79.奇襲
今までで一番大きな揺れだった。
「ふ、ふがぁああ!?なに?なに?」
「ヒメ!」
ギルたちの海洋軍船がやってきたときとは比にならない大きな揺れ。
ノンレム睡眠中だった私は飛び起きた。私の隣のベッドで寝ていたアイもすぐに目覚めた。
揺れは続く。安定しない船内。アイが私を守るように抱きしめる。私も眠り魔法で今も夢の中なエルを抱きしめた。が、こんな状況で眠られては困るし腹立つので叩きまくって起こした。やばい状況なんだから魔法打ち破ってでも起きろやァ!
「っいっでぇな、馬鹿リディア!ち、近い、この馬鹿!?なに抱き付いて」
「うるさいエル!寝ぼけてないで目を覚まして!しっかりして!今、ダンデライオン号がやばいかもしれないの!」
「……悪い、取り乱した。すごい揺れだな」
すぐに平常に戻ってくれたエルに感謝だ。
だけど感謝したところで揺れは治まらない。原因の分からない状況は続く。
そんな中、異変に気付いたのはエルだった。
「…おい待て。なんでだ。おれたちの部屋、遮音魔法がかけられているぞ」
「え?な、なにそれ!?」
エルは私の問いには答えずぶつぶつとなにかをつぶやき始める。
エルやアイなどの普通の魔法が使える人に触れている現在、私にもフェアリー型の精霊の姿が見える。
エルの言葉――魔法に反応して、花やら虫やらの形をした精霊がチカチカと夕日色に点滅した。そして光の粒となってはじけた。
その瞬間、
「くっそ!ブラッド海賊団め、なんで俺達の居場所がわかって!」
「ひぃっ。天才美少女ヒロイン様!ああ、どうしよう。扉が開かない。びくともしない~っ!せめてお声だけでも聞かせてください!ご無事ですか!」
「海洋軍船からの助力は期待するな!あっちも突然の襲撃に対処しきれていない!自分たちのことだけで手一杯だ!」
「トラムからの伝言だ!俺達は俺達で対処する!一番大事なのは命だ!戦線離脱を最優先として各々行動しろ!」
「天才美少女ヒロイン様ぁ~っ!ご無事ですか!?」
音が戻った。
部屋の外から聞こえるダンデライオン号のみんなの焦った声、大砲の音、止み終わることのない足音、ユーガの声。
唇を噛む。
どうして気づかなかったのか。いや違う。エルが言っていたじゃないか。遮音魔法で私たちは外の音と切り離されていたのだ。
「なんで…」
「なんでもくそもねーよ。ブラッド海賊団の中に魔法使いがいる。しかもそいつはおれたちが魔法を使えると知っている。だから遮音魔法をこの部屋にかけて、おれたちが外の状況に気づけないようにした」
「…してやられたわね」
「おまけにご丁寧に部屋に結界まで張ってくれて。おれたちをここから出さないつもりだ」エルが吐き捨てるように言った。エルの言葉は真実だった。念のために扉を開けてみようとドアノブに触れれば、バチッと黒い閃光が走って手が跳ね返された。
外――ユーガ側からも私たちの部屋の扉を開けることはできないのだろう。ユーガは私たちの部屋の扉が開かないと言っていた。喧噪が激しくてうまく聞き取れないが、たぶん今もユーガは扉の前でひぃひぃ言っているに違いない。
「エル、アイ。あんたたち結界破れるよね?」
「破れなきゃ困るだろ」
「クラウスからこんなときに備えての魔法を教わっているので心配ありません!」
頼もしい言葉に私がうなずけば、2人は結界を破るための魔力を練り始めた。
光魔法しか使えない私には魔法関連で今できることはない。だからそれ以外のことをする。
「ユーガ!私の声聞こえる!?」
扉の向こうに向かって声をかければ「ひぃっ」のお返事が聞こえた
「て、天才美少女ヒロイン様!よかった!無事だったんですね!」
「私たちの部屋、遮音魔法がかけられていて異変に気づけなかったの。心配かけてごめん!部屋には結界が張られているから今からそれを破ってそっちに行く!危ないからユーガは部屋から離れてて!」
「ひぃっえ!?え?遮音魔…結界?」
「いいから部屋から離れて!」
「は、はいっ!」
ユーガから返事を聞けた直後だった。
ムファッとした熱気を肌に感じて振り返る。
「リディア邪魔だ。どけ」
「ヒメ、俺の後ろに」
そこにはバズーカ砲を持ったエルがいた。
「……なんかイメージと違うんだけど」
私がこう言ってしまったのも無理はないと思う。
だってほんとうにユーガと話している間背中に感じる熱気がすごかったのだ。これはすごい炎魔法が来るなと思うではないか!
