60.まさか迷子になるとは思わなかったよ
夏には辛い快晴の空の下。
きのう考えすぎたせいで寝不足な私は朝食後にロキと共にマザーに呼び出され、結果現在ポカンと間抜け面をさらしていた。
「へ?私は薬を作らなくていいの?」
「ええ。かわりにあなたとロキにはおつかいに行って来てもらいたいの」
マザーからはきのうと同様に妖艶な美しさが醸し出しだされている。
でもってきのうと同様に彼女はうっとりとした眼差しで私を見ている。
そんな私はこの場にエルがいないのでロキの後ろに隠れさせてもらっている。怖いですからね~。
とまあ無駄話はこれくらいにして。
「おつかいってほんとのほんとに?」
「うふふ。ほんとのほんと」
見て分かるように私たちはマザーにおつかいを頼まれていた。
マザーはロキに買い物メモとお金を渡す。
「でも私だけ薬を作らないのはずるくない?」
エルは不老不死の薬を作るべくセスにつれていかれた。他の子供たちも薬をつくっている。ジークはよくわかりません。
それにきのうセスに、「時間がもったいない。とにかく薬をつくるんだよ!(だいぶ要約してます)」と言われましたからねぇ。3回くらいは聞き返すよね。
警戒の眼差しを向ける私が面白かったのかマザーは吹き出した。
「安心して。なにも企んでなんかいないわ。ここだけの話なんだけど、あの薬を作るのってお肌にとっても悪いの。あなたの美しい顔にしわができたら大変。だから特別に免除してあげる」
思っていた以上に個人的な理由での免除だった。
でもそれ、ほんとに信用していいわけ?しわができたら困るっていうけど実際困るのは私でしょ?なぜにマザーがそんなことを気にするの?
マザーが子供たちをいいように操って不老不死の薬を作らせている悪者だってわかっているから、この提案にもなにか裏があるのではないかと勘くぐってしまう。
ロキはマザーを前にすると相変わらず顔色が悪いし。
「ていうか私の年齢でしわはできないんじゃ…」
「でも隈ができるかもしれないわ!だめよ。美しいは正義なのだから、あなたのような美しい子は美に悪影響を与えるようなことはしなくていいの。むしろしてはいけないの!」
「あぇぁ、そう、ですか?」
半分独り言的につぶやいたのにマザーが食い気味に訴えてきたのでリディアちゃん怯えます。怖い怖い。とりあえずマザーが美しいもの好きであることはわかりました。
ちなみにマザーはまだ「美しさ」について話したそうにしている。ちょっと誰か助けて。
「…マザーおつかいにいってきます」
助け舟を出したのはずっと黙っていたロキだった。
彼女は私の手を掴みマザーに背を向け歩き始める。しかしだよ、ロキちゃん。ちょっと待ってくれ。
マザーはこの孤児院の主だ。そして不老不死の薬を作っているやばい人だ。こんな無礼な態度をとっていいのだろうか。
不安に思いチラリと後ろを振り向きマザーの様子を確認する。が、驚いたことに彼女はちっとも怒っていなかった。
「あらぁ。もっと話したかったけれど仕方がないわね。2人とも気を付けていってらっしゃ~い」
とこんなふうに私たちに手を振っているくらいだ。
なんだかよくわからない人だ。
///////☆
「……。」
「……。」
孤児院を出て、森を出て、街を歩く私たち。
だけど会話は全くない。
あのですね、ロキみたいな子ははじめてのタイプだから何を話したらいいのわからないのだ。
最初の出会いを考えるとロキは別にリカみたいな寡黙キャラではないだろう。むしろ世話焼き委員長タイプ。だけど彼女は黙っているわけで。うーん。
「ロキはいつから孤児院にいるの?」
困った私はとりあえず思ったことを聞いてみた。
でもあまり期待はしていない。なにせきのうのロキは孤児院でずっと黙っていたからね。
しかし意外にも彼女は答えてくれた。
「6歳よ」
「私と一緒だ!私も6歳のときにこことは別の孤児院にいたんだよ」
共通点に声が上ずる。するとロキがはじめて私を見た。さらにテンションが上がるね!
