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13.あなたは恋をしているでしょう。



 「アールトっ」

 「うわっ」


 いつもの場所でいつもの位置に座っていたアルトの背中を叩けば、彼は体を飛び上がらせた。まさかここまで驚かれるとは思わなかった。


 「ちょっと。なに、ニヤニヤしてるのさ」

 「だってアルトが驚くとか。ぷぷぷ~」


 私が笑うと、アルトはいつものように眉間にしわを寄せる。


 「……やっぱり、あの本は絶対に偽物だ」


 うん、なぜここでさきほどの本の話が出てくる?


 「まあいいよ。体調は大丈夫?」

 「体調?」


 アルトは怪訝に顔をゆがめた。

 あれ?


 「気分が悪いから今ここにいるんでしょ?」

 「あ、あぁ…。だいぶ、よくなったよ」


 おいおいほんとうに大丈夫か?アルトがこたえるまで少し間があっただけに心配だ。心なしか顔色が悪いようにも見えるし。彼の額に触れる。


 「うーん。熱はなさそうだけど……あれ?顔赤くなってる。大丈夫?」

 「き、君。急に触ってくるとか。まさか、さっきの質問の5つ目のっ…!?」


 よくわかんないけどアルトは顔を真っ赤にして、パクパク口を開閉していた。金魚の物まねかな?あんまり似てないね。

 ていうかさっきの質問の5つ目…?と私は首を傾げて思い出した。

 それは恋愛チェックの5つ目の、触れたくなる人がいるという質問のことだ。


 なっるほど~。リディアちゃん頭がいいのでね、なぜアルトの顔が急に赤くなったのかわかってしまった。


 「安心して、アルト」

 「え…?」


 私はほほえみながら、アルトの額から手を離した。


 「私はあんたに、恋なんかしてないから!」

 「は?」


 アルトの顔が赤くなった理由。それは私に対して怒ったからだ!

 いやはや盲点だったよ。あの診断をやった直後のことだ。急に触れられたら自分に気があるのかと勘違いするのも無理はない。

 アルトは私のことが大嫌いだ。たとえ嘘だとしても私を惚れさせるなんて考えただけで吐きそうだと言っていたくらいに、彼は私のことが嫌いだ。そんな大嫌いな人間が自分に恋をしているかもしれない。そのことに気いたアルトが怒り狂わないわけがない。


 「ちょリディア、絶対なにか勘違いして…」

 「あー!わかった!!」

 「ちょっと耳元で叫ばないでくれる!?」


 アルトの文句は無視しまして、天才リディアまたもや閃いちゃった!どうしてアルトの気分が悪くなったのかもわかっちゃうとか。自分の才能が怖いね!


 「なにその笑顔。嫌な予感しかしないんだけど」

 「むふふ。私にはお見通しなんだからね!あんた、まぁた私がソラに惚れてるって勘違いしてるんでしょ?」

 「…はあ?」


 私の推理は、こうだ。ドキドキ、恋愛チェック中にアルトは気づく。もしかしてリディアのやつ、この診断で自分がソラに惚れていることに気づいてしまうのではないか!?そんな…友達が恋敵だなんて、リディアとソラを奪い合うなんてっ。考えただけで気分が悪く…。

 こうしてアルトの「気分が悪いから、外に出てるね」の発言へとつながるのだ。

 

 アルトは頭おかしいのかこいつって顔で私を見てくるが、まあそこは見ないふりさ。私はアルトを安心させるべく彼の肩に手を置いた。

 

 「前ちゃんと否定したでしょ?ソラはかわいい弟みたいなものだから、絶対に惚れたりしないって。それにさっきの恋愛チェック、私6つすべてノーだったから!たぶん一生恋しない!」


 だから安心しなさいよね、と笑いかけるがアルトは浮かない顔だ。


 「へ、へー全部ノーだったんだ。なんだこの気持ち…意味わかんない」

 「ん?」


 ぶつぶつと意味の分からないことも言っているし。ま、いいや。


 「ソラが肉食女子の檻の中に一人待ってるから、帰ろ?」

 「はぁ。もうなんかどうでもいいや。仕方ないから一緒に帰ってあげ…」

 

