68.私の光の卵
マザーは自分の顔を手で隠しながら私をにらみつける。
「なに?その顔。気に食わない。自分が美しい顔を持っているからって私のことを見下している」
驚きはしたけど、見下してなんかない。
そのことを伝えようと口を開くが私が言葉を発する前にマザーがしゃべりだす。
「醜いでしょ?私はこの傷のせいで誰からも愛されなかった。双子の姉は私とちがってみんなから愛された。美しかったから!」
その言葉に反応したのは意外にもロキだった。
眉間にしわを寄せ真正面からマザーの言葉を否定する。
「ちがう!あの人がみんなから好かれていたのはいつもみんなを愛していたから。自分しか愛さない愛せないあなたとは違う!あの人はっ。あんたが顔を奪った私たちのマザーはっ…」
「ロキ!あいつはもういない!今は私があなたのマザーよ!」
つんざくような金切声に皮膚が震えた。
状況をつかめていない様子のエルとジークだが、マザーから守るように私とロキの前に立つ。
一方のマザーは余裕を取り戻したのか、ぎこちないがロキに向かって笑顔を向ける。だけど彼女は依然として手で自身の顔を隠したままだ。
「ご、ごめんなさい、ロキ。怒鳴ったりして。でも。でもね、いい子だからそんなこと言わないで。私はあなたを一番に愛しているの。顔に傷があるせいで誰からも愛してもらえないあなたは私と同じ。あなたのためなら私はなんだってしてあげるわ。他の子供たちはダメだけど外にだって出してあげていたでしょ。不老不死の薬だってあなたには作らせていなかった。そ、そうだわ!ヒメのことは見逃すことはできないけれど、あなたが私の元へ戻ってきてくれるのならエルとレインは特別に見逃してあげる。ね?ロキを愛しているから特別に…」
「もうやめなよ」
見苦しかった。
マザーの言葉を止めた私を、彼女はぎこちない笑顔で見る。
「……ヒメ。私は今ロキと話しているの。邪魔をしないで頂戴」
「邪魔するよ。私はロキを守りたいから」
「……。」
どうしてそこまでロキに執着しているのか疑問だった。でもいまのでわかった。
単純な理由だった。ロキの顔に自分と似た傷があったから、マザーはロキを可愛がっていたのだ。
ぎこちない笑顔で私を見るマザーの顔はひきつっていた。
「あんたはロキのこと愛しているって言うくせに、ロキのこと全く分かってないよね。あんたとロキが同じ?笑わせないで。全然違う。ロキは人の幸せを考えられる子。あんたは自分のことしか考えられない哀れな人。美しくないよ」
マザーの顔から笑顔が消えた。
能面のように感情をそぎ落とされた顔が私をじっと見る。
「…なんですって?美しくない?」
だけどそれに怯える私ではない。
「何度だっていうよ。あんたは美しくない!あんたはロキのことを愛していない。ロキのことを思うならロキを苦しませるようなことをしない!見て!ロキは泣いてる」
ロキはいつも気丈にふるまって涙一つ見せない。さきほどまでも青ざめたり震えたりするけど泣いたりはしなかった。
だけど今、ロキは泣いていた。
もうロキの心は限界なんだ。苦しみが積み重なってボロボロなんだ。ロキはマザーから逃げたかったに違いない。だけど今さっき、ロキが戻ってきてくれたらエルとジークを見逃すと言ったようにマザーは子供たちを人質にしてロキの自由を奪ってきたのだ。
全部マザーの歪んだ愛情のせいで、ロキは苦しめられていた。いやマザーはロキを愛してはいないのかもしれない。
「どうして?私は誰からも愛されないあなたを愛してあげているのよ。必要としてあげているの。なぜ?うれしくないの?」
「ほら。それがロキとあんたのちがいだよ。あんたはロキを愛してるんじゃない。かわいそうなロキを愛する自分が美しいと思っているの。そんな自分に酔っているの。ロキはかわいそうなんかじゃない。私からしてみればかわいそうなのはあなただけだよ。美しくない。むしろ醜い」
マザーの顔が鬼のように歪んだ。
彼女は目を吊り上げ私をにらみつける。
「だまれ。だまれだまれだまれ!!!お前は美しい顔を持って生まれたからそんなことが言えるんだ!」
「あんたこそ黙りなさいよ!私のこと何も知らないくせに!私がどんな思いでこれまで生きてきたか知らないくせに!」
「…リディア?」
エルの怪訝な声が聞こえた。いや、うん。私もきっと今エルと同じ気持ち。
私は首をかしげる。
…あれ?私何を言っているんだ?と。
私は死ぬかもしれない運命にひーひー言ってきたけれど、こんな激情を抱くほど苦しんできた覚えはない。それなりに楽しく生きてきた。
なのに感情が、言葉が、溢れ出す。
「私だってあんたたちと同じように何も知らず感情のままに生きたかった」
待て待て自分。なに言ってるんだ。私は割と自由に生きてる…よね?
