72.くそっ。うちの娘が勝手に冬の国に行った!(クラウス視点)
リディアが無事、成すべきことを成したのを見届けた俺は、一息つくべく紅茶を飲んでいた。
「師匠大変!不老不死の薬が海賊に奪われちゃった!取り返さないと!」
「うわ。汚っ」
そして帰ってきて早々の謎の言葉に紅茶を吹きだした。
もう解決したと思って千里眼をやめたのがいけなかった。リディアの話について行けない。そしてエル、てめぇ修行のとき覚えてろよ。
「リディア、それどういう意味?」
噴出した紅茶を片付けながらリディアに問えば、愛しい娘は可愛らしく頬を膨らませる。あー、うちの娘かわいい。
「だぁかぁらぁ。孤児院に置いてあった不老不死の薬を押収する前に、騎士に扮していた海賊が奪っていったの。不老不死の薬が売られたら大変じゃない。春の国の時みたく死人が出るほどの病気が発生するかも。回収しないと。ていうか私回収するから手伝って!」
不老不死の薬が奪われた。その話に驚くが、リディアの他者を思いやる気持ちへの感動の方が勝った。
あんなに外に出たくないとか言ってたのに、リディアは奪われた不老不死の薬を自分が回収するというのだ。
…うん。うちの娘は控えめに言って最高だ。魔法使いの鑑だ。一生嫁に出すものか。
だが、
「だめよ」
「な。どうして」
俺はリディアの申し出を拒否した。
たしかに不老不死の薬は出回られたら困る。
だけど今回の件ではっきりした。不老不死の薬が関わるところには闇の組織が関わっている。こちらが関与できる闇の使者は今回で最後だ。
リディアを動かす必要がない今、外に出してみすみす危険な目に合わせるつもりはない。
「あたしたちはもう不老不死の薬に十分関わった。あとは他の魔法使いに任せましょう」
「な。なに言ってんの師匠!?前言ってたじゃん。不老不死の薬は禁忌だ。それを作るやつは同じ魔法の薬屋として許せないって!」
「だめなものはだめ。あたしたちは関わらない。あきらめなさい」
リディアはしぶしぶうなずく。
それをみて不覚にも俺は満足してしまった。
不覚と言っているのだから俺がしくじってしまったことはわかるだろう。
俺は忘れていたのだ。
リディアは記憶を失う前も今も強情で、やると決めたことは必ずやり抜く。曲げることは一切しない。
俺の娘はこうと決めたら一直線なのだ。
まあとどのつまり、俺は近い将来リディアに一杯食わされるということだ。
~1カ月後~
「ク、クラウスさん!大変です!」
「あ?どうしたのよ、そんなに慌てて」
めずらしく無気力顔を崩し顔を青ざめるアースは自身が持っていたメモ紙を俺に渡した。
その紙を見て俺はうなだれた。
『わからずやな師匠へ。ごめんね~。ちょっと冬の国に行ってきま~す。まあ1週間以内には帰るから。ばいばーい。追伸。エルとアイも一緒だから安心してください』
ぐしゃりと紙を握りつぶす。
「アース。今からリディアの元へ行け。場所は俺が特定する…」
「はい」
怒りで血管が浮き出る俺を見てアースは「リディア、バカなことをしましたね」とすっかり無気力顔に戻っているがどうでもいい。
俺は愛しい娘の顔を思い浮かべて、ため息をついた。
ほらな。一杯食わされた。




