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78.涙


 

 「というわけで、詳しいことは明かせませんが一刻の猶予も許されない状況なのです。なので、善良なる()()()()の皆様が、急なことながら我々との協力に応じてくれたこと心より感謝いたします」

 「いいってことよ。()()()()の身ではあるが、俺達もあいつら潰す予定だったし。微力ながら力を貸すぜ。な、ヒメさん」

 「そうそう。王族、騎士団、海洋軍とかに追われたこと、まして捜索されたことなんて一度もない超()()()()の私たちだけど、困ったときには助けあわないとね」


 私たちはうなずき3人で握手を交わす。ちなみに私の手は汗でびっしょり。だって目の前にギルがいますからね。そんなギルと握手しちゃってますからね。ハハハ。


 「では決行は明日、正午。やつらが顧客と取引を始めたタイミングで、海賊船を包囲し退路を遮断。そのまま乗り込み、囚われている人々の保護と商品の回収、海賊船員全員の捕縛。これで間違いありませんか」

 「おっけーおっけー。間違いねーぜ」

 「右に同じ~」

 「それでは私は失礼します。用がありましたら海洋軍船をお尋ねください。我々の船はあなたたちの隣に停泊させておくので。行くぞ、ミルク」

 「はーい」


 ギルはミルクを連れて会議室を出て行った。

 


 「……死ぬかと思った」


 

 扉が閉まった瞬間私はテーブルに突っ伏した。

 私がひーひー言っているのを見てトラムは楽しそうに笑う。


 「いやぁ。まさかヒメさんが、殿下と知り合いだったとはな~。にしては殿下のやつヒメに全く気付かなかったな」

 「そりゃ変装してるもの。ていうかバレたら困るから気づかなくていいの!」

 

 私は目を吊り上げてトラムに噛み付く。が、実を言うと怒りの感情はあまりない。

 だって怒りよりも今はギルの成長した姿への感動が勝っているから!

 

 しみじみとうなずきながら思い出すのは5時間前のこと(代表者での会議はそれなりの時間を有しました。おかげでもう夜中です。おなかすいた)。

 トラムがギルを連れて私の部屋の前で、コンコンッココンッ「ヒメぇ、ドアを開けてぇ~。一緒に会議しよぉ~っ!」と嫌がらせをしてきたときのことだ。



//////☆

 

 5時間前。

 トラムに部屋から出て来いと言われた私はヒメの衣装に身を包み扉を開けた。

 

 私のその姿を最初に目にしたのはトラムだ。

 彼が私を見てあんぐりと口を開けたのは一瞬のこと。すぐに吹き出しやがった。


 「ヒ、ヒメ、その服似合ってるぞ。ハハッ。でもいくらなんでもそれじゃ寒いだろ。どうした?気でも狂ったか?」


 ずいぶんな言われようである。

 それに普通服が似合っていたら爆笑しない。見え見えの嘘はやめろ。

 リディアちゃんの怒りメーターは急上昇しました。だけどすぐに下がりました。

 

 なぜって私を見るギルの存在に気が付いたから。


 やわらかな水色の髪に琥珀色の瞳。私よりも身長は高くなってしまったけれど、かわいらしい顔は変わらない。

 そんなギルは大きな瞳を見開いて私を上から下まで見ていた。嫌なドキドキが止まらない。

 

 バレるな!という気持ち半分。

 恥ずかしいから見ないでくれ!という気持ち半分。

 足して2で割ってイコールでリディアちゃんは泣きそうです。


 「……トラムさんの協力者さんは随分と個性的な趣味をお持ちのようですね」

 

 そうして絞り出されたギルの言葉!

