56.あま~い匂いがする孤児院
孤児院があるとされている夏の国の森は加護の森と同様に草木が青々としていてとても気持ちがいい。だけど夏の国の方が断然暑い。夏の国と呼ばれているだけのことはある。
「とまあ無駄話はこれくらいにして!私たちは今夏の国でぜっさん迷子になっていまーす。孤児院見つかりませーん」
「はぁ。ついに熱さで頭がやられたか」
「え。待って、エル君。その手はなに…ぶへぁっ」
エルが魔法で頭上から水をおとしてきた。文字通りバケツをひっくり返したような水が私を襲う。溺れるかと思ったよ!
彼は親切心のつもりでやったのでしょうがね、こっちは激おこ。全身がずぶぬれだ!
「エルゥゥゥ!」
「毛を逆立てるな。暑いからすぐに乾くだろ」
「まあたしかに私は水も滴るいい女だけどさ!」
「誰もそんなこと言ってねえだろ!言葉の変換機能どうなってんだよ!」
エルが垂れ目を吊り上げてきゃんきゃんわめいている。
ああ。空間移動をするときにアイが留守番にしょんぼりな犬の顔で私を見ていたのが懐かしい。
「エルは動物に例えるとピーチクパーチクうるさい鳥だよね」
「お前は豚だな」
「ホホホ。私を怒らせようってのね。残念、ちっとも苛立ちませんよ。私豚大好きだもの!かわいいし!おいしい!豚の生姜焼き大好き!」
「共食いか」
「なんですってこの垂れ目チビ!」
「あぁ?」
孤児院を探すという目的をすっかり忘れた私たち。ゴングがなり今まさに取っ組み合いの喧嘩が始まる!そのときだった。
「あなたたち、この森でなにをしているの?」
背後からかけられた声に、私たちはお互いの頬なり手なりを掴んだまま振り返った。
そこにいたのは紫色の髪をポニーテールにした可憐な少女。
小柄で年は私たちよりは幼い感じ。1歳下くらいだろうか。左の額から左顎にかけて傷がある。
ふむ。私にはわかるよ。彼女は顔つきからして委員長タイプだ。
取っ組み合いをしている私たちを少女は怪訝な顔で見ている。
「喧嘩…?」
「いや!違う違う!これはスキンシップ!私たち迷子になってるの!」
苦しい言い訳をしながら私はエルから手を離す。
だけど少女は納得してくれたようでうなずいていた。
「なるほど。道に迷って喧嘩に発展したのね。どこから来たの?帰り道教えるわ」
彼女の中ではもう私たちは喧嘩をしていたこと決定らしい。まあいいさ。そういうことにしといてあげる!
「えーとね、どこから来たというか私たち孤児なんだよね。この森に孤児院があるって聞いたから探しに来たんだけどどこにあるかわからなくて。よかったら案内してくれないかな?」
目の前の少女が予想通り面倒見のいい委員長タイプだとわかったのでそのお言葉に甘えさせてもらった。のだが…
「孤児院、ですって?」
少女の歯切れのよかった口調が止まる。
そして次の瞬間には眉間にしわを寄せ彼女は私たちを睨んでいた。
「いますぐこの森から出て行って。孤児院には来ないで。来た道を戻りなさい」
「来た道なんておぼえてねーよ」
「なら私が外まで案内する」
言うやいなや彼女は私とエルの手を掴んで歩き始めた。
こ、行動が早すぎるよこの子。
「ちょ、待って!私たちどうしてもこの森にある孤児院に行きたいんだけど」
「ダメ。特にあなたは絶対に来ちゃだめ」
少女がじっと見るのは私だ。
え。特にあなたのあなたって私のこと!?
