プロローグ アオ・イルバルト・レヴィア(上)
胸糞描写があるので気を付けてください。
アオ兄ちゃん視点です。
『ルリ』と掘られた小さな墓石の前に花束を置く。
「ルリ、やっとここまで来た。あと4年だ。……それじゃあ俺はもう行くよ。また来るから」
姓のない墓石。彼女に姓を名乗らせるつもりはない。
この忌まわしい姓を名乗るのは、あの国の最後の王となる俺だけで十分だ。
/////★
今から23年前。
冬の国の後宮で生まれた赤ん坊が、俺――アオ・イルバルト・レヴィア――だった。
父の名はコン・ジルバルト・レヴィア。父は年の離れた弟との王位争いを避けるために城を出て、市井で密かに暮らしていた冬の国の元王位第一継承者であった。
父は遊び人であった当時の王――やつのことは前王と呼ぶことにする――の被害に遭った女性が身ごもった庶子であった。
被害に遭った女性――祖母は、冬の国の宮廷魔法使いだった。優秀で聡明な魔法使いであった彼女は自身が妊娠していることに気づくとすぐに城を出た。理由は簡単。子を守るためだ。
当時の冬の国は王の即位から十数年もの時が経っていたが、いまだ世継ぎは誕生していなかった。王の血を継ぐ子がいると知れれば奪われることは必至だった。
奪われたら最後、もう子供と会うことはかなわないだろう。そして王の血を継ぐものの庶子である父は冷遇され孤独に生きることになるだろう。祖母はそれを望まなかった。
城を出た祖母は無事父を産み、隠し守り育てた。が、父が10歳のときに病にかかり死んでしまう。
残された父は一人たくましく生きていたが、11歳のときに王家に見つかり王族として王宮へと迎えられた。当時の冬の国にはまだ父以外の世継ぎがいなかったのだ。
今は亡き祖母の読み通り前王は平民の血の流れる父を嫌った。やつが選民思想の塊であったことも理由の一つだが、前王は自身と違い優秀で魔法の才能にも恵まれていた息子を妬んでいたのだ。
父が王宮にあがり1年が経ったときだ。俺の叔父にあたる現王が生まれた。当然、正妃の子である正当な血筋の叔父と庶子ではあるが長子であり優秀でもある父の、どちらを次期王とするかで城は真っ二つに割れた。
父は腹の探り合いやら暗殺やらの心休まらない日々に辟易していたのだそうだ。叔父が6つになったとき父は城を出た。表向きには、冬の国の第一王子は不治の病にかかり体を動かすこともままならないため王位を放棄することとなった、として。
王宮で6年の時しか過ごさなかった父だが、前王の妻である正妃と叔父との仲は良好であった。彼らを取り巻く環境はけしていいものではなかったが、それでも、たしかに3人は家族だった。
だから父が城を出て13年後、俺を身ごもった母が祖母と同じ病に倒れたとき、正妃と叔父は秘密裏に後宮へと母を招き療養させ、そうして俺が王宮で生まれたのだ。
冬の国の王族は、冬の国を創設した初代王が「bart」という名前だったことから、代々王位をつぐ男児は名に「バルト」もしくは「バート」の文字を入れるというきまりがある。
父が王位を放棄したため俺の身分は平民であった。が、王家の血を継ぎ、なおかつ王宮でその生を受けた男児であったため、俺は平民としての「アオ」という名の他に、王族の男児としての「イルバルト」の名が授けられた。
幸運なことに俺が生まれたとき、前王は春・夏・秋・冬の4王国の会議に出席するため不在であった。会議が終わっても国外での職務のため3年間は冬の国には帰らないとの報告があった。
病が完治しきっていない状態で俺を産んだ母はまだ安静にしている必要があり、正妃や叔父たちの勧めもあり、前王不在の2年と数か月を俺たち家族は王宮で過ごした。
第一魔法が記憶系の魔法である俺も弟ほどではないが記憶力はいいほうだ。
