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エピローグ アオ・イルバルト・レヴィア(下)



 薄暗い牢に足を踏み入れれば、檻の中に閉じ込められていた女がパッと顔をあげた。


 「蛇様っ。私を助けに来てくださったのですね」


 耳障りな甲高い声に、縋り付くその姿に、リディアに噛み付いたその口で笑う顔に、抱いたのは明確な殺意。


 「黙れ」


 黒い剣が宙を切る。

 女の体が血だまりの床に沈んだ。


 「…ッア。ど、どうし、て」

 「お前は用済みだ。リディアに手を出したのが間違いだったな。彼女にはまだ生きていてもらわなければならない。お前は春の王の意に反する行動をとった。だから死ぬ」

 「そ、んなッ。そん……な…。ロ、キ……」


 痙攣した後に女は死んだ。

 その眼尻からは涙が流れ落ちて。だけど俺はなにも感じなかった。



 彼女は平民の中ではそれなりに裕福な家に生まれた娘だった。だが生まれたときから顔に傷があり両親から忌み嫌われ、周囲から隠すように育てられていた。

 彼女には親と違い人間のよくできた双子の姉がいたが、姉の方は自身に妹がいることすら知らなかったそうだ。もし姉が彼女の存在を知っていたのなら、今とは違った道を歩んでいたのかもしれない。


 そしてとうとう彼女の両親は彼女を捨てた。

 そんな彼女を拾ったのが春の王だった。


 まあ拾ったとは体のいい言葉で、彼女は不老不死の薬の被検体として春の王に捕らえられた。

 数々の実験。不老不死の薬に負けて被検体が次々と死んでいくなかで、彼女だけが生き残った。不老不死の力は得られなかったものの、彼女は薬の影響で人の顔を奪う魔法に目覚めた。

 そして春の国から逃走した。


 哀れな女だった。自身の醜い顔を嫌悪し、美に執着していた彼女は夏の国で孤児院のマザーとして働いていた美しい姉を殺しその顔を奪った。姉をマザーと慕っていた孤児院の子供もすべて殺した。ただ一人、自分と同じ顔に傷のある幼子を除いて。


 姉殺しには飽き足らず彼女は美しい顔や体、声を持つ者を殺して奪っていった。

 その負の感情を春の王は利用した。


 女の罪が露見しないように支援する。その代わりに不老不死の薬を作れ、と。

 こうして彼女と春の王との契約は成立した。


 しかし最近の彼女の行動は目に余るものがあった。月に2回だったはずの美を奪うための人殺しが週に2回の頻度に増え、しかし不老不死の薬を作る速度は変わらない。

 そろそろ制裁が必要だったのだ。

 加えてリディアの身体を奪おうとするという不始末。


 そして今に至った。



 「今回もリディアが関わったことで運命が変わった」


 ロキ・メルカレ。彼女は4年後に闇の使者となるはずの少女だった。


 暴食の罪に囚われた少女。

 かつて人を救えなかった分、他者を救いたいと強く願い。その感情を春の王に利用された哀れな少女。

 救っても救っても救い足りない。その強すぎる思いは善意の押し付け、幸せの強制、洗脳へと姿を変えていった。


 リディアに浄化されあとで彼女はこう言ったそうだ。


 「私はただ自分の罪を償いたくて、苦しんでいる人を救いたかっただけなのに」


 しかし今となってはジークに恋をするどこにでもいるふつうの少女だ。

 

 そういえばと思い出す。

 リディアと親しげな様子だった黒銀色の髪の少年は誰だろうか。マザーの暴走のせいで気絶したリディアを守るように抱きしめていたムカツクガキ。

 俺がリディアを助けるために放った蛇を見て眉間にしわを寄せたガキ。


 どこかで見た覚えがある気もするが…


 「蛇、もう少しきれいに殺せなかったの」

 「…猫」


 思考に沈んでいれば隣に猫がいた。

 やつはリディアがマザーに体を奪われそうになった時から今までずっとこちらを見ていた。もっと前から見ていたのかもしれない。


 「何の用だ?」

 「あなたに用はないわ。それよりもなにをやっているの、彼を逃がして」

 「彼?」


 怪訝に顔を歪めれば仮面の奥で猫が俺を鼻で笑った。


 「光の巫女の隣にいた黒銀色の髪の赤目の少年よ。あれが黒いヒヨコよ」

 「…ルーか」


 全く気付かなかった。だがたしかに言われてみれば雰囲気がそっくりだ。

 …いや、気が付けなくて当然だろう。


 「しかしそういうのならお前もあれを逃がしただろ」

 

 お前も俺と同じだろと暗に言えば、猫はにんまりと笑う。


 「あら。私はあえて逃がしたのよ。いいことを思いついたから」


 そう言う猫の手には黒曜石が握られていた。蝶の模様が掘られたダイヤモンド型の黒曜石。つい先日、春の王がニヤニヤと笑いながらこれと形は違うが同じ黒曜石を見ていた。


 あいつは何を考えているのやら。聞き出さなければならないな。

 楽しそうに笑う春の王の顔を思い浮かべれば憂鬱な気持ちになる。

 

 そのときだった。


 「ねぇ、俺も一緒に連れて行ってくれない?」


 背後で聞こえた声に振り返れば、そこにはにこにこと笑う茶髪の少年がいた。

 見覚えがある。孤児院にいたガキだ。

 

 「あらいいのかしら?この男はあなたの大好きなマザーを殺した張本人よ?」


 猫は愉快そうに俺の足元に転がる女の死体を指さして少年に笑いかける。

 めんどうなことをしてくれたものだ。復讐だなんだと騒ぐガキは一人だけで十分だ。

 まあどちらにしても見られたからには仕方がない、殺す。


 ため息交じりに俺は柄に手をかけた。が、それは無駄に終わる。


 「別にどうでもいいよ。だってそれはもうただの死体だから。死体は俺を愛してくれない。なら必要ない。興味もない」


 少年はあっけからんと笑った。

 そんな彼の周りには黒い蝶が舞っていて、ああ、いかれてるな。頭が痛くなってきた。

 しかし俺の主はこのガキを連れ帰れば喜ぶだろう。


 「じゃ、蛇。彼を連れてきてちょうだいね」

 「……。」


 猫はそう言って消えた。


 このガキを連れ帰って、そして黒曜石のことについて聞く。

 面倒ごとが増えてさらに憂鬱な気持ちになった。




次回から冬の国の義賊と海賊です!

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