「でも私には責任があるから。本当の気持ちを願いを押し殺さなくちゃいけなくて」
待て。ガチで待て。これはなに?
私は本当の気持ちも願いも押し殺してない…よね?
「ヒメ?」
「おいリディア、しっかりしろ!」
ツーと嫌な汗が頬を伝う。
なにかがおかしい。気が付きたくなかった違和感が胸の奥で膨らんでいく。
鍵を閉めた箱。心のずっとずっと奥深くに隠しておいた箱が、開こうとして……
「自分の運命は受け入れている。だけど私は…熱っ」
自分でも止められなかった言葉が止まったのは胸元で物理的な熱さを感じたからだ。
触れれば淡い紫色の守り石がジリジリと熱を発していた。
……危なかった。
守り石が熱くなってくれてよかったと胸をなでおろしたところで怪訝に思う。
危なかったって、何が?
首を傾げた直後だった。
「危ない!」
「リディア!ぼさっとすんな!」
「うおっ!」
目の前にエルの黒銀色の髪が見えたと思ったら結界が張られ、その結界にものすごい勢いで闇の精霊がぶつかってきていた。
ポ〇モンでいうところの、『マザーのターン。闇の精霊×100。体当たりの攻撃!』的な感じ!ていうか闇の精霊大量とかめっちゃ気持ち悪い。サラのときに少しは慣れたかと思ったけどやっぱ無理!
闇の精霊は結界に阻まれてこちらには侵入してこなかった。が、結界は銃痕跡が残る防弾ガラス的な見た目になっていた。こっわ。
「黙れ…」
地を這うような低い声。
声のする方を見ればそこにいたのはマザー。
両耳を抑える彼女の体からは闇の精霊がとめどなく溢れ出ていた。
「だまれだまれだまれだまれ!!!」
叫ぶマザーの肌がピシリと音を立てる。ひび割れが広がる。
「ていうか正論言われたからって耳ふさぐってガキか!」
「お前何でこんな時に気持ち逆なでするようなこと言うんだよ!」
「ほら見ろ!黒い蝶が増えたぞ!」
「え。ご、ごめんなさーい」
ジークがロキをかばうように抱きしめて守り、エルがさらに結界を張って闇の精霊の侵入を防ぐ。
ていうか今までの闇の精霊と違ってこの蝶かなり攻撃的じゃない!?
「リディア!わかってると思うがおれは簡単な結界しか張れない!魔力量でカバーしてるけど長くは持たないぞ!」
「浄化頑張りますっ」
エルの結界にはもうすでにひびがはいってきている。
ガブちゃんたちが恋しくなったけどホームシックな気分になっている暇はない。
光の蝶で次から次へとやってくる闇の精霊を浄化していく。
だけど今までやサラのときとちがって、マザーの体から生み出される闇の精霊は闇が強い。この暗い感情を浄化するのには魔力よりも精神力と体力を使う。ようするにしんどい。
それにこの闇の精霊、簡単には浄化されてくれないし。
やっと浄化が終わったと思ったらまた闇の精霊は増えているし!
そうしてついにエルの結界に亀裂が入る。
やばい。
唇を噛みしめたときだった。
『わー。大変そうじゃのぉ』
のんきな声が頭に響いた。
2年前は腹が立ってしょうがない声だったけれど今は天からの助けのように聞こえる。
「太陽神様っ!」
突然空に向かってひとりでにしゃべり始めた私に、エルたち3名はぎょっとするが、ええい!そんなこと今は気にしてられるか!
