73.豪華客船でミッ〇ーと出会ったよ!ハハッ
「くぅ~。寒いけどやっぱり海は気持ちいい~」
あたたかなダッフルコートに身を包み伸びをする私が現在いる場所は豪華客船!
私は冬の国の海上にいた。
上機嫌な私の後ろには寒さに震えるエルと「ヒメと冬の海の夢のコラボ!最高です!」と悶えるアイがいる。
なぜ私たちが冬の国のしかも豪華客船にいるのか。
それはこの船に、夏の国で不老不死の薬を盗んだ海賊が現れる可能性が高いとの情報を得たからであった。
1か月前。
師匠に「不老不死の薬には関わるな。あきらめろ」と言われた翌日、私はザハラさんに依頼をした。関わりますしあきらめません。
もちろん師匠に内緒でだ。ザハラさんに海賊の行方を調べてもらった。
そしてきのうザハラさんが情報をくれた。
不老不死の薬を盗んだ海賊の一味はとにかく金目の物を狙うタイプの海賊団らしく。明日出航の――私たちが今乗っている豪華客船に現れる可能性がとても高いとのことだったのだ。
ザハラさんは気が利くことに師匠の家から冬の国までの足も、豪華客船の部屋も、冬服も用意してくれていた。ちなみに季節は秋だが冬の国は1年の半分を雪に覆われた国なので、この季節に秋服で冬の国に行ったら1分も持たずに凍死する。だからザハラさんにはほんと感謝!
しかも私に世話になったからとか言う理由で費用は一切必要ないとのこと!
いたれりつくせりで申し訳なく感じる。当然私はお金を払うと言ったのだが、最終的にはザハラさんの「じゃあ今回かかった費用は出世払いでお願いするわ」のありがたいお言葉に甘ええることにした。
さて冬の国に行くメンバーの選定なのだが、師匠とエルは論外。アースも絶対に反対すると思ったので私はアイだけを連れて冬の国に行く予定だった。行こうとしたのだ!
が!
「はっくしゅっ」
このかわいいくしゃみをする兄弟子にばれて、結局3人で冬の国に行くことになったのであった。
で、今に至る。
「ていうかエルってば震えすぎじゃない?大丈夫?」
「大丈夫なわけがあるか!なんでお前らは平気なんだよ!」
「「慣れ」」
ハモッた私とアイはお互いの顔を見合わせる。
アイは私とハーモニーを奏でたのがとてもうれしかったらしい。すっばらしい笑顔だ。幸せそうでなによりです。
「私はアルトの氷点下攻撃で寒さには割と慣れたんだよね~」
「俺は冬の国の出身なのでこのくらいの寒さであれば平気なんです」
へへへと笑うアイに驚く。
「え!アイってば冬の国出身だったの!私アイは秋の国の出身だと思ってた」
「はい!でも過ごした年月は冬の国よりも秋の国のほうが断然長いですね!俺、冬の国で4歳のときに奴隷商人に捕まって精霊の国に奴隷として売られたので!」
アイは笑顔で説明するが、待て待て。それは笑顔で言うことじゃないよ!?
「ふーん。疑問だな。精霊の国の奴隷だったのに、どうしてお前は秋の国でマフィアなんかやってたんだよ」
エルはいつもと変わらない様子でアイに聞く。
いやあのエル君。もう少し気を遣ったりしません!?
ほら見なよ。アイってば不機嫌そうな顔になったじゃん。まあアイは私以外の人にはいつもこんな顔だけどさ。
「アイ?大丈夫?」
「ヒメ!感激です!俺を心配してくれるのですね!ありがとうございます!俺は大丈夫です!安心してください!」
アイは感無量です!と涙を浮かべる。
私もエルも顔がひきつるよね。なんかズレてる気がする。アイはいつもこんな感じだけどさ。
「俺が秋の国のマフィアの一員になった経緯なのですが、幼いころ俺は体が弱くてですね、おまけに元々の魔力量も少なかったので、奴隷として働かされていた工場を追い出されたんです」
「ああ。不出来の烙印を押された奴隷は船に詰めこまれて放り出されるからな。嵐にでもあって運よく秋の国に流れ着いた口か」
「そうだ」
エルとアイは普通に会話をするから、逆に私がおかしいのかと思い始めたけどそんなことないよね。リディアちゃんは次々と明かされるアイの衝撃エピソードにたじたじです。
というかなんでエルはそんなに精霊の国の奴隷事情に詳しいんだよ。勉強熱心か。
「…待って。今アイは船に乗っているときに嵐にあったって言ってたよね」
「はい!」
「私たちが今乗ってるの船だけど大丈夫?」
「はい!あの日の出来事が鮮明に思い出されて少し気分が悪いですが大丈夫です!」
「それを人は大丈夫とは言いません!?」
え。やば。私アイのことなにも考えずにつれてきちゃったんだけど。
罪悪感が半端ない。
とりあえずまぶしい笑顔で私を見続けるアイを椅子に座らせる。
「ごめん。船辛いでしょ?降りるよね。いや、降りよう。1時間後には1つめの街に到着するってさっきアナウンスで言ってたからそこでアイは降りて家に帰って。…あと1時間、我慢できる?」
どうしよう。なにか私にできることはあるか。毛布用意する?
