63.ジークがバカでよかったーっ!
「で?お前何者なんだよ。突然おれの部屋に現れやがって」
現在、目の前にはジークの訝し気な顔。
対する私はにっこり笑顔である。
「え?私が何者かだなんてレインも知ってるでしょ?私はどこにでもいる平凡な12歳(美少女)だぞ☆」
「嘘こけェ!!」
「…チッ」
「おもくそ舌打ちの音聞こえてんだけど!?」
さてジークの部屋に誤って転移して早5分。ジークが喚いて私が適当にごまかす、ずーっとこの繰り返しであった。
ジークも大人しくごまかされてくれればいいものを。お手製眠り薬を部屋に置いてきてしまったことが悔やまれる。
どうやってのりきろうか。困ったわぁ。私は肩を下げた。
「あ。言っとくけど私、夜這いにきたわけじゃないからね。あんたぜんっぜん私のタイプじゃないし。…ごめんなさい」
「なんでおれがふられたみたいになってんだよ!?」
「あんたがずっと自分の体を抱きしめてるからでしょ」
「なっ!」
ええ、そうなんです。ジーク君、私を警戒してかひしっと自分の体を抱きしめているんですよ。誰もあんたの貞操なんざ狙ってないわ。
「てなわけで私のことはあきらめてください。ほんとタイプじゃないんで。これはツンデレでもフリでもないから。こっちは生死かかってるんで変に期待しないでくださいね」
「おまっ。おれだってリディアに性格そっくりな女とかマジで論外だからな!」
「あんたこそふざけてんじゃないわよ!リディアのどこが論外だって言うのよ!かわいくて愛嬌があってちょっといたずらっ子で、もう最高な女じゃない!あ。でも実は惚れてますとかやめてね。冗談でも笑えないから」
「惚れるわけねーだろ!?つーかあいつのどこが最高だよ。見た目はともかく中身モンスターだろ」
「なんですってこの元俺様ヘタレ男がァ!」
そうして私たちは取っ組み合いの喧嘩をする。
いいねこの展開!このまま私が突然部屋に現れたことなんてうやむやになってしまえ~。
しかしそんな私の願いは当然叶わない。人生そこまでイージーではなかった。
私の腕と頬を掴んでいた手をジークが唐突に離したのだ。
「だあああ!埒があかねぇ!お前わざと話をそらそうとしてるだろ」
「うげっ」
ジークの深緑色の瞳がキラリと光っております。
なんだお前の瞳は!探偵の眼鏡光ると同じスタイルか!
そうツッコミたいところだけれど、
「ソ、ソンナ~コト、アリマセンヨ~」
はい。リディアちゃんめっちゃ動揺してますから無理です。
顔をひきつらせる私をジークは鼻で笑う。
「俺は頭がいいからな。お前がなぜ俺の部屋にやってきたのか知っている」
「ほ、ほおー?ほんとうにわかってるのかしらぁ?い、言ってみなさいよ」
「お前、エルってやつと密会するつもりだっただろ。で間違えておれの部屋に来た。ちがうか?」
ゲッと肩が震える。
え。待って。ジークあんた鋭くない?私の心読める?
「ち、ちがいますけどぉ」
「ふーん…」
「ぐっ」
私の分かりやすい反応を見てジークはニタニタと笑っている。くそ!ジークの分際で!
思い起こされるのは孤児院時代のテストでいつも満点を取っていたこの男の姿。そういえばこいつ見かけによらず頭がいいのだった。脳筋顔のくせに!
嫌な汗が頬を伝う。
そして私はハッと気が付いた。
まさかこいつ、私がリディアだってことにも気づいて……
「おれにはわかるぞ!お前もおれと同じでこの孤児院が怪しいから潜入したんだな!」
「アー、ウン。ソウダヨー」
ドヤ顔で胸を張るジークに私は内心胸をなでおろす。
ジークがバカでよかったーっ!
杞憂でした!はいはい、ジークあんたはそういう男だったよ。惜しいところまで行くのにあと一歩足りないのだ。ハハハ。ビビらせるんじゃないわよ、ほんと!
「間違えておれの部屋に来たっていうのはフェイクで、実は同じ目的を持つおれにコンタクトを取るために部屋に潜入したんだろ!おれにはわかるぞ!」
「ウン。ソウソウ」
ジークがバカでよかったーっ!
「すごいなお前、おれはセスの野郎にすぐに捕まって部屋から一歩も出られなかったぞ。どうやっておれの部屋に来て…ていうかお前空から降ってきたよな?どうやったんだ?」
「アー、それは企業秘密です」
ジークがバカでよかったーっ!
「おれもお前と話がしたいと思ってた。お前は何に不信を抱いてここへ潜入した?おれはこの街の森で1週間に2度顔をえぐられた子供の遺体が見つかることと、この孤児院が関係しているんじゃないかと思って潜入した」
「私もレインと同じ」
「そうか!」
ジークがバカでよかったーっ!もうさっきからこればかっり言ってるよ!
あと勝手に説明してくれて助かる。ジークを少し見直した。ジークは今もペラペラと耳より情報を一人でに話してくれている。
というか1週間に2度顔がえぐられた子供の遺体って怖いな。
1週間のワードで思い出すのはセスの「どうせ1週間の付き合いだし」発言だが。
え、これって関係ないよね……?
