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エピローグ(リカ視点)




 はじめてほんとうのリディアと遭遇したのは、孤児院に来て2週間がたったときのことだった。

 夜中に目が覚めて森の中を散歩していたら、金髪の少女が一心不乱に雑草を抜いていたのを見つけてしまった。


 「あんのクソ(ジジイ)!リカがめっちゃ私のこと警戒してるじゃない!見せられた運命通りに行動してるのにどういうことよ!そもそも乙女ゲームの世界へ転生☆的な運命(シナリオ)ってのが間違ってんのよ。当事者じゃないからって好き勝手しやがってぇ~」

 

 それがリディアだった。

 いつもの薄気味悪い笑顔はそこにはなかった。

 だけど笑顔の中でときおり沈む暗い瞳もそこにはなかった。


 怒りのままに雑草を抜きまくるその女はとても生き生きとしていて、


 「これがお前の本性か」


 思わず言葉が出れば、ギョッと肩を揺らし振り返ったそいつは俺を見て青ざめる。


 「やば。見られた」

 「日中のお前の姿は演技か。なにが目的だ。なぜ自分を偽る」

 「ちょ!待って。さっきからなんなのよ。それモロ悪役に言う台詞じゃない。私はどっちかと言えばというかまごうことなきヒロインなんだけど」

 

 意味の分からない言葉に怪訝に顔をゆがめれば、リディアはやれやれと言った様子で肩を下げる。若干苛立った。


 「まあリカになら話してもいいか。父さんも母さんに光の巫女だってことを説明されたって言ってたし、ようするに運命が変わらなければいいんだから、うん」

 「は?」

 「リカ。あんたはね私の未来の旦那様なの」

 「……は?」


 にやりと笑う少女を警戒し、関節技を決めたおれは悪くはない。




//////★



 「私はただの無力な人間だよ。世界を平和にする光の巫女なんかじゃない。現に苦しんでいる人がいるって知っているのに、なにもしない。それが運命だから。前世の記憶がなければまだ光の巫女の使命として割り切れたのになぁ。しかもあのクソ(ジジイ)のせいでややこしい運命になったし」


 いつの日か彼女が言った。

 彼女の言う苦しんでいる人とは誰のことなのだろうか。


 夏の国の姫か、それともアリスか、冬の国の改造人間か。はたまた、春の国の第一王子のことか。彼女はおれに多くを語らない。

 おれが知らないだけで彼女の言う「苦しんでいる人」はたくさんいるのだろう。



 「お前は、運命を変えたいか」



 自分の死の運命を変えたい、というよりも、きっとこの女は他者の運命を変えたいと願うのだろう。


 彼女は翡翠色の瞳を悲しそうに潤ませ、しかし笑みを浮かべ首を横にふった。


 「まさか。運命はね、絶対に変えたらいけないんだよ。運命が変われば歯車が合わなくなる。ひずみができる。そのひずみは、厄災に姿を変えてこの世界を襲うんだよ」


 彼女は厄災を望まない。

 人の不幸を望まない。

 おれは「そうか」と言う。

 肯定もしない、否定もしない。

 だけどリディアを死なせるつもりもなかった。


 リディアを生かすために必要なのであれば、おれは厄災を望む。

 彼女が生きる未来があるならば世界がどうなろうとかまわない。

 死が彼女を攫う前に、おれが彼女を攫う。


 金色のやわらかな髪が風にのせられふわりとゆれる。

 なんとなくその髪を手に取り口づければ、彼女は顔を真っ赤にさせて慌てふためくのだ。


 愛しくてやさしくて幸せな時間。

 時が止まって、この時間が永遠に終わらなければいいのに。

 
















 だが運命には勝てなかった。





 闇に覆われた空を金色の蝶が翔る。

 そして散った。


 空を覆っていた闇が消え、一人の青年が落ちてくる。闇の化身の器となっていた青年だ。黒銀色だった髪は元の銀色の髪に戻り、紅色の瞳も本来の淡い紫色に戻っていた。

 金色の光の粉が青年と共に空から降り注がれる。


 おれは遠くからそれを見ていることしかできなかった。

 握りしめていた剣が落ちた。音はない。赤黒い血だまりの中に剣はしずむ。


 降り注ぐ金の粉に手を伸ばすが、光はおれの手に触れた途端じんわりと溶けて消えてしまう。おれの手を振りきって一人で逝ってしまった彼女のように。

 目の前がゆがむ。


 「みじめ、だね。リカルド・アトラステヌ…げほ、ごほ……」


 喧噪につつまれる中であったが、息絶え絶えの声はおれの耳に届いた。

 ヒューヒューと浅い息の音に不快感を覚える。


 数歩離れた場所にある血だまり。その中に倒れる銀色の髪の男が光の粉に手を伸ばしながら笑っていた。笑みを浮かべながらも彼の眉間には深いしわが刻まれていた。

 蔑むような恨むような笑み。リディアに計画を防がれたことがそんなにも悔しいのか。


 憎い。今すぐにでも殺してやりたい。


 だがもうすぐこの男は死ぬ。なぜまだ生きているのか不思議なほどに、彼が負っている傷は深かった。だから殺さない。

 なによりリディアを失った今、彼女以外のことは考えたくなかった。


 それだというのに、


 「反論する言葉も、ないか。ハッ。真実だものね。あのバカ女を…救うとか言っていたくせに、そう。君は、あきらめるんだ…」

 「……っ!」


 なぜ敵であるお前にそんなことを言われなければならない。

 にらみつければ男は目を閉じていた。


 死んでいる。


 怒りがこみ上がる。

 固く握りしめた拳。爪が肉に刺さり血が流れる。血は止まることを知らず流れ続ける。

 だがそんなことはどうでもよかった。



 「…おれは、リディアを救う」



 流れていた血が止まった。

 血だけではない。音が、風が、人が、すべてが止まった。



 「運命を変える」



 言い放った瞬間、体は銀色の光に包まれた。

 俺は理解した。自分がとるべき行動は過去に城の図書室で読みふけった魔導書のおかげでわかった。


 身体は捨てた。


 この世界の時を戻せるほどの力をおれは持っていない。

 だったらどうすればいいのか。自分だけが過去に戻ればいい。


 魂だけの存在となり時を巡る。リディアが生まれたあの日まで遡る。

 そうしておれは1歳のおれと融合し、2回目の世界のリカ・アトラステヌとなった。













 俺は何度だってお前に恋をする。

 俺の知っているリディアではなくても、彼女に会うたびに恋に落ちる。これだけは絶対に変えるつもりのない、俺が自分自身で決めた運命だ。




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