そしたらバズーカってさぁ。
まあバズーカ砲の筒の中では赤やら青やら黒やらの炎がメラメラに揺れているのが見えるので威力はでかいのだろうなとは思うけど、なんか、こうさ、もっとかっこいい魔法で結界を破ると思っていたので落胆したのだ。
「馬鹿リディアなんだその顔は!こいつは国一つ亡ぼすほどの威力をもってんだからな!創るのはすごく大変だし魔力もそれなりに食うんだぞ!?」
「ヒメ!俺がこのバズーカ砲を作ったのですよ!俺の精密な記憶能力があってこそ完成した魔法なんです!褒めてください!このガキは俺の創ったバズーカ砲に炎魔法を込めただけです!」
「あ?調子にのんなよ。バズーカ砲つくるので精一杯のお前の代わりに俺が火薬を込めたからこの魔法は完成したわけで…」
「わかった。すごいのはわかった。2人のことを尊敬する。適当に言っているとかじゃなくて本当に尊敬する。けどさっさと結界破ってほしいのッ!」
船はまだ激しく揺れているし外の喧騒もおさまらない。結界を破る魔法を作ってくれたことには感謝だが、こんなときに喧嘩をするな馬鹿ども!
ほら、私はアイの後ろに移動した。魔法を打って大丈夫だよ!そんな気持ちを込めてエルの背中を叩けば、
「チッ。あとで殴るぞリディアぁあああ!」
不穏な言葉と同時にエルが魔法バズーカ砲を発射。
すさまじい熱気と火薬のような臭いが部屋中に広がったかと思うと、
ドゴォンッ
大きな音を立てて結界が崩壊した…というか部屋の扉がぶっとんだ。
なんだなんだという野太い声が聞こえ始め、ダンデライオン号のみんなが私たちの部屋を覗き込んでくる。ちなみに「ひぃっ」というユーガの声はちゃんと聞こえたので、彼は魔法に巻き込まれることはなかったようだ。ほっとした。
だけど安心してはいられない。
「エル、アイ、ありがと!でもっておじさんたち!今外はどういう状況なの!?」
立ち止まっている時間はない。
トラムがいる場所に案内してもらいながら私は現状を問う。
「奇襲をかけられてトラムたちがブラッド海賊団と応戦している。海洋軍船も同じ状況だ。だけど安心してくれヒメさん!数では俺たちのほうが圧倒的に負けてるが、単体での強さは俺達の方が上だ!負けちゃいねぇぜ!」
「こっちが押されているわけでも、逆に相手を押しているわけでもないってことね」
「おうよ!」
「そう……」
違和感を感じた。
それは私だけではなかったようだ。エルも眉間にしわを寄せている。
ダンデライオン号のみんなは自分たちは強いから数の差なんて関係ないと言うが、私はそうは思わない。
相手はトラムに冬の国の闇と言わせたブラッド海賊団だ。王子であるギル自らが動くほどのやつらだ。
みんながいかに強かろうと、ブラッド海賊団は闇の世界を生きる海賊団としてその名をはせてきただけの実力はある。そんなやつらと数で劣る私たちが均衡状態を保っていられるとはとうてい思えない。
それに向こうには師匠の弟子である私たちに対し外の異変を気づかせないほどの遮音魔法をかけ、さらに固い結界を張った――実力のある魔法使いがいるのだ。
なぜ魔法を使って攻撃してこない?
せっかく魔法という武器を持っているのに、そこをなぜあえて生身の身体で戦う?戦えば怪我を負う、一歩間違えれば死ぬ。そんなリスクを冒して、なんの意味がある?