 私がリディアだということには気づいていないようだが、私は心に癒えない傷を負ったのであった。


 ちなみにギルの後ろにはミルクが控えていて、私を見て「きゃー!かわいい!お姫様みたい!」とかわいらしくジャンプしていた。昔よりも伸びたツインテールがぴょこぴょこ跳ねてかわいい。

 ありがとうミルク。私のかわいい妹よ。

 そして私の正体に気づかないでくれてありがとう。


 「というわけで、トラムおやすみ!」

 「待て待て!なにが、というわけだ。どういうわけだ!?なんで扉閉めようとするんだ!?これから代表者3人で作戦会議つっただろ?」

 「え?良い夢見ろよって?ありがと。トラムもね。おやすみ!」

 「ちょ、取り付く島もないな!?まあヒメがそういうつもりなら無理やり連れて行くだけだからいいけどよ~」

 「うぎゃ!?トラム!?」


 トラムは私を俵担ぎにして歩き始めてしまった。

 当然私は暴れる。が、暴れたところで大の大人に敵うわけがないという悲しい現実。


 「きぃ~っ!か弱い女を男の力でねじ伏せるのか!トラムがこんなやつだとは思わなかったわ!裏切られた気分!」

 「はいはい。じゃ行こうぜ殿下」

 「え、あ、はい」

 「うぅぅ」


 意気消沈して担がれる私を見てギルは困ったように眉を下げる。

 ここ重要!

 そう。ギルは眉を下げるだけなのだ。降ろしてあげたらどうですかとか言わないのよ、彼。リディアおねえちゃんそんな薄情者にギルを育てた覚えはないよ!?

 孤児院時代、いたずらをした私を抱っこという名で拘束・捕獲していたアオ兄ちゃんに対し「降ろしてあげなよ!」と彼は毎回私を助けようとしてくれていた。私を抱きかかえるアオ兄ちゃんの手を小さな力で一生懸命にはがそうとしていた。あのころのやさしさはどこへ消えたの!?


 というかエルとアイ!

 こんなときこそあんたたちの出番だろ!


 「2人とも!ヘルプッ!」


 私はどんどん遠くなる自室に手を伸ばす。

 だがしかし!

 

 エルは私が先ほど突っ込んだ酔い止めの薬が効いてきたのか穏やかな顔で夢の中!

 アイはギルを見て硬直している!


 なぜだ!エルは仕方がないとして、アイ!

 通常の私であればいつもと様子の違うアイを心配するが、今の私にそんな余裕はない。

 つまりブチギレた。


 「コラ、メガネェ!私にだけこんな恥ずかしい恰好させておいて、お前は動かないつもりか!あんたヒメを守りし勇敢なる騎士なんでしょ!動けぇえええ!」

 

 我ながらドスの利いた声だったと思う。

 トラムもギルもミルクも、周りにいた人全員がぎょっとした顔で私を見たからね。

 だけどアイは私の声にハッと顔をあげて、私を見て、紺色の瞳を輝かせた。


 「はいヒメ!ただいま参ります!」


 彼は満面の笑みで私の元へと走ってきて、トラムから私を回収した。

 で、やさしく私をお姫様抱っこ。


 「でかしたわ、メガネ!」

 「はい、ヒメ!」


 尻尾があるのなら彼は今ちぎれんばかりに尻尾を振っているに違いない。

 最近思う。

 アイは若干Mが入っているのかもしれないと。

 アリスのとこのドM騎士さんみたいにならないように気を付けよう。


 「じゃそのまんまUターンしてトラムから逃げて」

 「はい、ヒメ!」

 「いやいや、はい!じゃないからな~。というかヒメさん。殿下に対して失礼な態度とりまくってるけど大丈夫か?いい加減首撥ねられるぞ~」

 「……権力には逆らえないわ。アイ、Uターンは無しよ」

 「はい、ヒメ!」


 そんな私たちを見るあのときのギルの引きつった顔といったら、もう!

 リディアちゃん泣きそうになりました。

 


////////☆


 回想を終了させた私はハンカチで目頭を抑える。


 「ほんとギルは成長した。泣きそう。ていうか泣いてます」

 「ヒメのその涙は絶対に感動の涙ではないよな~」

 

 トラムは労わるように私の頭をなでた。

 やめろぉ!やさしくするなよ!もっと涙が出てくるじゃないかぁ!