 私が座るアルトに手を差し出し、アルトも私の手を取ろうとした、

 そのときだった。

 

 にょーん


 唐突に。やつは、空からふってきた。

 私とアルトの間に。


 そしてこともあろうに、それは私が手を差し出した瞬間にふってきたため…、簡単に説明すると、私がまっすぐ落下してきたクモを指で突き、突かれたクモは勢いよくアルトの顔面へと飛ばされた。クモさんはアルトの端正な顔の上で、ひどい目にあった~と一休みしている。ハハハ。


 顔・面・蒼・白


 「うわぁぁぁあぁ!」

 「あわわ!アルト、落ち着いてっ」


 アルトは昨日と同じように阿鼻叫喚。

 リディアちゃん大慌て。


 「ほ、ほら!見て!もうとったから!ぽいしたからっ!ね?」


 私はもうそりゃあ急いでクモを取って捨てたよ。震えるアルトに向かって、あなたに危害を加えるものはなにもありませんよ~。クモもいませんよ~。と安心させるアフターケアもお手のもの!

 だがしかしアルトの顔は一向に青いままだ。

 そんなに怖かったのか?


 なぜだろう。むしろアルトの顔色は先ほどよりも悪化していた。今なんてもう絶望したみたいに暗い顔をしている。

 

 大丈夫?そう声をかけようとした、そのときだった。

 

 「兄様……?」


 …マジかぁ。

 背後から聞こえた声で、どうしてアルトの顔が絶望的なものになったのか、悟った。

 私はおそるおそる後ろを向き、あ~と頭を抱える。

 

 「ソラ…」


 危害を加えるものは何もない。

 ただアルトの心の安寧を崩す者は、そこに居た。

 なんて日だよ、まったく。私は泣きたくなった。


 「えーと、ソラ?どこから見てた?」

 

 兄様が真っ青になったところからだよ?え?クモ?なにそれ?食べれるのー?

 そう、ソラならば言ってくれるはずだ。

 一縷の望みを込めて、私は聞く。

 が、現実はそう甘くはない。


 「リディアが兄様の背中をたたいたところから」


 最初っからじゃねーかよ。

 私は頭を抱えた。

 最悪だ。

 ソラにばれてしまったのは、アルトがクモを苦手としていることだけではない。最初からということは、おそらく、アルトの本性までばれてしまっている。


 アルトは大丈夫だろうか。

 チラッと彼を見て、言葉を失った。

 アルトは今にも灰になりそうな勢いで、力なく微笑んでいた。

 ぬ、ぬわわわ。そんな某ボクシング漫画みたいな顔はやめろ!戻ってこい!


 「ア、アルト。気をたしか……」

 「ソラ。見損なった、でしょ?」


 私の言葉は、アルトの声にかき消された。

 弱弱しい声だというのに、その声は、この森の中に大きく響いて聞こえた。

 ソラは困ったように眉を下げている。


 「ごめんね。僕は…すばらしい。ソラが尊敬してくれるような、慕ってくれるような…完璧な兄じゃないんだっ」


 言うや否や、彼はこの場から走り去ってしまった。


 「ア、アルトっ」


 今すぐアルトを追いかけたい衝動にかられる。

 が、ダメだ。私は今動くべきではない。

 アルトはソラだけが自分を追いかけてくることを望んでいるはずだ。ソラも、自分一人で追いかけたいに決まっている。私は我慢した。

 

 1秒…2秒…10秒……60秒………

 はい、しばらくたってもソラがこの場を動きません!

 

 「このっ。ドアホウが!いいから、兄貴を追え!なんで黙って突っ立ってんのよっ!?」

 「うわぁっ。なにするんだよっ!?」


 いいかげんしびれを切らした私は、ソラの背中を蹴り飛ばす。

 蹴られた勢いに身を任せて、さあ行け!アルトを追いかけやがれ!とおらおらソラを蹴るが、彼は私をにらむだけ。おい!