幸いなことに私たちダンデライオン号からは死者は出ていない。だからまあいいのだが。
「……まさか」
「ヒメ?」
「ヒメさん?」
突然つぶやいた私をアイたちは心配そうに見るが、大丈夫だよ、安心してだなんて言えない。だって大丈夫じゃないかもしれないから。
嫌な予想が頭をよぎったのだ。
トラムの元へ向かう私たちの横を今まで数多くの負傷者が通り過ぎて行った。
そんな負傷者のみんなは見た限りでは命を脅かされるようなケガはしていなかった。
そこに疑問を抱いた。
生きるか死ぬかのやり取りの中で、百歩譲って死人は出ないと考えて、だけど重傷者が出ないなんてことあり得るのか?現実的に考えて、あり得ない。
「エル…これは」
「「陽動だ」」
エルときれいに言葉が重なって舌打ちをする。エルも眉間にしわを寄せ自身の黒銀色の髪をくしゃりとかき上げる。
一方で私たちの言葉が聞こえたであろうダンデライオン号のみんなは、ざわめきその顔を混乱に歪めさせていた。
慌てる時間も混乱する時間もない。
「トラムのところに急いで案内して!」
「お、おう!」
「エル。ブラッド海賊団はなにを企んでると思う?」
駆け足でトラムの元へ向かいながらエルに問えば、彼は首を横に振る。
「わからねぇ。だけど向こうに魔法使いがいるってのが嫌だ」
「そうだよね。船ごと破壊できるような大魔法で攻撃されたら、私たちひとたまりもないもんね……は?うそ…」
何気なく口からこぼれた言葉だった。
けど、私もエルも青ざめ足を止めてしまう。
パズルのピースが重なる。
結界に閉じ込められていた私たちは結界を破るために大きな魔法を創った。体感的には早く感じたけれどあの魔法を創るには時間は割とかかった。大きな魔法を創るにはそれなりの時間がかかるのだ。
一方で私たち魔法使い組が足止めされている間、ブラッド海賊団は仲間に魔法使いがいるにも関わらず魔法に頼らず自分たちの力で戦い均衡状態を保っていた…というふうに見せかけていた。
これは陽動。
時間稼ぎだ。
魔法使いが大きな魔法を完成させるまでの。
頭から冷水をかけられたような気分だった。
だけど立ち止まっている暇はない。時間はない。動け!
「戦い始めてどれくらいの時間が経過したの!?」
「っえっと、15分だ!」
「エル!」
「…魔法がもう完成していてもおかしくはない時間だ。っくそ。結界を張る!船員全員を一か所に集めろ!」
「お、おれたち…この人数を一か所にはさすがにっ」
「広範囲の結界を張ればその分威力が弱まっちまうんだよ!死にたいってんならどこへでも好きなところへ行け!あと先に言っておく!結界魔法はおれの管轄外だ!はっきりいって不得意の部類に入る!相手の魔法が発動する前にこの場から離脱できるのならそうしたい!」
「ヒメ!でしたら操縦室に皆を集めましょう。退路の確保と結界の展開、両方可能です」
「そうしよう!あんたたち、今の話聞いてたわね!」
問えば周囲から「「「「「おうよーーーー!!!!!」」」」」と野太い返事が聞こえた。
鼓膜が破れそうだが耳を労わる時間は僅かにもない。
私は操縦室に向かうエルとアイを呼び止めた。
「エル、結界頼んだわよ。アイ、あんたはエルの補助をお願い」
「…おい待て。お前も一緒におれたちと来るんだよな」
エルは不可解なことを言う。
「行かないわよ。私はトラムとギルたちにこのことを伝える」
「ヒメ、それはなりません!」
「そんなことして間に合わなかったらどうする!?」
2人の心配はごもっともだが私には切り札がある。
安心してよねと私は胸を張った。
「私の身体には師匠の結界が張ってあるの。だから大丈夫。それに敵の魔法が発動する前に操縦室に行くようにするから。信じて、私を」
師匠の結界はかなり大きな威力を持っていたようだ。2人の私を止めようという勢いが弱まった。
…たぶん師匠の結界が張ってあるって言わなくてよかった。ハハハ。
「さ!時間がないんだ!2人ともみんなのことは任せたよ!」
急かすように操縦室の方向へと背中を押せば、エルもアイも眉間にしわを寄せながらだがうなずいてくれた。
「リディア、無茶するなよ!クラウスの結界があるからって絶対に安全ってわけじゃないんだからなッ!」
「ヒメ、絶対に戻ってきてください」
「死亡フラグっぽいから2人ともさっさと行って!ちゃんと戻ってくるから!」
こうして私たちは別れたのであった。
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トラムの元へはすぐにたどり着いた。
甲板で指揮を執りつつ自分も戦うトラムの元へと走る。ヒメの服のままだから外は寒いはずなのになぜか私は寒さを感じなかった。怪訝に思いながらもトラムの元へ急ぐ私に彼はすぐに気が付いた。