正妃と叔父と叔父の婚約者がうざいくらいに俺を愛でてくれたのは覚えている。「イルちゃん」「イルくん」「イルたん」だの言って頬をつついたり頭をなでてくるのは、ほんとうにうざかった。…うざかったけれど嫌ではなかった。
暖かくてやさしい記憶だ。
だからこそ、6年後、父と母を奪われ絶望に落とされたあの日、どうして自分たちを助けてくれなかったのだと、彼らに対し恨み失望する気持ちが今もある。
理由はわかっている。
当時まだ王位についていたあの暴虐無人の前王に逆らうことは、たとえ正妃であっても実の息子であったとしても、死を意味する。
わが身が惜しくて動けなかった彼らを責めるつもりはない。ただ俺が彼らに親愛の情を抱くことはもう一生ないというだけだ。
嫌な予感は、平穏な日常が崩れる気配は、前々からしていたのだ。
両親を奪われたあの日、俺と弟と妹の3人でおつかいに行こうと家を出たときに2人が痛いくらいに抱きしめてきたのもそうだし、その数日前に弟がおびえた様子で父と妹と同じ髪色の老人を見たと耳打ちしてきたのもそうだ。
そしてなにより、
「元気かい、坊や。クッフハハ」
俺は父と母を殺された前日、前王に会っていた。
警戒する俺を見てこらえきれないように笑うそいつが、俺の祖父にあたる我が国の王だということはすぐにわかった。
祖母が優秀な魔法使いであったこともあり俺は魔力に恵まれていた。
俺の第一魔法である記憶系魔法は、記憶することから記憶を見る、記憶を奪う、記憶を植え付ける等、使い道は幅広い。
その中でも俺は記憶を奪うことと植え付けることに特化していたが、触れた人物の記憶を見ることもそれなりに得意だった。
対面したことはないものの、父や正妃、叔父、叔父の婚約者の記憶から祖父――前王のことは知っていた。救いようのない、死んだところで誰も悲しまないクズの愚王。それが俺のなかでの前王の姿だった。
「まさかわしに孫がいようとはな。あぁ、汚らわしい」
ゾッとするほどに感情のない冷たい瞳だった。悪寒が走った。今俺が対峙しているのは人間の闇そのものだと、今すぐこの男を殺さなければ後悔することになると、本能で悟った。
しかし俺は所詮8つのガキだった。
「……っ」
俺は逃げ出した。
あのとき本能に従い目の前の老人を殺しておけば、今も家族5人でつつましくも幸せに暮らしていたかもしれない。何度そう思ったことか。しかし後悔したところで時は戻らない。進むしかないのだ。
妹が死んだあのときも、俺は結局、歩みを止めず進む道を選んだ。
復讐という名の血にまみれた破滅の道を選んだ。
妹のルリが死んだのは、憎い精霊どもに弟を奪われた2年後。俺が10歳のときのことだった。
いつものように俺達は休息とも呼べないわずかな睡眠時間で叩き起こされ、精霊どもに指示された仕事場に向かう。
仕事場に向かう人ごみの中、いつも自分の後ろをついてきていた妹がいないことに気がついた。人の流れに逆らい道を戻っていけばルリが赤い顔でうずくまっているのを発見した。
「ルリ大丈夫か?」
「お兄ちゃ…」
「っこれは」
彼女の額に触れ、青ざめる。
赤い顔なのに彼女の体温は驚くほどに冷たかった。その症状は記憶にあった。
祖母の命を奪った、かつて俺を身ごもっていた母が発症した、あの病と同じ。
年端もいかない子供がまともな食事も睡眠も与えられず2年も働き続け、病にかからないほうがおかしいのだ。俺はルリを抱きかかえ工場を指揮する精霊の元に走った。
幸運なことに病の薬はここ数年の間に開発され、値段も安価なものであった。
薬を飲み安静にさえしていれば回復する。ルリは俺と同じように魔力が高い。憎い精霊どもだが作業効率のためにやつらはルリを治療する確信があった。
しかしそれは思い違いだった。
「病にかかったから薬が欲しい?バカを言うな。お前ら奴隷にやる薬なんてあるわけないだろ」