 「あんたバカなの!?私をにらむ暇があるなら、アルトを追え!なに?それとも、アルトのことを見損なったとか、言うつもりじゃないでしょうね!?」

 「そんなわけないだろ!見損なったりなんかしない!追いかけたいよ!…でも、今、おれが追いかけたら、兄様迷惑かも……」


 ソラはしょんぼりと眉を下げる。

 馬鹿野郎!年上系おねえさんにモテる演出なんてしている暇ないんだよ!そういうの今いらないから!

 ギッとソラをにらみつける。


 「こぉのドアホが!いっとくけど、あんた、今。アルトの言葉を肯定している状態だからね!?」

 「は?」


 気が付かなかったならしょうがないわよね。アルトの言葉はわかりづらいし、ソラは天然だからねぇ。

 なんて甘いこと、私は言わない!


 「動かない、止めない、追いかけない=おれ、兄様のこと見損ないました。だ・か・ら!」

 「はぁぁ!?どうしてそんなことにっ。おれは、ただ。今、兄様は一人になりたい時なのかと思って…」

 「お前のバカ兄貴はあんたが思ってる以上に、バカで面倒くさい男なのよ!あんたの驚いた顔見て、あ、嫌われた。人生終わった。とか思うバカなのよ!それくらいあんたのことが大好きなのよっ」

 

 私はソラの手を掴み走り出した。

 ソラだけに任せてはおけない。私も一緒に行ってやる。


 「まだそれほど遠くには行ってないはずっ。身投げする前に止めるわよ!」

 「み、身投げっ!?」

 「なに驚いてんの。あれの生きがい、あんたなのよ。ソラに嫌われたら生きてる意味ないって思考に至り死ぬ。その可能性は90%だからね」

 「は、はあ!?」

 「兄貴の本性知った以上、これくらいのことで驚いちゃいられないわよ」


 走っていると、ようやくアルトの背中が見えた。

 だが、安心はできない。

 なぜなら、彼が今立っている場所は、崖だからだ。

 崖の下は、浅そうな川。落ちたら確実に、死ぬ。

 私とソラの顔がサァーッと青ざめた。


 「はやまっちゃだめ~」

 「兄様、死なないで~っ」

 「うわぁっ!」


 なかばタックルする形で、私とソラはアルトを止めた。そして誤った選択をしないよう、アルトを地面に押し付け動けなくし、その背中に私とソラで乗る。これで容易には動けまい。

 

 「アルト!死んだらダメ!死んだら、やだからっ!」

 「兄様。おれ、見損なったりなんかしてない!完璧じゃなくても、クモが苦手でも、兄様はおれの尊敬する、大好きな兄様なんだよっ!だから、死なないでっ」

 「今の聞いた!?聞いたよね!ソラってばアルトのこと大好きなんだよ!?完璧じゃなくてもあんたのことが大好きなの!だから死のうとしないでっ」

 

 「お願い~っ」と、2人でアルトの背中に抱き付く。

 目を丸くして、ただただ唖然としていたアルトは、少しの間の後で小さく言葉をこぼした。


 「…完璧じゃなくても、いいの?」


 ソラはぶんぶんと首を縦に振る。


 「完璧かなんて、どうでもいいっ。兄様がいてくれれば、それでいいんだっ!」

 「……っ」

 「だから兄様。死なないで。おれを一人にしないで」

 「…うん、2人とも、僕は大丈夫だから。背中から降りて。重い」

 

 たしかに子どもとはいえ2人合わせればそれなりの体重だ。重いだろう。

 私とソラが急いで降りると、アルトはゆっくりと起き上った。

 俯いていて、今彼がどんな顔をしているのか、どんな気持ちなのかわからない。でもきっと、もう大丈夫だ。


 「ね、アルト。わかったでしょ?あんたのクズみたいなブラコンヤンデレも含めて、ソラはあんたのことが大好きなのよっ」


 だから顔上げて笑お~ぜ~と私はアルトと肩を組もうと手を伸ばしたのだが、私の手はムッと頬を膨らませたソラの手によって止められた。なにすんだよ。

 

 「おい、リディア。よくわかんないけど、兄様はクズじゃないぞ!」


 どうやら大好きなお兄様をクズ呼ばわれされたのに激おこらしい。

 なにを言うかと思えば。ハッ。鼻で笑っちゃうよね。

 

 「何言ってんの?こいつ相当のクズよ?」

 「ちがう!クズじゃない!お前、兄様のこと何も知らないくせにクズとか言うな!」


 兄様のこと何も知らないくせにですってぇ?

