70.この状況ほんとなに!?私も蹴るべき!?
ぐるぐると目が回る。気持ち悪い。吐きそうー。
「……あれ?懐かしい匂い」
しかしグロッキーな気持ちはどこへやら。
辺りを漂う懐かしい学食の香りに、いつのまにか閉じていたらしい目を開けて私は唖然とした。
「は!?え、なんでここ!?」
驚きました。ええ、気絶しそうなくらいに驚きましたよ。
私はなぜか前世懐かしの大学の屋上にいた。どうして!?
まさか夢オチ!?
交通事故で死んで、「いつ君」のリディアに転生して、ひーひー言いながらも楽しく生きてきたっていうのはすべて夢だった!?
そんなことを思いながら自分の体を見て見るが、うん、違った。
太陽に当たっても全く日に焼けない白い肌に金色の髪。私、リディアですわ。
ついでに頬をつねってみたが痛かったので、ここが夢の中という線もないようだ。
「うーん。この状況、さっぱり意味がわからん」
腕を組んでため息をついたときだった。
「な、なんでお前がここに!」
『えぇー。わしらが討論している間になにが起こったんじゃ?見ておらんかった~』
「……。」
突然目の前に、太陽の仮面がうざい太陽神様と、銀色の髪に淡い紫色の瞳の美しい女性が現れた。うん、これどういうこと!?
「え。なにここ。どういうこと?」
「ほんとそれ!私も同じこと思って…ってマザーぁあああ!?」
隣で私と同じように混乱した声が聞こえた。
仲間を見つけた!と喜んだのもつかの間、横を見て発狂するよね。
だってマザーが私のとなりにいるんだもの!となりのマザーだよ。ト〇ロがよかったよ!
「ていうか思い出したわよ!あんた私の身体寄こせとか言って首に噛みついて…くそ!痛かったんだからな!」
「これがヒメの精神世界だっていうの?というかなぜ精神世界に住人が…」
「いや私のことガンスルーだなこの人!?」
清々しいほどにマザーは私を無視する。
ここ数日間、マザーに熱い視線をおくられてきただけあって少し傷つくよね!?
マザーは驚いた顔をして辺りを見回したり、目の前に立つ2人を見ていた。私のことはものすごく無視である!
「いや、ていうかこの状況ほんとなに!?」
全員が全員混乱して固まる。
最初に動いたのは銀髪の女性だった。
「……とりあえず。異物は排除しましょう」
冷たく言い放って彼女はマザーを蹴り飛ばした。
ビュンッ
隣に立っていた人が突然蹴り飛ばされて遥か後方に吹っ飛んでいったわけだからね、リディアちゃんびっくりですよ。マザーが蹴り飛ばされたときの風圧がすごすぎて頬が切れました。血が出ています。怖いです。
『あーうん。そうじゃの』
そして太陽神様も銀髪女性と同じようにマザーを蹴り始める。穏やかな雰囲気のまま、ドスドスと蹴るから女性とは違った意味で怖い。
「た、助け…ぎゃっ」
「助けてほしければさっさとここから出て行きなさい」
『相手が悪かったのぉ』
結論。ここは大学の屋上じゃない。リンチ現場だ。
とまあ、現実逃避兼のおふざけはここまでにして。私は真剣に考える。
これ私も蹴るべきなのか!?流れに従うべき!?でも流れに従うとなると、2人以上にインパクト強い感じで蹴らないと…。
「たとえば釘バット持って蹴るとか…お?」
ええ、驚きました。
だって私が釘バットって言ったら、ぽんっとわたあめみたいな煙と一緒に釘バットが現れたんですもの。
とりあえず釘バットを回収して軽くスイングしてみる。
わー、この重み。ほんものの釘バットだ。
そんな私の姿をマザーは蹴られながらもしっかり見ていたようだ。
「こ、こんな体、乗っ取れるわけがない!帰るッ!」
半泣きのマザーの声が聞こえたかと思うと、シュンッと音を立ててマザーはこの場から消えていた。たぶん彼女は元の場所に戻ったのだろう。
残されたのは私たち3人のみ。
「……。」
「……。」
『……。』
私は静かに目を閉じて、心の中でマザーに語り掛ける。
マザーさん、マザーさんや。私たち敵同士でした。ですが私は敵だけど困ったときは助け合う!の精神をとてもリスペクトしているのです。
ようするに何が言いたいのかというと、私もいっしょに現実の世界に戻してもらいたかったな~っていうクレームでしてぇ。まだ間に合うと思いますよ?