 ちなみにトラムには会議の休憩時間、ちょうどギルがいなくなったときにギルと私が知り合いでギルに正体ばれたくないということを伝えた。

 

 「でもこの涙にはちゃんと感動成分も入っているんだからね!」

 「いいって。強がりはよせよ」

 「強がりじゃないからァ!」


 ほんとのほんとに私はギルの成長に感動したのだ。

 まず一人称が「私」になっていた。この時点でもう涙出る。

 そして会議の進行がうまかった。説明がわかりやすかった。超王子様っぽかった。涙出るよね~。

 そして極めつけはミルクや他の海洋軍の兵士さんたちみんなから慕われるその姿!

 自分のせいで周囲の人間が不幸になると思い、誰とも親しくなろうとせず1人で居たギルはもうそこにはいなかった。


 リディアおねえちゃん大好きな甘えん坊のギルはもういないんだなって思ったら、さみしくなってきちゃう。だけどね、さみしさを上回るくらいに喜びを感じるんだ!

 よかったぁと笑う私をじーっとトラムが見る。


 「なによ」

 「いや、メガネがずっとぼーっとしてるけど大丈夫かなーと思ってよ?」

 「へ?あ、ほんとだ」


 トラムが見ていたのは私ではなく私の向こうにいたアイだったようだ。

 それでもってトラムに言われて気が付いた(ごめん、アイ)。

 アイは軽く椅子に腰かけテーブルをぼーっと見て、いわゆる放心状態だった。心なしか顔色が悪い気がする。


 「じゃあ俺は明日に備えて寝るわ~。良い夢を、ヒメ」

 「うん。ありがと」


 気を聞かせてトラムが会議室を出たことで、この場にいるのは私とアイの2人だけとなる。

 私はそっとアイの手を取った。だけどアイは気づかない。いつもなら顔を輝かせて「ヒメヒメ」うるさいのに。


 「大丈夫、アイ?」

 「っヒメ!あ、すみません」


 声をかけてようやくアイは私が手を握っていることに気が付いた。

 これはかなり心配だな。

 

 「どうしたの?なんか様子がいつもと違うよね」

 「…あ、はい。すみません」


 私にヒメの服を着させたときはいつものアイだった。

 そう。部屋の扉を開けてギルたちと会ってからアイはおかしくなったのだ。


 「よかったら話聞くよ?まあ無理にとは言わないけどさ」

 「……はい」


 アイは困ったように眉を下げ、少しの間の後でポツリポツリと話し始めた。


 「以前ヒメに言いましたよね。俺の妹の外見」


 アイの行方不明の兄妹を探すためにはいろいろと情報が必要だ。だから以前ザハラさんと一緒に2人の髪色などその他もろもろをアイに教えてもらったのだ。


 「覚えてるよ。水色の髪に琥珀色の瞳でしょ?…ああ、ギルと同じだ」


 私の言葉にアイがうなずく。

 ギルを見たら行方不明の妹さんを思い出して辛くなっちゃったのかな。そう思ったが、ことはそんな単純な話ではなかった。


 「彼は妹と同じ色を持っています。ですがそれと同時に、俺達から幸せを奪った男と同じ色も持っているんです」

 「幸せを、奪った?」

 「…はい。この話をすれば絶対にヒメは悲しい気持ちになる。そう思っていままで言わなかったのですが、聞いてもらえますか?」

 「うん。聞く」


 何度もうなずく私を見てアイは眩しそうに笑った。

 その顔を見て思い出したのはアオ兄ちゃん。そういえば彼も私を見て眩しそうに笑っていた。


 「その日は兄と俺と妹の3人でおつかいに行っていたんです。家に帰ったら父と母が殺されていました。両親を殺したのは、水色の髪と琥珀色の瞳の老人でした。兄が懇願して、結果、老人と俺達きょうだいが血縁関係にあるという理由から俺達の命は助かりました。ですがそれは罠だったんです。安心したのもつかの間、俺達は奴隷商人に捕まり、そして精霊の国へと売られました。…ああ、ヒメ。すみません。泣かないでください」

 「泣いてないッ!」

 「…すみません、ヒメは泣いていませんね」


 ぼやけた視界の中でアイは困ったように笑う。

 

