85.ヒメは墓穴を掘る
前半真面目で
すが後半ギャグです。
アース来訪の帰る帰らない紛争が無事終わりを迎えたその後、私たちは長時間の会議を行った。
その結果、私のタイムリミットもあるけれど、事を急いでは失敗するということもあって、相手が油断しているであろう深夜に作戦決行となった。
ありがたいことにいまだ神の力による妨害はまだ解けていないようで、私は師匠の元へ強制連行されずに済んでいる。
作戦決行まであと1時間弱。
事前準備も終わったためみんなは英気を養うために眠っていた。エルもアイもアースもぐっすりだ。まあこれは私が3人がぐっすり眠れるように睡眠薬を盛ったからなんだけど。ハハハ。
だけど私はどれだけ羊を数えても眠れなくて、気分転換にデッキに出ることにしたのだ。自分の分の睡眠薬がなかったんですよ。足りなかったんですよ。馬鹿と罵るがいい!ケッ。
ちなみに外は寒いから白のローブを羽織っているぞ!そこは馬鹿じゃありませんからね!
「…ヒメ?」
「あれ?ヒメさんもここに来たのか」
やさぐれた気持ちのままデッキへ出て驚く。先客がいた。
トラムとギルだ。
手すりに腰掛ける彼らの鼻先は赤く、私がここに来るよりもずっと前から外に出ていたのであろうことがわかる。
そう。真冬の夜は寒い。きのうのように熱くはない。
ぎゅっと自分の身を包む白いローブを握り締め、2人の元へと駆け寄った。
「ヒメさんも眠れなかったのか?」
「まあね~」
夜の闇に染まった海を背にして私も2人と同様に手すりに軽く腰掛ける。
ギルにはヒメ=リディアの疑惑がかけられているから、ギルじゃなくてトラムの隣に座ったんだけど…うん、ギル君わざわざ私の隣に移動してきましたね~。
そのためギル、私、トラムで座ることになりまして、ええ。案の定、ギルに観察されています。視線がめちゃくそ痛いです。冷や汗が止まりません。
お願いします。助けてください。トラム様。
訴える私の目に気づいたのか、トラムが苦笑してうーんと首を傾げた後、にやりと笑った。
「せっかくだし。ここだけの話をしようぜ」
全く予想していなかった提案。
私もギルも目をぱちくりと瞬かせるよね。
「ここだけの話って?」
「言葉の通り。今この場にいる俺達3人だけでする、他言無用の、ここだけの話だ」
「ここだけの話の意味くらいわかるわよ!私そういう意味で聞いたんじゃないから」
私はトラムがなにを話すつもりなのかと聞いたのだ!まったく私はどれだけアホの子だと思われているのやら。
青筋浮かべる私に、トラムはごめんごめーんとまったく誠意を感じられない謝罪をする。笑いながら謝ってくる時点で申し訳ないなんて思ってないよね。
だけどそのへらへらとした笑いはすぐに消え、真面目なものへと変わった。
「俺が義賊をやってる理由、知りたいか?」
ギャップ萌えというやつだろう。いつもへらへらしているやつが真面目な顔したから、少しどきりとする。アオ兄ちゃんといい、色気のある大人はこれだから困るよ。
やれやれと首を横に振る私を見てかギルがムスッと頬を膨らませた。…あら?孤児院でもこういうことあったよね。懐かしいな。
「知りたいかと聞くということは話したいのでしょう。どうぞ」
「ハハッ。殿下がつめた~い。え?嫉妬?…と、冗談はさておき」
ギルが殺意溢れる眼差しでトラムを見たためか、それとも本気でここだけの話に突入するからか、トラムの顔が真剣なものになった。
「俺はさ、腐敗したこの国を変えたいんだ。そのために義賊になった」
その言葉にギルの肩がピクリと動く。
まあそりゃ、この国を統べる王様の息子の前で、腐敗した国を変えたいとか言っちゃったもんね。反応するよね。
「悪いな。ここだけの話だから、不敬罪とかで俺を殺さないでくれよ殿下~」
「殺しません。殺したら興味深い話を聞けなくなってしまいますから」
「どうも~。じゃ、続けるぜ。俺はさこの国が本気でおかしいと思ってるんだ」
トラムは静かに目を閉じて笑った。