 ぷふふ。リディアちゃん笑いがとまりませーん。


 「あらーあらあら。残念でしたねぇ。私の方がアルトのこと知ってる自信ありますけどぉ?」

 「なんだとぉ!」

 

 私とソラが火花を散らし、今まさに取っ組み合いの喧嘩が始まる!そう思われたときだった。

 ぎゅっと、小さいけれど大きな体に私たち二人は、抱きすくめられた。

 わわわっ。


 「……死なないよ。おれは、絶対に死なない」


 私たちを抱きしめたのは、アルトだ。

 

 「君たちを残しては、絶対に死なないから安心して。…ありがとう、2人とも」

 

 ぎゅっぎゅっと私たちは強く抱きしめられる。

 苦しい。でもあったかい。私とソラは顔を見合わせ笑った。

 そして私たちもアルトの背中に自分の手をまわそうとし……たところで、なぜか私だけが「…ん?リディア!?」とアルトに突き飛ばされた。


 憐れなリディアちゃん。不意の攻撃に受け身をとることができず、顔面からスライディングで転ぶ。

 スライディングした場所が草原じゃなけりゃ、今頃顔面スプラッターだぞ、おい。


 「ちょ、なんで君まで僕に抱き付こうとしてんの!?」


 よほど怒っているのかアルトはソラを抱きしめながら真っ赤な顔で、ピーチクパーチク叫んでる。

 私の方が怒ってますし、叫びたいんですけどねぇ。


 「いいじゃない!私だって兄弟みたいなものでしょ!ハグに混ぜなさいよ!つーか、突き飛ばしたこと謝れ!」

 「やだ!ダメ!絶対にやだ!」

 「ほぉ~。あくまで自分に非はないから、突き飛ばしたことは謝らないと」

 「いや、それのやだじゃないから!?ハグがっ…」


 こ、ここまで拒否されるとは。

 私はうぐぐと、うなった。


 こうなったら無理やりにでも抱きしめてやろうと思ったのに。こんなに拒絶されたらできないじゃないか。私のガラスのハート粉砕間際なんですけど。

 さすがのソラも同情のまなざしを私に向けて…いや、向けていない。彼は向けていなかった。むしろなぜか警戒した面持ちで見られている!?


 おいおいちょっと待ってくれよ。警戒するべきは今後の己の身とアルトだぞ?私は目でソラに訴えかけるが、ソラの私を見る眼差しは変わらない。冤罪だ!

 いいです。そっちがその気ならいいです。アルトはこれから、絶対に以前とは比にならないくらい物理的にソラをかわいがるだろうけど、私助けてやらないもん。


 「なんだよ。その眼は…」

 「今後、あんたがヤンデレに監禁されても助けないぞって目よ」

 「なにその目!?怖いっ。何を予言してんだよっ!?兄様、もう帰ろ?」

 「そうだね」


 こうして私たちはアルトの自殺を未然に防ぎ、孤児院へと戻るため森の中を歩き始めたのであった。ちなみに私はアルトとソラのバカップルに早速置いてけぼりを食らった。泣いてもいいですか?



////////☆


 「あ。勘違いしていたみたいだから訂正するけど。別に僕は死のうとしてないからね」


 帰り道。歩いている中、アルトはおもむろに言った。


 「……はい?」

 「おい。リディア」

 「いや、待って待って、ソラそんな目で見ないでっ。え?じゃあどうして、あんな崖に?」

 

 するとアルトは困ったように目を伏せた。


 「あの崖に、きれいな花があったから…」


 そして少しの間を置いて、小さな声で「リディアにあげようと思って」と彼は言った。

 ……はい?