工場を指揮する精霊どもが一堂に会する休憩所。この場にいる人間は俺とルリだけ。精霊どもがバカにするように笑いながら俺達を見下ろす。
ルリを抱きしめる手に力がこもる。
妹の体温はさきほどよりもさらに低くなっていた。悪化している。免疫力が低下しているから、通常よりも病の進行が速いのだ。
「妹は高い魔力を有している。見殺しにするよりも救ったほうが仕事の効率が…っ」
言葉の途中で精霊が俺を蹴り上げた。ろくな食事を与えられていない俺の体は軽く、はるか後方まで吹っ飛びテーブルにぶつかってようやく止まった。額から血が流れ落ちた。だが自分のケガよりも俺はルリから手を離してしまったことの方が気がかりだった。
「お…兄ちゃ…」
ルリは病に苦しみながらも俺を心配して必死に手を伸ばしていた。そんな彼女を一人の精霊が蹴り飛ばす。
「ルリッ!てめ…っくそ!」
ルリを蹴ったやつに殴りかかろうと立ち上がるが、背を足で踏まれて動くことができない。精霊どもは俺たちを見て笑った。
「効率とか関係ないんだわ」
「俺達精霊様が下等なお前ら人間の、しかも奴隷のために、わざわざ薬を用意することが問題なの」
「ねえ、ぼくちゃん。なんで俺たちが薄汚い人間のガキの命の心配をしなくちゃいけないの?病?だからなに?勝手に死ねば?」
急速に感情が冷えていく。
なぜ笑われなければならない。なぜルリが苦しまなければならない。なぜこんなクズどもに屈しなければならない。なぜ、なぜ、なぜ…
次の瞬間、全身に電流が走った。
「アハハ。こいつバカだ。首輪つけられてるのに魔法を使おうとしやがった」
精霊どもが俺の銀の首輪を指さして笑った。
奴隷の首輪と呼ばれるこの首輪は、使用を許可されたもの以外の魔法を使おうとすると全身に電流が流れる仕組みになっている。
俺は無意識のうちに魔法を使おうとしていたらしい。
動けない俺を精霊どもが蹴りつける。
「お兄ちゃん…を、いじ、めない、で…いっ!」
「っルリ!」
そんな俺の姿を見てルリが悲痛に叫ぶが、その叫びは苦痛の叫びへと変わった。
精霊の一人がルリを蹴り上げたのだ。さきほどの蹴りとは比べ物にならないほどに、重たい蹴りだった。
ルリは動かない。
人は呼吸をするから微々であっても体が上下に動くはずだ。それなのに、動かない。
脳裏に浮かんだのは弟の姿。救えなかった。手を離してしまった。泣いていた弟の姿。
精霊どもは笑っている。弟を奪われたあのときのように。
嫌な笑い声が脳内に響く。父を、母を、幸せな日々を奪われたあの日の、クソジジイの笑い声が思い起こされる。
また俺は失うのか?また奪われるのか?
「お?死んだか。そういえばこいつ病気なんだっけ?おーい?ハハ。ピクリとも動かないぜ」
「…てやる」
「あ?」
「こわーい。お兄ちゃんが怒っ…」
言いかけた精霊の言葉は最後まで紡がれなかった。
俺の首についていた銀の首輪がぐにゃりと溶け外れたのを見たからだ。
「お前ら全員ぶっ殺してやる」
精霊どもがあきらかに動揺した。
その間に基本魔法の治癒魔法で体を簡易的にだが治療し立ち上がる。
「な、首輪がっ。どうやってっ!?」
「忌々しい王家の魔法だと嫌悪して使わなかったのが間違いだった…」
こんなことになるのなら、首輪が金属でできていると気づいた時点で行動に起こせばよかった。
そうすれば今頃俺たちはこの場にいなかったかもしれない。アイとルリと3人で、どこか違う場所で幸せに暮らしていたかもしれない。
「俺は後悔してばかりだな」
「っえ!?」
一瞬の間に距離を詰められた精霊どもの顔が恐怖にゆがむ。ああ、なんて滑稽なんだろう。
精霊どもに触れていけば、辺りを舞っていたフェアリー型の精霊が紺色の光を放ち点滅し始める。魔力が魔法へと変換されていることに気が付いた精霊どもが恐怖に固まる。