「縮まらない貧富の差、弱者の声に耳を傾けない国政、終わらない戦争。言い始めたらキリがないくらいこの国は問題で溢れている。年寄りなんかは昔よりも生きやすくなった、良い環境になったとか言うけど、そんなの知らねーって話だ。俺達は今を生きている。昔のことなんて知らない。俺は今、この現状を、我慢できない」
私もギルも自分の上着を握り締める。
脳裏に浮かんだのは幼いころにアイを襲った悲劇。
……上着を掴んでいた手を離し、なんとなくギルの手を握った。なんとなく、そうするべきだと思ったから。ギルは何も言わずに私の手を握り返した。
「暖かい家で飢えに苦しむことなく家族全員で幸せに生きたい。当たり前の願いのはずなのに俺たちはそれを叶えることができない。貴族だけが裕福で幸せな暮らしをできる、そんな世界を俺は認めたくなかった」
だからこの世界を変えるために、トラムたちは義賊になった。
戦争や奴隷商人に、生活苦に家族を奪われた子供たちの集まりが、今のダンデライオン号のメンバーなのだそうだ。
「…殿下は違うのかもしれない。だけど俺の知っている貴族たちは、平民のことなんてただの道具としか思っていなくて。あいつらは道具が死のうが、売られようが、飢えに寒さに苦しもうがどうだっていいんだ」
トラムはなにを思い出したんか、不愉快そうに鼻にしわを寄せて舌打ちをする。
「俺、イケメンだろ?」
そして唐突な問いかけ。
普段だったら自慢か!ってツッコむところだけど、トラムの整った顔は悲しげで苦しそうで、きっとトラムは自分の顔が好きじゃないんだなって思った。
だから私もギルもうなずくだけ。
そんな私たちを見てトラムは悲しそうに笑った。
「俺は父親と母親と姉2人と俺の5人で暮らしていた。俺達家族は全員えらく身目が良くってよ、町でも評判だったんだ。それで目をつけられた。俺以外の家族全員奴隷商人に捕まって、俺は逃げた。領主さまに助けを求めた。だけど門前払い。あきらめられなくて屋敷に忍び込んで、直接親父たちを助けてくれって頼んだ。そしたら怪訝な顔で、なぜ薄汚いガキのために私が動かなければならない?と問われた」
トラムはハッと鼻で笑う。
強く握りしめられた彼の手は震えていた。
「俺はなにも知らないガキだった。奴隷商人と言うやつがいるらしいということは知っていたが、自分には関係のないことだと思っていた。他人事だと思っていた。王侯貴族共が自分のことだけしか考えていないって知っていたけど、ほんとうの意味では知らなかった。家族を奪われて、助けを求めて伸ばした手を振り払われて、そこでようやく俺は気づいたんだよ。この国は腐ってるってな。変えなくちゃいけないってな」
トラムは「別に不幸自慢ってわけじゃないんだぜ」と笑う。
そんなことくらいわかっている。無理して笑わなくていい。
そんな気持ちを込めてギルとは反対の手でトラムの手を握れば、彼は困ったように眉を下げてやっぱり笑った。
「この国を変えてやりたくて義賊になったって言ったけど、最初はただ椅子にふんぞり返って座っているやつらに目にもの見せてやりたくて、金目の物を盗み始めたんだ。お前らが見下している、道具としか思っていない平民に大好きなお金奪われちゃいましたよ~って笑ってやりたくてさ」
「そんなんだから罰が当たって一回捕まっちまったことがある」トラムの言葉に私もギルもぎょっとした。
「おいおい2人ともすごい顔してるぞ?」
「いや、え。トラム大丈夫だったの?」
今ここにトラムがいるのだから大丈夫だったことはわかる。捕まっていたけど釈放された?ということなのだろう。でも心配なものは心配だ。
だけどそんな私たちの心配を払拭するようにトラムはにかっと笑った。
「おうよ。恩人が助けてくれたからな!」
その言葉で思い出した。
そういえばトラムは言っていた。恩人のブローチがブラッド海賊団に奪われたからそれを取り返す、そのついでに海賊団をぶっ潰すのだと。
例の恩人さんはこのときの恩人さんだったのだ。