うん。怖いからいったん考えるのやめよう。
私はジークの一人語りに意識を戻した。
「潜入4日目だが、やつらのしっぽはまだつかめない。この孤児院が狂ってるってことはわかるのに」
歯がゆいな。ジークは唇を噛んでいた。
全然ジークの話を聞いていなかったけど、その気持ちはすごくわかるよ。
「…ねぇ、どうしてレインはこの孤児院が狂ってるって思ったの?」
疑問を口にすればジークは眉間にしわを寄せた。
「どうしてもなにも、一般常識にあてはめて考えれば狂ってるって誰でも思うだろ。1日に3度しか姿を見せない孤児院の主に、人体に悪影響を及ぼしているとしか考えられない意味の分からない仕事、外へ出ることを禁じられた監視のある生活、そして一緒に生活をする中で一人の子供だけが悪者にされ嫌われ、しかしそんな疑惑のある子供を孤児院から追い出さない現状。どう考えてもおかしいだろ」
ジークの説明は警戒から始まり最後は同情の色で終わった。
ジークが他の子供たちのようにロキを怪しんではいないことにほっとした。ジークのそういうところ、昔から好きだよ。
ちなみにだけど、孤児院潜入1日目のジークは私たち同様に不老不死の薬づくりの説明をされたのだそうだ。そのとき彼ははマザーに文句を言った。「あの薬は確実に子供たちの身体に悪影響を与えている。即刻辞めさせろ」ってね。
そうしたら次の日からジークの薬づくりは免除され草むしりの仕事に変更になったそうだ。だからきのうジークはあの部屋にいなかったのだ。
「おれだけがあの怪しい薬づくりを免除されたって意味がねーんだよ」
「そうそう、それ!すごくわかる~」
私とジークはしみじみとうなずく。
それにしても…
「あんたって見かけによらず頭がいいよね」
私の正体に気づかなかったり自分の都合のいいように勘違いしているところはバカだと思うけど、こいつやっぱり頭いいよな。
ほんの少しだけ尊敬する。だけど私の尊敬の言葉を聞いたというのにジークの顔はひきつっていた。
「どうして褒めてるのにそんな顔すんのよ」
「え。褒めてたのか!?あれで!?…お前は見た目通り失礼な奴だな。おれの友達にそっくりだ」
「お、おほほ~。友達にそっくり?光栄ですぅ。と、ところでレインはどうして週に2回人が死ぬのと孤児院が関連してると思ったの?」
リディアだってばれたら困るので急いで話を変えるよ。
でもこれは気になっていたことでもある。なぜジークは顔えぐられ死体事件と孤児院が関連していると思った?
するとジークは怪訝な顔。
「お前もこの件で孤児院に潜入してんだろ?聞かなくてもわかるだろ」
さっきの頭いいところ尊敬するって言葉やっぱり撤回。ジーク、お前は馬鹿であれ!
「……私たちが共通の認識を持っているか確認したいので説明を願います」
「なるほど。たしかに見解に相違があったらいざってときに支障が出るかもしれないよな。おれの調べによると2年前は月に2回この孤児院の子供が顔をえぐられて死んでいたんだ。顔をえぐられる死体なんてそうそうないだろ?だから週に2度の顔えぐられ事件の話を聞いたときに真っ先にこの孤児院が怪しいと思ったんだ」
「私もあんたと全く同じことを思ってこの孤児院に潜入していたわ!」
「そうか!」
ジークがバカでよかったーっ!とは、顔えぐられの話を聞けば思えなかった。この孤児院の子供たちの顔がえぐられていただと?
頭痛がしてくる。
師匠、あなたって意外と下調べ無しで私を魔の巣窟に放りこむよね。
「ちなみに顔をえぐられた遺体はいずれも生前美しいと言われたいた少女のものだったそうだ。お前性格は難がありそうだが見た目は美少女なんだから気を付けろよ。ん?まさか自分を囮にするためにこの孤児院に潜入したのか!」
「ソ、ソウダヨー」
「マジかよ。リディア…おれの友達にそっくりとか言ってわるかった。お前はあいつみたいな自分大好きな自己中女じゃなかったんだな。リディアだったら絶対に自分を囮にした潜入捜査なんてしねーもん」
「お、おほほ~。私はリ、リディアとは違うからねぇ~ハハハ」
ジークは感動した様子で私の手を握りぶんぶんと縦に振る。
ハハハ。師匠、許すまじ。リディアちゃん孤児院ぶっ潰しに来たはずなのに、いつのまにか自分を囮にして悪を挫く的な熱血ヒロインになってるんですけど。師匠、ほんと帰ったら覚えとけよ。
あとジーク!お前私のこと自分大好きな自己中女だと思ってたのか!お前は勘違いをしている!私は博愛主義の自己犠牲の塊だ!いつか覚えてろよほんとに!
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「じゃあ今日はこれくらいにして解散しましょ」
「おう。そうだな。また明日!」
「また明日~」
そんな感じでジークと解散し、私は今度こそエルの元へ瞬間移動してジークから聞いた話を伝えた。
エルってば私が現れてびっくりしたんでしょうね。腰を抜かしていましたよ。プクク~。まあ余談はともかく。そうしたら「男の部屋へ女が一人で行くな!」と怒られました。
イラッとするよね。
それ私が今話した内容と全く関係ないよね!?つーかジークの部屋に行ったところでなにもおこらんわ!
そしたらエルってば、「たしかにジークなら何の問題もないかも。だけどお前、ジークへの八つ当たりの加減を誤って殺人事件起こすかもしれないし」と言いました。ハイ、私が加害者なのかい!
あんた私をなんだと思ってんのよ!つーかエルの中でジークってばクソ弱だな!?かわいそうになってきたんですけど。
まあそんな感じで夜が更けまして、3日目のリディアちゃんは寝不足でした。