彼女は不思議そうな顔をしてじっとこちらを見ている。
「別の孤児院にいたの?それならなぜ私たちの孤児院に来たの?」
「うっ…えーと」
そうでした。私とエルは孤児でーすって言ってここに来てたんだった。
居場所がないからこの孤児院を訪ねたのならわかるが、過去に別の孤児院で過ごしていたとなればそりゃ不思議に思うわな。
顔がひきつります。
「あーっと、師…攫われて孤児院に帰れなくなっちゃったの。で、いろいろあって今ここにいるって感じ」
「…そう。立ち入った質問をしてしまったわね。ごめんなさい。あなた大変だったのね」
「う、うん。気にしないで。えへへ」
う、嘘はついていないよ。師匠に攫われたのは真実だし!
だけどロキはいいように解釈してくれたようで同情のまなざしで私を見ていた。なんか罪悪感。でも気にしません。だってこの話のおかげで心の距離は縮まった気がするからね!むしろ利用するよ!
「ロキはこの孤児院が壊されたら嫌?」
「え。壊され…?」
ごめんなさい。調子にのって聞いたのが間違いでした。
秋のマフィアの時のように壊しちゃっていいかな?の確認のために聞いたのだけど、うん、前置きなしにする質問ではなかったね!ロキちゃん、眉間にしわがよっています。縮まったはずの心の距離がはるか彼方へ。
「えーとですね、ロキは孤児院が無くなっても行く当てがあるのかな~って」
「ないに決まっているでしょう。あったら私は今ここにいないわ」
「ですよね~」
そうだよ。孤児だから孤児院にいるんだもんね。
自分よりも年下の子にこいつ頭大丈夫か敵な目で見られて、リディアちゃん泣きそうです。
でもそうか。行く当てがないとなると、やはり秋の国のときのように孤児院を破壊する手は無理か。
うーむ。悩むな。
「そういえば、ロキはマザーのこと好き?」
今度は気になっていたことを聞いてみた。ロキは孤児院にいるとき顔色が悪い。マザーがいると特に。ちなみに今は血色のいい顔だ。
まあみんなマザーのこと慕っているようだし、ロキも「好き~」って言うかなぁとか私は思っていた。思っていたのだが、
「嫌い」
「え。」
ロキは吐き捨てるようにその言葉を放った。
眉間にしわをよせながら彼女は自分の顔の傷をなぞる。
「あの女はマザーの顔を奪った化け物よ」
「…私も嫌いだよ」
私の言葉を聞いて驚いたのかロキの眉間からしわが消えた。
顔を奪った化け物。その言葉が気になった。
だけれどもその言葉の意味について質問するよりも前に、みんながマザーを慕うあの環境で育ちながらもマザーのことを嫌いだと即答したロキの気持ちに共感を示したかった。
6歳のころからあの孤児院で育ってきて、それでも周囲に流されず自分の感情を保ち続けることってそう簡単にできることじゃない。
私も嫌いだよ。マザーは笑顔で子供たちを利用している。それになんか怖い。だから嫌い。
私の気持ちが伝わったのかロキの眼尻が下がった。彼女は少し泣きそうな笑みを浮かべる。
「まだ出会って2日だけど私、あんたのこと嫌いじゃないわ。好ましく思う。私は素直な人間が好き」
「え!えへへ。うれしいな。私もロキのこと好きだよ」
ロキが私に手を伸ばす。
ちょうど町の大通りに出てきて混みあってきた。はぐれないように手をつなごうということなのかな?そう思って私も手を伸ばす。が、私の手は彼女に触れなかった。
ロキの伸ばした手は私の手を素通りする。そして私の肩を強く押し飛ばした。
「だからあんたには生きてほしいの。さよなら」
「ちょ、ロキ!?」
私はバランスを取れず肩を押された勢いのまま尻もちをついてしまった。
一方でロキは私を置いてどこかへ走って行ってしまう。
「え、ちょ、ロ、ロキぃ~!?」
周りに人が多すぎるからすぐに立ち上がることができない。
そうしてあたふたしていたらにロキの姿を完全に見失ってしまった。
ようするに、
「迷子だ…」




