59.一人部屋以外の部屋を求む
「あー。精神的に疲れた1日だった」
夜。リディアちゃんは部屋のベッドで大の字になって寝転がっていました。
ほんと疲れた。しんどい。
「この気持ちをエルと語り合いたいのにここにエルいないし!部屋の行き来禁止とかふざけるなーっ!」
それでもって暴れる。
そうなのです!なんとこの孤児院一人部屋で、しかも夜間の部屋の行き来は禁止されているのだ!
私は思いました。
禁止とか言いつつも見張りがいるわけでもないだろうしこっそりエルを訪ねようと。
行動に起こしました。
そしたらセスに見つかって部屋に帰されました。あのガキぃ~。
「これじゃあエルと今後の方針について話せないじゃない」
唇を噛む。
くっそ。すべてセスのせいだ。
いや別にすべてがすべてセスのせいではないけれどさ。今日1日の出来事と、エルから聞いたセスの「長くても1週間程度の付き合い」発言もあり、私のセスに対する好感度は底辺なのである。
「うがぁあああ!思い出しても腹立つ!」
頭を振り回す私の脳裏に浮かぶのは、マザーから世話役として2人を紹介された後の出来事。
////////☆
「案内はもうすべて終わったし次は俺たちの仕事を説明するよ。2人とも初心者だから今日は見学だけど、明日からは俺たちと一緒に働いてもらうからね」
それは孤児院内の案内と説明がすべて終わったときのことだった。
セスの言葉に首をかしげる。
セスの指す「俺たち」はおそらく「孤児院の子供たち」のことだ。
そういえば孤児院の案内中子供たちの遊ぶ声は全く聞こえなかった。その仕事というやつをしていたから静かだったということなのだろうか。
そうして案内されたのは薄暗い部屋。
まず部屋の扉が開いた瞬間、独特な甘い香りが鼻をつく。それだけでもうこの部屋の中で行われているのが私たちにとって最悪なことだってわかるよね。
その部屋の中では子供たちが正座をしてなにかの作業をしていた。彼らの手にあるのは小瓶だ。中に白い粉が入っている。
唇を噛む。
ほら。やっぱり最悪だった。
あれは不老不死の薬だ。
「マザーはみんなが幸せになれる薬を作っているんだ。俺たちはその手伝いをしている。マザーが薬を調合して、最後の仕上げに俺たちが薬に祈りを捧げる。ほら、あんなふうに」
セスの指さした先では子供たちが手に持つ小瓶に対して祈るように目をつぶっていた。そして彼らが目を開けたと同時に掌から光が出て、それが小瓶に入っている不老不死の薬に吸い込まれていく。
ぎゅっとエルの腕を掴む。
「エル…」
「ああ」
怒りで震える私の手をエルは力強く握りしめた。
今はなにもできない自分の身が歯がゆい。あの光は子供たちの生命力だ。マザーは子供たちの生命力をつかって不老不死の薬をつくっていたのだ。
「あれで完成。ね?簡単でしょ」
「……。」
見るからに私たちの機嫌が悪いのにセスは笑顔で説明してくるから苛立つ。ロキはなにも言わない。ただ彼女はこの部屋に来てからずっと眉間にしわを寄せていて……そのときだった。
不老不死の薬を作っていた子供のうちの一人が倒れた。
「ちょ大丈夫!?」
急いで駆けつけるよね。
驚くことにこの孤児院にいる子供たちはジークやロキ、セスを除いた他は皆8~4歳児だ。つまり私たちが最年長なのだ。
年上らしく倒れた子供の介抱に当たろうとしたところで、倒れた子がそんな私を制した。
「大丈夫。ぼくまだまだやれるよ~」
そうは言うがその子の顔は真っ青だ。
「ダメよ。安静にしてなさい」
抱きかかえてこの部屋の外に出そうとするけれど「大丈夫大丈夫」と男の子が暴れるためにできない。
絶対に体調が悪いであろうに大丈夫と言い張る子供にある種の恐怖を抱く。
いや私の抱きかかえている彼だけではない。他の子供たちにもだ。
だって彼らはついさっきまで笑いあっていた友達が倒れたというのに心配するそぶりも見せず薬を作り続けているのだ。異常だ。
「これは頑張った証なの」
「は?」
意味の分からない言葉に怪訝に顔を歪めれば、私の腕の中の男の子は青い顔でにこにこと笑っていた。
「頑張ったから疲れちゃうんだ。でもぼくはまだやれるよ。みんなを幸せにするんだ。薬をつくってマザーに喜んでもらうんだ」
「…その話はあとで聞くから。今は休んで…ってなによ!?」
男の子を運ぼうと再度力を込めた私の肩に誰かが手を置いた。おそらく私の行動を止めるために。
いったい誰だその阿呆は。
イライラしながら振り返って少し驚く。
私の肩に手を置いていたのはセスだった。
セスの茶色の髪がふわりと揺れる。
「ヒメ、彼を放してくれない?これはよくあることだから大丈夫だよ」
「は?」
続けて発せられた言葉にさらに驚いた。
「俺たちはみんなが幸せになれる薬を作っているんだ。邪魔しないで。1分1秒も無駄にはしたくないんだよ。ヒメが止めたせいで薬を作る手が止まってしまった。ヒメのせいでどこかの誰かが幸せを逃してしまったよ。かわいそうに」
「……。」
鼻で笑っちゃうよね。
脳裏に浮かぶのは春の国の村人たち。不老不死の薬のせいで疫病を発症し苦しんでいた彼らの姿だ。
誰かが幸せを逃してしまった?違うよ。
私は今無駄にした1分1秒でどこかの誰かが苦しむことになるのを止めたんだよ。
「セス!ごめん。すぐに薬作りを再開するよ!」
それなのに男の子は薬づくりを再開させようとするのだ。
セスは無視して男の子を止めようとしたけど今度はエルに止められた。にらめば我が兄弟子はムスッとした顔で言葉を吐き捨てる。
「おれたちは新入りだ。変に反抗して目をつけられたらたまったもんじゃない」
「…わかった」
ようするにエルは潜入捜査の不利になるような行動は慎めと言っているのだ。
あんたに言われたくないと思う気持ちはあるけれどエルの言葉は正しいためしぶしぶうなずく。
「え~。目をつけるだなんてひどいな。俺達はそんなことしないよ」
だけどそれはこの状況を許容するという意味ではない。断じて違う!