「太陽神様、私窮地なの!ヘルプ!どうにかして助けて!ここは降神術使うべき?」
『え。ここで降神術使っちゃうの?だめだめ。もったいないぞ~』
「じゃあどうしろっていうのよ!」
『あれ使えばいいじゃーん。リディアが一生懸命練習してるけど一回も成功していないあれ』
太陽神様、その声色絶対に私のこと馬鹿にしてるよね。
彼の発言に該当する魔法は一つだけ。
眉間にしわが寄る。ついでに顔も引きつる。
「光の卵は防御特化でしょ。今使っても意味ないじゃない。どかっと闇の精霊浄化できる魔法とかないわけ?こいつらガードが固すぎるんだけど」
『いやいやリディアちゃん?防御特化ってそれはお主の決めつけじゃよ。知ってるとは思うけど魔法は創造じゃ。囚われるな。決めつけるな。お主の考える卵とはなんじゃ?』
「私の想う卵…?」
めずらしくまともな太陽神様の言葉。私は真剣に考えることにした。
私の中での「卵」は命が育つ場所だ。
それと同時に残酷で面倒くさいものでもある。
卵の中で育つ雛は生まれるために自力で卵を破らなければならない。守られていると同時に、それは閉じ込められていることと一緒なのだ。
「そっか」
そう考えると。ストンと腑に落ちた。
私の中で『光の卵』が形になった。
そうだよ。閉じ込めちゃえばいいんだ。
『光の卵』
魔法を創造して言葉にすれば、黒い蝶たちとマザーはそれぞれ白地に金の光を帯びた膜に閉じ込められていた。
彼女たちは当然私の光の卵から出ようとするけれど、膜に触れた瞬間はじかれてしまう。
つまり出ることができない。
この魔法――光の卵は、闇の精霊と闇に囚われた人・闇を生み出す人を対象とした光の拘束魔法だ。
卵の殻を破るには力が必要だ。
これはそれと同じ。
光の膜を破るには成長と言う名の力が必要だ。
光の卵は闇に関わる者を閉じ込める。
逆に言えば闇に関わりのない者は閉じ込めることができない。
ここから出るには自力で闇を浄化する必要がある。闇を浄化しない限りは出られない。
リリアさんって人が作り出した光の卵とは少し違うかもしれない。
だけどこれが私の『光の卵』だ。
まあこの魔法は魔力と体力をかなり食らうらしく、今私はかなりしんどいです。
たぶん私の限界が来たら魔法が解けて光の卵は崩壊。マザーたちは晴れて自由の身だ。それはやばい。
「魔力は大丈夫だけど体力がね。今のうちに闇の精霊だけでも浄化しちゃお」
だから私は今闇の精霊を閉じ込めてある光の卵に向かって光の蝶を放ち浄化中。
ちなみにマザーは閉じ込められているものの闇の精霊を生み出すことは止まらず、サラのときのように闇の精霊が光の卵の中にうじゃうじゃいてかなり気持ち悪いことになっている。
「おい、リディア…」
「うん、エル。ひとまず安心って感じ」
「……はぁああ。心配かけんなよ、ほんと」
私の言葉を聞いてジークがへなへなとその場に座り込んだ。
エルやロキも肩の力を抜く。
エルとジークはもうそれはそれは大急ぎでこの部屋に来たそうで、到着したらセスが倒れているし、マザーがいつもとかなり雰囲気違うし、私たちと対峙しているしで、体力的にも精神的に疲れたのだそうだ。
「お前らいったいなにがあったんだよ!説明しろ!」
「はいはい、わかったから唾を飛ばさないで」
「……おい待て。セスがいないぞ。たしかあそこで倒れて…」
「「「え?」」」
エルの言葉に全員が青ざめたときだった。
「みんな見て!4人がマザーをいじめてるよ」
背後から聞こえた声にハッと気が付き後ろを振り向き、唇を噛む。
「たぶんヒメがマザーを閉じ込めているんだよ」
「そんなっ」
「どうして…ヒメ」
そこにいたのはセスと子供たちだった。
セスは不敵な笑顔で、子供たちは青ざめた表情やら険しい表情やらで私やロキ、そして閉じ込められたマザーを見ていた。
ひとまずは安心。と思いたいところだけど世の中そううまくはいかないのが現状だ。
あの野郎ぅぅぅ。