リディアちゃん意味わかりません。
ここの孤児院は金髪美少女立ち入り禁止なのだろうか。あ。やば。こんなバカなこと考えてたら「このアホ豚!」ってエルに殴られる。
急いで頭を守ってエルを見たが、彼は怪訝な顔で少女を見ていました。手も、殴るぞ☆な握りこぶしをつくってません。セーフ。
「どうしてこいつはだめな…おい、急に止まるな」
「おぉっと。どうしたの?あれ?顔色悪くない?」
エルが問いかけた直後だ。少女が急に歩みを止めた。
あまりにも急だったから前のめりに転びそうになって、せっかくだから転びそうになった勢いのまま少女の顔をのぞいてみれば、彼女は驚くくらいに真っ青になっていた。
彼女は一点を見つめていた。私たちもその視線を辿っていき、
「わーお」
「……。」
青ざめはしないが、まぬけフェイスで驚いた。
「こんにちは」
少女の視線の先にいたのは黒髪の美しい女性だった。
ポカンと口を開ける私たちを見て女性は妖艶な笑みを浮かべる。赤い口紅も相まってとても色っぽいです。
「ロキ。この子たちは?」
少女の名前はロキというらしい。
ロキは女性に微笑まれ、さらに顔を青ざめる。リディアちゃんのセンサーがビビッと反応しましたよ。
エル隊長、これはなにかありそうですね!目で語り掛けたらエルに無言で太ももをつねられた。兄弟子許すまじ。
「…マザー。彼女たちは、」
「おれたちは孤児だ。ここに孤児院があると聞いて探しに来た」
ロキの言葉をさえぎってエルが女性――マザーに答えた。
さすが我が兄弟子。ナイス!
するとマザーの顔がパァと明るくなる。逆にロキはぐっと唇を噛みエルをにらむ。
「まあまあ!とってもうれしいわ!家族が増えるのね。私は孤児院の母。皆からはマザーって呼ばれているの。いらっしゃい。案内してあげる。私たちはあなたたちを歓迎するわ。ね、ロキ」
「…はい、マザー」
同意を求められロキは不服そうにうなずいた。
こうして私たちはキナ臭~い夏の孤児院への潜入に成功したのであった。
ロキの案内で孤児院へ移動していたところで私は自分を見る視線に気づいた。
「あのぉ、マザー?私の顔になにかついてますぅ?」
「うふふ~」
そうなのです。マザーが私をめっちゃガン見していたのですよ。こっわ。
マザーは恍惚とした笑みを浮かべ私を見る。
「あなたとても美しいわね」
「……どうも?」
美しいと言われたら普通に喜びたいところだけど、マザーの醸し出す雰囲気が雰囲気だけに喜べない。身の危険を感じます。えーとこれは、百合かな?
顔を引きつらせていればいつのまにやらマザーが私の頬に向かって手を伸ばしていた。え、タッチ?断りもなくタッチングですか?
そうしてよくわからない展開に怯えている間にもマザーの手は私に迫っていて…触れる。そう思い身を縮こまらせたときだった。
「こいつに気安く触れるな」
「あら」
エルが私に伸ばされたマザーの手を掴んでいた。おかげでマザーの手は私の鼻先でストップ。エルよ、大好きだぁああ。
エルに抱き付きたい衝動を私がこらえている一方で、マザーは自分の手を掴んだエルににっこりと笑いかけていた。
「うふふ。かわいいナイト様ね」
「…。」
ピンッと空気が張り詰める。
しかしその空気はすぐにほどけた。
「マザー。着きました」
ロキの声のおかげだ。
「わーおー……」
「……。」
いつのまに着いたのだろうか。目の前には木造建てのかわいらしい孤児院があった。
孤児院からはあま~い匂いがしていて。私とエル、顔を見合わせてうなずく。
復習です。不老不死の薬にはとある特徴があります。それはなんでしょうか?
はい、答えは匂いです。
孤児院からは不老不死の薬独特の甘い匂いがした。それもむせ返るほどに濃い甘い匂いが。
私はふーっと息を吐いて吸った。あまーい、あまーい匂いをね。
証拠は意外と早く見つかりそうだ。
師匠、とりあえずここの孤児院クロ決定でーす。