10秒くらい目をつむったまま待ってみた。
けどなんの反応もなかったのであきらめて目を開いた。
「ぎょえっ」
眼を開いたら目の前に銀髪女性と太陽神様がいて驚いた。冷や汗ドバドバだ。
しかも銀髪女性、私をにらんでるしっ。
「ぼ、暴力反対!」
「お前なにバカなこと言ってるの?さっさと帰りなさいよ」
「へ?」
女性はどうやら私のことは蹴らないらしい。
そのことにほっと胸をなでおろす。が、
「帰りなさいって言ってんのよ。いつまでここにいるつもり」
「さ、寒い!?」
辺りが一気に氷点下並に冷えたので全然ほっとできない。胸なでおろせない。胸あげるしかない。くそ、なにを言っているんだ私は!
困った私は太陽神様に助けを求めるが、親指立ててグッジョブされただけだった。あとで覚えていろよ、クソ神ぃ。
「なにをぼさっとしてんのよ。さっさと帰…」
「わ、私だって帰りたいけど帰れないの!」
「……仕方がないわね」
わかってくれたのか。銀髪女性は気温を下げるのを止め、ため息交じりに柔軟体操をし始めた。……うん?わかってくれた、のか?
嫌な予感しかしない。
「た、太陽神さまぁ!?私これからどうなっちゃうの!?これからは努力して太陽神様のことを尊敬するようにするから!だから助けて!?」
『ほっほっほ~。やーだー。まあ。流れに身を任せたらなんとなるじゃろ~』
「この野郎!他人事だと思って!」
太陽神様の胸倉を掴もうとしたときだった。
「よそ見とはずいぶんと余裕ね」
耳元で女性の声が聞こえたと思ったときにはもう私は彼女に体を持ち上げられていた。
いっとくけど持ち上げるは持ち上げるでも荷物を運ぶ的な感じじゃなくて、投げるような持ち上げられ方だ。気分はバスケットボール。
「いやいや私!冷静に分析している場合じゃないから!?ちょっと銀髪が素敵なお姉さん?私を降ろしてはくれませ…」
「お前を待っている人間の元に帰りなさい」
「うぎゃあああ」
気分はバスケットボールとか思っていたらほんとうに投げ飛ばされた。つーか銀髪おねーさん力強いね!?
さて、そんな憐れな私を待っているのは当然バスケットゴールではなくて、どこまでも青い空なわけで、ようするになにがいいたいのかというと、
「こ、この野郎うううう!本編開始前に殺す気かぁああ!」
叫んだときだった。
「痛っ」
右腕に痛みが走った。
急いで腕を見れば私の腕には黒い蛇が噛みついていて…
「リディア!」
「よかった。ヒメの目が覚め…待て。エル、お前またリディアって言っ…」
気が付けば私はエルの腕の中にいた。
エルとジークに顔を覗き込まれる。
え。なにこれ、なに!?どういうこと!?
腕を見て見ればそこにはもう黒い蛇はいなくて。でもしっかりと歯型は残っていて…うん。わけわからん。
なんかエルとジークは、「お前リディアって言ったよな」「言ってない」「言っただろ!あいつ今この近くにいるのか!?ていうかお前リディアとどういう関係…」「言ってない」「アルトに殺されるぞ」「黙れ。つーかお前こそジークだろ」「ち、ちちち違っ!」とやりとりをしているし。
とりあえずエル、頑張ってごまかしきって~!