「ヒメ!よかったぜ。殿下とは連絡が取れなくてよ、なんでも部屋に結界が張ら…」
「トラムその話は後にして!みんなを急いで操縦室に連れて行って!」
私の鬼気迫る様子を見てトラムは真顔になり、しかしすぐに大声を張り上げた。
「野郎ども!ここは俺に任せて操縦室に退避!行けぇえええ!」
トラムの陽気ではない真剣な声色にダンデライオン号のみんなはなにかを感じ取ったようだ。敵に背を向けることにも臆せず、急いで操縦室へと走る。
「ギル…海洋軍船に連絡を入れて!即刻退避、それが無理ならダンデライオン号の操縦室に来るように!伝えて!」
私も叫べばみんなは走りながらうなずいた。これでひとまずは安心だ。
みんなを追いかけようとする海賊たちはトラムが切り捨て、私も痺れ薬や眠り薬を投げてトラムをサポートした。
「ヒメ~、あんたほんと何者だ?普通のお嬢さんなら震えて動けなくなっているところだぜ?」
トラムが楽しそうに笑う。
「あいにく私は普通のお嬢さんじゃないのよ。トラムが泣いて逃げだすような修羅だってくぐりぬけてきたんだから。こんなのへでもないわ」
なーんて私の口はマザーと対峙したときと同じように勝手に言葉をつむぐ。
私は確かにこれまで幾度も修羅をくぐりぬけてきた。けど、トラムが泣いて逃げだすような修羅をくぐってきた覚えはない。ハハハ。
じわりと熱を持ち始める守り石を握りながら「そんなことよりも」と背中合わせのトラムに話しかける。
「船の上にいた海賊の数、減ってると思わない?」
「ハハッ。思う~」
私とトラムが現在対峙する海賊は3人。その他にいるのは4名のみ。だけどこの4名、ちょっとつつけば海に落ちるような場所に立っている。もっというなら、海に落ちて泳いでブラッド海賊団の海賊船にすぐに乗り込めるような距離にいる。
「せっかくのチャンスだったのに。みんなが操縦室に向かって走りだしたときも追いかける人少なかったもんね~」
「これは確実に退却をはじめているな~」
トラムも私やエルと同様に違和感を感じていたのだろう。喜んでいいのかわからないけれど話が通じまくる。
そうして海賊3人を一気に切り捨てたころにはもうダンデライオン号には海賊は一人もいなかった。
「あ~もうっ。動いたせいか体が暑い!ていうかトラム!あんたもさっさと操縦室に向かいなさいよ!」
ダンデライオン号の誰かが連絡を入れてくれたのだろう。海洋軍船はこの場から離れようと動き始めていた。
ほっと胸をなでおろしたところで、私は私と一緒に操縦室ではなく甲板にいる男の存在に気がついた。このままじゃトラム魔法に巻き込まれて死ぬじゃん!私は慌てて彼の背中を押し操縦室へと急かす。
だけどトラムは首を横に振って動こうとしない。
「ヒメ、タイムリミットが来ちまったみたいだぜ」
トラムが空を指さした。
そういえば、とこんなときだが疑問に思う。
今の時刻は深夜。暗闇にまだ目が慣れていないはずの私は、トラムの顔はおろかブラッド海賊団のやつらの顔さえ見えなかったはずなのに、なぜか全員の顔否ここら一帯、今は遠くに行ってしまった海洋軍船の姿までもが鮮明に見えていた。
まるで日中のように。なぜ?
その答えはすぐにわかった。
トラムの指さす空を見上げて、頭が真っ白になった。
「……嘘でしょ」
どうしていままで気が付かなかったのだろう。
気が付けないように魔法がかけられていた?
いや、いまはそんなことどうでもいい。
ダンデライオン号の…いや、海洋軍船、ブラッド海賊団の海賊船よりも遥か上空にそれはあった。
「真冬だってのに。どうりで熱いはずだよ」
巨大な火の玉だ。
ダンデライオン号も海洋軍船もすべてを飲み込むくらい大きな火の玉が空に浮かんでいた。
いやはたしてこれを火の玉と言っていいのだろうか。
『火の玉とかリディアは相変わらずネーミングセンスがないのぉ。太陽と言ったほうがかっこよくな~い?』
こんな切羽詰った状況だってのに太陽神様はのんきな声で私に語り掛ける。
いつもだったら腹立ってるところだ。うるさいとか、どうでもいいでしょとか、太陽神様より太陽っぽいよねとか言っているに違いない。
だけど今の私はその言葉にうなずくことしかできなかった。
それはまさしく太陽だった。
私たちの身体を。船を。海すらも焼き尽くすような太陽だ。
そしてその太陽を作り出している人物を見て私は目を見開く。
「……鳥」
黒いローブに身を包んだ、赤い鳥の仮面。身長は以前会ったときよりもずっとずっと伸びていて。
そこにいたのは、いつの日か春の国で出会った鳥の仮面の人だった。