 

 「なぜに?」

 「べ、別に大した理由はないよ。…日頃の感謝と、これからよろしくお願いしますの意味を込めて」

 

 全く持って意味が分からない。ソラもわからないようで首をかしげている。

 そんな私たちを、というか私を見てアルトは不満そうに頬を膨らませた。

 

 「……察しが悪いな。以前君が僕に言った言葉を忘れたの?あんたが完璧でなくても嫌いにはならない。って言ったでしょ。まさかほんとに忘れたの?」

 「忘れてないわよ」


 でもそれがどうして、花を私にあげる話に繋がる?

 怪訝に顔をゆがませる私を見てアルトはさらに頬を膨らませた。

 どうせ察し悪すぎとか思ってんだろ。すいませんねー。


 「さっさと話しなさいよ」

 「それが人にものを頼む態度?まあいいけど。…ソラに嫌われた以上、もう僕に生きる意味はない。でもせっかくこの世に生を受けたんだから、死ぬのはもったいない。走りながら、僕はそう思っていたんだ」


 どうやら彼は最初から自殺する気はなかったようだ。

 ソラの視線が痛い。

 おかしいな。ソラルートでアルトが「ソラの一番が僕じゃない世界なんて、大嫌いだ!」って言って自殺するシーンがあったから、絶対死ぬつもりだと思ったんだけど。うーん、まあいいか。


 「僕はリディアに嫌われないことは確実だから、これからはリディアのバカを観賞しながら生きるのも悪くはないかなって思ったんだよ」


 おい。リディアのバカってなんだよ。

 リディアちゃん眉間にしわよりまくりなんですけど。まあ、いいさ。それはいったん置いておこう。


 「……言いたいことは山ほどある。でも、まず1つだけ言うよ。あんた、それ、私にプロポーズしてるみたいになってるけど大丈夫?ソラ、青ざめてるよ」


 そう。ソラは、アルトの言葉を聞いて、人生の終わりかのような顔で青ざめていたのだ。そんなソラとは対照的に、アルトの顔は真っ赤に染まる。


 「は!?プロポ…!?そんなわけないでしょっ!」

 「いや私だってわかってるから。そんな必死に否定しなくても」

 「兄様。ほんとうの、ほんとうに、そんなわけないよね!?絶対だよね!?」

 

 ソラが真っ青な顔でアルトにつめより、アルトは真っ赤な顔で私に訴えかけ、私はあきれ顔。でもこの騒がしい感じ、嫌いじゃない。

 そんなことを思っていたときだった。


 「ソラくぅ~ん」


 その声の主を見て、私たちは青ざめた。


 声の主、それはルルちゃんだった。

 それは問題ない。

 あー、ルルちゃん。ソラを追ってきたのね~。くらいにしか思わない。

 問題は別にあった。

 前方からこちらへと走ってくる彼女、ルルちゃんの頭の上には、


 クモが二匹ものっかっていたのだ。


 私とソラは、とっさにアルトを見た。

 彼は青い顔でわなわなと震えていて、そして……

 

 「うわぁ……」

 「うわーはっはっはー!」

 

 考えるよりも先に体が動いていた。


 アルトが叫びかけた直後に私は彼の顔面に向かって抱き付いた。ふ、ふふふ。これでどうだ!顔面を幼児体型でホールドすることで、アルトが叫ぶのを防いだのだ!

 アルトは硬直して今も震えているが、私が抱き付くことでクモの姿を見ることはない。見えない以上、もう叫ぶ恐れもない。ふっ。私天才☆

 ただね、最初の叫び声だけは、私の声では隠し切れなかった。


 もしかしてアルトの叫び声、聞こえていなかったりして?と一縷の望みをかけてルルちゃんを見る。が、彼女はポカンと口を開けてアルトを見ていた。はい、完璧に聞かれましたね。


 こ、こうなればっ、やけだ!

 私はギュッとアルトを抱きしめた。


 「も、もぉー。ひどいじゃないアルトー。友達の私が抱き付いただけで叫ぶなんてー。いくら女の子が苦手だからって、ひどいよぉー」

 

 アルトが叫んだのは、女が苦手だから。これ、決まり。今日からアルトは女が苦手です!クモが苦手だとばれるよりはまだいいだろ!?