やつらは逃げようとする。が、逃げられない。
体が地面に張り付いて動かないのだ。そしてまぬけなやつらは、なぜ体が動かないのか見当もつかないからいっそう怯える。恨むならギラギラと目が痛む装飾のついた己の制服を恨め。
「怖いか?怖いだろうな。自分たちが見下していた下等な人間の奴隷に手も足も出ないんだ。これから自分たちがどんな目に合うと思う?どうなるんだろうな?想像つかないだろう。ハハ。なぁ?自由を奪われた気持ちはどうだ?…死ね」
魔法が発動した。
精霊どもの動きを封じるほかに俺が彼らにかけた魔法は2つ。
記憶すべてを奪う魔法と、記憶を植え付ける魔法だ。
やつらの動きを封じていた魔法は解いた。
恐怖におびえていた精霊どもの瞳は魔法が発動した瞬間虚ろなものへと変わり、しかし周囲にいる同僚の姿に気づいた彼らは顔を険しくゆがめ、殺し合いを始めた。
俺がやつらに植え付けた記憶は、俺の精霊どもへ抱く感情を少し変容させて作り上げたもの。奴隷として人としての尊厳を自由を奪われ、家族を奪われ、蹂躙される。俺たちは被害者だ。そして加害者が目の前にいる。
記憶操作の魔法によって同僚に対して殺意を植え付けられた精霊たちは、感情のままに目の前の相手を殺す。
罵声、怒声、悲鳴で空気が震える。景色は赤一色だ。
これを地獄絵図と言わずしてなんと言うのだろうか。
冷笑が浮かんだ。
彼らは自分の今までの行いに復讐されているのだ。
愉快だ。
ああ、だけど。
壊しても壊しても、まだ足りない。恨みが、憎しみが、溢れ出す。黒い蝶が舞い踊る。
遠くで物音が聞こえた。音のしたほうを見れば、そこには俺と同じように働かされていた奴隷たちがこの工場から逃げ出している姿があった。
いつもの時間になっても監視の精霊が来ないことから異変に気付いたのだろう。
……逃げる、か。
彼らのように逃げようと思う気持ちはなかった。逃げたところで、帰る場所も、愛する家族も、生きたい理由も、もうない。
「そうだ。ルリ…」
辺りは静寂に包まれていた。空気が震えるような音はもう聞こえない。
足元に転がる死体を避けることなく歩き、ルリが倒れている場所にたどり着く。簡易的だが結界を張っておいたため、妹の体はやつらの血に汚されず、きれいなままだった。
「かわいそうに。ルリ、守ってやれなくてごめん。兄失格だ」
穏やかとは決して言えない、苦しそうな表情だった。
精霊に蹴られ絶命してしまったルリを抱きしめる。
そのときだった。
「お、兄ちゃ…」
「ルリ!?」
ピクリと自分の腕の中で動いた体にハッとして顔をあげれば、ルリは琥珀色の瞳に涙をため俺を見ていた。
「ル、ルリ。生きて、よかった。終わったぞ。俺達は自由だ。だから頼む。あと少しだけ頑張って…」
言葉は途中で途切れた。
ルリが悲しそうに笑ったのだ。
ダメだ。こんなの受け入れられるわけがない。だけど、彼女はもう死ぬと、俺は気づいてしまった。
「お兄ちゃん、ごめ、ね。私の分まで、幸せに、なって」
弱弱しくルリは俺に笑いかけ、そして目を閉じた。
彼女の眼尻から涙が一滴こぼれ落ちた。
「…ルリ?おい、待て!ダメだ、ルリ!」
ゆさぶるが彼女が目覚めることはない。心臓が止まっていた。
涙が頬を伝う。
失った。奪われた。
「どうして俺たちなんだ。ルリがなにをした。なんでこんな目に合わなければならないッ」
壊してやる。殺してやる。
感情にまかせて魔法を放てば工場が爆発する音が聞こえた。
だけど、まだだ。まだ足りない。
俺たちをこんな目にあわせたやつら全員、俺と同じ目に合わせて…
「ハッ。ガキがなかなかやるな」
黒い感情は前方から聞こえた声のせいで消された。
顔をあげれば数歩先に、銀色の髪の女を従えた金髪の男がいた。彼らは俺をじっと見ていた。男性は愉悦に顔をほころばせ、女性はなにかをこらえるように唇を噛みしめて。