あたふたと私が慌てる一方で、エルは珍しく笑顔だ。
「ああ、それがいい。お前は邪魔だ。さっさと降りろ。つーかもう降りろ。海に飛びこめ」
「エルぅううう!」
「なんだよ。別におれとお前の2人で捕まえられるだろ」
「そういうことを言っているんじゃない!?」
「ヒメ、我慢できません」
「えっ。ど、どうしよう。毛布今からとってくるけど、それでも我慢できな…」
「俺に船を降りるという選択肢はないんです!俺だけ降りるなんて我慢できません!」
アイの言葉にずっこけるよね。
まぎらわしい!すごくまぎらわしい言い方!
「いやでもダメだから。私の都合でアイに苦しい思いはさせたくないんだよ。だから次の街で降りて」
「わかりました。じゃあさっきの俺の話全部忘れてください。あ、間違えました。さっきの話は全部嘘です。作り話です!」
「あんた自分は嘘つくの下手だって自覚しなさい」
「すみません、ヒメ!」
「でもって次の街で降りなさい!」
「降りません!すみません、ヒメ!」
笑顔で謝るアイに頭を抱えたときだった。
背後で楽しそうな笑い声が聞こえた。
振り向けば紫陽花色のマントを羽織ったイケメンが私たちを見て笑っているではないか。
「ああ、悪い。あんたらの話がおもしろくてよ」
「見世物代寄こせ」
「ハハッ。言うねぇガキ。じゃあ代金の代わりに俺から一つアドバイスをくれてやる」
20代半ばで臙脂色の髪をハーフアップにしているイケメンさんは、私とアイを見てにぃっと笑った。
「お嬢さんたちはいい主従関係だと思う。だけど主だからって従者の主張を無視するのはいけないぜ。こいつはなにがなんでもあんたについていくって言ってんだ。だから主であるお嬢さんが折れてやりな」
アイをちらりと横目で見ると彼は絶対に降りませんよ!と瞳を潤ませていた。
この顔には見覚えがあった。これは夏の国の孤児院に行くときにしていた留守番にしょんぼりな犬の顔だ。
うぐっ。
急に後ろめたい気持ちが私を襲う。
だけどアイのためを思うなら無理やりにでも船から降ろしてあげたほうがいいわけで。
でもアイは留守番にしょんぼりな犬の顔をして。
だけど……
「はぁ。わかったよ。降りなくていい。ただし!私、足手まといはいらないから!なにかあったらすぐに降ろすからね!そのつもりでいてよね!いい!?」
はい、結局私が折れました。
押しには弱いんです、私。
私の言葉にアイははじけるような笑顔で、エルは不機嫌そうに眉を寄せて、イケメンお兄さんは「ハハッ」と笑う。お兄さん、あんたのことは今日からミッ〇ーと呼ぶ。
「もちろんです!ヒメありがとうございます!一生ついていきます!」
「チッ」
「そんじゃそこらの男どもよりかっこいいーぜお嬢さん!」
イケメンお兄さんはそう言って私の頭をぐりぐりとなでた。
髪がぐしゃぐしゃになるからやめてください。
「あんたたち気にいったわ。俺の名はトラム。困ったことがあれば俺の名を使え。私はトラムさんの知り合いですけど、そんな態度とっていいんですかーってな!じゃあな!」
そう言って彼は去っていった。
嵐のようにやってきて嵐のように去っていく。そんなミッ〇ーだった。
ああ違ったね。ミッ〇ーじゃない、トラムだ。




