?」
「リディア、アイ!?」
そこには誰かと対峙しているエルがいたのだ。
部屋中に充満する煙のせいでエルと対峙する人物の姿は見えない。
だけどエルの姿はしっかりと目視できた。エルは全身に切り傷を負っていてボロボロだ。
こっちへ来るなと言うエルの言葉は無視して急いで駆け寄る。
「エル、大丈夫!?」
「こっち来るなっつたのになんで来るんだよ!?アイ!この馬鹿止めろよ!」
「ハッ。なぜお前の指示を聞く必要がある。俺はヒメの命令しか聞かない」
「眼鏡割るぞ、クソメガネ!」
「やめろ!この眼鏡はあとでヒメが磨いてくれるんだぞ!」
「あんたたちこんなときに喧嘩しないの!」
まだ敵がここにいるでしょう!とエルと対峙している人影を指さしながら私がぶちぎれたときだった。
清涼な風が吹いて煙が消えた。2人とも驚いた顔で私を見るけど、いやいや私じゃないから。私が光魔法しか使えないこと知ってますよね?
もしかしてあなたの魔法ですか?
そう聞こうと思って煙が無くなったおかげで見えるようになった敵の方を向けば、
「あれ?あなた…」
『……。』
エルと対峙していたのは黒いマントに身を包んだ猫の仮面をつけた少女。
彼女は私が海に落ちたときブラッド海賊団の見張り台にいた子だった。
瞠目する私。そんな私を守るように立つエルとアイ。それを見て、おそらく、猫の仮面の少女は仮面の下で笑った。
『邪魔が入っては仕方がないわね』
鳥と同じ。男なのか女なのか、高い声なのか低いの声なのか、何者であるか認識できない不思議な声色。
「ねえあなた、鳥の仲間?」
『また今度、お話しましょうね』
私の問いかけはまるっと無視して彼女はエルに言うと、その姿は霞のように揺れ、消えた。
あっけない退散である。
「まあ危険が去ってよかったってことでいいのかな?あ!エル、怪我大丈夫?なにがあったの!?」
「…別に。トラムたちとはぐれて、さっきの猫と遭遇して戦った。それだけだ」
「それだけって…」
エルは詮索してほしくないのか、適当な説明をして黙りこくる。
エルの様子を見る限り、とてもそれだけだで済ませられるような関係には見えない。エルはさきほどの猫の少女と面識があるのではないか?
そう考える私であったが、不機嫌な魔王…ごほん、兄弟子は私とアイの2人で行動していることに気づいてしまったようで。
「それよりも!お前らこそどうしたんだ!ギルとミルクがお前を迎えに行ったはずだ!なんで2人で行動してる!?」
「そ、それが。鴨が葱を背負って来たというか…」
「はあ?」
このときのエルの声の低いことと言ったらね。地を這うように低いそれこそ魔王のような声でしたよ。
ひぃー。兄弟子に殺される。
とっさに頭をガードした、そのときだった。
「わわわ!なにここ、すごいことになってる!部屋の中ボロボロだし煙臭い~!」
救世主ミルク現る!
「ミルクーっ!再会できてよかったぁあああ」
部屋の出入り口で目を丸くしていたミルクに思わず飛びついて抱き付けば、彼女は怪力で見事私をキャッチ。
ここにいる私やエルとアイを見てさらにぱちくり目を瞬かせる。
「おねーさん!?ガキ君とメガネさんも!」
「あ?お前おれより年下だろ。ガキってなんだよ!」
「俺はメガネではなくヒメを守りし…」
「ミルク、セスは見つかったの?」
エルとアイは無視してミルクに問えば、彼女はしょんぼりとツインテールを下げた。
「逃げられちゃった。ねえ、おねーさんどうしてセスのことを知って…わっ」
「うわぁっ」
ミルクが言いかけたときだ。
船内が思い切り揺れた。
そして揺れと共に工事現場でよく聞く建物が解体されているような音が聞こえ始める。なんだかリディアちゃん、すごく嫌な予感がします。
「この話はあとだね!外に出よう!3人ともついてきて!」
「待ってミルク!私たちギルとはぐれちゃって」
「ギルなら一人でも平気。きっと先に海洋軍船に戻ってる!それよりも早く!海賊船が崩壊し始めてるよ!」
「やっぱり!?」
ミルクが言うのであれば大丈夫だろう。
このまま船内にいれば海賊船と一緒に沈没だそうで、一気に青ざめた私たちはミルクと共に海賊船を出た。
が、
「え。ギルが戻ってない!?」
海洋軍船に戻ってきて私たちはさらに青ざめる。
真っ青になったのは私たちだけではない。
もうすでに海賊船から脱出していたトラムやダンデライオン号のみんな、海洋軍船の兵士のみなさん全員が青ざめた。みんな私たちといっしょにギルが戻ってくると思っていたのだ。
ドガシャガラガッ
音を立てて海賊船は沈みはじめる。
船内にギルを残したまま、その船は崩壊し続ける。