誰だこいつらは。
「反乱か。自身の運命に抗う人間は嫌いではない。だがこのままではだめだ。精霊国の騎士団が来てお前を捕えるだろう。お前はここで終わる」
男は俺を見下ろす。
不愉快だ。
魔法で攻撃すれば男が張ったであろう結界に阻まれた。
自身を害する行動をとられたのだ。俺に恐れこの場から立ち去ればいいものを男は動かない。むしろ俺の行動を見ていっそう笑みを深めた。気色の悪い男だ。
「お前、なんなんだよ」
「俺とともに来い」
「は?」
突然現れて、突然わけのわからないことを言い始めた男をにらむ。
それはやつが俺に期待していた行動ではなかったらしい。男は少し残念そうに肩を下げ、しかし顔には気色の悪い笑顔を浮かべたままで、やつは演技がかった口調で語り始めた。
「我々はこの世に生まれ落ちたときから運命が決まっている。お前の腕の中で息絶えた幼い妹が死ぬのも決められた運命だったわけだ。哀れだな。俺たちは運命には逆らえない」
ルリを抱きしめる腕に力がこもる。
「黙れ」
ニヤリと男の口の端があがった。
銀髪の女は眉間にしわを寄せ、男のことも俺のことも見ようとはしない。
「なぁ運命が憎くはないか?なぜ俺達は望まない運命を受け入れなければならない?運命を変えたいとは思わないか?この手を取ればお前は運命を変えることができる」
「お前の手を取ったところで運命は変わらない」
そもそも運命を変えることができたとしても、もう俺には変えたいと思う運命が、未来が、ない。
失った命は戻らない。ルリの体は冷たいままだ。
「ガキが。変わるさ。俺はかつて自身の運命を変えた」
耳を疑う言葉に顔をあげた。
「なんだと…?」
金色の髪が風に揺れる。
銀髪の女も俺と同じように目を見開き男を見ていた。
男は不敵に笑う。
「俺は神ではない。だからお前の運命を知らない。これからお前にどんな未来が待っていて、いつその一生を終えるのかは、誰も知らない。だがお前が運命という名の鎖に縛られ、死にながら生きるであろうことはわかる」
「……。」
「妹が死んでわかっただろう。運命を変えたいと願ったとしても気づいたときには手遅れだ。だから今、また後悔する前に動け。たった一度きりの人生だ。自分の欲望のままに生きればいい。お前はなにを望む。俺がお前の願いを叶えてやる」
脳裏に浮かんだのは2つ。
1つは弟の姿。
「兄さん」といつも笑顔で俺に抱き付いてきた、泣き虫で少し思い込みの激しい俺の愛しい弟。あいつらに奪われた行方の知れない弟。
使えなくなった奴隷の行きつく場所は死だ。おそらく彼はもうこの世にいない。
だけどもし、もし、生きているとしたら?
男が俺に手を差し伸べる。
もう1つ浮かんだのは、前王の姿だった。
俺からなにもかも奪った男。あの年齢だ。王位はすでに叔父が継いでいるだろうが、前王として今も私腹を肥やし、のうのうと生きていることだろう。
なぜ?なぜあいつは生きている?なぜ俺ばかりが奪われなければならない?……同じ分だけ、いやそれ以上に、奪ってやりたい。
復讐だ。
「答えは決まったようだな」
どこからともなく現れた黒い蝶が空を舞う。
差し出されたその手を、俺は握った。
「お前の名を言え」
「アオ・イルバルト・レヴィア」
掌に鋭い痛みが走る。
「お前の望みを言え」
「俺の望みは2つ。弟の行方を知りたい。俺からすべてを奪ったやつに復讐したい」
「いいだろう。俺がお前の願いを叶えてやる。その代わりにお前は俺の下僕となれ」
「わかった」
「契約は成立した」
掌には黒々と輝くクロユリの印があった。
きのう投稿する予定だったのですが遅くなってしまいまして今日になりました。すみません。
活動報告にSSをのせました。よかったら読んでください。