 泣きたくなんてなかった。

 一番辛いのは、アイだ。アイのお兄さんと妹さんだ。

 3人が一番泣きたいに違いない。話を聞いただけの私が泣いていいものじゃない。それにきっとアイは私を気遣って、私が想像できないくらいにもっともっと辛い目に遭ってきたはずなのに、それを言わない。だから泣けない。泣くわけにはいかない。

 なのに。アイが今までどんな思いで生きてきたかと想うと、涙が止まらなくて。


 「彼の髪と瞳の色を見たら妹のことと、老人のこと。2つを思い出してしまったんです。幸せな記憶と辛い記憶。幸せな記憶だけを思い出したいのに、俺は記憶力がいいから両方とも鮮明に思い出してしまう」

 「な、なら!」

 「ヒメ?」


 眉を下げて瞳を潤ませるアイの手を私は握りしめた。


 「それなら幸せな記憶を私に教えて!」

 「え?」

 「1人で考えていたら幸せな記憶も辛い記憶も思い出しちゃうんでしょ?なら私に幸せな記憶を聞かせて!そしたら辛い記憶は思い出さない!私に教えてアイの幸せな思い出!」


 名案だ。名案すぎる!さすが私!

 さあ話せ!とアイの顔を覗き込む私を見て、彼は泣きそうな顔でわかりましたと笑った。


 「じゃあ最初は兄の話をします。兄は感情をあまり表に出さない穏やかでやさしい人でした。でも人の泣き顔が好きだというちょっと特殊な性癖を持っていまして。俺はときたま兄に泣かされて、そんな俺を見て兄はにこにこと笑っていました」

 「待って。穏やかでやさしい人が人を泣かせるって矛盾してない?…それ幸せな記憶で合ってる?」

 「はい。とても幸せな記憶です。兄は俺達家族のことをとても愛していました。俺が近所の悪ガキにいじめられていたらいつも助けてくれて、百倍にして返してくれたんですよ」

 「へー。泣いた顔が好きなのに助けてくれるんだね」

 「俺も気になって聞いたんです。そしたら自分が泣かせた顔でなければ意味がないって兄は言ってましたね。他人の泣き顔にも意味がないって言ってました。大好きな人の泣き顔だから価値がある、と」

 「ワー。オクガフカイー」

 「妹は…そういえば少しヒメに似ています」

 「え!ほんとう!うれしい!」

 「ちょっと馬鹿なところが似てます!」

 「おいコラァ!」


 とそんな感じで穏やかな時間は過ぎて行き、1時間も経てばアイはいつものアイに戻っていた。一方で私はまだ見ぬアイのお兄さんへの警戒心が強まった。ハハハ。

 思い出し笑いならぬ苦笑いを浮かべていたら、アイが眉を下げて私を見ていることに気が付いた。


 「…ヒメ。申し訳ないのですが、俺会議の最中放心状態で。どういった話し合いがされたのか覚えていません、すみません。説明していただいてもよろしいですか?」

 「もちろんだよ~」


 放心状態で会議の話なんか聞けるわけないのだからそんな顔しなくても大丈夫だ。

 むしろアイの異変に気づいてやれなかった私が悪い。


 「そうね、じゃあ最初から説明するね。ギルたちはトラムたちと手を組みたくてダンデライオン号に乗り込んできたんだって。まあ義賊であるトラムの力を王族であるギルが借りるのはご法度だから、表面上はたまたま通りかかった船が、これまたたまたま協力要請の信号を発信していた王族に気づき、力を合わせてブラッド海賊団を倒すことになりました!ってなっているわ」

 「そうだったのですか」

 「トラムたちの情報によると明日の正午にブラッド海賊団はお得意様と取引をするの。その取引の品の中には不老不死の薬もあるし、トラムの恩人さんのブローチもあるんだって。取引であいつらが油断しているすきに私たちは攻撃を仕掛けて、人身売買のために捕まえられた人たちとか商品とかを保護・回収するの。海賊のやつらは全員逃がすことなく捕縛するわ」