「牢屋の中で恨み言吐く俺達にあの人は言ったんだ。あなたたちの力が必要です。この国を変えるために私に力を貸してくれませんか?って」
うれしかったのだろう。
語るトラムの目はとてもやさしい。
「まあそういうわけで、今の俺達があるわけだ。さ、俺の話はこれで終わり」
次はどっちがここだけの話をしてくれるんだ?とトラムが私とギルを見る。
あー、うん。やっぱし、話し終わったし解散~とはならなかったか。
うぐぐと少し唸るよね。
だって困るよ。ここだけの話とか言われても、なんの話をすればいいのか迷うというか。
私が悩み眉間にしわを寄せていた時だった。
ぎゅっと私の右手を握る力を感じ、ギルと手をつないでいたことを思い出す。
「…ブラッド海賊団はおれの祖父――冬の国の前国王が絡んでいるんです」
「え?」
そしてかわいい顔から唐突に放たれた言葉。
私もトラムも驚いて瞠目する。そんな私たちを見てギルはにやりと笑う。
「ここだけの話、なのでしょう。このことは他言無用でお願いします」
「わかったぜ~。な、ヒメさん」
「う、うん!もちろんだよ!」
こんなときだけど、笑うギルを見てドSモードのときのアオ兄ちゃんの笑顔を思い出した。…ギルとアオ兄ちゃんって、少し似てるんだよね。
そう、例えば今の目も似ている。琥珀色と紺色で色は違う。だけど暗い影を感じる瞳は同じなのだ。なんでだろう。なんで似てるって思うんだろう。
「前王は誰もが認める愚王です。あの人は権力におぼれ民を苦しめ、あろうことか守るべき民を自ら率先して売り物としました」
だけどアオ兄ちゃんとギルが似ているって考えはギルの話ですぐに頭の隅に追いやられた。
人身売買だ。きっとアイも被害に遭った奴隷商のことを言っている。
「王の座が父へと移り変わり前王の悪政も鳴りを潜めました。ですが、やはり水面下で動き続けるものはある。それが今回のブラッド海賊団です。わけあっておれは父に認めていただかなければなりません」
…知っている。行方不明の好きな人との結婚を認めてもらうためだ。筋骨隆々武闘派王子様。
手をつなぐギルの手に力を込めた。
「だから今回おれは次期王として前王の負の象徴を潰すことを決めたのです」
ギルは「おれの話は以上です」と話を終えた。
なるほど。ギルはきのう詳しいことは話せないが目的は私たちと同じだと言っていた。その詳しいことっていうのが、前王様がブラッド海賊団と関わっているということだったのだろう。まあ言えないよね。だって王家の人間が民を苦しめていただなんて醜聞でしかない。
トラムはなにも言わずにうなずくだけだから、私もなにも言わない。というかかける言葉が見当たらない。……いや、一応ありましたね。
「え、えーっと。この流れ、私もなにか話すべきだよね」
見当たりました言葉を言えば、トラムもギルもシリアスモードから一転していつもの感じで私を見ます。
いやーシリアスモードも困るけど、その期待に満ち溢れる目はやめてほしい。
「ヒメの話、期待してるぜ!」
「俺達2人とも腹を割って話したのですから、あなただけ何も言わないのは無しですよ」
話すことがないのなら無理に話さなくてもいいよという言葉を期待していた私の顔はひきつる。
だがしかしほんとうに困った。
私には話すことがない。
前世の記憶を持っていることや、この世界が乙女ゲームの世界だって言うのもこの流れでは違う気がする。私が光の巫女だっていうのを教えるのもあれだし。
そもそも変なこと話して墓穴掘ってギルに正体ばれても困るし。
…ギルに正体ばれても困る?
私は閃いた。
「……実は私、2人に黙っていたことがあったの」
私の言葉にトラムとギルの視線が集まる。
言ったからにはもう、やるしかない!
女優のスイッチを押し、私は涙ウルウルで2人を見た。
「実は私、絵本の世界からやってきた正義のヒロイン、ヒメなの」
「「……は?」」
冷たい声がハモったのは言わずもがな。
まさかトラムがこんな冷え切った声を出すとは思っても見なかった。意外とダメージがでかい。が、ここで折れるわけにはいかない!やり通せ、私!