 言いながら私はソラに目で呼びかける。

 『空気読め』と。

 するとソラは察してくれたらしい。うなずいた。

 うん。ソラ大好き!


 「いやー、ごめんね、アルト。ルルちゃんも驚かせちゃってごっめーん。私ときおり、無性に人に抱き付くなる、抱き付き病にかかっててさぁ~。アハハハー」

 「に、兄様!こっち!抱き付き病のリディアから逃げよ!」

 

 アルトの震えは止まっている。落ち着いてきたようだ。

 ソラはアルトの手を引いて、ルルちゃん(クモ2匹)から逃げようとしている。

 のだが…なーぜかアルトが私にぎゅっとだきついて離れないのよねぇ。


 え。クモがそんなに怖かったの?なぜ愛しのソラがアルトに呼びかけてるのに私に抱き付く?


 あぁ~。もうっ。

 私はドンッとアルトをつきとばすと、ルルちゃんに抱き付いた。


 「きゃあっ」

 「あ。今度は急にルルちゃんに抱き付きたくなったぁ。ごめんね、ルルちゃん!これ、抱き付き病のせいだから!ハハハ!」

 

 大丈夫。さきほどのアルトと同じく、ルルちゃんの顔面に幼児体型を押し付けているから、私の紺色ワンピース以外彼女の目にはなにも映っていない。


 早く行け。と、私はソラに目で訴える。

 彼は力強く、うなずいた。


 「兄様!今のうち!こっちに行こう!ルル、リディアを頼んだぞ!」

 「ちょっ、ソラくん!?」

 「リディア……」


 こうしてソラとアルトはこの場から去っていった。

 去り際、アルトが捨てられた子犬みたいな目で私を見てたんだけど。突き飛ばしたからかな?心が傷ついたってこと?よくわかんないけど。

 まああのあと神父様にルルちゃんを怖がらせたって怒られて、私の心の方も傷ついたので、それでチャラにしていただきたいよ。

 まあアルトのクモ3連発の心の傷に比べたら、チャラにはできないのかもしれないけどね。


 あーあ。それにしても失敗したなと私はため息。なんだかんだでけっこううまくいったように思えた今日の出来事。だけど一個だけ失敗してしまったことがあったのだ。

 それはアルトの女子苦手説をつくってしまったこと。


 あのあとルルちゃんの手によって、アルトは女の子が苦手だという話はあっという間に広まってしまった。女子たちはアルトを眺めてぽっとするだけで、話しかけることはほぼなくなった。


 これではアルトの友達作りが、より一層難航してしまう。

 なぜならこの孤児院は、男子よりも女子のほうが断然多いからだ。

 限られた男の子たちの中から、アルトの友だちを見つける。それはかなり、むずかしい。それならまだイケメンに恋したい年頃の女の子たちのやる気を、友情に転換するほうが簡単だった。数もあるしね。

 

 どうしよう。やっぱり私がどうにか頑張ってアルトと友達になるしかないのかな。うーむ。悩むリディアちゃんは決めました。

 今夜はアルトの愚痴を聞く日じゃないし、徹夜で今後のことについて考えよ~ってね。





 なんてことを思いながらも、気がついたらぐっすりと眠っていた私。

 そんな私は……


 「リディア、リディア…起きて」

 「うへ?」


 むすっと頬を膨らませたアルトに起こされた。

 なんすか?てか今日はアルトのむすっと顔ばっかり見ている気がする。




 「今日はいったいなんの愚痴~?」


 あくびまじりの私が現在いる場所は、いつものあの森だ。

 なんの愚痴を聞かされるのやら。まあ聞いてはみたものの、大方の予想はつくよ。

 僕の本性がクズだとかソラに吹き込みやがって~、とか。あの女(ルルちゃん)がやってきたせいで、うんたらかんたら~とかでしょ?あと普通にソラの自慢話ね。


 私は得意げにアルトを見る。

 が、鼻で笑われた。このやろっ。


 「今日は愚痴を聞いてもらうために呼んだんじゃないよ」

 「え、そうなの?」

 