 全部を説明し終えると、アイは「わかりやすかったです!さすがヒメ!」と拍手した。

 リディアちゃんはほめて伸ばされるタイプです。どんどん褒めなさい。……まあ、エルには褒められて調子にのって失敗するタイプって言われるけどさ。


 「それにしても殿下もトラムたちと同じくブラッド海賊団の壊滅のために動いていたのですね…」

 「そうなのよ!すごいよね!うちのギルってばほんとものすごく成長した!詳しいことは話せませんがあなたたちと目的は同じです、キリッ。って言っててかっこよかったんだよ!」


 大した計画なしに単身で夏の孤児院に潜入していたジークとはえらい違いだとは思ったけど、言葉にはしなかった。それがリディアちゃんのやさしさです。

 涙ながらにうなずいていた私だがアイが顎に手を当て首をかしげていることに気づいた。いったいどうしたんだいアイ君や。


 「…なぜ殿下は詳しいことを話せないのでしょうか」

 「う、うーん」


 そう言われてしまうと、たしかに気になる。ギルはブラッド海賊団の構成人数から現在商品としてとらえられている人たちの性別人数、商品の種類や数等の掴んでいる情報はすべて包み隠さず教えてくれた。この情報からわかることだけで、王家の人間が直々に悪の海賊団を捕まえなければならないという大義名分は通用する。

 なのに。

 詳しいことを話せない、と彼は言った。


 ギル君、それは失言だよ。だってそれを言っちゃうと、ギルにはブラッド海賊団を捕まえなければならない理由が他にもあるんだなって私たちは気づいてしまう。


 「アイ、詮索はしないでおこう。へたに動いてギルに私がリディアだってばれたら困るし」

 「そうですね!」

 

 私たちはうなずいて、会議室を出るべく立ち上がったのであった。






 それは会議室を出る直前のことだった。


 「私、天才かもしれない」

 

 扉に手をかけたままの状態で立ち止まった私に対しアイがきょとんと首をかしげる。


 「ヒメはヒメであって、天才ではありませんよ?」

 「いやいやそういう話をしてるんじゃないから。私、気づいたのよ。アイ。あんたもしかして冬の国の王族の血が流れてるんじゃないの?」

 「俺がですか?」


 聞く話によるとアイのお父さんも水色の髪に琥珀色の瞳だったそうじゃないか。

 水色の髪と琥珀色の瞳なんてそうそう見ない。

 もしこの髪と瞳の色が王族特有のものであるならば…


 「うーん。あり得ませんね」


 悲しいね。即否定されました。


 「えぇー。どうしてどうして?」

 「俺達家族は平民だったんですよ?仮に王家の血が流れていたならば、俺達家族の身分は平民ではなく貴族であったはずです。まして世継ぎが一人しかいないこの状況で王家の血を引く者が、いつなにがあって死ぬやもしれない平民でいられるわけがないです」

 「そっか。そうだよね~」


 王族とか貴族とか私はよくわからないけど、アイがそう言うのならそうなのだろう。

 納得しきれないけれど私はうなずいた。

 

 「もう寝ましょう、ヒメ」

 「うん。そうしよ。私すごく眠い」


 私とアイは会議室を出て自室へ向かい歩き始めた。


 そこで唐突に思い出す。

 私アイのお兄さんと妹さんの名前を知らないからアイに聞こうと思ってたんだった、と。


 アイの兄妹を探すためにいろいろ教えてもらったから、ザハラさんは2人の名前を知っているはずだ。じゃあザハラさんといっしょにアイに質問していた私がなぜ2人の名前を知らないのかというと…はい、トイレに行ってしまったのです。

 兄妹の名前の話になったときに私は無性にトイレに行きたくなりまして。トイレにダッシュして戻ったときにはもう名前の話は終わっていて、結果として私はアイの兄妹の名前を知らないのだ。


 だけど現在。聞くにはもうタイミングを逃してしまっていて。

 せっかくいつものアイに戻ったのに、私が質問したことにより辛い記憶を思い出してしまったらと思うとどうにも憚られて。

 眠たい気持ちもあって。


 「それでは良い夢をヒメ」

 「うん。アイもね。おやすみ」


 私は眠りについてしまった。

 なぜ今このときに聞いておかなかったのかと、4年後に後悔するとも知らずに。



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