私は体を右に半回転し、眉をひそめて怪訝な目で私を見るギルを見た。
「久しぶり、ギル!6年ぶりね!私のこと覚えてる?」
「……まさか、リ…ヒメ!?」
最初は訝し気だったその顔は驚きに変わり、今は目を瞬かせ口を開閉させるギル。そんな彼の顔を見て私はニヤリと心の中で笑う。
孤児院時代、私はギルの心を救うべく絵本のヒメに扮してギルと接触し友達になった。今回はそのことを利用させていただいた。
ギルがヒメ=リディアではないかと疑うのなら、逆にギルの知り合いは知り合いでもリディアではなく絵本のヒメですよということにしてしまえばいいという考えに至ったのだ。私は今ヒメの恰好をしているし、効果抜群だろう。
「ハ…ハハッ。えーっと、これどういう状況?さっぱり意味分からないんだけど」
ちなみにトラムは顔を引きつらせて困り顔。心なしかハハッにも覇気がない。
「トラム、私はかつてギルと出会ったことがあるの」
「あー、うん。きのう言ってたよな。知ってるぜ」
「そのときの私はまだ幼かった。人間の世界を見て見たくて、絵本の世界の長老の目を盗み人間界へとやってきたの。そのときに出会ったのがギルよ!」
「いやヒメさん。そんな妄言に俺達が騙されるなんて…」
「…まさか、ほんとのほんとうにリディアなの!?」
「殿下!?」
「ギル、言い間違えているわ!私はリディアではなく、ヒメよ!」
「ヒメさん!?」
「…っうん!ヒメ!また会えてうれしい!」
「殿下ぁ!?」
私にお腹に勢いよく抱き付くギルを抱きしめ返す。
ギルは私よりも少し身長が大きくなってしまったが、腰を曲げて昔と同じように甘えるように私のお腹に顔をこすりつける。それがとっても懐かしくて、私もギルのやわらかい水色の髪をなでる。
ちなみにトラムは考えることを放棄したようだ。うわー殿下キャラ変わりすぎーこわーとか言いながら1人で海を眺めている。
「…ヒメ。聞いてもいい?」
「もちろんよ」
ギルは私に抱き付くのをやめて、じっと私を見る。
その瞳にはじりじりと体を焼くような熱が込められていて、なんだかリディアおねえちゃんドキドキしてしまいます。そういえばギル、アルトやリカと同じフェロモン出す系王子様だったね。
「おれたちが出会ったのは何歳のとき?」
「ギルが5歳。私が6歳のときよ」
「ヒメが部屋の中で作ったお菓子は?火事になりかけたやつだよ」
「焼きマシュマロ!」
「神父様に一番怒られた悪戯はなに?」
「あれかな?神父様のベッドに大量のカエルを隠して、神父様が第一声になんて言うか当てるやつ」
答えるたびにギルの顔がパァッと輝いていく。
ちなみにトラムは「神父様とやらに同情するぜ」と顔色を悪くしている。
「やっぱり…本物だっ」
「うおっと」
ギルは目に涙を浮かべ笑うと私の胸に顔をうずめた。
…お腹に顔をこすりつけるのはやっぱり体勢的に辛かったんだね。でもさ、私だから許されるけど女性の胸に顔をうずめるのはセクハラになるからやめましょうね、ギル。あなたの想い人でもある筋骨隆々王子に誤解されてしまいますよ。
だけどきのうはなかったかわいい弟からのスキンシップはかなり嬉しくて、私はギルの頭を優しく撫でる。
「ギルにまた会えてうれしい」
「おれも…おれもうれしい。もう絶対に離さない」
「いや、そのですね。絵本の世界に帰らなくちゃいけないので。絶対に離さないのは困るというか」
「……。」
「あの、ギルくーん?とりあえず離してくれないかな~?ギルぅ?」
ハハハと苦笑するが、ギルが私を離してくれる気配はなく。
…うん、困った。
私の胸に顔をうずめて微動だにしないんですよ、彼。
私から引き離そうとやんわりと押しても離れないんですよ、彼。
トラムに目で訴えてギルをはがすの手伝ってもらっても離れないですよ、彼!?