 彼はうなずくとズボンのポケットをがさごそとあさりはじめた。

 そしてポケットから出した何かを私に差し出す。


 「リディア、はい」

 「はいって?」


 私が首を傾げていると、無理やり差し出した何かを握らされた。

 握った瞬間、手の中にひんやりとした心地よい冷たさがひろがる。


 「見て」

 「うん?」


 促されるまま見た私はそれに目を奪われた。

 アルトが私に握らせたそれは、アルトの瞳の色と同じ、淡い紫色の石がついたネックレスだった。


 「わぁ。キレイだね」

 「守り石っていうんだ。困ったときに助けてくれる石。…父が僕にくれたものだから、効果は確かだと思う」

 

 王様がアルトにくれた石か。それなら効果がありあそうだ。

 ていうか王様からの贈り物ってことは、けっこう大事なものなんじゃないの!?ウン百万円くらいしそうな……ゾッ。

 私が青ざめたのは言わずともわかるだろう。


 「見せてくれてありがとう」


 私はすみやかにアルトにネックレスを返した。返そうとした。

 ええ、返そうとしたんですけどね、アルトが受け取らないんです。うん、どうして?

 私を困らせて楽しいのかアルトはケタケタと笑っている。おい、こら。


 「それ、君にあげる」


 新種の嫌がらせか?と思っていたらまさかのプレゼント!?

 鳩が豆鉄砲を食ったようなってよく言うけど、きっと私は今そんな顔をしている。


 「うん。ふつうに貰えないんだけど?」

 「どうして?」


 どうして?

 聞き返されるとは思ってなかった。


 「いや、どうしてって。これ、お…お父さんからアルトへの贈り物でしょ?」


 だから貰えないよと私はアルトにネックレスをつきかえすが、つきかえされた。

 

 「君に持っていてほしい」


 その顔はしごく真面目で…

 私、困っちゃうよ。


 「いや、でも…」

 「リディアに持っていてほしいんだ」


 うぅ。なんか、そこまで言われたら、断りきれない。


 「わかった。そんなに言うならもらうよ。ありがとう」

 「うん」


 ようやくおれた私の様子を見て、アルトは満足そうに笑った。

 そんなに嬉しそうな顔しないでよ。私どんな反応すればいいのさ。だってこういうのは普通大切な人にあげるんじゃないの?ソラとかさ?

 それともソラはもう持ってるから私にくれたのだろうか。それにしたってなぜ私?あんた、私のこと嫌いでしょ?

 もう私の頭の中は疑問符まみれだ。


 「つけてあげる」

 

 わたわたしていたらアルトがひょいっと私からネックレスを奪ってしまう。そして流れるような動きで私にネックレスをつけた。これだからできる男はよ!ちょっと照れるだろ!

 ちなみにこのネックレス。大人用だったらしく幼い私にはでかくて、しかもどことなく高貴な気配がするから服に着られるならぬネックレスに着けられている状態でして。ようするに…


 「み、身の丈にあってない気がする!」


 胸元でキラキラ輝くネックレスに震える私を見て、アルトは不思議そうに首をかしげた。


 「そう?別にそんなことないと思うけど。まあ、君が成長したら、その石の色がよりいっそう似合う女性になっていることは、断言できるよ。君、顔だけはいいからね」

 「性格もすこぶるいいわ」

 「う、いや。そういうつもりで言ったんじゃなくて…」


 慌てるアルトがおもしろくて、ムカついた気持ちはどっかへ消えた。

 アルトが慌てるなんてめずらしいこともあるんだね。ぷふふ~。


 「もしかして、ネックレスつけたかわいい私に見とれちゃった?」

 「なっ…」


 かわいいと思ったんでしょ!思ったんでしょ~とアルトをつんつんつつけば、彼はムスッと口をとがらせた。おほほ、もうそろそろやめとこ。頬をつねられるのはごめんだ。

 …そんなことを思っていたから、その言葉は不意打ちだった。


 「…思ったよ。似合ってる」

 「え…」

 

 ふてくされたように言ったアルトの顔は夜でもわかるくらいに赤かった。

 からかっているような声色じゃなかったから、さっきの言葉はアルトの本心なんだと思う。てことは、今顔が赤いのは照れてるいるから?