にこにこと笑うセスをにらみつける。
「一ついい?この子たちが作っている薬…みんなが幸せになれる薬だっていうけど私はそうは思わない。だってこの薬を作っている彼らはとても辛そうだもの。あんたはどう思っているわけ?」
するとセスは目を細めて笑った。
「俺とヒメはほんとうに考えがあわないね。辛そう?そんなことはないよ。俺たちはみんな幸せだ。俺達のつくった薬のおかげで幸せになれる人がいる。誰かの幸せのためなら俺たちは死んでも構わない」
「……。」
「それにこの薬をいっぱい作ったらマザーがとっても喜んでくれるからね。俺達はマザーが大好きなんだ。マザーの喜んだ顔が見たいんだ」
「ね~」とセスが子供たちに笑いかければ、彼らは青い顔をしながらとても幸せそうな顔でうなずくのだ。みんなマザーが大好きだから。
自分の言葉に共感を示した子供たちを見たあとでセスは私を見た。その顔には私に対する嘲りが浮かんでいて…握りしめた拳に爪が食い込む。
うすうすそんな気はしていたけれどこれで確信した。
セスは自分たちが作らされている薬の正体を知っている。知っていてマザーに力を貸している。
////////☆
「ってなわけでほんとセスの野郎~っ!」
回想を終了した私は、ダカダカとベッドの上で暴れる。そりゃあもうめっちゃ暴れるよ。同室も(なぜか)隣室もいないから文句言われませんし!
「あのガキんちょに好かれてるマザーに少し同情するわね」
ええ、ええそうなんですよ。セスはマザーのことが大好きなのだ。
夕食の時間とか目でマザーのことを追っていたし。マザーに話しかけられたらとっても笑顔になるし。マザーって割とロキにかまうんだけど、そういうときはロキのことものすごくにらんでるし。あれ?でも私もマザーにめっちゃかまわれるけどにらまれないんだよな。…逆に怖いな。
「あ。やっぱ撤回。そもそもの話マザーが子供たちに不老不死の薬作らせてるのが悪いから、うん。これは同情の必要なし」
私はうなずいた。
うなずいたけれどイライラが止んだわけではないよ。現在進行形で腹立ちまくってますからね。
「ていうかほんとこれからどうしたらいいのよ!不老不死の薬作ってる証拠もばっちり目撃したしあとはこの孤児院ぶっつぶすだけなんだけど、なにもしらない子供たちがいるから躊躇しちゃうっていうか…」
私的にはマザーとセスは敵。
ロキはよくわからない。だけどなにかは知っているのだと思う。薬の正体には気づいていそう。
でもその他の子たちはきっとなにも知らない。彼らは自分たちは「みんなが幸せになれる薬」を作っていると思っているに違いない。そしてマザーのことが大好きだ。この孤児院が彼らの居場所だ。
そんな彼らから「あんたたちが作ってるのは不老不死の薬っていうやばい薬だから!じゃ!」と、孤児院もマザーも奪ったらどうなるのだろうか。
「……。」
考えすぎたらしい。ぐるぐる頭が気持ち悪くなってくる。
「うーエルと相談できないのが歯がゆい~ッ!もうこの際ジークでもいいから話がしたいよ!」
そこでふと疑問に思う。
そういえば不老不死の薬を作っていたあの部屋の中にジークはいなかったな。なぜ?
だけど私はその直後にさらに重大なことを思い出してジークの件は頭からすっぽりと抜け落ちた。いやだって、ガチでやばいんだよ!
「セスの言葉が正しければ明日からは私とエルも不老不死の薬を作る手伝いをしなきゃいけないんじゃないの!?せっ、生命力が奪われる!オウ、ノー!」
考えすぎて結局その日の夜は眠れなかった。