え。こわー。
絶対に剥がれない接着剤とかついてる?全然離れないんですけどぉ。
「ギルぅ?私、もう眠いんですけど~?」
「わかったよ、ヒメ。じゃあいっしょに寝よ?あ、でも今夜は眠らせられないかも」
「ギルぅうう!?」
「ハハッ!?で、殿下!?深夜に作戦決行だって忘れてないよな!?眠らせられないって作戦があるから眠らせられないって意味だよな!?」
「トラムさんうるさいです。黙ってください。不敬罪で殺しますよ」
「「急に権力振りかざしてきやがった!?」」
だけどギルもさすがにわがままがすぎると思ったのか、しぶしぶと言った様子で私から離れた。
ほっと胸をなでおろしたところで、トラムがギルには見えない角度から背中を叩いてきた。痛いんですけど。
トラムをにらめば、「ヒメさん、殿下の気が変わらないうちに部屋に避難しておけ」と彼の顔には書いてありまして、はい。親切心だったみたいですね。ありがとう、トラム。
「じゃあ私はもう寝るね。おやすみ」
「あ、リ…ヒメっ!」
「おやすみヒメさ~ん」
こういうときは逃げるが勝ち。私はギルとトラムに背を向けて走り出した。
が、
「リディアおねえちゃん」
「なぁにぃギル~?」
条件反射とは怖いもの。
背後からかけられた懐かしい甘えん坊な声に、私はにっこり笑顔で振り返ってしまった。
そんな私を見るギルもにっこり笑顔だけど、目が笑っていなくって。トラムがあちゃーと私を見て同情の眼差しを向けていて、うん。
「この件が片付いたらゆっくりお話しようね、リディアおねえちゃん」
おかしいね。
私ギルにヒメだと認識されたわけだよね。なぜまだ彼は私をリディアだと思っているのかな?
疑問符浮かびまくるとともに冷や汗だらだらだよ?
とりあえず、
「……ワタシ、ヒメダヨ~?リディアってダレ~?」
とごまかすが、
「今も昔も正体バレていないって思い込んでいる、おれの目の前にいるお馬鹿さんがリディアだよ。ほら、やっぱり」
いつのまに距離を詰められていたのやら。私の目の前にはギルがいて、抵抗する間もなくギルは私の仮面をそっとはずし、私の顔を見て、その頬を桃色に染めうれしそうに微笑んだ。
そしてやさしい琥珀色の瞳が、うれしそうな笑顔が、どんどん近づいてきて、
「嘘をつく悪い子にはお仕置きだから。あとで覚悟しておいてね」
ギルがちゅっと私の頬にキスをおとす。
「……。」
ひさびさにギルの色気を真正面から浴びた私は膝が笑いまくってその場に座り込みます。え、これがお仕置きじゃないの?ていうか仮面外されちゃったよ。リディアだってばれちゃったよ!?
混乱しまくりの私を見てギルは満足げに微笑むと、スキップしそうな雰囲気で船内へと戻って行った。
残されたのは足ガクガクの生まれたてのリディアな私と唖然とした様子で私たちを見ていたトラム。
「……ヒメと殿下って、ソウイウ関係だったのか?」
トラムのありえない勘違いに私の足のガクガクは治まりました。
「は?ちょっとやめてよ、トラム。私とギルは姉弟みたいな関係よ」
「いや、ハ…ハハッ。あれは弟が姉にするキスではなかったと思うぜ~。つーか普通好きでもない女にキスしないだろ」
「え?トラムってば意外と世間知らずなんだね。この世界では愛でるものに対してキスをするのは当たり前なんだよ~」
一笑に付せば、なぜかトラムから同情の眼差しを向けられた。
いやこの同情は私だけではなくギルにもむけられている?
「あー、ウン。ヒメさんがどういう環境で育ったのかすごく気になるけど、ウン。俺はヒメさんの味方だからな」
「……?」
墓穴を掘ったリディアでした。
完全に正体バレました。
リディアには隠蔽の魔法がかけられています。
確信がない限りはリディア本人だとは気づかれません。
ですが、隠蔽の魔法は「目の前の人間がリディア本人である」と確信を持たれた場合は、簡単に打ち破られます。つまりリディアってばれます。「私は絵本の国からやってきたヒメなの!」などと言う馬鹿をギルは1人しか知りません。ましてリディアは「久しぶり、ギル!」なんて言ってしまいましたので。これが確信になったんですね。
隠蔽の魔法くわしくは、2章の14話の(2)のあとがきをご覧ください。
そしてなぜリディアが、愛でるものにキスをするのが当たり前だと思っているのか。
くわしくは2章の41話をご覧ください。




