プロローグ(????視点)
すべての始まりは12年前。
「…ッ」
暗い室内を照らすのは月の光のみ。
月の光に照らされキラキラと銀色に輝く髪の女性がじっと私を見下ろしていた。
「まさかあれが若返りの薬だったなんて。お前に飲ませてよかったわ」
正妃の命令により精霊王の愛する寵妃を殺すべく部屋に侵入したはいいものの、私は圧倒的な力によって返り討ちにあってしまったのであった。
「若返りの薬とは名ばかり。これは毒薬。百年単位で若返る。私が飲んでいたら確実に死んでいたわね。お前は今1歳くらいかしら?へー、101歳だったのね」
彼女の言葉通り私は今1歳の幼子の姿へと若返っていた。
こんな体でできることなどもうない。
「殺してください」
抵抗せずに首を差し出す。
が、彼女は私の首ではなく手に触れた。
「私は精霊王や春の王のように人を殺す趣味はないわ。その代わりにお前、私の下僕になりなさい」
月明りが不敵に笑う銀の髪の女性と瞠目する私を照らす。
私は答える代わりに、彼女の手を強く握り返した。
///////★
いつの日かのように薄暗い部屋を月明りが照らす。
私は王座に座る夕日色の髪の王に頭を垂れていた。
「首尾はどうだ?」
「すべてあなた様の想う通りのままに。順調に進んでおります」
普段あまり表情を変えることのない王だが今はわずかだが口角を上げていた。
「自分が騙されているとも知らず掌の上で踊らされて春の王にふさわしい姿だな。…アレは見つかったか」
「いいえ、まだです」
「待たされるのは嫌いだ」
静かな言葉。だけれどもその声には萎縮しそうなほどの重たい魔力が込められていて、私はさらに深く頭を下げる。
「一刻も早く探し出します」
王は何も言わず静かにうなずいた。重たい魔力は解かれていた。
ほっと胸をなでおろすが、それもつかの間だった。
「顔をあげろ。お前を信用しているからこそ問う。1ヶ月前、闇の石が奪われた。なにか知っていることはあるか?」
感情は顔に出さない。
平静を保ち顔をあげる。
「存じ上げません」
灰色の瞳がじっと私を見る。
私も見返す。
そうして数分経ったところで王は私を見るのを止めた。
「時間の無駄だった。そもそも私と契約関係にあるお前が嘘をつけるわけがない。下がれ。そして一刻も早くエルトを探し出せ」
「はっ。すべては精霊界のために」
両手を床につけ頭を下げる私の左の掌ではクロユリが光っていた。
王の間から出て城を歩く。窓の外を見ればそこには懐かしい後宮の庭が広がっていた。
脳裏に浮かぶのは銀の髪の女性とあの方の幼いころの姿。
あたたかい感情が心の中で溢れる。
そのときだった。
私は後宮の庭で夕日色の髪を見つけた。
心臓が跳ねる。
彼は昔からずっと変わらないやさしい顔で庭の花々を愛でていた。
寵妃が死んだ今、花々の世話をするのは彼一人なのだろう。
あのころと何一つ変わりがなければ、女官や侍女たちは正妃の命によりこの庭園に足を踏み入れることを許されていないはずだ。
花に水をあげ庭に迷い込んだ動物たちの世話をする彼を見て、胸が締め付けられる。
自分が羽織る黒衣のマントを握り締める。
あの人が私たちの思い出の庭にいる。昔と変わらないやさしい顔で笑っている。
それだけで胸がいっぱいになる。あたたかい気持ちが溢れる。泣きそうになる。幸せを感じる。
「私のすべてはエリック・シルヴァスタ様。あなた様のために」
声は闇の中へと飲み込まれる。
彼には決して届かない。
だけどそれでいい。
あの方が幸せでいてくれるのなら。