 気づいた瞬間、全身がそわっとした。ちょっとこれはやばい。な、なんかこっちまで照れ…


 「あ。そのネックレス。他の子には、内緒だよ。見せちゃだめだから、服の中に隠しておいてよね。でもはずしちゃだめだからね!わかった?」

 「……。」

 

 だけど照れる前に注文の多さに頭がパンクした。なんだって?

 つーか、え。これ…わけありのネックレスじゃないよね?肌身離さず持ってないと呪われるとか?ないよね!?


 一瞬アルトを疑うが、真っ赤な顔で一生懸命に言い続ける彼が嘘をついているようには思えない。うーん。この石、キレイだし。せっかくのプレゼントだし、肌身離さずもっていてやるか。

 私はうなずいた。

 ちなみに呪いのネックレス疑惑で、先ほどまで何を考えていたかは忘れた。全身がそわっとしたのは覚えているんだけど…あ、思い出した。


 「……ネックレス、ありがとう。うれしい」


 そうだ。アルトにお礼を言うのを忘れていた。

 礼を言えばアルトはなぜか、ツンとそっぽをむいた。なぜー?


 「でもお父さんがくれたものを私に渡しちゃって大丈夫なの?」

 「大丈夫。僕にはもう、守り石なんてものは必要ないから」

 「そうなの?」

 「…うん。石なんかなくても、守ってくれる人に出会えたから」

 「へー?よかったね」


 そっぽを向いていたはずなのに気が付けば、アルトは私を見て恥ずかしそうに、でも幸せそうに笑っていた。

 うん。かわいい。将来有望なだけあって、ほんとうにかわいいイケメンだ。

 でもどうして私、彼に笑いかけられてるんだろう?昨日っていうか今日も、にらまれてたよね?どういう心境の変化?

 私はさらに怪訝に首を傾げるが、アルトはそんな私を見てさらに目を細める。


 「ねぇ、リディア。今日は月がきれいですね」

 「いや、曇ってるけど?」


 私は本気でアルトが心配だ。

 私がはじめて本当のアルトと出会ったときと同じように、今日の夜空は分厚い雲に覆い隠されて何も見えない。なのに月がきれいとか、幻覚見てる?熱でもあるの?

 

 結論。

 今日のアルトはちょっとおかしい。

 だってアルトは今も楽しそうに笑っているんだもの。

 

 「アハハ。僕ってばどうしてこんなへんてこな人間を好きになってしまったんだろう。ほんとうにおもしろいなぁ」

 「本人目の前にしてへんてこって喧嘩売ってんのか?」

 「あれ?そっちに反応する?」

 「…ん?ああ。私もブラコンで愛が重たい頑張り屋のアルトのこと好きだよ。やっと友達として認めてくれてうれしい!」


 私のこと好きってことは友達として認めてくれたってことでしょ!やったね!アルトの友達の座をゲットした私はもう、アルトの悪役さよなら計画を成功させたといっても過言ではない!つまり運命を変えたとも言えるのだ!


 「ってちょっと、急に笑い出してどうしたのよ?」


 やったやった~とその場で踊りだそうとしていた私を見て、アルトが腹を抱えて笑い出したのだ。びっくりして踊り止めちゃったじゃん。


 「あはは。うん、やっぱり僕はリディアが好きだなぁと思って」

 「はあ?」

 「いいよ。うん、今はまだ友達のままでいい。仕方ないね、今までの僕の態度が態度だったし…」

 「……?」

 

 ボソッとアルトはつぶやいたあとで、私に対して手を伸ばしてきた。


 「握手しよう。改めてこれからよろしくね」

 「なるほど!よろしくね!」


 握り返したアルトの手は緊張でもしているのか、意外にもしっとりとしめっていた。もしかして具合悪い?と思ってアルトを見ると彼は握手をしていない方の手で顔を押さえていた。おい、どうした。大丈夫か?


 「…はぁ、今日が夜でよかった」

 「よ、よかったね?」


 よくわからないけど、ヒロインは悪役と友人になることができました。

 あと、アルト。耳が真っ赤だけど大丈夫か?

 夜だけどしっかり顔色は見えますよ?




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